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イングリッシュガーデン旅案内【英国】注目のガーデナーが生み出す21世紀のイングリッシュガーデン「マル…
緑の壁に囲まれた美しいガーデンルームの数々 ロンドンから車で西に向かい、1時間半ほど。庭園はハンプシャー州、ニューベリーの町の近くにあって、近隣には、人気のテレビドラマ『ダウントン・アビー』の撮影が行われた、ハイクレア・カースルがあります。 車が敷地内へと進み、まず目に入ってきたのは、真っ赤なポピーがトピアリーの間を埋め尽くす、鮮やかな景色! 目が釘付けになって、庭への期待がぐんと高まります。 車を降りると、ヘッドガーデナーのマット・リースさんが出迎えてくれました。マットさんは、英国王立植物園キューガーデンと、英国王立園芸協会のウィズリーガーデンという、世界最高峰の2つの庭園で経験を積み、その後、20世紀を代表する名ガーデナー、故クリストファー・ロイドの自邸、グレート・ディクスターで7年間修業し、腕を磨きました。生前のロイドから直に庭づくりを学んだという、貴重な経験を持つガーデナーです。 マルバリーズのオーナーがこの地所を購入したのは、2010年のこと。マットさんは、それからまもなくしてヘッドガーデナーを任されました。 「私がここに来た時、敷地の西の端には、以前からのウォールドキッチンガーデンがありましたが、それ以外は、サッカーグラウンドがあるだけでした。そこから、すべてのガーデンを新しくつくったのです。1年目は何もせず(といっても、観察したり、計画したりはしていたのでしょうが)、2年目以降は、そのウォールドキッチンガーデンと、少し離れたところに建つ屋敷を繋げるために、どんな庭をつくるかという課題に取り組みました」 マットさんは、オーナーとともに数々の名園を見て回り、どんな庭をつくるべきか検討を重ねました。さまざまな庭を見るうちに、目指すべき方向性が定まります。それは、「きちんと整った構造物の中で花々が豊かに咲く、イングリッシュフラワーガーデン」でした。マットさんは、オーナーの意向に沿いながら、自ら庭をデザインし、そして、セイヨウイチイの高い生け垣という「整った構造物」で囲われ、それぞれに異なるテーマを持った、魅力溢れるガーデンルームをいくつもつくり上げてきました。その「部屋」に入るたびに、玉手箱を開けるような楽しさがあります。 現在、マルバリーズの庭は、マットさんに加えて、4人の専任ガーデナーと学生さんによって維持されています。敷地の総面積は10エーカーですが、その多くは森や草原(パークランド)で占められています。マットさんが、庭園の各エリアを一緒に巡りながら、丁寧に案内してくれました。 ネプチューンに守られる水の庭 まず最初に入ったのは、コッツウォルドストーンを使った、優美なデザインの石塀に囲まれたエリアです。緑の芝生が広がり、その中央に、細長い池のような窪みが見えます。近づくと、チョロチョロと水の音が聞こえてきます。 窪みの中は細長い水路になっていました。左右から細く噴き出す水が、カーブを描きながらその中に注がれ、静かな水音が、窪みの空間に反響して聞こえてきます。 「この庭は6年前に、何もないところからつくられました。他のガーデンとは異なるスタイルで、植物の数を抑えて、構造物を生かしたウォーターガーデンとなっています。中央の長方形のスペースの下には水が流れていて、この水位を調整すると、反響する音が変わるようになっています」 「海洋の神ネプチューンの彫像と、グロット(少し窪んだ石組みの壁部分)のデザインは、2年前に追加しました。彫像は現代のもので、友人の彫刻家スティーブン・ペティファーが手掛けました」 芝生や木の葉の緑が主体の庭ですが、グロットの壁面や石塀には、‘メグ’や‘ニュー・ドーン’といったバラによって、ささやかな色が添えられています。 「庭のデザインに水を用いるアイデアは、京都に4週間滞在した時に出合った、小さな滝といった、水の音の演出から得ました。静かな空間にさらさらと水が流れる、そのサウンドに惹かれたのです」 マットさんは知日家で、京都をはじめ、日本各地を何度も訪れているそうです。 一方、細長い水路のデザインは、スペインのアルハンブラ宮殿の庭にインスピレーションを得たものだそう。 「いずれ、水辺の両側に植えた樹木は、丈高く、空を隠すくらいまで伸びて、枝葉のトンネルの中に水が流れているような景色になる予定です。これらの樹木は‘白普賢(シロフゲン)’という、日本の八重桜。アーネスト・ウィルソンが1910年に日本から輸入した桜です」 グロットの周辺には多少の色があるものの、緑を基本に構成されたシンプルな庭です。低く仕立てられた木々の下で、繊細に弧を描く水のラインが、緑に引き立ちます。それは、初めて目にする景色でした。サクラが満開の頃や、花散る頃の景色も、きっと幻想的で、美しいのだろうなと、想像が膨らみます。 いつまでも水の音に耳を傾けていたいところですが、次のエリアに進みましょう。 炎の色彩 ホットガーデン 先ほどとはテイストが変わって、こちらは植栽豊かなエリア。長方形の庭の2つの長い辺に沿って、奥行きのある花壇が伸びています。この花壇は、盛夏に向けて、トリトマ、ルピナス、ヘレニウムなど、赤やオレンジの鮮やかな色の花がどんどん咲いていくので、「炎の花壇(フレイム・ボーダー)」と呼ばれているそう。訪れたのは6月で、まだ少しおとなしい色彩でした。夏真っ盛りの様子も見てみたいものですね。 「ここは完全なミックスボーダー(混植花壇)で、樹木もあれば、灌木や宿根草、一年草もあります。そして、このポピーのように、勝手にこぼれ種で生えてくるものもあって、それらも生かしています。花壇を目にした時に面白いと思ってもらえるように、隣り合う植物が対照的な姿になるように計算して。例えば、尖った葉の横には丸い葉を、というように。形も色も対比させて、楽しめるようにしています」 「花壇の植物はどんどん育っていきますから、全体的なバランスが悪くならないように刈り込んでいます。また、花が咲き終わったら、スポットごとに次のシーズンの花へと変えていきます。例えば、ここには4月はチューリップが植わっていましたが、6月の今はルピナスがあって、次はダリアとなります。植え替えをする時は、宿根草でも多年草でも、完全に抜いてしまいます。抜いたものは、株分けすることもあれば、捨ててしまうこともあります」 銅や紫、ライムグリーン、赤……。色や形のさまざまな植物が隣り合って、生き生きと茂っています。 さて、先を見ると、小道が別の庭へと続いていて、奥のほうに置かれた彫像が見えます。 振り返ると、先ほどのウォーターガーデンから通ってきた小径があって、奥にネプチューン像が見えます。 左を見ると、遠くに可愛らしいニワトリ小屋が。 そして、右を見ると、これから向かう、池のある庭があります。 このホットガーデンは、いわば、十字の交差点の上に置かれている庭。四方向に小道が伸びて、それぞれ別の庭へと繋がっています。背の高い生け垣で囲われている庭ですが、四方向にある開口部は遠くまで視線が抜けて、メリハリのあるデザインとなっています。 水面を楽しむポンドガーデン さて、ホットガーデンから次の庭へ進むと、静かな水面が広がっていました。大きな長方形の池のある、ポンドガーデンです。 「ここも、大きなカシノキ以外は何もない、まっさらな場所でした。この庭の見どころは、池の水に映る影。水面に映り込む、周囲の植物の姿を楽しむ庭です」 池は四方を豊かな植栽で囲まれていて、その変化に富む植栽が水面に映ります。風がなく、艶やかな水面に映る草木のシルエット。ガーデンには静けさが漂います。 池の畔では、水の妖精、ニンフが水面を見つめていました。 さて、ぐるりと池を一周したら、隣のエリアへ向かいましょう。 オーナー夫人好みのクールガーデン 「ここは、清涼感のある寒色でまとめた、クールカラーガーデンです。オーナーは暖色(ホットカラー)が好きで、夫人は寒色(クールカラー)が好き。そういうわけで、先ほど見ていただいたホットガーデンと、このクールガーデンがつくられました」 「ここの花壇も、先ほどと同じように、樹木、灌木、宿根草などが混じり合った、ミックスボーダーです。また、ここでも、このルピナスが終わったら、次はサルビアという風に、植物を植え替えています」。 マットさんは、植え替えの労力を惜しまず、ベストの状態の美しい花壇を保とうとします。その姿勢は、おそらくグレート・ディスクター仕込みでしょう。師匠のクリストファー・ロイドも、美しい植栽を求めて頻繁に植え替え、「実験」を繰り返した人物でした。 株全体が青く染まるエリンジウムやサルビア、ゲラニウム、アリウムなどが青紫の色を添え、優しいトーンでまとまっていました。その他に、この庭では、アイリスやカンパニュラ、デルフィニウム、フロックス、アザミ、ワレモコウの仲間、カラマツソウの仲間などが使われています。 「花壇には、日本のカエデ ‘獅子頭(シシガシラ)’も植わっています。秋になるときれいに色づきますよ」。 心穏やかに、一つ一つの植物をじっくり眺めていたいエリアです。 太古の森のようなスタンプリー 砂利道をしばらく行くと、巨木が葉を伸ばし、濃い影を落としています。小さなウッドランドガーデンへと入っていきます。 進んでいくと、木の切り株がワイルドな雰囲気を醸し出す、スタンプリーがありました。スタンプリーとは、19世紀のヴィクトリア朝時代に生まれた庭園スタイル。切り株(スタンプ)を置いた、いわば「切り株園」で、プラントハンターによって英国に持ち込まれた、シダ類を栽培するのに適していました。 「この切り株には苔が生えていますが、これは屋久島のイメージです」 屋久島まで足を伸ばしたことがあるという、マットさん。ここは、イギリスにいながら、遠い日本での旅の記憶が蘇える場所なのかもしれませんね。このスタンプリーがつくられ始めたのは2015年ですが、もう苔が広がって、太古の森のような、長い時間が経過した雰囲気があります。苔がきれいに生えているのは、ミストシャワーが設置されていて、湿度が適度に保たれているからなのでしょう。 幹や根が折れていたり、曲がっていたり。そのワイルドなフォルムに、クサソテツやシダなどの緑が着生して、エキゾチックなイメージです。シダの中には、マットさん自身がヒマラヤで採取した、貴重なものもあるそうです。 さらに進むと、なんと大きな白い花でしょう。おばけモクレン? 「葉っぱの裏がビロードみたいに美しいね。ホオノキの仲間だよ、ほら見てごらんよ」と、マットさんが木を引き寄せたら、花茎が折れてしまいました。 同行していた、北海道・上野ファームのガーデナー、上野砂由紀さんのお顔より大きな花! 「すごいおっきいね!」日本にはない植物に、庭散策は盛り上がりました。 *『マルバリーズ・ガーデンズ』後編に続きます。
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イングリッシュガーデン旅案内【英国】「グレイブタイ・マナー」〈後編〉イングリッシュガーデンの源流を…
緑の丘に広がるワイルドガーデン ロンドンから南へ50km。ウェスト・サセックス州の美しい田園風景に囲まれたグレイブタイ・マナーは、現在は高級カントリーサイドホテル、そして、ミシュランガイドの一つ星を獲得したレストランとして知られています。屋敷の周りに広がる35エーカー(約14万㎡)のガーデンは、宿泊かレストランのゲストのみ見学ができます。 ウィリアム・ロビンソンについては、『グレイブタイ・マナー』前編にて詳しくお話しているので、ぜひご覧ください。この後編では、屋敷の周りに広がるガーデンを散策していきます。歴史的なキッチンガーデンで採れる食材を使った、美しいお料理もご紹介しますよ。 それでは、ガーデンツアーを始めましょう。16世紀の屋敷は南を向いた丘の斜面にあって、屋敷前には、芝生と花壇からなるフラワーガーデンがあります。その外周には、屋敷を囲むようにメドウと果樹園が広がっていて、そして、丘のてっぺんに、大きなキッチンガーデンが待っています。 グレイブタイのヘッドガーデナーを務めるのは、名園グレート・ディクスターで腕を磨いた、トム・カワードです。彼は、園芸史に名を残す文化遺産、グレイブタイの管理者として、「ロビンソンにも満足してもらえるような」進歩的な庭づくりを行っています。 屋敷を囲む塀の外側には、赤いポピーやヤグルマギク、フランネルソウ、バーバスカムなどが植わっています。後ろのほうには、丈高いアーティチョークや黄花のディルなどがあって、ダイナミックな、動きのある植栽です。このような、宿根草や灌木などいろいろな種類の植物が混在するミックスボーダーのスタイルを生み出し、一般に広めたのも、ロビンソンです。 ここがメドウガーデンの始まり 塀を背に南側を向くと、眼下にメドウが広がり、その先には湖と森が見えます。100年以上前のこと、ロビンソンは周辺の森や牧草地、1,000エーカー(約4㎢)を所有していました。現在、その土地は慈善団体によって管理されていますが、おそらく、ここに見える草原や森までも彼のものだったのでしょう。 ロビンソンは、森のはずれや森の中の空き地、牧草地や湖の周りに、耐寒性のある外来種の球根花や植物を植え、それらを帰化(野生化)させて、イギリスの在来種と一緒に、自然で美しい景色を作ることを試みました。彼が「ワイルドガーデン」と名付けた庭づくりで、それは当時の園芸に対立する、全く新しい概念のガーデニング法でした。ロビンソンは、この湖の周りにも、イベリア半島原産の小さなスイセンを10万球植えたと伝えられますが、春になると、それらは今も咲くのでしょうか。 こちらは、もう少し丘を上った、果樹園の区画に広がるメドウです。これらのメドウは、グレイブタイのワイルドガーデンを形作る、最も大切な要素です。ロビンソンの著書を参考に植栽が考えられ、2月のスノードロップとクロッカスから始まり、3月は黄色いラッパズイセンと青いシラー、4月は野生種のチューリップや北米原産のカマシア、その他の球根花が花開いて、5月になると、イギリスの野生の花々が夏の終わりまで咲き続けます。私たちが訪れた2019年6月は、ワイルドフラワーが咲く景色でしたが、春の球根花の群生も見てみたいものですね。 フラワーガーデンの西の端にある小道から、遠くに屋敷と芝生が見えました。 上ってきた道を振り返ると、左手に、先ほど立っていた、パーゴラの連なる小道が見えます。ロビンソンはその昔、パーゴラに日本原産のフジや、クレマチスを絡めていました。それに倣って、現在、このパーゴラにもフジを這わせています。春になると、頭上から白い花房が垂れ下がり、両脇にブルーのアイリスと紫のアリウムが咲くという、夢のように美しい取り合わせが見られるそうです。 こちらは果樹園のメドウ。広さ2エーカー(約8,000㎡)の区画には、リンゴを中心とする果樹が点在しています。100年以上前にロビンソンが植えた第1世代の木々は、1987年の大嵐でほぼ倒されてしまい、今ある果樹は、1980年代に植えられた第2世代と、現在のオーナーによって2011年に植えられた第3世代の50本だそう。歴史を感じますね。果実はレストランの料理に使われるほか、ジュースにして保存され、ホテルの朝食で提供されます。 丘の中腹に、バラの絡まる、石塀で囲われたベンチがありました。ひと休みできるこのスポットは、そのうちバラで覆われるのでしょう。もう少し丘を上ると、ガラスの温室がいくつか見えてきました。 背の低い温室はコールドフレーム(冷床)と呼ばれる、苗を寒さから守るものです。苗を保管するバックヤードもおしゃれな雰囲気。 中で育てているのはハーブでしょうか。ガラス屋根をずらして通気できるようになっています。 背の高いほうの温室は、ちょっとレトロな雰囲気です。出番を待つ苗が並んでいます。 その先にあるのは、ピーチハウス。桃専用の温室のようで、実がなっているのが見えます。桃を露地で育てるにはきっと涼しすぎるのですね。 広い敷地の中を、パブリック・フットパスが通っていました。パブリック・フットパスとは、イギリスの丘や川辺、牧場などを抜ける公共の遊歩道のことで、このように私有地を通っている場合もあります。私有地は勝手に入ることができませんが、遊歩道上なら歩いてもよいことになっています。こんな美しい緑の中で、ゆっくりウォーキングを楽しんでみたいですね。 丘の上のキッチンガーデン さて、さらに上へ登ると、石塀に囲まれたキッチンガーデンのゲートが見えてきました。ウィリアム・ロビンソンが1898年に建設を始めたというキッチンガーデンです。 これまで英国の庭をいくつか見てきましたが、その中でも最大級のキッチンガーデン! 広さは堂々の1エーカー半(約6,000㎡)。丘のてっぺんの、南向き斜面につくられています。 地面に立っているとよくわかりませんが、上空から撮った写真を見ると、このキッチンガーデンは木の葉のような楕円形という、とても珍しい形をしています。通路は、中央を貫く通路が一本と、そこから左右に枝分かれして、ぐるりと一周できる大きな楕円の通路があって、それらの通路と、野菜の植わる畝の線が、まるで葉脈のように見えます。ロビンソンが木の葉をイメージしたかどうかはわかりませんが、緑の丘に抱かれるようにつくられた菜園に、四角が似合わないと思ったことは確かでしょう。 石塀には、地元サセックス州で切り出された砂岩が使われていますが、当時、この石塀を建ててガーデンを完成させるのに、3年を要したそうです。斜面に建てられているので、階段状の塀になっています。 イギリスの大きなお屋敷では、かつてこのようなキッチンガーデンが必ずあって、屋敷で消費される食料をまかなっていました。しかし、当時の菜園で、今も実際に使われているものはあまりありません。100年前と同じように、同じ手法を用いて作物を収穫できているのは特別なことだと、ヘッドガーデナーのトムは言います。昔ながらの方法でこのキッチンガーデンを使い続けることも、保全活動の大切な一部です。 2012年に、キッチンガーデンの大規模な修復作業が行われて、通路などがきれいに手入れされました。 エスパリエ仕立ての果樹と、菜園には、ハーブや切り花用の花も植わっています。 石塀に誘引されているのはレッドカラントでしょうか。ここでは四季を通じて収穫があり、それらはすべて、レストランの料理に使われます。まさに採れたての鮮度と、風味豊かな食材の魅力を存分に生かすべく、料理は考えられています。野菜などの栽培計画は、レストランのシェフとヘッドガーデナーが話し合って決めていて、シェフも毎日ここに足を運ぶそうです。 