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一度はこの目で見てみたい! 英国の春を告げる スイセンの花景色
120年前のこと、英国の慈善団体ナショナル・トラストは、開発で失われていく自然や、歴史ある建物や庭といった文化的遺産を守り、後世に残そうと、活動を始めました。多くのボランティアの力によって守り継がれる、その素晴らしい庭の数々を訪ねます。 スイセンが咲いて、春が来る 英国の人々にとって、スイセンは春の兆しを告げるスノードロップに続き、本格的な春の到来を知らせる花です。ウェスト・サセックス州、ペットワース・ハウスの森に広がる、鮮やかな黄色のカーペットは、花たちが春の歓びを爆発させているかのようです。 スイセンと冬枯れしない芝生がつくる鮮やかな黄と緑のコントラストは、ロンドンの公園でも見られる春の風物詩です。街角のフラワースタンドでもスイセンの花束がたくさん売られて、人々はその元気な黄色を目にする度に、どんよりとした灰色の雲に覆われた冬の日々がようやく終わった、と実感するのです。 春を彩る花木のよきパートナー こちらは、ケント州にある世界的に有名な庭園、シシングハースト・カースル・ガーデンの果樹園。庭園の象徴である、古いレンガ造りの塔が背景にあることで、ロマンチックな雰囲気が漂います。写真のサクラや、英国で広く栽培されるリンゴなど、花木とスイセンの組み合わせは、英国の春の果樹園でよく見られるものです。 ウェスト・サセックス州にあるナイマンズのウォールガーデンで見られるのは、ピンクのマグノリアとの組み合わせ。優美で大ぶりのマグノリアの花と、フォーカルポイントとして置かれた石壺が、エレガントな景色を生み出しています。 園芸品種は2万7,000種! チェシャー州、ダーナム・マーシーの森では、ミニサイズの可憐なスイセンが咲き広がります。ここに腰掛けてしゃべっていたら、森の小人にでも出会えそうな、ファンタジックな風景ですね。 英国のスイセン協会(ダッフォディル・ソサエティー)によれば、植物学者によって見解は異なるものの、スイセンの種類は40種余りで、亜種を含めると200種余り。そして、登録されている園芸品種の数は、なんと2万7,000を超えるとか。確かに、英国の園芸百科事典では、バラには負けるもののクレマチス同様に大きく扱われていて、スイセンの人気ぶりがうかがえます。 スイセンの花は13の形に区分され、中心のカップ部が大きいものや小さいもの、花弁が反り返っているもの、八重咲き、房咲きなど、さまざまです。色は、白、黄、橙で主に構成されますが、同じ白でも純白からクリーム色まで、黄色もレモンイエローからはっきりした黄色まで、色調のバリエーションが豊かです。花形と花色の組み合わせによって印象はがらりと変わり、その花姿はじつに多様。清楚な白花と可憐な黄花、あなたのお好みはどちらでしょう。 翌年も咲く「復活」の花 こちらは、コーンウォール州のコーティールにつくられた、スイセンの小径。こんな素敵な花の小径なら、どこまでも歩いていけそうですね。このメドウでは、春になると、250種のスイセンが次々と咲き継いでいきます。 咲き終わっても翌年また芽を出して咲いてくれることから、スイセンは復活を象徴する花でもあります。コーティールのヘッド・ガーデナー、デイビッドさんによると、その「復活」の秘訣は、品種を混ぜないで植えることと、日当たりをよくしておくこと、それから、花後は葉が自然に枯れるまで放っておくこと。スイセンはあまり手をかけなくても再び美しい花を咲かせてくれる、優等生なのですね。 最後は、ヘレフォードシャー州、ザ・ワイヤー・ガーデンのロックガーデンという、ちょっと珍しいシチュエーション。斜面に咲くスイセンの黄色に、反対色であるクリスマスローズの紫が映える、野趣ある花景色です。 さて、春を呼ぶスイセンの姿はいかがでしたか。この春スイセンを見かけたら、ぜひじっくりと観察してみてくださいね。 取材協力 英国ナショナル・トラスト(英語) https://www.nationaltrust.org.uk/
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イングリッシュガーデン旅案内【英国】英ガーデン誌も注目! ガーデン好き夫妻がつくり上げた珠玉の庭「タ…
見事な庭をチャリティーで一般公開 今回の訪問先は、イギリス、ウェスト・サセックス州にある個人邸の「タウン・プレイス」。英国のガーデン誌も注目の庭ということで、期待が膨らみます。 入り口に到着すると、オーナーのマクグラス夫妻が出迎えてくれました。まずは、ご主人のアンソニーさんと奥様のマギーさんに、庭全体が見渡せる母屋前のテラスでご挨拶。母屋を背に立つと、遠くまで広々と芝生が広がっています。 マクグラス夫妻は1990年に、タウン・プレイスの敷地と母屋を購入しました。庭は以前から残されていた部分も多少ありますが、構造物も植栽も、ほとんどが夫妻によって新たにつくられたものです。2人はこの素晴らしい庭を、ナショナル・ガーデンズ・スキーム(NGS)や地元の慈善団体によるガーデン・オープンデーで一般公開し、募金活動に協力しています。 夫妻それぞれにクリエイティブ 幼い頃からガーデニングに親しんできたというマクグラス夫妻ですが、奥様のマギーさんはタウン・プレイスの庭づくりに着手する前に、英国王立園芸協会(RHS)や有名ガーデンデザイナーの講義を受けて、植栽やガーデンデザインについてしっかりと学んだそうです。花壇で見られる、豊かな色彩の複雑な植栽は、マギーさんの手によるものです。一方、ご主人のアンソニーさんは、独創的なトピアリーや生け垣を生み出していて、夫妻がそれぞれに創造性を発揮しています。 そんなお話を伺っていると、ガーデンカートを押すガーデナーさんが横を通り過ぎました。 「彼は、この庭を手伝ってくれていて、歳は79歳。週に3日来てくれるよ」というのですから驚きです! その他に、週に1度、女性も手伝いに来ているとのこと。約3エーカー(約1.2ヘクタール)という広いこの庭を、オーナー夫妻と合わせて4名で維持しているというので、さらに驚きました。 「シークレットガーデンがあるから、見つけてね。行ってらっしゃい!」というオーナーの言葉で、ガーデン散策がスタート。まずは、母屋の脇にバラが咲いているエリアがあるようなので、向かってみましょう。 優美なサンクン・ローズガーデン 現れたのは、心ときめくバラの回廊! つるバラの絡まるパーゴラが額縁となって、満開のバラの景色を切り取っています。このサンクン・ローズガーデン(Sunken Rose Garden)は、1920年代につくられたものを夫妻が引き継いだそうですが、バラはすべて、主にデビッド・オースチン社のイングリッシュローズに植え替えられました。パーゴラには、‘アルベルティ―ヌ’や‘チャップリンズ・ピンク’、‘アメリカン・ピラー’などのつるバラが隙間なく誘引されていて、見事です。 無数のバラが、低い緑の生け垣に縁取られて咲いています。バラは12種、150株も植わっているそう。「サンクン(沈んだ)」という通り、バラが咲く場所は、回廊より一段下がっていて、そのせいか、芳しいバラの香りが留まっているように感じます。母屋の壁にもつるバラが咲いていて、小窓を縁取っています。 何てロマンチックな演出でしょう! 庭を訪れた2019年の6月中旬は、バラがちょうど咲き始めたばかりでしたが、きっと咲きたてのバラの香りが、この窓から室内に流れ込むのでしょうね。 いつまでも見ていたい景色でしたが、他のエリアを見逃してしまうので、隣のコーナーへ向かいます。 庭にチェス盤? 小道を進むと、奥の緑を背景に、彫像が並び、ラベンダーの紫やハーブ類の茂みが彩りをプラスしている、独創的な風景が見えてきました。中央には、なにやらチェスのコマらしきものが。 建物前のテラスが、赤と白の石板を使ったチェス盤になっていました! 膝丈ほどの大きなチェスのコマが並んでいて、どうやら、本当にゲームができそうです。屋外でチェスが楽しめるガーデン! 何てユーモアのある場所なのでしょう。 果樹園と緑の彫像 チェス盤の庭から南に向かうと、果樹園があって、リンゴの実が少し膨らんでいました。下草がきれいに刈り取られ、落ち葉一枚見当たらなくて、本当によく手入れが行き届いています。春にはラッパズイセンが咲くそうで、その景色もきっと素晴らしいのでしょう。 さらに奥へ進むと、緑の塊がポコポコと、オブジェのように並ぶエリアに到着しました。サーカス(The Circus)と名付けられた庭です。やや盛り上がった地面の芝が丸く切り取られて、その中にグラス類が茂り、丸みを帯びた大きなトピアリーが立っています。これらは、ヘンリー・ムーアの彫像作品にインスピレーションを得て作られたという、セイヨウイチイの「彫像トピアリー」。ご主人のアンソニーさんの手によるものです。これまで見たことのない景色に、庭主さんのユーモアを感じました。 麗しきイングリッシュローズ・ガーデン そのお隣のエリアは、もう一つのバラの園、イングリッシュローズ・ガーデン(English Rose Garden)です。65種、450株というシュラブローズが、一斉に咲き誇っていて、嬉しくなります。ほとんどがデビッド・オースチン社のイングリッシュローズだそう。六角屋根のサマーハウスの中には、これまでの庭の変化を教えてくれる写真が展示されていました。日差しが強い時間帯だったので、涼しい室内で写真を眺めながらクールダウンができました。 ベンチの後ろのパーゴラには、‘フォールスタッフ’、‘マダム・バラフライ’、‘オフィーリア’といったバラが伝います。このガーデンも高い生け垣に囲まれていて、バラの香りが滞留するつくりになっています。 赤や白、ローズピンクに、オレンジがかったピンク。さまざまな色合いのバラに、時々顔を近づけては香りを確かめたりして、数多のバラを観賞する贅沢な時間を過ごしました。 低い生け垣に仕切られた、まっすぐな小道を辿って行くと、その先に、隣のエリアへと続くバラのアーチが見えてきました。 このタウン・プレイスのガーデンは、動線がとてもはっきりしています。一つのエリアから、気がつくと隣のエリアにうまく導かれていて、次の空間に入った瞬間に、がらりとデザインが変わる。その鮮やかな場面転換に、思わず心を躍らせていることに気がつきました。 ピンクのバラが伝うアーチの向こうに、優しいカラーのグラデーションが続くボーダーが覗きます。 紫花のロングボーダー アーチをくぐると、最初に目にした母屋前に広がる芝生を、反対側から眺める場所に出ました。左手には、宿根草のロングボーダー(長い花壇)が続きます。その長さはなんと45m! 奥様のマギーさんが担当する、緻密な植栽の花壇です。 向こうの景色を隠すほど高く壁を作っている生け垣は、以前からあったもので、夫妻は「タペストリー・ヘッジ」と呼んでいます。2つの樹木が混ざって、タペストリーのように模様を描いている、珍しい生け垣です。明るい緑の濃淡が、手前に植わる花々とよく調和していました。 ボーダーの中央付近は、生け垣がくりぬかれています。中を覗いてみると、先ほど見た果樹園のエリアに続いていました。 広い芝生の一辺に沿って伸びる、宿根草のロングボーダーです。テーマカラーである、紫とブルーの花のグループが繰り返し植えられて、リズミカルな景色をつくっています。訪れた6月中旬は、ゲラニウム、サルビア、キャットミントが主役のようでした。クナウティアや、白花のアンテミス、ジャイアント・スカビオサ、カルドンなども植わっているようですが、これから季節が進むとどんな風に変わっていくのでしょうか。 花壇沿いに歩いて、最初にオーナー夫妻とご挨拶した母屋の前に戻ってきました。母屋の前にはバードフィーダーが備えてあって、鳥たちが集まっています。野鳥とも仲良くしながら庭を維持しているんだなぁと、微笑ましく感じました。 これまで見てきたのは西のエリアで、庭散策はまだ半分。とっても広いけれど、どこも素敵な空間ばかりです。さあ、ここからは東のエリアを見ていきましょう。 静けさ漂う小さな水辺 母屋を背に立つと、芝生の左のほうに、小さな噴水のある池の景色が広がっています。ここは、すり鉢状に窪んだ、小さな谷(The dell)のエリア。池は窪んだところにあるので、上のほうから池を眺めながら、その周りに茂る木々や宿根草の彩りを一望することができます。奥に見える銅葉の樹木が引き締め役となって、緑を際立たせています。 池の周りを、さまざまな植物が囲みます。この場所は、かつては大きな池だったそうですが、夫妻の手によって、このような趣のある小さな池の庭に変身しました。 緑の回廊からハーブガーデンへ その隣にもまだまだガーデンがあるようです。この花壇は、ロングボーダーと芝生を挟んで向かい合うショートボーダー(短い花壇)。ブルーとイエローの色調ということですが、黄色の花はまだ咲いていない様子です。花壇の間の、左右に円錐形のトピアリーの鉢が飾られた通路を進んでみます。 雰囲気が変わって、紫の花が白っぽい石壁を覆い隠すように咲く景色が現れました。花によって、石の硬い印象が和らげられていて、素敵です。そして、リンゴの木が誘引された緑の回廊を行くと…… つるバラが絡むアイアンのガゼボを中心にした、ハーブガーデン(Herb Garden)がありました。芝生の道がふかふかとして気持ちいい! ここの花壇は生け垣などの縁どりがないつくりで、花茎が枝垂れていたり、風に揺れていたりして、とてもおおらかでリラックスした雰囲気。コテージガーデン・スタイルのナチュラルな庭です。ガゼボのバラは、白花の‘マダム・アルフレッド・キャリエール’。満開の姿はどんなに素晴らしいでしょう。 ハーブガーデンのナチュラルな植栽の中で、小径の脇にある古木の枝ぶりが引き立ちます。花壇には霞のように葉を広げるフェンネルなどのハーブのほか、コテージガーデンでよく見られる花々が咲いています。 そのほかにも、アストランチアやセリンセ、ゲラニウムなど、日本でも馴染みのある植物が上手に使われていて、親しみが湧きました。 驚きの緑の構造物 さて、ハーブガーデンの南側に出てみると、またまた新たな展開! 現代アートのようなシンプルな空間が広がっています。空に浮かぶ雲までもが景色の一部なんだなぁ、と気づかせてくれる眺めです。 天に向かってまっすぐ伸びるのは、‘スカイロケット’という名のジュニパー。そして、その背後にあるシデで作られた緑の壁は、この写真ではよく分からないかもしれませんが、じつはロマネスク様式の教会を模しています。右手の手前に飛び出したところは、教会に付属する「回廊」部分。ご主人のアンソニーさんは、架空の、しかも廃墟となった教会をイメージして、それを生け垣で作り上げてしまったという訳なのです。その情熱と行動力には脱帽しかありません。 続いて、敷地の南側に行ってみると、生け垣に区切られたポタジェがありました。 スイートピーのアーチや葉物野菜の畑、アスパラガスやアーティチョークが自由に葉を広げている場所など、野菜や切り花を育てている所までも、見た目にこだわってデザインされているのが伝わってきます。先ほどの緑の構造物に加え、トピアリーとポタジェもご主人の担当。ご夫婦揃って、素晴らしい美的センスをお持ちのようです。 スイートピーとサヤインゲンのアーチ。 アーティチョークとアスパラガスの緑を背景にしたベンチコーナー。2つの植物だけで、こんなにスタイリッシュな空間が演出できるなんて。 ポタジェの隣は、真ん丸の緑のボールが宙に浮かんでいるような、緑一色のエリア。瞑想するのによさそうな空間ですね。真ん丸なボールは、シデを刈り込んだトピアリーで、背後の生け垣はヨーロッパブナで作られています。 花壇や複雑な植栽は奥様、トピアリーやハーブガーデン、ポタジェはご主人と、2人で分担しながらも、アイデアを分け合って、デザインや手入れを行ってきたそうです。所々に、ちょっとユニークなエリアもあったりして、庭が本当に好きなんだなぁ、と感じるポイントがいくつもありました。 プライベートガーデンとは思えない広さと、手入れがよく行き届いた、気持ちのよいガーデンで、とても贅沢な時間を過ごしました。 そうそう。シークレットガーデンはどこにあったでしょう? 私も無事見つけることができました! が…、扉の向こうは、訪れた人だけが見られる特別な場所。ここでは秘密にしておきますね。
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イングリッシュガーデン旅案内【英国】ウィリアム・モリスが愛したケルムスコット・マナー
