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イングリッシュガーデン旅案内【英国】ジーキル女史のデザインがよみがえった「マナーハウス、アプトン・…
現代の庭デザインに影響を与えたジーキル女史 ガートルード・ジーキル女史(1843-1932)は、英国の女性ガーデンデザイナーの先駆けとして、19世紀の終わりから20世紀前半にかけて活躍しました。もともとは優れた画家であり、工芸家でしたが、40代後半に目を悪くして細かい仕事ができなくなったことから、大好きだった庭の世界に転向し、ガーデンデザインに力を注ぐようになります。そして、生涯で400もの庭をデザインしました。特に、建築家のエドウィン・ラッチェンスと共同で行った設計は、傑作として知られています。 ジーキルは、昔から田舎家にあった、庶民の素朴な「コテージガーデン」を、より洗練されたガーデンスタイルに進化させました。そして、優れた画家ならではのセンスで、それまでになかった色彩豊かな花々の植栽を生み出し、英国の富裕層のガーデンシーンに変化をもたらしました。バラや宿根草の花々に溢れた、いわゆる「イングリッシュガーデン」のイメージは、ジーキルのデザインから発展してきたものといえるでしょう。 ジーキルは優れた書き手でもあって、ガーデンデザインについて記した著書や、寄稿記事が多く残されています。デザイン画も残っていますが、しかし、そのデザインが生きた庭の形で現存しているものは、数えるほどしかありません。 現在、ジーキルのオリジナルデザインが復元され、かつ、一般公開されている庭としては、ヘスタークーム・ハウスと、彼女の自宅だったムンステッド・ウッド、そして、今回訪れたアプトン・グレイ村のマナーハウスなどがあります。中でも、このマナーハウスの庭は、ジーキルのオリジナルデザインが忠実に再現されたものとして、彼女の世界観を体感することのできる、数少ない場所となっています。 復元への長い道のり 現在のオーナー、ウォリンガー夫妻がこのマナーハウスに移り住んだのは、1984年のことでした。当時は屋敷も庭も荒れ果てた状態で、夫妻はここにジーキルがデザインした庭があることも知りませんでした。しかし、ジャングルのように植物が茂る庭に埋もれていた構造物の基礎を発見したことから、庭について調べ始め、ジーキルのことを知ります。そして、カリフォルニア大学バークレー校に残されていた、この庭の設計図を探し出し、手に入れたのでした。 幸運なことに、ジーキルの設計した構造物の基礎は、茂みの中にそのままの形で残されていました。庭は荒れていたものの、プールやテニス用のハードコートといった構造物が新しく作られることはなく、オリジナルの構造が壊されずに済んだのです。 ウォリンガー夫妻はガーデニングの知識をほとんど持っていなかったのですが、庭の復元に心惹かれ、ジーキルのデザインを忠実に再現することを決意します。そして、設計図を手に入れると、すぐに行動を始めました。まず、オリジナルのデザイン図にない樹木や植物を取り除きました。ガーデンを囲むセイヨウイチイの生け垣を育てるための溝掘りを始め、土壌の改良にも取り組みました。そうして、ジーキルのデザインを蘇らせ、美しい庭をつくり上げていったのです。 ワイルドガーデンを抜けて屋敷へ では、マナーハウスの庭に通じる公道で車を降りて、4.5エーカー(約18,000平米)の広さのある庭に入っていきましょう。 どんな庭か、ワクワクしながら、屋敷の北西側に広がるワイルドガーデンを抜けていくと、まず見えてきたのは池のあるエリアです。 白やピンクの睡蓮が咲く池の周りには、黄花のアイリスやクリーム色の花穂が伸びるバーバスカムがあって、向こう岸では、ふわふわと綿のように茂るアスチルベが爽やかな色彩を添えていました。水中にはカナダモやキンギョモが生えていて、トンボやカエルなど、野生生物の棲みかとなっているそうです。 ワイルドガーデンの小道は芝を刈って作ってあり、踏み心地が柔らかです。小道は緩やかに曲がって先が見えないので、次はどんな景色が広がっているのだろうと、期待が高まります。 