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京都・奈良 西行ゆかりの桜【松本路子の桜旅便り】
桜を愛した歌人・西行 奈良・吉野山の桜を訪ねてから、桜を多く詠んだ平安末期の歌人・西行のことが気になっていた。 「吉野山 こずゑの花を 見し日より 心は身にも 添はずなりにき」 桜の花が咲き始めると、心が浮き立ち、花とともに宙に舞う、そんな心情だろうか。 またよく知られた歌に、次のようなものがある。 「ねがはくは 花のしたにて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃」 その歌の通りに、満開の桜の下で往生を遂げている。狂おしいほどの桜への想いを、三十一文字に託した西行の生涯。その一端に触れたくて、足跡をたどる旅に出た。 武士から漂泊の歌人に 西行の出家前の名前は佐藤義清(さとうのりきよ 1118-1190年)。鳥羽上皇の御所の北面を詰所として警護に当たる北面武士だった。23歳の若さで出家したが、その動機には諸説ある。「保元の乱などの政治の混乱に嫌気がさした」「高貴な女性に憧れ、失恋した」「親友の死に世の無常を悟った」などだ。 女性への恋慕の情が溢れる歌を読むと、失恋説をとりたい気持ちにもなるが、若くして妻子を捨て仏門に入るのには、これらの出来事が重なったからではないだろうか。また、歌の道に生涯をかけるという覚悟があったのかも知れない。 勝持寺の‘西行桜’ 京都の西南郊外、大原野に西行が出家した天台宗の寺・勝持寺がある。西行が植えた桜が残っていると知り、ぜひ花を見たいと訪ねた。境内の鐘楼堂脇の枝垂れ桜が満開の枝を広げている。桜は西行が手植えの木から3代目にあたり、代々‘西行桜’として親しまれてきた。西行はこの桜の近くに庵を結んでいたという。 ‘西行桜’のほかに境内には約100本の桜が植えられ、「花の寺」と称される。勝持寺は、京の西山連峰のひとつ小汐山(小塩山)の山麓に位置しているので、‘小汐山’と名づけられた桜も、西行ゆかりの桜といえるかもしれない、 勝持寺の庭には西行が剃髪した際に、鏡代わりに使った鏡石が残され、姿を映したとされる瀬和井の泉がある。宝物館の瑠璃光殿には、室町時代に作られた、寄木造りで朱塗りの西行法師像が納められている。 西行がこの地で詠んだ歌から、世阿弥の作とされる能の演目「西行桜」が生まれた。 「花見にと 群れつつ人の 来るのみぞ あたら桜の 科(とが)には有りける」 隠遁生活を送るつもりの寺に花見客が押し寄せ、それを桜のせいだと嘆いている。能では西行の夢の中に老木の桜の精が現れ、「それは桜の罪ではない」と告げる。やがて西行と桜の精の魂は同化し、花の精は洛中の桜の名所を謡いながら、行く春を惜しみ舞う、という優美な物語だ。 庵を結んだ二尊院(にそんいん) 出家後しばらくして、西行は京都・嵯峨にある二尊院に庵を結んだ。二尊院は和歌の歌枕として知られる小倉山の麓に位置する。紅葉の名所でもあり、参道にはもみじと桜が交互に植えられ、四季それぞれ趣のある情景が広がる。 「牡鹿鳴く 小倉の山の すそ近み ただひとりすむ 我心かな」 境内には西行庵跡を示す石碑が立ち、寺の近くにある西行井戸の傍らには、この歌の石碑がある。出家後に、孤高の歌人として生きる覚悟のようなものが感じられる歌だ。 吉野山の桜に焦がれて 京都周辺の山寺に住んだ後、西行は高野山に庵を構え、およそ30年にわたりそこを拠点として、諸国行脚の旅に出た。高野山は吉野山に近く、たびたび吉野を訪れ多くの歌を残している。 「なんとなく 春になりぬと 聞く日より 心にかかる み吉野の山」 「吉野山 こぞの枝折(しをり)の 道かへて まだ見ぬかたの 花を尋ねん」 桜の季節が近づくと心は吉野山に飛び、年ごとに訪れては、まだ見ぬ桜を求めて山の奥に足を踏み入れる。桜への想いが溢れる歌だ。 「あくがるる 心はさても 山桜 散りなんのちや 身に帰るべき」 吉野の桜を見ているうちに心が身体から抜け出し桜のもとにある。花が散ってから心は身体に戻ってくるだろうかと、詠う。こうした歌は、単に花を愛でているだけでなく、桜が象徴する何か、また何者かへの哀惜の念が籠められているのではないだろうか。それが読む人の心にさまざまに響き、西行の桜は後の世まで語り継がれている。 奥千本の庵 花の季節に訪れるだけでなく、西行は吉野山の奥深い地に庵を結び、3年ほど暮らしている。 「花を見し 昔の心 あらためて 吉野の里に 住まんとぞ思ふ」 「吉野山 桜が枝に 雪ちりて 花おそげなる 年にも有るかな」 私が訪れた時も、山の麓では桜が咲いていたが、庵に向かう山道には冷気が漂っていた。3畳ほどの広さの庵の、訪れる人もない暮らしの中で春を待つ気分はいかばかりか、と思う。 「とふ人も 思ひ絶えたる 山里の さびしさなくば すみ憂からまし」 寂しさが山里でひとり住む身の慰めである、という境地は驚きだ。その寂寥感と無常観が、奥千本の庵の前に立つとより迫ってくる。 庵の近くには、西行が水を汲んだといわれる苔清水が今も湧き出ている。傍らには江戸時代の俳諧師・松尾芭蕉がここで詠んだ「春雨の こしたにつたふ 清水哉」の句碑があった。芭蕉は西行に憧れて、奥州や諸国を旅し、『奥の細道』などの紀行作品を生み出した。吉野にも2度ほど訪れた記録が残っている。 終焉の地、弘川寺(ひろかわでら) 西行は奥州、四国、伊勢などの地を経て、文治5年(1189年)に、河内国(現大阪府河内郡)の弘川寺に居を構えた。その翌年、病のため73年の生涯を終えている。 「ねがはくは 花のしたにて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃」 彼がかつて詠んだ歌の通り、亡くなったのは、旧暦2月16日(西暦3月23日)の桜の季節、満月の頃だった。 西行没後550年を経て、江戸時代の歌僧・似雲(じうん)が西行墳を発見。似雲は境内に西行堂を建立し、西行座像を祀った。さらに西行墳の傍らに「花の庵」を建て、生涯そこで暮らしたという。 私が訪ねた日、西行墳にはなぜか一輪の赤いバラが手向けられていた。墓近くには、「ねがはくは…」の歌碑が立つ。頭上の大木の‘ヤマザクラ’が、あたり一面に花びらを散らしていた。 *植物学の慣例に従い、野生の桜をカタカナ、栽培品種の桜を漢字で表記しています。 Information 勝持寺 住所:京都市西京区大原野南春日町1223-1 電話:075-331-0601 HP:http://www.shoujiji.jp 二尊院 住所:京都市右京区嵯峨二尊院門前長神町27 電話:075-861-0687 HP:http://nisonin.jp 吉野山観光協会 住所:奈良県吉野郡吉野町吉野山2430 電話:0746-32-1007 HP:http://www.yoshinoyama-sakura.jp 弘川寺 住所:大阪府南河内郡河南町弘川43 電話:0721-93-2814 HP:http://www.town.kanan.osaka.jp(河南町HP)
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素敵な発見がたくさん! 園芸ショップ探訪35 京都「京都・洛西 まつおえんげい」
“わかりやすく”に徹し ガーデニングライフを応援 京都の西部・洛西ニュータウンの山側にある「まつおえんげい」。明治時代から続く老舗の園芸店で、シーズンにはたくさんのバラや草花が来訪者を出迎えます。 このショップは、バラのエキスパートの一人として知られる松尾正晃さんが営むバラとクレマチス+園芸用品全般を扱う総合園芸店。マネージャーである息子の祐樹さんとともに、販売をしながら全国の花のイベントに積極的に参加し、主にバラの魅力を発信しています。 店内はバラとクレマチスの苗でいっぱい。ピーク時には、バラは400~500品種7,000~8,000株、クレマチスは150品種1,500~2,000株の苗が並んでいます。 バラはイギリスやフランス、日本、オランダ、ドイツ、イタリアなど各国のメーカーのものを網羅。自社ブランド品種や古い品種も揃っています。バラは特にお国柄のような特色が表情に出るので、それを見比べながらショッピングするのも楽しい時間です。 品種が多く、育てるのも難しいと思われがちなバラ。そういった不安を払拭すべく、「まつおえんげい」ではコミュニケーションを大事にしています。「皆さん恵まれた環境で育てていらっしゃるとは限らないので、まず環境をお聞きして、対話しながら問題や疑問を一緒に解決していきます。それぞれに合った育て方をご提案できるように心がけています」と祐樹さん。 看板やポップは、「とにかく分かりやすく、より有益な情報や知識を提供」することに力を注ぐ「まつおえんげい」。