「モダンデザインの父」ウィリアム・モリス ツグミがイチゴをついばむ「イチゴ泥棒(Strawberry Thief)」や、2匹のウサギが描かれた「ブラザーラビット(Brother Rabbit)」。壁紙やテキスタイルに描かれるモリスのデザインは、それらが生まれてから100年以上経った今も、人々を、とりわけ、植物好きやガーデニング好きの人々を惹きつけます。 ウィリアム・モリス(1834-1896)は、アートデザインを手掛けたほか、詩や小説を書いたり、思想家としても活動したりと、多岐にわたる活躍を見せた人でした。彼の生きたヴィクトリア朝のイギリスは、産業革命によって経済が発展し、人々の暮らしが大きく変化した時代でした。工場での大量生産が主流となっていく中で、モリスは、画家のエドワード・バーン=ジョーンズや建築家のフィリップ・ウェッブらと共に、中世の美しい手仕事に再度光を当てる、アーツ・アンド・クラフツ運動を推進しました。モリスのパターンデザインや思想は後世にも大きく影響を与え、それゆえ、モリスは「モダンデザインの父」と称されています。 モリスの「地上の楽園」 ケルムスコット・マナーは、忙しく活動するモリスがロンドンの喧騒を離れて過ごした、田舎の別荘でした。1871年、モリスはオックスフォードに程近い、コッツウォルズ地方のケルムスコット村を初めて訪れ、マナーハウスとガーデンを見て喜びます。特に、高い塀に囲まれ、生け垣で仕切られた庭は、モリスが理想としていた「囲われて外界から隔てられた」庭、そのものでした。 モリスはケルムスコットを「地上の楽園」と呼んで、すぐに、ビジネスパートナーだったダンテ・ガブリエル・ロセッティと共に地所の賃貸借契約を結びます。そして、その後の四半世紀を、ロンドンに行き来しながら、この別荘で過ごしました。コッツウォルズ地方の美しい田園風景や、古くから建つ石造りの建物、近くを流れるテムズ川上流での釣り遊び、緑の木々や、庭に咲く素朴な花々。モリスはこの地の暮らしから、創作のインスピレーションをたくさん得たのでした。 さて、モリスのデザインが大好きな私にとって、彼が過ごしたこの場所を訪れることは、聖地巡礼のような期待感がありました。優れた作品が生み出された、モリスが愛したという環境はどんなものだったのか。彼は何を見て、どんな風に季節を感じていたのか。そのエッセンスを追体験できたら……。そんな想いを胸に、まずは屋敷を囲む庭を見ていくことにしました。 昔の姿を保つフロントガーデン 屋敷の東側には、フロントガーデンが広がります。建物の入り口に向かう小道の両脇には、スタンダード仕立てのバラが左右対称、等間隔に植えられ、小道を優雅に彩っています。訪れた6月中旬は、ちょうど‘エグランティーヌ’や‘コテージローズ’、‘ガートルード・ジーキル’といった、パウダーピンクやローズピンクのバラが咲き始めていました。花に近づいてみると、素晴らしい香り! 1892年にモリスがケルムスコット・プレスから出版した、自身の小説『ユートピアだより(原題:“News from Nowhere”)』の口絵には、このフロントガーデンの庭景色が描かれています。現在の庭は、こういった資料をもとに修復されたもので、バラなどは植え替えられているそうですが、口絵に描かれた100年前と変わらない庭景色が目の前に広がっていることに、驚きを感じます。 屋敷の前に立って、小道の反対側から庭の全景を見ると、奥の隅のほうにガゼボが見えます。その左手、大きなセイヨウイチイの生け垣の上には、なにやら大蛇のようなフォルムの刈り込みが。これは、ファフナーと呼ばれる、北欧神話に出てくるドラゴンを表したもので、モリスがアイスランドへの旅の中で詠んだ詩に登場する、空想上の生き物です。モリスはこのドラゴンを自ら刈り込んでいたというので、きっと、お気に入りのトピアリーだったのでしょう。トピアリーは一度、崩れてしまいましたが、ナショナル・トラストの専門家の力を借りて、再構築されました。 ガゼボの古びた屋根の様子に、長い時の流れを感じます。ちょっと歪んだラティスにも、ささやかながらバラが絡み、ガゼボ右手の茂みの地際には、紫花のゲラニウムが咲いています。植物の数を絞った、シンプルで広々とした庭は、一人の時間を心静かに楽しめる場所でした。 一度、庭の外へ出て、左手のティールーム前の芝生エリアを素通りし、その先の、モリスの時代の屋外トイレ(Three-Seater Earth Closet)に向かいます。芝生エリアの奥に見えるグッズショップに、後で必ず立ち寄らなくては! と誓いつつ、庭の見学を続けます。 カーブを描く小道の先には、三角屋根の小さな建物が。なぜか、3つの便座が横1列に並んでいる、かつての屋外トイレです。 トイレの建物の中には入れませんが、便座に座ったと仮定する位置から正面を見ると、目の前の緑が、向こうの景色を隠してくれるようになっています。なるほど、と思う、トイレ前の植栽。野イチゴが、小道を縁取るように低く茂っていて、その上に、緑や赤のスグリが実っていました。 モリス好みの草花が咲くマルベリーガーデン 屋敷の西側、旧屋外トイレの隣のエリアには、マルベリーガーデンがあります。中央に立つのは、印象的なマルベリーの古木。ごつごつとした幹は苔むしていて、風格が感じられます。マルベリーを挟んで左右に小道が2本、屋敷に向かって平行に伸びていて、歩きながら花壇の草花を眺められるようになっています。この庭も、手入れの行き届いた芝生の緑が清々しい、シンプルさの際立つデザインです。 小道の脇、低いツゲの縁取りに沿って続く花壇では、カンパニュラやゲラニウム、ポピーが、ちらほらと咲いています。モリスが好んだという、コテージガーデン風の植栽です。 モリスの娘メイ(メイは呼び名で、本名はメアリー)は、「父がペルシャのチューリップと呼んで、デザインのモチーフに何度も用いた美しい野生種のチューリップが、花壇いっぱいに咲き乱れている」と書き残しています。今も花壇にはたくさんのチューリップが植えられていて、春になると、モリスの時代さながらに咲き乱れるそうです。4月には、スネークヘッド・フリチラリアも花を咲かせ、目を引く特別な存在となります。 左側の小道では、自然なフォルムを生かして作られた木柵が、向こう側のメドウと庭とを区切っていました。これは、1921年に撮影された写真にあった木柵を再現したもの。地元で採れたセイヨウトネリコやハシバミの木が使われています。モリスは1896年に「中世の庭のように見えるよう、ジャイルズがラズベリーの枝をうまく誘引してくれた」と書き残しているため、その頃には既にこのような木柵があったと考えられています。今、ラズベリーの代わりに絡まっているのはピンクのバラ。少しいびつな木柵が、とても自然な、リラックスできる景色を生み出しています。 モリスの手紙には、バラ、タチアオイ、スカビオサ、ポピーといった、コテージガーデンでおなじみの草花や、クロッカスやスノードロップ、ビオラ、プリムローズ、チューリップといった春の花々が登場し、当時の庭にたくさんの花々があったことがうかがえます。 また、モリスの壁紙やテキスタイルのパターンデザインでは、じつに多くの植物がモチーフに使われています。バラ、チューリップ、ハニーサックル、ヒエンソウ、ラッパズイセン、アネモネ、ムギセンノウ、ギンバイカ、アイリス、ジャスミン、ポピー、オークツリー、ヤナギ、アカンサス、フリチラリア、マリゴールド、リンゴ、ブドウ、ザクロ、レモン、キク、デイジー、クロイチゴ。描かれたそれらの植物の多くは、きっとこの庭で見られるものだったのでしょう。 現在の花壇には、これらの、モリスがデザインモチーフとして用いた植物を選んで、植えてあります。また、その植栽は、深い切れ込みの入った葉の植物を使ったり、大きな花々の間を小さな花々で埋めたり、柵に灌木の枝を絡ませたりと、モリスデザインの特徴を感じさせるものになっています。 パーゴラのあるローンガーデン 屋敷の北東側にあるローンガーデン(芝生の庭)は、もともとはキッチンガーデンでしたが、今はシダやグラス類、アーティチョークの仲間やハーブ類が植えられています。素朴な印象のパーゴラは、クリの間伐材で作られたもの。パーゴラは、ブドウの木を支える伝統的な手法の一つでした。 パーゴラを覆うブドウの葉が涼しい木陰をつくり、ここにもバラが絡んでいます。あら、あんな所、こんな所にもバラが……と、いろんな場所でその姿を見つけました。モリスはバラのデザインパターンを何種類も描いていますが、彼もきっとバラを好んでいたのでしょうね。 その隣のエリアに行くと、葉を茂らせた、どっしりとした大木の周りを、ナチュラルな花々が優しく彩っています。 暮らしに寄り添う、優しい色合いの花々。100年前にも、このような花々が静かに季節を告げる、穏やかな暮らしがあったのだろうと、想像が膨らみます。 「庭を大いに楽しんでいる。ぶらぶらと、どれだけ歩いても、目障りな物は何ひとつない。すべてが美しいのだ」 モリスは、このような言葉を残しています。 屋敷内の全フロアを見学 さて、今度は屋敷の中を見ていきましょう。 この屋敷には、モリスの友人で建築家のフィリップ・ウェッブによって、特別にデザインされたしつらえがあります。また、モリスのロンドンの家にあったものも移されて、コレクションされているそうです。 屋敷はすべてのフロアを隅々まで見学することができて、そのことに感動しました。どの部屋にもモリス柄のテキスタイルが使われていて、上品なデザインの調度品が並んでいます。暮らしと芸術を一致させる、アーツ・アンド・クラフツ運動を実践するような、丁寧な暮らしをしていたのだろうなと思いました。 シノワズリの雰囲気があるノース・ホールでは、セトルと呼ばれる、背部が高く立ち上がった長椅子が目を引きます。これは、かつてモリスが暮らしたレッド・ハウス用に作られたものでしたが、ここに移されました。脇の扉には、モリスが愛用したコートが掛かっています。 長椅子の右手には、手刺繍と思われるカーテンが。この柄は、モリスの作品の中でも最も愛されている「デイジー(Daisy)」ではないかしら! モリスの妻ジェーンと娘のメイは刺繍の名手で、屋敷には彼らの手による美しい刺繍や布小物の数々が残されています。このカーテンの刺繍も彼らが施したものなのかもしれません。 こちらは、1883年作の「ケネット(Kennet)」という柄のテキスタイル。2種類の花がデザインされています。傍には、おそらく実際に使われたと思われる版木が飾ってあります。 「ケネット」のテキスタイルが美しいグリーンルーム。ケネットとは、テムズ川の支流の名前だそう。モリスはしばしば、テムズ川で釣りをして遊びましたが、その際にもきっと創作のインスピレーションを得たのでしょう。他にも、テムズ川の支流の名前を冠したデザインがあるそうです。 グリーンルームは一家の居間として使われていました。暖炉を囲んで、ゆったりと座れるパーソナルチェアが並びます。家族でくつろぐ時間には、どんな会話が交わされたのでしょうね。 脇の小部屋には、ブルー&ホワイトの絵皿コレクションがずらりと並びます。 ここに飾られているのは、ダンテ・ガブリエル・ロセッティの描いた、モリスの妻、ジェーンの絵。彼女はロセッティやラファエル前派のモデルを務めた人物で、モリスと、その仲間たちのミューズでした。 屋敷内には、モリスの友人、サー・エドワード・バーン=ジョーンズの絵画も飾られています。また、アルブレヒト・デューラーやブリューゲルといった、価値の高い美術品のコレクションも見られます。 ジェーンの寝室だったという部屋。壁紙には1887年作の「ウィロー・バウ(Willow Bough、柳の枝)」が選ばれていて、落ち着いた雰囲気を醸し出しています。 重厚なタペストリーが飾られている、タペストリールームです。この部屋は数年の間、ロセッティが寝起きし、創作を行うアトリエとして使われていました。じつは、ロセッティとジェーンは一時、特別な関係を持ち、モリスを交えた複雑な三角関係があったといわれています。ミューズを巡る、芸術家ならではの人間模様があったのでしょうか。 屋根裏部屋を探検 最上階へ続く階段は、右左の足の置き場が段違いになった、見慣れないつくりになっていました。 広々とした屋根裏部屋です。古い梁が、古風な趣を醸し出す場所だと、モリスも気に入っていました。ここは、モリスの2人の娘が過ごすための空間でしたが、その昔は、屋敷で働く農夫や羊飼いが寝起きしていたそうです。 さらに小さな階段を上がってみると… 絵に描いたような三角屋根の真下には、シンプルさを極めた部屋がありました。娘たちの寝室です。細長い空間には、幅が極端に狭いベッドが2台並べられて、モリス柄のベッドカバーがかかっています。質素で清潔感のある、ミニマリズムの暮らしのお手本のような部屋ですね。 最上階からは、敷地の外に広がるメドウや森を眺めることができます。モリスの娘たちは、朝、目覚めたら、まずこの窓から外を眺めて、野鳥の声を聴きながら、新しい一日をスタートしたのかしら、と想像しました。 ショップはモリスグッズも充実 ショップには、モリス柄を使ったオリジナルグッズがたくさん! 日本ではお目にかかれないような、可愛いデザインばかりです。中央は、モリス柄のテラコッタタイル、上は「イチゴ泥棒」をモチーフにした布製オーナメントで、ちょっとユーモラスなツグミがイチゴをくわえています。 左は、モリス柄をテラコッタにプリントしたミニバッジ。右に並ぶ、モリスやアーツ・アンド・クラフツ関連の書籍も充実しています。 モリスの死後、ケルムスコット・マナーの地所は妻ジェーンによって買い取られ、娘のメイは1939年に亡くなるまでここで暮らしました。メイは地所をオックスフォード大学に遺贈しますが、1962年、地所は大学からロンドン古物研究協会(ソサエティ・オブ・アンティクワリーズ・オブ・ロンドン)に譲られることになります。その後、協会はケルムスコット・マナーの修復作業に着手し、地所は徐々に一般公開されるようになりました。 モリスの眠る教会へ 少し足を伸ばして、モリスやジェーンが眠るセント・ジョージ教会も訪ねました。ケルムスコット・マナーから歩いて10分ほどの場所にあります。入り口に立つ樹木が、12世紀に建てられた古い教会を隠すほどに大きく育っています。 モリスとジェーンの墓は、教会を正面に見て右奥にひっそりとありました。友人のフィリップ・ウェッブがデザインしたという墓碑に、その名が刻まれています。時の流れの中で彫文字はかすれ、かろうじて読めるものになっていました。 教会の祭壇付近には、モリスのデザインした、「バード(Bird)」の柄のテキスタイルがありました。モリスが今もこの土地を守ってくれているのだろうと感じながら、祈りを捧げてきました。
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シンガポール
シンガポールの最新花みどり旅案内〜植物園編〜
シンガポールの日常を感じる朝 シンガポールの私の朝は、毎日決まったこのメニューで始まりました。 「カヤトースト」は薄く切ってこんがり焼いたトーストに、ココナッツミルクを煮詰めて作ったカヤジャムと呼ばれるジャムを塗ったもので、これに半熟玉子をつけて、「コピ」というコンデンスミルク入りのコーヒーをお供にいただく、シンガポールのソウルフードです。毎朝違うお店を選び、通勤途中のサラリーマンの列に並んでみたり、英語ではない現地の言葉での対応に戸惑ったり、今でももう一度食べてみたいと思える懐かしい味になりました。 この日、カヤトーストの朝食を済ませ、地下鉄で向かったのは「シンガポール植物園」。 Singapore Botanic Garden 駅から歩いてもすぐの便利な立地です。 さあ、シンガポール植物園へGo! 「シンガポール植物園」は1859年に開設され、2015年にシンガポール初の世界遺産に認定されています。敷地は東京ドーム13個分にもなる64ヘクタールで、なんと早朝午前5時から深夜の12時まで無休で営業されている、園内の国立洋蘭園以外は無料の施設です。 しかし、この広さを全て見て回るのはとても無理(笑) 写真は、熱帯や亜熱帯地方の代表的な植物であるブーゲンビリア。斑入り葉や八重のものなど多様です。 ブーゲンビリアだけで、こんな景色を作れるガーデンはシンガポールならではかも。 9月末のことですので、最低気温が25℃、最高気温も30℃ほどで、最近の日本の夏の最高気温と数値だけを比べれば、大したことはなさそうだと思うのですが、じつは大敵なのは気温よりも湿度です。年間の平均湿度が84%、9月だと最高湿度が96%、晴れた日の日中でやっと60%程度まで下がります。 早朝からの蒸し暑さで、屋外の植物園は歩くのも嫌になるくらいでした。 背中にTシャツがへばりつくような汗をかきかき歩いて、次は農作物のコーナーへ。 タピオカの原料に遭遇 今人気のタピオカ。じつはこのキャッサバ(Manihot esculenta)の木の塊根のデンプンを加工したものです。 「Ipomoea batatas」Sweet Potato とのことですが、日本では「イポメア‘テラスライム’」として流通している品種と同じかと思います。ここは食用として、栽培が簡単で早く収穫できる植物のコーナーですから、「イポメア‘テラスライム’」も食べてみれば美味しいのかもしれません。味はともかく、食用だということは確かですね。 こちらも同じ場所のイポメアの違うタイプ。花が咲いていました。 園内には所々に休憩所があり、ここで暑さをしのいだり、ストームから避難したり、風景を楽しんだりできる場所になっています。 そこからすぐのヒーリングガーデンの中にある薬用植物ガーデンには、薬用になる植物が植えられていて、昔から、乾燥させた植物を医療に使っていた様子を示す壁画がありました。 名札が付いていなかったので、植え替えの作業をしていた男性に聞いたら 「オイスタープランツだよ、花がオイスターみたいでしょう?」 葉の付け根の辺りが、花を包む紫の牡蠣のように見えなくもありません。西洋おもとでしょうか? これも薬用植物の一つの「Dragon's Tongue」。肺によい植物なのだとか。 他にもいろいろ名前が分からない植物があって、先の男性に聞いていたのですが、ここで私の足元から小さい蟻が上がってきてチクチクと攻撃されてしまいました。それが痛いのなんのって。 「いま植え替えしてるから、蟻がたくさん出て来てるんだよ。違う場所に移動したほうがいいよ!」と男性。 もしかして、私、お仕事のお邪魔だったかもですね(笑) このまま植栽の参考にしたいほど素敵だけど、名前の分からない植物をカメラに収めながら、次の場所に向かっているうちに、風が吹き、雨が降り始めました。 突然の雨と落とし物(?)発見 用意していた傘をさしたけれど、どんどん強まる雨脚に、傘は全く役に立たず、靴どころかパンツまでずぶ濡れに。 これがスコールというものだったのかと、スコール対策の読みの甘さを反省しました。シンガポールの人たちがサンダルで歩いてる理由もうなずけます。長靴でも履かない限り、通常の靴だと間違いなく中まで濡れてしまうからです。 さっきの薬草園の男性が、私が歩き始めようとした時に、室内に入って来た理由も分かりました、変な風が吹いていたのは、スコールの前兆だったのですね。何か私に言いたそうな様子でしたもの。 ずぶ濡れになりながら、オーキッドガーデンまで歩き、そこで雨をしのぎました。かなり長い時間だった気がしますが、ほんの30分ほどだったようです。 