このワイルドガーデンには、ワイルドフラワーやさまざまなバラが咲き、クルミの小さな林もありますが、これらの植栽はすべて、ジーキルの設計図から正確に復元されています。復元の精度を高めるために、庭を3×3mの格子状に仕切って、デザイン図に忠実に植栽し直したそうです。 開けた場所に出ると、目の前に、個性的なファサードを持つ屋敷が現れました。レンガ造りの門柱や塀の風合いに、長い時間の経過を感じます。 1908年、庭の設計をジーキルに依頼したのは、当時このマナーハウスを所有していた、チャールズ・ホームでした。彼はThe Studioという美術雑誌を立ち上げた編集者で、美術評論家であり、彼の雑誌はアールヌーボーやアーツ・アンド・クラフツ運動の発展に影響を与えました。 ホームが地所を購入したのは1902年のこと。屋敷は傷みがひどかったので、地元の建築家アーネスト・ニュートンに、古い部分を残しつつ改築するよう依頼しました。この屋敷には今も、16世紀頃に作られたオリジナルの屋根の梁や階段が保存されています。 さて、入り口に向かって緩やかに傾斜する半円形の草階段(これもジーキルによるデザイン)を下りて門をくぐり、左手の脇道から屋敷の向こう側へと向かいます。 屋敷の反対側に到着。乱張りの石畳のテラスでは、ピオニーが花盛りです。 パラソルを広げたテーブルには、たくさんのティーカップがスタンバイしていました。オーナーのロサムンド・ウォリンガーさんがマップつきの小冊子を皆に渡しながら、庭を復元したことを手短に話してくださいました。 「さあ、お庭を見てきて。私たちはお茶の準備をしておくわ」という彼女の言葉で、庭散策がスタート。石畳のテラスから、眼下に広がる庭に降りてみましょう。 屋敷前に広がるフォーマルガーデン 庭は白亜質の土壌を持つ斜面に作られていて、屋敷の南西側にある石畳のテラスから一段低くなったところに、メインとなるフォーマルガーデン(整形式庭園)が広がっています。手前に、花々の咲くローズ・ローン(バラの芝生)のエリアがあって、その奥のさらに下がった場所に、ボウリング用とテニス用という、2つの芝生のエリアがあります。 フォーマルガーデンは、ジーキルが好んでよく用いたという、セイヨウイチイの生け垣にぐるりと囲まれています。ジーキルはこの生け垣に、植物を守る壁としての役割と、花の色彩を際立たせる背景としての役割を持たせました。庭のレイアウトは、直線だけを使った、幾何学的なものになっています。 屋敷前のテラスから見えた景色をまずは確かめたくて、フォーマルガーデンの東側にある、ゆるやかな石畳の階段を降りていきました。左右の緑は、視線を遮るほど茂っています。日差しも遮られて、少しひんやりした空気を心地よく感じます。 ボウリングとテニス用の芝生 階段を降り切ると、広い芝生のスペースに到着しました。ボウリング・ローン(ボウリング用の芝生)です。左手には屋敷、右手にはテニス・ローン(テニス用の芝生)と呼ばれるテニスコートがあります。 そのテニス・ローンはこちら。芝生を囲むセイヨウイチイの生け垣は、背丈を越すほどの高さです。ガーデンの南の一辺、写真中央の奥に見える暗がりに、つるバラが覆うアーバー(あずまや)がありました。このアーバーは、バラが花盛りを迎える盛夏になると、一面の緑に白花が浮かび上がって、美しいフォーカル・ポイントになります。この時は、まだ花が少ないですね。 アーバーを覆っているのは、‘ポールズ・ヒマラヤン・ムスク’、‘アメリカン・ピラー’、‘キフツゲート’などのつるバラです。構造物の天井が見えないほどよく茂っていて、中のベンチに座ると空気がひんやりしていました。日も遮られ、テニス観戦にうってつけのベンチです。 アーバーから屋敷を見ると、屋敷、ローズ・ローン、ボウリング・ローンと階段状に下がっていて、テニス・ローンはそれからさらに低い位置にあることが分かります。 ローズ・ローンの縁に植わる草花が、数段下がったボウリング・ローンへと、こぼれ落ちるように茂っています。ボウリング・ローンから見ると、この高低差が「低い位置から花の姿を観賞する」という、珍しいシチュエーションを生み出しています。これはもしかしたら、ジーキルの意図したことなのかも? と、自分の発見に思わず嬉しくなる瞬間です。 