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千葉県

千葉「佐倉草ぶえの丘バラ園」5月の散策
復活したバラ園 今年5月、数年ぶりに千葉県佐倉市の「佐倉草ぶえの丘バラ園」を訪れた。アーチやパーゴラ、スクリーンなどの立体的なつるバラの設えが充実し、バラの香りに包まれながらの散策は、以前にもまして、至福の時間をもたらしてくれた。 2019年9月、台風15号で壊滅的な被害を受けたバラ園が、クラウドファンディングなどの復旧支援プロジェクトを経て、見事に復活した様子は聞き及んでいたが、その後もコロナ禍ですっかりご無沙汰してしまった。今回、あらためて野生のバラやオールドローズを中心とするバラ園の景観に魅せられた。また、このバラ園の前身ともいえる「ローズガーデン・アルバ」を訪ねた時のことを思い起こしていた。 ローズガーデン・アルバ 友人に誘われて、佐倉市の「ローズガーデン・アルバ」を訪ねたのは、2003年頃だった。畑の中に忽然と現れたバラ園のユニークな佇まいと、初めて見るバラの種類が多かったことが記憶に残っている。園内の道具小屋の手前のアーチに咲くつるバラ‘シティ・オブ・ヨーク’に惹かれ、帰ってから早速苗を求めた。以来、わが家では鉢植えながら、このバラが7mほど枝を伸ばしている。 「ローズガーデン・アルバ」はNPO法人バラ文化研究所により、野生バラやオールドローズの収集・保存・研究を目的としてつくられた。わが国の「バラの父」と称される育種家・研究者の鈴木省三(1913-2000)のコレクションが母体となっている。 「佐倉草ぶえの丘バラ園」開園 「ローズガーデン・アルバ」は2004年に閉じられ、その後、現在の場所で新たに「佐倉草ぶえの丘バラ園」として開園された。佐倉市の公共施設の中にあり、バラ園の管理、運営はNPO法人バラ文化研究所に委託されている。面積は13,000㎡と広く、現在1,250種、2,500株のバラを見ることができる。 園内は15のエリアに分けられ、鈴木省三コーナー、植物画家ルドゥーテが描いたバラを集めたルドゥーテコーナー、歴史コーナー、ヨーロッパ、中国、日本それぞれの野生バラコーナー、香りのコーナーなど、テーマ別に植栽されている。 「とどろきばらえん」のこと 鈴木省三コーナーでは、彼が生み出した「天の川」「万葉」「乾杯」「ひなまつり」など、日本語の名前がつけられたバラを見ることができる。「とどろき」というバラを見つけ、鈴木省三が1937年に24歳で開いたという「とどろきばらえん」に思いを馳せた。 かつて私の父がバラの話になると、いつもなつかしそうに語ったのが、「とどろきばらえん」のことだった。第二次世界大戦後すぐのことで、若かった父がバラを育てるようになったきっかけの場所だという。父の語り口が鮮やかだったので、私は自分が訪れたことのあるバラ園のような気がしている。 ルドゥーテコーナー ルドゥーテは、ナポレオン皇妃ジョゼフィーヌの命を受け、彼女の居城マルメゾンのバラを描いたほか、当時のバラのほとんどを網羅した『バラ図譜』3巻を出版したことで知られる。このコーナーには、ロサ・ガリカ・オフィキナーリスや‘スレイターズ・クリムズン・チャイナ’など、『バラ図譜』に登場する野生バラやオールドローズが植えられている。 中国のバラ 中国のバラが東インド会社を経由してヨーロッパに渡り、四季咲きのバラや、真紅色のバラを生み出すもととなったことは、バラの歴史の中でも特筆すべきことだろう。中国のバラコーナーでひときわ目についたのが、‘オールド・ブラッシュ’。18世紀、最初にヨーロッパにもたらされた4種類のバラのうちの一つで、それまでヨーロッパに無かった四季咲きのバラの誕生に貢献している。 日本のバラ 日本にはハマナスやノイバラなど、十数種の野生のバラが自生している。2012年に『日本のバラ』(淡交社刊)を出版した時、「佐倉草ぶえの丘バラ園」でいくつかのバラを撮影させてもらった。熊本県の球磨川河岸などに自生するツクシイバラ、本州や北海道の高山でしか見られないカラフトイバラなど、稀少なバラを見ることができる。 NPO法人バラ文化研究所の協力で、江戸時代に作られた植物図鑑『本草図譜』から、当時描かれたバラの図を写真に収めたことも忘れがたい。 ホワイト&ピンクコーナー オールドローズにもっとも多く見られるのが、白色とローズ色のバラ。同じ白やローズでも、色は微妙に異なるので、この2色のグラデーションが幻想的な情景を生み出している。東屋を覆うように咲く‘ホワイト・ミセス・フライト’がとりわけ見事だ。 「インドの夢」と「サンタ・マリアの谷」 比較的新しくできた2つのエリア。「インドの夢」では、インドの亜熱帯地域に自生するロサ・クリノフィラを使い、亜熱帯地方でも丈夫に育つようにと改良された苗が植栽されている。世界的に温暖化が進む中で、これから暑さに強いバラは、より必要とされるだろう。 「サンタ・マリアの谷」は、北イタリア、サンタ・マリアのバラ研究家、ヘルガ・ブリッシェから贈られたバラが植栽されている。バラ園の入り口付近から、谷を下りる形で散策できるエリア。 つるバラとコンパニオンプランツの設え バラの歴史や分類を辿る楽しみもさることながら、回廊式の小道を歩くと、さまざまに展開するバラの設えが眼福で、次第に気持ちが弾んでくる。‘ボビー・ジェームス’ ‘トレジャー・トロープ’などのバラが巨大な姿を見せるオールドローズガーデンや、いたるところのパーゴラやスクリーンに見られるつるバラが特に秀逸。‘ニューポート・フェアリー’のようにパーゴラの屋根とスクリーンに連なり、こぼれんばかりに咲く花もある。 景観を際立たせているのが、宿根草をはじめとする、一年草や球根植物など、さまざまなコンパニオンプランツ。ジギタリス、デルフィニウム、オルレア、カモミールなど、淡い色の花や葉がバラの株元にそよぐさまは、風薫る野原を連想させ、心地よい空間を生み出している。
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イギリス

