旬の花との出会いを求めて、国内外の名所・名園を訪ね続ける写真家の松本路子さんによる花旅便り。その土地で愛されるようになった背景と見どころをレポートしています。日本各所にゆかりの桜を訪ねる旅の第8弾は、日本で一番最後に開花し、桜の季節を締めくくる北海道をご紹介します。
目次
北の桜、‘オオヤマザクラ’
遠くに霞む山脈に向かい、まっすぐに伸びる道。その両端の桜並木の見事なこと。北の大地、北海道ならではの雄大な景観だ。この桜に出会いたいと、数年前、北海道日高郡新ひだか町の静内二十間道路(しずないにじゅっけんどうろ)を訪れた。
静内二十間道路の桜並木は、主に‘オオヤマザクラ’で成り立っている。5月初旬に咲く‘オオヤマザクラ’が終わるころ、一週間ほど遅れて‘カスミザクラ’ ‘ミヤマザクラ’が開花する。いずれも日本に分布する野生の桜10種に含まれ、主に寒冷地や山岳部に生育する種類だ。街路樹など、低地で見られるのは北海道ならではで、まさに北の桜といえる。
‘オオヤマザクラ’は‘ヤマザクラ’より花弁が大きく、花径が3~4cmあるので、この名前がつけられた。雪や寒さに強いので、‘染井吉野’が育ちにくい北の地域では、桜といえば‘オオヤマザクラ’を意味する。北海道に多く見られることから、「蝦夷桜(えぞざくら)」とも呼ばれる。まれに白色の花が見られるが、ほとんどが紅色なので、「紅山桜(べにやまざくら)」とも称され、満開の季節には山が薄紅色に染まるという。
樹高は20~25mほどで、花の終わり頃に紅褐色の葉が伸び始める。幹や枝の樹皮は紫褐色で光沢があることから、東北地方では昔から樺細工として、工芸品に用いられてきた。
静内二十間道路の桜並木
7kmにわたる直線道路の両側には、約2,200本の桜が連なっている。道路はかつてあった宮内省所管の新冠御料牧場を視察する皇族のために、明治36年(1903年)につくられた。当初は中央道路と称されたが、幅が二十間 (約36m)あることから、いつしか二十間道路と呼ばれるようになった。
桜が植栽されたのは大正5年(1916年)で、当時の御料牧場の職員が近隣の山々から木を移植し、3年の歳月をかけて完成させた。現在ほとんどが樹齢50年から100年の古木で、威風堂々とした姿を見せている。
明治初期、日高地方では野生馬が群れをなしていた。そうした野生馬を集めて放牧したのが産馬改良のための牧場の始まりで、町内には現在も牧場が点在し、優駿・競走馬を多く輩出している。桜並木を馬に乗った人が通り過ぎるのも、この地方ならではの光景だ。
花のトンネル
二十間道路のほぼ中間地点に、牧場に続く脇道がある。そこでは‘オオヤマザクラ’の大木が枝を伸ばし、花の回廊を形作っている。私が訪れたのは、花の盛りをやや過ぎた頃だったが、薄紅色の花と若葉の紅褐色が重なり、夕日に照らされた様子は、何とも言えず幻想的だった。
北海道の桜
‘カスミザクラ’は、本州、四国、九州の低山地に広く分布する野生の桜だが、北海道では公園や街路に植栽されている。2~3cmのやや小さめの花を枝一面に咲かせ、遠目には霞がかかったように見えるので、この名前がつけられた。葉や花柄にうぶ毛が見られるので、「毛山桜」とも呼ばれる。
‘ミヤマザクラ’は、おもに山岳地帯の高所に分布する野生の桜だが、北海道では5月から6月にかけて低地でも開花する。2cmほどの小さな花が房状に見られ、葉が完全に開き切ってから花がつく特異性がある。
‘タカネザクラ’は、標高1,500~2,800mの高山に分布し、「峰桜」の別名がある。2~3mの低木で、枝が地表近くを水平に伸びることもある。標高の高いところでは夏に開花し、登山者は季節外れの花見を楽しむことができる。私にとっては出会うことができない、まさに「高嶺の花」だったが、静内の桜舞馬公園で開花している姿に、奇跡的に遭遇することができた。
‘千島桜’は、根室市が開花予想の標本木に採用している桜で、‘タカネザクラ’の変種とされる。明治時代に国後島から苗が運ばれ、当初は「国後桜」と呼ばれていたが、根室市の清隆寺に移植されたことをきっかけに‘千島桜’と名前が変えられた。今では広く植栽されるようになり、5月下旬に開花することから、日本で最も遅く低地で見られる桜とされている。
札幌で出会った桜
静内を訪れた帰路、札幌に立ち寄った。市の中心部に位置する大通公園に‘カスミザクラ’と‘ミヤマザクラ’が開花していると聞きつけたからだ。‘ミヤマザクラ’はまだつぼみだったが、満開の‘カスミザクラ’に出会うことができた。
大通公園から徒歩で、北海道大学植物園に向かった。ここは明治10年(1877年)に、当時札幌農学校の教頭だったウィリアム・クラーク博士の進言でつくられた農園を前身とする歴史ある植物園。13.3ヘクタールの園内には、北海道の自生植物を中心に、約4,000種類の植物が育成されている。ビルが立ち並ぶ都市の中にあって、巨木や札幌の原始の姿に出会える貴重な場所だ。また、北方民族が育てる植物を、その文化とともに紹介するユニークな試みも行っている。
サクラ林では‘オオヤマザクラ’の古木が開花し、‘タカネザクラ’が高山での姿に近く、地表を這った姿で咲いている様を見ることができた。
*植物学の慣例に従い、野生の桜をカタカナ、栽培品種の桜を漢字で表記しています。
Information
二十間道路桜並木(新ひだか町HP)
住所:北海道日高郡新ひだか町静内本町5-1-21
電話:0146-43-1000
HP: https://www.shinhidaka-hokkaido.jp/
北海道大学植物園
住所:北海道札幌市中央区北3条西8丁目
電話:011-221-0066
Credit
写真&文 / 松本路子 - 写真家/エッセイスト -
まつもと・みちこ/世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2024年、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルム『Viva Niki タロット・ガーデンへの道』を監督・制作し、9月下旬より東京「シネスイッチ銀座」他で上映中。『秘密のバルコニーガーデン 12カ月の愉しみ方・育て方』(KADOKAWA刊)好評発売中。
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