イングリッシュガーデン旅案内【英国】バラエティーに富んだテーマガーデンをめぐる「コンプトン・エーカーズ」

庭好き、花好きが憧れる、海外ガーデンの旅先をご案内する現地取材シリーズ。今回旅したのは、いわゆるイングリッシュガーデンとは少し異なる雰囲気の、さまざまなスタイルの庭が見られる「コンプトン・エーカーズ」です。周遊ルートに沿って歩くと、いろんな庭が次から次へと現れて、探検するような楽しさがあります。中でも、エリカのピンクの花に染められた庭は必見。英国のガーデンカルチャーの奥深さを感じさせてくれます。
目次
庭づくりの夢を実現した実業家

イギリス南部のドーセット州にある「コンプトン・エーカーズ」の庭は、1920年代に、トーマス・シンプソンという地元の実業家によってつくられました。シンプソンの夢は、植物への興味を追求しながら、訪れた海外の国々を思い出す庭を、自らデザインしてつくるというもの。彼は、庭師と二人三脚でその夢を実現し、独特なデザインによる自慢の庭を一般に公開しました。
第二次世界大戦後は所有者が何度か変わり、庭園も戦争で荒れましたが、再び美しく復元されました。現在は、おしゃれなカフェやショップが併設され、結婚式場としても使われています。

訪れたのは、まだ肌寒い4月。庭めぐりの最初、入口の花壇で、淡い黄色のプリムラが出迎えてくれました。プリムラはイギリスの春を告げる花。絵本『のばらの村のものがたり』に描かれているのと同じ愛らしい花姿を目にして、なんだか嬉しくなります。
3つのイタリア風庭園

さて、庭めぐりは、円形の小さな「ローマン・コートヤード・ガーデン」から始まります。中心に据えられたロマネスク様式の小さな噴水を、ツゲの低い生け垣が丸く囲む、シンプルで静かな庭です。奥のアイアンロートの扉の向こうは、「グロット」と呼ばれる、洞窟を模した構造物になっていて、次の庭へとつながるトンネルのようになっています。グロットの暗がりを抜けると…

広々とした整形式庭園、「グランド・イタリアン・ガーデン」に出ました。グランドと銘打っているだけあって、壮麗な雰囲気。中央に運河のような細長い池が伸びています。

奥の、フォーカルポイントとなるドーム状のテンプルには、豊穣と酒の神バッカスの石像が立っていて、エレガントな雰囲気です。十字架形の池の中心には噴水が据えられ、スイレンも浮かびます。
池の脇に並ぶのは、端整に刈り込まれたセイヨウイチイのトピアリー。その後ろには、クレマチスの絡まる花綱が渡された石柱が並んでいます。夏になれば花綱からクレマチスが美しく垂れ下がり、涼しげな水音も響いて、ずいぶん印象の違う庭になるのでしょう。

「イタリアン・ヴィラ」と呼ばれる後ろの建物は結婚式場として使われていて、訪れた時も披露宴が行われていました(ウェディングケーキが見えています)。イギリスでは結婚式のできる観光ガーデンも多いのですが、花々に囲まれた美しい庭で挙げる結婚式は、きっと思い出深いものになりますね。

整形式庭園に色彩を添える花壇の植栽は、季節ごとに変えられるそうです。この時は背の低いプリムラやデイジーの間から、いろいろな姿のチューリップが花首を伸ばす、明るい色調の植栽。花の合わせ方が、日本とはまた感覚が違っていて面白いですね。

歩を進めると、隣には「パーム・コート」と呼ばれる、大小のシュロをセンターピースに据えた整形式庭園がありました。中央に伸びる花壇が、先ほどの細長い池と呼応するようなデザインです。背の高いシュロと、低いチャボトウジュロの植わる南国風の植栽は、英国の中でも温暖なこの地方だから可能なものです。株元に色を添える花々の植栽は季節によって変わり、夏には真っ赤な花が使われることも。情熱的な赤がアクセントに入ると、ずいぶん雰囲気が変わるでしょう。
それにしても、シュロを使った整形式庭園というのは、初めて目にしました。
自然を楽しむウディッド・バレー

