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パリのアーバン・ガーデンショー「ジャルダン・ジャルダン2024」
知られざる歴史遺産邸宅、ヴィラ・ウィンザー 19世紀に建築されたヴィラ・ウィンザーは、第二次対戦後にド・ゴール大統領の拠点となった後に、ウィンザー侯爵夫妻が暮らした英国王室の邸宅として有名です。海外人気ドラマシリーズ「ザ・クラウン」で見かけたことがある方もいらっしゃるかもしれません。邸宅と庭園ともにこれまで一度も一般公開されてこなかった場所ですが、来年からの一般公開に向けて、現在、修復整備が進められているところ。 それに先駆けてのガーデンショー・イベントというのも興味深いところ。ですが、最終日にようやく多少の晴れ間があったものの、設営期間から連日雨が続き、傘をさしつつガーデンショーエリアを見て歩くのがやっとという異例の事態でした。改めて青空の下で庭園と邸宅を散策できる日を楽しみに取っておくことにしています。 変わらぬテーマはアーバン・ガーデン 大都市パリという立地と特徴を生かした変わらぬテーマは、日々の暮らしを豊かに、街の緑化に貢献するサスティナブルでスタイリッシュなアーバン・ガーデンです。大手造園会社や著名庭園デザイナーの見応えたっぷりの緑の空間とともに、グランプリの審査対象となるショーガーデンのカテゴリーは3つ。小さな12㎡のミニ・アーバンガーデン、さらに小さい6㎡のアーバン・ポタジェ(菜園)、4㎡のアーバン・バルコニーがあり、決して広くはないことが多いパリのアパルトマンのバルコニーやテラス、中庭のガーデニングのアイデア探しにも楽しいショーです。 小さなポタジェと花咲くアーバン・バルコニー賞を受賞「カレモン」 「カレモン」のタイトルは、フランス語で正方形を表す「カレ」から。キューブ型の木製コンテナーをさまざまに組み合わせたポタジェのデザイン。カテゴリー別の受賞ガーデンには、トロフィー代わりのおしゃれなステンレス鋼のシャベルが贈られます。 景観デザイン・グランプリ受賞「感覚の庭・癒やしの庭」 設計:マティルド・ティルマン 「庭と健康」協会が出展したセラピー・ガーデン「感覚の庭・癒やしの庭」。木材などの自然素材を用いたナチュラルテイストの構造物と、感覚を呼び起こすような色彩や香りをもつ植物が、さまざまに異なる雰囲気のコーナーを作る豊かな植栽が魅力。ガーデンの設置工事は設計者とともに協会会員のボランティアが行ったのだそうで、ほのぼのとした雰囲気も魅力。 「読書のための庭、植物の図書館」 設計:ガリー設計事務所 カルチャーという言葉が栽培と文化の2つを表すように、植物を栽培するガーデニングと、同様に精神を耕す読書のための、人に知恵を与え心を解放する小さな緑の空間がコンセプト。ロックな雰囲気が楽しい。 人気のシャネル・ガーデン、今年はアイリスの庭 ショーガーデンの中でも定番で人気を集めているのがシャネルによる花の庭。メゾンのパルファンの原料となっている植物の一つにフォーカスしてデザインされます。その洗練されたスタイリッシュな佇まいの空間はいつも注目の的。 今年のテーマのアイリスは、スミレを思わせるような、またそれだけではない重層的な香りが特徴で、シャネル5番や19番といった伝説的なパルファンや、近年大ヒットしているコメットなど多くのシャネルのパルファンに使われています。香り成分が含まれるのは花でも葉でもなく、地中の根茎部分。その栽培の歴史は古代エジプトに遡りますが、フランスでは18世紀にイタリア、トスカーナ地方から伝わったアイリス(IRIS PALLIDA)が、香水を構成する香料の中でも最も貴重なものの一つとなりました。 香料成分を得るためには、栽培に3年、香料抽出作業前の乾燥に3年の合わせて6年という長い年月がかかり、また3kgの香料を得るために1トンの乾燥させ粉状にした根茎が必要だといいます。非常に多くの時間と人手がかかるため、フランスでは1970年代には栽培農家が消滅し、イタリアでも2000年代には同様の状況になってしまいました。モロッコやトルコなどでは別の品種のアイリスの栽培と香料製造が続いていますが、シャネルでは、かつての香料のクオリティを担保するために、南仏の香水の街グラース近くの専属契約農家で自家栽培を行うようになったのだそうです。 シャネルの庭はガイドスタッフとともにグループで見学します。スタッフの女子たちの長靴姿もシックかつ可愛い。 アウトドア・プロダクトの新アイデアも 会場ではガーデン周りのアウトドア・ファニチャーやガーデニング・グッズやウェア、樹木や草花ハーブ苗などの出展者たちのスタンドを見て回るのも楽しみの一つ。お買い物にも楽しいし、特にアウトドア・ファニチャー類は、これから製品化されるプロトタイプの展示も多く、新たなアイデアに触れられるのもショーのよいところです。 上写真は、カラーステンレス製のオブジェ。何かと思えば、なんと新しいお墓のモデルとのこと。箱型のオブジェの中の空間に小枝や木の葉を重ねれば、コンポストボックスも兼ねるという。動植物の形でカットワークになった部分を、故人の想い出になるよう自宅に飾ることもできるのだそうです。 移動が楽な車輪付きのベンチなどもおしゃれなカタチ。 永遠の憧れのバスケットのピクニック・セットのブース。 パリ近郊でオーガニック栽培されている旬の花、シャクヤクの販売ブース。長蛇の列ができていました。 初夏のガーデンショーでは、芳しい香りのなか、満開のバラの花々を直接見て選べるのも嬉しい。 全体を見回すと、環境への配慮を前提にした都会の小さな庭やテラスをスタイリッシュに楽しむためのアイデアやグッズがさらにフォーカスされてきた様子のガーデンショー、ジャルダン・ジャルダン2024。個性的なショーガーデンを囲むガーデン業界の専門家たちの集いの場であるのと同時に、さまざまなセミナーやワークショップも開催されました。 自然な様相の池を中心にブランコなどが設られたワイルド感のあるデザインも人気でした。 パリの人々にとっても、バルコニーで育てるハーブ苗や新鮮な切り花を買うことができる、グリーンな週末のアミューズメントの場。蜜源植物を植えるとか、少ない水やりの工夫など、都会のグリーンで自然のためにできることを知り、ガーデニングへの関心を高める機会にもなっていました。 ホワイトとグリーンを基調に、アーチを使って立体感を出した緑の空間は、流行を超えた上品さが魅力。 過去のJARDINS JARDINの記事もチェック!
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【パリ近郊の庭を訪ねて】ナチュラルに楽しむ小さな花束の庭
森の佇まいと選りすぐりの花々 お宅のリビング側から庭を見下ろす。春の球根花からダリアへと季節毎に植え替える植栽のエリア。 フジの花が満開でスイセンやチューリップの盛りが過ぎた晩春の週末。パリ近郊で素敵な庭づくりをされている英理子さんのお宅にお邪魔しました。 折り紙&ペーパーフラワー作家としても活躍する英理子さんが、フランス人のご主人と2人のお子さんと暮らす家は、パリから電車で30分ほどの長閑な住宅地にあります。これまでも、季節を変えて何度も伺っている大好きな庭です。 ヘビイチゴやステラリア・パルストリスが混じるグラウンドカバーは、野原そのままのナチュラルな雰囲気を庭に運びます。 この地に引っ越ししてきて、ご自身での庭づくりを始め15年ほどが経つという英理子さんの庭では、森の一角を思わせるナチュラルな佇まいのを背景に、季節ごとに庭を彩る彼女のこだわりの花々が、絶妙なハーモニーを織りなしているのが魅力です。 今回訪れた際にも、ちょうどイングリッシュ・ローズの名花‘ガードルード・ジーキル’の季節の最初の花が咲いていました! 初めて伺ったのはちょうどバラの季節。フランスの個人庭には珍しく、イングリッシュ・ローズの数々が見事に咲いているのが印象的でした。 ジャルダン・ブクティエ(花束の庭) 春の花の植栽、選び抜かれたチューリップはそれぞれがビジュー(宝石)のよう。 さて今回は、曇りからにわか雨を経て時々晴れ、気温は一桁台という花冷えの4月下旬の日曜日。球根花は終わりかけで、バラの盛りは3週間後位か、でもスズランはもう花盛りですよ、というタイミングでしたが、たくさん植え込まれたさまざまな種類のスイセンやチューリップは、好き好きに開き切った姿にも味わいを感じます。 スズランの群生の前に佇む後ろ姿は庭ネコのたまちゃん。 「そう、庭で見る分にはまだいいのだけれども、ブーケにするには咲き始めがいいの」という英理子さん。大好きだというスイセンは、いろいろな園芸種を毎年400球ほどは植え込むそうです。今年は雨が多かったせいか、庭づくりをし続けてきて初めて激しいナメクジ被害があったそうで、花の部分をつぼみのうちに食べられてしまったスイセンが多数出てしまったと、残念そうでした。ちなみにナメクジは捕獲処分。薬剤などは使わないナチュラルガーデニングが基本です。 チューリップは、庭の風景を保ちつつ、少々切り花にしてブーケにも使えるように、同じ種類を20、30球と植え込んでおくとのこと。そう、この庭の植物選びの原則の一つに、切り花として使える花々というのがあり、実際、花の季節にはいつもお庭の花でささっと素敵なブーケを作ってくださるのです。庭の自然をそのまま運ぶようなブーケは、もちろんパリのご友人の間でも評判です。 晴れ間の出てきた庭で恵理子さんにお茶をご馳走になりながらお話を伺いました。気持ちのよいひととき。 庭の奥でちょうど花盛りだった大きく育ったビバーナムは、やはり15年ほど経つそうですが、これもブーケにも使おうと思ってチョイスしたとのこと。切り花のための庭をカッティング・フラワー・ガーデンと呼んだりしますが、フランス語ではジャルダン・ブクティエ(花束の庭)やジャルダン・フローリスト(フローリストの庭)と呼びます。 森の佇まいを運ぶ野の花々 木々の足元を彩る黄色のドロニクムも森からやってきたワイルドフラワーです。 選りすぐりの栽培種のチューリップやスイセンが植え込まれた植栽はカラフルな宝石箱のよう。それを引き立てるのが、フワフワとそこかしこに生えているヒナギクだったり、儚げなワスレナグサの群生。森の一角にいるように、よく林縁に生えている黄色のドロニクムも木陰に揺れています。野の花と園芸種の共演はまさに庭空間ならではの技ではないでしょうか。 この時期、スズランも庭のあちこちで満開になってきていて、摘むのが追いつかないほどだとか。スズランは、元々庭に群生していた場所もあれば、義理のお母様からの一鉢のスズランが一面に広がった斜面もあり、いずれにしても土地に合うようです。フランスでは5月1日にスズランを贈る習慣がありますが、お庭のスズランは毎年少し早くから最盛期となります。 スズランの群生に混じって、可愛らしい八重のオダマキがつぼみをつけていたり、庭の中には、ほっこりする風景がたくさんあって飽きません。種播きで増やしたもの、あるいは種が飛んで自然に増えた植物など、それぞれの様子をよく観察しつつ、そのままそっとしておいたり、場所を移動させたりと、丁寧にお手入れされているのがよく分かります。 小さな庭のよいところ 毎年春には数々のスイセンとチューリップが彩るエリアは、季節が終わるとダリアに植え替え、夏から秋にかけては、選りすぐりのダリアが花盛りになります。ダリアの球根は季節の後に掘り上げて、また春の準備に。季節に沿って花が溢れる小さな庭は、じつは大変な手間に支えられています。 スペースが限られているので好きな植物がすべて植えられるわけではない、慎重に取捨選択しなければならないのだけれども、逆に自分にとってはそれがよいのだと思う、と言う英理子さん。植栽の選定は自分の「好き」が基準ではあるけれども、後は土地に合うのか、気候に合うのかということも大事です。特に、ここではまだ急激な変化にはなっていないけれども、夏の暑さや水不足などの気候変動に対応するには、環境に適応できるということがより大事になりそう、と庭友の間でも話題になっているそう。 庭のスズランを摘んでブーケに。素晴らしくよい香りです。 それぞれの植物の気に入った場所を見定めて定植したり、移動したりと、植物それぞれとの対話の中で作られてきた庭空間では、草花が皆ハッピーなのか、居るだけで気持ちが和んできて、いつまでも佇んでいたくなります。抜け感のあるお洒落はパリジェンヌが得意とするところですが、この庭の、リラックスする柔らかなワイルド感は、それに通じるところがあるような気がします。 庭の中心のガーデンテーブル。お茶の時間には自然と家族が集まって過ごす和やかな場所に。 森を思わせる野の花々と、こだわりの園芸植物たちが、恵理子さんの振るタクトを見ながらそれぞれに歌い、そのリズムが柔らかなイル=ド=フランスの光と空気に溶け込んでいくような素敵なナチュラル・ガーデンです。
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【パリの庭】パリ市の四大植物園「パルク・フローラル」に咲くダリア
パリ市の植物園「パルク・フローラル」 ご紹介する「パルク・フローラル(花公園)」は、パリ市の四大植物園(*)の一つで、文字どおりにさまざまな植物コレクションを保有しています。1969年に同地で行われた国際園芸博覧会を契機につくられたもので、広さは30ヘクタールほど。全体的には、森林公園のような松やオークの林を抜ける散歩道の所々に、ダリア園や芍薬園などがあり、華やかな花のコレクションを見ることができます。アイリスやシダ、アスチルべなどのオーナメンタルな植物に加え、パリ盆地の自生植物や薬用植物などのコーナー、錦鯉が泳ぐ広い園池など、変化に富んだ見所もあり、どの季節も、大人も子どもも楽しめるような工夫がされています。 *四大植物園=パリ市の植物園としては、ほかに同じヴァンセンヌの森にあるエコール・デュ・ブルイユの樹木園、バラ園で有名なバガテル公園、セール・ドートゥイユがあります。 秋の森に群生するシクラメン。 色彩溢れる華やかなダリアにうっとり ダリア園の入り口、緑の中のはっとする華やかさ。 さて、今日のお目当ては、なんといってもダリア園。ダリアは7、8月から10月下旬の初霜の降りる頃までと花期が長く、少し寂しくなってくる秋の庭に華やかな色彩を添えてくれる人気者です。近年は花屋さんでも、オシャレな色合い、花姿の異なるさまざまなダリアを見かけるなぁと思っていましたが、最盛期のダリア園は、入り口に立っただけで、その華やかさに圧倒されます。 カラフルな色合いに加え、草丈は20cmほどの矮小種から2mを超すものまで。また小さな花や大きな花、一重や八重咲き、ポンポン咲き、カクタス咲き……などなど。あらゆる種類のダリアが咲き乱れる様子は、これぞ眼福です。 国際ダリア・コンクール パリのパルク・フローラルでは、野生種・園芸種を合わせて400種を超えるダリアを栽培しており、毎年8月末〜9月初めには、国際ダリア・コンクールが行われています。これには、フランス国内から60ほどの生産家がエントリー、ドイツやオランダ、リトアニア、日本など外国の生産家も参加し、一般投票と専門家の審査を経て、新栽培種の受賞品種が選ばれます。 左/Dahlia 'Hellios' (写真内手前)右/Dahlia Gryson's Yellow Spider 一般審査の参加者は、3つの好きなダリアに投票することができます。専門家の審査では、花ばかりでなく茎や葉も合わせた全体の花姿や色彩、さらに耐病性などのテクニカルな部分も対象になります。大賞、ジャーナリスト特別賞、一般審査賞、子ども審査員賞などに選ばれたダリアの一部をご紹介すると、ニュアンスカラーのバラ色のDahlia 'Dutch Delight'、黄色〜オレンジからカフェオレ色に変化するDahlia 'Hellios'、菊のような繊細なカクタス咲きで爽やかなイエローのDahlia Gryson's Yellow Spiderなど。 左/Dahlia Comet 右/Dahlia Staburadze またDahlia Cometはパステルトーンのオレンジのポンポン咲き。より柔らかでエレガントなDahlia Staburadze、シックな深いレッドのDahlia 'King Arthur'など、受賞作品は、色も形もじつにさまざま。この多様性こそがダリアの尽きない魅力と、改めて実感します。 ダリアの魅力〜多様性 もともとはメキシコやコロンビアの暖かい高地に自生するダリアは、18世紀にヨーロッパに持ち込まれ、フランスに導入されたのはフランス革命が勃発した1789年。当初は根を食用にする野菜として扱われたものの、あまり美味しくはなかったようで、ジャガイモを超える人気の食用植物にはなりませんでした。しかし、花の華やかさや、初霜まで続く花期の長さが重宝されて、庭のオーナメンタルな植物として人気となりました。植物愛好家であったナポレオン皇妃ジョゼフィーヌもマルメゾンの庭園にダリアを取り入れ、ダリアは19世紀のフランスで人気を博しました。 再び人気上昇中のダリア かつては希少な品種が高額取り引きされるなど、歴史的にも花形だったダリアですが、一時期のフランスでは、田舎の祖父母のポタジェの花のような、ちょっと時代遅れのイメージになっていました。しかし近年は現代の感性に応える色や形のバリエーションに加え、茎の強度が増し、庭での植え込みやブーケの素材として使いやすく進化してきました。また、花がら摘みが不要なように、花後には再びつぼみのような姿になるローメンテナンスなダリアも現れるなど、生産家による品種改良の努力が続けられてきた結果もあってか、ここ数年来ダリアの人気は再び上昇しています。 野生種のコーナーの一角、ポンポン咲きのダリア。 パルク・フローラルのダリア・コレクションでは、年々増える多彩な園芸品種のダリアのかたわらに、全部で40種類前後存在する野生品種のダリアの1/3ほどが栽培されています。すでに草丈は低いものから人の背丈くらいのものまで、花形も一重も八重も多種の形態がありますが、比較的クラシックなそれらのダリアに比べて、栽培種ではさらに、複雑なカラーコンビネーションで、銅葉やダークな色合いの茎までコーディネートされて、まるでオートクチュールのデザインのような完成度の高さ。 ミルキーなオレンジやカフェ・オレ・カラー、シックなレッドなど、オシャレなカラーリングにも目移りが止まりません。ダリア園を一巡りしてみると、帰りにはすっかりダリアマニアになってしまいそうです。 庭デザインにもアレンジにも大活躍 花の姿だけでなく、葉や茎も含め、さらに群生した際の姿のよさ、管理のしやすさなど、改良を重ねた園芸種のダリアの多様性は、華のある風景づくりの強い味方です。家に飾るブーケにもできる、双方向に活躍するダリアは、自宅の庭の花としても魅力的。ちなみに、ダリアの切り花は長時間の輸送には向いていないのですが、逆に地消地産といったローカルな花のサーキュラーエコノミーにうってつけであることは、サステナブル志向になってきた花屋でダリア人気が再燃している理由の一つでもあります。 さて、パルク・フローラルのダリアは、季節が終わると掘り上げられて、来春の植え付けまで大切に保管されます。また来年にはどんな新しいダリアに出会えるのか、今から楽しみになっています。
