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旬の花との出会いを求めて、国内外の名所・名園を訪ね続ける写真家の松本路子さんによる花旅便り。その土地で愛されるようになった背景と見どころをレポートしています。桜を訪ねる旅の第6弾となる今回は、野生の桜、‘オオシマザクラ’を求めて伊豆大島へ。古くから愛される‘オオシマザクラ’とその故郷をご紹介します。

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野生の桜‘オオシマザクラ’

‘オオシマザクラ’
伊豆大島、都立大島公園内の‘オオシマザクラ’。山際に野生の桜が自生している姿を見ることができる。

日本国内には10種類の野生の桜が分布している。そのうちの一つが‘オオシマザクラ’だ。伊豆大島を中心とした伊豆諸島が主な自生地で、伊豆半島、房総半島、三浦半島など、海岸沿いの暖かい地方にも生育している。

オオシマザクラ
伊豆大島に咲く‘オオシマザクラ’。花と同時に緑色の若葉が出る特徴から、‘ヤマザクラ’や‘染井吉野‘と区別できる。

‘オオシマザクラ’の開花は4月上旬で、3~5cmの白色の花をつけ、桜には珍しくかすかな芳香がある。開花と同時に緑色の若葉をつけ、赤みがかった若葉の‘ヤマザクラ’や、花だけが先に出る‘染井吉野’との違いがある。

伊豆半島の南端で育った私にとって、‘オオシマザクラ’は‘ヤマザクラ’と同様に、なじみのある桜だ。自宅のあった熱帯植物園の裏山で木に登り、口いっぱいに桜の実をほおばった。黒く熟した実は甘酸っぱく、その味の記憶が今も残っている。

伊豆大島への旅

伊豆大島に咲く‘オオシマザクラ’
伊豆大島に咲く‘オオシマザクラ’。桜の季節、船が島に近づくと、海岸線が白く霞んで見える。

‘オオシマザクラ’をその故郷である伊豆大島で見たいと、桜の季節に旅立った。東京・竹芝桟橋から高速ジェットで約1時間45分。島に近づくと、白い霞のような木々が見えてきた。船から見ると、桜が海岸線に沿って分布しているのがよく分かる。

伊豆大島のオオシマザクラ
小高い丘の上では、風を受けて平らになった桜の木が、海を背景に枝を広げていた。

伊豆大島は伊豆諸島最大の島で、都心から約120kmの洋上に位置し、行政区域は東京都大島町だ。下船して海岸線の桜を見ながら向かったのは、都立大島公園内の植物園。ここは椿園で知られるが、‘オオシマザクラ’の植栽も豊かで、寒咲き、八重、旗弁を持つ旗桜など、珍しい種類が揃っている。

‘オオシマザクラ’
‘オオシマザクラ’。花がピンク色の種類。
‘オオシマザクラ’
‘オオシマザクラ’の八重咲きの種類。
‘オオシマザクラ’の旗桜
‘オオシマザクラ’の旗桜。雄しべの先が変化して部分的に花弁となり、旗のように見える。

樹齢800年の‘オオシマザクラ’

樹齢800年の‘オオシマザクラ’
大島公園から三原山に向かう登山道の途中にある樹齢800年の‘オオシマザクラ’。島の人たちは「サクラッ株」と呼んで愛おしんでいる。

大島を訪ねたらぜひ行きたい場所があった。樹齢800年といわれる桜の古木のあるところだ。島の北東部泉津地区の山中のその木は、幹の周囲6mの大木だが、主幹は倒れ、龍が地面にのたうっているような姿をしている。倒れてはいるが、太い幹から伸びた3本の若い幹に花をつけていた。ほとんど朽ちているように見えるが、根は地中に伸び、新たな息吹を生み出しているのだ。実際に古木に向かい合うと、その生命力に圧倒された。

サクラッ株
1935年に国の特別天然記念物に指定された「サクラッ株」。木の主幹は倒れているが、東、西、北側に3本の幹をのばして、開花している。

かつては島に向かう船がこの桜を目印に航海をしたというから、かなりの高木だったのだろう。島の人々は親しみを込めて、この桜を「サクラッ株」と呼んでいる。

「里桜」の親として

自生の‘オオシマザクラ’と寒椿
山際に咲く自生の‘オオシマザクラ’と寒椿。椿からは椿油が作られ、島の特産品となっている。

野生の桜に対して栽培の桜を「里桜」と呼ぶことがある。植物学上では‘オオシマザクラ’由来の園芸品種を総称して「里桜」としている。園芸品種の中で‘オオシマザクラ’を片親に持つ桜は数多い。

一重咲きと八重咲きの‘オオシマザクラ’
一重咲きと八重咲きの‘オオシマザクラ’。

‘オオシマザクラ’が変異した桜に、鎌倉で発見された‘御車返し(桐ケ谷)’ ‘普賢象’などがある。‘オオシマザクラ’は鎌倉時代に関東の武士によって京都に運ばれた。京都では平安時代より桜の交配技術が進んでおり、この桜を片親としていくつかの新種が生みだされた。江戸時代になるとさらに交配技術が進み、‘関山’ ‘一葉’ ‘白雪’など、現在見ることができる八重桜のほとんどが誕生している。

江戸の末期に生まれた‘染井吉野’も、‘オオシマザクラ’と‘エドヒガン’の種間雑種と考えられている。こちらは江戸の染井村から「吉野桜」として売り出され、明治期に全国的に広まると‘染井吉野’と名づけられた。

桜餅の葉

オオシマザクラ
大島公園内、満開の大木。

‘オオシマザクラ’の花にはほのかな香りがあり、葉を塩漬けにすると香りが際立つ。葉は大きく、産毛が少ないので口当たりもよいことから、塩漬けの後、桜餅に用いられるようになった。「餅桜」の別名で呼ばれるほどで、桜餅のほんのりとした香りは‘オオシマザクラ’のものだ。

現在、桜葉の塩漬けの約7割は、伊豆の西海岸の町で生産されている。葉の収穫時期は5~8月で、樽に塩漬けしてほぼ半年寝かせると、芳香成分のクマリンが発散されるのだという。

木の成育が早く再生力が強いことから、木炭燃料として雑木林に植えられてきて、「薪桜」とも呼ばれる。また浮世絵の版木や建材にも用いられた。そうした実用性に加え、純白に近い、凛とした花姿に惹かれて、この桜を愛でる人も多い。

オオシマザクラ
‘オオシマザクラ’。純白の一重の花をつけ、樹高20mほどの高木になる。

*植物学の慣例に従い、野生の桜の名前をカタカナで、栽培品種を漢字で表記しています。

Information

都立大島公園

住所:東京都大島町泉津福重2

電話:04992-2-9111

HP: https://www.town.oshima.tokyo.jp/(大島町公式サイト)

伊豆大島観光協会

住所:東京都大島町元町1-3-3

電話:04992-2-2177

HP: www.izu-oshima.or.jp

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