雨が上がり、付近を歩いていると、地面に落ちていたのはイチジクのような小さな実でした。 どこかにイチジクの木があるのかしら? と見上げると…… 「ジャボチカバ?」と思えるくらい、幹にみっしり小さな果実がついているじゃないですか! 私の知っているイチジクとは全く違うけれど、これは「Common Red-Stem Fig」と呼ばれる、イチジクの仲間だそうです。 イチジクは漢字では「無花果」と書きますが、この小さい実の中にびっしりと花を咲かせていると説明に書かれていました。美味しくはないけれど食べられるとも書いてあったので、中を割って、味見してみればよかったなぁと後悔。 レポーターとしては、もっと突っ込んだ行動が必要でしたね(笑) ここでオーキッドガーデンに入場したのですが、過去にレポートされているのでそこは省略して、ジンジャーガーデン方面へ進みます。 滝のエリアからスワンレイクに育つ植物をチェック ジンジャー系の植物を集めたガーデンを過ぎ、滝のそばにはこんな素敵な植栽が。滝の飛沫の湿り気と大きな木の陰のちょうどよい環境にピッタリな、ベゴニア類やシダのハーモニー。何枚も写真を撮ってしまいました。 どなたかが寄贈されたという、18mにもなる石の彫刻は、熱帯雨林に育つ200種類の植物を刻んだ素晴らしいものでした。 ウソのように雨が上がり、日差しも出て暑いけれど、どんどん歩きます。 しゃれたレストランもあるのですが、なにしろお高い。そこで、売店のアイスとポテチとジュースで空腹をごまかしつつ、白鳥がいるスワンレイクに着きました。 水面に白鳥が泳ぎ、涼しげに見えますが、やはりここも暑く、そろそろかなりの疲労感が(笑) 朝からずっと暑い中を歩き続けていますから、しばし木陰にあるベンチで休憩し、再び足を進めます。 これは、大砲の木(キャノンボールツリー)です。 遠くからでも目に飛び込んでくる独特の樹形と、赤い花びらにまるでつけまつげをしたかのような雄しべ。これは虫を呼び寄せるためのダミーの雄しべで、本物の雄しべはその奥にあるのだとか。 このモジャモジャしている枝のようなものは、幹から直接出ている花芽で、右下に茶色のものがぶら下がっていますが、これが果実です。キャノンボールとは大砲のことで、ここまで大きくなるのには1~2年かかるそうです。 そして、この実も食べられるそうですが……熟すとたいへん臭いを放つそうです。 さすがにそれを試すのは勇気が必要です。 ここには「ヘリテージツリー」という天然記念物が11本植わっていて、それらをたどるのも面白いのですが、その中の一つが「カポック」の木です。 1933年にここに植えられたもので、高さ43m、幹周り6.2mというサイズ感。パンヤといわれる綿毛が、布団や枕などの詰め物に利用されることから、コットンツリーとも呼ばれます。 ほぼ一日を過ごしたガーデンですが、まだまだ見残したところがたくさん! 次回はまず、完璧なスコール対策をして、もっと効率よく回りたいと思っています。
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イギリス
イングリッシュガーデン旅案内【英国】鉢づくりの老舗「ウィッチフォード・ポタリー」
美しい景色の中にある工房 ロンドンから北西へ車で約2時間、コッツウォルズ地方北部のウィッチフォード村に、工房はあります。周りには牛が草を食む草原が広がって、のんびりした雰囲気。赤茶色の鉢がすべて手作りされているというこの場所で、どんな出会いがあるのかワクワクしながら、敷地の中へと入ります。ここには、工房の他に、コートヤード・ガーデンとショップ、そして、近年新設されたカフェが併設されています。 きれいに刈り込まれた芝生の間の小道を行くと、早速、ウィッチフォード・ポタリーの鉢に植えられた、一対のトピアリーが出迎えてくれます。 工房は、1976年、創設者のジム・キーリングさんと妻のドミニクさんによって、オックスフォード州のミドルバートンという場所で開かれました。その後、1982年にこの場所に移されました。最初はキーリング夫妻と見習い2人だけだったそうですが、現在は、熟練した陶工をはじめとする、35名ほどのスタッフが働いています。いまやジムさんの子どもたちも加わって、家族で営んでいるアットホームな工房です。 小道を先に進むと、サークル状のエリアに、大小の鉢が積み重なった、オブジェのようなコンテナガーデンが出現しました。ツゲやゼラニウムが緑を添える、ウィッチフォードの鉢づくしの贅沢な演出に、思わず見惚れます。 鉢づくしのオブジェをぐるりと一周眺めてから、緑の茂みにぽっかり空いた空洞を抜けて、奥へと進みます。背が高い人なら、ちょっとかがまないと通れないくらい、緑の生い茂ったアーチ。この様子から、ウィッチフォード・ポタリーが40年近くの長い年月、この地に変わらずあり続けていることが伝わってきます。 緑のアーチを抜けると、小道が四方八方につながる場所に出ました。庭の中に迷い込んでしまった気分。鉢だけがずらりと並ぶ、ガーデンセンターの一角のような場所かと思ったら、コンテナガーデンのお手本になるコーナーがいくつも設けられています。ここがコートヤード・ガーデンのようです。 奥に見える三角屋根の建物がショップのようですが、まずは植栽と鉢がつくる、コンテナガーデンのコーナーをチェックすることに。地面には、形が大小さまざまな敷石とレンガのペイビングが施され、ランダムな模様が浮かんでいます。 面白さ再発見のコンテナガーデン 大きな鉢の上に大きな鉢皿を載せて、砂利を敷き詰めた中に小さな鉢を並べて、さらにまた上へ鉢を載せて……。まるでウエディングケーキのようなディスプレイのアイデアに、ナルホド! と感心。 このコートヤード・ガーデンを管理しているのは、ヘッドガーデナーのポール・ウィリアムズさん。運よくポールさんに会えれば、植栽について話を聞くこともできるそう。 写真の左と右は、三角の屋根がついたアーチ状の構造物の表と裏に当たりますが、それぞれの演出の違いにびっくり! 写真右は、アリウムの鉢植え、ギボウシの鉢植え、スイートピーの鉢植えと、鉢植えばかりを集めたエリアなのに、とても瑞々しくて季節感たっぷり。コンテナガーデンでも、そんな庭づくりが可能だということを知りました。 象の背中からシダがダイナミックに伸び出ていたり、地面に低く咲くイメージのあるゲラニウムが高く茂っていたり。鉢植えならではの面白さがあります。レンガの目地から自然に生えてきたようなアルケミラモリスも、ナチュラルな雰囲気を生み出しています。 鉢に植えられている植物の種類はさまざまで、個々それぞれに特徴があります。でも、鉢植えという共通点が統一感を生んでいて、コンテナガーデンも面白いものだなぁと再認識しました。 多種多様な鉢が並ぶストックヤード コートヤード・ガーデンから奥へ向かうと、つるバラに彩られた建物の前に、新品の鉢がずらりと並んでいました。鉢を展示販売しているストックヤードです。こんなにたくさんのバリエーションを見る機会はこれまでなかったので、思わずテンションが上がります。 大きさや形がさまざまな鉢が並びます。鉢のデザインは500種もあるとか! 手前の緑が茂っている鉢は、イチゴ栽培用のストロベリーポット。イチゴの苗が植えられるよう、鉢の側面に穴があります。その左手にあるフタの付いた壺は、日本ではあまり馴染みがないですが、ルバーブ栽培用のテラコッタ。イングリッシュガーデンでは時々目にします。 ウィッチフォードの鉢は、バラやプリムラ、デルフィニウムなど、ガーデンの花々をモチーフにしたレリーフ模様も特徴的です。これはあの花ね! と眺めるだけで楽しい時間。テラコッタ製のニワトリやフクロウなどの置物も、庭に馴染みやすそうです。 釉薬がかかったオシャレカラーの鉢もずらり。素焼きの鉢とはまた違った魅力があります。 8角形の屋根を持つ建物、オクタゴン・ギャラリーの中では、ウィッチフォード・ポタリー製以外の、英国製の陶器が販売されています。釉薬で彩られたマグカップや大皿などの食器類、または作家ものなど、いろいろなタイプの陶器が並び、さらには、剪定ばさみや誘引紐といったガーデングッズや、ポストカードなどもありました。大きな割れ物はお土産にはハードルが高いので、目に焼きつけるだけで我慢。 工房見学のミニツアー ウィッチフォードの鉢作りの過程をたどるミニツアーに参加して、工房を見学することもできました。ここで30年以上働いているというバーバラさんが案内してくださいました。 工房を開いたオーナーのジムさんは、育った家の近くに粘土層があったことから幼い頃より粘土で遊び、また、ガーデナーの母の影響で、草花にも親しんだそうです。ケンブリッジ大学で考古学を学んでいた際に、発掘作業で破片を見つけたことから陶芸に興味を持ち、考古学よりも夜間の陶芸講座に夢中になって、陶芸家を志すことにしたのだそうです。そして、花鉢を専門に作っていたレクレッシャム・ポタリ―に弟子入りします。ジムさんがそこで学んだ英国伝統の技法が、ウィッチフォード・ポタリーの鉢づくりの基礎となっています。 鉢は、90%以上がロクロで作られ、その他は、型などから作られています。鉢づくりは、まず、粘土の用意から始まります。近隣から採取され、車で運び込まれた3種類の土がブレンドされています。 採掘された土はまず、建物内の特殊な機械があるエリアに運び込まれます。土は水と混ぜられ、石などの不要なものが取り除かれて、なめらかな粘土へと加工されます。液状の粘土がパイプを通って、何層ものフィルターを通す過程を経て、なめらかになります。 練られた粘土はつややかです。覆いをかけて乾燥を防ぎながら4カ月間寝かせます。この段階になるまでがとても大事な作業で、時間もとてもかかるそうです。 鉢本体のための粘土と、装飾部分の粘土は、ブレンドの比率などの仕様が異なるそうです。ウィッチフォードの粘土は、成形に理想的な弾力性があり、焼き上がると、味わいあるテラコッタ色になります。 粘土の加工場の隣は、窯のエリアでした。ガスと電気、薪で焼くこともできるいくつかの窯があり、最高温度は1,040℃。36時間かけて焼くそうです。 2階に上がると、鉢をそれぞれのデザインに仕上げるいくつものアトリエがありました。 鉢づくりは、ロクロで成形する係と、装飾を手掛ける係に分かれています。現在、リーダーとして工房のスタッフを率いるのは、ジムさんの息子のアダムさんです。アダムさんは幼い頃から陶芸の手ほどきを受けた陶工であり、数年前から経営陣に加わっています。ここには、数十年間働いているベテランの陶工もいれば、働きだして数年の見習いもいます。ロクロできちんと鉢を成形できるようになるには、15年かかるそうです。 工房では、1週間で6tの粘土を600個強の鉢に加工するそうで、想像以上の量に驚いてしまいます。鉢づくりに並んで、日本とアメリカからのたくさんの注文に対する、日々の発送作業も大変なものです。 ウィッチフォードの鉢は多孔性に優れていて、植物の成長を促します。また、霜害を防ぐとして、イギリス国内ですべての鉢に10年間の保証が付いています。 ウィッチフォード・ポタリーでは特別に大きな鉢を焼くこともあります。大きな鉢の場合は、一度に成形するのが難しいので、いくつかのパーツに分けて成形し、組み合わせます。アダムさんが作った過去最大の鉢は、焼く前の高さが2mあったそうです。 このアトリエでは、スペシャルオーダーの鉢を作成中。スペシャルオーダーでは、結婚や退職のお祝いに、特別の装飾や文字を入れてもらうことができます。また、英国の庭園のベンチで見られるプレートのように、庭を愛した故人を偲ぶ文言を刻んだ鉢を作ってもらうこともできるそうです。 奥の棚には、800種の装飾モチーフの型が並びます。この中に、外の鉢で見たバラやプリムラがあるのですね。モチーフの型は、すべてジムさんがデザインし、手彫りしたものが原型となっています。ロクロで成形して1日乾燥させた鉢に、型に入れた装飾用の粘土を押しつけて、接着させます。 たくさんのモチーフでデコレーションされた鉢もありました。成形、装飾の作業が終わった鉢は、十分な乾燥がされたのちに窯で1回焼かれて、完成します。 2018年からは、日本の六古窯の一つである備前焼の産地、岡山県備前市で備前焼と花・庭・自然が融合する新しい試みが数々行われています。「ウィッチフォード・ポタリー」代表、ジム・キーリングさんが秋に来日し、直接レクチャーを受けられるワークショップも開催されています。 ●備前焼の魅力を伝える新プロジェクト「Bizen×Whichford」コラボイベント報告 地元でも愛される新エリアのカフェ 工房やガーデン、ショップから徒歩1分のところには、2014年にオープンしたカフェ「ストロー・キッチン」があります。 カフェの前には、ゴッホの描いた『糸杉のある麦畑』をモチーフにした、黄金のモニュメント「ゴールデン・サイプレス(金のイトスギ)」がありました。周りに咲くポピーが可愛らしい雰囲気。このモニュメントは、数年前に日本で行われたガーデンショー展示のために作られた作品の一つで、陶製のモニュメントには23.5金の金箔が施されています。ジムさんはこのように、粘土で複雑な形のものを作ることに果敢に挑戦しています。 テラス席もあって、リラックスできる雰囲気です。ちょうどランチタイムだったので、多くの地元の方で賑わっていました。 店内のデザインはカジュアル。店のおすすめメニューは、地元農場のベーコンとカフェの手作りパンを使った、ベーコン・サルニ(サンドイッチ)。その他、手作りパンのトーストに卵料理を合わせた一品や、トーストにチョリソーとフェタチーズを合わせた一品など、シンプルだけれど、美味しそうなメニューが並びます。 ランチにいただいたのは、ミントとタラゴンの入ったオムレツやアスパラガスを包んだ生春巻き。多国籍でモダンな一品です。ビオラの花飾りに嬉しくなります。 美しい景色の中で、ウィッチフォードの鉢は一つひとつ、手間ひまかけて、大切に手作りされていました。だからこそ、大量生産品にはない存在感を持つのだなと納得。長く大事に使っていきたい鉢と、魅力を再発見しました。
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イギリス
【英国の庭】ハウザー&ワース・サマセット ピート・アウドルフ作のナチュラリスティックガーデンを訪ねる
時代の先端を行くアートセンター ハウザー&ワースは、本店となるチューリッヒをはじめ、香港、ロンドン、ニューヨークなど、世界の9カ所に拠点を持つ、現代アートのギャラリーです。このハウザー&ワース・サマセットは、2014年に、サマセット州ブルートンの町外れにあるダースレイド農場の中に開設されました。エッジの利いた現代アートの展示が行われる一方で、環境保護やサステナビリティ、教育などのテーマに着目した、多目的のアートセンターとしても機能し、さまざまなセミナーやワークショップが行われています。 ここでのお目当ては、ギャラリーの後ろに広がるメドウ「アウドルフ・フィールド」です。デザインは、オランダ出身の世界的ランドスケープ・デザイナー、ピート・アウドルフ。彼は敷地全体の景観スキームも手掛けています。近年、彼を追った記録映画『FIVE SEASONS ガーデン・オブ・ピート・アウドルフ』が公開され、日本でも話題となっていますが、映画にはこのメドウの設計シーンも登場します。早速、行ってみましょう。 広い駐車場からエントランスに向かうと、まず、鉛の塊のような巨大な像が現れました。「アップル・ツリー・ボーイ・アップル・ツリー・ガール」という、アルミニウム製の彫像作品。子どもみたいな像は、ユーモラスなような、ちょっと怖いような印象です。園内には、こんな屋外展示がいくつかあります。 ギャラリーの入り口は、写真右手の建物にあります。これらの古い石造りの建物は、何十年も打ち捨てられてボロボロになっていた農場の建物でしたが、パリの建築事務所によって修復や改修が行われ、回廊式のモダンなギャラリーやレストラン、宿泊用の貸し別荘に変身しました。これらの建物は、2015年のRIBAサウス・ウェスト・アワードをはじめ、建築界のいくつかの賞を受賞しています。 小雨の中、水やりをする人の姿が。 エントランスからギャラリーのショップを抜けて、建物の奥に向かうと、庭に通じるガラス戸がありました。外に出てみましょう。 宿根草のメドウ「アウドルフ・フィールド」。 1.5エーカーの広さを持つ、宿根草を使ったメドウガーデン「アウドルフ・フィールド」が目の前に広がります。幅広い散策路が斜面を上り、ずっと向こうの白い建物まで続いているようです。あいにくの雨ですが、傘をさしつつ観賞スタート。緩やかにカーブする道を上っていきます。 少し行くと池があって、その水面に雨粒の波紋が広がっていました。睡蓮の浮かぶ池は、周辺の木々の緑を映しています。 アウドルフの代表作の一つに、ニューヨーク・マンハッタンの、廃線となった高架鉄道跡を空中庭園に変えた「ハイライン」のプロジェクトがあります。ハウザー&ワースのニューヨークのギャラリーはちょうどハイラインの通っている場所にあって、ハウザー&ワースの経営者であるイワン・ワースは、アウドルフのつくったこの公園が大好きだったそう。その後、縁あって知り合ったのだとか。 振り返ってみると、池越しにギャラリーのモダンな柱廊が見えます。 先ほどの角度から見た池は、池の縁と小道との境目がくっきりと見えましたが、こちら側は、池と地面との境目があいまいになっています。なだらかな斜面の低い所にできた、大きな水溜まりのように見えます。 さらに斜面を上っていくと、今度は道幅がぐっと広がりました。緑の小島のような、芝の小さな丘が飛び石のように配置されていて、道だけれども広場のようでもあり、面白い景色です。緑の小島の間を縫って、先に進みます。 中央の道は砂利敷きですが、左右に枝分かれする小道には芝生が生えています。この芝生の緑が背景幕となり、植栽エリアの花々は浮き上がっているように見えます。 