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【フランスの庭】ル・プリウレ・ドルサン修道院の庭〜魅惑のモナステリー・ガーデン〜
中世の修道院の庭 ヨーロッパで景観への見晴らしがよい開かれた大規模な整形式庭園が発達するのは、ルネサンス期以降。中世の修道院に設けられた庭には、閉じられた空間の中に、修道士たちが自らを養う野菜や果樹のポタジェ(菜園)やベルジェ(果樹園)、また病人を癒やすためのハーブガーデン(薬草園)などがつくられていました。祈りとともに、自らの手を使って働くことは大切な修行の一環であり、庭仕事は修道士の日常の仕事の一部。自給自足という機能面と、修道院という場に相応しい、静けさと調和に満ちた美しく整った空間が、中世の修道院の庭だったといいます。 現代の感性で再現されたモナステリー・ガーデン 庭に続く、修道院の建物のエントランスのしつらいも、ウェルカム感いっぱいで期待が膨らみます。 残念ながら、現代までそのまま残る中世の修道院の庭はありません。今から30年ほど前の作庭にあたっては、装飾写本などに描かれた当時の庭の様子や文献調査から、かつての修道院の庭で行われていたように、植栽には伝統的な有用植物や象徴的な植物を選び、整形式のプランでポタジェ(菜園)、ベルジェ(果樹園)、クロワートル(回廊)がつくられ、現代のモナステリー・ガーデンが誕生しました。 ポタジェ(菜園)とサンプル(薬草園) 見学コースの始まりは、建物に一番近いポタジェから。正方形の木枠で縁取られたポタジェでは、昔からの伝統野菜が花々とともに植栽され、元気に育っています。きっちり端正に整備された構造物とのコントラストで、生き生きと茂る植物のオーガニックな動きの勢いがますます感じられます。また「プレシ Plessis」と呼ばれる小枝などを組んで作られた柵やトレリスが素敵な、魅惑のポタジェ風景が広がります。 こんなに可愛いポタジェには、なかなかお目にかかれません。ポタジェの奥は「サンプル」と呼ばれる薬用ハーブの植栽コーナーです。病人を癒やすのは中世の修道院の重要な責務であり、このハーブガーデンには、かつて王令で薬草として栽培を推奨されたハーブの数々、カモミールやメリッサ、セージ、ミント、イチョウヨモギ、アンジェリカやバーベナなども植栽されています。 プロムナード(散歩道)からベルジェ(果樹園)へ リンゴや洋ナシが規則正しく植えられたベルジェの様子。 何度でも見て回りたくなるポタジェを抜けて、芝地に並木が植栽されたプロムナードへ。緑だけのスッキリと整ったシンプルに美しいこの空間に入ると、不思議とスッと心落ち着く感じがしました。 続いて、芝地にリンゴや洋ナシといった果樹が植えられたベルジェも、穏やかな空気が流れる場所。果樹の周りを囲むように設けられたプレシ(小枝の柵)のベンチや王様の椅子を思わせるシーティングが、シンプルな空間にアクセントを添えています。 通路には、異なる空間の重なりの奥に、常にフォーカルポイントが作られていて、深い奥行きを感じさせます。 それぞれの庭のコーナーは生け垣やプレシでしっかり囲まれつつも、他の空間への見通しのポイントがそこかしこに設けられていて、こちらへ、彼方へと誘われるように、歩を進めることになります。 ラビリンス(メイズ 迷宮) さまざまな植物に彩られたラビリンス。 さらに進んでいくと、さまざまなエスパリエ仕立ての果樹や小枝の柵で構成された、ラビリンスに入り込みます。カゴ形の構造物の中に植えられたルバーブや、白を基調にした花々が揺れる仕切りの奥に、ベンチで囲まれた大きな果樹が見えるのですが、目に映るままに進んでも、意外と行きつけない、まさに迷宮になっています。 幾何学的なボリュームで構成された空間ですが、よく見ると足元の素材は木材を利用。長もちはしないかもしれませんが、温かな雰囲気です。 この迷宮は、キリスト教での“行き着くことが難しい「救済」への道”を示すものでもあるのだとか。迷路を構成する生け垣の片隅には、日陰になった休息スペースもあって、花や果樹を愛でつつ、迷うことを楽しみながら、ゴールに向かう構成です。 さまざまな小さな庭 ラビリンスの中心には、円形の洋ナシのパーゴラを被った丸いベンチが。 ラビリンスの中心には、その形を反映するように円形に刈り込まれた洋ナシと、風に揺れる花々の植栽が。イチゴやフランボワーズ、スグリなどの赤い実の小道や、残念ながらバラの季節は過ぎてしまっていたのですが、バラ園であるマリアの庭など、さまざまな小さな庭の空間が続きます。 いずれもが共通して、整形式のプランと構造に木材や小枝などの自然の素材が使われており、それでいてテーマによってそれぞれ全く異なる雰囲気を持った空間となっています。エリアが変わるたびに、ハッとするような発見の感覚があって、楽しさが尽きません。 クロワートル(回廊) クロワートルの庭の中心には、生命の象徴である水が流れています。 さまざまな小さな庭の連続の中、大きな空間を占めるのがクロワートルと呼ばれる、全体のほぼ中心に当たる庭です。修道院建築の中に必ず含まれる中庭を囲むクロワートルは、祈りと瞑想の場であり、天国を予示する象徴的な場でもあったそうです。ここでは石造りの修道院の建築の代わりに、クマシデの生け垣がクロワートルを形づくっています。その中心には静かに水が流れる噴水があり、四方は小さな葡萄畑になっています。 じつは、現在修復されている修道院の建物も、最盛期の1/10ほどだそうで、かつては石造りの建物として存在したクロワートルが、静かな散策の緑のプロムナードとなって庭に再現されているのは、デザインとしても面白いところ。 緑の生け垣の壁にくりぬかれた円形窓からの風景。どのディテールも魅力的。 作庭から30年ほどが経つという、ル・プリウレ・ドルサンの庭。現在は4人のガーデナーが維持管理を担っている3haほどの庭園は、非常によく手入れされており、本当に気持ちよく寛いで散策できます。中世の修道院の庭のさまざまな特徴を、現代の美意識でデザインに生かしたこの庭には、人の手仕事と植物たちの美しい調和が溢れていて、まさに天国のような心休まる空気が流れていました。 庭園にはショップとカフェも。昼時にはテラスか室内で、ホームメイドの塩味系のキッシュやタルトとフレッシュな庭のレタスのサラダ、ドリンクとデザートの軽いランチセットがいただけます。
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【フランスの庭】ヴェルサイユ庭園の最新スポット「調香師の庭」
花の宮殿、グラントリアノン グラントリアノン。Andy Sutherland/Shutterstock.com ヴェルサイユ宮殿には、グラントリアノン、プチトリアノンの2つの離宮と庭園があります。ルイ14世は「ヴェルサイユ宮殿を宮廷のために、マルリー宮殿を友人たちのために、グラントリアノンを自分のために作った」といわれます。王は堅苦しい宮廷儀礼を離れたプライベートな時間を過ごすために、1668年、陶器のトリアノンと呼ばれた美しい宮殿を建てさせました。しかし、外壁を覆うデルフト陶器の脆弱さゆえに陶器のトリアノンは20年と持たず、早々に大理石のトリアノンと呼ばれる、現在まで残るイタリア風の建物に建て替えられることになります。 プチトリアノン。Ivan Soto Cobos/Shutterstock.com さて、王が親密な時間を過ごしたトリアノンの庭は、どんな様子だったのでしょうか。 当時、トリアノンの庭園の花の植栽は、その時々の王の希望に合わせて素早く変えられるよう、また、すべての花を最高の状態で見せられるよう、植木鉢に植えて花々を組み替える方法で行われていました。別名「花の宮殿」とも呼ばれたトリアノンの庭園には、香りのよい花々が大量に咲き乱れ、その強い芳香に気絶する招待客も出るほどだったとか。 ヴェルサイユと香水文化 盛夏の「調香師の庭」は、香りにまつわる植物たちが旺盛に育つ、ナチュラルかつのどかな雰囲気。 衛生面ではまだ発展途上であったともいえる17世紀、ルイ14世の時代の宮廷では、不都合なにおいを隠す目的もあって、ムスクなどの動物性の強い芳香が好んで使われていたそうです。庭園や宮殿を飾る花々も、ヒヤシンスや月下香など、芳香の強いものが好まれました。そうした背景から、17世紀から18世紀にかけて、イタリアから伝わった香水が大流行したフランスの宮廷は、数々の名調香師を生んだ、香水産業の揺り籠となったのでした。また、当時は香水を使うことができるのは王侯貴族などに限られていたゆえに、香水の香りは、豊かさと高貴さの象徴でもあったのです。 香りの花々が育つ「調香師の庭」 ダマスクローズ越しの「調香師の庭」の風景。 そうしたヴェルサイユの宮廷と宮殿、香水文化の歴史からインスパイアされて生まれたのが、新たにつくられた「調香師の庭」です。かつて「Sillage de Reine」でマリー・アントワネットの香水を復元するなどヴェルサイユと縁の深い香水のメゾン、フランシス・クルジャンがスポンサーとなってつくられた、香水の歴史に捧げられた庭園です。 シャトーヌフのオランジュリー。かつてルイ15世が、ここでコーヒーやパイナップルを栽培させたのだそう。 植物学に興味を寄せていたルイ15世がかつて造らせた、シャトーヌフのオランジュリー。「調香師の庭」は、その建物近くにある9,000㎡ほどの敷地につくられました。トリアノンの庭師たちと協力し300種以上の香水の素材となる精油に使われるさまざまな植物が集められた庭は、雰囲気の異なる3つのゾーンで構成されています。通常は非公開の場所ですが、ガイド付きであれば見学することができます。では、3つのゾーンをそれぞれ見ていきましょう。 <好奇心の庭> ルイ15世がパイナップルやコーヒーを栽培させたというシャトーヌフのオランジュリーにまっすぐ向かう通路を中心軸に、左右対称の整形式に整備されています。数百種の芳香に関連する植物が植栽された「調香師の庭」は、いわば香りのポタジェ。実際、少し前までこの敷地にはヴェルサイユの宮殿内にレストランを持つアラン・デュカスのポタジェがあったのだそう。 多数のバラの中で、わずかに咲き残りの花が見られたダマスクローズ。香水の原料の主となる香りのバラです。 この庭には、当時の植物系の香水の素材として花形的存在だったアイリスやバラ、昔から使われ続けているさまざまな香りのハーブ類、香水製造にまつわる文脈で「ミュエット(無言)」の花と呼ばれる月下香やスミレなどが植えられています。 チョコレートコスモスは、深いチョコレート色がおしゃれなばかりでなく、香りもチョコレート! また、花そのものが素晴らしい芳香を持つものだけでなく、直接的には香水の材料となる香りが抽出できず、人工的に再構成するしかない種類の花、チョコレートやパイナップルといった珍しい香りの草花など、幅広く香りに関する花々が集められています。 葉からパイナップルの香りがするハーブ、パイナップルセージ。 セージをはじめ、香りのハーブの植栽エリアも充実。 庭園全体は、17世紀のトリアノンの庭の香りのエスプリをイメージしながら、一年を通して何らかの花が咲くようにといった配慮がされています。また、ボルドーとチョコレート色、イエローからオレンジへのグラデーションというように、色彩をポイントに構成された植栽からは、オーナメンタルな庭としての心配りが大事にされているのが分かります。 晩夏もまだ花盛りのラベンダーは、青紫色の植栽コーナーの主役。 私が訪れた8月中旬は、庭の季節としては花から結実へと向かう、暑さで疲れも出ていそうな時期でした。庭の花形であるバラは、さすがに少々の花が残る程度でしたが、そこかしこで勢いよく育った草花のダイナミックな姿がワイルドで、フランスの田舎の夏休みを思わせるような、ナチュラルで心休まる風景になっていました。 かなりワイルドな、でもなぜかほっとする風景。 オランジュリーの前と通路の両脇は、レモンやビターオレンジ(橙)などの柑橘類の植木鉢で飾られています。ビターオレンジも、実は精油のネロリやプチグランの原料となり、香水の材料として活躍する柑橘です。ちなみに、さまざまな動物系の強い芳香を嗅ぎすぎたためか、芳香アレルギーになってしまった晩年のルイ14世が、唯一受け付けることができたのは柑橘系の香りだったのだそうです。 オランジュリーからの中央通路に並ぶ柑橘類を中心にしたコンテナーと植木鉢の列。 <木々の下の庭> 緑がワサワサ茂るワイルドな果樹園。 <好奇心の庭>の隣の果樹園エリアとの間には細長い桜並木があり、春には庭園の一番の見どころになりますが、8月の果樹園で目を引くのは、モモやリンゴ、洋ナシがたわわに実る果樹のほうです。かなりワイルドな感じの果樹園を抜けると、奥にはさらに、壁に囲まれた小さな<秘密の庭>が待っています。 奥に進むと、さらに壁に囲まれた扉を発見。 小さな<秘密の庭> 敷石のステップが緩やかな曲線を描き、庭の奥へと気持ちを誘う<秘密の庭>。中に立ち入って植栽などを観察することはできなかったのですが、ひっそりと静かに瞑想するのによさそうな静かな空間は、現在のところ庭師の実験ガーデンとなっているのだそう。 <秘密の庭>を覗いたところ。 見学の最後には、ワークショップスペースでアイリスの根やバラの花、パチュリの葉や茎、バニラの実など、精油の抽出には植物のさまざまな部分が使われることを学び、香りを実際に体験することができます。精油となった芳香をそれぞれの言葉で表現し、また実際の植物の香りやイメージと、精油になった香りとのギャップを発見するのは、大人にとっても子どもにとっても面白い体験。視覚と嗅覚とイマジネーションをフル活用することで、庭と植物の楽しみ方がさらに広がります。 屋根付きのワークショップコーナーでは、ガラス瓶の蓋の裏に用意された調香の基本となる香りを体験。実際に香りを嗅いで言葉にする体験は、新鮮な発見になります。 ドライのバラの花やアイリスの根などに混じって、真ん中の瓶はドライになったパチュリの茎と葉っぱ。 香水の歴史を庭のインスピレーションとして新たな空間を作った「調香師の庭」は、ヴェルサイユ庭園ならではの興味深い試みです。
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スウェーデン
【北欧の美しい暮らし】カール&カーリン・ラーションの家と庭