この壺のようなものは、ルバーブの遮光栽培をするための、ルバーブ・フォーサーでしょう。使いこまれているので、古いものかもしれませんね。果樹は鳥よけのケージの中に植えられています。 果樹のエスパリエ仕立てには、省スペースや日光を効率よく浴びるといった実用的な側面もありますが、古い石塀を背に枝を広げる姿はただ美しいものですね。さて、キッチンガーデン散策はこれで終わりです。 ゲートを出て、鬱蒼とした木々の間の小道を進むと… 一転して、開けた場所に出ました。丁寧に芝刈りが行われている、クロッケー用の芝生です。ここでは、バドミントンやショートテニスを楽しむほか、読書をしてゆっくり過ごしてもよいとのこと。静けさの漂うクリーンな空間は、ワイルドガーデンとコントラストをなす、ガーデンデザインの上でも大切な要素です。 屋敷周りのフラワーガーデン そのまま進むと、屋敷を見下ろす場所に出ました。見晴らしがよく、遠くまで見渡せます。 屋敷に続く石段を下りていきます。階段脇にもいろんな草花が植わっていて、楽しい! 階段を降りると、突然、古い建物に挟まれる形で、現代的なガラス張りの増築部分が出現しました。レストランに使われている新しい区画で、とってもおしゃれ。 この増築部分を設計した建築家は、30年にわたってレストランの常連客だったそう。だからこそ、素敵な庭のことがよくわかっていて、庭を存分に味わえるように考えたのでしょう。 レストラン脇の斜面は、グラス類やルピナスを使った、他の区画よりモダンで軽やかな印象の植栽。レストランのガラスや新しい白い敷石のテラスによくマッチしています。 レストランのテラスからは、昔からの敷石の小道が続いていて、途中にパラソルのあるテーブル席が用意されています。 庭で草花に囲まれながら、お茶や飲み物を楽しむこともできます。とても贅沢な時間の過ごし方ですね。 ウィリアム・ロビンソンが暮らしていた当時、芝生の生えている4つの区画は、低い生け垣に囲われた大きな花壇になっていて、いろいろな植物が植えられていました。海外からやってきた新しい植物がイギリスのどんな環境に合うのか。どんな植物同士を合わせると美しいのか。ロビンソンはそんなガーデニングの実験を繰り返し、花壇は日々、変化していたそうです。 芝生の中央には、ロビンソンの頃からのものでしょうか、古い石造りの日時計が、素朴なエリゲロンに彩られています。 フラワーガーデンの芝生は、見晴らしがよく、開放感のある空間です。カントリーサイドホテルの醍醐味ですね。 軽やかな明るい花色の中で、渋めの赤が効いた、とても美しい植栽です。春の植栽は、オレンジや赤のチューリップが主役だそう。 これぞ21世紀のコテージガーデン・スタイル。植物が自然に生い茂るような、ナチュラルな植栽ですが、花色に立ち姿、開花期間など、きっと計算されつくしているに違いありません。 ミシュラン一つ星の優雅なランチ 庭めぐりを終えて、いよいよランチの時間です。漆喰の天井飾りが美しい、二階の一室に通されると、イギリスの貴族ドラマに出てくるような長テーブルが私たちを待っていました。お庭からちらりと見えた、一階のガラス張りのお部屋にいた皆さんは、とても優雅な雰囲気で楽しんでらっしゃいました。誕生日や結婚記念日など、特別の機会に訪れるお客様も多いそうです。 窓から庭の緑が見えます。さて、キッチンガーデンで採れる野菜はどんなお味でしょう。料理が楽しみです。 こちらは、特製スモークサーモンに、サワークリームのようなクレム・フレーシュをミルフィーユ状に挟んだもの。上品な甘さのビートと、爽やかな苦味のクレソンが添えられています。 メインディッシュは、マッシュポテトとスプリンググリーンの上に載った子牛のステーキ。肉や魚は地産の最高級のものが使われていて、しっかりとした味わいです。マッシュポテトはぽってりとして、少し苦味のあるスプリンググリーンがアクセントに。デザートのカラメルホワイトチョコレートムースのカカオニブ添えは、地産のハチミツの繊細な甘みが美味しく感じられました。 美しいガーデンと、ミシュラン一つ星のおもてなしに、心もお腹も満たされた、とても幸せな時間でした。
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イングリッシュガーデン旅案内【英国】「グレイブタイ・マナー」〈前編〉イギリスのガーデニングを変えた…
歴史的価値を持つガーデン 16世紀後半のエリザベス朝時代に建てられたグレイブタイ・マナーは、ロンドンから南に50kmほど、ウェストサセックス州イースト・グリンステッドの近くにあります。19世紀、ヴィクトリア朝時代のガーデナーで園芸著述家のウィリアム・ロビンソン(William Robinson 1838–1935)が所有し、暮らしたことで、イギリス園芸史に残る文化遺産となりました。 現在、グレイブタイ・マナーは、美しい庭と田園風景の中でくつろぐことのできる、高級カントリーサイドホテル、そして、ミシュランガイドの一つ星を獲得したレストランとして知られています。屋敷の周りに広がる35エーカー(約14万㎡)のガーデンは、宿泊かレストランのゲストのみ見学ができます。現在見られる庭は近年の修復作業によって生まれたものですが、そこにはロビンソンの精神が息づいています。 「ワイルドガーデナー」ウィリアム・ロビンソン ウィリアム・ロビンソンは1838年、ジャガイモ飢饉の貧しさにあえぐアイルランドに生まれました。幼い頃から庭師見習いとして働き、23歳でロンドンに移ると、リージェンツ・パークの植物園で経験を積みます。 彼がロンドンで働き始めた19世紀中頃、ヴィクトリア朝中期のイギリスは、産業革命による豊かさの絶頂にありました。当時の園芸は、最新技術で建てられたガラスの温室で、プラントハンターが集めてきた熱帯の植物を育てたり、外来種の一年草を使って整形式花壇を作ったりするのが主流でした。非常にお金のかかった、贅沢な園芸が人気だったのです。 ロビンソンは次第に、そのような人為的で、自然を支配するような栽培や植栽の在り方に疑問を持ち、森や草原などの自然の美を生かした庭づくりを考えるようになります。 1866年、彼は29歳で有名なリンネ協会の特別会員に選ばれ、その後、雑誌や新聞に園芸記事を寄稿する著述家として仕事を始め、独立します。そして、1870年、代表作となる “The Wild Garden” を発表し、イギリスの森の外れや草原に、寒さに耐えられる野生種の外来種を植えて帰化させ、外来種と在来種を合わせた「自然で」手のかからない景色をつくることを提言しました。花々で幾何学模様を描く整形式庭園がもてはやされていた当時、その流れに真っ向から対抗する新しい庭づくりを示したのです。ロビンソンはその後も植物の最新情報を書き加え、改訂を繰り返しました。大反響を呼んだこの本は、今も読み継がれる、園芸本のベストセラーとなっています。 同時代を生きた友 ガートルード・ジーキル ロビンソンは翌年から、園芸週刊誌 “The Garden” を編集者として立ち上げ、ワイルドガーデンの考え方を一層広めていきます。週刊誌の寄稿者には、友人の女性ガーデンデザイナー、ガートルード・ジーキル(Gertrude Jekyll 1843-1932)もいました。 ジーキルは、昔ながらのコテージガーデンのスタイルを、鮮やかな色彩の植栽に発展させて、富裕層のガーデンシーンに大きな変化をもたらした人物です。2人はコテージガーデン風の自然な植栽というデザインの信条を分かち合い、長年にわたって友人関係を続けました。1883年にロビンソンが発表した著書 “The English Flower Garden” には、ジーキルによる寄稿記事が含まれていますし、また、このグレイブタイ・マナーの庭づくりにもジーキルが協力したといわれます。 早春の森のスノードロップに始まり、公園や草原に咲き広がるクロッカスやラッパズイセン、木立の中のブルーベル、そして、メドウの花々。イギリス各地で季節の移ろいを告げる、英国人にお馴染みの「自然な」花景色は、ロビンソンのワイルドガーデンの考え方から生まれたものといえます。ロビンソンは、宿根草を使った植栽スタイルやミックスボーダー(混植花壇)を広め、高山植物を使ったロックガーデンも提案しています。一方のジーキルは、さまざまな花が色彩豊かに咲く、ナチュラルな植栽スタイルを生み出しました。現在あるイングリッシュガーデンの姿は、ロビンソンとジーキルの2人によって、大きく形作られたと考えられています。 ガートルード・ジーキルについてはこちらの記事もご覧ください。 ●ジーキル女史のデザインがよみがえった「マナーハウス、アプトン・グレイ村」 ●現在のイングリッシュガーデンのイメージを作った庭「ヘスタークーム」【世界のガーデンを探る19】 理想の景色を求めた実験の日々 文筆業の成功で財を成したロビンソンは、1884年にグレイブタイ・マナーの屋敷と庭園、そして、周辺の土地を購入し、翌年から庭をつくり始めます。そして、亡くなるまでの約50年間をここで暮らし、自らの考えを実践する場として、理想とする景色を求めてガーデニングの実験を続けました。新しい外来植物がイギリスのどんな環境に合うのか、どんな植物同士を合わせるとよいのか、彼は実験の結果を著書や園芸誌で伝え続けました。 ロビンソンは周辺の牧草地や雑木林を徐々に買い増し、最終的には1,000エーカー(約4㎢)の土地を所有しました。森を守ることは人間にとって大切なことと考え、北米やインド、中国を原産とする、さまざまな広葉樹や針葉樹を植えて、新たに森をつくっています。そして、その森のはずれや、森の中の空き地、メドウ(牧草地)や湖の周りには、自らの考え通りに、耐寒性のある外来種の球根花や植物を植えて帰化させ、在来種とともに、自然で美しい景色をつくることを試みました。 ハシバミやクリの雑木林では、日本の白いシュウメイギクをはじめ、ユリ、ハアザミ、パンパスグラスを大きな茂みに育て、その下に、ブルーベルやシクラメンのカーペットをつくりました。屋敷近くの湖の周りに、イベリア半島原産の小型のスイセンを10万球も植えたり、北米原産のシロバナマンサクや、ナツツバキ、ヌマミズキなど、姿の美しい樹木や灌木を森に加えたりもしました。 ロビンソンは、剪定ばさみやホースといった新しい園芸用品も一般に広めました。70歳の頃、彼は怪我で背中を傷め車いすの生活になりますが、車いすを押してもらいながら庭を見て回ったといいます。現代のガーデニングに多大な影響を与えたロビンソンは、1935年に96歳でその生涯を閉じました。 美しさを取り戻した現在の庭 ロビンソンには後継者がいなかったため、全ての財産は営林に役立ててほしいと、国の林業委員会(フォレストリー・コミッション)に遺贈されました。屋敷や土地の管理のために慈善団体が設立されますが、しかし、その後まもなくして第二次世界大戦が始まり、屋敷はカナダ軍の駐留のため接収されます。この時、兵士が花壇を野菜作りのために掘り起こしてしまったので、ロビンソンの残したものは残念ながら、すべて失われてしまいました。 現在、ロビンソンの残した広大な森や牧草地は、ウィリアム・ロビンソン・グレイブタイ・チャリティという慈善団体によって管理されています。敷地の中心にある屋敷と屋敷周りの35エーカーのガーデンは、1958年にピーター・ハーバートに貸し出されて、ホテルとレストランの経営が始められました。ハーバートは2004年に引退するまでの約50年間で、グレイブタイ・マナーを、美しい田舎で最高級のサービスを受けられるカントリーサイドホテルの先駆けとして成功させましたが、彼の引退によってグレイブタイは衰退してしまいます。 しかし、2010年、現オーナーのホスキング夫妻に経営が移ったことで、大規模な改修も行われて、この場所はかつての輝きを取り戻しました。現在のヘッドガーデナー、トム・カワードは、名園グレート・ディクスターで腕を磨いた人物。「ロビンソンにも満足してもらえるような」ダイナミックで実験的なガーデニングを行い、庭をますます美しい姿に変えています。 *『グレイブタイ・マナー』後編で、ガーデン散策の様子をお伝えします。
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イングリッシュガーデン旅案内【英国】イギリスガーデン界の巨匠、故クリストファー・ロイドの自邸「グレ…
時代を先駆けたガーデナー クリストファー・ロイドは、1950年代から生家のグレート・ディクスターを実験場にして、新しいガーデニングに挑戦し続けた園芸家でした。そして、ミックスボーダー(混植花壇)やメドウガーデンなど、自らが体験から得た新しい考え方を、英米の有名ガーデン誌や新聞、著書で伝え、プロやアマチュアのガーデナーたちに刺激を与え続けました。 グレート・ディクスターはクリストファーにとって、ガーデナー仲間との意見交流の場でもありました。彼は、園芸家ベス・チャトーなどの友人を招いて、菜園で収穫した野菜を使った手料理をふるまいつつ、園芸談議を楽しみました。英国園芸界で活躍する人々が集まるこの庭は、ガーデニングの新しい潮流が生まれる場所だったのです。 2006年、クリストファーは84歳で惜しまれつつ他界しましたが、彼が愛し、精力を注いだ庭と屋敷は、現在グレート・ディクスター・チャリタブル・トラストという公益財団に引き継がれ、その遺志を受け継ぐガーデナーたちによって、管理、運営されています。詳しくは「グレート・ディクスター・ハウス&ガーデンズ」前編でご紹介していますのでご覧ください。 さて、前編では、入り口から屋敷を中心に時計回りに庭を巡り、屋敷の南西側のメドウまでやってきました。庭巡りを続けましょう。 色彩豊かなロングボーダー メドウの縁には、屋敷へと延びる、幅広い敷石の小道と細長い花壇「ロングボーダー」があります。雑誌などでもよく紹介されている有名な花壇です。優しい色合いのメドウとは対照的に、このロングボーダーは彩り豊か。たくさんの種類の植物が小道にこぼれるように茂り、競い合って咲いています。 小道を進んでいくと、植物の種類が変わることで色彩も変化していきます。花壇の植栽は、6月中旬~8月中旬に花盛りとなるよう考えられているそう。また、クリストファーは、5月末からは土が見えないくらい植え込むべきと考え、この花壇を「綿密に織られたタペストリーのよう」にしたいと思っていました。 このロングボーダーはミックスボーダー(混植花壇)で、さまざまな植物が使われています。宿根草だけでなく、灌木や一年草、つる植物など、植物の種類にかかわらずなんでも使うのが、クリストファー流。ロングボーダーには斑入り葉の灌木や、真紅やピンクの花を咲かせたバラの茂みも所々にあって、ボリュームたっぷりです。訪れた6月中旬は、バラに加え、ポピーやルピナスの赤い花がアクセントとなって、強い印象の景色をつくっていました。 名建築家ラッチェンス設計の円形階段 ロングボーダーの端まで来て、視線の先を遮っていたマルベリーの大木の茂みを抜けると、左手に、円形のデザインが目を引く個性的な石階段がありました。その先にはメドウが広がっています。 この円形の石階段や、ロングボーダー前の敷石の小道は、20世紀の初めに活躍した名建築家、エドウィン・ラッチェンスによって設計されたものです。アールを描く石のステップの側面には、こぼれ種で広がったのか、ポツポツとエリゲロンの可愛い花が咲いていて、石階段の固い印象を和らげています。使われている石自体100年以上経っているので、趣があります。 メドウに立って、円形の石階段を正面から見てみると、上段に背景となる屋敷、中段にローダンセのピンクの花、下段に石階段と、高低差を生かした立体的なデザインであることが分かります。右側に茂るブラック・マルベリーの木は、もともとは対で両側に生えていたもので、ローダンセの花壇と同じく左右対称のデザインとなっていました。 ラッチェンスは、ガーデンデザイナーのガートルード・ジーキル女史とともにつくり上げたヘスタークーム・ガーデンズでも、似たような円形の石階段を設計しています。庭のアクセントとなる素敵なデザインですね。 花に飾られた石階段を、上ったり、降りたり。次のエリアに向かう過程も、とても楽しめました。 円形の石階段からメドウの中へと、放射状に3本の小道が伸びています。右手の小道を先に進むと、濃い緑の壁に囲まれたエリアがありました。中に入ってみると…… 異国情緒たっぷりのエキゾチックガーデン 他のエリアとはがらりと印象が変わって、緑一色の世界。背丈を超えるほど成長したバショウや木生シダなどが、自由に葉を広げて、面白いコントラストを見せています。ここはエキゾチックガーデンと呼ばれるエリア。もともとは整形式のローズガーデンとして設計された場所ですが、連作障害でバラが育たなくなったため、クリストファーが大改造を行いました。バラからの大胆な方向転換。きっと雰囲気が一新したことでしょうね。 小道の先を隠すように葉が垂れて、ジャングルのような雰囲気です。葉を楽しむための植物の多くは、イギリスの寒さに耐えられるものが選ばれています。6月の段階では緑一色の景色ですが、晩夏から秋にかけて、この庭にはダリアやカンナ、こぼれ種で増えるサンジャクバーベナの花が咲いて、とてもカラフルになるそう。その頃の景色も、ぜひ見てみたいものですね。 楽しみいっぱいのナーセリー さて、エキゾチックガーデンを出て敷地の奥へと進むと、花苗やテラコッタポットなどが並ぶナーセリー&ショップにたどり着きました。このナーセリーは1954年に、クリストファーが、自分が好きな植物を売るという形で始めたもの。特に、彼が大好きだったクレマチスは多くの品種が取り揃えられていて、今でもクレマチス専門店として知られています。 ナーセリー&ショップのエリアには建物が2つあって、小さいほうでは特製ブレンドの土の量り売りや、グレート・ディクスターのマークの付いたタネ袋などが売られていました。大きいほうでは、書籍やハサミ、オリジナルバッグや誘引紐など、心惹かれる商品がたくさん。店先には、アンティークのジョウロやダックスフントを模したジョウロなど、ユニークなグッズもありました(クリストファーはダックスフンドが大好きで、ずっと飼っていました。庭園では今もその子孫が飼われています)。 ガーデンの中で見かけた低い木柵も、山積みになって売られていました。これはガーデンハードルという、英国の庭で伝統的に柵やゲートとして使われているもの。グレート・ディクスターでは築500年の納屋を使って、伝統的な木工品づくりも行っています。