まゆ玉のような「ラディック・パビリオン」 両側に広がる植栽を眺めながら歩を進めていくと、敷地の一番奥、斜面の上に建つ、まゆ玉のような建物に到着しました。チリ人の建築家、スミルハン・ラディックによってデザインされたラディック・パビリオンです。マーブル模様の、台座のような大きな石の上に載った、丸みのある白い物体。中に入れるのでしょうか? 奥へ回り込むと、中に通じる階段がありました。 建物に入ってみると、宙に浮いたような、ドーナツ状の空間になっています。ところどころに大きく開いた窓があって、外の景色が切り取られて見えます。 この建物は、2014年に、ロンドンのケンジントン・ガーデンズ公園内にあるサーペンタイン・ギャラリーの、夏季限定パビリオンとして建てられたもので、その翌年にここに移設されました。サーペンタイン・ギャラリーでは、毎夏、建築家を選出して実験的な建築物を作り、それを仮設の休憩所として一般に開放します。そういう経緯のある建物だからか、とても個性的。これ自体がアート作品のようです。 まゆ玉のような建物を印象づけている黒い突起のような部分から外を覗いてみると、アウドルフの庭越しに、羊が草を食む草原が見えました。 グラスファイバーで作られた建物は宇宙船のよう。宙に浮いているような感覚で、一周、ぐるりと歩くことができます。ところどころに椅子が置いてあって、瞑想もできそうですね。 さて、パビリオンを出て、再び庭に戻りましょう。遠くに目をやると、日本とは違って電線や電柱のない、のんびりとした景色が広がっています。丘の上(写真右上)には、ブルートンの町のアイコンでもある、古い石造りの鳩小屋が見えます。 ガーデンの縁に当たる部分は、写真手前のように、モリニアやシモツケソウ、サラシナショウマといった、背の高い植物を使った、より強健な植栽がされています。メドウの全体は、この時期は少し色が少ないものの、アウドルフの意図した通り、大きなパレットのように見えます。 卓越した植物選び さて、今度はどんな植物が植わっているのか、丹念に観察していきましょう。軽やかなグラス類の中に、ゲラニウムやサルビアなどの宿根草がグルーピングされているメドウです。隣り合う植物同士に、くっきりとした色や形、質感の対比があるので、手前にある植物が引き立って見えます。 緑の草葉の中で隠れんぼうしているみたいに、半ば埋もれるように銅葉のアクセントが覗いていたり、カンパニュラがめいっぱい花を咲かせていたり。あそこにいるあの子は、果たして顔なじみか、それとも初顔合わせのお相手か、目を凝らしてしまいます。また、この植物の隣にどうしてこの植物を合わせているのだろうかと、植栽の意図を探るため、頭を働かせました。 全体の植栽は、紫、ピンク、さび色、金色が、流れるような色彩となるよう計画されているそうですが、訪れたこの時期は、若く明るい緑と紫の花穂のカラーリングが、特に印象に残りました。 また、改めて、きれいだなぁと目にとまったのは、グラス類です。霧雨を受けてわずかに枝垂れ、雨粒がキラリと光るグラスの穂と、アリウムやエキナセア、エリンジウムなどのコラボレーションがおしゃれ。この一角だけならば、ベランダでも再現できるかしら? と刺激を受けました。 アウドルフは、美しいシードヘッド(頭状花)を持つ植物を効果的に使うことで定評があります。「植物の枯れた姿も好き」と言う彼は、立ち枯れた姿が素敵な植物をいくつも配して、四季を通じて興味深い庭をつくり上げました。 この庭を訪れたのは2019年の6月中旬でしたが、その時期には、ロンドン市内にあるキュー・ボタニックガーデンではアリウム・ギガンチウムが咲き終わっていました。しかし、ここの植物は、これからもっと成長していくようです。それぞれの株のボリュームが出て、花もどんどん咲く季節に向かっていました。 アウドルフはデザインする際、最初から頭の中に完成形の絵を浮かべていると言います。そして、それから、どの植物がそのヴィジョンを満たすものなのかを検討し、レイヤーごとにスケッチに起こしていくのだそうです。園芸家、そして、ナーセリーのオーナーとして長い間過ごしてきたアウドルフは、植物やその習性について深い知識を持っています。横に広がりすぎたり、こぼれ種で増えすぎたりして、全体図の均衡を壊しかねない植物は使わないように注意しているそう。選ぶのは、直立して大きくなりすぎない品種です。アウドルフが類まれなアーティストであると同時に、卓越した職人でもあることの分かるエピソードですね。 ガーデナー上野砂由紀さんが解説 同行した北海道のガーデナー、上野砂由紀さんが、この庭を解説してくれました。 「夏にもちろん素敵なこの庭は、秋になると、さらに美しさを増すよう緻密に計算された植栽だということが、実際の庭を見ると分かります。例えば、秋になるとグラスの穂が霞のように広がり、その間にエキナセアなどの、あえて残されたシードヘッドがポツポツと浮いて、点描画のように美しく見えます」 「敷地の両サイドには、迫力ある大型のフィリペンデュラやベロニカストラムが多く植えられていました。さらに秋に盛りとなるようにタリクトラムやユーパトリウム、キミキフガ、アスター類が植栽されていて、秋の特別な美しさが想像できました。それから、秋に大きくなりすぎて倒れてしまわないように、草丈を3分の1くらいに刈り込む作業もされていました。また、彼は自立しない植物はセレクトしないという考え方も、ガーデンから見て取れました。乾燥に強い植物もうまく使われていたと思います。一見シンプルな庭ですが、そこには彼の深い考えに裏打ちされたデザインがあると感じました。秋は、きっと全く違う世界になることでしょう」 モダンな柱廊と中庭 CLOISTERと書かれたガラス戸の向こうに広がる回廊。 ギャラリーの建物は、洋書や雑貨が並ぶショップや、現代アートが展示されている小部屋がいくつもつながって、回廊のようになっています。 その回廊に囲まれた中庭も素敵な植栽で、くつろげる場所でした。鮮やかな緑のオータムン・ムア・グラスなど、グラス類を多用しています。ところどころに暗い葉色や花色の多年草があって、アクセントに。古い家屋を使ったレストランの屋根の色ともマッチしています。 中庭は、空間を共有する彫像の価値を損ねないように、植物の草丈を低くして、植栽をシンプルにまとめているとのこと。空間全体を考えて設計されていることが分かります。 キッチンガーデンにも注目 併設するレストラン「ロス・バー&グリル」では、ダースレイド農場の食材をはじめ、地元の新鮮な食材を使った料理が楽しめます。サラダやスープのワンプレートランチや、ハンバーガーのセットなどがあって、ランチにおすすめ。 レストランの建物沿いには、おしゃれなキッチンガーデンがあって、レストランやバーで使う野菜やハーブ、エディブルフラワーが育てられています。キッチンガーデンは、レストランやギャラリーの建物とこの土地を繋ぎ、馴染ませる役割も果たしています。腰高のレイズドベッドになっている植栽升の中には、カモミール、コーンフラワー、ボリジ、エキナセアといった花々が咲き、キャベツやスイートピーなども育っています。 この区画はNo-dig gardening(ノー・ディグ・ガーデニング)の手法で栽培されています。ノー・ディグとは、つまり、耕さないということ。有機栽培の流れを受けて、近年英国で注目されつつある栽培方法です。この植栽升では、土の上に、よく腐熟した肥やしとマッシュルーム・コンポストがそれぞれ厚い層となって重ねられています。人が耕すことはしませんが、虫や微生物の力のおかげで、自然が自ら土を耕す力を得るようになり、空気の通り道ができます。その結果、作物の収穫量がぐんと増えるのだそうです。ここに育つ野菜や花の健やかな姿を目にすると、ノー・ディグ栽培法に興味が湧いてきますね。 時代の先端を行く現代アートと、自然回帰のようなガーデニング法。一見、相反しているようですが、このガーデニング法やアウドルフのメドウデザインには、環境保護やサステナビリティという、最先端のテーマへの取り組みが含まれています。ハウザー&ワース・サマセットは、今後の発展が楽しみなコンテンポラリー・ガーデンでした。
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ニュージーランド
ニュージーランドの庭文化【世界のガーデンを探る24】
ニュージーランドのガーデニング ニュージーランド(NZ)という国は、10世紀ごろ海洋民族のマウリの人たちがカヌーに乗って住み着いたのが始まりでした。その後イギリス人が大航海時代に上陸して、1804年にマウリの人たちとワイタンギ条約を締結し、正式にイギリスに併合されて、「ニュージーランド」と呼ばれるようになりました。 そうしてイギリス連邦に組み込まれ、1907年にイギリス連邦内の自治領となり、独立国家となりました。ご存じのように、ニュージーランドは北島と南島があり、北島に100万都市のオークランドがあります。かつてここでは「エラズリーフラワーショー」が毎年開催されていました。その後、1994年より、開催地は庭好きな人が多く住んでいる南島のクライストチャーチに移りましたが、2015年にショーの開催はストップし、その後も残念ながら開かれていません。花好きの人たちが多く住んでいても、クライストチャーチの町が大規模なフラワーショーを支えきれなくなったのは、経済的な理由によるのかもしれません。 ニュージーランドの北島にはアイルランドから多くの人が渡ってきて、この国のいろいろな仕組みを作ったのですが、彼らはイギリス人ほど庭好きではありませんでした。庭好きなイギリス人の多くは、南島のクライストチャーチに住み着いたのです。かつては、個人庭園や町、それに商店なども参加してガーデンコンテストが開かれていました。 まずは、かつては世界3大フラワーショーの一つに数えられていたエラズリーフラワーショーをご紹介してから、ガーデンコンテストの受賞庭園やクライストチャーチ近郊の個人庭園をご紹介しましょう。 世界3大フラワーショーだったエラズリーフラワーショー エラズリーフラワーショーは、もともと北島のオークランド郊外にある競馬場の「エラズリー」で開かれていたことから付けられた名称ですが、その後手狭になり、オークランド郊外の植物園で開かれるようになりました。僕も毎年審査員として10年近く参加しました。 もともとはオークランドのライオンズクラブがチャリティー(寄付金集め)目的で始めたもので、会場整備や運営に当たっていました。近年は先ほど書いたように、南島のクライストチャーチに移りましたが、残念ながら今は行われていません。 会場には、ガーデン関連のショップやフラワーアレンジの展示、ガーデン倶楽部による植物の提案、地元の食やワインなどが集まるマーキーまであり、イギリスのチェルシーフラワーショーほどの緊張感はなく、おおらかな雰囲気でした。2009年の開催時は、ニュージーランド固有の植物を取り入れながら、キッチンガーデンやデッキ空間がある庭など、19のコンテストガーデンがつくられました。審査は、RHS(英国王立園芸協会)に所属するイギリス人ガーデナーをはじめとする27人の専門家によって行われる国際的なコンテストでした。 ニュージーランドの植物事情 ガーデンデザインの提案には、毎年必ずといっていいほど、アウトドアキッチンをテーマにしたものがいくつかありました。雨が少ないニュージーランドでは日常的に外での食事も楽しめるので、一般家庭の庭でも、このようにキッチンを備えたテラスのあるデザインを見かけます。 ニュージーランドにはもともと花のきれいな植物はほとんどなくて、ほぼすべての庭の植物は、多くはイギリスから持ち込まれたものです。なぜ花のきれいな植物が少ないかというと、ニュージーランドはもともとジーランディアというほとんど海に沈んでしまった大陸の一部で、おそらく昆虫が地球上に現れる前にゴンドワナ大陸から離れてしまったのではないかと考えられています。その結果、きれいな花に虫を集める虫媒花が現れず、現在も風媒花が主流なのだと僕は思います。昆虫がいないということはイギリスから持ち込まれた植物を食べる害虫がいないということで、ニュージーランドではほとんど消毒する必要がないのです。バラなどは、これほどきれいなのかと思うくらい素晴らしい花が咲きます。 オープンガーデンのガーデンコンテスト クライストチャーチでは、ガーデンコンテストを毎年開催しています。カテゴリーは3つあります。1つ目は1軒の庭単位でエントリーする「個人庭園部門」、2つ目は、「法人部門」で、例えば商店や会社の周りの植栽などでエントリーします。そして3つ目は、上の写真のように住宅地の一角(10軒程度の集合地域)ごとの、地域ぐるみでエントリーする「住宅地部門」で、他国のカテゴリーではあまり例のないことです。こういうコンテストを実施できるということは、みんなで町全体をきれいにしようという意識がある文化度の高さの表れかもしれません。 個人邸で育てられている植物についてお話ししましょう。この地域は空気が乾燥しているので、球根ベゴニアやダリア、それにバラもきれいな花を次々に咲かせてくれます。日本と違って蒸し暑い夏がないクライストチャーチは、ダリアや球根ベゴニア、フクシアなどが、初夏から秋まで、病気や害虫に悩むことなく咲き続けてくれます。バラも夏に休むことはなく、初夏から秋まで見事な花を楽しむことができます。ただ日本人にとっては、ちょっと赤花が強烈に見える気がしますが、いかがでしょうか? 暮らしの中で楽しむ個人邸のガーデン 住宅の庭では、日本でもお馴染みのニューサイランやフトモモ科のギョリュウバイ、ユッカ、それにトベラの仲間やヘゴの仲間の木性シダなどが使われています。近年、ニュージーランドでは、もともと土地にあった植生を回復させようと、高速道路や公園の緑地には多くのニュージーランド原産の植物が使われるようになりました。 私が訪ねた個人邸では、窓が大きく外の庭の緑が暮らしの一部になっていました。いつもそばに自分が生まれ育った地域の植物が育ち、眺めることができるのは、穏やかな暮らしの支えになっているのかもしれません。 クライストチャーチ郊外の有名な庭 イギリスと比べてガーデニングの歴史が浅いながらも、ニュージーランドにも、名園と呼ばれる場所がいくつかあります。その中の代表的な庭園が、クライストチャーチ郊外にある「オヒナタヒ庭園(Ohinatahi garden)」です。海を望む崖の上につくられた庭で、とてもよく手入れがされています。地形をうまく利用したイタリア風な庭づくりで、オーナーが男性だからかもしれませんが、緑の芝生を中心に落ち着いた雰囲気を醸し出しています。 もう一つご紹介するのは、クライストチャーチ郊外の「トロズ・ガーデン(Trotts Garden)」です。オーナー曰く、世界一のノットガーデンです。奥に見える建物は古い教会。ここでは時々結婚式もとりおこなわれているそうです。この規模のノットガーデンをつくろうと思ったこと自体にも感心しますが、維持管理を考えただけでも気が遠くなります。 ニュージーランドの公共の庭 クライストチャーチの町の真ん中にある川沿いの公園「MONA VALE」。 「MONA VALE」の中心付近には、バラ園もあります。どの地域も、ニュージーランドにあるバラ園は本当に、花はきれいに咲き揃い、手入れも行き届いて気持ちのよい場所になっています。川沿いにある個人の庭も公園の一部になっていることがあります。 フォーマルな高級住宅でもそれぞれに庭が設けられているので、散歩をしていると次々と現れるガーデンシーンに出合うことができ、目を楽しませてくれます。本当にクライストチャーチは“ガーデンシティー”の名に恥じないレベルで、町を挙げての取り組みがなされていて、完全に脱帽です。 次回はオーストラリアの庭と、メルボルンフラワーアンドガーデンショーの話をしたいと思います。
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イギリス
英国のフラワーショーに見る現代の植栽デザイン【世界のガーデンを探る23】