ローズ・ローンのエリアは、自然石を積み重ねた石塀で囲まれているのですが、調べてみると、ジーキルはこれらの石塀が「垂直の花壇」となるようにデザインしたことが分かりました。石塀の、石と石の隙間には、こんなふうに植物が植え込まれています。これらの植物や、上から垂れ下がってきた植物によって、「垂直の花壇」が形作られているというわけです。 これはつまり、壁面緑化に似た発想。今でこそ、壁面緑化は一般的になっていますが、今から100年余りも前に、ジーキルがすでにその概念を形にしていたことに驚きます。 コテージガーデンスタイルの、ジーキルらしい宿根草花壇。花のない時期も構造的な面白みを持たせるため、ここではローズマリーやラベンダー、オレアレアなど、立体感のある植物を混ぜてあります。 では、石階段を上がって、上のローズ・ローンに行ってみましょう。上りながらも、階段のステップや、左右の何気ない植物の姿に目を引かれて、なかなか前に進めません。段差の小さな、ゆるやかな階段はジーキルの特徴的なデザインで、他の庭でも用いられています。 花々の競演にうっとり ローズ・ローン 屋敷前のテラスから見えていた、花々が咲き競うローズ・ローンのエリアに到着。ここも芝生が美しく手入れされています。みずみずしい緑に浮かび上がるように、パステルカラーのピオニーなどが花盛りです。 屋敷のちょうど中央の位置には、アーチ状のトンネルのようなパーゴラがあって、つるバラ、アリストロキア、ジャスミン、そして、秋に美しい紅葉を見せるバージニアヅタと、さまざまなつる性植物が伝っています。バリエーションに富んだ、長い期間花を楽しめる植栽です。 このパーゴラからは、先ほどいたテニス・ローンのつるバラのアーバーが正面に見え、2つの構造物は、呼応するように設置されています。 訪れた6月上旬は、ピオニーが花盛り。八重咲きのピオニーが無数に咲く豪華なシーンにうっとりします。 ピオニーの間には、咲き進んだバラとつぼみを膨らませたユリが。下草のラムズイヤーも銀色の花穂を伸ばしています。豪華な色と香りのコンビネーションを見せる、ジーキルの植栽デザインです。 ピオニーが囲む花壇の中央には、四角く自然石が囲む花壇がありました。中では、ユリがつぼみをつけ、銅色のカンナの葉が伸び始めています。バラとピオニーの季節が終わると、ユリの庭へとバトンタッチするのですね。では、次のエリアへ。 キッチンガーデンや果樹園へ 次は屋敷の西側を散策します。屋敷のすぐ近くにはガラスの温室がありました。 温室の裏手のデッドスペースになりがちな場所にもたくさんの草花が咲いていました。 仙人草のようなクレマチスが手前に白花を咲かせ、奥には、こぼれダネから育ったのか、デルフィニウムやジギタリスなどが混ざり咲いて、とってもナチュラル。 温室と並んで、さらに西側にコテージがあり、つるバラが満開。白花が明るい印象です。 コテージの前にはベンチが置かれ、そこに座ると、前方に鶏小屋の広いスペースが見えました。 フェンスに囲まれた中には、三角形の小屋がいくつも並んでいます。何家族が棲んでいるのでしょうか? 近づいてみると、お母さんの後ろについて歩く雛たちの様子が微笑ましい。 鶏小屋に隣接して、南方向に細長くキッチンガーデンが広がっていました。竹のオベリスクの足元には、若いスイートピーが育っています。ここでは、ハーブや野菜、フルーツなどを栽培。それから、フォーマルガーデンの植栽に差し替えが必要になった時のために、ガーデンで使っている植物の苗も育てているそうです。 丈高くデルフィニウムが伸び、ゲラニウムやカンパニュラなど、イングリッシュガーデンでお馴染みの初夏の宿根草がたっぷりと茂ります。間にネギの仲間のチャイブのような丸い花も覗いて、彩りを加えています。ラベンダーがそろそろ咲きそうで、アーティチョークも植わっていました。 広いキッチンガーデンを抜けると、リンゴの古木がランダムに並ぶ果樹園に出ました。足元の草がふわふわと茂ります。歩くスペースだけ刈り取って、小道を作っています。 苔むした古木に近づくと、ちゃんとリンゴが実って、膨らみ始めていました。 果樹園を一周すると、キッチンガーデンエリアと果樹園を区切る細い通路がありました。道の左右には、つるバラが絡まるガーランド(花綱飾り)があって、足元には紫のゲラニウムがたくさん咲いています。