古くからある近くの森からヨーロッパグリやクリ、オークなどの木材を切り出して、柵のほかにもスツールやベンチ、はしごなどを作成します。これは、森を守ると同時に、木工品づくりの伝統技術を伝えていくためでもあります。 ショップ付近では、草屋根のロッジア(イタリア式の、片側に壁のない屋根付き柱廊)が飲食スペースとして使われていて、用意されたテーブルや椅子で休憩する人の姿がありました。 苗コーナーも広く、たくさんの品種が並んでいます。奥に見える濃い緑の壁からバショウの葉が伸び出ているエリアが、先にご紹介したエキゾチックガーデンです。 トピアリーとメドウ ナーセリー&ショップのエリアを出ると、目の前に、再びメドウが広がっていました。草むらの中に、セイヨウイチイのトピアリーがリズミカルに配置され、広いスペースにアクセントをつけています。トピアリーは、アーツ&クラフツスタイルの庭で欠かせない要素ですが、日本庭園で見る松の刈り込みのようでもあって、親しみを持てました。クリストファーの父、ナサニエルはトピアリーが大好きで、昔は庭園内にもっとたくさんのトピアリーが立っていたそうです。クリストファーは「トピアリーは存在感があって、長い影をつくる時など、植わっているというより、住んでいるように見える」という言葉を残しています。確かに、ずんぐりむっくりの森の妖精のようにも見えますね。 一方、母のデイジーは、メドウが大好きでした。このトピアリー・ローンと呼ばれる庭は、クリストファーの両親が好きだったものがどちらもある場所です。 メドウとはもともと牧草地のことですが、イングリッシュガーデンでは、草原に小さな花々が咲く風景が、メドウ、もしくは、メドウガーデンとして、ガーデンデザインの中に取り入れられており、広い敷地を持つガーデンには、たいていメドウを思わせるエリアがあります。数あるメドウの中でも、ここグレート・ディクスターの庭は格別です。クリストファーの母は、この庭ができた1910年代からメドウをつくっていたので、彼は幼い頃からメドウに親しんできました。クリストファーは園芸家となってからも、美しいメドウガーデンづくりに試行錯誤し、精通していたので、メドウづくりの第一人者と目されていました。彼は2004年に刊行した著書“Meadows”で、その知識を伝えています。 グレート・ディクスターのメドウは多様性に富むもので、ヨーロッパの野生種のランも育っています。メドウはまた、チョウやガ、昆虫など野生生物の棲む場所としても重要なものになっています。 素朴な花が、まるで自然に咲き広がっているように見えますが、このような景色は、じつはとてもテクニックを必要とするもので、人の手が入ることによってはじめて実現するといわれます。植物同士がバランスよく一緒に成長するように、また、意図しない植物の侵入を避けたり、特定の植物が繁茂しすぎないようにしたり、種まきから成長過程を調整することも、メドウガーデンづくりのテクニックとか。 だからこそ、この景色は毎年必ずしも同じになるとは限りません。またいつか訪れるチャンスがあるかしらと心の片隅で思いながら、そよぐ風や野鳥の声に耳を澄ませて、そこにいる時間を楽しみました。 メドウに囲まれた小道を、建物のある方向へ進むと、屋根につるバラが絡むロッジアが見えてきました。その左横を進んで、次のブルーガーデンに入ります。 よく手入れされた芝生の中に、敷石の小道がまっすぐに通っています。建物に沿って、緑が生き生きと茂っていました。この小道や階段、レンガ造りのアーチも、ラッチェンスの設計です。 屋根に迫るほど大きな果樹のエスパリエがありました。リンゴの木でしょうか、石の壁にぴったり沿って、枝がきれいに誘引されています。こんなに大きなエスパリエを見たのは初めて! 次のエリアへ行く前に振り返ると、階段脇の一角に、いろんな種類のギボウシがバランスよく配置されていました。鉢植えのギボウシがたっぷり日差しを受けて、生き生きと葉を広げています。 次のエリアは、四方を壁にぐるりと囲まれたウォールガーデンです。 中は広い敷石のテラスになっていて、その周りを地植えの木々や鉢植えの植物が囲んでいます。中央付近は、小石を無数に敷き詰めたペイビングとなっていて、クリストファーの愛犬、2匹のダックスフンドがモチーフとなった模様が浮き上がっていました。テラスのペイビングの細かさから、相当のエネルギーが注がれた場所なんだなぁと実感します。 ウォールガーデンの一角は、カンパニュラやゲラニウム、フラックスなど、青系の花々の鉢植えが飾られて、爽やかな印象でした。 さて、庭巡りの最後を飾るのは、サンクン・ガーデンです。サンクン・ガーデン(もしくは、サンク・ガーデン)とは沈床式庭園のこと。イギリスのガーデンデザインでよく取り入れられる手法ですが、庭の中央の「床」が、周囲より一段、もしくは数段低く「沈んで」いて、そこに噴水が設けられたり、花壇が作られたりします。この庭の場合は、中央に八角形の池が作られていて、睡蓮が咲いていました。 もともとこの場所にはクロッケー用の芝生がありましたが、クリストファーの父ナサニエルが、1921年にこのように設計し直しました。ナサニエルは、建築や庭の設計にとても興味を持っていた人で、地域の古い建築に関した本を著してもいます。テラスの周りには芝生が広がっていますが、第一次世界大戦中はその芝生を掘り起こして、野菜を作っていたそうです。 池の水面に映る空の雲や植物のシルエットは、一幅の絵のよう。ベンチに座って、静かな時間を楽しみました。 グレート・ディクスターの広大な庭のメンテナンスには何人ものガーデナーが関わって、こぼれ種から発芽した芽の抜き取りや植え直しなど、とても繊細に行われています。一年で一番忙しい時期は、1月から2月にかけて。グレート・ディクスターは「英国で最も手のかかる庭」として知られますが、植えっぱなしでも育つ宿根草でさえ、よりよい状態を求めて、毎年植え替えるのだそうです。ここではガーデナー教育にも力が注がれていて、屋敷には研修生が住み込んで庭作業に励んでいます。ここを卒業したガーデナーは、他のガーデンで実力のある人材として活躍しているそうです。 かつて、庭づくりの巨匠として、イギリスのガーデニングに影響を与え続けたクリストファー・ロイド。新しいガーデニングに挑もうとするその精神は、ヘッド・ガーデナーのファーガス・ギャレットをはじめとするガーデナーたちに引き継がれています。クリストファーが愛し、築き上げたグレート・ディクスターは、今も新しい景色を生み出し、進化し続けるガーデンとして、多くの人々に驚きと感動を与えています。 *「グレート・ディクスター・ハウス&ガーデンズ」前編もどうぞご覧ください。
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イングリッシュガーデン旅案内【英国】イギリスガーデン界の巨匠、故クリストファー・ロイドの自邸「グレ…
英国ガーデン界のカリスマガーデナー クリストファー・ロイドは、常に変化を求め続けたガーデナーでした。1957年、当時の主流だった宿根草花壇に対して、ミックスボーダー(混植花壇)を提案した著書、“The Mixed Border in the Modern Garden”を皮切りに、彼は、このグレート・ディクスターを実験の場として新しいガーデニングに挑戦し続け、そこで得た自らの経験と考えを、ガーデン誌や新聞の園芸欄と著書で伝えました。大胆な色使いを提唱した“Color for Adventurous Gardeners”、現在もブームとなっているメドウ(野原)・ガーデニングについて、いち早く解説した“Meadows”など、クリストファーはいつも新しい視点を人々に与える存在でした。 2006年、クリストファーは84歳で惜しまれつつ世を去りましたが、彼が愛し、精力を注いだ庭と屋敷は、グレート・ディクスター・チャリタブル・トラストという公益財団に受け継がれました。そして、クリストファーの後継者であり、1993年からヘッドガーデナーを務めるファーガス・ギャレットを中心とするガーデナーたちによって、生前のままに管理、運営されています。 ファーガスにとってクリストファーは、素晴らしき老教授、父、祖父のような存在であり、また、親友でした。一方、老齢のクリストファーにとってファーガスは、体力的に難しいことを代わりにしてくれる頼れる相棒であり、また、新しいアイデアや刺激を与えてくれる存在でした。 「変化こそ、グレートディクスター流ガーデニングの神髄」と、ファーガスはクリストファーのチャレンジ精神を受け継ぎ、また、それを後世に伝えるべく、さまざまな園芸教育プログラムに力を注いでいます。屋敷には、世界レベルの技量修得を目指す研修生が住み込んで、庭仕事に励みます。 さあ、イギリスでも先端を行く、独創性あふれるガーデンを散策しましょう。どんな驚きが待っているでしょうか。 庭散策はメドウガーデンから 敷地に足を踏み入れると、まず広がっているのがメドウガーデンです。白や黄色の素朴な花が、低い位置で風に揺れています。向こうの景色は、ユニークな形に刈りこまれた、壁のようなセイヨウイチイの生け垣に隠されて見えません。どんな庭が待っているのだろうと期待が高まります。 メドウの小道をまっすぐ進むと、雑誌で目にした覚えのある、古い屋敷が迎えてくれました。大小の鉢植えが多数集められて、彩り豊かにエントランスを囲みます。 アルケミラモリスやカンパニュラ、ギボウシ、グラス、コニファーなどが植わっている、エントランスの鉢植え。どの鉢も株姿がこんもりきれいに整い、手入れが行き届いていることが分かります。 ラッチェンスの手で改修された屋敷 クリストファーの父、ナサニエル・ロイドは富裕層の出で、自らも印刷業で成功を収めました。1910年、彼は若くして隠居生活に入るため、15世紀半ばに建てられた「マナー・オブ・ディクスター」を購入し、のちに名建築家として名を残すエドウィン・ラッチェンスに、屋敷の改修と増築、そして、庭の設計を依頼します。ナサニエルは、昔ながらの手仕事を再評価するアーツ・アンド・クラフツ運動に共鳴しており、古い屋敷をできるだけ伝統的な形で修復することを望みました。現在ある屋敷の姿は、もともと建っていた木骨造の屋敷に、別の場所から解体して運んだ2つの古い家を組み合わせたものとなっています。 この歴史的な建物は、内部を見学することもできます(写真撮影は禁止)。庭散策を終えてから中に入ってみると、1階のグレート・ホールという部屋は天井が高く広々としていて、大きなステンドグラスから光がたっぷり注いでいました。エントランス部分の外観にあるような太い木の骨組みが、室内からも見られます。2階には暖炉を備えた広い一間があって、書棚にクリストファーの蔵書と思われる植物図鑑などがずらりと並んでいました。家の中には、アンティーク家具を好んだ父、ナサニエルが集めた、中世の英国、フランス、イタリアの家具が置いてあります。 父ナサニエルと母デイジー ナサニエルが地所を購入した際、ここには庭と呼べるものはなく、屋敷の増改築と並行して、2年がかりで庭づくりが行われました。ラッチェンスが設計した庭の構造物がつくられ、専門家によって計画された植栽が行われて、庭も完成。1912年に一家は暮らし始めます。ナサニエルは、その後、古い建築について学びを深め、自分でもサンクン・ガーデンを設計しています。 一方、母・デイジーは草花が大好きで、のちに庭の植栽計画を担当するようになりました。クリストファーは6人兄弟の末っ子に生まれ、この素晴らしい庭で幼い頃から植物に親しんで育ちましたが、兄弟の中でガーデニングに興味を持ったのは彼だけでした。クリストファーは名門ラグビー校で学び、ケンブリッジ大学のキングス・カレッジに進んで現代言語を学びますが、第二次世界大戦の兵役の後、ワイ・カレッジで装飾園芸の学位を取得して、園芸の道に進むことを決めます。そして、グレート・ディクスターに戻り、母から庭を任されて、本格的にガーデニングに取り組むようになりました。 クリストファーは、花壇や小道、テラスなどのレイアウト、及び建物や生け垣などの構造物といった、ラッチェンスによるガーデンデザインに満足していました。彼はその素晴らしい枠組みの中で、父や母が愛でた要素を残しつつ、新しいガーデニングを追求したのです。 では、屋敷を中心に広がる、いくつものエリアに分かれた庭を、順に巡っていきましょう。 トピアリーが楽しいピーコックガーデン 屋敷の北東側に広がるのは、セイヨウイチイの生け垣です。この変化をつけたユーモラスな形の生け垣は、次に続く空間を3つのエリアに区切っています。屋敷を背にして、砂利敷きの道から一歩右のエリアに入ると…… 鳥をかたどったトピアリーがいくつも立つ「ピーコックガーデン(クジャクの庭)」です。花色が抑えられていて、若いグリーンが引き立つ庭景色。トピアリーは、アーツ・アンド・クラフツ様式の庭によく見られる要素で、クリストファーの父ナサニエルも気に入っていました。これらはもともと、キジやブラックバードなど、さまざまな鳥をかたどったものでしたが、今ではすべてを「ピーコック」と呼んでいるそう。長い年月が経つうちに、どれがどの鳥だか分からなくなってしまったのでしょうか、面白いですね。鳥のトピアリーは全部で18体ありますが、庭ができた当時は、トピアリー好きのナサニエルが、もっとたくさん配置していたのだそうです。 ピーコックガーデンの中央には、石張りのテラスのような空間があります。先ほどの植物が密集する空間とは一転して、ここは距離を保って植え込みを眺められる空間。メリハリのあるガーデンデザインが感じられます。この場所からは、クジャクのトピアリーが林立するユーモラスな風景が楽しめました。 草花の生い茂るハイガーデンとオーチャードガーデン 続いて、セイヨウイチイの生け垣の間を抜けて、「ハイガーデン」と呼ばれる隣のエリアに入ると、色彩がガラリと変わります。訪問した2019年の6月中旬は、赤やピンクのオリエンタルポピーがたくさんの花を咲かせていました。中央の奥には、ピンク色のクレマチスのオベリスクが見えます。 花が植わっているエリアと生け垣の間の、人ひとりがやっと通れる小道をたどって奥へと進みます。生い茂る植物が迫ってくるような、エネルギーを感じる体験は初めて! 植物が群れ咲くとはこういうことかと、実感しました。 次のエリアに入ると、人の背丈を越すほど高く伸びるグラスやバーバスカム、デルフィニウム、ゲラニウム、サルビアなど、日本のナチュラルガーデンでもよく見かける、あらゆる宿根草が育っていました。一見、無秩序に植わっているようですが、隣り合う植物が調和し合い、競い合って育っているよう。既存のデザインの方程式に捉われない、新しさを感じました。この後、1週間、2週間と時間が経つと、きっとまったく違う印象を受けるのでしょう。また来てみたいと思わせる魅力がありました。 さらに進むと、「オーチャードガーデン」につながります。アクセントとなるヘメロカリスの黄色い花に、フェンネルのふわふわ茂る葉、紫のアリウムなど、ここでも、視界に入る植物がすべて異なる種類。他の庭では見られない植栽術に驚かされます。 コントラストで魅せるミックスボーダー グレート・ディクスターの花壇は、すべてミックスボーダー(混植花壇)です。クリストファーは、植物はお互いに助け合うことができると、樹木、灌木、つる性植物、耐寒性および非耐寒性の多年草、一年草、二年草のすべてを組み合わせて、植栽に用いました。彼は、調和よりもコントラスト、形や色の対比で魅せる草花のタペストリーをつくろうとしました。そして、特別決まったカラースキーム(色彩計画)というものも持たずに、どんな花の色をも効果的に組み合わせようと苦心していました。 また、グレート・ディクスターは、ハイ・メンテナンス、つまり、手のかかる庭として知られています。「努力があってこそ見返りも大きい」というのが、クリストファーの持論で、手のかからないグラウンドカバーの植物には興味がありませんでした。この庭でもし、グラウンドカバーが植えられていたとしたら、それはその植物のことが好きだからであって、手を抜くためではなかったそう。この精神はファーガスたちにも受け継がれ、「視覚的にインパクトがあり、かつ、親しみやすさのある植栽」を実現するために、ガーデナーたちは常に忙しく働いています。一年草を使うことも多く、花壇に植わる植物は絶えず変化していくそうです。 ユニークな高さの異なるセイヨウイチイの生け垣で区切られている、ピーコックガーデン、ハイガーデン、オーチャードガーデンの3つの庭。大きな面積が植物で埋め尽くされていたり、生け垣に沿って細い小道があったりと、ここにしかないオリジナリティーあふれるデザインをたくさん見ることができました。この道はどこにつながっているのか、一度歩いただけでは把握できない、迷路のような面白さもありました。 メドウの広がる果樹園へ オーチャードガーデンの、両側を花々に彩られた小道を先へと進みます。生け垣のトンネルの先には、どんな景色が待っているのでしょうか。 トンネルを抜けて階段を降り、振り返ってみると、巨大な生け垣の緑が目に飛び込んできました。すべては1912年以降につくられたものといいますが、この庭の歴史を感じます。 小道のさらに先には、またトピアリーのトンネルがあって、開けた場所に続いているようです。バラの優しい花色を眺めながら先に進んで、トンネルを抜けると…… 一面のメドウ(野原)! 広がるメドウは、借景となる遠くの風景につながっています。心地よい、穏やかな風が吹いています。 クリストファーの母デイジーは、このようなメドウのガーデンスタイルが好きで、庭ができて間もない頃からメドウを育てていました。クリストファーにとってメドウは、子どもの頃から親しんだもの。きっと彼の原風景だったのでしょう。メドウに咲く花はほとんどが自生種で、土壌が貧しければ貧しいほど、花々のタペストリーは豊かになるそうです。土壌が肥沃だと、カウパセリやイラクサなどの粗野な植物が占領してしまうのだとか。 デイジーは、野生種のラッパズイセンやスネークヘッド・フリチラリアを、種子から育てて増やしていました。風になびく美しい草原は、手つかずの自然の景色のように見えますが、人の手で計画し、手入れしているからこそ生まれる風景です。 メドウの芝草を刈り込んで作られた小道は、リンゴ、洋ナシ、プラム、サンザシ、クラブアップルなどの果樹が散りばめられたオーチャード(果樹園)のエリアに続いています。 メドウの景色を動画に収めました。風のそよぎや鳥のさえずりをお楽しみください。 *続きは、「グレート・ディクスター・ハウス&ガーデンズ」後編で。