100年以上の歴史ある花と緑と庭の祭典 これまでは、西洋の庭デザインの変化をたどりながら、国ごとにスタイルが異なる花の植え方をご紹介してきましたが、今回はイギリスのフラワーショーについてご紹介します。 ●これまでの連載記事はこちら フラワーショーといえば、イギリスで毎年開かれるチェルシーフラワーショー(RHS Chelsea Flower Show)があまりにも有名です。100年以上の歴史を持ち、世界中のガーデンデザイナーが目指すコンテストの一つがチェルシーフラワーショーです。園芸文化の普及と発展を目的としたフラワーショーなので、庭だけでなく、さまざまな植物の新品種や希少な植物の紹介の場所にもなっています。 上写真は、僕がイギリス人の友達と一緒につくった「ホンダティーガーデン」で、日本人初のゴールドメダルをいただいた庭です。チェルシーフラワーショーは王立園芸協会主催のフラワーショーなので、一般公開になる前日の午後、ロイヤルビジット(王室の訪問)があり、女王陛下も毎年お見えになります。 ショーガーデンをつくる時 デザイナーが心がけることとは ある意味、世界中のフラワーショーのお手本になっているチェルシーフラワーショーは、審査から一般公開を含めて1週間しか開かれません。植物をふんだんに使って作り込まれて、お金も非常にかかっている庭が、たった1週間で取り壊されてしまうことは、もったいないと思われるかもしれませんが、デザイナーの立場からすると、来場者に一番いい状態の庭を見ていただくには、やはり1週間が限界です。それ以上時間が経つと、多くの花が傷んだり散ったりして、最高の状態で見ていただくことができなくなってしまうからです。 デザイナーとしては最高の状態で審査を受けたいのですが、その日に花を満開に咲かせるのは並大抵の苦労ではありません。 ショーガーデンに使われる植物の選び方 例えば、アイリスの仲間は存在感があるのですが、一日花なので、なかなか花の開花をピンポイントで合わせることが難しい植物です。ですから、一般公開の間も楽しんでいただけるように、花期の長い植物を組み合わせる必要があります。もちろん会場前の花の手入れは毎日、怠ることはできません。 フラワーショーの庭は、細かな制限が設けられているわけではないので、デザイナーの自由な発想のもとに楽しくつくることができます。上の写真のように、常緑の植物を多く使うと落ち着いた雰囲気になり、庭が短期間で乱れることはない反面、華やかさが欠けてしまいます。 黄花の植物の中でもバーバスカムの黄花は、主張が強くなく花期が長いので、ショーガーデンにおいて常連の一つです。多くの花を使いすぎると、まとまりのない配色になり、テーマが見えにくくなってしまいます。 落ち着いた花色でまとまった庭をよく見てみると、チェルシーフラワーショーで定番となっている植物たちが取り入れられています。この中でも、手前に咲いている八重咲きのオダマキは珍しい花色で、奥の紫ミツバの白花がポピーのオレンジ色を中和させて、軽やかな雰囲気が生まれています。 フラワーショーの参加条件 では、こうした特別なショーのガーデンはどういった経緯を経て完成へと向かうのでしょうか。まず、チェルシーフラワーショーの人気のデザイナーは、フラワーショーが終わるとすぐに翌年のデザインを始めます。特に「ショーガーデン」と呼ばれる大庭園部門では、最低でも1,000万円以上のお金が必要なので、来年に向けて早くスポンサーを探さなくてはいけないという大仕事がまずあります。R.H.S.(王立園芸協会)に出品するには、以下の条件を満たさなくてはいけません。 実績のあるデザイナーであること(過去に受賞歴などがあること) 実績のある施工業者がついていること 資金が十分であること 資材や植物の調達計画がしっかりしていること いいデザインであることは必須条件 多くのデザイナーは、まず小庭園部門での受賞実績を経て、大庭園部門への参加にステップアップしますが、僕の場合は、1995年にイギリスで手がけた個人庭園が「B.A.L.I.(英国造園協会)」の年間のグッドデザイン賞をいただいたことが実績となり、初回からショーガーデンをつくることができました。 ガーデンをつくるための石材の調達 イギリスでの庭づくりの苦労としては、まず、日本では当たり前の材料でも、同じものはなかなか見つけることができないということがあります。例えば、イギリスは火山国ではないので、きれいな御影石(花崗岩)を手に入れることが難しかったことを思い出します。また、ゴロタ石などはウェールズ地方に行って、氷河期のモレーンの石を使いました。また、イギリスのモルタル用の砂は赤いので、白いモルタルをつくることも苦労した点です。 ガーデンをつくるための植物の調達 イギリスにある樹木は、アジア起源だったり、過去に日本から持ち込まれたものも多いので、調達するのにさほど苦労はしません。しかし、樹形は左右対称に育てられていることがほとんどのため、いつもナーセリーの圃場の隅で、いじけた形(自然樹形)の樹木を探すことになります。 草花は、日本のように酸性土壌で育つようなものは少ないので、結構苦労しますが、我々の感性に合ったもので東アジア的なものを探します。ショーガーデンで大活躍するのは、ギボウシやイカリ草です。他にもいろいろ揃えなくてはいけないので、あちこちのナーセリーを回ってガーデンをつくる前年の秋までに苗の予約をします。 手配する植物の量は、全部使われることはなくても2〜3割ほど余分に注文しておきます。また会場がとても狭いので、配送の日は時間まで指定して搬入してもらうのですが、どの庭も大抵一緒の時期に運び込まれるため、会場内で大渋滞がどうしても起こってしまいます。それでも日本のように大声が飛び交うようなことは滅多にないのがイギリス。こうした全体のマネージングや他の庭との人間関係などをスマートに行うことも、いい庭をつくるためにはとても大事な条件です。 フラワーショー開催の風景 チェルシーフラワーショーの会場では、地面に庭をつくるショーガーデンのほか、巨大テントの中で多数のナーセリーが最新品種や定番品種を発表します。こちらは、デルフィニウムと球根ベゴニア専門店のディスプレイ。クレマチスにバラ、球根花、ダリアなど、これでもかという色と量に圧倒されてしまいます。 チェルシーフラワーショーが開催された後、例年7月に開かれるハンプトンコートフラワーショーは、チェルシーに比べると、もっと自由な発想でデザインされた庭が多いようです。 イギリスのフラワーショーの審査のポイント テーマ性がしっかりしていること 全体の調和がとれていること 植物と構造物の組み合わせがうまく調和がとれていること しっかりした施工と最高品質の植物が使われていること 人を驚かすような斬新なデザイン性があること などが大事なチェックポイントになっています。こうしたショーガーデンが毎年開催されることで、新しい庭デザインの発想が生まれたり、新品種が注目されたりと、イギリスではガーデニングが文化として定着し、未来のガーデンへと引き継がれていくのだと思います。 では、次回はイギリス以外のフラワーショーについてお話ししたいと思います。
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ドイツ
中欧5カ国を旅して出合った植物のある風景 前編
2019年、中欧5カ国を巡る旅 2019年5月に中欧5カ国の旅に出た。5カ国とはスロバキア、チェコ、ハンガリー、ドイツ、オーストリアである。2018年に旅したイギリス・コッツウォルズのガーデン巡りとは異なり、世界遺産を見て回るのが目的で、特にガーデニングとは関係のない旅であった。とはいえ、どうしても気になるのは、街角や世界遺産の宮殿で見かける庭や植物である。きっと職業病のようなものだろう。じつは、旅に出る前に5年間ウィーンに駐在経験のある知人から、「あの辺のガーデニングは期待できないよ!」と言われていた。はて、結果は如何に? あまり話題にされることのない、中欧の植物&ガーデンを綴ってみたいと思う。 ヨーロッパで出合ったサンザシ まず、最初の訪問地はブラチスラバ。余り聴きなれない地名だが、れっきとしたスロバキアの首都である。5月とはいえ、寒波で最高気温が7~8℃という、真冬のような気候だった。 バスを降りてまず目についたのが、このサンザシ(山査子)である。街路樹なのだ。 僕の中でサンザシといえば、盆栽のイメージしかなかったのだが、まさかスロバキアの街路樹で遭遇するとは、驚きだった。 ところが、このサンザシには、その後の訪問地の数カ所で遭遇し、今回の旅で一番印象に残った植物となった。下はドレスデンで出合った満開のサンザシ。 そして、かのウィーンのシェーンブルン宮殿にもたくさんのサンザシが! 今までにも海外旅行で、日本の紅葉やヤツデ、アオキなどを見かけ、ちょっと嬉しい思いをしたことはあったが、盆栽のイメージしかなかったサンザシが、ヨーロッパの彼方此方に街路樹として登場したのは意外だった。なお、帰国後に調べてみると、西洋サンザシはメイフラワーと呼ばれ、ヨーロッパでは街路樹などによく使用されているとのこと。日本でもサンザシを街路樹に植えると素敵ではないだろうか。 さて、ブラチスラバは中世の街を思わせる美しく芸術的な街で、彼方此方に彫刻があった。 そして、そんな彫刻とともに街を彩るのが寄せ植えなどの花々。 レストランの前にはこんなポットが。植えられている花は平凡なペチュニアだが、スロバキアの言葉が書かれた樽の上に置く演出がユニークで面白い。 ブダペストの街を散策 2つ目に訪れた国はハンガリーのブダペストである。ドナウ川をはさみ、西岸のブダと東岸のベストが合併した街なのだそうだ。 ドナウ川ナイトクルーズは寒かったが、美しくライトアップされた街並みが素敵だった。もっとも、僕らが乗った2週間後に、このクルーズで事故があった。思い起こせば、救命具とか避難の説明はなかったような…。思い出すと恐ろしい。やはり海外旅行はリスクが伴う。 団体旅行で行くと、必ず「あら、あの花はなにかしら?」と誰からともなく、独り言のような声が必ず聞こえる。別段僕の身分は明かしていないのだが、つい、「ニセアカシアですね」とか、「マロニエじゃないですか?」などと得意げに答えてしまう。 そうです。ブタペストにはニセアカシアとマロニエがたくさん咲いていたのです。 ブダペストの街中で、らせん状に仕立てられたちょっと素敵なトピアリーに出合った。ヒノキ系だろう。ちょっと真似したい気持ちになる。 バルコニーのフレームを赤い花で飾るのはゼラニウム。ゼラニウムもヨーロッパの鉢植えでは定番の花ですね。 素朴な家々や草花が愛らしい ハンガリーのホロック村 3日目はブタペストから、約100km離れた、世界遺産のホロック村へ。人口がわずか340人の、ハンガリーで一番美しい村だそうだ。まだ、あまり日本の観光客が訪れない場所らしい。閑静で小雨も降り、しっとりとした落ち着いた街だ。 家々の壁面も素敵だ。思わずカメラを向けてしまった。 草花も素朴な佇まい。 枯れ木や標識などに、瓶やポットを飾るのがホロック風? 多肉の飾り方がユニーク。並べられているのは、サルの腰掛けだろうか? ホロック村はとても可愛らしい村だった。ただ、一日かけるのならブタペストに留まり、もう少し深く観光してもよかったかもしれない。海外旅行の日程を決めるのは、楽しいながら難しいものだ。 レドニツェ城の広大な庭園 4日目はブタペストを離れ、途中、レドニツェ城で庭園散策。 レドニツェ城と、ヴァルチツェ城で283㎢という広大な面積だそうで、東京23区の中でも大きい世田谷区が58㎢ほどだから、その5倍近くだ。如何に広大なのかが分かる。 このレドニツェ宮殿はリヒテンシュタイン家の夏の別荘として使われていたという。なんともスケールの大きな話だ。何しろ庭が広く、どこまでが全敷地なのだか分からない。 庭園は主にフランス式だ。季節的に花は少なかったが、きっと1カ月後に訪れたら素敵な花壇を見ることができると思う。 そして庭園の片隅には温室も! まさか、中欧の旅で温室に巡り合えるとは思わなかった。 真冬並の寒さの中で、熱帯の花メディニラ・マグニフィカがとても美しく感じられた。 温室の中では、可愛いミッキーマウスツリーとも出合うことができ、ちょっとホッとしたひと時であった。 意外なものと出合うと、やはり印象に残る。桐ダンスに使うキリの木が、こんな所に! 遠い異国で思いがけない植物との再会があるのも、旅の楽しみの一つだ。 あっという間に、前半の4日間が過ぎた。 次回は続きの旅で出合った植物のある風景を紹介しようと思う。お楽しみに! ⚫︎中欧5カ国を旅して出合った植物のある風景 後編
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イギリス
フラワーショーで見比べる植栽デザインのワザ【世界のガーデンを探る22】
フラワーショー特有の植栽とは これまで、イタリアやフランスなど、各国で実際につくられた歴史ある庭の特徴や植栽方法について話してきました。今回は視点を変えて、現代のフラワーショーにおける植物の植え方について解説したいと思います。この記事では、実際に僕が参加したチェルシーフラワーショーと、ハンプトンコートフラワーショーで見たショーガーデンを中心にご紹介します。 フラワーショーでの花の使い方は、全くといっていいほど制限がなく自由なので、植物材料、配置、配色、組み合わせなど、デザイナーの理想とする空間をつくり上げることができます。とはいえ、あくまでも常識の範囲内です。例えば、サボテンとミズバショウを一緒に植えるというようなことは、審査の段階でマイナスになることが十分考えられるので、あくまでも植物を扱う者としての知識と経験によって組み合わせを考えることになります。ただ、チェルシーフラワーショーなどが開催されるイギリスと日本では気象条件がかなり異なるため、イギリスでの庭づくりは、イギリスにおいての常識の範囲内で行うことになります。例えば、陽射しの柔らかなイギリスでは、ギボウシやアオキなどは日向でも日焼けすることはないので、日向の植物として扱えます。 以下に、ガーデンショーでディスプレイされた、いくつかの庭を取り上げます。 ガーデンショーでの植栽例 非現実的なベッドのあるデザイン ハンプトンコートパレスフラワーショーで制作された、2006年のガーデンです。赤を基調にしたフォーマルスタイルの庭で、植物は、手前からヒューケラ、ゲラニウム、ヘメロカリス、リアトリス、バラ、アスチルベなどが、天蓋付きのベッドへと視線を導いています。実生活ではあり得ない空間をつくり出していますが、そこはフラワーショー。自由なデザインが許されています。芝や明るい緑色の葉が補色関係になって、きれいに赤を引き立てています。 紫を基調にしたシックな庭 オープンなオフィスのイメージでしょうか。コンテンポラリーな椅子とあいまって、ちょっと狭い感じもしますが、モダンで素敵な空間ですね。この植栽は、僕も手伝ってデザイナーと一緒に制作を楽しみました。ルピナスや真っ白なジギタリスで縦の動きを強調しつつ、ヒューケラ、セージ、エリンジウムなどでカーペットをつくりました。個人的にはとても気に入った庭ですが、女性の方にはちょっと渋すぎるかもしれませんね。 白いウォールに囲われたガーデン 同じ紫の庭でも、こちらは白のウォールを取り巻くように、いろいろな花が植えられています。ストエカス系のラベンダーを中心に、オダマキやユウゼンギク、ニコチアナなどが植えられ、それに斑入りの植物をうまく混ぜて、優しい雰囲気の植栽になっています。ここでも前回解説した、ガートルード・ジーキル女史のパッチ状にグループで植える手法が生きています。ただ、中心のベンチの存在感が、今ひとつ薄いようです。例えば、優しい紫とかオレンジとか、何かアクセントになるカラーに椅子を着色しても印象がずいぶん変わると想像できます。 明るく開放的な空間づくり これは先ほどのガーデンとは対照的に、明るくて色とりどりの花で彩られた開放的な空間です。赤いダリアやセンニチコウ、ルドベキア、黄花のヘメロカリス、それにユリやデージーの白が混じり、そこにオーナメンタルグラスや三尺バーベナを加えて、さらにボリュームと深みを演出しています。構造物は、明るい木造を基調に、濃いこげ茶色の椅子と真四角な白いポットをシンメトリーに配置し、葉が枝垂れるアガパンサスがカジュアルな雰囲気を出しています。 アイキャッチを効果的に使った庭 いかにも男性デザイナーのつくった庭、という雰囲気のガーデンです。手前にリズミカルに丸い花を咲かせるアリウムを植え、その白い花と淡いブルーのアイリスが、見る人を庭の中に招き入れています。中央の円い池を囲むように多くのシルバーリーフの植物を混ぜ合わせ、その間に明るいオレンジのポピーが咲いて視線を自然に中へと誘っています。奥のほうにはアーティチョークや白花のアイリス、それらを引き立たせるためのバックドロップとしてベニシダレモミジを植えています。抑えた色の木の塀に緑と白のピジョンハウスらしきものと、レンガのステップが落ち着いた雰囲気をつくっています。もしオレンジのポピーを手前に持ってきていたら、その鮮やかさゆえに視線がそこに集中してしまい、庭全体が薄っぺらになっていたことでしょう。アイキャッチの植物は、あくまでも少なめに、奥のほうに配置することが大事です。 イギリスで馴染みがない植物にも挑戦した庭 こちらもチェルシーフラワーショーに登場した2004年のショーガーデンです。池の向こうには、オープンテラスのようなウッドデッキ風の渡橋があり、その先には素敵な赤いチェンバー(部屋)がチラリと見えています。 手前の植栽はマルチステム(株立ち)のサルスベリを中心に、最近イギリスでもかろうじて越冬できるようになった木性シダ。海老茶色のグラウンドカバーは、銅葉のシソとニューサイランで、その間に赤いヘメロカリスとオレンジ花のマリーゴールド、アリウムやリアトリス。そしてもっと奥にはバショウの大きな葉が見えています。イギリスでは馴染みの少ない植物ばかりで、ちょっとエキゾチックな雰囲気が漂っています。我々日本人にとっては、それほど珍しい植物ではないのですが、チェルシーでは新しい植栽だと思います。 こうした新しい植物や使い方のアイデアを来訪者に見ていただくことにより、そのアイデアを持ち帰って自分の庭に生かしてもらえるよう啓蒙することも、フラワーショーの大事な役割の一つです。 二宮式植栽法で手掛けたガーデン 写真の庭は、イギリスの友人であるジュリアン・ダール氏がデザインした「チェルシーホスピタルガーデン」です。2005年のチェルシーフラワーショーで初めて三冠に輝いた庭として有名になりました。三冠とは、ベストガーデン、ゴールドメダル、そして人気投票で一番のピープルズチョイスに選ばれた庭のことをいいます。この庭の植栽は、すべて僕が担当しました。 写真右は、庭の中にある小さな池の周りで、自然を感じさせる植栽を再現しました。もちろん、ここはショーの期間のために制作するので、「ナチュラル」を再現する努力とテクニックが必要です。日本風(二宮式)とでもいうか、自然な雰囲気を出すように心がけたことを思い出します。 写真左は、まるでおとぎ国のような茅葺きのコテージの植栽です。デルフィニウムのはっきりとした直線とつるバラの幹の曲線。そこにオレンジ色の2色咲きのオダマキと足元のピンクのフウロソウが全体にうまく溶け込んでいます。手前のバケツは手動式の消化ポンプです。これも、この庭が1950年頃のイギリスの田舎の風景であることを感じさせるコーディネイトです。 また写真右は、日本のクリンソウです。赤い花の奥に少し黄色のクリンソウを入れたことで、ずっと奥行き感が出せました。ここは一度他の植え方をしていたのですが、しっくりこなかったので、急遽、翌朝すべて植え替えたという、自分にとっても印象深いシーンです。 植栽を担当した「ヨークシャーガーデン」もゴールドメダルを受賞した庭です。デザイナーのジュリアン(Julian Dowle)氏の図面には、植栽は具体的にあまり書かれていませんでしたので、集められた植物材料を見ながら、自然風の植栽風景をつくることを意識しながら、即興で配置と配色を決めていきました。このような自然風な混植植栽は当時のイギリスでは新鮮だったのか、何人かのデザイナーから翌年の植栽のオファーがありました。 「ヨークシャーガーデン」の水辺の植栽です。黄色い花はプリムラやラナンキュラス、ピンクはシレネ、それにブルーのワスレナグサを入れました。このような植栽をしてしまうと、手直しに庭に入ることもままなりませんので、ゆっくり後ずさりしながら完成させていきます。ピンクのシレネはとても使いやすく、固くなりがちな植栽を優しく混ぜ合わせてくれますので、個人的にはとても好きな植物です。 チェルシーフラワーショーの思い出 海外のフラワーショーでは賞金のようなものはなく、写真のような賞状を一枚いただくことができる名誉賞です。また、チェルシーフラワーショーのゴールドメダルは、日本語では金賞と訳しますが、1位を表すのではなく、「いい庭」を意味し、多くの場合、審査の結果で複数の庭が受賞します。ただし、ベストガーデンは一つだけ。受賞する庭がない年もあるようです。 フラワーショーでは、審査時にベストな状態に持っていかなくてはならないので、開花時期の調整はもちろん、健全な材料を使うことが大事です。多くの花が数日の命ですので、海外のフラワーショーの開催期間も長くて1週間程度です。期間が長くなると花が終わってしまったり、変色してしまうため、デザイナーの意図していた配色ではなくなってしまいます。日本ではせっかくつくったのだからと、もう少し長く展示されることが多いのですが、デザイナー側から考えると、自分が思い描いた植物の配置や配色は1週間が限度だと思います。ちなみにチェルシーフラワーショーの大庭園部門では、最低でも数百万から1千万円、多くの庭は2千万円ぐらいの予算が必要となりますので、簡単に参加するという訳にはいきません。 チェルシーフラワーショーでは毎年審査が行われ、審査結果が発表される前に、ロイヤル・ビジットといって王室の方々やエリザベス女王陛下がお見えになります。写真の後方に写っているのは、僕が初めて1995年にチェルシーでつくった「ホンダティーガーデン」です。メインの大庭園部門で、日本人として初めてゴールドメダルを受賞した思い出の庭です。その後も女王陛下とは幾度か庭の話をさせていただきました。英語には日本語のような敬語がないので、普通に両国の庭のことや僕がつくった庭のことなどをお話しすることができました。