そして、セイヨウイチイの壁の奥へと進んでいくと、再びテニス・ローンに出ました。 キッチンガーデンも果樹園も、すべてがジーキルの設計図通りに忠実に復元されているそうです。ジーキルの時代に庭に生えていた植物で今も生き残っているものは、数えるほどしかなく、ワイルドガーデンにあるクルミの林と竹の茂み、ラッパズイセンだけです。しかし、ジーキルが用いた植物のほとんどは、現在の英国のナーセリーでも容易に見つかります。そのため、復元はさほど困難なく、正確に行うことができたそうです。 さあ、そろそろお茶が用意できたようです。屋敷前のテラスへ戻りましょう。 テラスのすぐそばにある、ゲストも自由に行き来できる部屋の中には、庭を復元する過程で撮られた写真や図版、植物のリストなどが掲示されていました。 庭の復元の過程は、オーナーのロサムンドさんの手によって、イギリスで書籍化されています(“Gertrude Jekyll's Lost Garden, The Restoration of an Edwardian Masterpiece” by Rosamund Wallinger)。敷地のすべてを当初の形に復元するには、相当のエネルギーと熱意が必要だったことでしょう。そして、その庭を今なお美しい姿で維持し続けているオーナー夫妻の苦労と志に感動する、ガーデン訪問でした。 併せて読みたい ・カメラマンが訪ねた感動の花の庭。イギリス以上にイギリスを感じる庭 山梨・神谷邸 ・現在のイングリッシュガーデンのイメージを作った庭「ヘスタークーム」【世界のガーデンを探る19】 ・イングリッシュガーデン旅案内【英国】 ベス・チャトー・ガーデン(1)乾燥に強い庭を実現
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イギリス式花の植え方【世界のガーデンを探る21】
イギリスの庭&花壇デザインのスタイルの源流とは 前回までは、イタリアやフランスなど、ヨーロッパ大陸の花の植え方を比較して解説してきましたが、今回は、ドーバー海峡を渡ったイギリスにおける花の植え方の話です。 イギリスの花の植え方に関して、圧倒的な影響力を今に与えているのは、以前に解説した、ガートルード・ジーキル(Gertrude Jekyll)女史です。彼女の植え方の特徴である「いろいろな植物を小さな区画ごとに植えていく手法」は、そのまま現代のイギリス庭園に取り入れられています。それは個人庭のみならず、チェルシーフラワーショーのようなショーガーデンの分野にまで色濃く影響しています。 イギリス式の宿根草ボーダーとは 写真は典型的なイギリス式の宿根草ボーダーの植栽です。植物を冬の寒い北風(ゲール)から守るために、2〜2.5mほどの高さのレンガのウォールで囲んだ空間に、ウォールの高さとほぼ同じ幅の植栽帯を設け、そこに3〜5列ほどの宿根草がパッチ状(品種ごとに数株集めてパッチワークのように配置すること)に植えられています。ジーキル女史は、自著の中で「ボーダーの幅とウォールの高さは同じがよい」と言っています。確かにウォールが高いと圧迫感があり、ボーダーの幅が広いと締まりがなく見えるような感じがします。 また彼女が始めたパッチ状の植物の植え方は、イギリスの多くの庭園のボーダー植栽に普遍的に見ることができます。多くは幅1〜2m、奥行0.5〜1mに、1種類の宿根草や低木などが植えられ、ボーダーの手前から草丈0.2〜0.5mのグラウンドカバー植物が、次に草丈0.3〜1.5m程度の宿根草が2〜3種類植えられ、そして一番奥のウォールに沿って、草丈1.2〜1.8m程度の宿根草や低木類が植えられていることが多いです。庭の一番奥には、視線を集めるアイストップとして、イギリス独特の色に塗られた規格外サイズの大きなベンチが置かれ、敷地全体の奥行きと安定感を演出しています。このようにベンチを置くことで、訪れる人を庭の一番奥まで誘う効果があります。 壁に向かってさまざまな植物がきれいなエレベーション(高低差)を作っています。一見、無秩序に混植されているようにも見えますが、以前ご紹介したフランスの花壇(写真下)ほどの混植ではなく、各種類がグループになるように植えられています。 