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一度はこの目で見てみたい! 英国の春を告げる スイセンの花景色
120年前のこと、英国の慈善団体ナショナル・トラストは、開発で失われていく自然や、歴史ある建物や庭といった文化的遺産を守り、後世に残そうと、活動を始めました。多くのボランティアの力によって守り継がれる、その素晴らしい庭の数々を訪ねます。 スイセンが咲いて、春が来る 英国の人々にとって、スイセンは春の兆しを告げるスノードロップに続き、本格的な春の到来を知らせる花です。ウェスト・サセックス州、ペットワース・ハウスの森に広がる、鮮やかな黄色のカーペットは、花たちが春の歓びを爆発させているかのようです。 スイセンと冬枯れしない芝生がつくる鮮やかな黄と緑のコントラストは、ロンドンの公園でも見られる春の風物詩です。街角のフラワースタンドでもスイセンの花束がたくさん売られて、人々はその元気な黄色を目にする度に、どんよりとした灰色の雲に覆われた冬の日々がようやく終わった、と実感するのです。 春を彩る花木のよきパートナー こちらは、ケント州にある世界的に有名な庭園、シシングハースト・カースル・ガーデンの果樹園。庭園の象徴である、古いレンガ造りの塔が背景にあることで、ロマンチックな雰囲気が漂います。写真のサクラや、英国で広く栽培されるリンゴなど、花木とスイセンの組み合わせは、英国の春の果樹園でよく見られるものです。 ウェスト・サセックス州にあるナイマンズのウォールガーデンで見られるのは、ピンクのマグノリアとの組み合わせ。優美で大ぶりのマグノリアの花と、フォーカルポイントとして置かれた石壺が、エレガントな景色を生み出しています。 園芸品種は2万7,000種! チェシャー州、ダーナム・マーシーの森では、ミニサイズの可憐なスイセンが咲き広がります。ここに腰掛けてしゃべっていたら、森の小人にでも出会えそうな、ファンタジックな風景ですね。 英国のスイセン協会(ダッフォディル・ソサエティー)によれば、植物学者によって見解は異なるものの、スイセンの種類は40種余りで、亜種を含めると200種余り。そして、登録されている園芸品種の数は、なんと2万7,000を超えるとか。確かに、英国の園芸百科事典では、バラには負けるもののクレマチス同様に大きく扱われていて、スイセンの人気ぶりがうかがえます。 スイセンの花は13の形に区分され、中心のカップ部が大きいものや小さいもの、花弁が反り返っているもの、八重咲き、房咲きなど、さまざまです。色は、白、黄、橙で主に構成されますが、同じ白でも純白からクリーム色まで、黄色もレモンイエローからはっきりした黄色まで、色調のバリエーションが豊かです。花形と花色の組み合わせによって印象はがらりと変わり、その花姿はじつに多様。清楚な白花と可憐な黄花、あなたのお好みはどちらでしょう。 翌年も咲く「復活」の花 こちらは、コーンウォール州のコーティールにつくられた、スイセンの小径。こんな素敵な花の小径なら、どこまでも歩いていけそうですね。このメドウでは、春になると、250種のスイセンが次々と咲き継いでいきます。 咲き終わっても翌年また芽を出して咲いてくれることから、スイセンは復活を象徴する花でもあります。コーティールのヘッド・ガーデナー、デイビッドさんによると、その「復活」の秘訣は、品種を混ぜないで植えることと、日当たりをよくしておくこと、それから、花後は葉が自然に枯れるまで放っておくこと。スイセンはあまり手をかけなくても再び美しい花を咲かせてくれる、優等生なのですね。 最後は、ヘレフォードシャー州、ザ・ワイヤー・ガーデンのロックガーデンという、ちょっと珍しいシチュエーション。斜面に咲くスイセンの黄色に、反対色であるクリスマスローズの紫が映える、野趣ある花景色です。 さて、春を呼ぶスイセンの姿はいかがでしたか。この春スイセンを見かけたら、ぜひじっくりと観察してみてくださいね。 取材協力 英国ナショナル・トラスト(英語) https://www.nationaltrust.org.uk/
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イングリッシュガーデン旅案内【英国】英ガーデン誌も注目! ガーデン好き夫妻がつくり上げた珠玉の庭「タ…
見事な庭をチャリティーで一般公開 今回の訪問先は、イギリス、ウェスト・サセックス州にある個人邸の「タウン・プレイス」。英国のガーデン誌も注目の庭ということで、期待が膨らみます。 入り口に到着すると、オーナーのマクグラス夫妻が出迎えてくれました。まずは、ご主人のアンソニーさんと奥様のマギーさんに、庭全体が見渡せる母屋前のテラスでご挨拶。母屋を背に立つと、遠くまで広々と芝生が広がっています。 マクグラス夫妻は1990年に、タウン・プレイスの敷地と母屋を購入しました。庭は以前から残されていた部分も多少ありますが、構造物も植栽も、ほとんどが夫妻によって新たにつくられたものです。2人はこの素晴らしい庭を、ナショナル・ガーデンズ・スキーム(NGS)や地元の慈善団体によるガーデン・オープンデーで一般公開し、募金活動に協力しています。 夫妻それぞれにクリエイティブ 幼い頃からガーデニングに親しんできたというマクグラス夫妻ですが、奥様のマギーさんはタウン・プレイスの庭づくりに着手する前に、英国王立園芸協会(RHS)や有名ガーデンデザイナーの講義を受けて、植栽やガーデンデザインについてしっかりと学んだそうです。花壇で見られる、豊かな色彩の複雑な植栽は、マギーさんの手によるものです。一方、ご主人のアンソニーさんは、独創的なトピアリーや生け垣を生み出していて、夫妻がそれぞれに創造性を発揮しています。 そんなお話を伺っていると、ガーデンカートを押すガーデナーさんが横を通り過ぎました。 「彼は、この庭を手伝ってくれていて、歳は79歳。週に3日来てくれるよ」というのですから驚きです! その他に、週に1度、女性も手伝いに来ているとのこと。約3エーカー(約1.2ヘクタール)という広いこの庭を、オーナー夫妻と合わせて4名で維持しているというので、さらに驚きました。 「シークレットガーデンがあるから、見つけてね。行ってらっしゃい!」というオーナーの言葉で、ガーデン散策がスタート。まずは、母屋の脇にバラが咲いているエリアがあるようなので、向かってみましょう。 優美なサンクン・ローズガーデン 現れたのは、心ときめくバラの回廊! つるバラの絡まるパーゴラが額縁となって、満開のバラの景色を切り取っています。このサンクン・ローズガーデン(Sunken Rose Garden)は、1920年代につくられたものを夫妻が引き継いだそうですが、バラはすべて、主にデビッド・オースチン社のイングリッシュローズに植え替えられました。パーゴラには、‘アルベルティ―ヌ’や‘チャップリンズ・ピンク’、‘アメリカン・ピラー’などのつるバラが隙間なく誘引されていて、見事です。 無数のバラが、低い緑の生け垣に縁取られて咲いています。バラは12種、150株も植わっているそう。「サンクン(沈んだ)」という通り、バラが咲く場所は、回廊より一段下がっていて、そのせいか、芳しいバラの香りが留まっているように感じます。母屋の壁にもつるバラが咲いていて、小窓を縁取っています。 何てロマンチックな演出でしょう! 庭を訪れた2019年の6月中旬は、バラがちょうど咲き始めたばかりでしたが、きっと咲きたてのバラの香りが、この窓から室内に流れ込むのでしょうね。 いつまでも見ていたい景色でしたが、他のエリアを見逃してしまうので、隣のコーナーへ向かいます。 庭にチェス盤? 小道を進むと、奥の緑を背景に、彫像が並び、ラベンダーの紫やハーブ類の茂みが彩りをプラスしている、独創的な風景が見えてきました。中央には、なにやらチェスのコマらしきものが。 建物前のテラスが、赤と白の石板を使ったチェス盤になっていました! 膝丈ほどの大きなチェスのコマが並んでいて、どうやら、本当にゲームができそうです。屋外でチェスが楽しめるガーデン! 何てユーモアのある場所なのでしょう。 果樹園と緑の彫像 チェス盤の庭から南に向かうと、果樹園があって、リンゴの実が少し膨らんでいました。下草がきれいに刈り取られ、落ち葉一枚見当たらなくて、本当によく手入れが行き届いています。春にはラッパズイセンが咲くそうで、その景色もきっと素晴らしいのでしょう。 さらに奥へ進むと、緑の塊がポコポコと、オブジェのように並ぶエリアに到着しました。サーカス(The Circus)と名付けられた庭です。やや盛り上がった地面の芝が丸く切り取られて、その中にグラス類が茂り、丸みを帯びた大きなトピアリーが立っています。これらは、ヘンリー・ムーアの彫像作品にインスピレーションを得て作られたという、セイヨウイチイの「彫像トピアリー」。ご主人のアンソニーさんの手によるものです。これまで見たことのない景色に、庭主さんのユーモアを感じました。 麗しきイングリッシュローズ・ガーデン そのお隣のエリアは、もう一つのバラの園、イングリッシュローズ・ガーデン(English Rose Garden)です。65種、450株というシュラブローズが、一斉に咲き誇っていて、嬉しくなります。ほとんどがデビッド・オースチン社のイングリッシュローズだそう。六角屋根のサマーハウスの中には、これまでの庭の変化を教えてくれる写真が展示されていました。日差しが強い時間帯だったので、涼しい室内で写真を眺めながらクールダウンができました。 ベンチの後ろのパーゴラには、‘フォールスタッフ’、‘マダム・バラフライ’、‘オフィーリア’といったバラが伝います。このガーデンも高い生け垣に囲まれていて、バラの香りが滞留するつくりになっています。 赤や白、ローズピンクに、オレンジがかったピンク。さまざまな色合いのバラに、時々顔を近づけては香りを確かめたりして、数多のバラを観賞する贅沢な時間を過ごしました。 低い生け垣に仕切られた、まっすぐな小道を辿って行くと、その先に、隣のエリアへと続くバラのアーチが見えてきました。 このタウン・プレイスのガーデンは、動線がとてもはっきりしています。一つのエリアから、気がつくと隣のエリアにうまく導かれていて、次の空間に入った瞬間に、がらりとデザインが変わる。その鮮やかな場面転換に、思わず心を躍らせていることに気がつきました。 ピンクのバラが伝うアーチの向こうに、優しいカラーのグラデーションが続くボーダーが覗きます。 紫花のロングボーダー アーチをくぐると、最初に目にした母屋前に広がる芝生を、反対側から眺める場所に出ました。左手には、宿根草のロングボーダー(長い花壇)が続きます。その長さはなんと45m! 奥様のマギーさんが担当する、緻密な植栽の花壇です。 向こうの景色を隠すほど高く壁を作っている生け垣は、以前からあったもので、夫妻は「タペストリー・ヘッジ」と呼んでいます。2つの樹木が混ざって、タペストリーのように模様を描いている、珍しい生け垣です。明るい緑の濃淡が、手前に植わる花々とよく調和していました。 ボーダーの中央付近は、生け垣がくりぬかれています。中を覗いてみると、先ほど見た果樹園のエリアに続いていました。 広い芝生の一辺に沿って伸びる、宿根草のロングボーダーです。テーマカラーである、紫とブルーの花のグループが繰り返し植えられて、リズミカルな景色をつくっています。訪れた6月中旬は、ゲラニウム、サルビア、キャットミントが主役のようでした。クナウティアや、白花のアンテミス、ジャイアント・スカビオサ、カルドンなども植わっているようですが、これから季節が進むとどんな風に変わっていくのでしょうか。 花壇沿いに歩いて、最初にオーナー夫妻とご挨拶した母屋の前に戻ってきました。母屋の前にはバードフィーダーが備えてあって、鳥たちが集まっています。野鳥とも仲良くしながら庭を維持しているんだなぁと、微笑ましく感じました。 これまで見てきたのは西のエリアで、庭散策はまだ半分。とっても広いけれど、どこも素敵な空間ばかりです。さあ、ここからは東のエリアを見ていきましょう。 静けさ漂う小さな水辺 母屋を背に立つと、芝生の左のほうに、小さな噴水のある池の景色が広がっています。ここは、すり鉢状に窪んだ、小さな谷(The dell)のエリア。池は窪んだところにあるので、上のほうから池を眺めながら、その周りに茂る木々や宿根草の彩りを一望することができます。奥に見える銅葉の樹木が引き締め役となって、緑を際立たせています。 池の周りを、さまざまな植物が囲みます。この場所は、かつては大きな池だったそうですが、夫妻の手によって、このような趣のある小さな池の庭に変身しました。 緑の回廊からハーブガーデンへ その隣にもまだまだガーデンがあるようです。この花壇は、ロングボーダーと芝生を挟んで向かい合うショートボーダー(短い花壇)。ブルーとイエローの色調ということですが、黄色の花はまだ咲いていない様子です。花壇の間の、左右に円錐形のトピアリーの鉢が飾られた通路を進んでみます。 雰囲気が変わって、紫の花が白っぽい石壁を覆い隠すように咲く景色が現れました。花によって、石の硬い印象が和らげられていて、素敵です。そして、リンゴの木が誘引された緑の回廊を行くと…… つるバラが絡むアイアンのガゼボを中心にした、ハーブガーデン(Herb Garden)がありました。芝生の道がふかふかとして気持ちいい! ここの花壇は生け垣などの縁どりがないつくりで、花茎が枝垂れていたり、風に揺れていたりして、とてもおおらかでリラックスした雰囲気。コテージガーデン・スタイルのナチュラルな庭です。ガゼボのバラは、白花の‘マダム・アルフレッド・キャリエール’。満開の姿はどんなに素晴らしいでしょう。 ハーブガーデンのナチュラルな植栽の中で、小径の脇にある古木の枝ぶりが引き立ちます。花壇には霞のように葉を広げるフェンネルなどのハーブのほか、コテージガーデンでよく見られる花々が咲いています。 そのほかにも、アストランチアやセリンセ、ゲラニウムなど、日本でも馴染みのある植物が上手に使われていて、親しみが湧きました。 驚きの緑の構造物 さて、ハーブガーデンの南側に出てみると、またまた新たな展開! 現代アートのようなシンプルな空間が広がっています。空に浮かぶ雲までもが景色の一部なんだなぁ、と気づかせてくれる眺めです。 天に向かってまっすぐ伸びるのは、‘スカイロケット’という名のジュニパー。そして、その背後にあるシデで作られた緑の壁は、この写真ではよく分からないかもしれませんが、じつはロマネスク様式の教会を模しています。右手の手前に飛び出したところは、教会に付属する「回廊」部分。ご主人のアンソニーさんは、架空の、しかも廃墟となった教会をイメージして、それを生け垣で作り上げてしまったという訳なのです。その情熱と行動力には脱帽しかありません。 続いて、敷地の南側に行ってみると、生け垣に区切られたポタジェがありました。 スイートピーのアーチや葉物野菜の畑、アスパラガスやアーティチョークが自由に葉を広げている場所など、野菜や切り花を育てている所までも、見た目にこだわってデザインされているのが伝わってきます。先ほどの緑の構造物に加え、トピアリーとポタジェもご主人の担当。ご夫婦揃って、素晴らしい美的センスをお持ちのようです。 スイートピーとサヤインゲンのアーチ。 アーティチョークとアスパラガスの緑を背景にしたベンチコーナー。2つの植物だけで、こんなにスタイリッシュな空間が演出できるなんて。 ポタジェの隣は、真ん丸の緑のボールが宙に浮かんでいるような、緑一色のエリア。瞑想するのによさそうな空間ですね。真ん丸なボールは、シデを刈り込んだトピアリーで、背後の生け垣はヨーロッパブナで作られています。 花壇や複雑な植栽は奥様、トピアリーやハーブガーデン、ポタジェはご主人と、2人で分担しながらも、アイデアを分け合って、デザインや手入れを行ってきたそうです。所々に、ちょっとユニークなエリアもあったりして、庭が本当に好きなんだなぁ、と感じるポイントがいくつもありました。 プライベートガーデンとは思えない広さと、手入れがよく行き届いた、気持ちのよいガーデンで、とても贅沢な時間を過ごしました。 そうそう。シークレットガーデンはどこにあったでしょう? 私も無事見つけることができました! が…、扉の向こうは、訪れた人だけが見られる特別な場所。ここでは秘密にしておきますね。
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イギリス

イングリッシュガーデン旅案内【英国】ウィリアム・モリスが愛したケルムスコット・マナー