「どんな些細なことでも困ったことがあれば気軽に相談してください。皆さまのお手元に植物を届けることだけが園芸店の仕事ではないんです。その後もしっかりと育ってくれるようにサポートすることが、なにより大切だと考えております」と祐樹さん。 ロマンチックな庭づくりに欠かせないつるバラ。店内にはつるを伸ばすシュラブやクライミングのバラが100株以上あり、スタッフ皆で剪定・誘引などの管理をしています。ショップの突き当たりの花壇では、つるバラとカラーリーフとの美しい競演が見られるので、ぜひチェックを。 ショップを彩る つるを伸ばすバラたち フェンスやオベリスクに誘引された、丈夫で育てやすいバラをご紹介します。取材時の秋バラは、特に深みのある魅力的な花色でした。秋は春より苗の販売数はだいぶ少ないものの、実際に咲いている花を見て、返り咲き性が強く丈夫な品種を確認できます。 左/‘ダフネ’:四季咲き、シュラブ半横張H1.5×W1.2m、花径6~7cm、中香 右/‘リパブリック・ドゥ・モンマルトル’:四季咲き、シュラブ半横張H1.3×W1.5m、花径8~10cm、強香 左/‘パットオースチン’:返り咲き、シュラブ横張H1.2×W1.0m、花径10~12cm、強香 右/‘エドゥアール・マネ’:四季咲き、シュラブ半横張H1.8×W1.2m、花径8~12cm、強香 左/ルイーズ・オジェ:返り咲き、シュラブ半直立H2.0×W1.5m、花径8cm、強香 中/‘マルク・アントン・シャンポルティエ’:四季咲き、シュラブ横張H1.5×W1.2m、花径6~8cm、中香 右/‘ポール・ボギューズ’:返り咲き、シュラブ横張H1.5×W1.0m、花径8~10cm、強香 左/‘ナエマ’:返り咲き、シュラブ半直立H2.0×W1.5m、花径8~10cm、強香 中/‘エリアーヌ・ジレ’:四季咲き、シュラブ横張H1.0×W0.8m、花径8cm、微香 右/‘パレード’:返り咲き、つる横張H2.5m~、花径10cm、中香 コンパクトなクレマチスは 奥の専用ハウスで販売 バラと併せて育てたい植物ナンバーワンのクレマチス。互いの花の少ない時期を補い合うように咲く、バラとベストコンビの植物で、広い敷地の奥にある専用ハウスにずらりと並んでいます。国内のさまざまな生産者から仕入れているので、品種は多種多様。たくさんありすぎて分からないときは、ぜひスタッフに声をかけてみて。 バラと一緒にクレマチスもサンプルで植わっています。さすが専門店、仕立ての美しさは見事です。 先代からの精神を受け継ぎ 上質な植物を販売 ショップがオープンしたのは今から約40年前ですが、店の前身として、戦後に先代の祖父がキクやシクラメン、クレマチスの原種を焼き物の鉢に植え、魚屋からもらった木のトロ箱に入れてリヤカーに載せて街に売りに行っていたそう。そんな時代を経て、息子の正晃さんは園芸店をスタート。その後、バラの魅力にいち早く気づいて、約20年前に、バラとクレマチスに力を入れたショップへと進化させました。 広い店舗ではバラやクレマチスのほか草花の品種にもこだわり、徹底した管理の下で販売。お店でピークを迎えるのではなく、お客様の手元に届いてからピークを迎えるように苗を扱っています。「仕入れ先の農家さんの思いのバトンをきちんと渡したいですね」と祐樹さん。 また、思い切ったサービスとして、苗に1カ月枯れ保障をつけているということにも驚き。「私には園芸は向いていない…で終わるのではなく、チャレンジして育てることの楽しさを感じていただきたいんです」。とことんお客様に寄り添う、真摯な姿勢がうかがえます。 ハウス内の資材売り場にも こだわりが凝縮 ハウス内は、寒さに弱い植物や資材売り場。バラやクレマチス栽培におすすめのアイアンフェンスやコンテナも多数揃っています。 松尾祐樹さんのイチオシ 「まつおえんげい」オリジナル培養土&肥料「プロスタイルシリーズ」+α プロスタイルシリーズは、「まつおえんげい」が長年の生産経験から自信を持っておすすめするガーデニンググッズや用土。とくに培養土は、こだわりがぎっしり詰まった最高品質です。 ◆「プロスタイルシリーズ バラの専用培養土」:排水性・保水性・通気性・保肥性・pHなど、すべてにおいてバラ栽培に最適な配合になっている。過剰になった肥料分を吸収する働きを持つゼオライトも配合され、根の傷みを防いでくれる。 材料にこだわった、「まつおえんげい」の肥料。販売されている苗や地植えしている植物にもふんだんに使われています。 ◆「プロスタイルシリーズ 花の元肥」:花だけでなく野菜や観葉植物にも使える元肥。植物のスムーズな成長を促す高品質の肥料で、効果は120日。 ◆「ALA配合肥料」:根張りをよくする特殊なアミノ酸配合の肥料。株が弱ったときや根が弱りやすい夏などにおすすめ。 ◆「プロスタイルシリーズ バラ専用肥料」:一年を通して使える追肥。1回の使用で30~40日持続する。バラをはじめ、クレマチスや樹木にも使用できる。 地元に愛される店を目指して設けられた 手づくりの喫茶店 「まつおえんげい」では喫茶‘ログハウス’も併設。「奥さんだけがお花を楽しむような場所ではなく,ご主人も一緒に来てゆっくり過ごしてもらえる、地域に愛されるお店にしたい」という思いで、今から36年前に正晃さんの奥様が始めました。ぬくもりを感じる建物は、北山杉の間伐材を使用。椅子やオブジェは倒木が用いられ、一刀彫で造られています。 松尾祐樹さんのイチオシ 丈夫で育てやすいバラ 【四季咲き・木立ち性】 ‘夜来香’ パープル系の中でも育てやすく頼もしい強健種。ブルーローズ独特の爽やかな香りも楽しめる。※1 ‘縁(ゆかり)’ 中輪多花性で、春以外のシーズンにもよく咲く良花。枝は太くなりすぎず、比較的コンパクトに維持しやすい。※2 ‘ピンク・アバンダンス’ 「アバンダンス(=たくさんの)」という名の通り、見応えのある中~大輪花をたくさん咲かせる。大まかな剪定でも花つきがよいので、剪定が苦手な方にもおすすめ。※2 【返り咲き・つる性】 ‘アミ・ロマンティカ’ 花弁のグラデーションが美しい半つる性品種で、秋によく咲く。花弁がしっかりとしているので雨でも傷みにくく、長く美しい状態を楽しめる。※3 ‘ベル・ロマンティカ’ 爽やかなクリアイエローと明るいグリーンの葉色のコントラストが美しい。直立気味のスリムな姿に育ってくれるので、スペースを取りすぎず、行儀よく楽しみやすい。※3 ‘マリー・ヘンリエッテ’ これぞバラといった豪華な大輪花で、香り・花もちともに優秀。病気にも強く、強健で見ごたえのある姿に育ってくれる。※3 ‘パブロワ’ 新品種で、バラの中でも意外と少ない白花大輪のつる性品種。耐病性に優れた育てやすい性質と、グレイッシュな落ち着きのあるホワイトの花が大変魅力的。※4 ‘リパブリック・ドゥ・モンマルトル’ 赤バラの中でも特筆すべき育てやすさを持つ、半つる品種。年に3~4回繰り返しよく咲き、深紅の美しい花を何度も楽しませてくれる。※5 明治から続く園芸店の老舗「まつおえんげい」。優雅なバラとクレマチスに加えて、四季折々の草花が豊富に並びます。また、知識豊富んsスタッフが丁寧にガーデニングライフを支えてくれます。ぜひ訪れてください。アクセスは、京都縦貫自動車道「大原野IC」「沓掛IC」より車で約5分。JR桂川駅・阪急洛西口駅よりバスで約20分「新林センター前」下車から徒歩約5分。 【GARDEN DATA】 京都・洛西まつおえんげい 京都府京都市西京区大枝西長町3-70 TEL :075-331-0358 営業時間:平日10:00~17:00/9:00~17:00(土日祝) 定休日:木曜日(祝日は営業)/正月・盆休み(※詳細はブログ等で掲載) https://matsuoengei.co.jp/ Credit 写真&文/井上園子 ガーデニングを専門としたライター、エディター。一級造園施工管理技士。恵泉女学園短期大学園芸生活学科卒。造園会社、園芸店を経て園芸雑誌・書籍の編集者に。おもな担当書に『リーフハンドブック(監修:荻原範雄)』『刺激的ガーデンプランツブック(著:太田敦雄)』『GARDEN SOILの庭づくり&植物図鑑(著:田口勇・片岡邦子)』、近著に『簡単で素敵な寄せ植えづくり』など。自身もガーデニングを楽しみながら、美術鑑賞や旅行を趣味にする。植物を知っていると、美術も旅も楽しみの幅が広がりますね。 【写真協力】 ※1:河本バラ園、※2:タキイ種苗株式会社、※3京成バラ園芸株式会社、※4:株式会社花ごころ、※5:まつおえんげい
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京都・平安京の桜 その③【松本路子の桜旅便り】
