イングリッシュガーデン旅案内【英国】 ピート・アウドルフ作のメドウガーデンを訪ねる「ハウザー&ワース・サマセット」
庭好き、花好きが憧れる、海外ガーデンの旅先をご案内する現地取材シリーズ。英国サマセット州のハウザー&ワース・サマセットは、美しい田園風景の中にある先駆的なアートギャラリー。その裏手には、世界で活躍するランドスケープ・デザイナー、ピート・アウドルフ氏の手による多年草のメドウが広がっています。四季を通じて美しいという、注目の庭を訪ねます。
目次
時代の先端を行くアートセンター
ハウザー&ワースは、本店となるチューリッヒをはじめ、香港、ロンドン、ニューヨークなど、世界の9カ所に拠点を持つ、現代アートのギャラリーです。このハウザー&ワース・サマセットは、2014年に、サマセット州ブルートンの町外れにあるダースレイド農場の中に開設されました。エッジの利いた現代アートの展示が行われる一方で、環境保護やサステナビリティ、教育などのテーマに着目した、多目的のアートセンターとしても機能し、さまざまなセミナーやワークショップが行われています。
ここでのお目当ては、ギャラリーの後ろに広がるメドウ「アウドルフ・フィールド」です。デザインは、オランダ出身の世界的ランドスケープ・デザイナー、ピート・アウドルフ。彼は敷地全体の景観スキームも手掛けています。近年、彼を追った記録映画『FIVE SEASONS ガーデン・オブ・ピート・アウドルフ』が公開され、日本でも話題となっていますが、映画にはこのメドウの設計シーンも登場します。早速、行ってみましょう。
広い駐車場からエントランスに向かうと、まず、鉛の塊のような巨大な像が現れました。「アップル・ツリー・ボーイ・アップル・ツリー・ガール」という、アルミニウム製の彫像作品。子どもみたいな像は、ユーモラスなような、ちょっと怖いような印象です。園内には、こんな屋外展示がいくつかあります。
ギャラリーの入り口は、写真右手の建物にあります。これらの古い石造りの建物は、何十年も打ち捨てられてボロボロになっていた農場の建物でしたが、パリの建築事務所によって修復や改修が行われ、回廊式のモダンなギャラリーやレストラン、宿泊用の貸し別荘に変身しました。これらの建物は、2015年のRIBAサウス・ウェスト・アワードをはじめ、建築界のいくつかの賞を受賞しています。
エントランスからギャラリーのショップを抜けて、建物の奥に向かうと、庭に通じるガラス戸がありました。外に出てみましょう。
1.5エーカーの広さを持つ、宿根草を使ったメドウガーデン「アウドルフ・フィールド」が目の前に広がります。幅広い散策路が斜面を上り、ずっと向こうの白い建物まで続いているようです。あいにくの雨ですが、傘をさしつつ観賞スタート。緩やかにカーブする道を上っていきます。
少し行くと池があって、その水面に雨粒の波紋が広がっていました。睡蓮の浮かぶ池は、周辺の木々の緑を映しています。
アウドルフの代表作の一つに、ニューヨーク・マンハッタンの、廃線となった高架鉄道跡を空中庭園に変えた「ハイライン」のプロジェクトがあります。ハウザー&ワースのニューヨークのギャラリーはちょうどハイラインの通っている場所にあって、ハウザー&ワースの経営者であるイワン・ワースは、アウドルフのつくったこの公園が大好きだったそう。その後、縁あって知り合ったのだとか。
振り返ってみると、池越しにギャラリーのモダンな柱廊が見えます。
先ほどの角度から見た池は、池の縁と小道との境目がくっきりと見えましたが、こちら側は、池と地面との境目があいまいになっています。なだらかな斜面の低い所にできた、大きな水溜まりのように見えます。
さらに斜面を上っていくと、今度は道幅がぐっと広がりました。緑の小島のような、芝の小さな丘が飛び石のように配置されていて、道だけれども広場のようでもあり、面白い景色です。緑の小島の間を縫って、先に進みます。
中央の道は砂利敷きですが、左右に枝分かれする小道には芝生が生えています。この芝生の緑が背景幕となり、植栽エリアの花々は浮き上がっているように見えます。
まゆ玉のような「ラディック・パビリオン」
両側に広がる植栽を眺めながら歩を進めていくと、敷地の一番奥、斜面の上に建つ、まゆ玉のような建物に到着しました。チリ人の建築家、スミルハン・ラディックによってデザインされたラディック・パビリオンです。マーブル模様の、台座のような大きな石の上に載った、丸みのある白い物体。中に入れるのでしょうか? 奥へ回り込むと、中に通じる階段がありました。