「モダンデザインの父」ウィリアム・モリス ツグミがイチゴをついばむ「イチゴ泥棒(Strawberry Thief)」や、2匹のウサギが描かれた「ブラザーラビット(Brother Rabbit)」。壁紙やテキスタイルに描かれるモリスのデザインは、それらが生まれてから100年以上経った今も、人々を、とりわけ、植物好きやガーデニング好きの人々を惹きつけます。 ウィリアム・モリス(1834-1896)は、アートデザインを手掛けたほか、詩や小説を書いたり、思想家としても活動したりと、多岐にわたる活躍を見せた人でした。彼の生きたヴィクトリア朝のイギリスは、産業革命によって経済が発展し、人々の暮らしが大きく変化した時代でした。工場での大量生産が主流となっていく中で、モリスは、画家のエドワード・バーン=ジョーンズや建築家のフィリップ・ウェッブらと共に、中世の美しい手仕事に再度光を当てる、アーツ・アンド・クラフツ運動を推進しました。モリスのパターンデザインや思想は後世にも大きく影響を与え、それゆえ、モリスは「モダンデザインの父」と称されています。 モリスの「地上の楽園」 ケルムスコット・マナーは、忙しく活動するモリスがロンドンの喧騒を離れて過ごした、田舎の別荘でした。1871年、モリスはオックスフォードに程近い、コッツウォルズ地方のケルムスコット村を初めて訪れ、マナーハウスとガーデンを見て喜びます。特に、高い塀に囲まれ、生け垣で仕切られた庭は、モリスが理想としていた「囲われて外界から隔てられた」庭、そのものでした。 モリスはケルムスコットを「地上の楽園」と呼んで、すぐに、ビジネスパートナーだったダンテ・ガブリエル・ロセッティと共に地所の賃貸借契約を結びます。そして、その後の四半世紀を、ロンドンに行き来しながら、この別荘で過ごしました。コッツウォルズ地方の美しい田園風景や、古くから建つ石造りの建物、近くを流れるテムズ川上流での釣り遊び、緑の木々や、庭に咲く素朴な花々。モリスはこの地の暮らしから、創作のインスピレーションをたくさん得たのでした。 さて、モリスのデザインが大好きな私にとって、彼が過ごしたこの場所を訪れることは、聖地巡礼のような期待感がありました。優れた作品が生み出された、モリスが愛したという環境はどんなものだったのか。彼は何を見て、どんな風に季節を感じていたのか。そのエッセンスを追体験できたら……。そんな想いを胸に、まずは屋敷を囲む庭を見ていくことにしました。 昔の姿を保つフロントガーデン 屋敷の東側には、フロントガーデンが広がります。建物の入り口に向かう小道の両脇には、スタンダード仕立てのバラが左右対称、等間隔に植えられ、小道を優雅に彩っています。訪れた6月中旬は、ちょうど‘エグランティーヌ’や‘コテージローズ’、‘ガートルード・ジーキル’といった、パウダーピンクやローズピンクのバラが咲き始めていました。花に近づいてみると、素晴らしい香り! 1892年にモリスがケルムスコット・プレスから出版した、自身の小説『ユートピアだより(原題:“News from Nowhere”)』の口絵には、このフロントガーデンの庭景色が描かれています。現在の庭は、こういった資料をもとに修復されたもので、バラなどは植え替えられているそうですが、口絵に描かれた100年前と変わらない庭景色が目の前に広がっていることに、驚きを感じます。 屋敷の前に立って、小道の反対側から庭の全景を見ると、奥の隅のほうにガゼボが見えます。その左手、大きなセイヨウイチイの生け垣の上には、なにやら大蛇のようなフォルムの刈り込みが。これは、ファフナーと呼ばれる、北欧神話に出てくるドラゴンを表したもので、モリスがアイスランドへの旅の中で詠んだ詩に登場する、空想上の生き物です。モリスはこのドラゴンを自ら刈り込んでいたというので、きっと、お気に入りのトピアリーだったのでしょう。トピアリーは一度、崩れてしまいましたが、ナショナル・トラストの専門家の力を借りて、再構築されました。 ガゼボの古びた屋根の様子に、長い時の流れを感じます。ちょっと歪んだラティスにも、ささやかながらバラが絡み、ガゼボ右手の茂みの地際には、紫花のゲラニウムが咲いています。植物の数を絞った、シンプルで広々とした庭は、一人の時間を心静かに楽しめる場所でした。 一度、庭の外へ出て、左手のティールーム前の芝生エリアを素通りし、その先の、モリスの時代の屋外トイレ(Three-Seater Earth Closet)に向かいます。芝生エリアの奥に見えるグッズショップに、後で必ず立ち寄らなくては! と誓いつつ、庭の見学を続けます。 カーブを描く小道の先には、三角屋根の小さな建物が。なぜか、3つの便座が横1列に並んでいる、かつての屋外トイレです。 トイレの建物の中には入れませんが、便座に座ったと仮定する位置から正面を見ると、目の前の緑が、向こうの景色を隠してくれるようになっています。なるほど、と思う、トイレ前の植栽。野イチゴが、小道を縁取るように低く茂っていて、その上に、緑や赤のスグリが実っていました。 モリス好みの草花が咲くマルベリーガーデン 屋敷の西側、旧屋外トイレの隣のエリアには、マルベリーガーデンがあります。中央に立つのは、印象的なマルベリーの古木。ごつごつとした幹は苔むしていて、風格が感じられます。マルベリーを挟んで左右に小道が2本、屋敷に向かって平行に伸びていて、歩きながら花壇の草花を眺められるようになっています。この庭も、手入れの行き届いた芝生の緑が清々しい、シンプルさの際立つデザインです。 小道の脇、低いツゲの縁取りに沿って続く花壇では、カンパニュラやゲラニウム、ポピーが、ちらほらと咲いています。モリスが好んだという、コテージガーデン風の植栽です。 モリスの娘メイ(メイは呼び名で、本名はメアリー)は、「父がペルシャのチューリップと呼んで、デザインのモチーフに何度も用いた美しい野生種のチューリップが、花壇いっぱいに咲き乱れている」と書き残しています。今も花壇にはたくさんのチューリップが植えられていて、春になると、モリスの時代さながらに咲き乱れるそうです。4月には、スネークヘッド・フリチラリアも花を咲かせ、目を引く特別な存在となります。 左側の小道では、自然なフォルムを生かして作られた木柵が、向こう側のメドウと庭とを区切っていました。これは、1921年に撮影された写真にあった木柵を再現したもの。地元で採れたセイヨウトネリコやハシバミの木が使われています。モリスは1896年に「中世の庭のように見えるよう、ジャイルズがラズベリーの枝をうまく誘引してくれた」と書き残しているため、その頃には既にこのような木柵があったと考えられています。今、ラズベリーの代わりに絡まっているのはピンクのバラ。少しいびつな木柵が、とても自然な、リラックスできる景色を生み出しています。 モリスの手紙には、バラ、タチアオイ、スカビオサ、ポピーといった、コテージガーデンでおなじみの草花や、クロッカスやスノードロップ、ビオラ、プリムローズ、チューリップといった春の花々が登場し、当時の庭にたくさんの花々があったことがうかがえます。 また、モリスの壁紙やテキスタイルのパターンデザインでは、じつに多くの植物がモチーフに使われています。バラ、チューリップ、ハニーサックル、ヒエンソウ、ラッパズイセン、アネモネ、ムギセンノウ、ギンバイカ、アイリス、ジャスミン、ポピー、オークツリー、ヤナギ、アカンサス、フリチラリア、マリゴールド、リンゴ、ブドウ、ザクロ、レモン、キク、デイジー、クロイチゴ。描かれたそれらの植物の多くは、きっとこの庭で見られるものだったのでしょう。 現在の花壇には、これらの、モリスがデザインモチーフとして用いた植物を選んで、植えてあります。また、その植栽は、深い切れ込みの入った葉の植物を使ったり、大きな花々の間を小さな花々で埋めたり、柵に灌木の枝を絡ませたりと、モリスデザインの特徴を感じさせるものになっています。 パーゴラのあるローンガーデン 屋敷の北東側にあるローンガーデン(芝生の庭)は、もともとはキッチンガーデンでしたが、今はシダやグラス類、アーティチョークの仲間やハーブ類が植えられています。素朴な印象のパーゴラは、クリの間伐材で作られたもの。パーゴラは、ブドウの木を支える伝統的な手法の一つでした。 パーゴラを覆うブドウの葉が涼しい木陰をつくり、ここにもバラが絡んでいます。あら、あんな所、こんな所にもバラが……と、いろんな場所でその姿を見つけました。モリスはバラのデザインパターンを何種類も描いていますが、彼もきっとバラを好んでいたのでしょうね。 その隣のエリアに行くと、葉を茂らせた、どっしりとした大木の周りを、ナチュラルな花々が優しく彩っています。 暮らしに寄り添う、優しい色合いの花々。100年前にも、このような花々が静かに季節を告げる、穏やかな暮らしがあったのだろうと、想像が膨らみます。 「庭を大いに楽しんでいる。ぶらぶらと、どれだけ歩いても、目障りな物は何ひとつない。すべてが美しいのだ」 モリスは、このような言葉を残しています。 屋敷内の全フロアを見学 さて、今度は屋敷の中を見ていきましょう。 この屋敷には、モリスの友人で建築家のフィリップ・ウェッブによって、特別にデザインされたしつらえがあります。また、モリスのロンドンの家にあったものも移されて、コレクションされているそうです。 屋敷はすべてのフロアを隅々まで見学することができて、そのことに感動しました。どの部屋にもモリス柄のテキスタイルが使われていて、上品なデザインの調度品が並んでいます。暮らしと芸術を一致させる、アーツ・アンド・クラフツ運動を実践するような、丁寧な暮らしをしていたのだろうなと思いました。 シノワズリの雰囲気があるノース・ホールでは、セトルと呼ばれる、背部が高く立ち上がった長椅子が目を引きます。これは、かつてモリスが暮らしたレッド・ハウス用に作られたものでしたが、ここに移されました。脇の扉には、モリスが愛用したコートが掛かっています。 長椅子の右手には、手刺繍と思われるカーテンが。この柄は、モリスの作品の中でも最も愛されている「デイジー(Daisy)」ではないかしら! モリスの妻ジェーンと娘のメイは刺繍の名手で、屋敷には彼らの手による美しい刺繍や布小物の数々が残されています。このカーテンの刺繍も彼らが施したものなのかもしれません。 こちらは、1883年作の「ケネット(Kennet)」という柄のテキスタイル。2種類の花がデザインされています。傍には、おそらく実際に使われたと思われる版木が飾ってあります。 「ケネット」のテキスタイルが美しいグリーンルーム。ケネットとは、テムズ川の支流の名前だそう。モリスはしばしば、テムズ川で釣りをして遊びましたが、その際にもきっと創作のインスピレーションを得たのでしょう。他にも、テムズ川の支流の名前を冠したデザインがあるそうです。 グリーンルームは一家の居間として使われていました。暖炉を囲んで、ゆったりと座れるパーソナルチェアが並びます。家族でくつろぐ時間には、どんな会話が交わされたのでしょうね。 脇の小部屋には、ブルー&ホワイトの絵皿コレクションがずらりと並びます。 ここに飾られているのは、ダンテ・ガブリエル・ロセッティの描いた、モリスの妻、ジェーンの絵。彼女はロセッティやラファエル前派のモデルを務めた人物で、モリスと、その仲間たちのミューズでした。 屋敷内には、モリスの友人、サー・エドワード・バーン=ジョーンズの絵画も飾られています。また、アルブレヒト・デューラーやブリューゲルといった、価値の高い美術品のコレクションも見られます。 ジェーンの寝室だったという部屋。壁紙には1887年作の「ウィロー・バウ(Willow Bough、柳の枝)」が選ばれていて、落ち着いた雰囲気を醸し出しています。 重厚なタペストリーが飾られている、タペストリールームです。この部屋は数年の間、ロセッティが寝起きし、創作を行うアトリエとして使われていました。じつは、ロセッティとジェーンは一時、特別な関係を持ち、モリスを交えた複雑な三角関係があったといわれています。ミューズを巡る、芸術家ならではの人間模様があったのでしょうか。 屋根裏部屋を探検 最上階へ続く階段は、右左の足の置き場が段違いになった、見慣れないつくりになっていました。 広々とした屋根裏部屋です。古い梁が、古風な趣を醸し出す場所だと、モリスも気に入っていました。ここは、モリスの2人の娘が過ごすための空間でしたが、その昔は、屋敷で働く農夫や羊飼いが寝起きしていたそうです。 さらに小さな階段を上がってみると… 絵に描いたような三角屋根の真下には、シンプルさを極めた部屋がありました。娘たちの寝室です。細長い空間には、幅が極端に狭いベッドが2台並べられて、モリス柄のベッドカバーがかかっています。質素で清潔感のある、ミニマリズムの暮らしのお手本のような部屋ですね。 最上階からは、敷地の外に広がるメドウや森を眺めることができます。モリスの娘たちは、朝、目覚めたら、まずこの窓から外を眺めて、野鳥の声を聴きながら、新しい一日をスタートしたのかしら、と想像しました。 ショップはモリスグッズも充実 ショップには、モリス柄を使ったオリジナルグッズがたくさん! 日本ではお目にかかれないような、可愛いデザインばかりです。中央は、モリス柄のテラコッタタイル、上は「イチゴ泥棒」をモチーフにした布製オーナメントで、ちょっとユーモラスなツグミがイチゴをくわえています。 左は、モリス柄をテラコッタにプリントしたミニバッジ。右に並ぶ、モリスやアーツ・アンド・クラフツ関連の書籍も充実しています。 モリスの死後、ケルムスコット・マナーの地所は妻ジェーンによって買い取られ、娘のメイは1939年に亡くなるまでここで暮らしました。メイは地所をオックスフォード大学に遺贈しますが、1962年、地所は大学からロンドン古物研究協会(ソサエティ・オブ・アンティクワリーズ・オブ・ロンドン)に譲られることになります。その後、協会はケルムスコット・マナーの修復作業に着手し、地所は徐々に一般公開されるようになりました。 モリスの眠る教会へ 少し足を伸ばして、モリスやジェーンが眠るセント・ジョージ教会も訪ねました。ケルムスコット・マナーから歩いて10分ほどの場所にあります。入り口に立つ樹木が、12世紀に建てられた古い教会を隠すほどに大きく育っています。 モリスとジェーンの墓は、教会を正面に見て右奥にひっそりとありました。友人のフィリップ・ウェッブがデザインしたという墓碑に、その名が刻まれています。時の流れの中で彫文字はかすれ、かろうじて読めるものになっていました。 教会の祭壇付近には、モリスのデザインした、「バード(Bird)」の柄のテキスタイルがありました。モリスが今もこの土地を守ってくれているのだろうと感じながら、祈りを捧げてきました。
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シンガポール

シンガポールの最新花みどり旅案内〜植物園編〜
シンガポールの日常を感じる朝 シンガポールの私の朝は、毎日決まったこのメニューで始まりました。 「カヤトースト」は薄く切ってこんがり焼いたトーストに、ココナッツミルクを煮詰めて作ったカヤジャムと呼ばれるジャムを塗ったもので、これに半熟玉子をつけて、「コピ」というコンデンスミルク入りのコーヒーをお供にいただく、シンガポールのソウルフードです。毎朝違うお店を選び、通勤途中のサラリーマンの列に並んでみたり、英語ではない現地の言葉での対応に戸惑ったり、今でももう一度食べてみたいと思える懐かしい味になりました。 この日、カヤトーストの朝食を済ませ、地下鉄で向かったのは「シンガポール植物園」。 Singapore Botanic Garden 駅から歩いてもすぐの便利な立地です。 さあ、シンガポール植物園へGo! 「シンガポール植物園」は1859年に開設され、2015年にシンガポール初の世界遺産に認定されています。敷地は東京ドーム13個分にもなる64ヘクタールで、なんと早朝午前5時から深夜の12時まで無休で営業されている、園内の国立洋蘭園以外は無料の施設です。 しかし、この広さを全て見て回るのはとても無理(笑) 写真は、熱帯や亜熱帯地方の代表的な植物であるブーゲンビリア。斑入り葉や八重のものなど多様です。 ブーゲンビリアだけで、こんな景色を作れるガーデンはシンガポールならではかも。 9月末のことですので、最低気温が25℃、最高気温も30℃ほどで、最近の日本の夏の最高気温と数値だけを比べれば、大したことはなさそうだと思うのですが、じつは大敵なのは気温よりも湿度です。年間の平均湿度が84%、9月だと最高湿度が96%、晴れた日の日中でやっと60%程度まで下がります。 早朝からの蒸し暑さで、屋外の植物園は歩くのも嫌になるくらいでした。 背中にTシャツがへばりつくような汗をかきかき歩いて、次は農作物のコーナーへ。 タピオカの原料に遭遇 今人気のタピオカ。じつはこのキャッサバ(Manihot esculenta)の木の塊根のデンプンを加工したものです。 「Ipomoea batatas」Sweet Potato とのことですが、日本では「イポメア‘テラスライム’」として流通している品種と同じかと思います。ここは食用として、栽培が簡単で早く収穫できる植物のコーナーですから、「イポメア‘テラスライム’」も食べてみれば美味しいのかもしれません。味はともかく、食用だということは確かですね。 こちらも同じ場所のイポメアの違うタイプ。花が咲いていました。 園内には所々に休憩所があり、ここで暑さをしのいだり、ストームから避難したり、風景を楽しんだりできる場所になっています。 そこからすぐのヒーリングガーデンの中にある薬用植物ガーデンには、薬用になる植物が植えられていて、昔から、乾燥させた植物を医療に使っていた様子を示す壁画がありました。 名札が付いていなかったので、植え替えの作業をしていた男性に聞いたら 「オイスタープランツだよ、花がオイスターみたいでしょう?」 葉の付け根の辺りが、花を包む紫の牡蠣のように見えなくもありません。西洋おもとでしょうか? これも薬用植物の一つの「Dragon's Tongue」。肺によい植物なのだとか。 他にもいろいろ名前が分からない植物があって、先の男性に聞いていたのですが、ここで私の足元から小さい蟻が上がってきてチクチクと攻撃されてしまいました。それが痛いのなんのって。 「いま植え替えしてるから、蟻がたくさん出て来てるんだよ。違う場所に移動したほうがいいよ!」と男性。 もしかして、私、お仕事のお邪魔だったかもですね(笑) このまま植栽の参考にしたいほど素敵だけど、名前の分からない植物をカメラに収めながら、次の場所に向かっているうちに、風が吹き、雨が降り始めました。 突然の雨と落とし物(?)発見 用意していた傘をさしたけれど、どんどん強まる雨脚に、傘は全く役に立たず、靴どころかパンツまでずぶ濡れに。 これがスコールというものだったのかと、スコール対策の読みの甘さを反省しました。シンガポールの人たちがサンダルで歩いてる理由もうなずけます。長靴でも履かない限り、通常の靴だと間違いなく中まで濡れてしまうからです。 さっきの薬草園の男性が、私が歩き始めようとした時に、室内に入って来た理由も分かりました、変な風が吹いていたのは、スコールの前兆だったのですね。何か私に言いたそうな様子でしたもの。 ずぶ濡れになりながら、オーキッドガーデンまで歩き、そこで雨をしのぎました。かなり長い時間だった気がしますが、ほんの30分ほどだったようです。 雨が上がり、付近を歩いていると、地面に落ちていたのはイチジクのような小さな実でした。 どこかにイチジクの木があるのかしら? と見上げると…… 「ジャボチカバ?」と思えるくらい、幹にみっしり小さな果実がついているじゃないですか! 私の知っているイチジクとは全く違うけれど、これは「Common Red-Stem Fig」と呼ばれる、イチジクの仲間だそうです。 イチジクは漢字では「無花果」と書きますが、この小さい実の中にびっしりと花を咲かせていると説明に書かれていました。美味しくはないけれど食べられるとも書いてあったので、中を割って、味見してみればよかったなぁと後悔。 レポーターとしては、もっと突っ込んだ行動が必要でしたね(笑) ここでオーキッドガーデンに入場したのですが、過去にレポートされているのでそこは省略して、ジンジャーガーデン方面へ進みます。 滝のエリアからスワンレイクに育つ植物をチェック ジンジャー系の植物を集めたガーデンを過ぎ、滝のそばにはこんな素敵な植栽が。滝の飛沫の湿り気と大きな木の陰のちょうどよい環境にピッタリな、ベゴニア類やシダのハーモニー。何枚も写真を撮ってしまいました。 どなたかが寄贈されたという、18mにもなる石の彫刻は、熱帯雨林に育つ200種類の植物を刻んだ素晴らしいものでした。 ウソのように雨が上がり、日差しも出て暑いけれど、どんどん歩きます。 しゃれたレストランもあるのですが、なにしろお高い。そこで、売店のアイスとポテチとジュースで空腹をごまかしつつ、白鳥がいるスワンレイクに着きました。 水面に白鳥が泳ぎ、涼しげに見えますが、やはりここも暑く、そろそろかなりの疲労感が(笑) 朝からずっと暑い中を歩き続けていますから、しばし木陰にあるベンチで休憩し、再び足を進めます。 これは、大砲の木(キャノンボールツリー)です。 遠くからでも目に飛び込んでくる独特の樹形と、赤い花びらにまるでつけまつげをしたかのような雄しべ。これは虫を呼び寄せるためのダミーの雄しべで、本物の雄しべはその奥にあるのだとか。 このモジャモジャしている枝のようなものは、幹から直接出ている花芽で、右下に茶色のものがぶら下がっていますが、これが果実です。キャノンボールとは大砲のことで、ここまで大きくなるのには1~2年かかるそうです。 そして、この実も食べられるそうですが……熟すとたいへん臭いを放つそうです。 さすがにそれを試すのは勇気が必要です。 ここには「ヘリテージツリー」という天然記念物が11本植わっていて、それらをたどるのも面白いのですが、その中の一つが「カポック」の木です。 1933年にここに植えられたもので、高さ43m、幹周り6.2mというサイズ感。パンヤといわれる綿毛が、布団や枕などの詰め物に利用されることから、コットンツリーとも呼ばれます。 ほぼ一日を過ごしたガーデンですが、まだまだ見残したところがたくさん! 次回はまず、完璧なスコール対策をして、もっと効率よく回りたいと思っています。