古都の桜を訪ねる旅 早咲きの桜便りが届き始めると、各地の桜のことが気になってくる。桜といえば‘染井吉野’を思い浮かべることも多いが、桜にはさまざまな名前が冠せられていることを知ってから、名前にゆかりの地をめぐる、そんな旅に興味を抱いた。 京都に原木のある桜や、ゆかりの桜を訪ねる旅の第3弾。古の都の佇まいと桜はよく似合う。今回は仁和寺と、桜守で知られる佐野藤右衛門さんの桜園を訪ねた旅の記憶を綴ってみたい。 仁和寺(にんなじ) 遅咲きの桜‘御室有明’(おむろありあけ、通称‘御室桜’) に会いたくて、桜の季節に仁和寺を訪ねた。仁和寺は仁和2年(886年)、平安時代創建という歴史ある寺院。宇多天皇が譲位後に出家して移り住んだことから、別名「御室御所」と称されるようになった。 仁王門をくぐり、直進した先に国宝の金堂が建っている。中間地点に中門が位置し、その北西に広がるのが‘御室桜’だけを集めた桜苑だ。桜木の数は200本といわれ、花の最盛期には白い雲が一面に舞うような光景が出現する。 ‘御室有明’(通称‘御室桜’) ‘御室桜’は江戸時代から庶民の桜として親しまれ、数多くの和歌に詠まれている。また儒学者・貝原益軒の『京城勝覧』では、吉野の桜に比べても劣らないとし、「花見る人多くして、日々群衆せり」と、その賑わいを伝えている。 ‘御室桜’の特徴としては、見頃が4月中旬の遅咲きであるとともに、樹高が2~3mで、枝が横張り性であることが際立っている。それゆえ、ちょうど人の目線の位置に満開の花が広がって見える。背丈が伸びないのは、この土地の土質から根が張れないのが要因とされるが、詳しいことはいまだ調査中だという。花(鼻)の位置が低いことから、親しみを込めて「お多福桜」とも呼ばれる。 仁和寺には‘御室桜’以外の桜も多く、中でも‘胡蝶’は、古くから寺にあったとされる桜だ。満開時には蝶が舞うような趣があり、この名前がつけられた。開花は‘御室桜’とほぼ同時期なので、併せて晩春の京都を彩る花を楽しむことができる。 桜守・佐野藤右衛門 京都の桜旅で、忘れられない場所がある。それは佐野藤右衛門の私邸にある桜園だ。代々その名前を受け継ぎ、現在16代目の佐野藤右衛門は、祖父である14代、父の15代と、3代にわたる「桜守」として知られる。家業の造園業の傍ら、全国の桜の調査、苗木の保存・増殖に努めてきたことから、敬愛の念を込めて「桜守」と呼ばれるようになった。 『東京 桜100花』という本を私が出版した時、125種類の桜について調べたが、その中の多くが、佐野藤右衛門が発見、もしくは増殖した、とされていた。絶滅寸前の木の後継木として、佐野が育てた苗木が提供された例は数知れない。‘染井吉野’が全国の桜の8割を占めるといわれる今日にあって、これほど多彩な桜に出会うことができるのは、ひとえに「桜守」たちの尽力に他ならない。 佐野家は天保3年(1832年)創業、代々植木職人として御室御所(仁和寺)に仕えてきた。明治期より造園業を営んでおり、桂離宮や修学院離宮などの庭の整備にたずさわっている。16代佐野藤右衛門は、京都迎賓館やイサム・ノグチが設計したパリのユネスコ本部にある日本庭園の作庭などで知られる。2021年には、93歳にして‘オオシマザクラ’の大木の移植作業の陣頭指揮を現場で執り行うなど、いまだ現役だ。2022年4月には94歳になるという。 ‘佐野桜’ 私が佐野藤右衛門の桜園を訪ねたいと思ったきっかけは、桜守の名前を冠した桜があると知ったから。その‘佐野桜’をぜひ、桜守の庭で見たいと思った。‘佐野桜’は京都市右京区の広沢池畔にあった‘ヤマザクラ’の種子を1万個播いた中から選抜して育成された、という。自然交配の結果生まれた新しい種類の桜で、1930年に植物学者の牧野富太郎によって命名された。 半八重の花は、‘ヤマザクラ’より薄い紅色がかかり、ふっくらとしたつぼみや花弁が、優しげな風情を見せる。花径は3~4cmで、成長すると樹高は10mを超える。 桜守の桜園 佐野家の私邸のある敷地内に広がる桜園には、200の栽培品種約500本の桜が植えられている。入り口付近の京都円山公園にある「祇園の枝垂桜」の兄弟木をはじめとして、園内の散策路には、それぞれの桜の名前が分かるように、木の名札が立てられてあり、珍しい種類の桜に出会うことができる。 佐野藤右衛門によって保護、増殖された桜には、‘御室有明’、‘胡蝶’、‘祇王寺祇女桜’、‘大沢桜’、‘平野妹背’など、京都ゆかりの種類のほか、石川県金沢市の兼六園に原木があった‘兼六園菊桜’、宮城県で発見された‘簪桜(かんざしざくら)’などがある。 また、国内では途絶えていた‘太白’は、イギリスの園芸家の庭園で栽培されているのが分かり、接ぎ木用の枝を輸送して、1932年に里帰りさせた。当時の長い船旅から、枝は何度か枯れたが、最終的にジャガイモに枝を挿して輸送に成功したという。その話を聞いて庭の‘太白’の花を見上げると、感慨もひとしおだ。 『桜のいのち 庭のこころ』『桜守の話』など、16代佐野藤右衛門の著書を読むと、彼の桜や自然との付き合い方を知ることができる。同時に、そこには人が生きていくうえでの、たくさんの指針が籠められている。‘佐野桜’が咲く季節に桜園を訪れ、佐野氏の桜に寄せる思いの一端に触れることができたのは、何よりも得難い体験だった。 *植物学の慣例に従い、野生の桜をカタカナ、栽培品種の桜を漢字で表記しています。 Information 仁和寺 住所:京都市右京区御室大内33 電話:075-461-1155 HP:https://ninnaji.jp 植藤造園 (佐野藤右衛門の桜園) 住所:京都市右京区山越中町13番地 電話:075-871-4202 FAX:075-861-7280 HP:www.uetoh.co.jp *桜の季節のみ桜園を一般公開。私邸内の庭ですので、見学のマナーには十分ご留意ください。 *2022年は、コロナ禍のため桜園の公開は中止となっております。 Credit 写真&文/松本路子 写真家・エッセイスト。世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2018-22年現在、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中。 『秘密のバルコニーガーデン 12カ月の愉しみ方・育て方』(KADOKAWA刊)好評発売中。www.matsumotomichiko.com/news.html
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京都府
京都・平安京の桜 その②【松本路子の桜旅便り】
桜の名前にゆかりの地を訪ねる 早咲きの桜便りが届くと、各地の桜のことが気になってくる。桜といえば‘染井吉野’を思い浮かべることも多いが、桜にはさまざまな名前が冠せられていることを知ってから、名前にゆかりの地をめぐる、そんな旅に興味を抱いた。 今回は、京都に原木のある桜や、ゆかりの桜を訪ねる旅の第2弾。古の都の風情と桜はよく似合う。 ●第1弾はこちら。 京都御所 平安京遷都から明治維新まで、天皇の住まいであった京都御所。その一部は一般公開されている。御所の正殿である紫宸殿(ししんでん)は、即位礼などの儀式を執り行う格式ある場所だが、前面に広がる白砂の庭越しに「左近の桜」と「右近の橘」が植えられているのを望むことができる。 「左近の桜」は、かつて桜ではなく梅だった。中国文化の影響で、それまで花といえば梅だったのが、平安時代になってから、日本各地で見られる桜に代わった。わが国独自の文化が成熟しつつあった時代の証が、紫宸殿の植樹にも表れているのは興味深い。「左近の桜」は、古くから日本に分布する野生の桜‘ヤマザクラ’で、平安時代から今日に至るまで、代々植え継がれている。 御所ゆかりの桜は‘御所御車返(ごしょみくるまがえし)’。慶長16年(1611年)に即位した第108代後水尾天皇(ごみずのおてんのう)が、桜を見かけその美しさに御車を引き返させたところから、名前が授けられたと伝わる。原木は宜秋門前で見ることができる。 昭和初期に御所にあった原木から増殖されたといわれるのが、‘八重左近桜’。‘ヤマザクラ’の花に似るが、白色の花弁に紅色の筋が入る、気品のある花だ。 京都御苑 江戸時代には、御所を囲むように200もの宮家や公家の邸宅が建ち並んでいた。明治維新を迎え、都が東京に移ると、公家たちは天皇とともに京都の地を離れた。その後、屋敷跡地は公園として整備され、敷地は御所を含み約100万㎡に及ぶ。 苑内には約1,000本の桜があり、中でも摂政や関白を多く輩出した五摂家のひとつ近衛家の邸宅跡の約60本の‘枝垂桜’‘八重紅枝垂’は、見事な景観を作り出している。そのほか‘ヤマザクラ’、御所の南にある‘奈良の八重桜’、出水の小川付近の‘御衣黄(ぎょいこう)’ ‘市原虎の尾’ ‘平野妹背’など、京都ゆかりの桜が並ぶ。