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イギリス
イングリッシュガーデン旅案内【英国】ジーキル女史のデザインがよみがえった「マナーハウス、アプトン・…
現代の庭デザインに影響を与えたジーキル女史 ガートルード・ジーキル女史(1843-1932)は、英国の女性ガーデンデザイナーの先駆けとして、19世紀の終わりから20世紀前半にかけて活躍しました。もともとは優れた画家であり、工芸家でしたが、40代後半に目を悪くして細かい仕事ができなくなったことから、大好きだった庭の世界に転向し、ガーデンデザインに力を注ぐようになります。そして、生涯で400もの庭をデザインしました。特に、建築家のエドウィン・ラッチェンスと共同で行った設計は、傑作として知られています。 ジーキルは、昔から田舎家にあった、庶民の素朴な「コテージガーデン」を、より洗練されたガーデンスタイルに進化させました。そして、優れた画家ならではのセンスで、それまでになかった色彩豊かな花々の植栽を生み出し、英国の富裕層のガーデンシーンに変化をもたらしました。バラや宿根草の花々に溢れた、いわゆる「イングリッシュガーデン」のイメージは、ジーキルのデザインから発展してきたものといえるでしょう。 ジーキルは優れた書き手でもあって、ガーデンデザインについて記した著書や、寄稿記事が多く残されています。デザイン画も残っていますが、しかし、そのデザインが生きた庭の形で現存しているものは、数えるほどしかありません。 現在、ジーキルのオリジナルデザインが復元され、かつ、一般公開されている庭としては、ヘスタークーム・ハウスと、彼女の自宅だったムンステッド・ウッド、そして、今回訪れたアプトン・グレイ村のマナーハウスなどがあります。中でも、このマナーハウスの庭は、ジーキルのオリジナルデザインが忠実に再現されたものとして、彼女の世界観を体感することのできる、数少ない場所となっています。 復元への長い道のり 現在のオーナー、ウォリンガー夫妻がこのマナーハウスに移り住んだのは、1984年のことでした。当時は屋敷も庭も荒れ果てた状態で、夫妻はここにジーキルがデザインした庭があることも知りませんでした。しかし、ジャングルのように植物が茂る庭に埋もれていた構造物の基礎を発見したことから、庭について調べ始め、ジーキルのことを知ります。そして、カリフォルニア大学バークレー校に残されていた、この庭の設計図を探し出し、手に入れたのでした。 幸運なことに、ジーキルの設計した構造物の基礎は、茂みの中にそのままの形で残されていました。庭は荒れていたものの、プールやテニス用のハードコートといった構造物が新しく作られることはなく、オリジナルの構造が壊されずに済んだのです。 ウォリンガー夫妻はガーデニングの知識をほとんど持っていなかったのですが、庭の復元に心惹かれ、ジーキルのデザインを忠実に再現することを決意します。そして、設計図を手に入れると、すぐに行動を始めました。まず、オリジナルのデザイン図にない樹木や植物を取り除きました。ガーデンを囲むセイヨウイチイの生け垣を育てるための溝掘りを始め、土壌の改良にも取り組みました。そうして、ジーキルのデザインを蘇らせ、美しい庭をつくり上げていったのです。 ワイルドガーデンを抜けて屋敷へ では、マナーハウスの庭に通じる公道で車を降りて、4.5エーカー(約18,000平米)の広さのある庭に入っていきましょう。 どんな庭か、ワクワクしながら、屋敷の北西側に広がるワイルドガーデンを抜けていくと、まず見えてきたのは池のあるエリアです。 白やピンクの睡蓮が咲く池の周りには、黄花のアイリスやクリーム色の花穂が伸びるバーバスカムがあって、向こう岸では、ふわふわと綿のように茂るアスチルベが爽やかな色彩を添えていました。水中にはカナダモやキンギョモが生えていて、トンボやカエルなど、野生生物の棲みかとなっているそうです。 ワイルドガーデンの小道は芝を刈って作ってあり、踏み心地が柔らかです。小道は緩やかに曲がって先が見えないので、次はどんな景色が広がっているのだろうと、期待が高まります。 このワイルドガーデンには、ワイルドフラワーやさまざまなバラが咲き、クルミの小さな林もありますが、これらの植栽はすべて、ジーキルの設計図から正確に復元されています。復元の精度を高めるために、庭を3×3mの格子状に仕切って、デザイン図に忠実に植栽し直したそうです。 開けた場所に出ると、目の前に、個性的なファサードを持つ屋敷が現れました。レンガ造りの門柱や塀の風合いに、長い時間の経過を感じます。 1908年、庭の設計をジーキルに依頼したのは、当時このマナーハウスを所有していた、チャールズ・ホームでした。彼はThe Studioという美術雑誌を立ち上げた編集者で、美術評論家であり、彼の雑誌はアールヌーボーやアーツ・アンド・クラフツ運動の発展に影響を与えました。 ホームが地所を購入したのは1902年のこと。屋敷は傷みがひどかったので、地元の建築家アーネスト・ニュートンに、古い部分を残しつつ改築するよう依頼しました。この屋敷には今も、16世紀頃に作られたオリジナルの屋根の梁や階段が保存されています。 さて、入り口に向かって緩やかに傾斜する半円形の草階段(これもジーキルによるデザイン)を下りて門をくぐり、左手の脇道から屋敷の向こう側へと向かいます。 屋敷の反対側に到着。乱張りの石畳のテラスでは、ピオニーが花盛りです。 パラソルを広げたテーブルには、たくさんのティーカップがスタンバイしていました。オーナーのロサムンド・ウォリンガーさんがマップつきの小冊子を皆に渡しながら、庭を復元したことを手短に話してくださいました。 「さあ、お庭を見てきて。私たちはお茶の準備をしておくわ」という彼女の言葉で、庭散策がスタート。石畳のテラスから、眼下に広がる庭に降りてみましょう。 屋敷前に広がるフォーマルガーデン 庭は白亜質の土壌を持つ斜面に作られていて、屋敷の南西側にある石畳のテラスから一段低くなったところに、メインとなるフォーマルガーデン(整形式庭園)が広がっています。手前に、花々の咲くローズ・ローン(バラの芝生)のエリアがあって、その奥のさらに下がった場所に、ボウリング用とテニス用という、2つの芝生のエリアがあります。 フォーマルガーデンは、ジーキルが好んでよく用いたという、セイヨウイチイの生け垣にぐるりと囲まれています。ジーキルはこの生け垣に、植物を守る壁としての役割と、花の色彩を際立たせる背景としての役割を持たせました。庭のレイアウトは、直線だけを使った、幾何学的なものになっています。 屋敷前のテラスから見えた景色をまずは確かめたくて、フォーマルガーデンの東側にある、ゆるやかな石畳の階段を降りていきました。左右の緑は、視線を遮るほど茂っています。日差しも遮られて、少しひんやりした空気を心地よく感じます。 ボウリングとテニス用の芝生 階段を降り切ると、広い芝生のスペースに到着しました。ボウリング・ローン(ボウリング用の芝生)です。左手には屋敷、右手にはテニス・ローン(テニス用の芝生)と呼ばれるテニスコートがあります。 そのテニス・ローンはこちら。芝生を囲むセイヨウイチイの生け垣は、背丈を越すほどの高さです。ガーデンの南の一辺、写真中央の奥に見える暗がりに、つるバラが覆うアーバー(あずまや)がありました。このアーバーは、バラが花盛りを迎える盛夏になると、一面の緑に白花が浮かび上がって、美しいフォーカル・ポイントになります。この時は、まだ花が少ないですね。 アーバーを覆っているのは、‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’、‘アメリカン・ピラー’、‘キフツゲート’などのつるバラです。構造物の天井が見えないほどよく茂っていて、中のベンチに座ると空気がひんやりしていました。日も遮られ、テニス観戦にうってつけのベンチです。 アーバーから屋敷を見ると、屋敷、ローズ・ローン、ボウリング・ローンと階段状に下がっていて、テニス・ローンはそれからさらに低い位置にあることが分かります。 ローズ・ローンの縁に植わる草花が、数段下がったボウリング・ローンへと、こぼれ落ちるように茂っています。ボウリング・ローンから見ると、この高低差が「低い位置から花の姿を観賞する」という、珍しいシチュエーションを生み出しています。これはもしかしたら、ジーキルの意図したことなのかも? と、自分の発見に思わず嬉しくなる瞬間です。 ローズ・ローンのエリアは、自然石を積み重ねた石塀で囲まれているのですが、調べてみると、ジーキルはこれらの石塀が「垂直の花壇」となるようにデザインしたことが分かりました。石塀の、石と石の隙間には、こんなふうに植物が植え込まれています。これらの植物や、上から垂れ下がってきた植物によって、「垂直の花壇」が形作られているというわけです。 これはつまり、壁面緑化に似た発想。今でこそ、壁面緑化は一般的になっていますが、今から100年余りも前に、ジーキルがすでにその概念を形にしていたことに驚きます。 コテージガーデンスタイルの、ジーキルらしい宿根草花壇。花のない時期も構造的な面白みを持たせるため、ここではローズマリーやラベンダー、オレアレアなど、立体感のある植物を混ぜてあります。 では、石階段を上がって、上のローズ・ローンに行ってみましょう。上りながらも、階段のステップや、左右の何気ない植物の姿に目を引かれて、なかなか前に進めません。段差の小さな、ゆるやかな階段はジーキルの特徴的なデザインで、他の庭でも用いられています。 花々の競演にうっとり ローズ・ローン 屋敷前のテラスから見えていた、花々が咲き競うローズ・ローンのエリアに到着。ここも芝生が美しく手入れされています。みずみずしい緑に浮かび上がるように、パステルカラーのピオニーなどが花盛りです。 屋敷のちょうど中央の位置には、アーチ状のトンネルのようなパーゴラがあって、つるバラ、アリストロキア、ジャスミン、そして、秋に美しい紅葉を見せるバージニアヅタと、さまざまなつる性植物が伝っています。バリエーションに富んだ、長い期間花を楽しめる植栽です。 このパーゴラからは、先ほどいたテニス・ローンのつるバラのアーバーが正面に見え、2つの構造物は、呼応するように設置されています。 訪れた6月上旬は、ピオニーが花盛り。八重咲きのピオニーが無数に咲く豪華なシーンにうっとりします。 ピオニーの間には、咲き進んだバラとつぼみを膨らませたユリが。下草のラムズイヤーも銀色の花穂を伸ばしています。豪華な色と香りのコンビネーションを見せる、ジーキルの植栽デザインです。 ピオニーが囲む花壇の中央には、四角く自然石が囲む花壇がありました。中では、ユリがつぼみをつけ、銅色のカンナの葉が伸び始めています。バラとピオニーの季節が終わると、ユリの庭へとバトンタッチするのですね。では、次のエリアへ。 キッチンガーデンや果樹園へ 次は屋敷の西側を散策します。屋敷のすぐ近くにはガラスの温室がありました。 温室の裏手のデッドスペースになりがちな場所にもたくさんの草花が咲いていました。 仙人草のようなクレマチスが手前に白花を咲かせ、奥には、こぼれダネから育ったのか、デルフィニウムやジギタリスなどが混ざり咲いて、とってもナチュラル。 温室と並んで、さらに西側にコテージがあり、つるバラが満開。白花が明るい印象です。 コテージの前にはベンチが置かれ、そこに座ると、前方に鶏小屋の広いスペースが見えました。 フェンスに囲まれた中には、三角形の小屋がいくつも並んでいます。何家族が棲んでいるのでしょうか? 近づいてみると、お母さんの後ろについて歩く雛たちの様子が微笑ましい。 鶏小屋に隣接して、南方向に細長くキッチンガーデンが広がっていました。竹のオベリスクの足元には、若いスイートピーが育っています。ここでは、ハーブや野菜、フルーツなどを栽培。それから、フォーマルガーデンの植栽に差し替えが必要になった時のために、ガーデンで使っている植物の苗も育てているそうです。 丈高くデルフィニウムが伸び、ゲラニウムやカンパニュラなど、イングリッシュガーデンでお馴染みの初夏の宿根草がたっぷりと茂ります。間にネギの仲間のチャイブのような丸い花も覗いて、彩りを加えています。ラベンダーがそろそろ咲きそうで、アーティチョークも植わっていました。 広いキッチンガーデンを抜けると、リンゴの古木がランダムに並ぶ果樹園に出ました。足元の草がふわふわと茂ります。歩くスペースだけ刈り取って、小道を作っています。 苔むした古木に近づくと、ちゃんとリンゴが実って、膨らみ始めていました。 果樹園を一周すると、キッチンガーデンエリアと果樹園を区切る細い通路がありました。道の左右には、つるバラが絡まるガーランド(花綱飾り)があって、足元には紫のゲラニウムがたくさん咲いています。そして、セイヨウイチイの壁の奥へと進んでいくと、再びテニス・ローンに出ました。 キッチンガーデンも果樹園も、すべてがジーキルの設計図通りに忠実に復元されているそうです。ジーキルの時代に庭に生えていた植物で今も生き残っているものは、数えるほどしかなく、ワイルドガーデンにあるクルミの林と竹の茂み、ラッパズイセンだけです。しかし、ジーキルが用いた植物のほとんどは、現在の英国のナーセリーでも容易に見つかります。そのため、復元はさほど困難なく、正確に行うことができたそうです。 さあ、そろそろお茶が用意できたようです。屋敷前のテラスへ戻りましょう。 テラスのすぐそばにある、ゲストも自由に行き来できる部屋の中には、庭を復元する過程で撮られた写真や図版、植物のリストなどが掲示されていました。 庭の復元の過程は、オーナーのロサムンドさんの手によって、イギリスで書籍化されています(“Gertrude Jekyll's Lost Garden, The Restoration of an Edwardian Masterpiece” by Rosamund Wallinger)。敷地のすべてを当初の形に復元するには、相当のエネルギーと熱意が必要だったことでしょう。そして、その庭を今なお美しい姿で維持し続けているオーナー夫妻の苦労と志に感動する、ガーデン訪問でした。 併せて読みたい ・カメラマンが訪ねた感動の花の庭。イギリス以上にイギリスを感じる庭 山梨・神谷邸 ・現在のイングリッシュガーデンのイメージを作った庭「ヘスタークーム」【世界のガーデンを探る19】 ・イングリッシュガーデン旅案内【英国】 ベス・チャトー・ガーデン(1)乾燥に強い庭を実現
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イギリス式花の植え方【世界のガーデンを探る21】