スウェーデンを代表する芸術家が残した家と庭 19世紀から20世紀にかけて活躍した画家カール・ラーション(1853-1919)は、スウェーデンを代表する国民的な芸術家。そして、彼が妻カーリンと7人の子どもたちと暮らした家と庭、リラ・ヒュットネース(Lilla Hyttnäs、岬の小さな精錬小屋の意)は、現代に続く北欧スタイルのインテリアデザインにも大きな影響を与えた、理想の美しい暮らしの場として知られます。 このリラ・ヒュットネースがあるのは、湖と森の風光明媚な自然に恵まれたスウェーデン中部、ダーラナ地方の小さな村スンドボーン。現在はカール・ラーション記念館となって公開されています(家の中は予約制のガイドツアーのみで見学可能)。 芸術家カップルの理想の暮らしの場 カールの妻カーリンも、もともとは画家であり、2人はフランス留学中に出会って恋に落ち、結婚。スウェーデンに戻ったのち、1888年からは、7人の子どもたちとともにカーリンの父から譲られたこの家に住まうことになります。そして、1837年に建てられたスウェーデンの伝統的な木造家屋に、コツコツとリノベーションを重ねた彼らの創造性溢れる室内装飾は、現在に続く北欧スタイル・インテリアデザインの元祖となりました。 子育てのために絵筆を置いたカーリンでしたが、伝統的な手仕事に、アール・ヌーヴォーなどの当時最新のデザイン傾向を合わせて、家族との暮らしのための家具やテキスタイルのデザインに、その才能を開花させます。 室内は、当時さながらの可愛いカーリン・デザインのドレスの女の子が案内してくれるガイドツアーで見学できるものの、写真撮影は不可なのが残念。しかしじつは、カールが家族の暮らしの様子を描き、大人気となった画集『わたしの家』から、現在も残されている家の様子をそのまま知ることができます。 『わたしの家』 1895年制作, Our Home (メシュエン・チルドレンズ・ブックス, 1976年)より。※カール・ラーション『わたしの家』オリジナルの画集は1899年出版 美しく静謐な自然に囲まれた家は芸術家の制作活動にふさわしい場所で、多くの近隣の風景が次々とカールの作品の中に描かれました。しかし、長雨が続き戸外制作ができなかったある夏、家の中を描いたら? というカーリンの発案から生まれたのが、画集『わたしの家(Ett hem/ Our Home)』でした。 1895年制作 Our Home(メシュエン・チルドレンズ・ブックス, 1976年)より。 明るい色合いで繊細に描かれた暮らしの風景は、朗らかな歌声が聞こえてきそうなほどに、あたたかな彼らの暮らしの様子を生き生きと伝えます。インテリアや服装のディテールまでが仔細な描写で描かれ、今でも家のインテリアに取り込みたいような可愛いアイデアが詰まった本です。また、スウェーデンの家庭の季節行事などの様子もうかがえ、興味深々です。 「家」と「庭」がつくる家庭 カール・ラーション《大きな白樺の下での朝食》 1896年。 画集の中には、家族全員が庭のシラカバの木の下の大きなテーブルで朝食を摂っているシーンがあります。「家庭」という語が「家」と「庭」で構成されるのには、さまざまな意味で説得力を感じているのですが、特に夏は庭で過ごす時間も長かった彼らの暮らしにとって、庭は不可欠な、大切な存在でした。 画集に描かれたラーション家のガーデナーは、妻であり母であった芸術家カーリンです。 当時の最新流行だったイギリスのコテージガーデン風をよりシンプルにアレンジした庭は、湖と森に囲まれた周囲の風景と、ファールン・レッドが基調の木造家屋を程よくシームレスに繋ぎ、子どもたちが芝の上で遊び回ったり、家族で食事をしたりお茶を飲んだりするのに、とても居心地のよい、緑の暮らしの空間だったことでしょう。 現在は記念館を運営する財団のスタッフの方々が、当時の面影をなるべくとどめるような形で庭の管理をしているそうです。 湖畔の庭のチャームポイントは、眺めとガーデン・ファニチャー 庭の最大のチャームポイントは、なんといってもダイレクトに面した湖畔の眺め。白い桟橋から眺める対岸の風景と、キラキラ輝き変化する水面の様子は、穏やかな心休まる美しさ。 また、彼ららしさが表れるのは、庭のそこかしこでフォーカルポイントにもなっているオリジナルのガーデン・ファニチャー。水辺の大きな柳の木の側には、ファールンレッドの椅子とテーブル、湖を眺める半円形の白いベンチのコーナーなど、彼らがデザインした素朴なあたたかさと機能性を併せ持った木製のガーデン・ファニチャーは、タイムレスな北欧スタイルのお手本です。 湖畔を眺める半円形のベンチ。 北欧の春は遅く、訪問した5月中旬のタイミングでは、ボーダー植栽の植物たちは、やっと芽を出したばかりといったところ。花咲き乱れる姿を見ることはできませんでしたが、柳の木の爽やかな新緑が軽やかに揺れ、リンゴやリラなど果樹や花木の花が咲き、もう、それだけでとても魅力的でした。 ファールンレッドの犬小屋もかわいい。 庭の外柵の細い丸太を斜めに使った形は、ダーラナ地方の農場などでも多く使われる、この地方特有のスタイル。 地元食材レストランのランチタイム 庭は自由に散策でき、いつまでもいることができます。これでお茶でもできれば最高! なのですが、残念ながらカフェなどは併設されておらず……と思いきや、すぐ隣にテラスのある地元の食材を使った自然派レストランを発見。 ランチタイムには、食べ放題のビュッフェ形式で、野菜豊富なさまざまな郷土料理からデザートまでがサーヴされます。テラスでいただいたお料理は、ホッとする素朴な美味しさ。シナモンロールとコーヒーでフィーカ(おやつタイム)も楽しめます。 カーリンのデザイン作品の展示 スンドボーンの村を5分ほど歩くと、ギャラリーに到着。村の中も牧歌的。 また、スンドボーン村内のラーション家の近隣に増設されたギャラリーでは、カーリンのデザイン作品の展覧会が開催中で、さまざまなファニチャーやテキスタイルのリプロダクトが展示されており、彼らの美しい暮らしの世界観にたっぷり浸ることができました。 ギャラリー入り口。 展示風景の例。 絵画に描かれていた窓辺のシェルフも展示されていました。左/1912年制作、 スウェーデンの国民画家 カール・ラーション展 (読売新聞社/美術館連絡協議会, 1994年)より。 ミュージアムショップも充実。 自然の中の、北欧の美しい暮らしの世界 豊かな自然と庭に囲まれたラーション家の丁寧な美しい暮らしの様子は、隅々まで美意識を感じる、しかし気取らず素朴な、どこか懐かしく温かな記憶を呼び覚ますよう。今でも、1世紀以上を経たとは思えないような、タイムレスな魅力に満ちています。
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ドイツ
ドイツ・マンハイムで開催中! ドイツ最大のガーデンショーをレポート! 2
BUGA2023の体験レポート第2弾! Daniela Baumann/Shutterstock.com 現在ドイツ・マンハイムで開催中のドイツ最大のガーデンイベント、BUNDESGARTENSCHAU(BUGA)。BUGA2023は、マンハイム市とその周辺地域における持続可能な生活の質とライフスタイルを向上させることをコンセプトに行われていて、178日間という長期の開催期間中には、さまざまなテーマのガーデンが見られることに加え、フラワーショーや文化交流、レジャーやスポーツといったアクティビティーなど5,000以上のイベントも企画されています。 ちなみにBUGAは2年に1度、ドイツのどこかの街で開催されるのですが、今回BUGAの会場となったマンハイムには、BUGAのエリアのほかにも魅力的なガーデンがあります。例えばオーグステンパークのウォータータワー。今回宿泊した、BUGAの会場から徒歩10分ほどのホテルの目の前にあり、BUGAへ向かうまでにも楽しい時間を過ごすことができました。 BUGA2023のもう一つのエリア、スピネッリパークへ BUGA2023の会場には、大きく分けてルイーゼンパークとスピネッリパークの2つのエリアがあります。ルイーゼンパークをご紹介した前回に続き、第2回となる今回は、スピネッリパークをご案内しましょう。 Daniela Baumann/Shutterstock.com 印象的で魅力的なBUGAの前半部分で、大きな木々やしっかりした植物、多くの建物があるルイーゼン公園を堪能した後、ケーブルカーに乗っていざスピネッリパークへ。ネッカー川にかかるこのケーブルカーが、ルイーゼンパークとスピネッリパークを結んでいます。ケーブルカーからは市民農園やネッカー川、古い農家の建物とたくさんの野菜畑があるロマンチックな農場、本物の芝生の上に大きなサッカー場があるスポーツエリア、小麦畑などを一望でき、美しい景色を眺めながらBUGAの会場を巡ることができます。空中の旅を楽しみながら、7分ほどで広く開けた目的地に到着。遠く離れたコーナーにマンハイム・タワーが見え、他の方角には片側にネッカー川が、その反対側にはマンハイムの住人のための高層居住区があります。BUGAのケーブルカーのよい所は、乗車料金が既に入場料金に含まれていること! 歩き疲れた後にぴったりですし、ケーブルカーに乗るだけでも楽しいので、もっと時間があったら、もう一度乗りたいくらいでした。 Ingrid Balabanova/Shutterstock.com スピネッリパークの8つのエリア Daniela Baumann/Shutterstock.com スピネッリパークはかつての軍事基地、およそ80ヘクタールの跡地につくられたガーデンです。建物のいくつかは保存され、カラフルな花や展示のための場所としてリモデルして利用されています。スピネッリパークのエリアをご案内しましょう。 1.ウェルカムエリア Daniela Baumann/Shutterstock.com ここでは、シャトルバスや公共交通機関、自転車、徒歩などで南エントランスから入場してきた人々を迎えます。南ウェルカムガーデンには、気候耐性の強いムギワラギクやサルビア類、スターチス、ユーフォルビアの仲間などを生かしたボーダーガーデンがあり、ジニアやケシの花が咲くエリアもありました。 乾燥や直射日光に強く、種類豊富なユーフォルビア。Gartenbildagentur Friedrich Strauss / Vazquez, Domingo カサカサとした花弁のムギワラギクとカラフルなチガヤの組み合わせ。Gartenbildagentur Friedrich Strauss / Strauss, Friedrich カラフルな花を咲かせるケシ。日本でもよく栽培される花ですが、品種によっては日本で栽培が禁止されているものもあります。Gartenbildagentur Friedrich Strauss / Mann, Dirk 2.U-HALL Ingrid Balabanova/Shutterstock.com 21,000㎡のエリアに19の小さなホールが、アルファベットのUの形に並ぶこのエリアが、BUGAの中心部。その形から、U-HALLと呼ばれています。 フラワーショーの中でも重要なハートピースで、さまざまなテーマのホールはクリエイティブで見るべきものがたくさんあり、天気が悪い日にゆっくり楽しむのにも最適です。休憩スペースやグルメも充実していますよ。 U-HALLの周囲には、武骨な建造物をカバーするつる植物がたくさん植わり、グラス類やさまざまなサイズのワイルドフラワーも植栽されています。 クレマチスなどのつる植物は構造物のカバーにぴったり。Gartenbildagentur Friedrich Strauss / Niemela, Brigitte 細長い葉が周囲の花を引き立てるグラス類。Gartenbildagentur Friedrich Strauss / Strauss, Friedrich フラワーショーやガーデンなど屋外の空間は、天気や訪れるタイミングによって印象が大きく異なるものです。私の知人の一人、花やガーデンの愛好家が、春にBUGAを訪れたそうなのですが、彼女の感想は私のものとは全く違いました。まだ植物が小さかったため、全体に植物の量が少なく見えて、あまり満足できなかったそうです。 株がまだ小さい春の庭は、花が咲いていても少し寂しい印象。Gartenbildagentur Friedrich Strauss / Strauss, Friedrich 植物にとっては太陽光や暖かさ、十分な水と時間がパフォーマンスを発揮するために必要ですが、春はまだ気温が上がらず、水が不足することもあって、春のガーデンで生き生きとした植物たちの姿を見るのはなかなか難しいもの。そのため、彼女の印象は私とは異なるものになったのでしょう。 頼りなかった苗も、夏にはしっかりと茂ってくれます。Gartenbildagentur Friedrich Strauss / Strauss, Friedrich 幸い、私が訪れた時期は、少々暑すぎではあったものの、ベストな天候の時期。植物たちはよく管理されて最盛期の姿を見せてくれました。 3.トライアルエリア トライアルエリアでは、BUGAの4つのメインテーマである、気候、環境、エネルギー、食料安全保障をテーマにした展示が見られます。 4.SDGsガーデン いまやSDGsに配慮することはすっかり定着しましたが、BUGA2023でもSDGsは重要な課題。ここでは、17のトライアルガーデンが、それぞれSDGsの17のゴールを表しています。それぞれのガーデンルームはブナの生け垣で区切られていて、テーマとなったSDGsの目標とガーデンの解釈についての説明がイラストを用いて示されています。例えば「健康」のテーマは、ハーブガーデンで表現。時にはポイントを理解するのに相当想像力をたくましくさせなくてはいけないこともあります。 5.未来の木 ナーセリーのように長い列になって木々が並ぶエリア。これらの木は、BUGAの終了後には市全体に植えられる予定です。 6.クライメイトパーク スピネッリパークの中にある、およそ62ヘクタールの広大なクライメイトパークは、新鮮な空気が感じられる都会のオアシスでもあります。都市の気候を大幅に改善し、都市住民に広々としたオープンスペースを与えてくれるこのエリアの一角は、いわゆるステップ地帯風につくられています。この栄養の乏しい草原を再現した部分は、野生生物、昆虫、トカゲ、その他の小動物にとっても重要な場所になっています。 Gartenbildagentur Friedrich Strauss / Wothe, Konrad 7. パノラマビュースポット 川にかかる長さ81m、高さ12mの錆びた赤い展望台は、一見橋のように見えますが、じつは川の上で終わっています。そこからは、下の湿地帯と遠く離れた街のスカイラインを眺めることができる、素晴らしいビュースポットになっています。 8.遊びとウェルネスエリア Daniela Baumann/Shutterstock.com アパートとスピネッリ公園の間にある都市の住居エリアの隣には、たくさんの屋外遊戯スペースを備えた子供向けのエリアが。できたばかりなので、まだ木陰もほとんどありませんが、年々改善されて、そこに住む家庭にとっては大きなメリットになることでしょう。広々としていて空気も美味しいので、トレーニングに励むのもいいですね。 Daniela Baumann/Shutterstock.com ほかにも楽しい場所がいろいろ! こうした数々のガーデンアイデアの中で、最も印象に残ったのが、サンプルガーデンで見つけたプール! 土を掘ってつくった美しい楕円形の低いプールの周囲には、グラスを取り入れた宿根草ボーダーガーデンが広がり、温暖な気候らしい雰囲気が漂います。プールを見渡すウッドデッキには、広々とした日よけと快適なデッキチェアが備え付けられ、着替えもできる小さな可愛い小屋も魅力的です。 若者や年配の訪問者がプールに挑戦したり、水温をチェックしたりしている姿を眺めながら、何時間でも過ごせそうでした。このプールのトリッキーで面白い点は、形が正方形で均一な深さではなく、端がわずかにアーチ状になっているため、中でバランスを崩す人が続出していたこと。10 代ぐらいの少年 4 人のグループは最終的にかなり濡れてしまい、そのうちの 1 人は完全に水の中に浸かってしまっていました。天気もよかったし、引率の先生が怒る様子もなかったのでよかったです。 小さな足湯を使う人もいて、皆、とても幸せそうでした。隣にあった3つのデッキチェアもすぐに埋まり、その人たちと会話が生まれて、素敵な時間を過ごすことができました。 Daniela Baumann/Shutterstock.com BUGA2023のお気に入りのポイントは、芝生などをはじめどこにでもスチール製や木製の休憩用の椅子やベンチが豊富にあったことです。こうした場所があると、広いガーデンを歩き回った後に、ちょっと一息つくことができますね。 こうして何時間も歩いた後、スピネッリ公園のエリアを一周する小さな「パークトレイン」に乗る機会がありました。電車の中ではまたしても、スイスから来たカップルと会話が弾み、この素晴らしい場所の感想を交換することができて、楽しい時間になりました。 ガーデンショーに行ってみよう Ingrid Balabanova/Shutterstock.com こうした国立のガーデンショーは都市の発展にとって非常に重要かつ不可欠であり、植物や自然と触れるショーケースになっています。 何年にもわたるガーデン巡りの中で、すでにいろいろなガーデンショーを訪れていますが、それぞれに独自の魅力ポイントがあり、毎回、たくさんの刺激と新しいアイデアをもらうことができる場です。 ぜひ、植物に興味のある友人と一緒に訪問し、時間をたっぷり使って、会場に向かう時間から楽しんでみてはいかがでしょう。大抵のガーデンイベントは敷地が広いので、楽しむためには十分な休憩も欠かせません。また、一年の中で適切な季節、あなたの好きな季節や天候も考慮して訪れる日程を決めるのがおすすめです。 今回の私の訪問は夏のピーク。幸運にも一年で最高の季節で、この素晴らしくて幸せなイベントを堪能することができました。ぜひ皆さんも、いろいろなガーデンイベントを訪問してみてくださいね。