御苑の門は24時間開放されているので、早朝の花見も可能だ。 平安神宮 平安神宮は平安遷都1,100年を記念して1895年に創建された神社で、神苑は明治の造園家7代目小川治兵衛らの手により造園された。総面積約3万3,000㎡で、平安京千年の技法を結集した日本庭園とされる。池泉回遊式庭園の池を囲むそこかしこに植えられた‘枝垂桜’は、野生の‘エドヒガン’が突然変異して生まれたもので、花色が紅色のものを‘紅枝垂’、その八重の種類を‘八重紅枝垂’と呼ぶ。 平安神宮の‘八重紅枝垂’は、明治時代に仙台市長が苗木を献上したもので、市長の名前から「遠藤桜」という別名がある。もともとは京都御苑にあった苗木を増殖したものなので、「里帰り桜」とも呼ばれている。 小説家の谷崎潤一郎は、その著書『細雪』の中で、平安神宮の桜の情景を「夕空にひろがっている紅の雲」と描写している。まさに満開の桜が空一面に広がる様が、目に浮かぶようだ。 *植物学の慣例に従い、野生の桜をカタカナ、栽培品種の桜を漢字で表記しています。 Information 京都御所 京都府京都市上京区京都御苑 https://sankan.kunaicho.go.jp/multilingual/kyoto/index.html 京都御苑 京都府京都市上京区京都御苑3 https://www.fng.or.jp/kyoto/ 平安神宮 京都府京都市左京区岡崎西天王町97 http://www.heianjingu.or.jp/shrine/heianjingu.html 桜の開花情報 日本気象協会:https://tenki.jp ウェザーニュース:https://weathernews.jp Credit 写真&文/松本路子 写真家・エッセイスト。世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2018-22年現在、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中。 『秘密のバルコニーガーデン 12カ月の愉しみ方・育て方』(KADOKAWA刊)好評発売中。www.matsumotomichiko.com/news.html
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京都府
京都・平安京の桜 その① 【松本路子の花旅便り】
桜の名前にゆかりの地を訪ねる 早咲きの桜便りが届くと、各地の桜のことが気になってくる。桜といえば‘染井吉野’を思い浮かべることも多いが、桜にはさまざまな名前が冠せられていることを知ってから、名前にゆかりの地をめぐる、そんな旅に興味を抱いた。 ‘染井吉野’は全国の桜の約8割を占める。だがこの桜が登場したのは江戸末期で、全国的に広まったのは明治になってからだ。古来日本には‘ヤマザクラ’をはじめとする野生の桜が、人々の暮らしとともにあった、その数は10種といわれている。人々は野山に出かけ満開の花の下で、妖気に酔い、散る風情に世の無常を儚む。そうした桜をめぐる豊かな文化が息づいていた。 平安時代になると、公家の手によって宮中や寺社に桜が移植され、栽培・観賞の習慣が生まれた。やがて自然界での変異や異種間での交雑、さらに人工交配によって、さまざまな栽培品種が誕生するようになった。‘奈良の八重桜’や‘枝垂桜’は、平安時代の早い時期に宮中や公家の邸宅に植えられていた。 百人一首で知られる「いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重ににほひぬるかな」は、平安中期に女性歌人伊勢大輔(いせのたいふ)によって詠まれた歌で、奈良時代からこの花があったことを教えてくれる。 桜の栽培品種は生まれた地、花色、花の形などから名前が付けられ、今やその数は300とも400ともいわれている。 特に京都に原木のある桜は、名前も雅で、ルーツをたどるだけでも楽しい。京都に花の名所は数々あるが、そうした名前にゆかりの地を訪ねてみた。 平野神社 平野神社は794年、平安遷都と同時に奈良から遷座された歴史ある神社。現在、60種類400本の桜が見られる。平安時代に花山天皇が桜を手植えしたことをきっかけに、氏子の公家たちが珍しい品種の桜を競って神社に奉納するようになった。桜は「生命力を高める象徴」とみなされ、家の繁栄を願ってのことだ。江戸時代になると、庶民にも夜桜が解放され「平野の夜桜」として広く知られるようになった。 平野神社に原木があり、またゆかりのある桜は‘魁(さきがけ)’、‘平野寝覚(ひらのねざめ)’‘平野妹背(ひらのいもせ)’‘手弱女(たおやめ)’など。また‘楊貴妃(ようきひ)’という名の艶やかな桜花も見ごたえがある。種類によって開花時期が異なるので、3月から4月にかけて約1カ月半にわたり花を愛でることができる。 祇王寺 ‘祇王寺祇女桜(ぎおうじぎじょざくら)’という桜と出会い、その名前の由来が『平家物語』にあると知って興味を覚えた。平清盛の寵愛を受けた白拍子(歌や舞を披露する格式高い遊女)の祇王が、清盛の心変わりによって都を追われ、母と妹の祇女とともに出家をするという、悲恋の物語だ。出家後に住まいとした奥嵯峨の尼寺が、今に残る祇王寺だという。桜は19歳の若さで出家した妹の白拍子、祇女に捧げられたものだ。 嵯峨野は都の西方の郊外にあることから、別名西郊と呼ばれ、平安時代から公家や文人に愛され、離宮や山荘が建てられた。嵐山から足をのばした「竹林の小径」がよく知られている。奥嵯峨はさらに北へ行ったあたりで、『平家物語』の時代には草深い里であったのではと思われる。祇王、祇女の姉妹とその母はこの地で生涯を終え、寺の敷地内にその墓が残されている。 私が祇王寺を訪ねた数年前には‘祇王寺祇女桜’の木は見当たらず、樹齢150年を経た切り株のみだった。近年、新しく植樹されたというので、桜の季節に再訪してみたい。一時期廃寺となり、今ある草庵も明治時代に他から移築されたものだが、そのひなびた様子がゆかしい。さらに苔むした庭が静寂の中に凛とした佇まいを見せ、そこに身を置けただけでも、訪れた甲斐があったと思えた。 京都府立植物園 京都市街北部にある植物園は1924年開園の京都市民憩いの場所で、170種500本の桜が植えられている。園内では桜林の‘紅枝垂’ほか、北山門近くの桜品種見本園で、京都に原木のある桜の品種を数多く見ることができる。‘駒繋(こまつなぎ)’ ‘朱雀(すざく)’など京都らしい名前に加え、‘鬱金(うこん)’ ‘御衣黄(ぎょいこう)’など、黄緑色の花弁の桜も京都にゆかりがあるとされる。 半木の道 植物園の西側には大きな河が流れている。鴨川の上流となる賀茂川だ。川沿いをさらに上流に向かう散策路は、‘八重紅枝垂’のトンネルが幾重にも連なる「半木(なからぎ)の道」。京都の桜守、16代佐野藤右衛門により増殖された桜が約800mにわたり続いている。花のスクリーン越しに、夕刻の水面のきらめきを眺め、その日の桜めぐりを終えた。 *植物学の慣例に従い、野生の桜をカタカナ、栽培品種の桜を漢字で表記しています。 Information 平野神社 住所:京都市北区平野宮本町1 電話:075-461-4450 Mail :info@hiranojinja.com HP:www.hiranojinja.com 祇王寺 京都市右京区嵯峨鳥居本小坂町32 電話:075-861-3574(9:00~16:30) Mail:giou@giouji.or.jp HP:www.giouji.or.jp 京都府立植物園 京都市左京区下鴨半木町 電話:075-701-0141 HP:www.pref.kyoto.jp 桜の開花情報 日本気象協会: https://tenki.jp ウェザーニュース:https://weathernews.jp
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京都府
素敵な発見がたくさん! 園芸ショップ探訪21 京都「cotoha」