【2022年 英国チェルシーフラワーショー】3年ぶりの5月開催! 今年の見どころ&ショーガーデン部門解説①
賑わいを見せた3年ぶりの春のチェルシー 英国王立園芸協会(以下RHS、The Royal Horticultural Society)が主催するチェルシーフラワーショー(以下チェルシー)は、イギリスの園芸ファンが待ち望む、園芸界の一大イベント。ロンドンのチェルシー王立病院を会場に、毎年5月末に開かれます。2020年に起きた新型コロナウイルス感染症のパンデミックと、それに伴うロックダウンにより、2020年はオンライン開催、2021年は異例の9月開催となりましたが、この春は例年通りに開催され、かつての輝きを取り戻しました。 会場には、RHS総裁でもあるエリザベス女王もピンクのコートドレスでお出ましに。今年は女王の在位70年を祝う〈プラチナ・ジュビリー〉のイベントが続きますが、チェルシーの会場にも、女王がお好きだというスズランの鉢植えを70個飾ったディスプレイが設置されるなど、お祝いムードにあふれました。 会場で最も注目を集めるのは、展示ガーデンの数々です。RHSが時流を反映して製作する特別展示ガーデン(フィーチャーガーデン)では、今年は〈BBCスタジオ・アワー・グリーン・プラネット&RHSビー・ガーデン〉と題して、生息数の減少が危惧されているミツバチを助けるガーデンがつくられました。デザインは、BBC(英国放送協会)の人気ガーデン番組〈ガーデナーズ・ワールド〉でおなじみのデザイナー、ジョー・スウィフト。ミツバチやマルハナバチが好む草花ばかりを集めた植栽で、巣箱や水場も工夫された、ハチも人も嬉しい庭です。 チェルシーはガーデンデザインにおける最高峰の舞台であり、そこで見られるガーデンデザインは、服飾の世界におけるファッションショーのように、時代の流れを反映しています。今年は去年の流れを汲んで、ミツバチの保護や環境保全、サステナビリティ(持続可能性)といった視点のあるデザインが見られました。 グレートパビリオンと呼ばれる大テントの中では、バラならバラ、ダリアならダリアと、特定の植物を専門的に扱い、定評のある種苗会社各社が、自社の植物を使って美しいディスプレイを作り上げ、新しい園芸品種の発表を行います。チェルシーは、園芸やガーデニングに関する新しい情報にあふれる場なのです。 パンデミック後の新しい取り組み 今年のチェルシーでは、新しく〈プロジェクト・ギビング・バック〉というチャリティの仕組みが導入されました。これは、簡単にいうと、チャリティを応援するチャリティ。パンデミックにより経営困難に陥った慈善団体を支援したいと考えた、2人の篤志家が始めた慈善プロジェクトです。 チェルシーは英国において注目度の高い、テレビ放映も行われるイベント。そこに慈善団体が自らの理念を伝える展示ガーデンをつくれば、世間に対して大きな宣伝となります。展示ガーデンの製作には莫大な費用がかかりますが、それを全額負担して、慈善団体には支持や寄付を集める機会を、そしてガーデンデザイナーにはチェルシー挑戦のチャンスを与えようという、なんとも太っ腹な慈善プロジェクト、それが、この〈プロジェクト・ギビング・バック〉です。ガーデン大国、そしてチャリティ大国である英国ならではの、驚きの発想ですね。 ただし、実際にチェルシーに参加してガーデンをつくれるかどうかは、RHSによって通常通り行われる選考審査の結果次第となります。このプロジェクトは2024年までの期間限定で行われますが、今年は、同プロジェクトの支援を受けた12の慈善団体による展示ガーデンが、無事選考審査を通り、製作されました。 展示ガーデンの審査方法 展示ガーデンは、いくつかのカテゴリーに分かれて審査されます。世界屈指のガーデンデザイナーが大きなサイズの庭を設計し、3週間の工期で作り上げる〈ショーガーデン部門〉に、癒やしの場としての個人の小さな庭を想定した〈サンクチュアリガーデン部門〉、都会の限られたバルコニー空間をデザインする〈バルコニーガーデン部門〉に、鉢植えを駆使した〈コンテナガーデン部門〉。それから今年は、前述の〈プロジェクト・ギビング・バック〉と連動して、構造物よりも植物の使い方に注目した〈オール・アバウト・プランツ部門〉が新設されました。 これらの展示ガーデンは、8名からなる審査員団により、RHS独自の基準に則って審査され、金、銀、銅などに評価されます。ガーデンデザイナーは一般に、RHSの主催するほかのフラワーショーで、小さなサイズの展示ガーデンに挑戦することから始め、より有名なフラワーショーの、より大きなサイズの展示ガーデンづくりへとステップアップしていきます。そして、その最高の舞台がチェルシー。ここで金賞(ゴールドメダル)を得ること、そして各部門での大賞(ベスト・イン・ショー)を受賞することは、園芸に携わる人々にとって大変な栄誉です。 審査員は、園芸、ガーデニング、ガーデンデザインにおける知識や技術を持つ専門家で構成されています。展示ガーデンにどのような目的や機能があり、軸となる植物は何で、特徴は何か。審査員たちは庭の概要を前もって書面で伝えられていますが、そういった設計の意図が実現されているかどうかも審査のポイントで、庭がどんなに美しく仕上がっていても、設計意図にそぐわない場合は減点対象となります。このほかに、意欲(独自性)、全体的な印象、デザイン、建造物、植栽の観点からも審査が行われます。 チェルシーでは、審査員団の審査とは別に、ショーの様子を放映するBBCと共同で、会場とインターネットによる一般人気投票〈ピープルズ・チョイス〉も行われます。RHSの審査員の判断と、一般の人気は必ずしも一致しないのが面白いところ。それでは、今回注目された〈ショーガーデン部門〉の受賞作品を見ていきましょう。 金賞&ベストショーガーデン〈ア・リワイルディング・ブリテン・ランドスケープ〉 資金提供:リワイルディング・ブリテン、プロジェクト・ギビング・バック デザイン:ルル・アークハート&アダム・ハント 金賞、及び、大賞となるベストショーガーデンを受賞したのは、〈ア・リワイルディング・ブリテン・ランドスケープ〉。前述の〈プロジェクト・ギビング・バック〉によって参加した慈善団体〈リワイルディング・ブリテン〉がスポンサーのガーデンです。 木々や草花の茂る、このナチュラルなガーデンは、じつは、イングランド南西部にあるビーバーの棲む川辺の景色を再構築したものです。「リワイルディング(rewilding)」とは、「再野生化」を意味する言葉で、人によって開発された場所を自然な状態に戻したり、絶滅の危機に瀕した、その生態系にとって重要な役割を果たす生き物を再び野に放つことによって、生態系を回復させたりすることをいいます。英国では、環境保全の一手段として、さまざまな再野生化の動きが各地で進められていますが、慈善団体〈リワイルディング・ブリテン〉は、人間が少し手助けすれば、自然は自ら治癒する力を持っているという考えのもと、再野生化を推し進めようと活動しています。 このガーデンは、一度は絶滅してしまったビーバーが戻ったことで「再野生化」され、生態系が回復した、実在する風景をモチーフにしています。 英国ではかつて、国内の川辺に野生のヨーロッパビーバーが生息していましたが、肉や毛皮、海狸香(かいりこう、ビーバーの持つ香嚢から得られる香料)のための乱獲で、400年前に絶滅してしまいました。しかし、2013年、デボン州東部のオットー川で1組のビーバー一家の姿が確認されます。どこからやってきたのかはっきりせず、害獣として駆除されそうになったビーバーですが、そこから5年の生態観察調査が行われた結果、ビーバーがじつは、豊かな生態系を作り出すカギとなる、生態系の回復に役立つ生き物であると判明します。国はビーバーを駆除しない方針を打ち出し、現在、オットー川には15組のビーバー家族が棲みつき、近隣エリアの国立公園でもビーバーが再導入されました。 この展示ガーデンという小さなスペースの中に、ビーバーが作り上げた川辺の景色が、見事に再構築されています。セイヨウサンザシ、ハシバミ、カエデの生える林のはずれを流れる小川は、自然の土木技師と呼ばれるビーバーが木の枝を積み上げて作ったダムを経て、湿地帯の草地へと流れ込みます。 ダムは、土やゴミをろ過して水をきれいにし、魚や昆虫が棲みやすい環境を作ります。魚や昆虫の数が増えれば、それらを餌とする野鳥も増えます。ダムはまた、水の流れを緩やかにして湿地帯の草原を作り出し、ミズハタネズミやカワウソに棲み処を与えます。そうやって、生物多様性はどんどん豊かになっていくのです。 展示ガーデンのダムを形作る木の枝は、実際にビーバーがかじり取って積んだものが使われています。ガーデナーは、ビーバーの気持ちになってダムを組んだそう。草原の植栽には、ビーバーの棲むイングランド南西部に自生するワイルドフラワーやグラス類が使われています。 ビーバーの棲み処のあるダムの脇には、人間が身を隠しながらビーバーを観察できる小屋があり、そこには、湿地帯の上に渡された簡素な木道を通って行くことができます。この木道は、サマセット州の湿地帯で遺物として発見された、新石器時代の木道の構造を取り入れたもの。遥か昔に発案された素朴な形状が、ナチュラルな風景に馴染んでいます。 ガーデンデザイナーのルル・アークハートとアダム・ハントは、初出場で金賞を獲得し、さらに、大賞を受賞するという快挙を果たしました。ビーバーのような生態系のカギとなる生き物を導入することで「再野生化」が行われ、生物多様性にあふれた、驚くほど豊かな景観が生まれることを、このガーデンは教えてくれます。 金賞&最優秀建設賞:〈メディテ・スマートプリー “ビルディング・ザ・フューチャー”〉 デザイン:サラ・エベリー 資金提供:メディテ・スマートプリー社 ナチュラルなビーバーの庭とは対照的に、インパクトのある、いかにもショーガーデン! といったダイナミックな景観で注目を集めたのが、こちらの庭。森のはずれをイメージした緑主体のガーデンで、アプローチに鉄鋼のようなオブジェが置かれ、その先の中央部には、上から3本の細い滝が流れる大きな岩場がどーんと据えられています。 設計を担ったのは、チェルシーで金賞を何度も受賞しているベテランデザイナーのサラ・エベリー。この岩場は、イングランド南西部、コーンウォール州北部の海岸線で見られる断崖にインスピレーションを得てデザインされましたが、よく見ると、立てた状態のMDF(中密度繊維板。繊維状にした木材を接着剤と合わせ、熱や圧力で固めた合板)を何枚も重ね合わせて、立体的な造形にしていることが分かります。 このガーデンの隠れた主役は、じつは、このメディテ・スマートプリー社のMDF。この庭は、汎用性があり、健康的な建材であるこの合板を使いこなすことで、未来のサステナブルな景観と建築を表現しています。 MDFは一般に湿気に弱いなどの弱点がありますが、同社のMDFは軽量で耐久性が高く、屋外の使用にも長年耐えられるというもの。地上での使用は50年、地下での使用は25年という、長期の製品保証があります。間伐材から作られ、二酸化炭素の排出も抑えられるこのMDFは、コンクリートやプラスチック、金属に代わる、サステナブルな建材として、注目を集めています。 ガーデンに植わる樹木には、カバノキやシナノキ、マツの類など、メディテ・スマートプリー社が原料の木材を得ている、アイルランドの森に自生する種類が使われています。滝の落ちる池の周りには、湿気を好む珍しい植物の数々や、英国の森のはずれに自生するキンポウゲやプリムラ、シャクといった植物が植えられて、青々とした景色を作ります。一方、岩場の中は「グロット」(庭園につくられる装飾的な洞窟)として空洞になっていて、ベンチに座って休むことができます。 ガーデンデザインにおいて、サステナブルという点をますます重要に感じるという、デザイナーのサラ。ガーデンづくりは、植物も資材も、よりサステナブルなものが求められています。 チェルシーフラワーショーの世界、いかがでしたか。続編もお読みください。
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フランス

パリのアーバン・ガーデンショー「ジャルダン・ジャルダン 2022 JARDINS JARDIN 2022 」
パリのガーデニングのトレンドをチェック! 日本と同様、6月ともなると芍薬、薔薇、紫陽花とどんどん花が咲き毎日忙しい季節ですが、フランスではガーデンイベントが集中する時期でもあります。 さて、今年17回目を迎える「ジャルダン・ジャルダン」は、毎年6月の初めの4日間パリの中心に位置するチュイルリー公園で開催されるアーバンガーデンに特化したガーデンショーです。 ジャルダン(Jardin)はフランス語で庭のことですが、「Jardins(複数)jardin(単数)」というショーの名前は、大きな庭(チュイルリー公園)jardinの中に小さな庭Jardinsがたくさん作られるところからついた呼び名なのだそう。毎年2万人もが訪れるジャルダン・ジャルダンは、小粒ながらも、街の中心にあるので手軽に訪れることができ、パリのガーデニングのトレンドが一気に分かる、とても楽しいショーです。 会期中は連日、ポタジェの野菜栽培入門や、フラワーアレンジメントのワークショップ、またガーデン関連のレクチャーなど、庭好きには嬉しいプログラムがたくさん組まれています。 チュイルリー公園とは ルーヴル美術館のすぐ隣のチュイルリー公園は、ル・ノートルの設計した庭園の一つでもある歴史的な場所です。モネの睡蓮の部屋で有名なオランジュリー美術館も、この公園の中にあります。現在はリノベーションされて、歴史的な姿をとどめつつもより快適な都市公園となっており、西洋菩提樹の並木道の木陰や大きな噴水の周りのベンチでのひと休みも心地よい、パリの住人にも観光客にも愛される場所です。数日間のための仮設のショーガーデンも、公園の緑の背景に助けられ、とてもいい感じ。 アーバンガーデンがテーマ 街中で行われるこのガーデンショーには、アーバンガーデン、都市に緑を呼び戻そうというテーマが特徴としてあります。過密な都市部での緑の大切さが見直されてきて久しいですが、都市に緑を呼び戻そう、緑のある暮らしを楽しもうといった、積極的なメッセージを発信してきました。 コロナ禍による数カ月のロックダウンは、フランスでも、特に都市部で、緑の空間がいかに人の暮らしにとって大事かということを実感するきっかけになりました。これを機に、ポタジェ(菜園)を始めた人もたくさんいるそうです。 田舎の広い庭とパリの小さなテラスでは、同じガーデニングでもアプローチが少し違うところも出てくるのは想像に難くありません。ジャルダン・ジャルダンには、たとえスペースは限られていても、緑のあるライフスタイル、パリのテラスや小さな庭を快適に楽しむスタイリッシュなデザイン・アイデアや、ガーデニング・グッズなどがたくさん。ガーデニングまわりのトレンドを知る絶好のチャンスでもあります。 そこかしこにフレンチ・タッチ フランスっぽいな、と思うのは、たとえば入り口近くの立地のよい場所に毎年出展されているオートクチュールのメゾン、シャネルのガーデン。シャネルのパルファンやコスメティックに使われているバラやカメリアなどの花々は、原材料の段階から、こだわりを持って生産されており、契約農家によってサステナブルな農法で栽培されています。 今年は、コスメティックのラインNo.1の鍵の材料であるカメリアにフォーカスして、アグロフォレストリーを実践する契約農家で栽培されるカメリアの歴史や効用を紹介する展示でした。 ナチュラル・スタイルが主流 全体的なここ数年の傾向では、フランスでもナチュラル・スタイルのガーデンが定着している模様です。緑いっぱいのオフィスをイメージしたガーデンや、植栽とともに鏡を上手に使って狭い空間を広く見せたり、水を使いながらも循環型のシステムにすることで節水もしつつ、目にも耳にもやさしいリフレッシュメント・癒やしの空間を演出するなど、アーバン・ガーデンならではのしつらいは、なかなか参考になります。 セラピー・ガーデン ガーデンとガーデニングの癒やしの効果は、日常土に触れている方なら実感済みだと思います。しかし、そうした癒やしが最も必要であろう、たとえば病院などで癒やしを意識したガーデンを備えているようなところはまだまだ少ないのです。 こちらでは、フランスのセラピー・ガーデン協会が、病院のためのモデルガーデンを提案。香りのよい植物の小道の先には、小さなポタジェがあったり、診察室の窓から見えるのは、日本庭園からインスパイアされた、水の流れるつくばいコーナー。フランスでの和風庭園のイメージは、安らぎ、静けさなのかな、というのが、こんなところからもうかがえます。 スローフラワー フランスのスローフラワー栽培を推進するフランス花協会の出展ブースも。サスティナブルな方法でローカルに季節の花々を栽培し消費者に届けようというスローフラワーのムーブメントは静かに広がっています。ブースに並ぶさまざまな花は、すべてこの時期にフランスの各地で収穫されたもの。各地の生産者が持ち寄った花々を使って、一般消費者へのアピールのためにアレンジメントのワークショップが開催されます。 おしゃれなコンポスト・ポット そして、ショーの楽しみの一つには、新しいガーデニング・グッズとの出会いもあります。私が注目したのは、このコンポスト・ポット。素焼きのストロベリー・ポットのような形状で、真ん中に入れる野菜屑などがコンポスト化してポットのポケットに植え付けた植物がよく育つというもの。 においが気にならない工夫もされているので、場所の限られたバルコニーなどでも使い勝手がよさそうです。といっても、処理できるコンポストの量は限られているので、形ばかりと思われるかもしれませんが、それでもゼロよりはいいですよね。まずは小さなことから始めてみる…きっかけは大事だと思います。 パリのおしゃれなガーデンショー、ジャルダン・ジャルダン、いかがでしたか。アクセスも容易なので、機会があればパリへの旅行のついでにでも覗いてみてください。楽しいガーデンイベントですよ。
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滋賀県