イギリスの花壇では、葉の色やテクスチャーもとても大事にされていて、例えば、シルバーリーフのアーテイチョークやノコギリソウなどが、花の咲いていない時期でも存在感を発揮しています。さらには赤系のヒューケラ、スカビオーサ、エゾミソハギやブッドレア、ピンク花のゼラニウム、カンパニュラやカクトラノオやシモツケソウ、それにセージなどが植えられています。ちょっと茂りすぎているようにも感じられますが、ノコギリソウの黄花が引き締め役をうまく演じています。 イギリスの公園の花壇植栽 では、いくつかのイギリスのガーデンから花壇植栽の例を見ていきましょう。まずは「ハンプトンコート」の花壇です。こちらは、淡い黄花のマーガレットが一面に植わり、その間にカンナの赤い縞模様の葉が点々と飛び出て、白のマリーゴールドが花壇をぐるりと取り囲んでいます。イギリスの花壇のつくりかたは、前回ご紹介したフランスとはまったく違うテイストです。 淡いオレンジ色のルドベキアが全面に植えられ、花壇の中央付近にフランスでも使われていた銅葉のヒマが丈高くアクセントになっています。そして、その周囲を斑入りのセージが縁取っています。日本の花壇植栽に似ている部分もありますが、フランスの植え方に比べると、イギリスの花壇は立体感があります。 「ボーダー花壇」のバリエーション イギリスで時々見られる「赤のボーダー花壇」です。赤花が咲く植物と、赤系の葉が茂る植物を混ぜ合わせて植えています。中ほどの赤い葉はニューサイランです。その奥に銅葉のコルディリネ・オーストラリス‘アトロプルプレア’がポツンと立っています。赤い花は手前からバラ、ダリア、ヘメロカリスなどです。 ここでも、ヒューケラ、数種類のダリア、クロコスミア、奥にはカンナの赤い葉も見え隠れしています。そして、薄黄色のヘメロカリスが全体を引き締めています。黄色の単色は、自己主張が強すぎて、なかなかうまく他の植物の花の色と混じりにくいものですが、写真でご覧のように、淡い黄色ならば他の植物ともうまく調和します。 宿根草や低木の前に、主に一年草が植え込まれているボーダー花壇です。ここでもやはりジーキル女史の手法に則り、パッチワーク状にさまざまな植物が植えられています。園路と花壇の間に、きれいに生え揃った帯状の芝生の緑があることで、バラバラになってしまいそうな多様な花の彩りを引き締めています。 個性的なガーデンデザインとしてあまりにも有名な「シシング・ハースト」のホワイトガーデンです。アーティチョーク、シャスターデージー、フロックスなど、銀葉やホワイトリーフ、白い花が咲く植物だけが集められています。これらの多くの植物が、日本では馴染みの少ない背の高くなる宿根草や低木類で構成されています。 グリーンの鞠のような丸い花を咲かせるアナベルと、細長い花穂を丈高く伸ばすクガイソウ(ベロニカ)の仲間。丸と線を組み合わせるという、見事なまでのコンビネーション。 夏のボーダー花壇の様子です。写真のように、どの植物も生き生きと茂っている様子からも、この土地と気候に合った植物の選択ができる知識と経験、それに加えて愛情までも伝わってくるボーダー花壇です。エゴポディウム、ゲラニウム、スカビオサ、そのほかいろいろな灌木や宿根草などが所狭しと植えられています。ボーダーのボリュームに対して園路の芝生の幅が十分でないため、印象が少し重く感じられますが、この庭らしい雰囲気を醸し出しています。 オーナメントグラスを上手に取り入れた植栽例です。とかくオーナメントグラスを使うと「草原」のようになりがちですが、このガーデンではその印象がありません。それは、赤みがかったグラスの穂に対して、株元に植えている植物も赤系を取り入れているため。奥に見えるイチイのトピアリーが、見事なまでにきっちり刈り込まれていることから、訪れた人にステップを上がってさらに先のエリアへ向かいたいという期待感を持たせてくれます。 このようにイギリスの花壇植栽は、フランスやイタリアとは大きく異なっています。ジーキル女史登場以降、フランスから受け継いだフォーマルな庭園様式をイギリス人らしくアレンジし、一つの文化として創造したことは、イギリス人の高い文化意識の表れではないでしょうか? 次回は「チェルシーフラワーショウ」を中心に、現代のイギリス式植栽方法をご紹介したいと思います。 併せて読みたい ・英国の名園巡り メッセル家の愛した四季の庭「ナイマンズ」 ・英国の名園巡り、プランツマンの情熱が生んだ名園「ヒドコート」 ・ガーデナー憧れの地「シシングハースト・カースル・ガーデン」誕生の物語