京都の路地裏にある 隠れ家的存在の観葉植物専門店 専門コーヒーの香りと独特な雰囲気が漂う袋小路。インドアグリーンをメインに扱う植物の専門店「cotoha」はその一角、ツタに覆われた古びた建物の2階にあります。1階はカフェと雑貨店で、ゆっくり楽しめるショップが集まっています。 期待に胸を膨らませ急勾配の木の階段を上ると、まるで植物園の温室のような瑞々しい空間が。想像以上のグリーンの量に圧倒されます。 のびのびと枝葉を広げる観葉植物はみな、オーナーの谷奥俊男さんが自ら沖縄や鹿児島の生産農家に赴いて選んできたもの。現地で生産者に会い、育った環境、樹形の魅力などを一株ずつ自身の目で確かめながら仕入れています。珍しい品種はもちろん、曲がりくねった自然樹形のものも積極的に仕入れているので、空間をデザインするのにぴったりのグリーンが揃っています。 京都らしいこの古い建物は、もとは燃料倉庫で、その後は写真のスタジオとして使われていたもの。当時の高い天井と、大きく取られた半円形の窓をそのまま生かした店内には、どこかクラシックな趣が漂っています。それぞれの時代の名残が、空間に深みを与えて。 アンティークアイテムと合わせて 植物の生命力が感じられる空間を提案 オープンして約6年の「cotoha」。それまでは西陣の実家の生花店で切り花の販売をしていた谷奥さん。「生きている植物をもののように扱い、売れ残ったら廃棄という流れに疑問を持ちながらやっていたんだよね」。そんな思いを抱えながら販売していた観葉植物を自宅で育ててみると、次第に成長するその姿に繊細さやたくましさ、おもしろみを感じ、愛おしく思うようになりました。そして「育てる植物を販売しよう」と方向性が明確に定まり、実家の生花店から独立して観葉植物の専門店「cotoha」をオープンさせたのです。 店内では観葉植物と併せてアンティークの家具や雑貨も販売。什器や飾りにも巧みに使い、空間に雰囲気と立体感をもたらしています。どこを切り取っても絵になるそのあしらいは、おしゃれ感度の高い人たちの間でもインテリアのお手本として話題です。 あちこちのガーデニングショーやイベントで空間提案をすることも多い「cotoha」。最近は、東京ドームで開かれた世界らん展に、「ランとグリーンのある暮らし」をアンティークのアイテムと併せて展示提案し、好評を博しました。店舗でもワークショップやセミナーを開催し、「植物があることの重要性と楽しさ」を常に発信しています。 店名の「cotoha」は「古と葉」という意味。「古いものと植物で、暮らしに潤いを」という思いが込められています。 充実した植物ライフのために アフターフォローに注力 こんなにも多くの人に支持されている「cotoha」ですが、最初の年は失敗も多く、お客様に教えていただくことも多かったと谷奥さん。「実践することが何よりですね。自信を持って説明して販売できるよう、必死に研究しました」と振り返ります。その真摯な姿勢とインテリアセンスが評判を呼び、話題の人気店に成長しました。 お店が軌道に乗り3年ほど経った頃、新規の客数の伸びに対して、リピーターが減っていることに気づきました。その原因を探るべくいろいろリサーチしたところ、「購入後しばらくすると枯れてしまった。我が家には無理」という声が多く、さらにその枯れた原因を確認してみると「部屋は常に締めきっている」「部屋に日が入らず暗い」といったパターンでした。多くの人が本来あるべき状況からは大きくかけ離れた環境で植物を育てていることを知った谷奥さん。「これでは店も園芸業界も衰退してしまう」と危機感を募らせ、販売時の説明に加え、購入後のフォローにも力を注ぐようになりました。 観葉植物を育てながらベストな生育環境を分析して、きちんとデータ化している谷奥さん。お客様が育てようとしている環境を聞いて、どういった種類が合い、どういう管理が必要かということを分かりやすく、的確にカウンセリングしています。最近評判なのが、LINEを使っての個別アドバイス。植物は育てる環境が変わると葉を落としたり元気がなくなったりしますが、それが生理的なものなのか、不調なのか、初心者には見極めが難しいもの。お客様が写真をLINEでお店に送ることで、原因や今の状況を判断してもらえます。「初期に判断ができれば、枯らすことはありません」と谷奥さん。細やかなフォローで、お客様のストレスが軽減し、ショップのリピート率アップにつがっています 「今の園芸店は、店頭でもお客様が購入した後も、‘育てる’でなく‘延命している’感じがします。仕入れたときが最高にいい状態というのでは、お客様にストレスを与えますし、結果園芸から離れてしまいます。だから、僕は植物を仕入れる際に、生育環境を目で確認してます。そしてこの空間に徐々に慣らし、お客様にお届けた後もフォローすることを心掛けています。それは、この店の客数を増やすということだけでなく、園芸離れに歯止めをかけることにつながり、結果、園芸界に活気が戻ると思うからです」 最近では、ハウスメーカーやインテリアコーディネーターから講習会を頼まれることもしばしば。大学の教授と観葉植物がもたらす効果や最適な土などの研究を重ね、オリジナルの用土も開発・販売をしています。 谷奥さんのイチオシアイテム 「cotoha」のオリジナル用土・セラミックソイル 「cotoha」では、オリジナルの用土を開発・販売しています。室内で育てる観葉植物は、特に保水性、排水性が高く衛生的であることが重要。「cotoha」のオリジナル用土は、セラミックで作り、これらをクリアした安心の室内用用土です。最近は、個人や店舗のインテリア用としてだけでなく、病院での採用も増え、多方面からの信頼を得ているとか。 この用土は、一般的な鉢植えはもちろん、テラリウムなどにもおすすめです。乾燥してくると白く、湿っている状態だと茶色くなるので、水やりの目安が分かりやすいのもポイント。肥料は液肥を施してください。 落ち着いた路地裏で、京都を満喫しながら観葉植物を選べるショップ「cotoha」。植物の楽しみ方のみならず、ベストな栽培法や植物が人にもたらす効果、お客様へのサポートなど、とことん追求し、形にしている谷奥さんの熱意が満ちたショップです。ぜひ訪れてみてください。アクセスは、JR二条駅より徒歩約5分、地下鉄東西線二条城前駅より徒歩約7分。 【GARDEN DATA】 cotoha 京都府京都市中京区西ノ京職司町67-38 TEL:075-802-9108 営業時間:11:00~18:00 定休日:水曜日 http://www.cotoha.me Credit 写真&文/井上園子 ガーデニングを専門としたライター、エディター。一級造園施工管理技士。恵泉女学園短期大学園芸生活学科卒。造園会社、園芸店を経て園芸雑誌・書籍の編集者に。おもな担当書に『リーフハンドブック(監修:荻原範雄)』『刺激的ガーデンプランツブック(著:太田敦雄)』『GARDEN SOILの庭づくり&植物図鑑(著:田口勇・片岡邦子)』など。自身もガーデニングを楽しみながら、美術鑑賞や旅行を趣味にする。植物を知っていると、美術も旅も楽しみの幅が広がりますね。
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京都府
花の庭巡りならここ! 古都にフランスの風を感じるスポット「ガーデンミュージアム比叡」
フランスをコンセプトにデザインされた 「ガーデンミュージアム比叡」 2001年4月にオープンした「ガーデンミュージアム比叡」は、17,000㎡の敷地を持つ庭園。以前の比叡山遊園地の建て替えに伴い、京都と姉妹都市にあたるフランスをコンセプトに、新たな観光スポットとして開園しました。フランス人デザイナーのルイ佐藤さんが庭園のデザインを手がけ、「京阪園芸」が当初の植栽を担当。この庭園の一番の特徴は、フランス印象派画家の描いた絵画をモチーフにしたガーデンデザインで、園内にはモネやルノワールなどの印象派の陶板画が45点設置されています。 園内は「花の庭」「睡蓮の庭」「香りの庭」「こもれびの庭」「藤の丘」「バラ園」の6つのエリアに分かれています。「花の庭」「睡蓮の庭」は、印象派の画家・モネの庭をテーマに植栽。「香りの庭」ではプロヴァンス地方の丘陵地をモチーフに、ラベンダーなどのハーブや黄色い花を中心に、立地を生かして斜面一面に花を咲かせる演出をしています。「藤の丘」では多様なワイルドフラワーが揺れる自然の野原のような景色に……と、各エリアによって異なるシーンが演出されており、歩を進めるのが楽しく、足取りも軽くなります。 年間の来園者数は約8万人で、「昼と夜の気温差のために、花の発色が鮮やか」「小鳥のさえずりがよく聞こえて癒される」「夏の暑い時期でも、たくさん花が咲いていて爽やか」との声が寄せられ、リピーターも多く訪れます。ミュージアムとミックスした新スタイルの観光ガーデンに、ぜひ足を運んでみてください。 まるで絵画の中に入り込んだような 色彩豊かなガーデンが広がる 「ガーデンミュージアム比叡」のエントランス。大人の足でゆっくり歩いて1時間ほどかかる園内は、約1,500種10万株の植物で彩られています。訪れるのにオススメの時間帯は午前中。「香りの庭」や「藤の丘」は東向きの斜面にあるため、太陽の光を受けて生き生きとした表情が見られ、バラが強く香るのも、睡蓮が咲くのも午前中だからです。また、曇りの日は特に色鮮やかに見え、霧の日もとても幻想的でオススメです。 