素敵な発見がたくさん! 園芸ショップ探訪37 滋賀「グリーンロフトザパーク」
河川跡を有効活用した 瑞々しいショップが誕生 旧草津川の廃川に伴い生まれた空間、草津駅まで続く全7kmの有効活用として、5年ほど前にオープンした「ai彩ひろば」。スポーツ・農業などアウトドア活動の拠点として整備され、バーベキュー&DAYキャンプ、サイクリングロード、ジョギングが楽しめるスポットです。その1区画に、緑のある暮らしを提案する園芸店「グリーンロフトザパーク」がオープン。広々として子どもから大人まで楽しめるショップです。 ‘すべての人が楽しめる、身近な自然との接点になる場所’をコンセプトに、心癒やされる自然空間を提供している「グリーンロフトザパーク」。300㎡もの売り場には、インドアグリーンや花苗、コンテナ、雑貨など、ガーデニングライフを応援するアイテムがずらりと並び、最近人気のパルダリウム関連商品も充実しています。 店内は、木製とステンレスの什器を巧みに取り合わせ、有機質と無機質の絶妙なバランスを見せています。欧米のインテリアショップのようなトーンを落とした照明が、心地よい空間を演出しています。 観葉植物は沖縄や鹿児島まで買い付けに出向いているそうですが、「特別に変わった種類や樹形などにはこだわっていません。それよりも樹木本来の姿を生かした扱いやすいものを仕入れて、素敵に見せることに力を入れています」と、マネージャーの佐藤真昭さん。 ホームセンターのバイヤーとして約20年、ガーデニングの流行の移り変わりを眺めてきた佐藤さん。このあたりは、住宅開発で移住してきた感度の高い若者が集まるエリアで、昔ながらの見慣れたアイテムでも見せ方に工夫をすれば、新鮮なものとして受け入れてくれるそう。「若い人は違うスタイルやジャンルのものでも先入観なく、いろいろなことに結びつけたり、はめ込んでいったりすることができるんですよね。単に珍しいものを追い求めるのではなく、一般的なものでも魅力的な見せ方をすることで、植物を好きになるきっかけづくりに繋げることが大切。今までの園芸の枠を脱して、園芸を楽しむ人の裾野を広げたいですね」。 テーマパークのような ディスプレイを拝見 来る人を飽きさせない努力を惜しまない、グリーンロフトザパークのスタッフたち。「こまめに模様替えをしていますよ。大がかりなチェンジもしょっちゅうです。室内のディスプレイやパワープレイ、どんな仕事もスタッフそれぞれが協力しあってお店をきれいにしています」と、アシスタントマネージャーの東晧平さん。モデルルームやショップの装飾も依頼されることが多いそう。 洋書とドライフラワー、ガラス商品を組み合わせたディスプレイには、エレガントさも漂います。「欧米の知的な雰囲気を香らせたり、古きアメリカを感じさせたり…異なる雰囲気を共存させています」と佐藤さん。チープにならないように、意識を注いでいるのが伝わってきます。 アウトドアのガーデニングコーナーも 魅力的なしつらいに 外の売り場も清潔感あふれ、落ち着いたブルーの建物を背景におしゃれな雰囲気。植物は季節の草花に加え、カラーリーフも充実。あらゆるシーンに対応できるラインナップです。 大きめなコンテナは屋外の軒下コーナーで販売。インテリアになじみやすいグレーやアイボリーのマットなデザインのものが多く並んでいます。それと向かい合わせになるように、樹木類も陳列。オリーブやユーカリなど、リーフが美しい人気樹種は、品種も豊富に揃っています。 もし希望の樹木がなければ、お取り寄せも可能。また、配達や庭への植え付けも可能な範囲でやってもらえます。「植え付けをする場合は用土代を頂くだけで、いわゆる手間代は不要です。その浮いた分で、ほかのアイテムを試していただきたいですからね」と東さん。 ところ狭しと並ぶ 暮らしまわりの雑貨コーナー ガーデンパーティーやキャンプでも活躍してくれそうな食器やキッチンツール、ファブリックも充実。丈夫でカジュアルな価格なので、庭でも惜しみなく使えるものばかりです。 テーマパークのデコレーションのような楽しさあふれるコーディネートも必見。眺めているだけで、ワクワクする空間です。 佐藤真昭さんイチオシの 日本製の小さな鉢 輸入鉢が多い中、最近佐藤さんが注目しているのが、メイドインジャパンのもの。「日本の伝統工芸品にはどこか雅な雰囲気が残っていて、観葉植物に合わせにくいところがあるのですが、地元の信楽や岐阜県の美濃焼など、とくに若い作家さんの作る鉢で合わせやすいものを見つけたんです。これからほかの産地のものを含めて、どんどんアイテムを増やしていきたいですね」。 植物をいかに美しく暮らしに取り入れるかを追求し続ける「グリーンロフトザパーク」。お客様を飽きさせない、最旬の提案でいっぱいです。『café KaimanaLio(カフェ・カイマナリオ)』も併設しているので、地場野菜を使ったフードやドリンクを頂きながらショッピングできます。ぜひ訪れてみてください。アクセスは、JR琵琶湖線「草津」・バス「陽の丘団地口」下車より徒歩約8分。名神高速道路「栗東」ICから車で約15分。
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東京都

ピィト・アゥドルフ氏デザインが提案する‘生命の輝きを放つガーデン’を訪ねて 3
【「PIET OUDOLF GARDEN TOKYO」の植栽図】 繊細さと力強さがミックスした 瑞々しい初夏の風景 植え込みから約半年が経った5月半ば。草花もすくすくと育ち、植栽にボリュームが出てきました。この時期は、春咲きの球根類と宿根草の競演が楽しめます。 この時期の植栽に量感を与えているのは、草丈の高いポピー‘マザーオブパール’とアリウム‘パープルセンセーション’など。区分けした6つの花壇それぞれに数株ずつ配置して、つながりを持たせつつ見応えを出しています。 ポピーは、ケシならではの薄い花弁と楕円形のつぼみを支えるクルンとした花茎が印象的。植物一つひとつを眺めてみると、それぞれ質感や造形を重視するアゥドルフ氏の狙いが見えてくるようです。 アリウムの球形の花序と直線的な花茎もアゥドルフ氏のデザイン性を象徴するもの。まとめたり並べて植えたりせず、あちこちに少しずらして配置することで、全体的なつながりを生み、リズミカルな浮遊感でファンタスティックな楽しさを演出しています。 つぼみの段階の植物でも、個性的なフォルムを描くものであれば、植栽の印象を深めることができる重要なアイテムになります。ここでは、コオニユリのつぼみをつけた直線的な茎が、ふんわりとした植栽に力強さを添えています。 同色で揃えた植栽も、質感やフォルムの違いで変化がたっぷり。光沢のあるひらひらとした花をつけるラナンキュラス・ラックス‘アリアドネ’とマットな質感の花茎を伸ばすアスチルベの対比がおもしろい。 セントーレア‘パープルハート’のギザギザした花弁の先が、さりげないアクセントを添えたり、ラナンキュラス・ラックス‘アリアドネ’の長い花穂が風を感じさせる植栽。 花壇脇の園路にはサクラがつくる緑が影を落とし、木漏れ日がキラキラと輝いています。株元ではここに毎年芽を出す小さな野花たちが、愛らしい彩りを添えています。 初夏を鮮やかに彩る やさしい雰囲気の草花たち 「PIET OUDOLF GARDEN TOKYO」 以外の場所にも見どころがたくさん! メインの建物前の園路脇に設けられたレイズドベッドは、いつも華やかさ抜群。奥に広がるアゥドルフ氏の庭園をやんわり仕切る役割も担っています。こちらはHANA・BIYORIスタッフによる植栽。ぜひ、花合わせの参考にしてください。 瑞々しさ抜群の春咲き球根植物。成長してきた宿根草とともに初夏をファンタスティックに彩ります。このアゥドルフ氏によって再構築された自然が織り成す芸術性あふれる風景を、ぜひ堪能してください。 【ガーデンデザイナー】 ピィト・アゥドルフ (Piet Oudolf) 1944年オランダ・ハーレム生まれ。1982年、オランダ東部の小さな村フメロに移り、多年草ナーセリー(植物栽培園)を始める。彼の育てた植物でデザインする、時間とともに美しさを増すガーデンは、多くの人の感情やインスピレーションを揺さぶり、園芸・造園界に大きなムーブメントを起こす。オランダ国内のみならず、ヨーロッパ、アメリカでさまざまなプロジェクトを手掛ける。植物やガーデンデザイン、ランドスケープに関する著書も多数。2017年にはドキュメンタリー映画「FIVE SEASONS」が制作・公開された。 Information 新感覚フラワーパーク HANA・BIYORI 東京都稲城市矢野口4015-1 TEL:044-966-8717 https://www.yomiuriland.com/hanabiyori/ 営業時間:10:00~17:00 ※公式サイト要確認 定休日:不定休(HPをご確認下さい) アクセス:京王「京王よみうりランド駅」より徒歩10分(無料シャトルバスあり)、小田急線「読売ランド駅」よりバスで約10分「よみうりランド」下車徒歩約8分 Credit 写真&文/井上園子 ガーデニングを専門としたライター、エディター。一級造園施工管理技士。恵泉女学園短期大学園芸生活学科卒。造園会社、園芸店を経て園芸雑誌・書籍の編集者に。おもな担当書に『リーフハンドブック(監修:荻原範雄)』『刺激的ガーデンプランツブック(著:太田敦雄)』『GARDEN SOILの庭づくり&植物図鑑(著:田口勇・片岡邦子)』、近著に『簡単で素敵な寄せ植えづくり』など。自身もガーデニングを楽しみながら、美術鑑賞や旅行を趣味にする。植物を知っていると、美術も旅も楽しみの幅が広がりますね。
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東京都