建物に入ってみると、宙に浮いたような、ドーナツ状の空間になっています。ところどころに大きく開いた窓があって、外の景色が切り取られて見えます。
この建物は、2014年に、ロンドンのケンジントン・ガーデンズ公園内にあるサーペンタイン・ギャラリーの、夏季限定パビリオンとして建てられたもので、その翌年にここに移設されました。サーペンタイン・ギャラリーでは、毎夏、建築家を選出して実験的な建築物を作り、それを仮設の休憩所として一般に開放します。そういう経緯のある建物だからか、とても個性的。これ自体がアート作品のようです。
まゆ玉のような建物を印象づけている黒い突起のような部分から外を覗いてみると、アウドルフの庭越しに、羊が草を食む草原が見えました。
グラスファイバーで作られた建物は宇宙船のよう。宙に浮いているような感覚で、一周、ぐるりと歩くことができます。ところどころに椅子が置いてあって、瞑想もできそうですね。
さて、パビリオンを出て、再び庭に戻りましょう。遠くに目をやると、日本とは違って電線や電柱のない、のんびりとした景色が広がっています。丘の上(写真右上)には、ブルートンの町のアイコンでもある、古い石造りの鳩小屋が見えます。
ガーデンの縁に当たる部分は、写真手前のように、モリニアやシモツケソウ、サラシナショウマといった、背の高い植物を使った、より強健な植栽がされています。メドウの全体は、この時期は少し色が少ないものの、アウドルフの意図した通り、大きなパレットのように見えます。
卓越した植物選び
さて、今度はどんな植物が植わっているのか、丹念に観察していきましょう。軽やかなグラス類の中に、ゲラニウムやサルビアなどの宿根草がグルーピングされているメドウです。隣り合う植物同士に、くっきりとした色や形、質感の対比があるので、手前にある植物が引き立って見えます。
緑の草葉の中で隠れんぼうしているみたいに、半ば埋もれるように銅葉のアクセントが覗いていたり、カンパニュラがめいっぱい花を咲かせていたり。あそこにいるあの子は、果たして顔なじみか、それとも初顔合わせのお相手か、目を凝らしてしまいます。また、この植物の隣にどうしてこの植物を合わせているのだろうかと、植栽の意図を探るため、頭を働かせました。
全体の植栽は、紫、ピンク、さび色、金色が、流れるような色彩となるよう計画されているそうですが、訪れたこの時期は、若く明るい緑と紫の花穂のカラーリングが、特に印象に残りました。
また、改めて、きれいだなぁと目にとまったのは、グラス類です。霧雨を受けてわずかに枝垂れ、雨粒がキラリと光るグラスの穂と、アリウムやエキナセア、エリンジウムなどのコラボレーションがおしゃれ。この一角だけならば、ベランダでも再現できるかしら? と刺激を受けました。
アウドルフは、美しいシードヘッド(頭状花)を持つ植物を効果的に使うことで定評があります。「植物の枯れた姿も好き」と言う彼は、立ち枯れた姿が素敵な植物をいくつも配して、四季を通じて興味深い庭をつくり上げました。
この庭を訪れたのは2019年の6月中旬でしたが、その時期には、ロンドン市内にあるキュー・ボタニックガーデンではアリウム・ギガンチウムが咲き終わっていました。しかし、ここの植物は、これからもっと成長していくようです。それぞれの株のボリュームが出て、花もどんどん咲く季節に向かっていました。
アウドルフはデザインする際、最初から頭の中に完成形の絵を浮かべていると言います。そして、それから、どの植物がそのヴィジョンを満たすものなのかを検討し、レイヤーごとにスケッチに起こしていくのだそうです。園芸家、そして、ナーセリーのオーナーとして長い間過ごしてきたアウドルフは、植物やその習性について深い知識を持っています。横に広がりすぎたり、こぼれ種で増えすぎたりして、全体図の均衡を壊しかねない植物は使わないように注意しているそう。選ぶのは、直立して大きくなりすぎない品種です。アウドルフが類まれなアーティストであると同時に、卓越した職人でもあることの分かるエピソードですね。
ガーデナー上野砂由紀さんが解説
同行した北海道のガーデナー、上野砂由紀さんが、この庭を解説してくれました。