一方、夏は夕暮れが涼しく、特に「藤の丘」にたくさん植栽されているクレオメが、いっそう艶やかに開花します。夜は「ジャルダン・デ・ルミエール」と題したキャンドルライトアップとともに夜景も楽しめるので、夕方以降に訪れるのがオススメですよ! 4月20日の開園以降、花の見頃が続くように花期をずらして植栽したり、庭ごとに表情が異なるように植え方を変えたりと、植栽テクニックの技が光るので、自庭の参考にもなりそう。 そして「ガーデンミュージアム比叡」の春本番は、ゴールデンウィークの頃で、チューリップやシャクナゲが見頃を迎えます。印象派の陶板画が設置されている付近は、その絵に描かれている世界が広がるように同じ色の花を植栽しており、絵画との素晴らしいコラボレーションが楽しめます。 「こもれびの庭」の花の回廊を中心に、「ガーデンミュージアム比叡」の園内にはホンシャクナゲや西洋シャクナゲなど、約30種300本が植えられています。一番の見頃は5月上旬〜6月。背景に咲いているピンクに彩られた花木は桃の木で、開花が揃う時期を狙って訪れるのもいいですね。 「ガーデンミュージアム比叡」の「ローズガーデン」には、約180種1,000株のバラが植栽されており、6月中旬から見頃を迎えます。冬の厳しい寒さも乗り切れるように、耐寒性のあるバラや修景バラを多く植栽。アーチやフェンス、ガゼボなどにつるバラを誘引した、立体的な演出も見どころです。バラのハイシーズンには、「京阪園芸」のバラのスペシャリスト、小山内健さんを招いて、園内を歩きながらバラの講習会を行っています。 写真は丈夫に育ち、こぼれんばかりに咲く修景バラ‘ボニカ82’。「ガーデンミュージアム比叡」は山頂に位置するため冬の寒さが厳しい土地柄で、雪の重さで折れるのを防止するため、冬期剪定の前に仮剪定をしています。 「ガーデンミュージアム比叡」の「睡蓮の庭」は、印象派の画家、モネのフランス・ジヴェルニーにある自邸の庭園を参考につくられました。フジの絡まる太鼓橋を背景に、池には約10種100株の睡蓮が植栽され、モネの絵画「睡蓮」の世界が広がっているかのようなエリアとなっています。訪れた方からは「まるでジヴェルニーに来たみたい」という感嘆の声が聞かれます。 9月になると、シュウメイギクが見頃を迎えます。山頂の気候と相性がよいのか毎年自然に株数が増しています。「ガーデンミュージアム比叡」では、飲食の持ち込みが可能なので(但しカフェへの持ち込みは不可)、すがすがしい秋にはピクニック気分でお弁当を広げるのもいいですね。 自然の野原のような植栽をしている「藤の丘」では、9月下旬〜10月に約3,000株のコスモスが見頃になります。コスモスはタネ播きの時期をずらし、3回に分けて植え替えをして花が途切れないように工夫。9月は台風の強風によってなぎ倒されることがないよう、矮性の品種‘ソナタ’を植栽しています。さらに秋が深まるとともに、‘イエローキャンパス’と‘オレンジキャンパス’が加わり、少しずつガーデンの表情に変化を与えているのも工夫のポイントです。この時期はダリアやサルビアも見頃になり、秋の庭園を華やかに盛り上げます。 標高840mに位置するガーデンミュージアム比叡は 見晴らしがよく、爽やかな風を感じる 「ガーデンミュージアム比叡」の標高は、約840m。琵琶湖、大津市街、京都市内が一望できます。比叡山頂の気候は市街地よりも4〜5℃低いため、ゴールデンウィーク頃にチューリップが、初夏にバラが咲くなど、少し遅れて開花期がやってきます。そして真夏の端境期でも、宿根草などの花が色鮮やかに、元気に咲き誇り、標高が高い場所ならではのガーデンの景色が楽しめます。 「ガーデンミュージアム比叡」内には、眺望を楽しみながら飲食できる「カフェ・ド・パリ」があるので、ランチやティータイムのひとときを過ごしてはいかがでしょう。営業時間は10:30〜16:30、ラストオーダーは16:00。客席数は110席で広め。価格帯はランチメニュー1,600円、ケーキセット750円。人気メニューは牛肉をじっくり煮込んだ「ビーフシチューセット」です。 土産物や雑貨が揃う充実のショップ ワークショップも開催しているので、ぜひご参加を 「ガーデンミュージアム比叡」内のショップ「メゾン・ド・フルール」では、ミュージアムグッズやガーデニンググッズ、フランス雑貨、ハーブ・アロマグッズなどを揃えています。営業時間は10:00〜17:00。特にオリジナルハーブティーが人気です。 「メゾン・ド・フルール」のショップでは、「体験工房アロマ石けんづくり」のワークショップを土日・祝日に開催しています(2週間前までに予約すれば、平日でもOK)。パームオイルからできた添加物を含まない石けん素地に、好みのアロマオイルを選んで香りと色をつけ、オリジナルの石けんをつくります。観光の記念に、ぜひトライしてみましょう! Information ガーデンミュージアム比叡 所在地:京都府京都市左京区修学院尺羅ヶ谷四明ヶ嶽4番地 TEL:075-707-7733 http://www.garden-museum-hiei.co.jp/ アクセス:京阪三条駅または出町柳駅から比叡山ドライブバス 「比叡山頂」下車すぐ 叡山電車八瀬比叡山口駅のりかえ叡山ケーブル・ロープウェイ比叡山頂駅下車すぐ オープン期間:4月中旬〜12月上旬 営業時間:10:00~17:30 (夏季ナイター営業あり) 料金:大人 1,200円、子供 600円 駐車場:有り230台(比叡山内駐車料金無料 ※別途通行料金が必要となります。) Credit 取材&文/長田節子 ガーデニング、インテリア、ハウジングを中心に、ライフスタイル分野を得意とするライター、エディター。1994年より約10年の編集プロダクション勤務を経て、独立しフリーランスで活動。特にガーデニング分野が好きで、自身でも小さなベランダでバラ6姉妹と季節の草花を育てています。草花や木の名前を覚えると、道端で咲いている姿を見て、お友達にばったり会って親しく挨拶するような気分になれるのが醍醐味ですね。 https://twitter.com/passion_oranges/
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海外
旅して感じたイングリッシュガーデンと日本庭園の共通点
日本庭園を巡って感じた共通点を探る 2年前の6月、イングリッシュガーデン巡りの旅を終えた時、なぜか心にふと芽生えた日本庭園への想い。その理由を確かめるために、翌年、同じ時季に京都の日本庭園を巡りました。 イングリッシュガーデンと日本庭園。それまでは、どちらかというと接点がないように感じていましたが、実際に訪れてみると、いくつか共通点を見つけることができました。 重厚な門構え 訪れた庭園の入り口には、どこも素晴らしい門構えがありました。中でも印象的だったのが湖水地方のホッカー・ホール&ガーデンと、大徳寺の塔頭高桐院です。ホッカー・ホール&ガーデンは、重厚な褐色の石壁とエレガントな鉄製の門扉が、いかにも貴族の庭園らしく、シンメトリーに設置された品のよい色彩のコンテナとオブジェにイギリスらしさが溢れていました。 高桐院は、大胆に組まれた大木と瓦が力強く凛とした佇まい。ひと枝ひと枝手入れされた松とみずみずしい苔の緑が鮮やかでした。石と木、鉄と瓦、素材やデザイン、植栽の相違はありますが、どちらも堂々たる風格。互いの伝統と美意識がひと目で伝わってくる門構えです。 また、その他にも、一直線に伸びた石畳と芝生アプローチ、竹と常緑樹のシンプルな植栽など、類似した景色をいくつか見ることができました。 歴史ある建物と植栽の調和 回訪れたイングリッシュガーデンは、20世紀のイギリスを代表する有名な庭園ばかり。庭園内の建物も100年以上経過した歴史あるものでした。例えば、ヒドコートマナーガーデンの茅葺きの家、シシングハーストカースルガーデンの塔や母屋、キフツゲートコートガーデンやバーンズリーハウスガーデンのエレガントな館など。古い雰囲気を損なうことなく修復された建物が、イギリスの風土に合った草花のクラシカルな植栽と調和し、得も言われぬ美しさを醸し出していました。 同じように、日本庭園でも歴史ある貴重な建物を見ることができました。京都御所から移築された平安神宮神苑の橋殿と尚実館、南禅寺の山門や永観堂の本堂です。ここでは、松や桜、モミジなどの日本古来の樹木が多用されていました。選び抜かれた植物と色彩を抑えた植栽が、格式高い日本建築と調和し、清らかで凛とした空気が漂っていました。 歴史ある建物とその国の風土に合った植栽が調和しているからこそ、このような素晴らしい景観が生まれるのですね。 魅力ある壁面 イングリッシュガーデンの魅力の一つは、壁面の華やかさ。味わいある蜂蜜色や褐色のレンガ壁を、さらに魅力的に演出しているのが、つるバラやクレマチス、つるアジサイなどのつる性植物です。