ピィト・アゥドルフ氏デザインが提案する ‘生命の輝きを放つガーデン’を訪ねて 2
【「PIET OUDOLF GARDEN TOKYO」の植栽図】 宿根草が咲くまでの間を彩る 球根植物たちの華やかな競演 3月19日にオープンした、ガーデンデザイナー、ピィト・アゥドルフ氏デザインのガーデン。当時は芽を出したばかりの状態だった球根植物が、桜の開花と同時にピークを迎えました。生まれたばかりで彩りの寂しかった庭は、本格的な春の風景へとシフトしていきます。 宿根草を落とし込んだ植栽計画図以外に、球根の植栽図を別に用意することが多いアゥドルフ氏。球根植栽で有名なジャクリーン・ファンデル・クルートさんとも組んで球根を植えることもあるのだとか。今回は、2020年にドイツでオープンした「Vitra Garden」のために起こした球根植栽図を参考に、永村さんが植栽計画を立てました。 ここでの球根の植栽計画は、純粋なアゥドルフ氏の植栽とは少し異なり、やや賑やかさを意識したセレクト。アジア初のプロジェクトということと、アゥドルフ氏のスタイルに馴染みのない一般客が大半を占めることを意識して、パッと目を引く種類を多めに採用しました。 今回の春の賑やかしとして植えたチューリップやエリシマムは永村さんの提案で、事前にアゥドルフ氏と何度も協議を重ねて採用を決定。アリウムとスイセンに関しては、Vitraで使用されたものをピックアップしました。アゥドルフ氏の作品としては、サクラ並木に囲まれる立地は今回が初めて。「この景色の特徴を生かして、ローカライズしたものを創るのも一つの答えだと思います」と永村さん。 セレクトは次の通り。 A)アゥドルフ氏の作品にも登場した品種の中で、夏越ししそうなスイセン。越年しなさそうでも試験的に入れてみたアリウムやカマッシア。 B) サクラの魅力を増幅するために、花壇を濃淡2色のサクラと一体化して隣の大きな温室の窓に映るようにするで、包まれるような感覚を演出するための、チューリップとラナンキュラス‘ラックス’。 C) 日本・アジア原産の球根として、バイモユリ、リーガルリリー、コオニユリ。 「サクラの開花タイミングと一致する球根植物にこだわっています。サクラの花後を引き継ぐチューリップを多用していますが、じつは、アゥドルフ氏の意向では、『本来は原種を植えたいところ。今回植えたような園芸品種のチューリップはオープニングの時だけ』ということで容認された植栽でした。しかし、サクラとの景色が好評だったため、アゥドルフ氏も喜んでくださり、今後のことは現場の声やお客様の声を生かしながら、アゥドルフ氏と検討を重ねていくことになりました」と永村さん。 来年さらに華やかにパワーアップするか、それとも本来の原種系にトーンダウンして本格派を目指すか、方向を決めるために考えを巡らせている、永村さんと植栽チーム。とはいえ、球根の予約発注は6月までに済ませる必要があるのだとか。植物を相手だと悠長にしていられない難しさがあります。プロたちの判断により描かれる来年の美しい風景も楽しみですね。 アゥドルフ氏は数年後にどのような状態になるかを想定したデザインを提示し、考え方を共有するスタッフに管理を任せてしばらく見守る姿勢を貫いています。日々進化する庭。思いがけず枯れてしまうものもあるかもしれませんが、植物への愛とスタッフへの信頼が美しい風景を育んでいます。 春をあざやかに彩る 球根植物たち 「PIET OUDOLF GARDEN TOKYO」 以外の場所にも見どころがたくさん! いつも季節の草花で華やかに彩られている園路脇の花壇は見応えたっぷり。ぜひ、花合わせの参考にしてください。こちらはHANA・BIYORIスタッフによる植栽です。 何年も前から植わっている幾本ものサクラが一斉に花を咲かせる3月下旬から4月上旬。桃源郷のような美しい風景が広がり、お花見にうってつけの場所です。 多年草のピークを迎えるまでの途中段階を、元気いっぱいに咲き継ぐ球根植物。この多年草とは異なる魅力を生かしながら、サクラが美しいHANA・BIYORIならではの風景が生み出されました。アゥドルフ氏によって再構築された自然が織り成す芸術性あふれる風景を、ぜひ堪能してください。 【ガーデンデザイナー】 ピィト・アゥドルフ (Piet Oudolf) 1944年オランダ・ハーレム生まれ。1982年、オランダ東部の小さな村フメロに移り、多年草ナーセリー(植物栽培園)を始める。彼の育てた植物でデザインする、時間とともに美しさを増すガーデンは、多くの人の感情やインスピレーションを揺さぶり、園芸・造園界に大きなムーブメントを起こす。オランダ国内のみならず、ヨーロッパ、アメリカでさまざまなプロジェクトを手掛ける。植物やガーデンデザイン、ランドスケープに関する著書も多数。2017年にはドキュメンタリー映画「FIVE SEASONS」が制作・公開された。 Information 新感覚フラワーパーク HANA・BIYORI 東京都稲城市矢野口4015-1 TEL:044-966-8717 https://www.yomiuriland.com/hanabiyori/ 営業時間:10:00~17:00 ※公式サイト要確認 定休日:不定休(HPをご確認下さい) アクセス:京王「京王よみうりランド駅」より徒歩10分(無料シャトルバスあり)、小田急線「読売ランド駅」よりバスで約10分「よみうりランド」下車徒歩約8分 写真協力/永村裕子(※) Credit 写真&文/井上園子 ガーデニングを専門としたライター、エディター。一級造園施工管理技士。恵泉女学園短期大学園芸生活学科卒。造園会社、園芸店を経て園芸雑誌・書籍の編集者に。おもな担当書に『リーフハンドブック(監修:荻原範雄)』『刺激的ガーデンプランツブック(著:太田敦雄)』『GARDEN SOILの庭づくり&植物図鑑(著:田口勇・片岡邦子)』、近著に『簡単で素敵な寄せ植えづくり』など。自身もガーデニングを楽しみながら、美術鑑賞や旅行を趣味にする。植物を知っていると、美術も旅も楽しみの幅が広がりますね。
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フランス

フランスも庭シーズン! ショーモンシュルロワール城・国際ガーデンフェスティバル〜後編〜【フランス庭便…
歴史と現代アートが出会うロワールの古城 ショーモン城の城館の歴史は15世紀の城砦に遡り、16世紀のフランス・ルネサンス期はカトリーヌ・ド・メディシス、ついでディアーヌ・ド・ポワティエが城主になるなどフランス王室との縁が深く、預言者ノストラダムスが滞在した部屋なども見学できます。 その一方で、現在では現代アートセンターができて、アーティストインレジデンスなどを行っており、歴史的な見学コースと並行して、世界的な巨匠・若手作家を合わせたアート作品の展示が多数あります。 レジデンスに選ばれた作家が、城内の特定の場所を選んで構想・制作する作品は、一定期間の企画展示の時もあれば、恒久的な常設展示になることもあり、さまざまです。また、城に付随する 建物、例えばパトリック・ブランの壁面緑化の立体作品などがある旧厩舎も同様に、アート展示の場として活用されています。 ナチュラル&アーティーなイギリス風景式庭園 ところで、ショーモン城に庭園がつくられたのは、じつは19世紀も後半になってからでした。当時の城主はそれまで城の周りにあった村落をすべて、教会や墓地も含めてロワール河沿いに移します。著名造園家アンリ・デュシェンヌが、緩やかな芝生の丘陵に大樹が点在する、現在に続く広大なイギリス風景式庭園を設計しました。ロワール河を見晴らす庭園の城館近くに植えられた古いレバノン杉は、建物の石材の白色をより引き立てて見事な景観を作っています。 そして、この歴史的庭園は、歳月を経た大樹の数々だけでなく、現代アートのインスタレーションが散策路に点在するアート・ガーデンになっています。世界的に活躍する作家たちがこの庭園のために制作した作品は、散策がより印象深いものになるような、どれも場のエスプリに繋がった、人と庭、自然や時間との関わりに想いを誘うものが多いように思います。 各作品を訪ねつつ、森林浴もできてしまう気持ちのよいこの空間。かつては芝生がしっかり刈り込まれたクラシックな緑の風景でしたが、サスティナブルなメンテナンスが主流となってきた最近では、一部をワイルドフラワーの草原として残したりと、さらにナチュラル感が溢れる雰囲気に変化してきているのも興味深いところです。 フランスの城に欠かせないポタジェ(菜園)も素敵 さて、フランスの城に欠かせない庭といえば、果樹や野菜にハーブ、花々と盛りだくさんのポタジェ(フランス風の菜園)です。ショーモンシュルロワール城にも、もちろんポタジェが! こちらは歴史的というよりは、自由な遊び心が感じられる場所。 お洒落さは欠かせない、といった感じの造形的なパーゴラなどに、実用的な温室が入り混じるざっくり感もポタジェらしくていい感じです。春先から盛夏にかけてどんどん表情が変わっていくのも面白いものです。 新しい庭園パーク、グアルプ草原 そして、数年前から新たに加わった10ヘクタールほどのグアルプ草原(Prés du Goualoup)も見逃せません。パリ、チュイルリー庭園のリノベーションなどでも知られる造園家ルイ・ベネシュが設計したこの広大な公園スペースには、やはり現代アートのインスタレーション作品に加え、オールド・ローズやクレマチス、ピオニー(シャクヤク)、ダリア、アスターなどのプランツ・コレクションの植栽がなされています。 また世界の庭園文化からインスパイアされた、さまざまなスタイルの小さな庭があるのも魅力です。例えばイギリス、アフリカ、中国、韓国、日本などスタイルの異なる、いずれもコンテンポラリーなデザインのスモール・ガーデンが設えられていて、一歩進む度に驚きがあるような散策路が用意されています。 今年はさらに、南仏コート・ダジュールのガーデンデザインの大御所、ジャン・ムスがデザインした地中海風のスモールガーデンが増えていました。オリーブやサイプレスと白砂利のコントラストがあると、一気に地中海っぽい雰囲気が作れるなあ、など、庭の雰囲気作りのアイデアの参考になるTipsもたくさん見つけることができるでしょう。 多彩なカフェやレストランも魅力的 さて、一日中庭や城を見て回っていたら、さすがにお腹も空いてきます。当然、敷地内にはいくつかカフェ・レストランがありますので、ご安心を。アートやガーデンに関する本を閲覧しながら休憩できる小さなライブラリー付きのカフェや、オープンエアでオーガニックのローカルフードを提供するレストランの傍らにある、ガストロノミー・レストランでは、毎回のガーデンフェスティバルのテーマからインスパイアされるメニューを提案(こちらもアーティスティックなプレゼンテーションかつ美味しくておすすめです。ハイシーズンは要予約)。 来訪者が気分に合わせて使い分けができるような、気の利いたこだわりのあるセクションで、どれをとっても心地のよい時間が過ごせます。 進化し続けるガーデン&アートの聖地 季節によって庭園の表情は大きく変わりますが、ショーモンシュルロワールではアート&ガーデンフェスティバルの毎年異なるテーマからの新たな創造に触れることができるのが魅力です。 また常設の展示や庭園の中にも常に変化があって、訪れる度に必ず新たな発見があるのがすごいところ。今年はさらに、敷地内に新たなホテルレストランが加わるということで、年々充実していくショーモンシュルロワール、何度でも訪れたくなる充実のシャトー&ガーデンです。 ●『ショーモンシュルロワール城・国際ガーデンフェスティバル~前編~』も併せてお読みください。
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フランス