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イングリッシュガーデン旅案内【英国】鉢づくりの老舗「ウィッチフォード・ポタリー」
美しい景色の中にある工房 ロンドンから北西へ車で約2時間、コッツウォルズ地方北部のウィッチフォード村に、工房はあります。周りには牛が草を食む草原が広がって、のんびりした雰囲気。赤茶色の鉢がすべて手作りされているというこの場所で、どんな出会いがあるのかワクワクしながら、敷地の中へと入ります。ここには、工房の他に、コートヤード・ガーデンとショップ、そして、近年新設されたカフェが併設されています。 きれいに刈り込まれた芝生の間の小道を行くと、早速、ウィッチフォード・ポタリーの鉢に植えられた、一対のトピアリーが出迎えてくれます。 工房は、1976年、創設者のジム・キーリングさんと妻のドミニクさんによって、オックスフォード州のミドルバートンという場所で開かれました。その後、1982年にこの場所に移されました。最初はキーリング夫妻と見習い2人だけだったそうですが、現在は、熟練した陶工をはじめとする、35名ほどのスタッフが働いています。いまやジムさんの子どもたちも加わって、家族で営んでいるアットホームな工房です。 小道を先に進むと、サークル状のエリアに、大小の鉢が積み重なった、オブジェのようなコンテナガーデンが出現しました。ツゲやゼラニウムが緑を添える、ウィッチフォードの鉢づくしの贅沢な演出に、思わず見惚れます。 鉢づくしのオブジェをぐるりと一周眺めてから、緑の茂みにぽっかり空いた空洞を抜けて、奥へと進みます。背が高い人なら、ちょっとかがまないと通れないくらい、緑の生い茂ったアーチ。この様子から、ウィッチフォード・ポタリーが40年近くの長い年月、この地に変わらずあり続けていることが伝わってきます。 緑のアーチを抜けると、小道が四方八方につながる場所に出ました。庭の中に迷い込んでしまった気分。鉢だけがずらりと並ぶ、ガーデンセンターの一角のような場所かと思ったら、コンテナガーデンのお手本になるコーナーがいくつも設けられています。ここがコートヤード・ガーデンのようです。 奥に見える三角屋根の建物がショップのようですが、まずは植栽と鉢がつくる、コンテナガーデンのコーナーをチェックすることに。地面には、形が大小さまざまな敷石とレンガのペイビングが施され、ランダムな模様が浮かんでいます。 面白さ再発見のコンテナガーデン 大きな鉢の上に大きな鉢皿を載せて、砂利を敷き詰めた中に小さな鉢を並べて、さらにまた上へ鉢を載せて……。まるでウエディングケーキのようなディスプレイのアイデアに、ナルホド! と感心。 このコートヤード・ガーデンを管理しているのは、ヘッドガーデナーのポール・ウィリアムズさん。運よくポールさんに会えれば、植栽について話を聞くこともできるそう。 写真の左と右は、三角の屋根がついたアーチ状の構造物の表と裏に当たりますが、それぞれの演出の違いにびっくり! 写真右は、アリウムの鉢植え、ギボウシの鉢植え、スイートピーの鉢植えと、鉢植えばかりを集めたエリアなのに、とても瑞々しくて季節感たっぷり。コンテナガーデンでも、そんな庭づくりが可能だということを知りました。 象の背中からシダがダイナミックに伸び出ていたり、地面に低く咲くイメージのあるゲラニウムが高く茂っていたり。鉢植えならではの面白さがあります。レンガの目地から自然に生えてきたようなアルケミラモリスも、ナチュラルな雰囲気を生み出しています。 鉢に植えられている植物の種類はさまざまで、個々それぞれに特徴があります。でも、鉢植えという共通点が統一感を生んでいて、コンテナガーデンも面白いものだなぁと再認識しました。 多種多様な鉢が並ぶストックヤード コートヤード・ガーデンから奥へ向かうと、つるバラに彩られた建物の前に、新品の鉢がずらりと並んでいました。鉢を展示販売しているストックヤードです。こんなにたくさんのバリエーションを見る機会はこれまでなかったので、思わずテンションが上がります。 大きさや形がさまざまな鉢が並びます。鉢のデザインは500種もあるとか! 手前の緑が茂っている鉢は、イチゴ栽培用のストロベリーポット。イチゴの苗が植えられるよう、鉢の側面に穴があります。その左手にあるフタの付いた壺は、日本ではあまり馴染みがないですが、ルバーブ栽培用のテラコッタ。イングリッシュガーデンでは時々目にします。 ウィッチフォードの鉢は、バラやプリムラ、デルフィニウムなど、ガーデンの花々をモチーフにしたレリーフ模様も特徴的です。これはあの花ね! と眺めるだけで楽しい時間。テラコッタ製のニワトリやフクロウなどの置物も、庭に馴染みやすそうです。 釉薬がかかったオシャレカラーの鉢もずらり。素焼きの鉢とはまた違った魅力があります。 8角形の屋根を持つ建物、オクタゴン・ギャラリーの中では、ウィッチフォード・ポタリー製以外の、英国製の陶器が販売されています。釉薬で彩られたマグカップや大皿などの食器類、または作家ものなど、いろいろなタイプの陶器が並び、さらには、剪定ばさみや誘引紐といったガーデングッズや、ポストカードなどもありました。大きな割れ物はお土産にはハードルが高いので、目に焼きつけるだけで我慢。 工房見学のミニツアー ウィッチフォードの鉢作りの過程をたどるミニツアーに参加して、工房を見学することもできました。ここで30年以上働いているというバーバラさんが案内してくださいました。 工房を開いたオーナーのジムさんは、育った家の近くに粘土層があったことから幼い頃より粘土で遊び、また、ガーデナーの母の影響で、草花にも親しんだそうです。ケンブリッジ大学で考古学を学んでいた際に、発掘作業で破片を見つけたことから陶芸に興味を持ち、考古学よりも夜間の陶芸講座に夢中になって、陶芸家を志すことにしたのだそうです。そして、花鉢を専門に作っていたレクレッシャム・ポタリ―に弟子入りします。ジムさんがそこで学んだ英国伝統の技法が、ウィッチフォード・ポタリーの鉢づくりの基礎となっています。 鉢は、90%以上がロクロで作られ、その他は、型などから作られています。鉢づくりは、まず、粘土の用意から始まります。近隣から採取され、車で運び込まれた3種類の土がブレンドされています。 採掘された土はまず、建物内の特殊な機械があるエリアに運び込まれます。土は水と混ぜられ、石などの不要なものが取り除かれて、なめらかな粘土へと加工されます。液状の粘土がパイプを通って、何層ものフィルターを通す過程を経て、なめらかになります。 練られた粘土はつややかです。覆いをかけて乾燥を防ぎながら4カ月間寝かせます。この段階になるまでがとても大事な作業で、時間もとてもかかるそうです。 鉢本体のための粘土と、装飾部分の粘土は、ブレンドの比率などの仕様が異なるそうです。ウィッチフォードの粘土は、成形に理想的な弾力性があり、焼き上がると、味わいあるテラコッタ色になります。 粘土の加工場の隣は、窯のエリアでした。ガスと電気、薪で焼くこともできるいくつかの窯があり、最高温度は1,040℃。36時間かけて焼くそうです。 2階に上がると、鉢をそれぞれのデザインに仕上げるいくつものアトリエがありました。 鉢づくりは、ロクロで成形する係と、装飾を手掛ける係に分かれています。現在、リーダーとして工房のスタッフを率いるのは、ジムさんの息子のアダムさんです。アダムさんは幼い頃から陶芸の手ほどきを受けた陶工であり、数年前から経営陣に加わっています。ここには、数十年間働いているベテランの陶工もいれば、働きだして数年の見習いもいます。ロクロできちんと鉢を成形できるようになるには、15年かかるそうです。 工房では、1週間で6tの粘土を600個強の鉢に加工するそうで、想像以上の量に驚いてしまいます。鉢づくりに並んで、日本とアメリカからのたくさんの注文に対する、日々の発送作業も大変なものです。 ウィッチフォードの鉢は多孔性に優れていて、植物の成長を促します。また、霜害を防ぐとして、イギリス国内ですべての鉢に10年間の保証が付いています。 ウィッチフォード・ポタリーでは特別に大きな鉢を焼くこともあります。大きな鉢の場合は、一度に成形するのが難しいので、いくつかのパーツに分けて成形し、組み合わせます。アダムさんが作った過去最大の鉢は、焼く前の高さが2mあったそうです。 このアトリエでは、スペシャルオーダーの鉢を作成中。スペシャルオーダーでは、結婚や退職のお祝いに、特別の装飾や文字を入れてもらうことができます。また、英国の庭園のベンチで見られるプレートのように、庭を愛した故人を偲ぶ文言を刻んだ鉢を作ってもらうこともできるそうです。 奥の棚には、800種の装飾モチーフの型が並びます。この中に、外の鉢で見たバラやプリムラがあるのですね。モチーフの型は、すべてジムさんがデザインし、手彫りしたものが原型となっています。ロクロで成形して1日乾燥させた鉢に、型に入れた装飾用の粘土を押しつけて、接着させます。 たくさんのモチーフでデコレーションされた鉢もありました。成形、装飾の作業が終わった鉢は、十分な乾燥がされたのちに窯で1回焼かれて、完成します。 2018年からは、日本の六古窯の一つである備前焼の産地、岡山県備前市で備前焼と花・庭・自然が融合する新しい試みが数々行われています。「ウィッチフォード・ポタリー」代表、ジム・キーリングさんが秋に来日し、直接レクチャーを受けられるワークショップも開催されています。 ●備前焼の魅力を伝える新プロジェクト「Bizen×Whichford」コラボイベント報告 地元でも愛される新エリアのカフェ 工房やガーデン、ショップから徒歩1分のところには、2014年にオープンしたカフェ「ストロー・キッチン」があります。 カフェの前には、ゴッホの描いた『糸杉のある麦畑』をモチーフにした、黄金のモニュメント「ゴールデン・サイプレス(金のイトスギ)」がありました。周りに咲くポピーが可愛らしい雰囲気。このモニュメントは、数年前に日本で行われたガーデンショー展示のために作られた作品の一つで、陶製のモニュメントには23.5金の金箔が施されています。ジムさんはこのように、粘土で複雑な形のものを作ることに果敢に挑戦しています。 テラス席もあって、リラックスできる雰囲気です。ちょうどランチタイムだったので、多くの地元の方で賑わっていました。 店内のデザインはカジュアル。店のおすすめメニューは、地元農場のベーコンとカフェの手作りパンを使った、ベーコン・サルニ(サンドイッチ)。その他、手作りパンのトーストに卵料理を合わせた一品や、トーストにチョリソーとフェタチーズを合わせた一品など、シンプルだけれど、美味しそうなメニューが並びます。 ランチにいただいたのは、ミントとタラゴンの入ったオムレツやアスパラガスを包んだ生春巻き。多国籍でモダンな一品です。ビオラの花飾りに嬉しくなります。 美しい景色の中で、ウィッチフォードの鉢は一つひとつ、手間ひまかけて、大切に手作りされていました。だからこそ、大量生産品にはない存在感を持つのだなと納得。長く大事に使っていきたい鉢と、魅力を再発見しました。
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イギリス

【英国の庭】ハウザー&ワース・サマセット ピート・アウドルフ作のナチュラリスティックガーデンを訪ねる
時代の先端を行くアートセンター ハウザー&ワースは、本店となるチューリッヒをはじめ、香港、ロンドン、ニューヨークなど、世界の9カ所に拠点を持つ、現代アートのギャラリーです。このハウザー&ワース・サマセットは、2014年に、サマセット州ブルートンの町外れにあるダースレイド農場の中に開設されました。エッジの利いた現代アートの展示が行われる一方で、環境保護やサステナビリティ、教育などのテーマに着目した、多目的のアートセンターとしても機能し、さまざまなセミナーやワークショップが行われています。 ここでのお目当ては、ギャラリーの後ろに広がるメドウ「アウドルフ・フィールド」です。デザインは、オランダ出身の世界的ランドスケープ・デザイナー、ピート・アウドルフ。彼は敷地全体の景観スキームも手掛けています。近年、彼を追った記録映画『FIVE SEASONS ガーデン・オブ・ピート・アウドルフ』が公開され、日本でも話題となっていますが、映画にはこのメドウの設計シーンも登場します。早速、行ってみましょう。 広い駐車場からエントランスに向かうと、まず、鉛の塊のような巨大な像が現れました。「アップル・ツリー・ボーイ・アップル・ツリー・ガール」という、アルミニウム製の彫像作品。子どもみたいな像は、ユーモラスなような、ちょっと怖いような印象です。園内には、こんな屋外展示がいくつかあります。 ギャラリーの入り口は、写真右手の建物にあります。これらの古い石造りの建物は、何十年も打ち捨てられてボロボロになっていた農場の建物でしたが、パリの建築事務所によって修復や改修が行われ、回廊式のモダンなギャラリーやレストラン、宿泊用の貸し別荘に変身しました。これらの建物は、2015年のRIBAサウス・ウェスト・アワードをはじめ、建築界のいくつかの賞を受賞しています。 小雨の中、水やりをする人の姿が。 エントランスからギャラリーのショップを抜けて、建物の奥に向かうと、庭に通じるガラス戸がありました。外に出てみましょう。 宿根草のメドウ「アウドルフ・フィールド」。 1.5エーカーの広さを持つ、宿根草を使ったメドウガーデン「アウドルフ・フィールド」が目の前に広がります。幅広い散策路が斜面を上り、ずっと向こうの白い建物まで続いているようです。あいにくの雨ですが、傘をさしつつ観賞スタート。緩やかにカーブする道を上っていきます。 少し行くと池があって、その水面に雨粒の波紋が広がっていました。睡蓮の浮かぶ池は、周辺の木々の緑を映しています。 アウドルフの代表作の一つに、ニューヨーク・マンハッタンの、廃線となった高架鉄道跡を空中庭園に変えた「ハイライン」のプロジェクトがあります。ハウザー&ワースのニューヨークのギャラリーはちょうどハイラインの通っている場所にあって、ハウザー&ワースの経営者であるイワン・ワースは、アウドルフのつくったこの公園が大好きだったそう。その後、縁あって知り合ったのだとか。 振り返ってみると、池越しにギャラリーのモダンな柱廊が見えます。 先ほどの角度から見た池は、池の縁と小道との境目がくっきりと見えましたが、こちら側は、池と地面との境目があいまいになっています。なだらかな斜面の低い所にできた、大きな水溜まりのように見えます。 さらに斜面を上っていくと、今度は道幅がぐっと広がりました。緑の小島のような、芝の小さな丘が飛び石のように配置されていて、道だけれども広場のようでもあり、面白い景色です。緑の小島の間を縫って、先に進みます。 中央の道は砂利敷きですが、左右に枝分かれする小道には芝生が生えています。この芝生の緑が背景幕となり、植栽エリアの花々は浮き上がっているように見えます。 まゆ玉のような「ラディック・パビリオン」 両側に広がる植栽を眺めながら歩を進めていくと、敷地の一番奥、斜面の上に建つ、まゆ玉のような建物に到着しました。チリ人の建築家、スミルハン・ラディックによってデザインされたラディック・パビリオンです。マーブル模様の、台座のような大きな石の上に載った、丸みのある白い物体。中に入れるのでしょうか? 奥へ回り込むと、中に通じる階段がありました。 建物に入ってみると、宙に浮いたような、ドーナツ状の空間になっています。ところどころに大きく開いた窓があって、外の景色が切り取られて見えます。 この建物は、2014年に、ロンドンのケンジントン・ガーデンズ公園内にあるサーペンタイン・ギャラリーの、夏季限定パビリオンとして建てられたもので、その翌年にここに移設されました。サーペンタイン・ギャラリーでは、毎夏、建築家を選出して実験的な建築物を作り、それを仮設の休憩所として一般に開放します。そういう経緯のある建物だからか、とても個性的。これ自体がアート作品のようです。 まゆ玉のような建物を印象づけている黒い突起のような部分から外を覗いてみると、アウドルフの庭越しに、羊が草を食む草原が見えました。 グラスファイバーで作られた建物は宇宙船のよう。宙に浮いているような感覚で、一周、ぐるりと歩くことができます。ところどころに椅子が置いてあって、瞑想もできそうですね。 さて、パビリオンを出て、再び庭に戻りましょう。遠くに目をやると、日本とは違って電線や電柱のない、のんびりとした景色が広がっています。