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スウェーデン
北欧のドリーム・ガーデン「ローゼンダール庭園」案内
自然豊かな市民の憩いの場所 スウェーデンの首都、ストックホルムを構成する14の島々のひとつ、ユーゴルデン島は、中心から自転車やトラムで10〜15分程度とアクセス抜群の立地でありながら、水に囲まれた豊かな森の自然に触れられる市民の憩いの場所です。5月下旬、スズランの群生を足元に見ながらこの森の中を進んでいくと、北欧のドリーム・ガーデン、広い林檎園や温室、ポタジェ(菜園)が並ぶローゼンダールトレードゴード(トレードゴードは庭園の意)が見えてきます。 ローゼンダール庭園への道のり、至る所が爽やかな水と緑に彩られるユーゴルデン島の遊歩道。 小さくて見えにくいかもしれませんが、シカも散策者をお出迎え。 森の林床のグラウンドカバーは野生のブルーベリー。 歴史ある開かれた王立庭園 右のイラスト版の庭園案内図がかわいい! ショップにはトートバッグやポスターなどのグッズもありました。 19世紀までは王族の狩猟の獲物のための保護地区だったがゆえに自然がそのまま残されたこの場所に、1810年、スウェーデン王となった仏人ベルナデットが夏の離宮とイギリス風景式庭園をつくったのがローゼンダール庭園の始まりでした。森に囲まれたこの庭園は当初より市民に開放され、王族の避暑地であるとともに、市民の散策の場所にもなりました。開かれた市民のための庭という伝統は、現在に続くローゼンダール庭園の進化のバックボーンになります。 19世紀につくられたオランジュリー。手前にはバラ園とブドウ畑、ラベンダー畑が。 この開かれた庭園をさらに拡張したのは、園芸愛好家だったベルナデットの息子オスカー1世とその妻ジョゼフィーヌ王妃でした。1860年には園芸協会によって、スウェーデンで初めてのガーデナー養成学校がローゼンダールに開校し、700人のガーデナーを養成します。それは、ガーデナーの養成にとどまらず、スウェーデン全体にガーデニングを普及するムーブメントの発端となり、ローゼンダール庭園は、スウェーデンの人々にとって憧れのモデル・ガーデンの役割を果たしていきます。 庭園のコアである、1世紀半の歴史がある林檎園。不思議なほどピースフルな場所。 森の中の林檎園 ローゼンダールを訪れた際に、ひときわ印象的なのが、自然溢れる立地環境です。現在では王立公園として管理されている、苔や野生のブルーベリーがグラウンドカバーになった素晴らしい自然の森の中では、シカがゆったりと佇んでいたり、水辺をさまざまな水鳥たちが行き来するなど、その景観は都市にいることを完全に忘れてしまうほど。鳥の歌を聞きながらゆるゆると散策を続けていくと、19世紀のオランジュリーの建物や広大なポタジェ(菜園)、ベーカリーやカフェ、レストランなどの入ったおしゃれな温室、そして林檎園が見えてきます。 温室を利用したカフェやベーカリー・ショップは素朴なのにおしゃれ。 樹木のアーチをくぐると林檎園への入り口。 150年前に植えられたという400本の立派な老樹が並ぶ広い林檎園は、ローゼンダール庭園がつくられた19世紀から残る歴史的な場所。収穫されたリンゴの出来のよいものは、販売用にショップへ、またレストランとベーカリーに届けられ、それ以外のものはリンゴジュースなどに加工されるそうで、1世紀半を経たリンゴの木々は現在も活躍中です。 5月はリンゴの花盛りでした! そこかしこに設置された椅子やテーブル、ベンチでは、リンゴの木の傍で、ゆったり読書をする人、見つめ合う若いカップル、賑やかな家族連れなど、さまざまな人が思い思いの時間を過ごしています。ピースフルな空気感が溢れるこの場所には、ただいつまでもここでこのまま過ごしたい、そんな気持ちになる、マジカルな時間が流れています。 林檎園の片隅では養蜂も行われています。 この林檎園は、歴史的であるとともに庭園全体のコアになっている場所で、林檎園を囲むように、ベーカリー、レストラン、ガーデニングショップなどの入った温室と野外テラス、子どもの遊び場があり、オランジュリーの前には小さなブドウ畑とバラ園、そして広大なポタジェが作られています。 理想の庭のかたちとは? ビオディナミ農法のポタジェ 野菜の季節の到来を静かに待つ、中央の小さなガーデンシェッドがポイントの5月中旬のポタジェ。 ところで、ローゼンダールでも、20世紀初頭には庭師養成の学校が廃止され、庭園が忘れられつつある存在となった時期がありました。その後1980年代、ここで未来のための新しいパーフェクト・ガーデンをイメージしようという動きが生まれ、再びローゼンダール庭園が活性化した頃に取り入れられたのが、大地と自然のリズムを尊重するビオディナミ農法でした。 ワインのためのブドウ生産などでもよく利用されるビオディナミ農法は、ごく簡単にいえば月のリズムに基づいた自然農法。ポタジェの一角のコンポストは、土壌づくりから始まる栽培サイクルのカギとなる重要な要素です。 カフェ・レストランの風景。中央に並ぶ旬のポタジェの野菜や果物を使った日替わりのメニューは、全部食べたくなる! 花咲き乱れる美しいポタジェで採れた野菜は、採れたてが園内のレストランとベーカリーに届けられます。毎日のレストランのメニューと皿数を決めるのは、ポタジェの収穫。良質な季節の恵みをダイレクトに味わえるよう、調理はシンプルを心がけているのだそう。見ただけでも、食べたらさらに、幸せそのものを味わえそう。 温室内のテーブル席、野外のテラス席、はたまた前出の林檎園で。と、園内の好きな場所を選んで、オーガニックのランチやお茶を楽しめます。 冬が長い北欧では野外で過ごす季節が短いだけに、美しい景観も美味しい自然の食べ物もぜんぶ合わせて、心地よい庭の楽しみ方に敏感なのかもしれません。 遠足の子どもたちも楽しそう。天使の彫像の奥には、子どものためのメイズ(迷路)があります。 分かち合う庭、ナチュラルでシンプルな幸せ空間 大地と自然のリズムにしっかりと繋がった、美しいばかりでないエディブルな庭、ローゼンダール庭園は、誰もに開かれたみんなのための庭です。数十年前、2人の若い庭師ラース・クレンツ(Lars Krentz)とパル・ボルグ(Pal Bolg)が、19世紀につくられた歴史的庭園を土台に、未来の庭はこうであったらいいだろうとイメージしてつくり始めたこの庭は、訪れる人々すべてに庭の楽しみと癒やしを分かちつつ、現在も進化を続けています。
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ドイツ
ドイツ・マンハイムで開催中! ドイツ最大のガーデンショーをレポート! 1
ドイツ最大のガーデンショー BUNDESGARTENSCHAU(BUGA) Daniela Baumann/Shutterstock.com 現在、私はヨーロッパのガーデンを巡るツアーを一人開催中です。厳しい暑さが続く夏の間、ガーデニングでは乗り越えるべき困難がいろいろ発生しますが、実際にガーデンを訪れてみると、この気候変動に対応するためのさまざまなアイデアやシチュエーションがたくさん見つかります。 さて、ドイツではただいま、国内で最も大きなガーデンイベント、BUNDESGARTENSCHAU(BUGA)が開催中です。BUGAは、2年に1度、6カ月にわたり、ドイツのどこかの町で開催されるガーデンショー。オランダで10年に1度開催されるフロリアードにこそ及びませんが、こちらもかなり盛大なイベントです。2023年は4/14〜10/8の日程で、ドイツ・バーデン=ヴュルテンベルク州のマンハイムで開催されていて、これまでに81万人以上が来場しました。 今回は、このガーデンショーをレポートしたいと思います。 BUGAを目指してマンハイムへ マンハイムの街。Antonina Polushkina/Shutterstock.com 私の生家はミュンヘン近郊のバイエルンにあり、今回の目的地であるマンハイムまではなかなかの距離があります。特に、鉄道を使えばなおさらです。ドイツの鉄道会社は日本ほど予定通りに運行しないこともあり、より大変ですが、それもまた旅の醍醐味ですよね。というわけで鉄道での行程を選び、ローカル線を乗り継いで到着した、人生で初めてのマンハイム。BUGAがなければ、生涯訪れることはなかったかもしれません。 天気にも恵まれた青い空が広がる日、26℃という過ごしやすい気候のもと、開場から30分ほど経った午前9時半ぐらいにエントランスに到着しました。ちょうど学校が数週間の夏季休暇に入る直前の時期だったため、集まっていた学生や幼稚園児のグループの数に圧倒されてしまいました。ちなみにBUGAは14歳以下の入場料は無料。若い世代に来てもらうためには、とてもいいアイデアです。 3歳から18歳ぐらいまでの子どもたちが数百人、教師やサポーターと共にBUGAにやってきていました。学期末の体験先としてBUGAを訪れ、熱心に生き生きとした体験をしているのは素晴らしいことですね。もっとも、遠足なので、どうしても行かなくてはならないのかもしれませんが。みんな飲み物やお菓子をいっぱいに詰めたバックパックを背負っていました。まだメインゲートに入る前から、小学4年生ぐらいの子どもたち30人ほどのグループが「Essen Essen Essen…」、つまり「食べたい!」と叫んでいるのを聞きました。日本では、これほど強く自分の要求を表明する姿は想像しづらいかもしれませんね。 入り口を入ってすぐに、芝生に広がる大きな木陰に幼稚園児たちが座り、朝食を楽しんでいる様子が見えました。ちょうどいいタイミングでBUGAを訪れたからこそ見ることができた、のどかなワンシーンです。私は子どもが大好き。ガーデナーとしても一人の母親としても、子どもたちを自然や緑と結びつけるのは、私のライフワークです。エントランスエリアにはたくさんの花壇があり、色とりどり、高さや葉の形もさまざまな宿根草が溢れんばかりに植えてあります。古い大きな木や広々とした緑の芝生が広がる背景と相まって、息を呑むほど美しい光景でした。 BUGAの2つのエリア ルイーゼンパークとスピネッリパーク BUGA 2023の花々やガーデンのディスプレイは、大きく2つのエリア、ルイーゼンパーク(LUISEN PARK)とスピネッリパーク(SPINELLI PARK)に分かれ、さらにエリアごとにテーマが設定されています。広大な面積のこのガーデンショーでは、2つのエリアはおよそ2kmも離れているので、どちらから見るかで印象が変わってくるかもしれません。今回、私はルイーゼンパークのほうから会場に入りましたので、ここからはルイーゼンパークの様子をレポートします。 さまざまなエリアのあるルイーゼンパーク 私にとって、ルイーゼンパークからの入場は大正解でした。豊かな緑に、よく馴染んだ構造物や花々は、穏やかな気持ちにさせてくれます。このルイーゼンパークは、1975年にもBUGAの会場となった場所。BUGA 2023にあたり、中央エリアの一部を改修して、リニューアルして利用されています。 さまざまな宿根草が育つ花の玄関ホール グラス類やサルビアなどが育つ宿根草ボーダー。 丈夫でナチュラルな雰囲気、昆虫にも人気の三尺バーベナは、夏のガーデンに欠かせない宿根草の一つ。Gartenbildagentur Friedrich Strauss / Mann, Dirk 約1,400㎡の「花の玄関ホール」には、130種以上の宿根草とさまざまなグラス類が植えられています。宿根草ボーダーの植物の多くは、昆虫が好むもの。昆虫にとって優しく、限られた資源を保全することが意識された植栽になっています。 昆虫に優しい花々を集めたガーデンの一例。最近のドイツでは、こうした昆虫に配慮したガーデンが増えています。Gartenbildagentur Friedrich Strauss / Jutta Schneider/Michael Will Gartenbildagentur Friedrich Strauss / Goldbach, Karin この美しいボーダーガーデンを通り過ぎると、続いて地中海ガーデンが現れます。 バカンス気分を味わえる地中海ガーデン 地中海ガーデンには、イタリアやスペインの雰囲気を強く感じさせる背の高いイトスギが。レンガの壁と温室の前に植えられた、この印象的な2〜3mほどの木により、ガーデンに構造的な美しさが加わります。 地中海ガーデンにぴったりのイトスギ。剪定次第でトピアリーに仕立てることもできます。Gartenbildagentur Friedrich Strauss / Strauss, Friedrich イトスギの間には、少しコンパクトな1~1.4mほどのキョウチクトウが、白やソフトピンク、赤の花を咲かせています。ガーデンのあちらこちらに植えられたシュロの木が広げる大きな葉が優しいアクセントに。木々の合間をつなぐ草花も、ラベンダーなど昆虫が好む花々が選ばれ、豊かに育ちます。 エキゾチックな雰囲気満点のシュロの木。Gartenbildagentur Friedrich Strauss / Strauss, Friedrich そして、ここで見逃せないのが暑さ対策。土壌からの過度な水分蒸発を防ぐマルチング材として、赤や茶色系統の砂利が利用されていました。グラベルガーデンは、夏にふさわしいガーデンスタイルの代表ですね。 地中海ガーデンに欠かせないラベンダーは、グラベルガーデンとも相性抜群。Gartenbildagentur Friedrich Strauss / Lauermann, Andreas 地域の特色が見られる温室 地中海ガーデンに隣接する温室は、いくつかの気候ゾーンに分かれていて、それぞれ特色のある展示がされています。例えばその一つ、 “南アメリカ・ハウス”では、南アメリカ原産の植物たちが育つハウス内に熱帯のチョウが飛び交い、さらにマーモセットや爬虫類、カメなど、地域の小動物が数種飼育されています。ハウスの中では、植物はもちろん、こうした動物たちも間近で観察することができるのです。 温室の隣にはレストランがあり、白、黄、ピンク、赤など、色とりどりのが咲き誇る池に沿った公園の風景を眺めることができます。高さ217mのテレビタワーを見ながら、ゆったりとしたランチやディナーを楽しむのにもぴったりの場所です。今回訪れた7月は、ちょうどスイレンが満開を迎えていました。 ちなみに、ルイーゼンパークの中には何年も前に建てられた素敵な茶館があり、鯉が泳ぐ大きな池や美しいカメリアガーデンを眺めるオリエンタルで落ち着いた雰囲気の中で、ゆっくりとお茶をいただくこともできますよ。 植物以外にも見どころがたくさん 水族館や動物園の人気者、フンボルトペンギン。Eric Gevaert/Shutterstock.com 温室を出てさらに進むと、ガラスに囲まれたプールエリアがあります。ここはなんと、屋外でフンボルトペンギンを見ることができるスペース! 水に飛び込む瞬間や泳ぎ回っている可愛い姿が見られます。隣の湖に浮かぶ「ゴンドレッタ」と呼ばれる黄色いシェードがついたボートも、ペンギンのビュースポット。公園の小さな湖を周回する約1.8kmのコースを、およそ50分かけて航行します。パドルもないこの小さなかわいいボートは水中ロープでつながれていて、誰も何もしなくても魔法のように動き出すのです! 