壁一面に誘引された満開の花々が咲く様は、もはや芸術。その美しさに幾度となく目を奪われました。 日本庭園の壁面は、主に漆喰や石、木材が用いられています。モノトーンの上、イングリッシュガーデンのように壁面を花で彩ることもないので、どちらかというと地味な印象。 けれども、埋め込まれた瓦が美しい文様を刻む漆喰塀、端正な石積みなど、随所に丁寧な職人技が光る素晴らしいものでした。そんな壁面の背景に清々しく映えていた青モミジ。イングリッシュガーデンも日本庭園も、どちらも壁と植物とのバランスが美しく、魅了されます。 心和む自然と一体化した景色 イングリッシュガーデンを訪れて特に心に残ったことの一つは、自然と一体化した景色です。不思議なことに、日本庭園でも同じような景色を見ることができました。 例えば、ヒドコートマナーガーデンで見た、鬱蒼とした樹木に囲まれた場所でひっそりと咲いていたピンクや白の可憐な野花。その景色にとてもよく似ていたのが、平安神宮神苑の巨木に囲まれた池に群れ咲く花菖蒲と睡蓮です。 どちらも、まるで森の中のオアシス。一瞬、ここが庭園であることを忘れてしまうほど自然に溶け込み、秘密の場所を見つけたようなワクワク感を味わえました。 そのほかにも、草木で覆われた先が見えない小径や南禅寺の天授庵の池にかかった橋は、自然の奥深くへ誘われるような神秘的な景色でした。 今まで経験したことのない感動を与えてくれたイングリッシュガーデン。実際に目と肌で感じた美しさは、想像を遥かに超えていました。そして、その感動は、改めて日本庭園の素晴らしさに気付かせてくれました。 イングリッシュガーデンと日本庭園に間違いなく共通していたのは、国の伝統や文化、美意識、自然への敬意。「イングリッシュガーデンにようこそ!」と、誇らしい笑顔で迎えてくれたイギリスの人たちのように、わたしも日本人として日本庭園を誇れるように、もっと見聞を広めていきたいと思いました。 Credit 写真&文/前田満見 高知県四万十市出身。マンション暮らしを経て30坪の庭がある神奈川県横浜市に在住し、ガーデニングをスタートして15年。庭では、故郷を思い出す和の植物も育てながら、生け花やリースづくりなどで季節の花を生活に取り入れ、花と緑がそばにある暮らしを楽しむ。小原流いけばな三級家元教授免許。著書に『小さな庭で季節の花あそび』(芸文社)。 Instagram cocoroba-garden
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京都府
日本庭園巡りの旅へ 京都・瑠璃光院
瑠璃光院 京都市内の「出町柳駅」から叡山電車で約15分。風光明媚な八瀬比叡山にひっそりと佇む瑠璃光院は、平安時代から武士や貴族に愛されてきた保養所だったそうです。数年前から、春と秋の期間限定で拝観できるようになって、年々人気が高まり多くの人が訪れるようになりました。 端正な石張りと枝垂れもみじが迎える山門 「八瀬比叡山駅」から高野川の清流に沿って歩き、吊り橋を渡ると、瑠璃光院の山門が見えてきます。小雨降る生憎のお天気でしたが、ひんやりと湿った空気に、山間の八瀬の青葉がいっそう映えていました。途中、絶え間なく聞こえてくる蛙の声も心地よく、吊り橋を渡った瞬間、別天地へ足を踏み入れたような感覚を覚えました。 石張りの小階段と木塀の端正な山門は、しっとりと落ち着いた雰囲気。ゆるりと枝垂れるもみじが優しく迎えてくれました。階段を上ると、玄関へ続く苔ともみじの参道がありました。雨粒に混じって空から降ってくるかのような青もみじの葉と、足元に敷き詰められた苔の何と美しいこと。一歩一歩前へ進む度に、身も心も清められるようでした。 苔の緑潤う瑠璃の庭 数寄屋造りの書院から見える「瑠璃の庭」は、瑠璃色に輝く浄土の世界を表した主庭。数十種類の苔の合間をぬって、一筋のせせらぎが静かに流れています。たっぷりと雨水を含んだ苔はこんもりと鮮やか。もみじが羽を広げたように苔に寄り添う光景は、穏やかで優しい雰囲気に満ちていました。そして、見れば見るほど、「光が射すと、この景色はどう変わるのかな」「せせらぎは、浄土への道標を表現しているのかな」と、想像が膨らみます。きっと、シンプルで無駄のない植栽だからこそ、見る者は想像力を掻き立てられ、どんどんその世界へ引き込まれていくのかもしれません。 そして、この瑠璃の庭のもう一つの見所は、書院の2階からの眺めです。階段を上るやいなや目に飛び込んでくるのが、窓ガラス一面の青もみじ。さらに、薄暗い室内に置かれた黒塗りの机の天板に反射した緑が、一瞬、水面をたゆたう水草のように見えました。この光景を何と表現したらよいのでしょう。息を呑む緑のグラデーションの美しさに、しばらく言葉を失ってしまいました。こんな「窓に映る景色を室内に反射させて愛でる」風情ある見せ方に、ただただ、感動しました。 水と石の臥龍の庭 瑠璃光院のもう一つの庭が、「臥龍の庭」。この庭は、天にかけ昇る龍を水と石で表現した池泉式庭園で、人の心を解放し昇運の兆しをもたらすといわれています。斜面に沿って設えられた自然石の間を流れる水は、比叡山の清水なのだとか。 その先に設えられた池には、ひらひらと泳ぐ錦鯉。まるで、一幅の絵画を鑑賞しているような気分でした。そして、絶え間なく聞こえる水音と雨音のハーモニーに、身も心も洗われ癒やされました。 今回の日本庭園巡りの旅で、一番最後に訪れた瑠璃光院。どの庭園よりも青もみじの滴る緑と、苔の美しさを余すことなく堪能できた庭園でした。願わくば、今度は木漏れ日に輝く瑠璃の庭を見てみたい。そして、この青もみじが一斉に紅葉する秋に、もう一度訪れたいと思いました。 Credit 写真&文/前田満見 高知県四万十市出身。マンション暮らしを経て30坪の庭がある神奈川県横浜市に在住し、ガーデニングをスタートして15年。庭では、故郷を思い出す和の植物も育てながら、生け花やリースづくりなどで季節の花を生活に取り入れ、花と緑がそばにある暮らしを楽しむ。小原流いけばな三級家元教授免許。著書に『小さな庭で季節の花あそび』(芸文社)。 Instagram cocoroba-garden
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京都府
日本庭園巡りの旅へ 京都・天授庵と高桐院
天授庵と高桐院 天授庵(てんじゅあん)は、京都でも指折りの格式を誇る臨済宗大本山南禅寺の塔頭の一つ。東庭の枯山水庭園と、南庭の池泉回遊式庭園の2つの庭園があります。数年前に、両親とこちらを訪ねた時、池泉回遊式園の幽玄で神秘的な景色に心を奪われました。以来、いつかもう一度訪れたいと思っていました。 そして、今回初めて拝観した高桐院(こうとういん)は、臨済宗大徳寺の竹林の片隅にひっそりと佇む塔頭。千利休邸の書院を移築した西庭と、本堂前の「楓の庭」があります。 天授庵〜庭園へ誘う木漏れ日の門 滴るようなカエデの新緑と、木漏れ日に輝く苔の絨毯に包まれながら敷石を進むと、木戸の門が見えてきます。ここが天授庵の池泉回遊式庭園の入り口。柔らかな光と心地よい静寂が心を鎮め、簡素な門が、訪れる者を優しく迎えてくれます。 天授庵〜神秘的な緑の世界 庭園に入ると、まず目に飛び込んでくるのが空を埋め尽くすほど鬱蒼とした樹木。重なり合う緑の隙間から見える青空とのコントラストの何と美しいことでしょう。その景色が、睡蓮が浮かぶ池の水面に映り込み、天と地が混ざり合うような幽玄美を醸し出していました。 また、池の桟橋に立ち水面を覗くと、空中に吸い込まれるような感覚に。しばらく眺めていると、不思議な力で守られているような安らぎを感じました。天授庵は、その名前の通り「天を授かれる」神秘的な体験ができる庭園です。 さらに、紅葉の頃には、この緑一色の世界が真っ赤に染まり、夕暮れにはライトアップされるのだとか。闇夜に浮かび上がる錦秋の天授庵….。きっと、燃えるようなパワーに満ちた景色に包まれることでしょう。 高桐院〜心地よい緊張感の一直線の参道 襖絵のような枝振りのよい松と苔が配置された高桐院の入り口は、何ともいえない品のよさが漂っています。ここから鍵の路に進むと見えてくるのが一直線に伸びた石畳の参道。高桐院で一番有名な景色です。 左右に植栽された真っ直ぐに伸びた竹とカエデ、一本の青竹の柵、エッジの効いた石畳の佇まいに、すっと背筋が伸び快い緊張感に満たされます。 高桐院〜「詫び」の精神を感じる庭 「利休七哲」の一人、細川忠興によって創建された高桐院には、かの有名な千利休邸から移築された書院のある庭があります。「詫び茶」を好んだ利休らしい簡素なつくりの書院は、当時の暮らしぶりを垣間見られる貴重な建物。室内から見える庭もまた、あっさりと落ち着いた雰囲気でした。 その中で、一際目を引いたのが一本のカエデの大木。