イギリスの庭&花壇デザインのスタイルの源流とは 前回までは、イタリアやフランスなど、ヨーロッパ大陸の花の植え方を比較して解説してきましたが、今回は、ドーバー海峡を渡ったイギリスにおける花の植え方の話です。 イギリスの花の植え方に関して、圧倒的な影響力を今に与えているのは、以前に解説した、ガートルード・ジーキル(Gertrude Jekyll)女史です。彼女の植え方の特徴である「いろいろな植物を小さな区画ごとに植えていく手法」は、そのまま現代のイギリス庭園に取り入れられています。それは個人庭のみならず、チェルシーフラワーショーのようなショーガーデンの分野にまで色濃く影響しています。 イギリス式の宿根草ボーダーとは 写真は典型的なイギリス式の宿根草ボーダーの植栽です。植物を冬の寒い北風(ゲール)から守るために、2〜2.5mほどの高さのレンガのウォールで囲んだ空間に、ウォールの高さとほぼ同じ幅の植栽帯を設け、そこに3〜5列ほどの宿根草がパッチ状(品種ごとに数株集めてパッチワークのように配置すること)に植えられています。ジーキル女史は、自著の中で「ボーダーの幅とウォールの高さは同じがよい」と言っています。確かにウォールが高いと圧迫感があり、ボーダーの幅が広いと締まりがなく見えるような感じがします。 また彼女が始めたパッチ状の植物の植え方は、イギリスの多くの庭園のボーダー植栽に普遍的に見ることができます。多くは幅1〜2m、奥行0.5〜1mに、1種類の宿根草や低木などが植えられ、ボーダーの手前から草丈0.2〜0.5mのグラウンドカバー植物が、次に草丈0.3〜1.5m程度の宿根草が2〜3種類植えられ、そして一番奥のウォールに沿って、草丈1.2〜1.8m程度の宿根草や低木類が植えられていることが多いです。庭の一番奥には、視線を集めるアイストップとして、イギリス独特の色に塗られた規格外サイズの大きなベンチが置かれ、敷地全体の奥行きと安定感を演出しています。このようにベンチを置くことで、訪れる人を庭の一番奥まで誘う効果があります。 壁に向かってさまざまな植物がきれいなエレベーション(高低差)を作っています。一見、無秩序に混植されているようにも見えますが、以前ご紹介したフランスの花壇(写真下)ほどの混植ではなく、各種類がグループになるように植えられています。 イギリスの花壇では、葉の色やテクスチャーもとても大事にされていて、例えば、シルバーリーフのアーテイチョークやノコギリソウなどが、花の咲いていない時期でも存在感を発揮しています。さらには赤系のヒューケラ、スカビオーサ、エゾミソハギやブッドレア、ピンク花のゼラニウム、カンパニュラやカクトラノオやシモツケソウ、それにセージなどが植えられています。ちょっと茂りすぎているようにも感じられますが、ノコギリソウの黄花が引き締め役をうまく演じています。 イギリスの公園の花壇植栽 では、いくつかのイギリスのガーデンから花壇植栽の例を見ていきましょう。まずは「ハンプトンコート」の花壇です。こちらは、淡い黄花のマーガレットが一面に植わり、その間にカンナの赤い縞模様の葉が点々と飛び出て、白のマリーゴールドが花壇をぐるりと取り囲んでいます。イギリスの花壇のつくりかたは、前回ご紹介したフランスとはまったく違うテイストです。 淡いオレンジ色のルドベキアが全面に植えられ、花壇の中央付近にフランスでも使われていた銅葉のヒマが丈高くアクセントになっています。そして、その周囲を斑入りのセージが縁取っています。日本の花壇植栽に似ている部分もありますが、フランスの植え方に比べると、イギリスの花壇は立体感があります。 「ボーダー花壇」のバリエーション イギリスで時々見られる「赤のボーダー花壇」です。赤花が咲く植物と、赤系の葉が茂る植物を混ぜ合わせて植えています。中ほどの赤い葉はニューサイランです。その奥に銅葉のコルディリネ・オーストラリス‘アトロプルプレア’がポツンと立っています。赤い花は手前からバラ、ダリア、ヘメロカリスなどです。 ここでも、ヒューケラ、数種類のダリア、クロコスミア、奥にはカンナの赤い葉も見え隠れしています。そして、薄黄色のヘメロカリスが全体を引き締めています。黄色の単色は、自己主張が強すぎて、なかなかうまく他の植物の花の色と混じりにくいものですが、写真でご覧のように、淡い黄色ならば他の植物ともうまく調和します。 宿根草や低木の前に、主に一年草が植え込まれているボーダー花壇です。ここでもやはりジーキル女史の手法に則り、パッチワーク状にさまざまな植物が植えられています。園路と花壇の間に、きれいに生え揃った帯状の芝生の緑があることで、バラバラになってしまいそうな多様な花の彩りを引き締めています。 個性的なガーデンデザインとしてあまりにも有名な「シシング・ハースト」のホワイトガーデンです。アーティチョーク、シャスターデージー、フロックスなど、銀葉やホワイトリーフ、白い花が咲く植物だけが集められています。これらの多くの植物が、日本では馴染みの少ない背の高くなる宿根草や低木類で構成されています。 グリーンの鞠のような丸い花を咲かせるアナベルと、細長い花穂を丈高く伸ばすクガイソウ(ベロニカ)の仲間。丸と線を組み合わせるという、見事なまでのコンビネーション。 夏のボーダー花壇の様子です。写真のように、どの植物も生き生きと茂っている様子からも、この土地と気候に合った植物の選択ができる知識と経験、それに加えて愛情までも伝わってくるボーダー花壇です。エゴポディウム、ゲラニウム、スカビオサ、そのほかいろいろな灌木や宿根草などが所狭しと植えられています。ボーダーのボリュームに対して園路の芝生の幅が十分でないため、印象が少し重く感じられますが、この庭らしい雰囲気を醸し出しています。 オーナメントグラスを上手に取り入れた植栽例です。とかくオーナメントグラスを使うと「草原」のようになりがちですが、このガーデンではその印象がありません。それは、赤みがかったグラスの穂に対して、株元に植えている植物も赤系を取り入れているため。奥に見えるイチイのトピアリーが、見事なまでにきっちり刈り込まれていることから、訪れた人にステップを上がってさらに先のエリアへ向かいたいという期待感を持たせてくれます。 このようにイギリスの花壇植栽は、フランスやイタリアとは大きく異なっています。ジーキル女史登場以降、フランスから受け継いだフォーマルな庭園様式をイギリス人らしくアレンジし、一つの文化として創造したことは、イギリス人の高い文化意識の表れではないでしょうか? 次回は「チェルシーフラワーショウ」を中心に、現代のイギリス式植栽方法をご紹介したいと思います。 併せて読みたい ・英国の名園巡り メッセル家の愛した四季の庭「ナイマンズ」 ・英国の名園巡り、プランツマンの情熱が生んだ名園「ヒドコート」 ・ガーデナー憧れの地「シシングハースト・カースル・ガーデン」誕生の物語
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イングリッシュガーデン旅案内【英国】バラエティーに富んだテーマガーデンをめぐる「コンプトン・エーカ…
庭づくりの夢を実現した実業家 イギリス南部のドーセット州にある「コンプトン・エーカーズ」の庭は、1920年代に、トーマス・シンプソンという地元の実業家によってつくられました。シンプソンの夢は、植物への興味を追求しながら、訪れた海外の国々を思い出す庭を、自らデザインしてつくるというもの。彼は、庭師と二人三脚でその夢を実現し、独特なデザインによる自慢の庭を一般に公開しました。 第二次世界大戦後は所有者が何度か変わり、庭園も戦争で荒れましたが、再び美しく復元されました。現在は、おしゃれなカフェやショップが併設され、結婚式場としても使われています。 訪れたのは、まだ肌寒い4月。庭めぐりの最初、入口の花壇で、淡い黄色のプリムラが出迎えてくれました。プリムラはイギリスの春を告げる花。絵本『のばらの村のものがたり』に描かれているのと同じ愛らしい花姿を目にして、なんだか嬉しくなります。 3つのイタリア風庭園 さて、庭めぐりは、円形の小さな「ローマン・コートヤード・ガーデン」から始まります。中心に据えられたロマネスク様式の小さな噴水を、ツゲの低い生け垣が丸く囲む、シンプルで静かな庭です。奥のアイアンロートの扉の向こうは、「グロット」と呼ばれる、洞窟を模した構造物になっていて、次の庭へとつながるトンネルのようになっています。グロットの暗がりを抜けると… 広々とした整形式庭園、「グランド・イタリアン・ガーデン」に出ました。グランドと銘打っているだけあって、壮麗な雰囲気。中央に運河のような細長い池が伸びています。 奥の、フォーカルポイントとなるドーム状のテンプルには、豊穣と酒の神バッカスの石像が立っていて、エレガントな雰囲気です。十字架形の池の中心には噴水が据えられ、スイレンも浮かびます。 池の脇に並ぶのは、端整に刈り込まれたセイヨウイチイのトピアリー。その後ろには、クレマチスの絡まる花綱が渡された石柱が並んでいます。夏になれば花綱からクレマチスが美しく垂れ下がり、涼しげな水音も響いて、ずいぶん印象の違う庭になるのでしょう。 「イタリアン・ヴィラ」と呼ばれる後ろの建物は結婚式場として使われていて、訪れた時も披露宴が行われていました(ウェディングケーキが見えています)。イギリスでは結婚式のできる観光ガーデンも多いのですが、花々に囲まれた美しい庭で挙げる結婚式は、きっと思い出深いものになりますね。 整形式庭園に色彩を添える花壇の植栽は、季節ごとに変えられるそうです。この時は背の低いプリムラやデイジーの間から、いろいろな姿のチューリップが花首を伸ばす、明るい色調の植栽。花の合わせ方が、日本とはまた感覚が違っていて面白いですね。 歩を進めると、隣には「パーム・コート」と呼ばれる、大小のシュロをセンターピースに据えた整形式庭園がありました。中央に伸びる花壇が、先ほどの細長い池と呼応するようなデザインです。背の高いシュロと、低いチャボトウジュロの植わる南国風の植栽は、英国の中でも温暖なこの地方だから可能なものです。株元に色を添える花々の植栽は季節によって変わり、夏には真っ赤な花が使われることも。情熱的な赤がアクセントに入ると、ずいぶん雰囲気が変わるでしょう。 それにしても、シュロを使った整形式庭園というのは、初めて目にしました。 自然を楽しむウディッド・バレー 周遊ルートの小道を進んでいくと、次は整形式庭園とは対照的な、自然の森を散歩するような「森の谷(ウディッド・バレー)」がありました。ウッドランド・ガーデンとは、ありのままの自然のような植栽を楽しむ庭のことで、この谷はそのスタイルでデザインされています。すべて意図的に植栽されているのですが、人為的なものを極力感じさせず、森のように見せるところがミソ。 ヨーロッパアカマツに守られて、セイヨウシャクナゲやツバキ、日陰を好む植物が植えられています。うねうねと曲がりながら小道が続く谷は、春はセイヨウシャクナゲのカラフルな花に彩られます。 谷には小さな滝があって、小川が流れ、小さな池もあります。樹木の天蓋が途切れ、陽光が差し込む開けた場所では、紫のフリチラリアや淡い黄色のプリムラ、ラッパスイセンなどが咲いて、春の野原のような植栽です。ガーデン写真で何度も目にしてきたフリチラリアを、実際に目にすることができて、感動のひととき。 森の谷の端には、子どもの遊び場のエリアと、小動物や蝶、昆虫、野鳥といった野生生物に良い環境を与えることを目的とした、ワイルドライフ・サンクチュアリもあります。私が訪ねた時も、英国で人気の小鳥、ロビンがちょうど遊びに来ていました。 野趣に富むロック&ウォーター・ガーデン さて、次は何が待っているだろうか、と歩を進めると、今度は岩と水の庭がありました。高低差のある岩場に高山性の植物を植えるロックガーデンは、19世紀後半に流行したスタイルです。この庭をつくるのに、他所からたくさんの岩が運び込まれたそうです。 英国で最大規模のロックガーデンと考えられていて、アルカリ性の灰色の石灰岩のエリアと、酸性の赤い砂岩のエリアに分かれています。 庭のところどころに、岩を組んだ小さな滝や、洞窟風の構造があって、中央の池に水が流れ込むようなデザインに。 ここには、スギやブナなどの樹木から、カエデやサクラ、セイヨウネズなど、300種を超える植物が植えられているとか。シンプソンはきっと、この庭で植物蒐集を楽しんだのでしょう。 周遊ルートにある、ひと休みできるカフェの前には、カラフルな植栽の花壇がありました。 チューリップやプリムラ、アネモネ、ワスレナグサなどの春の草花で、楽しいマルチカラーの植栽に。 ピンクに染まるエリカの谷 さて、次はどんな庭が待っているだろうと、小道を下っていくと…、現れたのはエリカの谷、「ヘザー・ガーデン」です。春の花盛りを迎えたエリカに埋め尽くされた景色に、思わず胸がときめきます。南西を向いた斜面はかなり斜度がありますが、斜面をうまく活用すると、こんなドラマチックな景色を生み出せるのか、と感心。シンプソンの頃には、「砂漠の庭(デザート・ガーデン)」だったそうですが、オーナーが変わった1950年代にヘザー・ガーデンとなりました。 日本だったら、さしずめ、エリカの代わりにツツジが植わって、ツツジ園となっているような形態の庭でしょうか。エミリー・ブロンテの小説『嵐が丘』にある通り、エリカは荒れ野に咲くイメージで、どちらかというと地味な存在。こんな素敵な庭景色をつくる素材になるとは知らず、新しい発見です。 調べてみると、ヘザー・ガーデンというカテゴリーの庭は意外と存在するようで、英国王立園芸協会の庭園、「ハーロウ・カー」にも、このような色とりどりのエリカが集められたコーナーがあります。日本でも、札幌の「百合が原公園」にヘザー・ガーデンがあるようです。ヨーロッパ原産のエリカは高温多湿の環境が苦手なので、冷涼な夏の札幌ならではの庭といえるでしょう。それにしても、コンプトン・エーカーズほどの広さを持つヘザー・ガーデンは珍しいようです。 一度下った谷を再び登っていくと、男女の銅像が置かれた石敷きのテラスに出ました。銅像は、詩人と百姓を表したものだそうですが、身分違いの恋を想像させるようなシーンなのでしょうか。ロマンチックな雰囲気のガーデン・オーナメントは個人的にあまり好みではないのですが、楚々としたエリカに囲まれた2つの銅像は、なかなか素敵です。 エリカの谷には、アクセントとして、つやつやした明るい黄緑の葉を持つ灌木や、レモン色の花を咲かせるアカシア・プラビッシマ、同じく黄色い花を咲かせるソフォラ・ミクロフィラ‘サン・キング’などの潅木が植わっています。エリカの紫やピンクの花色に、反対色となる黄や黄緑が映えて、互いを引き立て合う関係です。大きな常緑の樹木などもあって、高さにも変化を持たせた植栽となっていました。 静けさただよう日本庭園 周遊ルートを歩いていくと、今度は黄金色の竹がそびえるエリアに出ました。足元に咲くのは白いラッパスイセン。それぞれに馴染みのある植物ですが、この組み合わせはなかなか目にすることがないような。 アジアンな雰囲気になってきたぞ…と思ったら、日本庭園がありました。茅吹き屋根の門から入ります。 ちょうどツツジやシャクナゲが咲き始める頃合いでした。石灯籠もあって、なかなか立派な日本庭園です。英国ではいくつか有名な日本庭園がありますが、この庭がつくられた1920年代には、本格的なものはそう多くありませんでした。シンプソンは、ヨーロッパでも数少ない「本格的な日本庭園」を名乗るために、設計も造園も日本の業者に依頼し、東屋や石塔、石灯篭などは日本から輸入したそうです。 シャクナゲやツバキなどの植栽の間から飛び石のある池が覗く、絵になる景色。奥の滝からは水が流れ込んでいます。日本にいるようなホッとした気分になりますが、かつて日本を訪れたであろうシンプソンも、きっと異世界のようなこの庭を楽しんだのでしょう。 八重桜とモミジの取り合わせ。池には鯉も泳いでいます。近年、盆栽とともに、日本庭園が再び人気となり、英国では1993年に「ジャパン・ガーデン・ソサエティ」が誕生、2011年には慈善団体として登録されています。今後、海外から日本への観光客が増えるにしたがって、日本庭園の海外進出も一層進みそうですね。 コンプトン・エーカーズでは、いわゆるイングリッシュガーデンとは少し異なる雰囲気の、さまざまなスタイルの庭を見ることができました。英国のガーデンカルチャーは本当に奥深いものですね。 併せて読みたい ・ロンドンの公園歩き 春のケンジントン・ガーデンズ編 ・イギリス流の見せ方いろいろ! みんな大好き、チューリップで春を楽しもう ・一年中センスがよい小さな庭をつくろう! 英国で見つけた7つの庭のアイデア
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フランス
世界の庭に見る、花の植え方の違いと各国の特徴【世界のガーデンを探る20】