今回は時間の関係で乗船できませんでしたが、ボートに乗る子どもたちや大人たちは、見るからにリラックスして幸せそうで、とてもうらやましかったです。 ほかにもたくさんの鳥がいる広々としたエリアもあり、高さ16mまで飛ぶコウノトリをはじめ、数羽の鳥を見かけました。ファームエリアでは、ニワトリや羊、ポニーなどがいて、よく手入れされた屋外や屋内のスペースで触れ合うことができます。子ども連れの家族に人気のスポットで、長時間過ごす人もたくさん。美しい自然に囲まれ、動物たちとこれほど近くで触れ合えることはとても楽しく、興味深い体験になるはずです。 コウノトリ。Gartenbildagentur Friedrich Strauss / Fotohof Blomster 移動可能なレイズドベッドは人気アイテム BUGAの会場内を結ぶゴンドラ。Ingrid Balabanova/Shutterstock.com 会場内を結ぶゴンドラ乗り場のすぐ近くには、背の高い木々や低木の間に「パークファーム」がありました。ここで目を引いたのは、移動可能なカラフルなレイズドベッド。コンパクトなパレットサイズで、上部に木製のケースが付いており、フォークリフトや専用のリフターで簡単に移動できます。こうしたレイズドベッドなら、どこにでも必要な場所に簡単に設置できますね。このアイテムは最近ドイツで人気があるようで、ホテルから公園までの道のりでも、道路脇や他の公園などにこうした植栽をたくさん見かけました。 友好都市との絆の証も ルイーゼンパークの中には、マンハイムの友好都市の記念庭園もあり、およそ800㎡のエリアに個性豊かな12のガーデンが集まっています。こうした庭園は、友好都市との絆の証になりますね。 友好都市の庭では、それぞれの地域における典型的なライフスタイルを表した庭づくりを見ることができます。このエリアが完成したのは、2022年夏。マンハイムと姉妹都市の若い庭師、学生、見習いガーデナーが参加した国際サマーキャンプ中に行われました。このサマーキャンプの参加者が、たったひと夏の間にこれほどのガーデンを作り上げたのは驚くべきことです。植物がルイーゼンパークに馴染むまでに与えられた時間は、基本的にこの夏の間だけですが、ガーデンにはベンチや椅子など、座れる場所も用意され、公園全体には、くつろいだり、休憩したり、リラックスするための場所がたくさんある、素敵な空間が出来上がりました。きっとこの庭は今回のBUGAだけでなく、長い将来にわたって保存され、親密な絆の象徴となることでしょう。 Gartenbildagentur Friedrich Strauss / Strauss, Friedrich このように、植物やガーデンは、ユニークかつ素晴らしい友好の証になります。自宅の庭で育つ植物を友人にプレゼントすれば、月日とともに成長する思い出になりますし、ガーデニングのアイデアや経験をシェアするのも素敵なコミュニケーションになりますね。 ルイーゼンパークではこのように、ガーデンに関するさまざまなアイデアや組み合わせの実践例を見ることができます。7月、8月と、ヨーロッパで夏のピークを迎えるこの時期は、ガーデンを訪れるのにぴったりの季節です。 BUGAのエリアは非常に広大なので、今回はご案内するのはここまで。もう一つのスピネッリパークは、ルイーゼンパークから7分ほどゴンドラに乗った場所にある、約60ヘクタールの庭園です。次回はこちらのガーデンをご紹介しましょう。
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フランス
パリのサステナブル・ガーデンショー「ジャルダン・ジャルダン2023」
パリのガーデニングの最新情報を知るイベント 日本と同様、6月はバラ、シャクヤク、アジサイと、次々に花が咲きあふれる季節。フランスでもガーデンイベントが集中する時期です。 2023年はコロナ明け2年ぶり開催だったパリのアーバン・ガーデンショー、ジャルダン・ジャルダン。18回目を迎える今年は例年のリズムを取り戻し、6月最初の週末(2023年6月1~4日)にチュイルリー公園の一角で開催されました。 テーマは「豊穣でレスポンシブルなリソース・ガーデン」 今年のテーマは「環境に負荷をかけない」「人にも他の生き物にも寛容な、資源としての庭」また、「人が原点回帰して元気を取り戻せるような庭」といったイメージで、エコロジーやサステナビリティを強く意識したガーデニングという今日的なメッセージがダイレクトに伝わってくるものでした。 庭のオーナメンタルなアクセントにもなる個性的なデザインのトレリス。 これまでも、都市緑化・アーバンガーデニングに的を絞った構成が、小規模なガーデニングショーならではのピリリと気の利いた存在感を放ってきましたが、今年はさらに自然環境・生物多様性保護に貢献する、現在と未来へ向けてのアーバン・ガーデンのあり方を模索する示唆に富んだ内容になってきました。 フレンチ・ガーデンの伝統を表現する幾何学的なトピアリーをアクセントにした端正な庭も健在。 大(50~200㎡)小(15㎡)合わせて三十数個のショーガーデンと、80ほどのガーデニング関連の出展者たちのプレゼンテーションに共通している、サステナビリティやエコロジーへの配慮は、もはやパリのアーバン・ガーデニングのマストになったといえるでしょう。 人と自然に優しいガーデンのかたち 「責任感があり、自然にも人にも優しい豊穣な庭」というキーワードをもとに展開された庭は、都市のヒートアイランド現象の蓄熱を抑える緑の働きや、土壌の大切さ、水の大切さを振り返るようなコンセプトのものが多く、積極的にリサイクルやリユースを利用したデザインや、温暖化に対応した水を大量に必要としない丈夫な植物にスポットを当てたドライガーデンなどが見られました。また、ワイルドフラワーと、オーナメンタルかつ食用にもなるハーブなどのエディブルな要素を分け隔てなくランダムに植栽に取り入れつつ、懐かしい田舎の庭を思わせるようなガーデンなど、全体的にはナチュラルな雰囲気ながら、さまざまなスタイルの庭が提案されています。 フェ・ドモワゼル(ドモワゼルの妖精)の庭(Demoiselle VRANKENがスポンサー)。 そのなかで、メインガーデンのデザイン大賞に輝いたのは、庭づくりの匠、フランク・セラによる作品でした。フランスの田舎の祖父母の家の庭をイメージした、レトロで新しいナチュラル・ガーデンです。エディブルな植物とワイルドフラワーが交じりあって彩る、丸太で構成された小道を通って庭に入り、中央の池の上を渡っていくと、涼しい日陰の小さな小屋や、ひっそりメディテーションしたくなるようなシーティングスペースが待っています。 ナチュラルな田舎の風景を思わせる、ワイルドフラワーが彩る丸太の小道を通って、池を渡り、小さな小屋へ。 ポタジェの野菜やハーブを収穫して皆で賑やかに食事したり、植物に囲まれてゆったりとくつろいで英気を養う…人の暮らしと自然が温かに共存するこの庭で、池の水は生命の象徴として取り入れられていました。 スモール・アーバンガーデン大賞が新設 涼やかなシェードの下に、食事が楽しめるテーブルコーナー、ゆったりくつろぐためのコクーンのようなシーティングと、アイデアが盛りだくさんの小さなガーデン。 また、新たに創設されて注目を集めたのが「スモール・アーバンガーデン大賞」です。15㎡という狭小な敷地は、一般的なパリのバルコニーやテラスなどにもすぐ応用できるリアリティのある面積。「小さな空間に大いなるアイデア」という選考基準をもとに、書類審査された9つのガーデンが、実際に会場に設置されました。木材などの自然素材、リサイクルやリユースの素材を上手に使って、狭い中にもそれぞれの個性が生きる素敵なスモール・ガーデンが並びます。 「スモール・アーバンガーデン大賞」に選ばれた「出現 Apparaître」。 大賞に選ばれたのは「出現 Apparaître」というタイトルがついたガーデン。リサイクルのガラス素材などがうまく組み合わされて、透明感と反射の加減で空間を広く軽やかに見せる工夫がなされています。 「スモール・アーバンガーデン大賞」に選ばれた「出現 Apparaître」。木材とガラス材を多用した空間の構成が面白い作品。植栽はシンプルに、ワイルドなグリーンで。 今年のシャネルはオレンジ・ガーデン さて、見逃してはならないのが、毎年楽しみにされているシャネルのガーデンです。ハイブランドの世界観を表現するガーデンは、いつも上品かつスタイリッシュ。今年はシャネルのパルファンの5つの基本の香りの中から、ビターオレンジ(橙、Citrus aurantium)をメイン・テーマにしたガーデンです。 ビターオレンジの若苗が、南仏のオレンジ畑の風景を彷彿とさせます。 イル=ド=フランスをはじめ、フランスのほとんどの地方では露地栽培が不可能なオレンジの木ですが、シャネルのパルファンのために、温暖な南仏の契約農家で、環境に配慮した無農薬栽培で大切に育てられた花が採取されているそうです。 ブース内ではビターオレンジから作られる香料ネロリとプチグランを嗅ぎ比べたり、香料や香水の製造過程について学べます。 かつては盛大だった南仏のビターオレンジの栽培も、化学的な香料の発展で現在は大幅に減少してしまっています。シャネルでは契約農家とともに、700本のビターオレンジを新たに植樹して無農薬栽培のオレンジ畑をつくっています。畑の造成は、南仏で昔から使われている石壁制作の技術を専門学校の生徒たちに伝授する機会にするなど、伝統技術の継承の場にもなっています。 子どもたちのためのワークショップの特設スペースもとってもおしゃれで、参加できる子どもが羨ましい。 ガーデニンググッズもカッコよくサステナブルに 大手ガーデンセンターによるガーデニング超初心者さん向け定植体験ブース。バジルやラベンダーなど、たくさんの植物の中から好きな苗を選んで植木鉢に定植。家に持ち帰れます。 ガーデニンググッズにも、やはりリサイクル、リユースといったサステナビリティを大切にしたデザインが見られ、会場のさまざまな製品のプロトタイプのトレンドになっていました。最新のリサイクル技術などを取り入れ、かつ自然な素材や伝統的な技術にも目を配った、エコロジカル・ガーデニングに欠かせないお洒落なプロダクトを発見するのも、会場での楽しみの一つ。 こちらは軽さがポイントのテキスタイル製のアウトドア用コンテナーシリーズのプロトタイプ。10年以上の耐久性があり、かつ何度かのリサイクルが可能な素材が使われています。 最近はすっかり一般化してきた素焼きのオヤ(Ollya)。水やり回数を抑えることができる優れもの。 パリのハチミツ業者のブース。時期により蜜源は変わるが、写真は世界的なハチミツコンクールで入賞したものだそうで、さすがに一際味が濃くて美味しい。 また、庭といえば、養蜂を趣味にする人も多いフランス。パリのハチミツ業者も出店。農薬などの使用がほとんどないパリのほうが、農業地帯よりもよいハチミツが採れる、のだそうです。時期によって蜜源が異なるので、味も軽いものから複雑で深いものまであり、中には世界ランキングでも評価の高い美味なパリ産ハチミツも。 憧れのクラシカルな温室 そして、ヨーロッパらしさが溢れているのが、おしゃれな温室です。大小さまざまなサイズ展開で、展示されている色に限らず、カスタムメイドもできます。庭に温室があれば、寒さに弱い植物の冬囲いや播種にも便利ですし、または、お茶を飲むスペースなど、部屋が一つ増えたようにも使えます。お値段は張りますが、いつかは欲しい、憧れの温室です。 無農薬有機栽培の野菜・ハーブ苗 無農薬栽培で育てられた伝統野菜や希少品種の野菜苗たち。 さて、サステナビリティへのこだわりは、苗販売にも行き届いていて、無農薬・有機栽培で育てられたじつに多彩な野菜の種子と、この季節すぐ植えられる苗も揃っています。話を聞くと特に伝統野菜に力を入れているそうで、例えば、フランスの家庭のポタジェ(菜園)で栽培するのに一番人気のトマトなどは、それだけでも何十種類もあります。 自家栽培の固有種、伝統種の野菜や花の種がよりどりみどり。 食文化が豊かなフランスでは、野菜や果物の品種にもこだわって栽培する人が多い様子。私も一般的なガーデンセンターではほぼ見つからないカクテル・キュウリの苗を発見、お買い上げできて大満足でした(翌日さっそくポタジェに定植、収穫できる夏になるのが楽しみです!)。 すべてはご紹介できなかったのですが、会場では、こだわりのガーデナーもガーデニング初心者も、誰もが満足できる展示・物販がどこかに用意されています。しかもフランスの6月は、野外にいるだけで気持ちのよい季節でもあり、大変満足度の高いイベントになっています。 セイヨウボダイジュの並木はカフェサロンに早変わりして、くつろぐ来訪者たち。 さらに、会場のチュイルリー公園は、花が咲き始めたセイヨウボダイジュの並木道が美しい、彫刻作品なども充実した有数の歴史的庭園。ちょうどバラの季節でもあり、会場を出てからも、美しい庭の世界の延長をうっとり楽しむことができるのも、いいところ。今後も注目していきたいイベントです。 チュイルリー公園、花が咲き始めたセイヨウボダイジュの並木や、バラが植栽されたクラシカルな美しい庭園空間が広がります。
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フランス
【フランスの庭】ル・ヴァストリヴァル、プリンセスの庭
プリンセスの庭の始まり 庭づくりの始点となった、コテージガーデンの雰囲気がある建物周辺と、針葉樹にクレマチスが這うフォレスト・ガーデンへの入り口(写真右)。 前回ご紹介したヴァロンジュヴィル=シュル=メールの近隣に位置するこの庭は、第2次世界大戦後の1950年代に家族と共にフランスに移り住んだモルダヴィア(現モルドバ民主共和国)のプリンセス、グレタ・ストュルザ(Greta Sturdza 1915-2009)によってつくられました。かつて作曲家のアルベール・ラッセルの住居だったという、荒れ放題になっていた小さな家と12ヘクタールの土地を気に入って購入した彼女は、ここを「四季を通じていつでも美しい庭にする」と決意します。 ガーデニング成功のカギ フォレストガーデンは、さまざまな樹木や草花の協奏曲のよう。よく見ると、植栽の足元はみな枯れ葉でマルチングされています。 家の周辺からマツやカシなどが生える林の方に向かって、ぼうぼうの草地を整備するために、プリンセス自ら生い茂ったシダを抜きとるところから始まった庭づくり。まったくの独学ながら、それまでに住んだモルダヴィアとノルウェーでの経験から体得していたことが、彼女の庭づくりの大きな指針となりました。それは、若木の定植を丁寧に行うことと、マルチングを欠かさないこと、この2つです。枯れ葉やコンポストなど、現場にある自然の材料で行うマルチングは、土壌を保護しながら豊かにし、乾燥を抑え、冬には防寒にもなる優れものです。 さりげなく庭の片隅に積み上げた枯れ葉などは、そのままコンポストになる。 美しき調和、庭風景の秘密 高木からグラウンドカバーまで、それぞれの層がしっかり確保され、重なるように景観が作られている。 そして、絵画のような圧倒的な美空間を構成する秘密は、プリンセス・ストュルザが自ら開発したという、高木からグラウンドカバーまでの植物層を明確に分けつつ重ねる構成と、透かし型の剪定です。 雨が多く湿度が比較的高い、また海沿いの強風が吹き付ける土地柄から、庭園での倒木の危険を避け、樹冠に風と光を通すための樹木の剪定は必要不可欠でした。 剪定で形作られたシャクナゲの大木の幹は、独特な美しい造形を見せている。 樹冠部分を十分に透かし、枝の重なりを段々状に整えるような剪定によって樹形が作られます。そのことで、庭の構成に美的なタッチが加わり、さらに生まれるグラウンドカバーから灌木類、中木、高木へときれいな層の重なりのグラデーションが、この庭ならでは。どこから見ても美しい光景を描き出しています。また、しっかり剪定された樹木がある層の下に密に植栽されたグラウンドカバーの植物は、マルチングと併せて、雑草の繁殖を防ぐという意味からも有用です。 和庭園で行われている透かし剪定ともまた違った、オリジナルな剪定により形作られた樹木が庭のデザインのポイントになっている。 四季の美をつかさどる植栽コレクション 森に自生する丈夫な花、ドロニクを群生させた一角は、春らしいナチュラルな華やかさ。 植栽の選定もこの庭らしい魅力が現れているポイントです。プリンセス・ストュルザの植物選びは、徹底した自らの審美眼と、自然に寄り添うものでした。庭好きの例に漏れず、彼女の植物へ向けられた情熱には並々ならぬものがありました。