フランスも庭シーズン! ショーモンシュルロワール城・国際ガーデンフェスティバル〜前編〜【フランス庭便…
アートと自然が出合うロワールの古城、ショーモンシュルロワール城 15世紀以来の歴史をもつフランス王家に縁の深いショーモンシュルロワール城に、現在に続く英国風の庭園が作られたのは19世紀になってから。この城の面白いところは、歴史的であるばかりでなく、現代においてもどんどん進化している点です。 城館は現代アートセンターとなって、若手や国際的な巨匠の作品制作や展示の場になり、庭園にも数多くの一流の現代アートのインスタレーション作品が設置されます。 また、毎年春から秋にかけての約7カ月にわたり、フランス最大規模のガーデンフェスティバルが開催されるなど、アートと自然を結ぶクリエイティブな活動が常に注目される、非常に魅力的な場所なのです。 30周年を迎えた老舗国際ガーデンフェスティバル 今年で30周年を迎える、ショーモンシュルロワール城の国際ガーデンフェスティバルは、多い年には約53万人もの入場者を集める人気のガーデンショーです。毎年異なるテーマに沿って公募された、300件を超える応募作品の中から選ばれた二十数個の庭デザインが、それぞれ約200㎡強の区画のショーガーデンとして作庭・展示されます。 城の庭園の一角に位置するショー会場は、敷地の庭園や森林とシームレスにつながっており、自然な雰囲気の中でのどかな散策を楽しみつつ、ショーガーデンの見学ができるのも大きな魅力です。 若手庭園デザイナーの登竜門 応募書類は匿名で審査されます。フランスでは若手の庭園デザイナーの登竜門として定評あるガーデンショーで、また庭園デザイナーや造園家ばかりでなく、アーティストや建築家など他分野のクリエーターたちとの混合チームでの作品なども多く見られるなど、開かれた雰囲気のショーでもあります。 今年の出展者の顔ぶれは、フランス、イギリス、ベルギー、ドイツ、オランダ、イタリア、チェコ、スロバキアのほか米国からも。コロナ禍以前には毎年、日本や中国、韓国などアジアからの出展もありました。ヨーロッパ地域が多いながらも国際色豊かです。 出来上がったガーデンデザインには、さらなる審査があり、全体的なクリエイションのクオリティ、アイデアの斬新さ、植栽のハーモニーなど、さまざまな基準で選ばれるいくつかの賞が用意されており、授賞式は6月に行われます。 国際的な著名造園家の招聘 また、30周年という節目の年ゆえ、ショーガーデンにカルト・ヴェールと名付けられた自由裁量の招聘枠が加えられ、キャスリーン・グスタフソンやジャクリーヌ・オスティといった、国際的な大御所ランドスケープ・アーキテクトがデザインした小さな庭が見られるのも、今年の面白いところです。 今年のテーマは「理想の庭」 さて、毎年異なるフェスティバルのテーマは、時代のトレンドを反映したものが多いように思われます。30周年を迎える今年のテーマは、ズバリ「理想の庭」。 都市化がこれ以上ないほど進み、地球温暖化が目前の問題となっている現在、人と自然の関係性から見た「理想の庭」とはどんなものなのか? 癒やしの空間、または安心安全な野菜や果物を育てるポタジェ、あるいはアートと同じような価値を持つ空間かもしれない? 「理想の庭」からインスパイアされる、新たな演出方法や素材や技術を用いて表現する庭とはどんなものだろうか? みなさんなら、どんな庭を想像しますか? 季節を追って変化する植栽デザイン さて、このガーデンショーの大きな特徴は、長期にわたる開催であること。春から晩秋にかけて約7カ月にわたって開催されるため、ロンドンのチェルシーガーデンショーなど、数日間の開催期間中に最高に完成された姿のガーデンを演出するガーデンショーとは異なり、季節の変化に合わせて、成長し変化する植栽を工夫しなければなりません。 春先と盛夏、または晩秋では、同じショーガーデンでも植栽次第でその表情が大きく変わっていくのも面白いところです。訪れる園芸愛好家にとっては、変化していく植物の姿をそのまま見られるので、自宅の庭づくりの参考にしやすいという利点もありそうです。ちなみに園内のガーデニング関連のショップでは、植物の種子や苗を購入することもできます。 見学を充実させる豊かなアメニティ このように、ガーデンショーの展示をゆっくり眺めるだけでも軽く半日は楽しめますが、隣接するイギリス式庭園や、城や旧厩舎の展示、ポタジェ、クレマチスなどのプランツコレクション、さらには隣接するグアルプ公園の異文化からインスパイアされたさまざまなガーデン……などなど、全部を見て回ろうとしたら、一日では足りないほど。幸い素敵なレストランやカフェも充実しており、丸一日、大満足で過ごすことができます。 敷地内のほかのガーデンについても、また次の機会にご紹介できたらと思います。 ●ショーモンシュルロワール城・国際ガーデンフェスティバル(後編)は近日公開!
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大阪府

素敵な発見がたくさん! 園芸ショップ探訪36 大阪「L’lsle-sur-la-Ring(リルシュルラリング)」
異空間にワープできる シャビ―で愛らしい空間 湾岸に通じる幹線道路(府道40号)に面した、緑に覆われるフェンス…その中に小さなショップ「リルシュルラリング」があります。店に一歩足を踏み入れると一気に独特な世界観に引き込まれ、外の喧噪を忘れてしまいます。 ショップは、フランス・プロヴァンス地方にある『L'lsle-sur-la-Sorgue(リルシュルラソルグ)』という骨董市で有名な街をイメージしてつくられました。「骨董市では、アンティークから日用品まで、さまざまなものを扱う店が並びます。骨董市に来た時のようなワクワクを感じていただきたいですね」とオーナーの伊丹雅典さん。 2004年にオープンし、18年目を迎える「リルシュルラリング」。ショップは伊丹さんがフランスのことをよく調べた上で自らデザインを起こし、工務店の力を借りながらつくり上げたもの。本格的な資材を使用し 、控えめなカラーで雰囲気を高めながら植物をうまくレイアウトしています。店のこの雰囲気を我が家で再現してほしい! と、庭づくりも依頼されることが多く、火・木曜日は、伊丹さんの庭づくり(デザイン・施工)の日となっています。 建物からせり出す軒下の構造物は、ヨーロッパ風の構造物や庭を手掛けるユメミファクトリー(京都府・亀岡市)と一緒にしつらえたもの。甘さを抑えつつ、どこかメルヘンな感じもある独特な空間です。吊り下げたアイアンのライトが、ほんのりうす暗い空間の雰囲気をぐっと高めています。 ていねいにしつらえられた コーディネートも見応え抜群 花苗売り場はアンティークレンガを多用したナチュラルな雰囲気の空間です。高さに変化をつけたり、視線をあちこちに振るような仕掛けを盛り込んだりして、小さな空間ながらも見せ場がたくさん。 伊丹さん以外、スタッフ5名は全員女性で、コーディネートは繊細でエレガント。買い物カゴは店の雰囲気と調和するバスケットを使用するなど、細やかな配慮が感じられます。 空間に変化を生むため細長いテーブルをあえて斜めに置き、立体的にコーディネート、パーティーを思わせるにぎやかなシーンに。「こまめにマイナーチェンジを重ねていますが、飽きがこないように年2回ほど大きくレイアウトを変えています」。 「L'lsle-sur-la-Ring(リルシュルラリング)」が提案する 寄せ植えアイデア集 店内のあちらこちらで見られる、小花が愛らしい寄せ植えをご紹介します。いずれも軽やかで透明感にあふれる花合わせが魅力的。 【バスケットに】 【ラウンドの鉢に】 【オーバル・長方形など幅広のコンテナに】 【ハンギングタイプ】 温かみあふれる屋内売り場 ぬくもりあふれる建物内は、コンテナや雑貨売り場。「おうちっぽく落ち着いた雰囲気にしています」と伊丹さん。 小さなコンテナや観葉植物、多肉植物、オーナメント、香りのアイテムなど多様な品々が、物語を紡ぐようなディスプレイで提案されています。 木製の階段を上がった2階は大鉢の観葉植物が並び、インテリア的要素の強い空間。さほど広くはありませんが、3つのシーンで構成されています。 グレイッシュに塗られた8畳ほどの小部屋では、シャビーシックなアイテムを集めた新たな異空間を展開。マントルピースやアンティークベンチを使い、フランスの本に出てくるようなシーンをつくっています。 シックなコーナーの反対側はがらりと趣が変わり、白いノーブルなシーンが広がります。ここにはレース小物やカーテンが多数並び、ソフトな雰囲気が漂います。 異なる趣のシーンを狭い空間の中に展開していくコーディネート術はさすが。ここでは、アンティークの階段の手すりを使って、シーンを切り替えています。 伊丹さんのイチオシ ショップオリジナル鉢 ショップでペイントしている素焼き鉢は、どんな植物にもしっくり合うおすすめのアイテムです。カラーやロゴは季節によって変わります。色や文字などは、要望に応じてフレキシブルに対応してくれるそう。 フランスの片田舎を訪れたような趣と愛らしさをぎゅっと詰め込んだショップ「リルシュルラリング」。小旅行をしているような非日常的な時間を楽しませてくれます。ぜひ訪れてみてください。「アクセスは、阪神高速4号湾岸線岸和田北ICより車で約10分。JR阪和線久米田駅より徒歩約15分。 【GARDEN DATA】 L'lsle-sur-la-Ring(リルシュルラリング) 大阪府岸和田市箕土路町2-256-1 TEL: 072-440-2887 営業時間10:00~17:00 定休日:毎週火曜(祝日の場合は営業) https://www.llsle-sur-la-ring.com/ Credit 写真&文/井上園子 ガーデニングを専門としたライター、エディター。一級造園施工管理技士。恵泉女学園短期大学園芸生活学科卒。造園会社、園芸店を経て園芸雑誌・書籍の編集者に。おもな担当書に『リーフハンドブック(監修:荻原範雄)』『刺激的ガーデンプランツブック(著:太田敦雄)』『GARDEN SOILの庭づくり&植物図鑑(著:田口勇・片岡邦子)』、近著に『簡単で素敵な寄せ植えづくり』など。自身もガーデニングを楽しみながら、美術鑑賞や旅行を趣味にする。植物を知っていると、美術も旅も楽しみの幅が広がりますね。
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北海道