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イングリッシュガーデン旅案内【英国】バラエティーに富んだテーマガーデンをめぐる「コンプトン・エーカ…
庭づくりの夢を実現した実業家 イギリス南部のドーセット州にある「コンプトン・エーカーズ」の庭は、1920年代に、トーマス・シンプソンという地元の実業家によってつくられました。シンプソンの夢は、植物への興味を追求しながら、訪れた海外の国々を思い出す庭を、自らデザインしてつくるというもの。彼は、庭師と二人三脚でその夢を実現し、独特なデザインによる自慢の庭を一般に公開しました。 第二次世界大戦後は所有者が何度か変わり、庭園も戦争で荒れましたが、再び美しく復元されました。現在は、おしゃれなカフェやショップが併設され、結婚式場としても使われています。 訪れたのは、まだ肌寒い4月。庭めぐりの最初、入口の花壇で、淡い黄色のプリムラが出迎えてくれました。プリムラはイギリスの春を告げる花。絵本『のばらの村のものがたり』に描かれているのと同じ愛らしい花姿を目にして、なんだか嬉しくなります。 3つのイタリア風庭園 さて、庭めぐりは、円形の小さな「ローマン・コートヤード・ガーデン」から始まります。中心に据えられたロマネスク様式の小さな噴水を、ツゲの低い生け垣が丸く囲む、シンプルで静かな庭です。奥のアイアンロートの扉の向こうは、「グロット」と呼ばれる、洞窟を模した構造物になっていて、次の庭へとつながるトンネルのようになっています。グロットの暗がりを抜けると… 広々とした整形式庭園、「グランド・イタリアン・ガーデン」に出ました。グランドと銘打っているだけあって、壮麗な雰囲気。中央に運河のような細長い池が伸びています。 奥の、フォーカルポイントとなるドーム状のテンプルには、豊穣と酒の神バッカスの石像が立っていて、エレガントな雰囲気です。十字架形の池の中心には噴水が据えられ、スイレンも浮かびます。 池の脇に並ぶのは、端整に刈り込まれたセイヨウイチイのトピアリー。その後ろには、クレマチスの絡まる花綱が渡された石柱が並んでいます。夏になれば花綱からクレマチスが美しく垂れ下がり、涼しげな水音も響いて、ずいぶん印象の違う庭になるのでしょう。 「イタリアン・ヴィラ」と呼ばれる後ろの建物は結婚式場として使われていて、訪れた時も披露宴が行われていました(ウェディングケーキが見えています)。イギリスでは結婚式のできる観光ガーデンも多いのですが、花々に囲まれた美しい庭で挙げる結婚式は、きっと思い出深いものになりますね。 整形式庭園に色彩を添える花壇の植栽は、季節ごとに変えられるそうです。この時は背の低いプリムラやデイジーの間から、いろいろな姿のチューリップが花首を伸ばす、明るい色調の植栽。花の合わせ方が、日本とはまた感覚が違っていて面白いですね。 歩を進めると、隣には「パーム・コート」と呼ばれる、大小のシュロをセンターピースに据えた整形式庭園がありました。中央に伸びる花壇が、先ほどの細長い池と呼応するようなデザインです。背の高いシュロと、低いチャボトウジュロの植わる南国風の植栽は、英国の中でも温暖なこの地方だから可能なものです。株元に色を添える花々の植栽は季節によって変わり、夏には真っ赤な花が使われることも。情熱的な赤がアクセントに入ると、ずいぶん雰囲気が変わるでしょう。 それにしても、シュロを使った整形式庭園というのは、初めて目にしました。 自然を楽しむウディッド・バレー 周遊ルートの小道を進んでいくと、次は整形式庭園とは対照的な、自然の森を散歩するような「森の谷(ウディッド・バレー)」がありました。ウッドランド・ガーデンとは、ありのままの自然のような植栽を楽しむ庭のことで、この谷はそのスタイルでデザインされています。