シャクナゲ、ツツジ、ビバーナム、アセビ、ミズキ、ウツギ、アジサイ、マグノリアなどは土地柄によく合い、彼女の美意識にもかなって、それぞれたくさんの品種が植えられ、庭園に彩りを加えています。 さまざまな針葉樹も庭のデザインポイントに。 例えば園内に700本以上が植えられている、大型のものでは10m以上にもなるシャクナゲは、開花時期の異なるさまざまな品種を選ぶことで、12月(Christmas cheer)から翌年9月(Polar Bear)まで次々に咲き継ぎます。花や葉の造形的な美しさとともに芳香も放ち、庭の四季を彩ります。 オレンジベースのツツジと銅葉のヤグルマソウ。 プリンセス・ストュルザは、気に入った品種はどんどん取り入れ、何年かかけて観察し、必要があれば場所を変え、結果、自分の望む庭のイメージに合わないものは容赦なく撤去するというスタイル(他の庭園愛好家に分けるなどして)で、庭の植物を選定していきました。この地の自然の気候の中でよい状態で生き残る丈夫さを必須条件とし、温室などの設置はしていません。 フォレストガーデンを抜けて、開かれた傾斜地へ続くエリア。さまざまな雰囲気の植栽の島々が芝地に連なっている。このエリアでは維持管理だけでなく、現在もプリンセスが育成した庭師たちにより新しい作庭が続けられている。 特定の植物を多品種網羅するという植物学的な意味でのコレクションではなく、野生種も希少な栽培種も含め、あくまで彼女の審美眼に沿って長年選ばれてきたことで、庭のための魅惑的な植物が膨大にコレクションされました。 こちらも、フォレストガーデンを抜けて、開かれた傾斜地へ続くエリア。 コレクションには希少な植物が多数含まれていますが、希少性よりも大切なのは、自らの庭のイメージと全体の調和です。オークやシラカバ、ヒイラギなどの自生の樹木は積極的に生かしながら、エキゾチックすぎる竹類やユーカリや木生シダなどは、ノルマンディーらしい風景にならないとして取り入れていません。逆に、冬の庭の見所となる針葉樹類の珍しい品種などは積極的に取り込んでいます。 オーナメンタルな樹木を積極的に利用。 また、「四季を通じて美しい庭」というコンセプトにとって“冬にも美しい庭”を実現することが特に重要な部分です。落葉樹の葉がすべて落ちた冬季に、開けた空間で何を見どころとするか。それは、常緑樹の姿や装飾的な風合いを持つ樹木の幹の色や形、質感などで、それらが冬の庭を魅力的にするということをフランスでいち早く広めたのも、プリンセス・ストュルザの功績の一つといえるでしょう。 プリンセスの贈り物 ノルマンディーの地での庭づくりに当たっては、95歳で亡くなる2009年まで、庭のコンセプト作り、植栽のプランニングばかりでなく、芝刈りや雑草取り、花がら摘み、樹木の剪定に至るまで、ガーデニング全般をプリンセス自らが率先して行っていました。 こちらはハンカチの木やシラカバがアクセントに使われ、グリーン〜ホワイトのグラデーションが爽やか。 また、庭園を公開し始めてからは、見学者の案内も自らが中心となって行ったプリンセス・ス トュルザ。彼女はお気に入りの植物について熱意を込めて見学者に語り、惜しみなく知識をシェアし、フランスの園芸愛好家たちや造園・園芸界に多大な影響を残すことになります。雇った庭師の数はそう多くなかったといいますが、そこは庭主自らが実際の庭仕事を知るガーデナーだったからこそ。実用的でローコスト・ローメンテナンスのナチュラル・ガーデニングを実現させるための知恵が、そこかしこに組み込まれている庭にもなったのです。 現在は遺族が所有する12ヘクタールのこの庭園は、プリンセス自らが庭仕事をレクチャーした4人の庭師たちによって維持管理が続けられています。ノルマンディーの地にやってきた北方のプリンセスの審美眼と植物への情熱、弛まぬ努力が生んだ、四季を通して美しい珠玉の庭園。機会があれば季節を変えて、何度でも訪れてみたいものです。 春先は美しい新緑に魅了されるこのエリア、秋には日本とはまた違った紅葉の風景が見られるはず。
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フランス
【フランスの庭】ノルマンディー珠玉の庭園「モルヴィルの庭」を訪ねて
ノルマンディー地方の名園「モルヴィルの庭」 クリビエ邸の近くに位置する「オレンジの庭」コーナーは、イエロー〜オレンジ色の植栽に美しく彩られたアンチームな空間。 ノルマンディー地方、英仏海峡を望む断崖絶壁のあるヴァロンジュヴィル=シュル=メールの村は、冬も比較的に温暖かつ降雨量が多いという庭づくりに恵まれた環境ゆえか、フランスでも選りすぐりの名園が集まる場所として知られています。 その中でも、いつか訪れてみたいと思い続けていた庭が、フランス造園界の貴公子と呼ばれたパスカル・クリビエ (Pascal Cribier)が40年以上をかけてつくり続けた自邸モルヴィルの森の庭です。 フランス造園界の貴公子パスカル・クリビエ アメリカ原産の球根花カマッシアは、この地にもよく合い、手がかからずに美しく、クリビエもお気に入りだったとか。背景には満開のビバーナム。 パスカル・クリビエ(1953- 2015)は、モデル、仏ナショナル・チームに所属するカートのレーサーなど、造園家としては異色の経歴の持ち主。アートと建築を学んだのち、パートナーのエリック・ショケが1972年にモルヴィルの森の土地を購入したことがきっかけで、独学で庭づくりを始めます。富裕層が主な顧客であったことから造園界の貴公子と評され、また、施主との意見が合わないとさっさとプロジェクトから手を引くこともあったため、自由分子と呼ばれることも。 庭づくりにあたっては、自然に対峙しその意を汲みつつ、細部にわたって自身の美意識を貫きました。ルイ・ベネシュとともに手がけたチュイルリー公園の大規模改修プロジェクトなど、数多くの優れた庭園デザインが国内外に残っています。 モルヴィルの森の庭 かつては放牧地と森だった、急傾斜で断崖絶壁の海へと下っていく10ヘクタールの土地は、クリビエにとって実験の庭となります。急斜面ゆえに、トラクターなどを乗り入れることができず、庭づくりはクリビエとショケ、そして2人を支えた地元出身の庭師ロベール・モレルの3人によって、すべて手作業で行われました。3人亡き後の現在は、クリビエの弟ドニ・クリビエが庭園を継承し管理に当たっています。 下枝は残しつつ大胆に透かし剪定された独特のフォルムの松。 海への眺め、空への眺め 下枝は残しつつ大胆に透かし剪定された独特のフォルムの松。 樹齢40年以上の見事な姿で来訪者を魅了するクリビエらが植えた松の木々は、日本庭園とはまた違った形で厳しく剪定された、独特のフォルムが印象的。剪定は真向かいの海からの強風による倒木を避けるために必須であったとともに、独自のフォルムを形作る手段ともなりました。また空への眺めを確保し、光を通すために積極的に木々の枝を透かす剪定手法が、独自の美的な景観を作り出しています。 クリビエ邸の居間の窓からの海に向かう見事な眺望も、もともとあったものではなく、彼らが切り開いて作り出した景観。一刻一刻変わる海と空の光の表情は、一日見続けても飽きません。 自宅窓から海へ向かう眺めは、天候によって、また時間によって、さまざまに表情を変える。 悪条件もチャームポイントに すり鉢状の渓谷に続く芝地。しっかり形作られたオークの木がアクセントになっている。 丸みをつけつつ刻まれた溝は、手作業で作られた排水のための手段だが、見た目も美しく面白い効果を出している。 夏には野の花が溢れる草原を越えると、オークの大樹がある、すり鉢状に傾斜した芝地に至ります。粘土質の土壌ゆえに水はけが非常に悪いという条件を改善するために、手作業で刻まれた溝が、そのままデザインのアクセントとなっているのも見事なセンスで感動します。 植物へのこだわりから生まれるデザイン モルヴィルの庭では、在来の植物も栽培種の植物も、それぞれの特性に合う場所を選んで共存しています。植物の特性と土地の条件を見極めて適材適所に配置することは、その植物がしっかり育つためにも、その後のローメンテナンスのためにも必須。実地で庭づくりを学んだクリビエの植物への造詣は深く、「庭づくりをより完璧なものにするために」と協力を依頼された植物学者も驚くほどだったといいます。植物をよく知ることが、庭のデザインにとっても非常に重要だということを体得していたのでしょう。 海に向かって芝地を下る途中にあるカツラの木。枯れ葉の香りからカラメルの木とも呼ばれるが、フランスでは珍しい。 例えば、日本では方々に自生するシャクナゲやツツジ、カメリアなどは、フランスでは希少で栽培の難度が高い花木です。しかし、多雨に加えて酸性が強い土壌を利用して積極的に庭に取り入れた結果、いまでは見事に育った姿が見所の一つになっています。 日本には自生するお馴染みのカメリア。フランスでは難度の高い希少な花木として大人気。 カメリアやツツジがラビリンスのような一角を作っていたり、また、森の中にポツポツと植えられたカメリアが既存の森の植物たちと自然に調和した風景も魅力的。一見、自然のままに残したように見える森エリアの散策路には、自らのお気に入りのグラス類をさりげなく補植してボリュームを調整するなど、細かに手が入っています。 シラカバの枝葉を透かして柔らかい光が降り注ぐヒイラギのラビリンスは、オリジナルかつポエティック。 また、ヒイラギの生け垣とシラカバの木々を合わせたラビリンスは、シンプルな組み合わせながら詩的で素敵な空間に。合わせて植栽されたマンサクが咲く早春の情景をイメージして作られた場所だそうで、その頃にはさらに素晴らしい景観が見られるのだろうと想像します。 シャクナゲやカメリアなど、日本でも馴染み深い花木たちが、ノルマンディーの地でも愛されている。 庭の管理をラクにおしゃれにするデザイン 庭の至る所で出合うスカート型剪定の生け垣。 また、敷地のスペースや、車も通る道路の区切りに使われている生け垣の裾広がりの形にも注目です。スカート型剪定と呼ばれる、クリビエが好んで生け垣に使った形ですが、優雅な雰囲気を醸しつつ、じつはこれで下方の枝にも光が当たりやすくなり、また生け垣の下に生える雑草抜きをしなくて済むという、優れモノなのだそう。用の美の精神が至る所に行き渡ったクリビエのデザインの一例です。 庭園入り口近くのコーナー。デザイン性に富んだ果樹と灌木・多年草を合わせた植栽。 それぞれの植物への深い理解と愛情をもって、地の利も不利も生かしきって、自然と人為が美しく協調したクリビエの現代の庭。変奏曲を奏でるように美しくさまざまな表情を見せるそのデザインの根底には、自然と対峙し、完璧な美の世界を完成するために、どこまでも自らの意志を貫き、コントロールしようとする、フランスのフォーマル・ガーデンの伝統が滔々と流れているように感じられたのが印象的です。
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フランス
【フランスの庭】パリのナチュラルガーデン「カルチエ現代美術財団の庭」
街中に季節を映す緑のショーケース 美術館の前に来ると、ショーケースのような高い透明なガラスの壁に囲まれた、自然の草地のような緑の風景が現れます。緑の空間の向こうには、ジャン・ヌーベル設計のガラス張りのシンプルモダンな美術館がそびえています。建築のボリュームはかなり大きいにもかかわらず、素材の透明感と緑の存在で、軽やかな心地よい空間になっているのはさすがです。 庭園には美術館の入場券がないと入れないのですが、ガラスの壁の外側からも、庭の様子が街に向かって展示されているかのようによく見えるので、近くを通行する人々も季節を映す緑を感じることができる設計になっています。 毎年この季節は、スノードロップ、スノーフレイク、水仙やクロッカスなどのスプリングエフェメラルが春の訪れを告げるように咲く姿が、じつにチャーミング。 早咲きの桜はいつも3月を待たずに満開になって、春先の庭に彩りを添えています。 街に自然を呼び込む庭「テアトラル・ボファニカム」 自然な草地といった雰囲気の庭園内。 庭の中に入ると、まるでごく自然な草地に来たよう。いわゆる雑草と呼ばれる、イラクサ(ネトル)など野生の植物たちにも居場所が提供されている、かといって放置された草地とは違う、庭らしく人の手が入った調和の取れたナチュラルな風景が広がります。 奥の小屋は映画監督アニエス・ヴァルダの作品「猫の小屋」(2016年)。 4,500㎡ほどのこの庭がつくられたのは、美術館の建物が建設されたのと同時期の1990年代前半。財団からのオーダーにより、ドイツ人アーティスト、ローター・バウムガルデンによって、アート作品として制作されたものです。中世の薬草書に由来する「テアトラル・ボファニカム Theatrum Bofanicum」という名がつけられたこの庭のコンセプトは、都市に自然を呼び戻すこと。それは植物のみならず、そこに集まる鳥や昆虫などを包括する生物多様性を回復しようとするプロジェクトでした。 18世紀には作家シャトーブリアンが住んだ大邸宅と古い庭園の跡地だった場所の由来を生かして、既存の大木などはできる限り残し、植栽にはイル=ド=フランスの気候に合った在来種を選んでつくられた庭には、鳥の声も心地よい、じつに自然な景観が育っています。 戻ってきた生物多様性 現在、この庭には200種ほどの植物が存在しますが、アーティストが気候に合った在来種を中心に選んで1994年に植栽した当初の181種のうち、いまも残るのは3割ほど。つまり当初のリストにはなかった多くの植物が、鳥や風に連れられ庭に招かれて、その一員となっています。 植栽の中には、フランスでも全国的に数が減少している在来種が多く含まれています。例えばジャイアント・ホグウィード(Heracleum mantegazzianum)は、樹液に触れると重篤な光線過敏を引き起こす危険な野草ですが、家畜に危険だという理由でフランスの田園風景からはほぼ消えてしまったその姿を残すために、植栽リストに入っているのだそう。 また、パリの街では巣作りができる場所が減ってしまい、生息する野鳥の種類も数も激減していますが、この庭は行き場をなくした野鳥たちの避難場所にもなっています。2012年と2016年に実施された自然史博物館の調査でも、保護を必要とするような希少な昆虫類、野鳥たちや、都会ではすっかり姿が見られなくなったコウモリの生息が確認されるなど、見かけがナチュラルというだけでなく、実際に生物多様性を迎え入れる場となった庭の姿が確認されています。 自然の庭を守る庭師 時とともに少しずつ植栽が変化し、庭を棲処とする生物たちが増えていくのをずっと見守ってきたのが、専属庭師のメタン・セヴァンさん。庭の始まりの時期からアーティストとともにその手入れをし、作庭意図を完璧に引き継いで管理を担ってきました。この庭の手入れは、除草剤や殺虫剤などの化学薬品は一切使わないナチュラルな方法で行われ、剪定した木や枯れ葉などを含む緑の廃棄物は園内でリサイクルすることによって外にゴミを出さない、灌水は夏場に長期にわたって雨が降らない時期の必要最低限に抑える、など環境に配慮したエコロジカルな管理が行われています。こうした環境への配慮は現在では当たり前になってきていますが、この庭が生まれた90年代前半には、まだまだ先駆的なアイデアでした。 運よく庭で作業をしているセヴァンさんを見かけたら、気さくに庭のいろいろなことを教えてくれます。例えば、手作業で行われる除草でも、すべて除去してしまうということではなく、それぞれがちょうどよく共存できるように、勢いの強すぎるものは数を減らし、あるいは場所を移すなどして、生物多様性に配慮しつつバランスを取っているのだそうです。 通常は雑草扱いだけれど、貧血予防などの薬効もあるネトルが白い花を咲かせていました。通常は葉っぱに触ると棘がチクチクしますが、花の時期は不思議と痛くありません。 温暖化時代への対応 手前右は、新たに加わったコルクガシ。倒木を避けるため切り倒さざるを得なかった古木も昆虫ハウスになって、新しい庭の景観を作ります。 作庭当初から30年近くが経ち、既存の老齢の大木も永遠の命というわけではないので、倒木の危険が出てくれば切り倒し、新たな植樹をせざるを得ません。また、パリ市内では気候温暖化の影響で、より暑さや乾燥に強い植栽が求められるようになってきています。庭の作者であるアーティストの意向を常に汲みつつも、セヴァンさんは環境の変化に対応した手入れの工夫を重ねています。新たに植樹する樹木には、地中海沿岸原産のコルクガシなど当初のリストにはなかった温暖化対応のチョイスが加わりました。長く庭を見守ってきたレバノン杉の大木は、倒木の危険から切り倒さざるを得ませんでしたが、昆虫ハウスという別の形で庭に生かされることになりました。 長年の間に少しずつ姿を変えながらも、心休まる空間とそこに宿るエスプリは変わらない自然の庭、そこには一人の人間が長く一つの庭を見守ってきたからこそ生まれる調和があるように思われます。 アートと庭の親和性 エントランスにはパトリック・ブランの垂直庭園、彼の初期の頃の作品です。 現代アート作品には、しばしば今の時代のその先を予感させるような先見的な眼差しが読み取れます。バウムガルデンの生物多様性の庭も、現在は当たり前になってきたエコロジカル、サステナブルな庭づくりを30年前から実現しているという点で先駆的だったといってよいでしょう。 階段状になった草地とカフェ広場。思い思いにくつろぐ人々。 アートから着想された、人も他の生物も心地よく居られる、心安らぐ調和に溢れた自然の風景が魅力の庭は、今日も庭に招かれた植物や動物たち、散策する大人も子どもも、みんな優しく迎え入れています。