北の大地・北海道の桜【松本路子の桜旅便り】
北の桜、‘オオヤマザクラ’ 遠くに霞む山脈に向かい、まっすぐに伸びる道。その両端の桜並木の見事なこと。北の大地、北海道ならではの雄大な景観だ。この桜に出会いたいと、数年前、北海道日高郡新ひだか町の静内二十間道路(しずないにじゅっけんどうろ)を訪れた。 静内二十間道路の桜並木は、主に‘オオヤマザクラ’で成り立っている。5月初旬に咲く‘オオヤマザクラ’が終わるころ、一週間ほど遅れて‘カスミザクラ’ ‘ミヤマザクラ’が開花する。いずれも日本に分布する野生の桜10種に含まれ、主に寒冷地や山岳部に生育する種類だ。街路樹など、低地で見られるのは北海道ならではで、まさに北の桜といえる。 ‘オオヤマザクラ’は‘ヤマザクラ’より花弁が大きく、花径が3~4cmあるので、この名前がつけられた。雪や寒さに強いので、‘染井吉野’が育ちにくい北の地域では、桜といえば‘オオヤマザクラ’を意味する。北海道に多く見られることから、「蝦夷桜(えぞざくら)」とも呼ばれる。まれに白色の花が見られるが、ほとんどが紅色なので、「紅山桜(べにやまざくら)」とも称され、満開の季節には山が薄紅色に染まるという。 樹高は20~25mほどで、花の終わり頃に紅褐色の葉が伸び始める。幹や枝の樹皮は紫褐色で光沢があることから、東北地方では昔から樺細工として、工芸品に用いられてきた。 静内二十間道路の桜並木 7kmにわたる直線道路の両側には、約2,200本の桜が連なっている。道路はかつてあった宮内省所管の新冠御料牧場を視察する皇族のために、明治36年(1903年)につくられた。当初は中央道路と称されたが、幅が二十間 (約36m)あることから、いつしか二十間道路と呼ばれるようになった。 桜が植栽されたのは大正5年(1916年)で、当時の御料牧場の職員が近隣の山々から木を移植し、3年の歳月をかけて完成させた。現在ほとんどが樹齢50年から100年の古木で、威風堂々とした姿を見せている。 明治初期、日高地方では野生馬が群れをなしていた。そうした野生馬を集めて放牧したのが産馬改良のための牧場の始まりで、町内には現在も牧場が点在し、優駿・競走馬を多く輩出している。桜並木を馬に乗った人が通り過ぎるのも、この地方ならではの光景だ。 花のトンネル 二十間道路のほぼ中間地点に、牧場に続く脇道がある。そこでは‘オオヤマザクラ’の大木が枝を伸ばし、花の回廊を形作っている。私が訪れたのは、花の盛りをやや過ぎた頃だったが、薄紅色の花と若葉の紅褐色が重なり、夕日に照らされた様子は、何とも言えず幻想的だった。 北海道の桜 ‘カスミザクラ’は、本州、四国、九州の低山地に広く分布する野生の桜だが、北海道では公園や街路に植栽されている。2~3cmのやや小さめの花を枝一面に咲かせ、遠目には霞がかかったように見えるので、この名前がつけられた。葉や花柄にうぶ毛が見られるので、「毛山桜」とも呼ばれる。 ‘ミヤマザクラ’は、おもに山岳地帯の高所に分布する野生の桜だが、北海道では5月から6月にかけて低地でも開花する。2cmほどの小さな花が房状に見られ、葉が完全に開き切ってから花がつく特異性がある。 ‘タカネザクラ’は、標高1,500~2,800mの高山に分布し、「峰桜」の別名がある。2~3mの低木で、枝が地表近くを水平に伸びることもある。標高の高いところでは夏に開花し、登山者は季節外れの花見を楽しむことができる。私にとっては出会うことができない、まさに「高嶺の花」だったが、静内の桜舞馬公園で開花している姿に、奇跡的に遭遇することができた。 ‘千島桜’は、根室市が開花予想の標本木に採用している桜で、‘タカネザクラ’の変種とされる。明治時代に国後島から苗が運ばれ、当初は「国後桜」と呼ばれていたが、根室市の清隆寺に移植されたことをきっかけに‘千島桜’と名前が変えられた。今では広く植栽されるようになり、5月下旬に開花することから、日本で最も遅く低地で見られる桜とされている。 札幌で出会った桜 静内を訪れた帰路、札幌に立ち寄った。市の中心部に位置する大通公園に‘カスミザクラ’と‘ミヤマザクラ’が開花していると聞きつけたからだ。‘ミヤマザクラ’はまだつぼみだったが、満開の‘カスミザクラ’に出会うことができた。 大通公園から徒歩で、北海道大学植物園に向かった。ここは明治10年(1877年)に、当時札幌農学校の教頭だったウィリアム・クラーク博士の進言でつくられた農園を前身とする歴史ある植物園。13.3ヘクタールの園内には、北海道の自生植物を中心に、約4,000種類の植物が育成されている。ビルが立ち並ぶ都市の中にあって、巨木や札幌の原始の姿に出会える貴重な場所だ。また、北方民族が育てる植物を、その文化とともに紹介するユニークな試みも行っている。 サクラ林では‘オオヤマザクラ’の古木が開花し、‘タカネザクラ’が高山での姿に近く、地表を這った姿で咲いている様を見ることができた。 *植物学の慣例に従い、野生の桜をカタカナ、栽培品種の桜を漢字で表記しています。 Information 二十間道路桜並木(新ひだか町HP) 住所:北海道日高郡新ひだか町静内本町5-1-21 電話:0146-43-1000 HP: https://www.shinhidaka-hokkaido.jp/ 北海道大学植物園 住所:北海道札幌市中央区北3条西8丁目 電話:011-221-0066 HP: https://www.hokudai.ac.jp/fsc/bd
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フランス

フランスの城で春のガーデニングフェア開催! ポタジェにも注目の「サン=ジャン=ド=ボールギャール城」【…
専門ナーサリーが一堂に集まる貴重な機会 年2回、春夏の週末に城の庭園内で開催されるこのガーデニングフェアには、フランス内外の各種ナーサリーや園芸ツールなどを扱う200を超える専門店が出展します。タイミングによって花の咲く様子が見られる草花もあれば、そうでないものもありますが、出展ナーサリーの扱う植物は安定的に質が高く、信頼して買い物ができると園芸愛好家の人々に好評。 特に、各地に散らばっているナーサリーをそれぞれ訪ねるのは園芸ファンといえどもなかなか大変。また、バラに限らず、シャクヤクやアジサイ、アイリス、アリウム、ダリアあるいはハーブ類、果樹類や紅葉する樹木類など、さまざまな異なる得意分野を持った地方の専門ナーサリーが一堂に集まるガーデニングフェアは、その場での買い物はもちろん、気になった植物やナーサリーをメモして後日の注文にも生かせる、貴重な機会となっています。 リラックスした心地よい雰囲気が魅力 また、このガーデニングフェアの魅力は、なんといっても会場が城の庭園の中であること。ゆったりとした木々や草地といった緑に囲まれた中でのガーデニングフェアは、そぞろ歩きをしているだけでもエネルギーチャージができる場所。自分の庭の一角に置いた時の雰囲気を容易に想像できるガーデンツールの展示など、見ているだけでも楽しいものです。 春のガーデニングショーの注目株は? 今の時期、バラやシャクヤクは、展示用に早く咲くようにハウスで栽培されたもの以外は、基本的にはようやく葉っぱが出始めているところ。でも春からのガーデニングの仕事始めに、早速定植することができるので、苗木選びもリアリティがあって楽しいものです。ハーブ類の栽培もこれからがベストタイミングですし、ダリアの球根なども、夏に向かってこれからが植えどきです。逆に秋のフェアでは春球根が主になるなど、季節によって品揃えは変わりますが、それは季節感の味わいでもあります。 ちょっと休憩、ランチどころは? ガーデニングフェアといえば、フード・トラックやレストランも欠かせません。いつもは青空レストランが城の敷地の裏側に設置されるのですが、今年は悪天候の日もあったため、レストランスペースはテントの中に。しかし、通常もっともよく見られるのが、サンドイッチなどをフードトラックで購入し、あるいは自宅からランチを持参して、城館の正面の絶景を眺めながら食べたり、ポタジェ(菜園)でピクニックをする人々の姿です。この、人気のピクニック・スペースにもなっているポタジェのほうも覗いてみましょう。 17世紀のデザインを伝える、花咲く歴史的ポタジェ ガーデニングフェアの絶好のランチスペースにもなっているポタジェ。じつは17世紀のフォーマルガーデンスタイルの姿を今日に伝える、貴重な歴史的庭園でもあります。 かつては城内に暮らす数十名の人々の自給自足のための野菜・果物、そして花々を栽培する場であったこのポタジェ、現在は、昔野菜などの一般的には栽培されなくなった希少種を中心とした野菜や、季節を通じて次々と入れ替わり咲き乱れる花々が栽培され、「花咲くポタジェ」として愛され続けています。 こうした、実用(野菜果樹栽培)とオーナメンタル(花々)がバランスよく組み合わされた姿は、まさにフランスのポタジェガーデンの魅力といっていいでしょう。 クレマチスやバラが這う石壁に囲われた約2ヘクタールほどの面積の中央部分が、フランスの昔ながらの野菜など、希少種を栽培する野菜畑。真ん中の丸い池の水は、ポタジェの散水にも利用されます。 中央の野菜畑は、リンゴや洋ナシといったエスパリエ仕立ての果樹で区切られ、また春先のチューリップやスイセンに始まり、アリウムやシャクヤクやバラ、アイリス、と季節を追って次々と入れ替わり、3月から11月までさまざまな花が咲き乱れるボーダーに囲まれています。庭園内とポタジェを合わせて、全体で10万球もの球根が植えられているのだそう。 緑が瑞々しい果樹園コーナーと珍しいブドウの温室 ポタジェの一画を占めるデザインも素敵な温室は、ブドウ栽培用の珍しいもの。その奥にはリンゴなどの果樹が植えられた草地が広がります。ガーデニングフェアが開催されている昼どきには、果樹園の草地や、南向きの日差しが暖かい温室近くに、ピクニックする人々がどんどん集まってくるのが微笑ましい。 私もピクニックしたい気持ちはやまやまながら、諸事情によりこの日は叶わず。絶景ポイントで風に吹かれながら、ノルマンディー風タルトとカフェをいただいたのみ(しかも写真は撮り忘れ)でした。それでも十分ほくほく満足してしまうガーデニングフェアです。 どの季節にもそれぞれの良さがいっぱいの歴史的ポタジェの散策が楽しめて、かつ、フランスの日常生活の中に根付くガーデニング周りの様子がダイレクトにうかがえるのが、このフェアの一番楽しいところです。
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神奈川県