周遊ルートの小道を進んでいくと、次は整形式庭園とは対照的な、自然の森を散歩するような「森の谷(ウディッド・バレー)」がありました。ウッドランド・ガーデンとは、ありのままの自然のような植栽を楽しむ庭のことで、この谷はそのスタイルでデザインされています。すべて意図的に植栽されているのですが、人為的なものを極力感じさせず、森のように見せるところがミソ。

ヨーロッパアカマツに守られて、セイヨウシャクナゲやツバキ、日陰を好む植物が植えられています。うねうねと曲がりながら小道が続く谷は、春はセイヨウシャクナゲのカラフルな花に彩られます。

谷には小さな滝があって、小川が流れ、小さな池もあります。樹木の天蓋が途切れ、陽光が差し込む開けた場所では、紫のフリチラリアや淡い黄色のプリムラ、ラッパスイセンなどが咲いて、春の野原のような植栽です。ガーデン写真で何度も目にしてきたフリチラリアを、実際に目にすることができて、感動のひととき。
森の谷の端には、子どもの遊び場のエリアと、小動物や蝶、昆虫、野鳥といった野生生物に良い環境を与えることを目的とした、ワイルドライフ・サンクチュアリもあります。私が訪ねた時も、英国で人気の小鳥、ロビンがちょうど遊びに来ていました。
野趣に富むロック&ウォーター・ガーデン

さて、次は何が待っているだろうか、と歩を進めると、今度は岩と水の庭がありました。高低差のある岩場に高山性の植物を植えるロックガーデンは、19世紀後半に流行したスタイルです。この庭をつくるのに、他所からたくさんの岩が運び込まれたそうです。

英国で最大規模のロックガーデンと考えられていて、アルカリ性の灰色の石灰岩のエリアと、酸性の赤い砂岩のエリアに分かれています。

庭のところどころに、岩を組んだ小さな滝や、洞窟風の構造があって、中央の池に水が流れ込むようなデザインに。


ここには、スギやブナなどの樹木から、カエデやサクラ、セイヨウネズなど、300種を超える植物が植えられているとか。シンプソンはきっと、この庭で植物蒐集を楽しんだのでしょう。

周遊ルートにある、ひと休みできるカフェの前には、カラフルな植栽の花壇がありました。

チューリップやプリムラ、アネモネ、ワスレナグサなどの春の草花で、楽しいマルチカラーの植栽に。
ピンクに染まるエリカの谷

さて、次はどんな庭が待っているだろうと、小道を下っていくと…、現れたのはエリカの谷、「ヘザー・ガーデン」です。春の花盛りを迎えたエリカに埋め尽くされた景色に、思わず胸がときめきます。南西を向いた斜面はかなり斜度がありますが、斜面をうまく活用すると、こんなドラマチックな景色を生み出せるのか、と感心。シンプソンの頃には、「砂漠の庭(デザート・ガーデン)」だったそうですが、オーナーが変わった1950年代にヘザー・ガーデンとなりました。

日本だったら、さしずめ、エリカの代わりにツツジが植わって、ツツジ園となっているような形態の庭でしょうか。エミリー・ブロンテの小説『嵐が丘』にある通り、エリカは荒れ野に咲くイメージで、どちらかというと地味な存在。こんな素敵な庭景色をつくる素材になるとは知らず、新しい発見です。

調べてみると、ヘザー・ガーデンというカテゴリーの庭は意外と存在するようで、英国王立園芸協会の庭園、「ハーロウ・カー」にも、このような色とりどりのエリカが集められたコーナーがあります。日本でも、札幌の「百合が原公園」にヘザー・ガーデンがあるようです。ヨーロッパ原産のエリカは高温多湿の環境が苦手なので、冷涼な夏の札幌ならではの庭といえるでしょう。それにしても、コンプトン・エーカーズほどの広さを持つヘザー・ガーデンは珍しいようです。