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オランダ
【オランダの庭】 モダンガーデンデザインの先駆け「ミーン・ルイス庭園」<中編>
モダンガーデンの歴史を作ったミーン・ルイス 戸外でデザインするミーン・ルイス。Photo: Mien Ruys Garden Foundation ミーン・ルイス (Mien Ruys, 1904-1999) は、庭園建築家(ガーデンアーキテクト)、及び、景観建築士(ランドスケープアーキテクト)として、オランダ各地の個人や公共の庭園設計に携わり、活動を続けました。今から100年前ほどのこと、彼女は当時まだ珍しかった、宿根草を使った花壇づくりにいち早く取り組み、同時に、直線や斜線、円から成る、単純かつ効果的な幾何学模様をデザインに取り込んで、近代建築にふさわしいモダンガーデンの発展に寄与しました。シンプルで明快なデザインに、瑞々しく生い茂る植栽。それがミーンのトレードマークです。オランダにあるミーン・ルイス庭園では、時代の変化を敏感にとらえて新しいものに次々と挑戦し、試行錯誤を繰り返した、ミーンの軌跡をたどることができます。前編に続き、独創的な庭の数々を見ていきましょう。 〈ハーブ・ガーデン〉(1957年製作、1996年改修) 左/カフェテラスに続くゲートを覆う、長いシュートを伸ばしたつるバラ。赤いローズヒップもたくさん。その右下は芝生の腰かけ(ターフシート)。右/ゲートからのハーブ・ガーデン全景。手前はハーブの植わる小さな花壇スペース。 前編でご紹介した〈ウォーター・ガーデン〉から続くのは、〈ハーブ・ガーデン〉です。〈ウォーター・ガーデン〉をつくった後、ミーンは隣り合うこの区画が塀や建物で囲まれ中庭のようになっていたことから、ここに中世の僧院の中庭をモチーフにしたハーブ園をつくることを思いつきます。 四方を塀などで囲まれ、閉じられた空間となっていますが、木々の影が落ちずに日当たりがよく、開放感があります。庭の中心にあるのは、正方形のスペースに白い砂利が敷き詰められ、セイヨウツゲの生け垣があしらわれたフロア。訪れた時は高さ30cmにも満たない緑でしたが、以前の生け垣はもっと高さがあって、きっちりと刈り込まれた立派なものだったようです。セイヨウツゲが植え替えられたようですね。 周囲にはレンガと貝殻を使ったペイビングが広がっていますが、そこに大小の四角い植栽スペースがフロアを切り取るようにつくられています。ラベンダー、レモングラス、タイム、フェンネル、セントジョンズワート……、小さなスペースにはハーブが1種類ずつ植わります。ハーブは少量あればこと足りるという考えから、植栽スペースが小さいのだとか。 左奥、真っ赤なベンチの前には古い井戸が。 中央に配置された白い砂利敷きのフロアは、この空間をより明るくしています。白い砂利とセイヨウツゲの緑のコントラストが美しいデザインです。生け垣の真ん中に置かれた鉄のオベリスクの先端には、銀色の丸いボールが飾られていますが、これは、中世の英国で、悪霊や呪いをはねのけるものとして窓辺に飾られたガラス玉「ウィッチズボール(魔女の玉)」を思わせるもの。ここでは鳥よけとなっているのでしょうか。このほかにも、中世の僧院の庭でよく見られたものとして、左奥の井戸と、ゲート近くにある「ターフシート(芝生の腰かけ)」があります。ターフシートは座面部分、もしくは全体に芝生が生えたベンチのようなもので、腰かけるのに使われていました。 左/実をつけたマルメロ。右/立ち枯れのアーティチョーク。 中世の僧院では薬草が主に育てられていましたが、この庭に植わる植物も、すべて実用的なものが選ばれています。食用か薬用の植物がほとんどで、塗装に使われるものもあります。訪れた10月上旬、庭の隅にはマルメロの木が重そうに実をつけ、植栽スペースでは立ち枯れのアーティチョークが種子をつけていました。秋冬に楽しむオーナメンタルプランツとして切り取らずに残されているのでしょうか。さらに奥の足元付近には、オレンジに色づいたホオズキが実っていました。 〈サークル・イン・ザ・ウッド(森の中の円)〉(1987年製作) さて、〈ウォーター・ガーデン〉に戻り、木々が生い茂る中の小道を進むと、急に視界が広がりました。〈サークル・イン・ザ・ウッド〉です。森の中にぽっかりと、大きな円の空間が広がっています。訪れたのは、まだ日が完全に昇りきらない午前中だったので、陽光が遮られて薄暗く、神秘的な場所に感じられました。 〈サークル・イン・ザ・ウッド〉は、ミーンがデザインした庭としては後期のものになります。このヨーロッパナラの生える森は、19世紀にモーハイム・ナーセリーの風よけとしてつくられ、機能してきたものですが、1987年に庭園の一部として組み込まれることになりました。その際、森を計測すると、自然に生じた空き地があることが分かりました。そして、数本の木を切り倒しただけで、このような円形の空間が見事に出現したのでした。 ミーンがそこに作ったのは、円形の空間にぴたりとはまるような、大きな丸い花壇でした。花壇の大きな円に沿って歩きながら、足元に広がる緑の正体を確かめようと近寄ると、無数の小さな緑がひしめきあっています。まるで繊細に織り上げられた絨毯のよう。水を含んで、しっとりと鮮やかな緑色に発色しています。 ミーンは当初、この花壇に日陰に育つ植物を数種類合わせて育ててみましたが、「森の中の小さな庭」みたいになってやりすぎに感じられ、植物を1種類に絞ることにします。そして選んだのが、ここの酸性の土壌によく育ち、明るい葉色を持つコミヤマカタバミでした。しかし、単作を保つのは容易ではないとのことで、実際にはコケや他の植物が混じっています。単作を続けていると、土をよい状態に保つのも難しくなるそう。 円形の緑の絨毯はセイヨウシャクナゲでぐるりと囲まれていますが、背丈のあるシャクナゲに囲まれることで、この場所が閉じられているように感じます。一方、見上げれば木々のこずえの開口部から、円形の空間に優しい光が降り注ぎます。ミーンが〈大聖堂〉と呼んだこの場所は、シンプルだけれど印象深い空間です。 右奥に写っている人のサイズと比べると、このエリアの広さに驚くのでは。 1999年にミーンが亡くなった後、2010年の春からは、後輩デザイナーの計画によって、この花壇に白いラッパズイセンが植えられています。訪れた10月上旬は、まだスイセンの葉の存在はまったく感じられませんでしたが、今ごろはきっと、花咲く準備を始めたスイセンのツンツンとした葉が、この空間を面白い景色に変えていることでしょう。 〈ウィークエンド〉(1950年代製作) 〈サークル・イン・ザ・ウッド〉から先に進むと、開けた場所にいったん出ました。その先にある建物に引き寄せられるように、落ち葉を踏みながら進みます。 小道沿いの狭い場所にもグラスやゲラニウムが緑を添えていたり、建物に沿って真っ赤な花を吊り下げたフクシアの鉢が並んでいたり。ひとけの少ない場所にまで植物による演出が見られ、細やかな心遣いを感じます。 〈ウィークエンド〉の名には、庭の裏手にある水路にちなんだ「水路の行き止まり」と「週末」という2つの意味が。 この建物は〈ウィークエンド〉と名付けられたサマーコテージです。ミーンは1943年、庭園のあるデデムスファールトから首都アムステルダムに拠点を移して自身の設計事務所〈ブーロ・ミーン・ルイス〉を立ち上げ、建築家や芸術家と交流することで活躍の場を広げました。 1950年に父ボンヌが亡くなり、その後、両親の家が売却されることになると、ミーンは週末を庭園で過ごすための場所が必要となり、古い豚小屋を建築家に頼んでコテージに改装してもらいます。そして、普段はアムステルダムで働き、週末に庭園に戻るという生活を続けますが、晩年にはここで暮らすようになり、1999年に亡くなりました。 ミーンの設計事務所〈ブーロ・ミーン・ルイス〉は、1979年には父の興した種苗会社モーハイム・ナーセリーから離れて独立した会社となりました。現在は、ミーンから直接教えを受けた設計家のアネット・ショルマが会社を牽引し、庭園建築や景観建築、都市緑化の設計を行っています。また、〈ブーロ・ミーン・ルイス〉はミーン・ルイス庭園のアドバイザーとして、今も庭園の活動を支えています。 建物に対して芝生とテラスの境目が斜めになるよう配されています。Photo: Mien Ruys Garden Foundation 1950年代、戦後の再建期に、ミーンは共同住宅などの公共ガーデンを設計することが多々ありましたが、その際、四角い敷地に対角線を引いたような、斜めのラインをデザインに取り入れました。集合住宅の建物に対して、小道や植栽、テラスなどで斜めのラインを作り、コントラストをつけたのです。この斜めのライン使いによって、この時期の彼女は「斜めのミーン」と呼ばれていました。1960年代に入りしばらくすると、ミーンのデザインから斜めのラインは消え、再び直線や正方形を用いたデザインへと変化しています。 Photo: Mien Ruys Garden Foundation ウィークエンドの小さな庭でも、家に対してテラスと芝生の境目が斜めになるよう設計されています。こうすることで、芝生や植栽が家に近づき、扉を開ければすぐに花や緑が目に入るという効果があります。花壇には、長く咲く、明るい花色の丈夫な宿根草が植えられました。 このコテージは2013年に改修され、新しい屋根と、ガラスの明かり取りのある現在の姿となりました。今は資料館として使われている建物の中に入ってみると、中央に、ミーンと共に働いた建築家で家具デザイナーの、リートフェルトの代表作「赤と青の椅子」が2脚。部屋をぐるりと囲む明かり取りの高窓から自然光が入り、ドア脇の可愛い小窓のそばにはグラスが活けられています。 Photo: Mien Ruys Garden Foundation こちらは改修前の建物の写真。ミーンが暮らしていた頃は、このような姿をしていました。ウィークエンドの庭は、庭園に組み込まれる2006年まで非公開でした。 Photo: Mien Ruys Garden Foundation 庭の中にあるコテージ。ミーンが庭と共に生きたことが伝わります。 〈スタンダード・ペレニアル・ボーダー(標準宿根草花壇)〉(1960製作、1987年修復、国定記念物) 左は3本のメタセコイア。右に実験用花壇が並びます。 〈ウィークエンド〉の建物から少し戻り、〈サークル・イン・ザ・ウッド〉を抜けて出た、開けたエリアにある最初のガーデンです。まだ日が高く昇りきる前に着いたので、高い木々が日差しを遮り、ひんやりとしています。うっすらとモヤのかかるガーデンでは、緑がとても濃く感じられました。 よく刈り込まれた芝生は厚みがあって、フカフカとして歩き心地もよく、振り返ると木漏れ日がとても幻想的。この大きな木々は、ここにいつからあるのでしょう。この庭をずっと見守っている頼もしい樹木に思えました。 調べてみると、この3本の大木はメタセコイアでした。メタセコイアは絶滅したと考えられていた樹木ですが、1940年代に中国で発見され、モーハイム・ナーセリーはその種子を入手していました。この庭のメタセコイアは、その種子から育った子どもたち。長い時の流れを感じます。 芝生の中には石づくりのアート作品が。まるで女性が椅子に座って庭を眺めているようです。このエリアでは、大きな木を引き立てるようにコの字に花壇が設けられています。くすんだ紫花を咲かせるセダム‘ハーブストフロイデ’を背景に、ルドベキア‘ゴールドストラム’の黄花が鮮やか。 ミーンがここに作ったのは「既製品」の花壇です。彼女は1950年代のプレハブ建築に着想を得て、「目的別の花壇キット」を作って販売することを思いつきます。土の質や日照、花壇の大きさや、草花の色合いなど、条件をいろいろと変えて何種類もの「花壇キット」を考え、その見本をここに作ったのでした。植物はどれも丈夫で育てやすく、開花期の長い宿根草が選ばれています。客が、例えば「日当たりがよくて土は酸性、花壇の大きさはこのくらい」と、自分の庭の条件や希望を伝えると、モーハイム・ナーセリーからその希望に合った「花壇キット」の植物苗と植栽図面、育て方の手引書が届くという仕組みでした。個人宅の小さな庭にもフィットする、小さなサイズの花壇もありました。 花壇と花壇は、丸みを帯びた形に刈り込まれた小さな生け垣で仕切られています。生け垣は仕切りというだけでなく、平坦な芝生に立体的な変化をつける役割も果たしています。芝生と花壇の間は、凹凸模様に石のステップが浮き立って、美しい縁飾りとなっています。 コの字形の花壇の向かい側には、株張りが3mほどもあるホンアジサイ‘オタクサ’が茂ります。花がらをそのままにしてあって、その褪せた花色が美しく感じられました。左から丈高く穂を伸ばすのは、タケニグサ。ケシ科の植物で、日本では空き地などにはびこっている地域もあるアメリカの帰化植物です。日本では新規で植えてはいけないケシ科の毒草のようですが、切れ込みがある大きな葉は、霜をまとって存在感がありました。 〈スタンダード・ペレニアル・ボーダー〉を見渡して。 1954年、ミーンは人々にガーデニングの知識を伝えようと、夫のテオ・マウサウルトと共に"Onze Eigen Tuin"(オンズ・エイガン・テイネン、私たち自身の庭)というタイトルのガーデニング季刊誌を創刊しました。ミーンは雑誌や書籍を通じて知識や思いを伝えることで、人々のガーデニングへの興味を後押ししたのですね。この雑誌はオランダで最も古いガーデニング誌として、今も発行が続いています。 〈サンクン・ガーデン(沈床式庭園)〉(1960製作、2015年修復、国定記念物) 一段高い場所から見たサンクン・ガーデン全体。 〈スタンダード・ペレニアル・ボーダー〉の隣のエリアは、一段低く下がった〈サンクン・ガーデン(沈床式庭園)〉です。とても小さいスペースですが、枕木に縁取られた花壇の中はまるでパッチワークのよう。植物リストには37の品種が記載されています。 左/〈サンクン・ガーデン〉から〈スタンダード・ペレニアル・ボーダー〉を見ると、手前部分が枕木1本分ほど低くなっているのが分かります。右/隣り合う〈サン・ボーダーズ(日向の花壇)〉と比べても一段下がっています。 ミーンがこの庭で行ったのは、鉄道で使われた枕木を建材として使うことでした。そのきっかけは、砂丘に庭を設計するよう依頼されたこと。町で、使用済みになって積まれていた枕木を見かけたミーンは、砂丘の高低差を調整するのに使えるのではと考え、トラックの荷台いっぱいに積んで庭園に運び込みました。そして、隣り合うエリアから地面を15cmほど掘り下げて、枕木を仕切りに使って段差をつけてみたり、花壇を作ったりと、さまざまな実験をしながらこの庭をつくりました。 庭の主よろしく大きく枝を広げている樹木は、ヤマボウシです。赤い果実がいっぱい実っていて、美味しそう。春は白い花が咲いて、それもまた見事だろうとイメージできます。ひさしのような枝の下には、枕木の枠と似た、長い木製ベンチが置かれていますが、自由に葉を広げる植物の中で、まっすぐなラインが際立ちます。間仕切りとなって突き出ている枕木の上には石像が置かれて、アクセントに。直線の枕木がさまざまな四角を描くように組み合わさったデザインで、ここにも画家ピート・モンドリアンの色面構成のエッセンスが感じられます。 石像が置かれた向かい側には、丸く水をたたえた器が角に置かれ、これもまた、垂直に組まれた枕木の、四角ばかりの構図の中で、いいアクセントとなっています。這って広がる明るい緑のグラウンドカバーは、ペルシカリア‘ニードルハムズ・フォーム’。ヒメツルソバよりも柔らかな雰囲気で、小さな花が株一面に咲いていました。ここはかなり日陰の庭で、そのため、日陰でもよく見える明るめの花や葉の植物が選ばれています。 近くで見ると葉の形が特徴的な、ペルシカリア‘ニードルハムズ・フォーム’。 枕木の使い手となったミーンは、今度は「枕木のミーン」というあだ名を得ました。