古都・鎌倉ゆかりの桜【松本路子の桜旅便り】
‘静桜’に会いたくて鎌倉へ 奈良の吉野山で源義経と別れた白拍子・静御前は、源頼朝の追っ手に捕らえられて鎌倉に送られた。吉野山で2人が数日間隠れ住んだ吉水院(現吉水神社)の書院について綴っていて、鎌倉に‘静桜’という名前の桜が植えられたという話を思い出した。鶴岡八幡宮の一角に咲くという‘静桜’を目指し、今年(2022年)4月、鎌倉を訪れた。 鶴岡八幡宮の流鏑馬(やぶさめ)馬場、東の鳥居近くにある‘静桜’は、満開を迎え、やや花の盛りを過ぎていたが、楚々とした花姿で迎えてくれた。静御前は鶴岡八幡宮で、源頼朝や北条政子を前にして、義経への想いを今様で詠い、舞ったことで知られる。 「よしの山 峰の白雪ふみ分けて いりにし人の あとぞこいしき 」 「しづやしづ しづのをだまきくりかえし 昔を今に なすよしもがな」 義経が吉野山の奥の女人禁制の山に落ち延び、別れざるを得なかった心境と、繰り返し自分の名前を呼んだ愛しい人と過ごした時に戻りたい、との切々たる思いが溢れた歌だ。 頼朝はこの歌に激怒したが、政子がとりなしたという話が『吾妻鏡』に残されている。『吾妻鏡』は北条氏側の記録書なので、史実は定かではないが、静御前の命が絶たれなかったのは事実のようだ。彼女のその後には諸説あり、そのひとつが奥州に向かった義経の後を追ったが、義経が討たれたことを知り、旅の途中で池に身を投げたとするものだ。 福島県郡山市には静御前を祀る「静御前堂」がある。亡くなった静御前を憐れんだ里人が塚を設け、江戸時代に、その場所にお堂が建てられたのだという。堂内には静御前の木像が安置され、近くには同伴した乳母や従者の碑が建っている。堂の傍らには、‘静桜’、‘義経桜’と名づけられた桜が植えられ、毎年3月に「静御前堂例大祭」が執り行われる。鎌倉の‘静桜’は、2005年にここから移植されたものだ。静御前の儚い生涯と悲恋の物語は、桜とともに今に語り継がれている。 ‘実朝桜’と歌碑 ‘静桜’の隣には‘実朝桜’が 植えられている。源実朝は頼朝の二男で、鎌倉幕府三代将軍。武家同士の権力争いの中、鎌倉八幡宮の境内で若くして暗殺された人物だ。歌人としても知られ、百人一首では「鎌倉右大臣」と称され、自作集に『金槐和歌集』がある。桜を詠んだ歌も多く、‘実朝桜’の傍らには、歌碑が建っている。 ‘実朝桜’は2011年に神奈川県秦野市から移植された八重桜。神奈川県秦野市には実朝の首が葬られた御首塚(みしるしづか)があり、毎年11月に「実朝まつり」が開かれている。 鶴岡八幡宮の桜 ‘静桜’と‘実朝桜’が植樹された鶴岡八幡宮は、源頼朝が開いた鎌倉幕府とともに始まった。頼朝の祖先が由比ヶ浜に祀った氏神を現在の地に移したのが、治承4年(1180年)。以来、鎌倉の守り神、武士の守り神として崇められてきた。 境内には静御前が舞ったとされる若宮回廊跡に舞殿(まいどの)が建てられ、毎年4月に開催される「鎌倉まつり」では、雅楽とともに「静の舞」が奉納される。 鶴岡八幡宮の参道、若宮大路の段葛(だんかずら。一段高く築かれた歩道)には、‘染井吉野’の並木が続く。境内の桜も数多く、なかでも‘オオシマザクラ’の古木が目につく。‘オオシマザクラ’は、伊豆大島を中心とした伊豆諸島に分布する野生の桜だが、伊豆半島や三浦半島の海岸線にも自生している。室町時代に関東武士によって京都に運ばれた‘オオシマザクラ’が、数多くの桜の栽培品種を生み出すもととなった。鎌倉由来の桜‘桐ヶ谷(きりがや)’‘普賢象(ふげんぞう)’は、‘オオシマザクラ’が突然変異して生まれた桜で、こちらも古くから知られている。 ‘桐ヶ谷’という名前の桜 ‘桐ヶ谷’と名づけられた桜には、‘御車返(みくるまがえし)’ ‘八重一重’という別の呼び名がある。‘桐ヶ谷’は鎌倉・材木座にあった地名から、‘御車返’は車上の2人が、花が八重か一重か言い争って車を引き返したという故事から、‘八重一重’は一本の木に八重と一重の花が同時に咲くことから、とされる。 ‘御車返’は、京都に原木のある‘御所御車返’としばし混同されて語られるが、こちらは後水尾天皇が花の見事さから車を引き戻したとされるもので、別の栽培品種である。 極楽寺の桜 極楽寺に‘桐ヶ谷’の古木が1本あると知り、訪ねた。寺の山門から本堂に向かって‘染井吉野’の並木路が続く。本堂の手前では‘桐ヶ谷’が大きく枝を広げていた。ここでは‘八重一重咲き分け桜’との案内板が掲げられており、その名の通り、同じ木に一重と八重の花が咲いていた。北条時宗が手植えした桜の株から発生した木だとの説明があり、それによると‘桐ヶ谷’は鎌倉時代中期から存在していることになる。花は数輪だけだったが、数日後に再び訪れ、一面に開花した桜を見ることができた。 ‘普賢象’という名前の桜 日本最古の八重桜である‘普賢象’。白色の花弁の中央から太い雌しべが2本突き出ているさまを、普賢菩薩が乗る白象に見立ててこの名前がつけられた。原木は鎌倉の普賢堂にあったとされ、別名‘普賢堂’。室町時代には京都に伝わっていて、室町幕府三代将軍、足利吉満がこの桜を愛でたという記録が残されている。 *植物学の慣例に従い、野生の桜をカタカナ、栽培品種の桜を漢字で表記しています。 Information 鶴岡八幡宮 住所:神奈川県鎌倉市雪ノ下2-1-31 電話:0467-22-0315 HP:https://www.hachimangu.or.jp 極楽寺 住所:神奈川県鎌倉市極楽寺3-6-7 電話:0467-22-3402 HP:http://www.trip-kamakura.com/place/135.html(鎌倉観光公式ガイドHP)
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東京都

東京・伊豆大島の桜【松本路子の桜旅便り】
野生の桜‘オオシマザクラ’ 日本国内には10種類の野生の桜が分布している。そのうちの一つが‘オオシマザクラ’だ。伊豆大島を中心とした伊豆諸島が主な自生地で、伊豆半島、房総半島、三浦半島など、海岸沿いの暖かい地方にも生育している。 ‘オオシマザクラ’の開花は4月上旬で、3~5cmの白色の花をつけ、桜には珍しくかすかな芳香がある。開花と同時に緑色の若葉をつけ、赤みがかった若葉の‘ヤマザクラ’や、花だけが先に出る‘染井吉野’との違いがある。 伊豆半島の南端で育った私にとって、‘オオシマザクラ’は‘ヤマザクラ’と同様に、なじみのある桜だ。自宅のあった熱帯植物園の裏山で木に登り、口いっぱいに桜の実をほおばった。黒く熟した実は甘酸っぱく、その味の記憶が今も残っている。 伊豆大島への旅 ‘オオシマザクラ’をその故郷である伊豆大島で見たいと、桜の季節に旅立った。東京・竹芝桟橋から高速ジェットで約1時間45分。島に近づくと、白い霞のような木々が見えてきた。船から見ると、桜が海岸線に沿って分布しているのがよく分かる。 伊豆大島は伊豆諸島最大の島で、都心から約120kmの洋上に位置し、行政区域は東京都大島町だ。下船して海岸線の桜を見ながら向かったのは、都立大島公園内の植物園。ここは椿園で知られるが、‘オオシマザクラ’の植栽も豊かで、寒咲き、八重、旗弁を持つ旗桜など、珍しい種類が揃っている。 樹齢800年の‘オオシマザクラ’ 大島を訪ねたらぜひ行きたい場所があった。樹齢800年といわれる桜の古木のあるところだ。島の北東部泉津地区の山中のその木は、幹の周囲6mの大木だが、主幹は倒れ、龍が地面にのたうっているような姿をしている。倒れてはいるが、太い幹から伸びた3本の若い幹に花をつけていた。ほとんど朽ちているように見えるが、根は地中に伸び、新たな息吹を生み出しているのだ。実際に古木に向かい合うと、その生命力に圧倒された。 かつては島に向かう船がこの桜を目印に航海をしたというから、かなりの高木だったのだろう。島の人々は親しみを込めて、この桜を「サクラッ株」と呼んでいる。 「里桜」の親として 野生の桜に対して栽培の桜を「里桜」と呼ぶことがある。植物学上では‘オオシマザクラ’由来の園芸品種を総称して「里桜」としている。園芸品種の中で‘オオシマザクラ’を片親に持つ桜は数多い。 ‘オオシマザクラ’が変異した桜に、鎌倉で発見された‘御車返し(桐ケ谷)’ ‘普賢象’などがある。‘オオシマザクラ’は鎌倉時代に関東の武士によって京都に運ばれた。京都では平安時代より桜の交配技術が進んでおり、この桜を片親としていくつかの新種が生みだされた。江戸時代になるとさらに交配技術が進み、‘関山’ ‘一葉’ ‘白雪’など、現在見ることができる八重桜のほとんどが誕生している。 江戸の末期に生まれた‘染井吉野’も、‘オオシマザクラ’と‘エドヒガン’の種間雑種と考えられている。こちらは江戸の染井村から「吉野桜」として売り出され、明治期に全国的に広まると‘染井吉野’と名づけられた。 桜餅の葉 ‘オオシマザクラ’の花にはほのかな香りがあり、葉を塩漬けにすると香りが際立つ。葉は大きく、産毛が少ないので口当たりもよいことから、塩漬けの後、桜餅に用いられるようになった。「餅桜」の別名で呼ばれるほどで、桜餅のほんのりとした香りは‘オオシマザクラ’のものだ。 現在、桜葉の塩漬けの約7割は、伊豆の西海岸の町で生産されている。葉の収穫時期は5~8月で、樽に塩漬けしてほぼ半年寝かせると、芳香成分のクマリンが発散されるのだという。 木の成育が早く再生力が強いことから、木炭燃料として雑木林に植えられてきて、「薪桜」とも呼ばれる。また浮世絵の版木や建材にも用いられた。そうした実用性に加え、純白に近い、凛とした花姿に惹かれて、この桜を愛でる人も多い。 *植物学の慣例に従い、野生の桜の名前をカタカナで、栽培品種を漢字で表記しています。 Information 都立大島公園 住所:東京都大島町泉津福重2 電話:04992-2-9111 HP: https://www.town.oshima.tokyo.jp/(大島町公式サイト) 伊豆大島観光協会 住所:東京都大島町元町1-3-3 電話:04992-2-2177 HP: www.izu-oshima.or.jp
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東京都