一度下った谷を再び登っていくと、男女の銅像が置かれた石敷きのテラスに出ました。銅像は、詩人と百姓を表したものだそうですが、身分違いの恋を想像させるようなシーンなのでしょうか。ロマンチックな雰囲気のガーデン・オーナメントは個人的にあまり好みではないのですが、楚々としたエリカに囲まれた2つの銅像は、なかなか素敵です。


エリカの谷には、アクセントとして、つやつやした明るい黄緑の葉を持つ灌木や、レモン色の花を咲かせるアカシア・プラビッシマ、同じく黄色い花を咲かせるソフォラ・ミクロフィラ‘サン・キング’などの潅木が植わっています。エリカの紫やピンクの花色に、反対色となる黄や黄緑が映えて、互いを引き立て合う関係です。大きな常緑の樹木などもあって、高さにも変化を持たせた植栽となっていました。
静けさただよう日本庭園

周遊ルートを歩いていくと、今度は黄金色の竹がそびえるエリアに出ました。足元に咲くのは白いラッパスイセン。それぞれに馴染みのある植物ですが、この組み合わせはなかなか目にすることがないような。

アジアンな雰囲気になってきたぞ…と思ったら、日本庭園がありました。茅吹き屋根の門から入ります。


ちょうどツツジやシャクナゲが咲き始める頃合いでした。石灯籠もあって、なかなか立派な日本庭園です。英国ではいくつか有名な日本庭園がありますが、この庭がつくられた1920年代には、本格的なものはそう多くありませんでした。シンプソンは、ヨーロッパでも数少ない「本格的な日本庭園」を名乗るために、設計も造園も日本の業者に依頼し、東屋や石塔、石灯篭などは日本から輸入したそうです。

シャクナゲやツバキなどの植栽の間から飛び石のある池が覗く、絵になる景色。奥の滝からは水が流れ込んでいます。日本にいるようなホッとした気分になりますが、かつて日本を訪れたであろうシンプソンも、きっと異世界のようなこの庭を楽しんだのでしょう。

八重桜とモミジの取り合わせ。池には鯉も泳いでいます。近年、盆栽とともに、日本庭園が再び人気となり、英国では1993年に「ジャパン・ガーデン・ソサエティ」が誕生、2011年には慈善団体として登録されています。今後、海外から日本への観光客が増えるにしたがって、日本庭園の海外進出も一層進みそうですね。
コンプトン・エーカーズでは、いわゆるイングリッシュガーデンとは少し異なる雰囲気の、さまざまなスタイルの庭を見ることができました。英国のガーデンカルチャーは本当に奥深いものですね。

併せて読みたい
・ロンドンの公園歩き 春のケンジントン・ガーデンズ編
・イギリス流の見せ方いろいろ! みんな大好き、チューリップで春を楽しもう
・一年中センスがよい小さな庭をつくろう! 英国で見つけた7つの庭のアイデア
Information
Compton Acres〈コンプトン・エーカーズ〉
164 Canford Cliffs Road, Poole, Dorset BH13 7ES
https://www.comptonacres.co.uk/
ロンドンからは、車で2時間ほど(約110マイル)。電車の場合は、ロンドン・ウォータールー駅からボーンマス駅(Bournemouth)まで1時間50分ほど。駅から庭園まではタクシーで約15分(5マイル弱)。
開園は通年(12/25、12/26、1/1は除く)。開園日時は、イースターのグッド・フライデーの祝日(復活祭の聖金曜日、2019年は4/19(金))~10/31は、10:00~18:00(最終入場17:00)。11/1~グッド・フライデーの祝日(2020年は4/10)は、10:00~16:00(最終入場15:00)。入園料は£8.45。
*2019年4月現在の情報です。
Credit
写真&文 / 萩尾昌美

はぎお・まさみ/ガーデン及びガーデニングを専門分野に、英日翻訳と執筆に携わる。世界の庭情報をお届けすべく、日々勉強中。20代の頃、ロンドンで働き、暮らすうちに、英国の田舎と庭めぐり、お茶の時間をこよなく愛するように。早稲田大学第一文学部卒。神奈川生まれ、2児の母。
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