丘の上(写真右上)には、ブルートンの町のアイコンでもある、古い石造りの鳩小屋が見えます。 ガーデンの縁に当たる部分は、写真手前のように、モリニアやシモツケソウ、サラシナショウマといった、背の高い植物を使った、より強健な植栽がされています。メドウの全体は、この時期は少し色が少ないものの、アウドルフの意図した通り、大きなパレットのように見えます。 卓越した植物選び さて、今度はどんな植物が植わっているのか、丹念に観察していきましょう。軽やかなグラス類の中に、ゲラニウムやサルビアなどの宿根草がグルーピングされているメドウです。隣り合う植物同士に、くっきりとした色や形、質感の対比があるので、手前にある植物が引き立って見えます。 緑の草葉の中で隠れんぼうしているみたいに、半ば埋もれるように銅葉のアクセントが覗いていたり、カンパニュラがめいっぱい花を咲かせていたり。あそこにいるあの子は、果たして顔なじみか、それとも初顔合わせのお相手か、目を凝らしてしまいます。また、この植物の隣にどうしてこの植物を合わせているのだろうかと、植栽の意図を探るため、頭を働かせました。 全体の植栽は、紫、ピンク、さび色、金色が、流れるような色彩となるよう計画されているそうですが、訪れたこの時期は、若く明るい緑と紫の花穂のカラーリングが、特に印象に残りました。 また、改めて、きれいだなぁと目にとまったのは、グラス類です。霧雨を受けてわずかに枝垂れ、雨粒がキラリと光るグラスの穂と、アリウムやエキナセア、エリンジウムなどのコラボレーションがおしゃれ。この一角だけならば、ベランダでも再現できるかしら? と刺激を受けました。 アウドルフは、美しいシードヘッド(頭状花)を持つ植物を効果的に使うことで定評があります。「植物の枯れた姿も好き」と言う彼は、立ち枯れた姿が素敵な植物をいくつも配して、四季を通じて興味深い庭をつくり上げました。 この庭を訪れたのは2019年の6月中旬でしたが、その時期には、ロンドン市内にあるキュー・ボタニックガーデンではアリウム・ギガンチウムが咲き終わっていました。しかし、ここの植物は、これからもっと成長していくようです。それぞれの株のボリュームが出て、花もどんどん咲く季節に向かっていました。 アウドルフはデザインする際、最初から頭の中に完成形の絵を浮かべていると言います。そして、それから、どの植物がそのヴィジョンを満たすものなのかを検討し、レイヤーごとにスケッチに起こしていくのだそうです。園芸家、そして、ナーセリーのオーナーとして長い間過ごしてきたアウドルフは、植物やその習性について深い知識を持っています。横に広がりすぎたり、こぼれ種で増えすぎたりして、全体図の均衡を壊しかねない植物は使わないように注意しているそう。選ぶのは、直立して大きくなりすぎない品種です。アウドルフが類まれなアーティストであると同時に、卓越した職人でもあることの分かるエピソードですね。 ガーデナー上野砂由紀さんが解説 同行した北海道のガーデナー、上野砂由紀さんが、この庭を解説してくれました。 「夏にもちろん素敵なこの庭は、秋になると、さらに美しさを増すよう緻密に計算された植栽だということが、実際の庭を見ると分かります。例えば、秋になるとグラスの穂が霞のように広がり、その間にエキナセアなどの、あえて残されたシードヘッドがポツポツと浮いて、点描画のように美しく見えます」 「敷地の両サイドには、迫力ある大型のフィリペンデュラやベロニカストラムが多く植えられていました。さらに秋に盛りとなるようにタリクトラムやユーパトリウム、キミキフガ、アスター類が植栽されていて、秋の特別な美しさが想像できました。それから、秋に大きくなりすぎて倒れてしまわないように、草丈を3分の1くらいに刈り込む作業もされていました。また、彼は自立しない植物はセレクトしないという考え方も、ガーデンから見て取れました。乾燥に強い植物もうまく使われていたと思います。一見シンプルな庭ですが、そこには彼の深い考えに裏打ちされたデザインがあると感じました。秋は、きっと全く違う世界になることでしょう」 モダンな柱廊と中庭 CLOISTERと書かれたガラス戸の向こうに広がる回廊。 ギャラリーの建物は、洋書や雑貨が並ぶショップや、現代アートが展示されている小部屋がいくつもつながって、回廊のようになっています。 その回廊に囲まれた中庭も素敵な植栽で、くつろげる場所でした。鮮やかな緑のオータムン・ムア・グラスなど、グラス類を多用しています。ところどころに暗い葉色や花色の多年草があって、アクセントに。古い家屋を使ったレストランの屋根の色ともマッチしています。 中庭は、空間を共有する彫像の価値を損ねないように、植物の草丈を低くして、植栽をシンプルにまとめているとのこと。空間全体を考えて設計されていることが分かります。 キッチンガーデンにも注目 併設するレストラン「ロス・バー&グリル」では、ダースレイド農場の食材をはじめ、地元の新鮮な食材を使った料理が楽しめます。サラダやスープのワンプレートランチや、ハンバーガーのセットなどがあって、ランチにおすすめ。 レストランの建物沿いには、おしゃれなキッチンガーデンがあって、レストランやバーで使う野菜やハーブ、エディブルフラワーが育てられています。キッチンガーデンは、レストランやギャラリーの建物とこの土地を繋ぎ、馴染ませる役割も果たしています。腰高のレイズドベッドになっている植栽升の中には、カモミール、コーンフラワー、ボリジ、エキナセアといった花々が咲き、キャベツやスイートピーなども育っています。 この区画はNo-dig gardening(ノー・ディグ・ガーデニング)の手法で栽培されています。ノー・ディグとは、つまり、耕さないということ。有機栽培の流れを受けて、近年英国で注目されつつある栽培方法です。この植栽升では、土の上に、よく腐熟した肥やしとマッシュルーム・コンポストがそれぞれ厚い層となって重ねられています。人が耕すことはしませんが、虫や微生物の力のおかげで、自然が自ら土を耕す力を得るようになり、空気の通り道ができます。その結果、作物の収穫量がぐんと増えるのだそうです。ここに育つ野菜や花の健やかな姿を目にすると、ノー・ディグ栽培法に興味が湧いてきますね。 時代の先端を行く現代アートと、自然回帰のようなガーデニング法。一見、相反しているようですが、このガーデニング法やアウドルフのメドウデザインには、環境保護やサステナビリティという、最先端のテーマへの取り組みが含まれています。ハウザー&ワース・サマセットは、今後の発展が楽しみなコンテンポラリー・ガーデンでした。
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ニュージーランドの庭文化【世界のガーデンを探る24】
ニュージーランドのガーデニング ニュージーランド(NZ)という国は、10世紀ごろ海洋民族のマウリの人たちがカヌーに乗って住み着いたのが始まりでした。その後イギリス人が大航海時代に上陸して、1804年にマウリの人たちとワイタンギ条約を締結し、正式にイギリスに併合されて、「ニュージーランド」と呼ばれるようになりました。 そうしてイギリス連邦に組み込まれ、1907年にイギリス連邦内の自治領となり、独立国家となりました。ご存じのように、ニュージーランドは北島と南島があり、北島に100万都市のオークランドがあります。かつてここでは「エラズリーフラワーショー」が毎年開催されていました。その後、1994年より、開催地は庭好きな人が多く住んでいる南島のクライストチャーチに移りましたが、2015年にショーの開催はストップし、その後も残念ながら開かれていません。花好きの人たちが多く住んでいても、クライストチャーチの町が大規模なフラワーショーを支えきれなくなったのは、経済的な理由によるのかもしれません。 ニュージーランドの北島にはアイルランドから多くの人が渡ってきて、この国のいろいろな仕組みを作ったのですが、彼らはイギリス人ほど庭好きではありませんでした。庭好きなイギリス人の多くは、南島のクライストチャーチに住み着いたのです。かつては、個人庭園や町、それに商店なども参加してガーデンコンテストが開かれていました。 まずは、かつては世界3大フラワーショーの一つに数えられていたエラズリーフラワーショーをご紹介してから、ガーデンコンテストの受賞庭園やクライストチャーチ近郊の個人庭園をご紹介しましょう。 世界3大フラワーショーだったエラズリーフラワーショー エラズリーフラワーショーは、もともと北島のオークランド郊外にある競馬場の「エラズリー」で開かれていたことから付けられた名称ですが、その後手狭になり、オークランド郊外の植物園で開かれるようになりました。僕も毎年審査員として10年近く参加しました。 もともとはオークランドのライオンズクラブがチャリティー(寄付金集め)目的で始めたもので、会場整備や運営に当たっていました。近年は先ほど書いたように、南島のクライストチャーチに移りましたが、残念ながら今は行われていません。 会場には、ガーデン関連のショップやフラワーアレンジの展示、ガーデン倶楽部による植物の提案、地元の食やワインなどが集まるマーキーまであり、イギリスのチェルシーフラワーショーほどの緊張感はなく、おおらかな雰囲気でした。2009年の開催時は、ニュージーランド固有の植物を取り入れながら、キッチンガーデンやデッキ空間がある庭など、19のコンテストガーデンがつくられました。審査は、RHS(英国王立園芸協会)に所属するイギリス人ガーデナーをはじめとする27人の専門家によって行われる国際的なコンテストでした。 ニュージーランドの植物事情 ガーデンデザインの提案には、毎年必ずといっていいほど、アウトドアキッチンをテーマにしたものがいくつかありました。雨が少ないニュージーランドでは日常的に外での食事も楽しめるので、一般家庭の庭でも、このようにキッチンを備えたテラスのあるデザインを見かけます。 ニュージーランドにはもともと花のきれいな植物はほとんどなくて、ほぼすべての庭の植物は、多くはイギリスから持ち込まれたものです。なぜ花のきれいな植物が少ないかというと、ニュージーランドはもともとジーランディアというほとんど海に沈んでしまった大陸の一部で、おそらく昆虫が地球上に現れる前にゴンドワナ大陸から離れてしまったのではないかと考えられています。その結果、きれいな花に虫を集める虫媒花が現れず、現在も風媒花が主流なのだと僕は思います。昆虫がいないということはイギリスから持ち込まれた植物を食べる害虫がいないということで、ニュージーランドではほとんど消毒する必要がないのです。バラなどは、これほどきれいなのかと思うくらい素晴らしい花が咲きます。 オープンガーデンのガーデンコンテスト クライストチャーチでは、ガーデンコンテストを毎年開催しています。カテゴリーは3つあります。1つ目は1軒の庭単位でエントリーする「個人庭園部門」、2つ目は、「法人部門」で、例えば商店や会社の周りの植栽などでエントリーします。そして3つ目は、上の写真のように住宅地の一角(10軒程度の集合地域)ごとの、地域ぐるみでエントリーする「住宅地部門」で、他国のカテゴリーではあまり例のないことです。こういうコンテストを実施できるということは、みんなで町全体をきれいにしようという意識がある文化度の高さの表れかもしれません。 個人邸で育てられている植物についてお話ししましょう。この地域は空気が乾燥しているので、球根ベゴニアやダリア、それにバラもきれいな花を次々に咲かせてくれます。日本と違って蒸し暑い夏がないクライストチャーチは、ダリアや球根ベゴニア、フクシアなどが、初夏から秋まで、病気や害虫に悩むことなく咲き続けてくれます。バラも夏に休むことはなく、初夏から秋まで見事な花を楽しむことができます。ただ日本人にとっては、ちょっと赤花が強烈に見える気がしますが、いかがでしょうか? 暮らしの中で楽しむ個人邸のガーデン 住宅の庭では、日本でもお馴染みのニューサイランやフトモモ科のギョリュウバイ、ユッカ、それにトベラの仲間やヘゴの仲間の木性シダなどが使われています。近年、ニュージーランドでは、もともと土地にあった植生を回復させようと、高速道路や公園の緑地には多くのニュージーランド原産の植物が使われるようになりました。 私が訪ねた個人邸では、窓が大きく外の庭の緑が暮らしの一部になっていました。いつもそばに自分が生まれ育った地域の植物が育ち、眺めることができるのは、穏やかな暮らしの支えになっているのかもしれません。 クライストチャーチ郊外の有名な庭 イギリスと比べてガーデニングの歴史が浅いながらも、ニュージーランドにも、名園と呼ばれる場所がいくつかあります。その中の代表的な庭園が、クライストチャーチ郊外にある「オヒナタヒ庭園(Ohinatahi garden)」です。海を望む崖の上につくられた庭で、とてもよく手入れがされています。地形をうまく利用したイタリア風な庭づくりで、オーナーが男性だからかもしれませんが、緑の芝生を中心に落ち着いた雰囲気を醸し出しています。 もう一つご紹介するのは、クライストチャーチ郊外の「トロズ・ガーデン(Trotts Garden)」です。オーナー曰く、世界一のノットガーデンです。奥に見える建物は古い教会。ここでは時々結婚式もとりおこなわれているそうです。この規模のノットガーデンをつくろうと思ったこと自体にも感心しますが、維持管理を考えただけでも気が遠くなります。 ニュージーランドの公共の庭 クライストチャーチの町の真ん中にある川沿いの公園「MONA VALE」。 「MONA VALE」の中心付近には、バラ園もあります。どの地域も、ニュージーランドにあるバラ園は本当に、花はきれいに咲き揃い、手入れも行き届いて気持ちのよい場所になっています。川沿いにある個人の庭も公園の一部になっていることがあります。 フォーマルな高級住宅でもそれぞれに庭が設けられているので、散歩をしていると次々と現れるガーデンシーンに出合うことができ、目を楽しませてくれます。本当にクライストチャーチは“ガーデンシティー”の名に恥じないレベルで、町を挙げての取り組みがなされていて、完全に脱帽です。 次回はオーストラリアの庭と、メルボルンフラワーアンドガーデンショーの話をしたいと思います。
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イギリス

英国のフラワーショーに見る現代の植栽デザイン【世界のガーデンを探る23】
100年以上の歴史ある花と緑と庭の祭典 これまでは、西洋の庭デザインの変化をたどりながら、国ごとにスタイルが異なる花の植え方をご紹介してきましたが、今回はイギリスのフラワーショーについてご紹介します。 ●これまでの連載記事はこちら フラワーショーといえば、イギリスで毎年開かれるチェルシーフラワーショー(RHS Chelsea Flower Show)があまりにも有名です。100年以上の歴史を持ち、世界中のガーデンデザイナーが目指すコンテストの一つがチェルシーフラワーショーです。園芸文化の普及と発展を目的としたフラワーショーなので、庭だけでなく、さまざまな植物の新品種や希少な植物の紹介の場所にもなっています。 上写真は、僕がイギリス人の友達と一緒につくった「ホンダティーガーデン」で、日本人初のゴールドメダルをいただいた庭です。チェルシーフラワーショーは王立園芸協会主催のフラワーショーなので、一般公開になる前日の午後、ロイヤルビジット(王室の訪問)があり、女王陛下も毎年お見えになります。 ショーガーデンをつくる時 デザイナーが心がけることとは ある意味、世界中のフラワーショーのお手本になっているチェルシーフラワーショーは、審査から一般公開を含めて1週間しか開かれません。植物をふんだんに使って作り込まれて、お金も非常にかかっている庭が、たった1週間で取り壊されてしまうことは、もったいないと思われるかもしれませんが、デザイナーの立場からすると、来場者に一番いい状態の庭を見ていただくには、やはり1週間が限界です。それ以上時間が経つと、多くの花が傷んだり散ったりして、最高の状態で見ていただくことができなくなってしまうからです。 デザイナーとしては最高の状態で審査を受けたいのですが、その日に花を満開に咲かせるのは並大抵の苦労ではありません。 ショーガーデンに使われる植物の選び方 例えば、アイリスの仲間は存在感があるのですが、一日花なので、なかなか花の開花をピンポイントで合わせることが難しい植物です。ですから、一般公開の間も楽しんでいただけるように、花期の長い植物を組み合わせる必要があります。もちろん会場前の花の手入れは毎日、怠ることはできません。 フラワーショーの庭は、細かな制限が設けられているわけではないので、デザイナーの自由な発想のもとに楽しくつくることができます。上の写真のように、常緑の植物を多く使うと落ち着いた雰囲気になり、庭が短期間で乱れることはない反面、華やかさが欠けてしまいます。 黄花の植物の中でもバーバスカムの黄花は、主張が強くなく花期が長いので、ショーガーデンにおいて常連の一つです。多くの花を使いすぎると、まとまりのない配色になり、テーマが見えにくくなってしまいます。 落ち着いた花色でまとまった庭をよく見てみると、チェルシーフラワーショーで定番となっている植物たちが取り入れられています。この中でも、手前に咲いている八重咲きのオダマキは珍しい花色で、奥の紫ミツバの白花がポピーのオレンジ色を中和させて、軽やかな雰囲気が生まれています。 フラワーショーの参加条件 では、こうした特別なショーのガーデンはどういった経緯を経て完成へと向かうのでしょうか。まず、チェルシーフラワーショーの人気のデザイナーは、フラワーショーが終わるとすぐに翌年のデザインを始めます。特に「ショーガーデン」と呼ばれる大庭園部門では、最低でも1,000万円以上のお金が必要なので、来年に向けて早くスポンサーを探さなくてはいけないという大仕事がまずあります。R.H.S.(王立園芸協会)に出品するには、以下の条件を満たさなくてはいけません。 実績のあるデザイナーであること(過去に受賞歴などがあること) 実績のある施工業者がついていること 資金が十分であること 資材や植物の調達計画がしっかりしていること いいデザインであることは必須条件 多くのデザイナーは、まず小庭園部門での受賞実績を経て、大庭園部門への参加にステップアップしますが、僕の場合は、1995年にイギリスで手がけた個人庭園が「B.A.L.I.