「夏にもちろん素敵なこの庭は、秋になると、さらに美しさを増すよう緻密に計算された植栽だということが、実際の庭を見ると分かります。例えば、秋になるとグラスの穂が霞のように広がり、その間にエキナセアなどの、あえて残されたシードヘッドがポツポツと浮いて、点描画のように美しく見えます」
「敷地の両サイドには、迫力ある大型のフィリペンデュラやベロニカストラムが多く植えられていました。さらに秋に盛りとなるようにタリクトラムやユーパトリウム、キミキフガ、アスター類が植栽されていて、秋の特別な美しさが想像できました。それから、秋に大きくなりすぎて倒れてしまわないように、草丈を3分の1くらいに刈り込む作業もされていました。また、彼は自立しない植物はセレクトしないという考え方も、ガーデンから見て取れました。乾燥に強い植物もうまく使われていたと思います。一見シンプルな庭ですが、そこには彼の深い考えに裏打ちされたデザインがあると感じました。秋は、きっと全く違う世界になることでしょう」
モダンな柱廊と中庭
ギャラリーの建物は、洋書や雑貨が並ぶショップや、現代アートが展示されている小部屋がいくつもつながって、回廊のようになっています。
その回廊に囲まれた中庭も素敵な植栽で、くつろげる場所でした。鮮やかな緑のオータムン・ムア・グラスなど、グラス類を多用しています。ところどころに暗い葉色や花色の多年草があって、アクセントに。古い家屋を使ったレストランの屋根の色ともマッチしています。
中庭は、空間を共有する彫像の価値を損ねないように、植物の草丈を低くして、植栽をシンプルにまとめているとのこと。空間全体を考えて設計されていることが分かります。
キッチンガーデンにも注目
併設するレストラン「ロス・バー&グリル」では、ダースレイド農場の食材をはじめ、地元の新鮮な食材を使った料理が楽しめます。サラダやスープのワンプレートランチや、ハンバーガーのセットなどがあって、ランチにおすすめ。
レストランの建物沿いには、おしゃれなキッチンガーデンがあって、レストランやバーで使う野菜やハーブ、エディブルフラワーが育てられています。キッチンガーデンは、レストランやギャラリーの建物とこの土地を繋ぎ、馴染ませる役割も果たしています。腰高のレイズドベッドになっている植栽升の中には、カモミール、コーンフラワー、ボリジ、エキナセアといった花々が咲き、キャベツやスイートピーなども育っています。
この区画はNo-dig gardening(ノー・ディグ・ガーデニング)の手法で栽培されています。ノー・ディグとは、つまり、耕さないということ。有機栽培の流れを受けて、近年英国で注目されつつある栽培方法です。この植栽升では、土の上に、よく腐熟した肥やしとマッシュルーム・コンポストがそれぞれ厚い層となって重ねられています。人が耕すことはしませんが、虫や微生物の力のおかげで、自然が自ら土を耕す力を得るようになり、空気の通り道ができます。その結果、作物の収穫量がぐんと増えるのだそうです。ここに育つ野菜や花の健やかな姿を目にすると、ノー・ディグ栽培法に興味が湧いてきますね。
時代の先端を行く現代アートと、自然回帰のようなガーデニング法。一見、相反しているようですが、このガーデニング法やアウドルフのメドウデザインには、環境保護やサステナビリティという、最先端のテーマへの取り組みが含まれています。ハウザー&ワース・サマセットは、今後の発展が楽しみなコンテンポラリー・ガーデンでした。
Information
ハウザー&ワース・サマセット Hauser & Wirth Somerset
Durslade Farm, Dropping Lane, Bruton, Somerset BA10 0NL, U.K.
開館時間は、3~10月は10:00~17:00、11~2月は10:00~16:00。月曜休館(バンクホリデーを除く)。入場無料。
https://www.hauserwirth.com/
Credit
写真&文 / 3and garden
スリー・アンド・ガーデン/ガーデニングに精通した女性編集者で構成する編集プロダクション。ガーデニング・植物そのものの魅力に加え、女性ならではの視点で花・緑に関連するあらゆる暮らしの楽しみを取材し紹介。「3and garden」の3は植物が健やかに育つために必要な「光」「水」「土」。
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