ピィト・アゥドルフ氏デザインが提案する ‘生命の輝きを放つガーデン’を訪ねて 1
世界を席巻する 自然と調和するデザインとは ピィト・アゥドルフ氏は、それぞれの風土に根ざす植物や宿根草を使った自然主義の植栽手法で知られる、世界的に著名なガーデンデザイナー。オランダ国内でさまざまなプロジェクトを手掛け、ニューヨークの高架廃線跡を再開発した空中庭園「ハイライン」、18世紀の農場をアート施設として改装した英国の「ハウザー&ワース・サマセット」などが有名です。自然環境への関心の高まりとともに注目を浴びています。 一般的なガーデンには観賞のピーク時があるのに対し、アゥドルフ氏のガーデンは一年を通して楽しむことができます。それは単に花の美しさの組み合わせで魅せるものではなく、葉色や種をつけた穂の形、質感など、総合的な視点から組み合わされているから。 「最盛期を過ぎて、枯れていく姿までも美しい」としみじみ感じられるシーンで構成されている風景は、見る人の「魂」を強く揺さぶります。朽ちる姿に美を見いだす視点は、日本人の侘び・寂を愛でる精神にも通じています。そんなアゥドルフ氏のガーデンデザインスタイルは、園芸家や造園家の今までの庭に対する認識に大きな変革をもたらしました。またそのような風景づくりは「ダッチウェーブムーブメント」と呼ばれ、オランダの一つのスタイルを確立しました。 自然から得られる感情の再創造により風景を生み出しているアゥドルフ氏。成長する多年草のみならず、蝶や鳥、訪れた子どもまでもがガーデンを構成する要素となるよう、ていねいに風景を紡いでいます。 3年目を迎えた「HANA・BIYORI」が 提案する自然と平和の大切さ 華やかな花々の潤いで、訪れた人々に癒やしと驚きを与えたい…そういう思いで、2020年3月にオープンした「HANA・BIYORI」。ここは緑豊かな多摩丘陵の東端にある遊園地「よみうりランド」に隣接しています。HANA・BIYORIオープン前は聖地公園として、この自然をうまく生かしつつ、歴史的・文化的な建造物も大切に残し、地元の人々に愛されていました。この「自然との共生」を大切にした理念は、まさにアゥドルフ氏の考え方と重なります。 「もう少しHANA・BIYORIらしさを追求したい」と模索していた2年目、ランドスケープデザイナーの永村裕子さんに相談したところ、「もっと自然と共生する植栽を」という方向性に決定。彼女が提案したのは、アゥドルフ氏の庭をここにつくること。彼のデザインはサステナブルで、まさに今の時代SDGsにフィットするとして、「HANA・BIYORI」の新しい指針となりました。 植栽は永村さんの声かけにより、日本各地のガーデナーたちが集結しました。人気ガーデナーの上野砂由紀さんや天野麻里絵さんも参加。コロナ禍でアゥドルフ氏の来日は叶いませんでしたが、綿密なやり取りを重ね、2021年12月に本格的な植え込みがスタート。この春、見事にそのガーデンが完成しました。 「アゥドルフ氏の庭づくりのような、ピークまで複数年、庭を育てながら愛でるといった考えは、まだ日本では一般的ではありません。ここがきっかけで、時間をかけて変化していく庭の楽しみ方への認知が高まればいいですね」と、今回プロジェクトヘッドガーデナーとなった永村裕子さん。「アジア初なので、夏の過酷な暑さに耐えられないものが出てくるかもしれません。でもすぐに植え替えはせず、1年はそのままで、自然に任せて様子を見ることになっています。今植わっているものは、人間でいうと、まだ幼い子ども。2年目は高校生ぐらい、3年目でようやく成人を迎えます。成長過程で見える風景も違いますし、年々見応えが増してくるので、こまめに見ていただけると嬉しいですね」 今のこのような時世もあって、「花で平和を発信できれば」とよみうりランドの溝口烈社長。 ペーター・ファン・デル・フリート駐日オランダ王国大使は「花を通じて文化の違いを埋め、人をつなぐものであってほしい」と自然との共存の大切さに加え、花によって築かれる人の絆の力についても話されました。 「PIET OUDOLF GARDEN TOKYO」 以外の場所にも見どころがたくさん! 園路脇の花壇は、旬の花々が彩りを添えています。ぜひ、花合わせの参考にしてください。 こちらはHANA・BIYORIスタッフによる植栽です。 日本の園芸に携わるガーデナーたちの情熱で生み出されたピィト・アゥドルフ氏のガーデン。アゥドルフ氏によって再構築された自然が織り成す芸術性あふれる風景を、ぜひ堪能してください。 【ガーデンデザイナー】 ピィト・アゥドルフ (Piet Oudolf) 1944年オランダ・ハーレム生まれ。1982年、オランダ東部の小さな村フメロに移り、多年草ナーセリー(植物栽培園)を始める。彼の育てた植物でデザインする、時間とともに美しさを増すガーデンは、多くの人の感情やインスピレーションを揺さぶり、園芸・造園界に大きなムーブメントを起こす。オランダ国内のみならず、ヨーロッパ、アメリカでさまざまなプロジェクトを手掛ける。植物やガーデンデザイン、ランドスケープに関する著書も多数。2017年にはドキュメンタリー映画「FIVE SEASONS」が制作・公開された。 Information 新感覚フラワーパーク HANA・BIYORI 東京都稲城市矢野口4015-1 TEL:044-966-8717 https://www.yomiuriland.com/hanabiyori/ 営業時間:10:00~17:00 ※公式サイト要確認 定休日:不定休(HPをご確認下さい) アクセス:京王「京王よみうりランド駅」より徒歩10分(無料シャトルバスあり)、小田急線「読売ランド駅」よりバスで約10分「よみうりランド」下車徒歩約8分 Credit 写真&文/井上園子 ガーデニングを専門としたライター、エディター。一級造園施工管理技士。恵泉女学園短期大学園芸生活学科卒。造園会社、園芸店を経て園芸雑誌・書籍の編集者に。おもな担当書に『リーフハンドブック(監修:荻原範雄)』『刺激的ガーデンプランツブック(著:太田敦雄)』『GARDEN SOILの庭づくり&植物図鑑(著:田口勇・片岡邦子)』、近著に『簡単で素敵な寄せ植えづくり』など。自身もガーデニングを楽しみながら、美術鑑賞や旅行を趣味にする。植物を知っていると、美術も旅も楽しみの幅が広がりますね。
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京都府

京都・奈良 西行ゆかりの桜【松本路子の桜旅便り】
桜を愛した歌人・西行 奈良・吉野山の桜を訪ねてから、桜を多く詠んだ平安末期の歌人・西行のことが気になっていた。 「吉野山 こずゑの花を 見し日より 心は身にも 添はずなりにき」 桜の花が咲き始めると、心が浮き立ち、花とともに宙に舞う、そんな心情だろうか。 またよく知られた歌に、次のようなものがある。 「ねがはくは 花のしたにて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃」 その歌の通りに、満開の桜の下で往生を遂げている。狂おしいほどの桜への想いを、三十一文字に託した西行の生涯。その一端に触れたくて、足跡をたどる旅に出た。 武士から漂泊の歌人に 西行の出家前の名前は佐藤義清(さとうのりきよ 1118-1190年)。鳥羽上皇の御所の北面を詰所として警護に当たる北面武士だった。23歳の若さで出家したが、その動機には諸説ある。「保元の乱などの政治の混乱に嫌気がさした」「高貴な女性に憧れ、失恋した」「親友の死に世の無常を悟った」などだ。 女性への恋慕の情が溢れる歌を読むと、失恋説をとりたい気持ちにもなるが、若くして妻子を捨て仏門に入るのには、これらの出来事が重なったからではないだろうか。また、歌の道に生涯をかけるという覚悟があったのかも知れない。 勝持寺の‘西行桜’ 京都の西南郊外、大原野に西行が出家した天台宗の寺・勝持寺がある。西行が植えた桜が残っていると知り、ぜひ花を見たいと訪ねた。境内の鐘楼堂脇の枝垂れ桜が満開の枝を広げている。桜は西行が手植えの木から3代目にあたり、代々‘西行桜’として親しまれてきた。西行はこの桜の近くに庵を結んでいたという。 ‘西行桜’のほかに境内には約100本の桜が植えられ、「花の寺」と称される。勝持寺は、京の西山連峰のひとつ小汐山(小塩山)の山麓に位置しているので、‘小汐山’と名づけられた桜も、西行ゆかりの桜といえるかもしれない、 勝持寺の庭には西行が剃髪した際に、鏡代わりに使った鏡石が残され、姿を映したとされる瀬和井の泉がある。宝物館の瑠璃光殿には、室町時代に作られた、寄木造りで朱塗りの西行法師像が納められている。 西行がこの地で詠んだ歌から、世阿弥の作とされる能の演目「西行桜」が生まれた。 「花見にと 群れつつ人の 来るのみぞ あたら桜の 科(とが)には有りける」 隠遁生活を送るつもりの寺に花見客が押し寄せ、それを桜のせいだと嘆いている。能では西行の夢の中に老木の桜の精が現れ、「それは桜の罪ではない」と告げる。やがて西行と桜の精の魂は同化し、花の精は洛中の桜の名所を謡いながら、行く春を惜しみ舞う、という優美な物語だ。 庵を結んだ二尊院(にそんいん) 出家後しばらくして、西行は京都・嵯峨にある二尊院に庵を結んだ。二尊院は和歌の歌枕として知られる小倉山の麓に位置する。紅葉の名所でもあり、参道にはもみじと桜が交互に植えられ、四季それぞれ趣のある情景が広がる。 「牡鹿鳴く 小倉の山の すそ近み ただひとりすむ 我心かな」 境内には西行庵跡を示す石碑が立ち、寺の近くにある西行井戸の傍らには、この歌の石碑がある。出家後に、孤高の歌人として生きる覚悟のようなものが感じられる歌だ。 吉野山の桜に焦がれて 京都周辺の山寺に住んだ後、西行は高野山に庵を構え、およそ30年にわたりそこを拠点として、諸国行脚の旅に出た。高野山は吉野山に近く、たびたび吉野を訪れ多くの歌を残している。 「なんとなく 春になりぬと 聞く日より 心にかかる み吉野の山」 「吉野山 こぞの枝折(しをり)の 道かへて まだ見ぬかたの 花を尋ねん」 桜の季節が近づくと心は吉野山に飛び、年ごとに訪れては、まだ見ぬ桜を求めて山の奥に足を踏み入れる。桜への想いが溢れる歌だ。 「あくがるる 心はさても 山桜 散りなんのちや 身に帰るべき」 吉野の桜を見ているうちに心が身体から抜け出し桜のもとにある。花が散ってから心は身体に戻ってくるだろうかと、詠う。こうした歌は、単に花を愛でているだけでなく、桜が象徴する何か、また何者かへの哀惜の念が籠められているのではないだろうか。それが読む人の心にさまざまに響き、西行の桜は後の世まで語り継がれている。 奥千本の庵 花の季節に訪れるだけでなく、西行は吉野山の奥深い地に庵を結び、3年ほど暮らしている。 「花を見し 昔の心 あらためて 吉野の里に 住まんとぞ思ふ」 「吉野山 桜が枝に 雪ちりて 花おそげなる 年にも有るかな」 私が訪れた時も、山の麓では桜が咲いていたが、庵に向かう山道には冷気が漂っていた。3畳ほどの広さの庵の、訪れる人もない暮らしの中で春を待つ気分はいかばかりか、と思う。 「とふ人も 思ひ絶えたる 山里の さびしさなくば すみ憂からまし」 寂しさが山里でひとり住む身の慰めである、という境地は驚きだ。その寂寥感と無常観が、奥千本の庵の前に立つとより迫ってくる。 庵の近くには、西行が水を汲んだといわれる苔清水が今も湧き出ている。傍らには江戸時代の俳諧師・松尾芭蕉がここで詠んだ「春雨の こしたにつたふ 清水哉」の句碑があった。芭蕉は西行に憧れて、奥州や諸国を旅し、『奥の細道』などの紀行作品を生み出した。吉野にも2度ほど訪れた記録が残っている。 終焉の地、弘川寺(ひろかわでら) 西行は奥州、四国、伊勢などの地を経て、文治5年(1189年)に、河内国(現大阪府河内郡)の弘川寺に居を構えた。その翌年、病のため73年の生涯を終えている。 「ねがはくは 花のしたにて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃」 彼がかつて詠んだ歌の通り、亡くなったのは、旧暦2月16日(西暦3月23日)の桜の季節、満月の頃だった。 西行没後550年を経て、江戸時代の歌僧・似雲(じうん)が西行墳を発見。似雲は境内に西行堂を建立し、西行座像を祀った。さらに西行墳の傍らに「花の庵」を建て、生涯そこで暮らしたという。 私が訪ねた日、西行墳にはなぜか一輪の赤いバラが手向けられていた。墓近くには、「ねがはくは…」の歌碑が立つ。頭上の大木の‘ヤマザクラ’が、あたり一面に花びらを散らしていた。 *植物学の慣例に従い、野生の桜をカタカナ、栽培品種の桜を漢字で表記しています。 Information 勝持寺 住所:京都市西京区大原野南春日町1223-1 電話:075-331-0601 HP:http://www.shoujiji.jp 二尊院 住所:京都市右京区嵯峨二尊院門前長神町27 電話:075-861-0687 HP:http://nisonin.jp 吉野山観光協会 住所:奈良県吉野郡吉野町吉野山2430 電話:0746-32-1007 HP:http://www.yoshinoyama-sakura.jp 弘川寺 住所:大阪府南河内郡河南町弘川43 電話:0721-93-2814 HP:http://www.town.kanan.osaka.jp(河南町HP)


