すべて意図的に植栽されているのですが、人為的なものを極力感じさせず、森のように見せるところがミソ。 ヨーロッパアカマツに守られて、セイヨウシャクナゲやツバキ、日陰を好む植物が植えられています。うねうねと曲がりながら小道が続く谷は、春はセイヨウシャクナゲのカラフルな花に彩られます。 谷には小さな滝があって、小川が流れ、小さな池もあります。樹木の天蓋が途切れ、陽光が差し込む開けた場所では、紫のフリチラリアや淡い黄色のプリムラ、ラッパスイセンなどが咲いて、春の野原のような植栽です。ガーデン写真で何度も目にしてきたフリチラリアを、実際に目にすることができて、感動のひととき。 森の谷の端には、子どもの遊び場のエリアと、小動物や蝶、昆虫、野鳥といった野生生物に良い環境を与えることを目的とした、ワイルドライフ・サンクチュアリもあります。私が訪ねた時も、英国で人気の小鳥、ロビンがちょうど遊びに来ていました。 野趣に富むロック&ウォーター・ガーデン さて、次は何が待っているだろうか、と歩を進めると、今度は岩と水の庭がありました。高低差のある岩場に高山性の植物を植えるロックガーデンは、19世紀後半に流行したスタイルです。この庭をつくるのに、他所からたくさんの岩が運び込まれたそうです。 英国で最大規模のロックガーデンと考えられていて、アルカリ性の灰色の石灰岩のエリアと、酸性の赤い砂岩のエリアに分かれています。 庭のところどころに、岩を組んだ小さな滝や、洞窟風の構造があって、中央の池に水が流れ込むようなデザインに。 ここには、スギやブナなどの樹木から、カエデやサクラ、セイヨウネズなど、300種を超える植物が植えられているとか。シンプソンはきっと、この庭で植物蒐集を楽しんだのでしょう。 周遊ルートにある、ひと休みできるカフェの前には、カラフルな植栽の花壇がありました。 チューリップやプリムラ、アネモネ、ワスレナグサなどの春の草花で、楽しいマルチカラーの植栽に。 ピンクに染まるエリカの谷 さて、次はどんな庭が待っているだろうと、小道を下っていくと…、現れたのはエリカの谷、「ヘザー・ガーデン」です。春の花盛りを迎えたエリカに埋め尽くされた景色に、思わず胸がときめきます。南西を向いた斜面はかなり斜度がありますが、斜面をうまく活用すると、こんなドラマチックな景色を生み出せるのか、と感心。シンプソンの頃には、「砂漠の庭(デザート・ガーデン)」だったそうですが、オーナーが変わった1950年代にヘザー・ガーデンとなりました。 日本だったら、さしずめ、エリカの代わりにツツジが植わって、ツツジ園となっているような形態の庭でしょうか。エミリー・ブロンテの小説『嵐が丘』にある通り、エリカは荒れ野に咲くイメージで、どちらかというと地味な存在。こんな素敵な庭景色をつくる素材になるとは知らず、新しい発見です。 調べてみると、ヘザー・ガーデンというカテゴリーの庭は意外と存在するようで、英国王立園芸協会の庭園、「ハーロウ・カー」にも、このような色とりどりのエリカが集められたコーナーがあります。日本でも、札幌の「百合が原公園」にヘザー・ガーデンがあるようです。ヨーロッパ原産のエリカは高温多湿の環境が苦手なので、冷涼な夏の札幌ならではの庭といえるでしょう。それにしても、コンプトン・エーカーズほどの広さを持つヘザー・ガーデンは珍しいようです。 一度下った谷を再び登っていくと、男女の銅像が置かれた石敷きのテラスに出ました。銅像は、詩人と百姓を表したものだそうですが、身分違いの恋を想像させるようなシーンなのでしょうか。ロマンチックな雰囲気のガーデン・オーナメントは個人的にあまり好みではないのですが、楚々としたエリカに囲まれた2つの銅像は、なかなか素敵です。 エリカの谷には、アクセントとして、つやつやした明るい黄緑の葉を持つ灌木や、レモン色の花を咲かせるアカシア・プラビッシマ、同じく黄色い花を咲かせるソフォラ・ミクロフィラ‘サン・キング’などの潅木が植わっています。エリカの紫やピンクの花色に、反対色となる黄や黄緑が映えて、互いを引き立て合う関係です。大きな常緑の樹木などもあって、高さにも変化を持たせた植栽となっていました。 静けさただよう日本庭園 周遊ルートを歩いていくと、今度は黄金色の竹がそびえるエリアに出ました。足元に咲くのは白いラッパスイセン。