瑞々しい青葉のカエデは見事な枝振りで、室内の何処にいても見えるように植栽されていました。今ならシンボルツリーというところでしょうか。きっと、四季折々に移ろうカエデの風情を室内から楽しんだことでしょう。 もう一つ目にとまったのが、細い竹を組み合わせてシュロ縄で結んだ利休垣。天然素材の程よい透け感の垣根は見た目も涼しげで、竹とカエデが多用されているこの庭にしっくりと馴染んでいました。簡素な書院と調和のとれた植栽や利休垣。閑寂(詫び)を好んだ庭主の精神と暮らしぶりが身近に感じられました。 高桐院〜「楓の庭」に見る余白の美 高桐院の本堂前に作庭された「楓の庭」は、竹薮を背景にカエデと苔のみを植栽した、これまで見た日本庭園の中で最もシンプルな様式です。本堂の深い軒下に設えられた縁側に座ってこの景色を見ると、カエデの配置や枝振り、葉の一枚一枚までが明確で、足元に絶妙に配された一基の石灯籠が圧倒的な存在感を放っていました。 それは、削ぎ落とされたシンプルな植栽デザインだからこそ際立つ、まさに余白の美。日本画に見るような日本人特有の美意識が表現されていました。その美しさの中に、わたしは深い寛容と無限の癒しを感じました。「楓の庭」は、静かに自身の心と向き合いながら、いつまでも眺めていたくなる庭でした。 『イングリッシュガーデン旅行を終えて〜日本庭園への想い〜』 『日本庭園巡りの旅へ 京都・東山「永観堂禅林寺」』 もご覧ください。 Credit 写真&文/前田満見 高知県四万十市出身。マンション暮らしを経て30坪の庭がある神奈川県横浜市に在住し、ガーデニングをスタートして15年。庭では、故郷を思い出す和の植物も育てながら、生け花やリースづくりなどで季節の花を生活に取り入れ、花と緑がそばにある暮らしを楽しむ。小原流いけばな三級家元教授免許。著書に『小さな庭で季節の花あそび』(芸文社)。 Instagram cocoroba-garden
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京都府
日本庭園巡りの旅へ 京都・東山「永観堂禅林寺」
東山の古刹 永観堂禅林寺 永観堂禅林寺は、東山のふもとに建つ歴史ある古刹。古今和歌集に「もみぢの永観堂」と詠まれる京都屈指の紅葉の名所で、境内には、約3,000本ものイロハモミジやヤマモミジが植えられています。 植栽と一体となった長い回廊 このお寺には、御影堂や釈迦堂、阿弥陀堂といった諸堂が点在しており、それらすべてが、経年変化の檜の滑らかな木肌と、滴るような青モミジに囲まれた長い回廊で結ばれていました。 また、所々に設えられた縦格子の建具の端正な佇まいは、翠緑を切り取る額縁のよう。 内外を曖昧に仕切る和の建具の美しい意匠が、味わい深い風情を醸し出していました。雨風をしのぎ、強い陽射しを遮るだけでなく、四季折々の自然の景色を屋内からも愛でることができる和の建具は、自然への敬愛と日本人ならではの繊細な感性が生み出した伝統建築。わが家にも取り入れたくなりました。 圧巻の臥龍廊 数ある回廊の中でも圧巻だったのが、山の斜面に建てられた開山堂へ続く臥龍廊です。その廊下は、急斜面の地形に合わせて曲線を描く特殊なつくりとなっていて、その名の通り、あたかも龍が臥せているような形状でした。一瞬、足がすくむほどの迫力に圧倒されながら上っていくと、畳4帖ほどの小ぢんまりした開山堂がありました。 このお堂には、永観堂の開山の像が祀られていました。そういえば、古来より龍は神様の化身、もしくは使者といわれています。この臥龍廊は、開山の像(神)を拝むなら、ここを通って心身を清めよという意味合いがあるのかもしれません。また、お堂の窓から、荘厳な屋根瓦に映えるモミジと、遠くに京都の山並みが垣間見え、初夏の爽やかな風に擦れるモミジの葉音や、時折聞こえる野鳥の声が、なんとも心安らぐ空間でした。 自然の景色を凝縮した庭園 諸堂の中心にある御影堂には、深い軒下の縁側に腰掛けると、庭全体が見渡せる程よい広さの日本庭園があります。目を惹くのは、いぶし銀の瓦を施した壁面に、清然と植えられたモミジの高木と赤松。いかにも日本庭園らしい組み合わせですが、不思議と堅苦しさを感じないのは、山の中に自生しているような樹形と、型にとらわれない剪定にあるような気がしました。また、その足元には、自然石を配した池と白い玉石を敷いた枯山水を彷彿とさせる景色が。 白い玉石は、山間から緩やかに流れる湧き水のように木漏れ日に輝き、池には白いスイレンが、水辺にはハナショウブとカキツバタが季節の彩りを添えていました。 そんな、自然の景色が凝縮したような庭を眺めていると、ふと、「無作為の作為」という言葉が脳裏に浮かびました。「無作為の作為」とは、自然な雰囲気を生かして、かけたのが分からないような手間をかけること。ある京都の老舗造園屋さんがおっしゃっていた言葉です。そして、「われわれのモットーは、庭ではなく景色を売ること。そのために、無作為の作為を行う」と。 人知れず手間をかけ真心を込める庭仕事。だからこそ、こんなにも心が和むのですね。 日本庭園の奥深さを、またひとつ目の当たりにしたような気がしました。 3,000本もの青モミジが紅葉する秋。どんなにか素晴らしいことでしょう。いつか、赤く染まるモミジの永観堂も訪れてみたいものです。 併せて「イングリッシュガーデンを巡る旅」のシリーズや、『イングリッシュガーデン旅行を終えて〜日本庭園への想い〜』もご覧ください。 Credit 写真&文/前田満見 高知県四万十市出身。マンション暮らしを経て30坪の庭がある神奈川県横浜市に在住し、ガーデニングをスタートして15年。庭では、故郷を思い出す和の植物も育てながら、生け花やリースづくりなどで季節の花を生活に取り入れ、花と緑がそばにある暮らしを楽しむ。小原流いけばな三級家元教授免許。著書に『小さな庭で季節の花あそび』(芸文社)。 Instagram cocoroba-garden
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【二十四節気】寒露は紅葉シーズン。一度は行きたい紅葉名所
二十四節気 寒露 10月8日頃 紅葉シーズンと球根 大自然の中の三段紅葉 朝夕の冷え込みが厳しくなってくると始まるのが、紅葉シーズン。北アルプス奥穂高岳の直下、3,000m級の山々に囲まれた涸沢(からさわ)カールは日本一の紅葉の名所として知られています。9月中旬から木々が色づき始め、下旬〜10月上旬にかけては赤、黄色、黄緑色の見事なパノラマが広がります。紅葉の「赤」と山の岩肌を覆う雪の「白」、空の「青」とのコンビネーションは「三段紅葉」と呼ばれ、この絶景を目指して全国から登山者や写真愛好家が訪れます。 三段紅葉は北海道でも。大雪山系・旭岳は日本一早い紅葉と全国初の冠雪場所として知られる山です。9月には紅葉が見頃を迎え、約1カ月かけて山を降りるようにさまざまな木々が色づき、雪が降り始めます。 平地での紅葉を楽しむなら11月上旬から。名所揃いの京都では街中が春の桜の季節と同じくらいにぎわい、ホテルも旅館もほぼ満室となります。京都の紅葉見物を計画の際は、どうぞお早めに。 英国の紅葉の名所 ヨーロッパでは日本のように燃え上がるような紅葉が見られないとよくいわれますが、英国コッツウォルズ地方には日本にも勝るとも劣らないドラマチックな紅葉が見られる公園があります。ウェストンバート国立森林公園には、600エーカーという広大な敷地に、3,000種、1万6000本の樹木が植えられています。この公園をつくった大富豪ロバート・ホルフォードは、単なる見本園ではなくピクチャレスクガーデンという絵画の概念を応用した造園手法によって、芸術性の高い公園をつくることを信条としました。第二次世界大戦で荒廃したものの、現在は英国政府の機関である森林保護委員会によって復興、管理され、氏の信条通り公園は四季を通じて生きた絵画のごとく美しい風景で人々を楽しませています。 京都の紅葉名所案内 球根の植えどきは紅葉が目安 秋は春咲き球根の植えどきです。チューリップやスイセン、ムスカリ、ヒヤシンスなど春に咲く球根は冬の寒さにあうことで開花するリズムを持っているため、秋に植え、冬の寒さを経験させると、春に開花を迎えます。これらの春咲き球根は10〜15℃ほどの温度で根を伸ばしますが、20℃以上ではうまく育つことができません。球根が出回り始めるのは9〜10月ですが、近年の10月の平均気温は約19℃。球根を植えるにはまだ少し早いようです。ですから、球根を買ってきてすぐ植えると、温度が適さず生育不良の原因となることがあります。そこで役に立つのが紅葉。周囲の木々が紅葉を始める頃が、球根を植えるのに最適な地温となる目安です。紅葉の見頃は、球根の植えどきと覚えておきましょう。