各国の特徴が現れるガーデン植栽 前回まではヨーロッパの庭の遍歴を見てきました。メソポタミアからイスラムの庭、イタリアルネッサンスからフランスの貴族の庭、そしてドーバー海峡を渡ってイギリスのブルジョアジーの庭まで、主に庭のスタイルが中心でした。今回は少し視点を変えて、植物の使い方を中心に歴史を探ってみましょう。 イスラムの庭 ・スペイン「アルハンブラ宮殿」【世界のガーデンを探る旅1】 イタリアルネッサンスの庭 ・イタリア「チボリ公園」【世界のガーデンを探る旅2】 ・イタリア「ボッロメオ宮殿」【世界のガーデンを探る旅3】 ・これぞイタリアの色づかい「ヴィラ・ターラント」【世界のガーデンを探る旅4】 ・イタリア式庭園の特徴が凝縮された「ヴィラ・カルロッタ」【世界のガーデンを探る旅5】 フランス貴族の庭 ・フランス「ヴェルサイユ宮殿」デザイン編【世界のガーデンを探る旅6】 ・フランス「ヴェルサイユ宮殿」の花壇編【世界のガーデンを探る旅7】 ・フランス「リュクサンブール宮殿」の花壇【世界のガーデンを探る旅8】 イギリスのブルジョワジーの庭 ・イギリス「ハンプトン・コート宮殿」の庭【世界のガーデンを探る旅11】 ・イギリス「ペンズハースト・プレイス・アンド・ガーデンズ」の庭【世界のガーデンを探る旅12】 ・イギリスに現存する歴史あるイタリア式庭園【世界のガーデンを探る旅13】 ・イギリス発祥の庭デザイン「ノットガーデン」【世界のガーデンを探る旅14】 ・イングリッシュガーデン以前の17世紀の庭デザイン【世界のガーデンを探る旅15】 ・プラントハンターの時代の庭【世界のガーデンを探る旅16】 ・イングランド式庭園の初期の最高傑作「ローシャム・パーク」【世界のガーデンを探る旅17】 ・世界遺産にも登録された時代の中心地「ブレナム宮殿」【世界のガーデンを探る18】 ・現在のイングリッシュガーデンのイメージを作った庭「ヘスタークーム」【世界のガーデンを探る19】 上に挙げた4枚の写真は、現代の各国それぞれの特徴的な庭の写真です。庭がつくられた当時は、地球も今よりはもっと寒かっただろうし、植えられていた植物もこんなに派手ではなかったろうと思います。現在植えられている植物は、品種改良された園芸品種がほとんど。また、それぞれの庭のガーデナーが自分の好みにアレンジしているかもしれません。そのような時代による変遷も考えながら、植栽に注目して庭の歴史を感じ、つくられた当時の庭の植栽に思いをはせてみるのもまた面白いものです。 それでは、各国のガーデンと植栽を見ていきましょう。今回はスペイン、イタリア、そしてフランスの庭に見る、各国の植栽の特徴をご紹介します。 <スペイン> 水を主役に構成されたアラブの庭 アルハンブラ宮殿ができた時代は、もちろんプラントハンターが世界中にいろいろな植物を求めて世界の隅々まで出かけていった時代よりもはるかに前だったので、つくられた当時の庭は、おそらく今よりももっと地味だったのでしょう。もともとアルハンブラ宮殿の庭の主役は、植物よりも水のように感じられます。それは、遠く西アジアの乾燥地帯から乾燥した北アフリカを経由して、この地にやってきたイスラムの人たちの、豊かな水への憧れが強く表れているのではないでしょうか。 右から大きく枝垂れているのはブーゲンビレア、噴水の両側に植えられているのはバラです。 この庭では豊かな緑と水とのコントラストが見事に強調されていますが、植栽面ではこれといった特徴は見受けられません。基本は地中海性の乾燥した気候に合ったコニファーや常緑低木類がいまだに多く使われていて、ある程度は当時の姿をしのばせてくれています。 <イタリア> 世界の富が集まったイタリアルネッサンスの庭 イタリアの庭は、写真でも見られるようにはっきりとした色使いが特徴です。 特にイタリアンレッドとも呼ばれるビビッドな赤が印象的です。サルビアやケイトウ、ゼラニウムの赤が目を引きますが、もちろんこの庭ができた時代には新大陸からの花々はまだヨーロッパには紹介されていませんでした。したがって、つくられた当時にどのような花が植わっていたのかはとても興味深いものの、今はそれを知るすべもありません。 湖と空の青をバックに、ベゴニアとスタンダード仕立ての白バラがセレブな雰囲気を醸し出しています。 個人の住宅のベランダにも、プランターからあふれんばかりのペチュニアが咲き誇っています。これほど立派なハンギングは、他ではなかなか見ることができません。きっと丹精込めて管理されているのだと思います。抜けるような青空を背景にした原色系の色合いは、いかにもイタリア人好みです。 街の中も、とってもオシャレな雰囲気です。 <フランス> いまだにモネの色合いが色濃く残る配色 フランスには今でも印象派、特に植物が大好きだったモネの影響が色濃く残っています。 ヴェルサイユ宮殿の花壇。デルフィニウムのブルーが効果的に全体を引き締めています。その中に小型の赤のダリアを入れて、はっきりした組み合わせになっています。 フランスの花の植え方の特徴は、いくつもの異なる種類の植物を混ぜ合わせることです。いろいろな植物を組み合わせることにより、優しい色合いを作り出しています。 重厚なヴェルサイユ宮殿を背景に、少し高すぎるツゲヘッジ(生け垣)の中には、白のマーガレットやクレオメ、セージ、ルドベキア、ガウラなどが混植されています。 広々としたフランス式毛氈花壇。 イタリアでは見られなかった、優しいパステル調の組み合わせです。 イタリアでも使われていた赤と黄色の組み合わせでも、フランス人の手にかかると落ち着いた色になってしまいます。 このような混植花壇は他の国では見たことがありません。フランス恐るべし! ただただ感心するばかりです。 花壇では混ぜ合わせるのにとても難しい、自己主張の強いマリーゴールドも、オレンジと薄黄色を混ぜ合わせることで優しい色合いになっています。中心に背の高いブルーのサルビアを入れることにより、立体的な植栽にもなっています。そして1ピッチごとに銅葉のヒマ‘ニュージーランドパープル’を入れてボリュームをつくっています。 優しくカーブする園路に合わせ、背丈の低い花壇が両側につくられています。ここではピンクのペチュニアを中心に、オレンジのジニアや濃緋色のコリウス、ヘリオトロープなどを混ぜ合わせることで、浮いてしまいそうなピンクのペチュニアとの素敵なコンビネーションをつくっています。 写真では分かりにくいかもしれませんが、ランダムに混色されているように見える花壇も、数メートルごとのピッチで植えられています。どのようにして植物の組み合わせを決定し、植え方を決めるのかは分かりませんが、そのムダもなく他では見ることのできない混植方法には、ただ驚くばかりです。このようにさまざまな花色やテクスチャーの違う植物を混ぜ合わせることで、独特な印象派の雰囲気をつくっていると感じるのは僕だけではないはずです。 今回は、イスラムからイタリア、そしてフランスと、ヨーロッパ諸国の花や植物の植え方を見てきました。次回はイングリッシュガーデンの本場イギリス。ジーキル女史からチェルシーフラワーショウまでの現代の花の植え方と、僕の植え方について話をしていきたいと思います。
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イギリス
イングリッシュガーデン旅案内【英国】21世紀を代表するガーデンデザイン「ブロートン・グランジ」
広大な敷地にある広大な庭 ブロートン・グランジは、1992年に現在のオーナーが購入するまで、200年間にわたってモレル家が所有していました。庭は、ヴィクトリア朝時代のものもありましたが、現在の庭園の姿は、今のオーナーの手によって生み出されたものです。ブロートン・グランジの敷地の総面積は350エーカー、なんと東京ドーム約30個分という広さ。広大な草地や農地に囲まれて、25エーカー(同約2個分)の庭園と、80エーカー(同約7個分)の樹木園があります。 訪れたのは6月上旬。「21世紀を代表するモダンな庭」があると聞いて、期待が膨らみます。車を降りると、辺りには草原が広がっていました。サワサワと軽やかな草の間に、真っ赤なポピーが咲いて、穏やかな雰囲気です。 木々の枝が頭上を覆って日差しを遮る、心地よい森の小道を進んでいくと、開けた場所に到着しました。 案内板に導かれて入ると、ヘッドガーデナーのアンドリュー・ウッドオールさんが、明るく出迎えてくれました。 ウッドオールさんの話によれば、起伏のある広大な敷地を、どのように変化のあるガーデンにしていくか、今も試行錯誤が続いているとのこと。遠くに望む景色を生かし、周辺の景色と調和するガーデンづくりに力を注いでいるそうです。 「珍しい木々も多数入れて、それぞれ樹木や植物には品種名を表示しているので、よく見ながら散策をしてみてください」という案内を聞き終え、どんな庭が待っているのか楽しみに歩き出しました。 水彩画で描かれたガーデンの全体図を見ていると、庭園が広大であること、そして、エリアごとの見所もたくさんあることが伝わってきます。庭園の中心には、トム・スチュワート=スミスの手による正方形のウォールドガーデンも描かれています。さあ、地図を手に進みましょう。 キングサリの葉が茂る長いトンネルを通り抜けて、さらに進んでいくと…… 直線的な石で縁取られた小川が、エリアを仕切るように流れている場所に出ました。「あ! あの場所だ」。以前、ガーデニングの雑誌に「イギリスで最新の庭」として紹介されていた、そのページを思い出しました。写真で見ていた庭に自分が立っていることを実感するのも、海外のガーデニング巡りの嬉しい瞬間です。さあ、その奥の景色はどうなっているのでしょうか、さらに小道を進みます。 現代の名作 ウォールドガーデン ここが、トム・スチュワート=スミスのデザインした、ウォールドガーデンです。かつてパドック(馬の小放牧地)として使われていた、南に向かって開けたゆるい斜面に作られています。60×60mの正方形の庭は、それぞれに異なるデザインテーマを持つ3つのテラス(20×60m)から成り、それらが階段状に配置されています。 ウォールドガーデン(塀に囲まれた庭)といっても、塀があるのは北と西の2辺だけで、南側と東側は開けています。スチュワート=スミスは、庭の外側にある草地や野山、遠くの建物といった周囲の風景を生かし、それらと結びつくようデザインすることが大切だと考え、このようなスタイルを選びました。 大草原の雰囲気を持つアッパーテラス まず、最初に出合うのは、アッパーテラス(上段のテラス)です。低く茂る植物の中で、背の高いトピアリーがリズムよく並ぶ、北米の大草原地帯、プレーリーの雰囲気を持つ植栽デザインです。 小川の水は、北から南、斜面の高いほうから低いほうへと流れています(写真では手前から奥へ)。 低く茂るグラス類に交じって、明るい黄色のフロミス・ラッセリアナ、紫のサルビア・ネモローサ、紫のタンチョウ・アリウム(アリウム・スファエロセファロン)が花を咲かせます。直立するトピアリーは、「ペンシル・ユー」と呼ばれるヨーロッパイチイ‘フェスティジャータ’。 秋、そして冬になると、立ち枯れたグラス類や宿根草のシードヘッド(種子が残った花の部分)がモノトーンの造形の美という、また違った面白さを見せます。 四角い池のあるミドルテラス 次に現れるのが、中央に四角い池を配したミドルテラス(中段のテラス)です。池はウォールドガーデン全体の中心にあって、周りを豊かな植栽に囲まれています。 四角い池には、視線を対角線に導いて、遠くの景色につなげる役割があります。 池には真四角の飛び石が浮かんで、印象的なシーンを作ります。一段高いところを流れるアッパーテラスの小川から、水が滝となって注がれる様子も、このエリアのアクセントとなって目を引きます。そして、池に映り込む周囲の木々のシルエットも、風景の一部となっています。 池から横に伸びる道を行くと、背丈を越すほどの草花が隙間なく茂り、辺りを覆い尽くしていました。左右の花壇からはみ出すほど勢いよく成長する植物の迫力に、圧倒されます。ミドルテラスの植栽テーマは、湿り気のあるメドウ。池のほとりに生えているような植物が選ばれています。 白いアスチルベのような花を咲かせる、タデ科のジャイアント・フリース・フラワーに、レティクラータ・アイリス、それから、ヤグルマソウに似たロジャーシア・ピンナタといった植物が生い茂り、そこに、カラマグロスティス、ヌマガヤ、ミスカンサスといったグラス類が交じっています。ポコポコと飛び出ているのは、ヨーロッパブナのトピアリーで、16本あります。 目の前は植物の海。他のガーデンにはない植物がつくる新鮮な景色に、ガーデンデザインの進化を感じました。 ミドルテラスの東側は塀がなく、広々とした緑の景色が広がっています。手前の草地は、夏が近づくにつれて、ワイルドフラワーの咲き広がるメドウへと変化します。その景色も、ぜひ見てみたいもの。その向こうには、森林植物園の針葉樹が見えます。 新感覚のパーテア 次に眼下に現れたのは、不思議な形に仕立てられたツゲのエリアです。ローアーパーテア(下段のパーテア)と呼ばれる庭です。 生け垣は、モコモコと、なにやら有機的な形をしています。抽象的なデザインに見えますが、じつは、これは自然界にあるものの形。周辺に自生するヨーロッパブナ、セイヨウトネリコ、オークの葉の細胞構造を、そのまま拡大したものなのです。ツゲの低い生け垣の合間に草花を植える、パーテアという造園技法では、伝統的には幾何学模様を描きます。しかし、トム・スチュワート=スミスは新しいアプローチによって、新感覚のパーテアを生み出しました。 ツゲの間には、若い苗が植えられていました。黒葉の植物や白花のマリーゴールド。これらが成長したら、また面白い景色になるだろうなぁと、想像が膨らみます。ここにもガーデンデザインの新しい試みを感じます。 夏の花壇のカラースキームは年ごとに変わるそうですが、パープル・ケールやニコチアナ、ヘリオトロープ、コスモス、ルドベキアなど、中心となる植物は毎年植えられます。 毎年10月になると、夏の草花が取り除かれて、5,000球のチューリップの球根が植えられるといいます。そして、春になると、赤や紫、ピンク、黄色といった、色とりどりのチューリップの咲く圧巻の景色に。12種ほどの品種は、4月末~5月初めに行われる、ナショナル・ガーデンズ・スキームのチャリティ・オープン・デーにタイミングを合わせて咲くよう、吟味されるそうです。 花後の球根は掘り上げられて、保管され、その後、ワイルドメドウのエリアに植えられて、野生化するようそのまま放っておかれます。 ローアーパーテアを西側から見たところ。等間隔に並ぶシナノキがフレームの役割を果たして、風景を切り取ります。 奥に見える緑の塀のようなものは、ブナの木を刈り込んで作られたトンネルです。夏の間は、このようなみずみずしい緑の塀となりますが、秋から冬にかけてブナが紅葉すると、豊かな赤茶色の塀へと変わります。そして、その色は、草花がなくなって生け垣の間にむき出しになった、赤味がかった土と呼応します。ウォールドガーデンの植栽は、そこまで計算されているのです。 同じ場所に立って、小道を来た方向に振り返ると、3つのテラスに段差があるのが分かります。 植物のパワーにすっかり驚かされながら、今度は、反対側にある、ヨーロッパブナを刈り込んだトンネルを抜けてみます。すると、シチュエーションがガラリと変わって、開けた場所に出ました。 ベンチに腰掛けて、遠くに広がる大地を眺めて、ちょっと休憩。 小道を進むたびに景色がどんどん変わっていく、場面転換のスピード感も、このガーデンの面白さだなぁと感心しながら、次のエリアに向かいます。 もう随分と驚かされる庭デザインの数々でしたが、道はさらに先があり、再び下りながら先へ進みます。 セイヨウイチイのトピアリーが並ぶテラスが見えてきました。写真の右側のほうはトピアリーが整列していますが、左のほうは、酔っぱらっているかのようにトピアリーがランダムに並んでいて、視線が丘の連なる開けた風景へと導かれます。 ぽこぽこと並ぶトピアリーの間を通っていくと、足元はふかふかな芝生。先ほどまでの石敷きの小道から一転して、柔らかな芝の上を歩くことになります。その感触の違いも、新たなエリアに踏み入れたことを教えてくれました。 さて、庭園の東側にある、石造りのお屋敷のエリアに到着しました。こんな絶景の中に住まうとは、なんて羨ましい! テーブルや椅子の配置から、庭を日頃から愛でていらっしゃるのだろうなぁと想像しつつ、お屋敷の周囲に取り入れている植物を見せていただきました。 お屋敷の入り口付近には、フォーマルな雰囲気のノットガーデンが。アリウム・ギガンチウムの紫の花玉が、緑のツゲと美しいコントラストを見せています。 お屋敷前に広がる芝生のエリアの先には、両脇を野の花に可愛く縁取られた道が続いています。森林植物園とポニー用のパドックの間を抜ける、スプリング・ウォークと呼ばれるこの小道には、たくさんの球根花や宿根草が植わっていて、早春のクリスマスローズから、春のスノーフレーク(オオマツユキソウ)やブルーベルなど、四季折々の景色を見せてくれます。 緩やかな斜面はまだまだ下へと続いていきます。 ヘッドガーデナーのウッドオールさんが「今も作り続けているエリアがある」と話していたのはここでしょうか。枯れ木が植物の間に配された、不思議な雰囲気のエリアです。 切り株を使った庭「スタンプリー」 ここはスタンプリーと呼ばれる庭で、2007年に作られました。スタンプとは切り株のことなので、「切り株園」といったところでしょうか。古い切り株の周りに、ホスタやシダ、ヘレボレスやユキノシタ、アルケミラ・モリスなどが植えられています。 スタンプリーという庭園スタイルはヴィクトリア朝時代に生まれたもので、19世紀のガーデンシーンではよく見られました。プラントハンターによって世界中から新しい植物が次々に英国へと持ち込まれていた当時、シダもさまざまな種類のものが導入されました。スタンプリーは、これらのシダを栽培するのにちょうどよい形態だったのです。 大きく葉を茂らせるシダに、赤葉のモミジ。背景には、大株のユーフォルビアがあります。個性的なフォルムの切り株がアクセントになった、美しい取り合わせです。切り株を使った植栽は、ウサギやミツバチなど、野生生物のすみかにもなっています。 スタンプリーの近くには、ピート・ウォール・テラスや、ヴィクトリア朝時代のサンクンガーデン(沈床庭園)、竹の生えるバンブーゾーン、ボグガーデン(湿地の庭)といったエリアがあって、現在も作り続けられています。 ピート・ウォールを利用した花壇を見つけました。ピートとは、野草や水生植物が炭化した泥炭のことで、ウイスキーの香りづけに使われることで知られています。そのピートのブロックを石垣のように積んだのが、ピート・ウォールです。ここはどんな場所へと変わっていくのでしょう。 お屋敷周りはクラシカルな雰囲気 新しいデザインが印象的なブロートン・グランジの庭ですが、お屋敷の正面にあたる南側には、クラシカルなパーテアや、イギリスらしいナチュラルな雰囲気のボーダーガーデンがありました。2階の居室から望む眺望は、きっと素晴らしいものでしょう。 さて、残りの見学時間が少ないことに気がつき、足早に、感動したポイントをおさらいしながら戻りつつ、ヘッドガーデナーさんがいた元の場所へと向かいます。 最初の場所へ到着すると、コーヒーと手作りマフィンがテーブルに用意されていて、短いカフェタイム。一緒に巡っていた仲間たちと、「素敵な庭だったねー」などと話しながら、ガーデンシェッドに伝うバラの素朴な風景にホッと和みました。 新しい庭デザインが次々と出現する庭でしたが、お屋敷の周辺ではイギリスらしい庭デザインも見られました。植物の使い方で、ここまで幅広く風景の変化を作り出せることに感動を覚えた、とても印象に残る庭でした。 併せて読みたい ・一年中センスがよい小さな庭をつくろう! 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