(英国造園協会)」の年間のグッドデザイン賞をいただいたことが実績となり、初回からショーガーデンをつくることができました。 ガーデンをつくるための石材の調達 イギリスでの庭づくりの苦労としては、まず、日本では当たり前の材料でも、同じものはなかなか見つけることができないということがあります。例えば、イギリスは火山国ではないので、きれいな御影石(花崗岩)を手に入れることが難しかったことを思い出します。また、ゴロタ石などはウェールズ地方に行って、氷河期のモレーンの石を使いました。また、イギリスのモルタル用の砂は赤いので、白いモルタルをつくることも苦労した点です。 ガーデンをつくるための植物の調達 イギリスにある樹木は、アジア起源だったり、過去に日本から持ち込まれたものも多いので、調達するのにさほど苦労はしません。しかし、樹形は左右対称に育てられていることがほとんどのため、いつもナーセリーの圃場の隅で、いじけた形(自然樹形)の樹木を探すことになります。 草花は、日本のように酸性土壌で育つようなものは少ないので、結構苦労しますが、我々の感性に合ったもので東アジア的なものを探します。ショーガーデンで大活躍するのは、ギボウシやイカリ草です。他にもいろいろ揃えなくてはいけないので、あちこちのナーセリーを回ってガーデンをつくる前年の秋までに苗の予約をします。 手配する植物の量は、全部使われることはなくても2〜3割ほど余分に注文しておきます。また会場がとても狭いので、配送の日は時間まで指定して搬入してもらうのですが、どの庭も大抵一緒の時期に運び込まれるため、会場内で大渋滞がどうしても起こってしまいます。それでも日本のように大声が飛び交うようなことは滅多にないのがイギリス。こうした全体のマネージングや他の庭との人間関係などをスマートに行うことも、いい庭をつくるためにはとても大事な条件です。 フラワーショー開催の風景 チェルシーフラワーショーの会場では、地面に庭をつくるショーガーデンのほか、巨大テントの中で多数のナーセリーが最新品種や定番品種を発表します。こちらは、デルフィニウムと球根ベゴニア専門店のディスプレイ。クレマチスにバラ、球根花、ダリアなど、これでもかという色と量に圧倒されてしまいます。 チェルシーフラワーショーが開催された後、例年7月に開かれるハンプトンコートフラワーショーは、チェルシーに比べると、もっと自由な発想でデザインされた庭が多いようです。 イギリスのフラワーショーの審査のポイント テーマ性がしっかりしていること 全体の調和がとれていること 植物と構造物の組み合わせがうまく調和がとれていること しっかりした施工と最高品質の植物が使われていること 人を驚かすような斬新なデザイン性があること などが大事なチェックポイントになっています。こうしたショーガーデンが毎年開催されることで、新しい庭デザインの発想が生まれたり、新品種が注目されたりと、イギリスではガーデニングが文化として定着し、未来のガーデンへと引き継がれていくのだと思います。 では、次回はイギリス以外のフラワーショーについてお話ししたいと思います。
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中欧5カ国を旅して出合った植物のある風景 前編
2019年、中欧5カ国を巡る旅 2019年5月に中欧5カ国の旅に出た。5カ国とはスロバキア、チェコ、ハンガリー、ドイツ、オーストリアである。2018年に旅したイギリス・コッツウォルズのガーデン巡りとは異なり、世界遺産を見て回るのが目的で、特にガーデニングとは関係のない旅であった。とはいえ、どうしても気になるのは、街角や世界遺産の宮殿で見かける庭や植物である。きっと職業病のようなものだろう。じつは、旅に出る前に5年間ウィーンに駐在経験のある知人から、「あの辺のガーデニングは期待できないよ!」と言われていた。はて、結果は如何に? あまり話題にされることのない、中欧の植物&ガーデンを綴ってみたいと思う。 ヨーロッパで出合ったサンザシ まず、最初の訪問地はブラチスラバ。余り聴きなれない地名だが、れっきとしたスロバキアの首都である。5月とはいえ、寒波で最高気温が7~8℃という、真冬のような気候だった。 バスを降りてまず目についたのが、このサンザシ(山査子)である。街路樹なのだ。 僕の中でサンザシといえば、盆栽のイメージしかなかったのだが、まさかスロバキアの街路樹で遭遇するとは、驚きだった。 ところが、このサンザシには、その後の訪問地の数カ所で遭遇し、今回の旅で一番印象に残った植物となった。下はドレスデンで出合った満開のサンザシ。 そして、かのウィーンのシェーンブルン宮殿にもたくさんのサンザシが! 今までにも海外旅行で、日本の紅葉やヤツデ、アオキなどを見かけ、ちょっと嬉しい思いをしたことはあったが、盆栽のイメージしかなかったサンザシが、ヨーロッパの彼方此方に街路樹として登場したのは意外だった。なお、帰国後に調べてみると、西洋サンザシはメイフラワーと呼ばれ、ヨーロッパでは街路樹などによく使用されているとのこと。日本でもサンザシを街路樹に植えると素敵ではないだろうか。 さて、ブラチスラバは中世の街を思わせる美しく芸術的な街で、彼方此方に彫刻があった。 そして、そんな彫刻とともに街を彩るのが寄せ植えなどの花々。 レストランの前にはこんなポットが。植えられている花は平凡なペチュニアだが、スロバキアの言葉が書かれた樽の上に置く演出がユニークで面白い。 ブダペストの街を散策 2つ目に訪れた国はハンガリーのブダペストである。ドナウ川をはさみ、西岸のブダと東岸のベストが合併した街なのだそうだ。 ドナウ川ナイトクルーズは寒かったが、美しくライトアップされた街並みが素敵だった。もっとも、僕らが乗った2週間後に、このクルーズで事故があった。思い起こせば、救命具とか避難の説明はなかったような…。思い出すと恐ろしい。やはり海外旅行はリスクが伴う。 団体旅行で行くと、必ず「あら、あの花はなにかしら?」と誰からともなく、独り言のような声が必ず聞こえる。別段僕の身分は明かしていないのだが、つい、「ニセアカシアですね」とか、「マロニエじゃないですか?」などと得意げに答えてしまう。 そうです。ブタペストにはニセアカシアとマロニエがたくさん咲いていたのです。 ブダペストの街中で、らせん状に仕立てられたちょっと素敵なトピアリーに出合った。ヒノキ系だろう。ちょっと真似したい気持ちになる。 バルコニーのフレームを赤い花で飾るのはゼラニウム。ゼラニウムもヨーロッパの鉢植えでは定番の花ですね。 素朴な家々や草花が愛らしい ハンガリーのホロック村 3日目はブタペストから、約100km離れた、世界遺産のホロック村へ。人口がわずか340人の、ハンガリーで一番美しい村だそうだ。まだ、あまり日本の観光客が訪れない場所らしい。閑静で小雨も降り、しっとりとした落ち着いた街だ。 家々の壁面も素敵だ。思わずカメラを向けてしまった。 草花も素朴な佇まい。 枯れ木や標識などに、瓶やポットを飾るのがホロック風? 多肉の飾り方がユニーク。並べられているのは、サルの腰掛けだろうか? ホロック村はとても可愛らしい村だった。ただ、一日かけるのならブタペストに留まり、もう少し深く観光してもよかったかもしれない。海外旅行の日程を決めるのは、楽しいながら難しいものだ。 レドニツェ城の広大な庭園 4日目はブタペストを離れ、途中、レドニツェ城で庭園散策。 レドニツェ城と、ヴァルチツェ城で283㎢という広大な面積だそうで、東京23区の中でも大きい世田谷区が58㎢ほどだから、その5倍近くだ。如何に広大なのかが分かる。 このレドニツェ宮殿はリヒテンシュタイン家の夏の別荘として使われていたという。なんともスケールの大きな話だ。何しろ庭が広く、どこまでが全敷地なのだか分からない。 庭園は主にフランス式だ。季節的に花は少なかったが、きっと1カ月後に訪れたら素敵な花壇を見ることができると思う。 そして庭園の片隅には温室も! まさか、中欧の旅で温室に巡り合えるとは思わなかった。 真冬並の寒さの中で、熱帯の花メディニラ・マグニフィカがとても美しく感じられた。 温室の中では、可愛いミッキーマウスツリーとも出合うことができ、ちょっとホッとしたひと時であった。 意外なものと出合うと、やはり印象に残る。桐ダンスに使うキリの木が、こんな所に! 遠い異国で思いがけない植物との再会があるのも、旅の楽しみの一つだ。 あっという間に、前半の4日間が過ぎた。 次回は続きの旅で出合った植物のある風景を紹介しようと思う。お楽しみに! ⚫︎中欧5カ国を旅して出合った植物のある風景 後編
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イギリス

フラワーショーで見比べる植栽デザインのワザ【世界のガーデンを探る22】
フラワーショー特有の植栽とは これまで、イタリアやフランスなど、各国で実際につくられた歴史ある庭の特徴や植栽方法について話してきました。今回は視点を変えて、現代のフラワーショーにおける植物の植え方について解説したいと思います。この記事では、実際に僕が参加したチェルシーフラワーショーと、ハンプトンコートフラワーショーで見たショーガーデンを中心にご紹介します。 フラワーショーでの花の使い方は、全くといっていいほど制限がなく自由なので、植物材料、配置、配色、組み合わせなど、デザイナーの理想とする空間をつくり上げることができます。とはいえ、あくまでも常識の範囲内です。例えば、サボテンとミズバショウを一緒に植えるというようなことは、審査の段階でマイナスになることが十分考えられるので、あくまでも植物を扱う者としての知識と経験によって組み合わせを考えることになります。ただ、チェルシーフラワーショーなどが開催されるイギリスと日本では気象条件がかなり異なるため、イギリスでの庭づくりは、イギリスにおいての常識の範囲内で行うことになります。例えば、陽射しの柔らかなイギリスでは、ギボウシやアオキなどは日向でも日焼けすることはないので、日向の植物として扱えます。 以下に、ガーデンショーでディスプレイされた、いくつかの庭を取り上げます。 ガーデンショーでの植栽例 非現実的なベッドのあるデザイン ハンプトンコートパレスフラワーショーで制作された、2006年のガーデンです。赤を基調にしたフォーマルスタイルの庭で、植物は、手前からヒューケラ、ゲラニウム、ヘメロカリス、リアトリス、バラ、アスチルベなどが、天蓋付きのベッドへと視線を導いています。実生活ではあり得ない空間をつくり出していますが、そこはフラワーショー。自由なデザインが許されています。芝や明るい緑色の葉が補色関係になって、きれいに赤を引き立てています。 紫を基調にしたシックな庭 オープンなオフィスのイメージでしょうか。コンテンポラリーな椅子とあいまって、ちょっと狭い感じもしますが、モダンで素敵な空間ですね。この植栽は、僕も手伝ってデザイナーと一緒に制作を楽しみました。ルピナスや真っ白なジギタリスで縦の動きを強調しつつ、ヒューケラ、セージ、エリンジウムなどでカーペットをつくりました。個人的にはとても気に入った庭ですが、女性の方にはちょっと渋すぎるかもしれませんね。 白いウォールに囲われたガーデン 同じ紫の庭でも、こちらは白のウォールを取り巻くように、いろいろな花が植えられています。ストエカス系のラベンダーを中心に、オダマキやユウゼンギク、ニコチアナなどが植えられ、それに斑入りの植物をうまく混ぜて、優しい雰囲気の植栽になっています。ここでも前回解説した、ガートルード・ジーキル女史のパッチ状にグループで植える手法が生きています。ただ、中心のベンチの存在感が、今ひとつ薄いようです。例えば、優しい紫とかオレンジとか、何かアクセントになるカラーに椅子を着色しても印象がずいぶん変わると想像できます。 明るく開放的な空間づくり これは先ほどのガーデンとは対照的に、明るくて色とりどりの花で彩られた開放的な空間です。赤いダリアやセンニチコウ、ルドベキア、黄花のヘメロカリス、それにユリやデージーの白が混じり、そこにオーナメンタルグラスや三尺バーベナを加えて、さらにボリュームと深みを演出しています。構造物は、明るい木造を基調に、濃いこげ茶色の椅子と真四角な白いポットをシンメトリーに配置し、葉が枝垂れるアガパンサスがカジュアルな雰囲気を出しています。 アイキャッチを効果的に使った庭 いかにも男性デザイナーのつくった庭、という雰囲気のガーデンです。手前にリズミカルに丸い花を咲かせるアリウムを植え、その白い花と淡いブルーのアイリスが、見る人を庭の中に招き入れています。中央の円い池を囲むように多くのシルバーリーフの植物を混ぜ合わせ、その間に明るいオレンジのポピーが咲いて視線を自然に中へと誘っています。奥のほうにはアーティチョークや白花のアイリス、それらを引き立たせるためのバックドロップとしてベニシダレモミジを植えています。抑えた色の木の塀に緑と白のピジョンハウスらしきものと、レンガのステップが落ち着いた雰囲気をつくっています。もしオレンジのポピーを手前に持ってきていたら、その鮮やかさゆえに視線がそこに集中してしまい、庭全体が薄っぺらになっていたことでしょう。アイキャッチの植物は、あくまでも少なめに、奥のほうに配置することが大事です。 イギリスで馴染みがない植物にも挑戦した庭 こちらもチェルシーフラワーショーに登場した2004年のショーガーデンです。池の向こうには、オープンテラスのようなウッドデッキ風の渡橋があり、その先には素敵な赤いチェンバー(部屋)がチラリと見えています。 手前の植栽はマルチステム(株立ち)のサルスベリを中心に、最近イギリスでもかろうじて越冬できるようになった木性シダ。海老茶色のグラウンドカバーは、銅葉のシソとニューサイランで、その間に赤いヘメロカリスとオレンジ花のマリーゴールド、アリウムやリアトリス。そしてもっと奥にはバショウの大きな葉が見えています。イギリスでは馴染みの少ない植物ばかりで、ちょっとエキゾチックな雰囲気が漂っています。我々日本人にとっては、それほど珍しい植物ではないのですが、チェルシーでは新しい植栽だと思います。 こうした新しい植物や使い方のアイデアを来訪者に見ていただくことにより、そのアイデアを持ち帰って自分の庭に生かしてもらえるよう啓蒙することも、フラワーショーの大事な役割の一つです。 二宮式植栽法で手掛けたガーデン 写真の庭は、イギリスの友人であるジュリアン・ダール氏がデザインした「チェルシーホスピタルガーデン」です。2005年のチェルシーフラワーショーで初めて三冠に輝いた庭として有名になりました。三冠とは、ベストガーデン、ゴールドメダル、そして人気投票で一番のピープルズチョイスに選ばれた庭のことをいいます。この庭の植栽は、すべて僕が担当しました。 写真右は、庭の中にある小さな池の周りで、自然を感じさせる植栽を再現しました。もちろん、ここはショーの期間のために制作するので、「ナチュラル」を再現する努力とテクニックが必要です。日本風(二宮式)とでもいうか、自然な雰囲気を出すように心がけたことを思い出します。 写真左は、まるでおとぎ国のような茅葺きのコテージの植栽です。デルフィニウムのはっきりとした直線とつるバラの幹の曲線。そこにオレンジ色の2色咲きのオダマキと足元のピンクのフウロソウが全体にうまく溶け込んでいます。手前のバケツは手動式の消化ポンプです。これも、この庭が1950年頃のイギリスの田舎の風景であることを感じさせるコーディネイトです。 また写真右は、日本のクリンソウです。赤い花の奥に少し黄色のクリンソウを入れたことで、ずっと奥行き感が出せました。ここは一度他の植え方をしていたのですが、しっくりこなかったので、急遽、翌朝すべて植え替えたという、自分にとっても印象深いシーンです。 植栽を担当した「ヨークシャーガーデン」もゴールドメダルを受賞した庭です。デザイナーのジュリアン(Julian Dowle)氏の図面には、植栽は具体的にあまり書かれていませんでしたので、集められた植物材料を見ながら、自然風の植栽風景をつくることを意識しながら、即興で配置と配色を決めていきました。このような自然風な混植植栽は当時のイギリスでは新鮮だったのか、何人かのデザイナーから翌年の植栽のオファーがありました。 「ヨークシャーガーデン」の水辺の植栽です。黄色い花はプリムラやラナンキュラス、ピンクはシレネ、それにブルーのワスレナグサを入れました。このような植栽をしてしまうと、手直しに庭に入ることもままなりませんので、ゆっくり後ずさりしながら完成させていきます。ピンクのシレネはとても使いやすく、固くなりがちな植栽を優しく混ぜ合わせてくれますので、個人的にはとても好きな植物です。 チェルシーフラワーショーの思い出 海外のフラワーショーでは賞金のようなものはなく、写真のような賞状を一枚いただくことができる名誉賞です。また、チェルシーフラワーショーのゴールドメダルは、日本語では金賞と訳しますが、1位を表すのではなく、「いい庭」を意味し、多くの場合、審査の結果で複数の庭が受賞します。ただし、ベストガーデンは一つだけ。受賞する庭がない年もあるようです。 フラワーショーでは、審査時にベストな状態に持っていかなくてはならないので、開花時期の調整はもちろん、健全な材料を使うことが大事です。多くの花が数日の命ですので、海外のフラワーショーの開催期間も長くて1週間程度です。期間が長くなると花が終わってしまったり、変色してしまうため、デザイナーの意図していた配色ではなくなってしまいます。日本ではせっかくつくったのだからと、もう少し長く展示されることが多いのですが、デザイナー側から考えると、自分が思い描いた植物の配置や配色は1週間が限度だと思います。ちなみにチェルシーフラワーショーの大庭園部門では、最低でも数百万から1千万円、多くの庭は2千万円ぐらいの予算が必要となりますので、簡単に参加するという訳にはいきません。 チェルシーフラワーショーでは毎年審査が行われ、審査結果が発表される前に、ロイヤル・ビジットといって王室の方々やエリザベス女王陛下がお見えになります。写真の後方に写っているのは、僕が初めて1995年にチェルシーでつくった「ホンダティーガーデン」です。メインの大庭園部門で、日本人として初めてゴールドメダルを受賞した思い出の庭です。その後も女王陛下とは幾度か庭の話をさせていただきました。英語には日本語のような敬語がないので、普通に両国の庭のことや僕がつくった庭のことなどをお話しすることができました。




