その後、庭における枕木の使用はオランダ国内で真似されて、どんどん広まったそうです。日本でも枕木を使った住宅のエクステリアやガーデンデザインを見かけますが、その始まりはミーン・ルイスだったのですね! 〈シェイド・ラビング・ボーダーズ(日陰の花壇)〉(1960年製作、国定記念物) 右手のメタセコイアの下が、セイヨウイボタの生け垣に仕切られた日陰の花壇。 〈スタンダード・ペレニアル・ボーダー〉と〈サークル・イン・ザ・ウッド〉の間に通る幅広の道は、木々に日差しを遮られてひんやりしています。〈スタンダード・ペレニアル・ボーダー〉で見たメタセコイアをはじめとする高木が森のようで、ガーデンは自然の一部なのだなと感じる空間。 この道に沿って、セイヨウイボタの生け垣に仕切られた、日陰の花壇が作られています。この花壇は〈スタンダード・ペレニアル・ボーダー〉の一部として作られたもので、日陰で育つ、強くて育てやすく、花がある程度長く咲く宿根草を試す場となりました。もともとは日向の場所でしたが、両側の木々が育つにつれ、半日陰から日陰の場所となりました。生け垣にセイヨウイボタが使われているのは、大きく枝を広げる木々の下でも育つため。花壇には、多種のホスタやカンパニュラ、アネモネ、ルドベキアなど、さまざまな宿根草が混植されていました。 〈サン・ボーダーズ(日向の花壇)〉(1960年製作、国定記念物) 左右の生け垣も実験の一部。高さと木の種類を変えて作られています。左は落葉するセイヨウシデ、右は常緑のヨーロッパイチイ。 この花壇も〈スタンダード・ペレニアル・ボーダー〉の一部として作られたもので、日向に咲く、丈夫で育てやすい宿根草の実験が行われました。庭の小部屋と小部屋をつなぐようなシンプルなエリアで、両側にある背丈より高い生け垣によって周囲の景色が遮られているため、見る者の意識が自然と、奥の開けたガーデンに集中します。朝早い時間だったためかまだ薄暗く、植物たちはしっとりと落ち着いた印象でした。 植栽は、はっきりとした明るい花色の宿根草が選ばれているとのこと。左奥に見える、風に揺れる細長い白い穂は、日本でも見かけるサラシナショウマ。その株元では紫のつぼみをつけた矮性のアスターやセダムが小道を縁取り、右奥には、フジバカマの仲間、ユーパトリウム‘ベイビー・ジョー’の花が、ちょうど見頃でした。 〈ポンド・ウィズ・リード(トキワススキの池)〉(1960年製作) 四角い池の大きさは2×3m。Tatyana Mut/Shutterstock.com 〈サンクン・ガーデン〉から〈サン・ボーダーズ〉の生け垣の間を抜けると、背の高いトキワススキが大きく茂る〈ポンド・ウィズ・リード(トキワススキの池)〉があります。小さな長方形の池とテラスを、トキワススキがダイナミックな緑のスクリーンとなって引き立てる、小さな空間です。 池には直立的なホソバヒメガマが生え、初夏には白花のスイレンが浮かびます。Tatyana Mut/Shutterstock.com この庭は、1960年代に市場に出た、プラスチック製の「池」を実験するためのものでした。製作時に「池」として設置されたプラスチック製の四角い容器は、およそ60年経った今もそのまま問題なく使われているとのことで、その耐久性に驚かされますね。池の3辺は水際まで芝生を生やし、残る1辺はテラスの敷石を水の上に少し出すことで、池の縁をうまく隠しています。 〈シティ・ガーデン〉(1960年製作、国定記念物) 第二次世界大戦後、町では小さな庭のある家が次々と建てられるようになり、一般の人々も時間的余裕が生まれて、庭やガーデニングに関心を寄せるようになりました。ミーンがここに作ったのは、町で見られる平均的なサイズ(6×10m)の小さな庭、〈シティ・ガーデン〉です。この庭も周囲を生け垣に囲まれて、屋外の小部屋のようです。赤い色に導かれ、飛び石をたどって中に入って行きました。 この庭では、敷石の小道が斜めに配置され、導かれる視線の先に樹木が1本植わっていますが、これはミーンが考案したデザイン上の工夫です。ミーンが庭を広く見せるために見つけた原理は、次のとおり。 斜めのラインを取り入れると、庭が広く見える。樹木を1本植えると、奥行きが生まれる。高さの違う生け垣や塀を配置すると、「長細い庭」に見えなくなる。芝生が端から端まで続くようにすると、庭が広く見える。飛び石の間も芝生を生やすと、小道によって芝生が分断されない。 小さな庭でも、デザインによって平凡でないものが作れるということを、ミーンはこの庭で示しています。 中央付近で振り返ると、赤いフクシアの花とベンチの座面の赤がなんともおしゃれ! 背景のフェンスの高さや椅子の配置、芝生の緑……絶妙なバランスです。よく見ると、右側のミズヒキの赤い穂も色を添えています。 一般家庭の庭を想定している〈シティ・ガーデン〉では、丈夫で育てやすい宿根草が花を咲き継ぐように選ばれていて、また、建材も安価なものが使われています。 左/生け垣の外から見た景色。右/シンボルツリーのように枝を広げるモクゲンジ。 幹肌が苔に覆われた木は、モクゲンジ。袋状の実をつけていました。夏には鮮やかな黄色い花を咲かせ、秋には黄色く紅葉する樹木です。日本では庭木としてあまり使われませんが、ミーンは小さな庭に向くと選んだようです。プラスチックの蓋がついた地面の赤い枠は何かと思ったら、子ども用の砂場。まさに一般家庭の庭ですね。左端の植木鉢にもバーベナの赤花が咲いて、緑に引き立っていました。 このエリアに入って出るまで10歩程度。シンプルなのに見飽きない、親しみを覚えるガーデンでした。シンプルだからこそ、タイムレスな美しさがあるのでしょう。 〈ガーデン・オブ・スクエア(正方形の庭)〉(1974年製作、2014年修復) 〈シティ・ガーデン〉に隣接するのは〈ガーデン・オブ・スクエア(正方形の庭)〉、70年代に作られた庭です。名前の通り、正方形が基本となる庭。正方形の敷石が敷き詰められ、前編でご紹介した〈ウォーター・ガーデン〉と同じく、芝生はありません。正方形の植栽スペースや、正方形の箱のような生け垣、正方形に切り取られた池があって、一番奥には、一段高くなったテラスにひさし付きの木製ベンチが置かれています。直線から成る整理された空間に、さまざまな植物がオブジェさながらに配置されて、美術展示のようです。 正方形の敷石の目地は、約2cm幅と広めです。そこにコケが生えて、格子状のラインがよりはっきりと分かるようになっています。大小の正方形を組み合わせたデザインが、ここでもモンドリアンの絵画を思わせます。正方形の植栽スペースはどれも同じサイズで、奥に見える池だけが、大きな正方形となっています。右手の白い壁の上には、こちらを見下ろしているような女神像がありますが、あの高さから眺めたら四角の配置が一目瞭然なことでしょう。 手前の植物は、黄花を咲かせる、草丈60cm程度のアキレア ‘ムーンシャイン’。その奥の細長い葉は、コアヤメ(シベリアアヤメ)。池の向こう側には、ソリダゴ ‘ファイアーワークス’が黄色の花をたっぷり咲かせています。植栽は、モンドリアンの3原色の絵画と同じく、赤、黄、青の花が咲く宿根草のみが選ばれています。 池のそばから左手を見ると、フェンスのように仕立てられたモミジバフウが緑の帯状に葉を伸ばし、見る者の視線を遮って、隣の庭との仕切りとなっています。その株元付近にも3つの四角い花壇があって、手前から奥に、ゲラニウム・マグニフィカム、コンパクトなルドベキア‘ゴールドストラム’、キレンゲショウマが植わっています。低いものから高いものへ、奥にいくほど草丈が高くなっていることで、遠近感を感じます。 このエリアの中央付近には、見慣れない実をつけた樹木が植わっています。直線で統一されたデザインの中で、波打つ幹が引き立っていました。この樹木は、赤みがかった実が香辛料として利用されているウルシ科のスマック(ルース)。紅葉が美しく、ヨーロッパの庭園ではよく使われる樹種のようです。植物選びも凝っていると感じました。 この庭を訪れた同行のガーデナー、新谷みどりさんは、こう振り返ります。 「この庭は予備知識を入れずに訪れるのも、しっかり勉強してから見るのもどちらも意味のある稀有なガーデンだな、と改めて思います。永遠に変わらないものと常に進化し続けるものが共存する庭だからなのでしょう。サークル・イン・ザ・ウッドに時折光が射し込む風景に感動したのを思い出します。木の実が落ちて、その音が少し響く感じがたまらなかったです」 後編に続きます。前編はこちら。 参考資料:https://www.tuinenmienruys.nl/en/ Many thanks to Mien Ruys Garden Foundation. 執筆協力/新谷みどり
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フランス
【フランスの庭】皇妃ジョゼフィーヌの夢の棲みか マルメゾン城の庭園
皇妃ジョゼフィーヌの夢の棲みか 城館正面。Kiev.Victor/Shutterstock.com ナポレオンとジョゼフィーヌがマルメゾンの土地と城館を購入したのは、2人の結婚から3年目の1799年。まだナポレオンが皇帝として戴冠する前です。ナポレオンの遠征中にジョゼフィーヌがこの地所に一目惚れして購入を決め、ナポレオンが後から承認したという流れだったそうで、最初からジョゼフィーヌのイニシアチブの強さを感じさせます。当時のフランスきってのファッションリーダーだった彼女は、帝政スタイルの室内装飾で自分の好みに合わせて城館と庭園を整えさせました。このマルメゾン城の書斎ではナポレオンにより数々の重要な国事決定がなされ、また多くの華やかなレセプションが行われました。 現在は博物館となっているマルメゾン城内。Kiev.Victor/Shutterstock.com マルメゾンのイギリス風景式庭園 絵画のようなイギリス風景式の庭園が広がる。 当時は塀に囲われた部分のみでも70ヘクタールあったという庭園の姿にも、時代の流れとジョゼフィーヌのこだわりが反映されているのは言うまでもありません(現在残る部分は6.5ヘクタール)。フランス18世紀後半のイギリス式庭園の大流行を受けて、マルメゾン城の主庭にはイギリス風の自然な風景を取り入れた庭園がつくられました。大きな木々の間を静かに流れる小川にはピトレスクな橋が架かり、古代風の彫刻などがフォーカルポイントとなって、絵画のように構成された自然風景の中を、緩やかに曲線を描く園路が続きます。鳥のさえずりを聞きながら緑の中を散策すれば、自然と心が落ち着いてくることに気づくでしょう。フランスの庭園といえば、ベルサイユの庭園のようなフォーマルガーデンがイメージされるかもしれませんが、18世紀以降はイギリス風の自然風景式庭園が数多くつくられています。 オールドローズガーデンの様子、円形のガーデンシェッドがポイントに。 ライムツリーの並木越しに、オールドローズガーデンを眺める。 英国風庭園の一角、人工の岩石や古代風彫刻などが絵画的なシーンを演出。 アプローチはフォーマルスタイル、カマイユーの植栽 Kiev.Victor/Shutterstock.com 一方、城館へのアプローチとなる前庭部分は、メイン・ガーデンとコントラストをなすフォーマルスタイルで構成されています。正面玄関に向かう通路脇は、毎シーズン変わる華やかなボーダー植栽で彩られます。このボーダーは、やはり当時の流行だったカマイユー植栽という、1色の濃淡を主調とする植栽デザインで構成されています。 赤を主調にしたカマイユーの植栽。 ジョゼフィーヌの植物への愛 大温室はもうないが、かつてジョゼフィーヌが収集したバナナの木やベゴニア、ユーカリ、フェイジョアなど、ゆかりのある植物が並ぶ。 マルメゾンでは、イギリス式庭園の絵画的な自然風景、カマイユーのボーダー植栽や、季節のよい時期に飾られるオレンジやレモンの木のコンテナなどから、現在でも当時の姿を十分に偲ぶことができます。しかし、マルメゾンの庭の最大の特徴は、なんといってもジョゼフィーヌが主導した多彩かつ希少な植物コレクションでした。 気候が温暖でさまざまな熱帯植物が繁茂する、植物にとっての楽園のような土地、マルティニーク諸島の貴族の出だったジョゼフィーヌにとって、植物や動物の存在は身近に欠かせないものだったのでしょう。大きな温室を作らせ、海外からもたらされた希少な亜熱帯植物などをどんどん収集しました。遠い南の植物たちの姿に、故郷を懐かしく思い描いていたのかもしれません。とはいえ、そこには常に科学技術の進歩への関心がありました。彼女は、世界中の植物学者や研究者との情報交換ネットワークを築いていたといいます。 ダリアのコレクションも豊富。 モダンローズの母、皇妃ジョゼフィーヌ さらに、ジョゼフィーヌの庭園を歴史の中で不朽のものとしたのは、何よりもまず世界各地から250種を集めたというバラのコレクションでした。英仏戦争の戦火の下、ジョゼフィーヌが取り寄せた英国からのバラ苗は、英仏海峡を越えてマルメゾンに届けられたといい、バラへの想いは戦闘下のいずれの国をも無事に行き来することができたようです。 マルメゾンの庭ではさまざまな品種のバラを栽培していたため、自然交配による新品種が生まれ、それは人工交配によって新品種を生むモダンローズ開発の発端となりました。ジョゼフィーヌが現代に続くモダンローズの母と呼ばれる所以です。また、彼女は生きたバラの花を愛でるばかりでなく、その姿をとどめるため、画家を雇ってコレクションの植物を描かせました。それが、ジョゼフィーヌの宮廷画家として歴史に名を残すことになったピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ(1759-1840)です。 花の画家ルドゥーテのバラ図譜 ロサ・ケンティフォリア Pierre-Joseph Redouté, Public domain, via Wikimedia Commons 写真などはない当時、植物の姿を残す方法は、植物標本とするか、細密な植物画を描くかでした。ルドゥーテの描いたマルメゾンのバラの数々は、そうした意図のもと『バラ図譜』として出版され、植物画の金字塔として大変な人気を博しました。というのも、彼が描いた数々のバラの姿の正確さや精彩さ、それに加わる優美さは、単なるテクニカルな植物画を超えた美術作品としての魅力を放ち、ルドゥーテの『バラ図譜』によって、植物画は芸術としての領域を切り拓くことになったのです。 ●「バラの画家」ルドゥーテ 激動の時代を生きた81年の生涯(1) 幻のオールドローズガーデン ルドゥーテの『バラ図譜』に描かれたオールドローズの姿から、私たちはジョゼフィーヌがマルメゾンの庭で愛でたバラの数々を知ることができます。では、マルメゾンのバラ園は、一体どんな姿だったのでしょうか? じつは、独立したバラ園としてのガーデンが構想されるようになったのは19世紀に入ってから(ライレローズのバラ園など)で、ジョゼフィーヌの当時のマルメゾンのバラは、バラ園としてまとまった形のデザインの中で栽培されていたわけではありませんでした。鉢植えで栽培され、寒い時期には温室で管理して、よい季節には庭園を飾ったバラもあれば、城館の室内を飾るため、あるいは衣裳の飾りや髪飾りとして使うために栽培されているバラもあるなど、さまざまだったようです。マルメゾンのバラは希少なコレクションとして存在するばかりでなく、生活の中にその美しい姿と香りが溢れていたことでしょう。 現在の庭園には、2014年にジョゼフィーヌ没後200年を記念して作庭されたオールドローズガーデンがあります。ここは、彼女のコレクションだったオールドローズの品種を集めた庭で、バラの季節にはジョゼフィーヌの愛でた数々のバラを堪能することができます。 オールドローズガーデンの様子。花期は短いが、バラの香りでいっぱいに。 ワイルドフラワーメドウ(花咲く草原) ワイルドフラワーのメドウガーデン。 最後に、城館内からもよく見えるワイルドフラワーメドウにご案内しましょう。自然といっても整った印象が強い英国式庭園の一角に広がる、ワイルドフラワーメドウの飾らない自然さは心和むとともに、とても印象的。現代のサステナブルな庭づくりを反映しているのかな、と思ったら、じつはジョゼフィーヌの時代に彼女の希望によりつくられていたものを再現しているのだそう。素朴なワイルドフラワーが咲く草原もまた、彼女が幼い頃に親しんだマルティニークの自然を思わせる風景だったのでしょう。 嫡子ができないことを理由に離婚した際、ナポレオンはジョゼフィーヌにマルメゾンを与え、美しい庭園の自然と花々に囲まれて、彼女は亡くなるまでをこの地で過ごします。曇り空の多いイル・ド・フランスにあって、遠い故郷へ想いを馳せることのできる植物が溢れるマルメゾンの庭園は、どれほどにか彼女の心を癒やしたことでしょう。