それぞれに馴染みのある植物ですが、この組み合わせはなかなか目にすることがないような。 アジアンな雰囲気になってきたぞ…と思ったら、日本庭園がありました。茅吹き屋根の門から入ります。 ちょうどツツジやシャクナゲが咲き始める頃合いでした。石灯籠もあって、なかなか立派な日本庭園です。英国ではいくつか有名な日本庭園がありますが、この庭がつくられた1920年代には、本格的なものはそう多くありませんでした。シンプソンは、ヨーロッパでも数少ない「本格的な日本庭園」を名乗るために、設計も造園も日本の業者に依頼し、東屋や石塔、石灯篭などは日本から輸入したそうです。 シャクナゲやツバキなどの植栽の間から飛び石のある池が覗く、絵になる景色。奥の滝からは水が流れ込んでいます。日本にいるようなホッとした気分になりますが、かつて日本を訪れたであろうシンプソンも、きっと異世界のようなこの庭を楽しんだのでしょう。 八重桜とモミジの取り合わせ。池には鯉も泳いでいます。近年、盆栽とともに、日本庭園が再び人気となり、英国では1993年に「ジャパン・ガーデン・ソサエティ」が誕生、2011年には慈善団体として登録されています。今後、海外から日本への観光客が増えるにしたがって、日本庭園の海外進出も一層進みそうですね。 コンプトン・エーカーズでは、いわゆるイングリッシュガーデンとは少し異なる雰囲気の、さまざまなスタイルの庭を見ることができました。英国のガーデンカルチャーは本当に奥深いものですね。 併せて読みたい ・ロンドンの公園歩き 春のケンジントン・ガーデンズ編 ・イギリス流の見せ方いろいろ! みんな大好き、チューリップで春を楽しもう ・一年中センスがよい小さな庭をつくろう! 英国で見つけた7つの庭のアイデア
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世界の庭に見る、花の植え方の違いと各国の特徴【世界のガーデンを探る20】
各国の特徴が現れるガーデン植栽 前回まではヨーロッパの庭の遍歴を見てきました。メソポタミアからイスラムの庭、イタリアルネッサンスからフランスの貴族の庭、そしてドーバー海峡を渡ってイギリスのブルジョアジーの庭まで、主に庭のスタイルが中心でした。今回は少し視点を変えて、植物の使い方を中心に歴史を探ってみましょう。 イスラムの庭 ・スペイン「アルハンブラ宮殿」【世界のガーデンを探る旅1】 イタリアルネッサンスの庭 ・イタリア「チボリ公園」【世界のガーデンを探る旅2】 ・イタリア「ボッロメオ宮殿」【世界のガーデンを探る旅3】 ・これぞイタリアの色づかい「ヴィラ・ターラント」【世界のガーデンを探る旅4】 ・イタリア式庭園の特徴が凝縮された「ヴィラ・カルロッタ」【世界のガーデンを探る旅5】 フランス貴族の庭 ・フランス「ヴェルサイユ宮殿」デザイン編【世界のガーデンを探る旅6】 ・フランス「ヴェルサイユ宮殿」の花壇編【世界のガーデンを探る旅7】 ・フランス「リュクサンブール宮殿」の花壇【世界のガーデンを探る旅8】 イギリスのブルジョワジーの庭 ・イギリス「ハンプトン・コート宮殿」の庭【世界のガーデンを探る旅11】 ・イギリス「ペンズハースト・プレイス・アンド・ガーデンズ」の庭【世界のガーデンを探る旅12】 ・イギリスに現存する歴史あるイタリア式庭園【世界のガーデンを探る旅13】 ・イギリス発祥の庭デザイン「ノットガーデン」【世界のガーデンを探る旅14】 ・イングリッシュガーデン以前の17世紀の庭デザイン【世界のガーデンを探る旅15】 ・プラントハンターの時代の庭【世界のガーデンを探る旅16】 ・イングランド式庭園の初期の最高傑作「ローシャム・パーク」【世界のガーデンを探る旅17】 ・世界遺産にも登録された時代の中心地「ブレナム宮殿」【世界のガーデンを探る18】 ・現在のイングリッシュガーデンのイメージを作った庭「ヘスタークーム」【世界のガーデンを探る19】 上に挙げた4枚の写真は、現代の各国それぞれの特徴的な庭の写真です。庭がつくられた当時は、地球も今よりはもっと寒かっただろうし、植えられていた植物もこんなに派手ではなかったろうと思います。現在植えられている植物は、品種改良された園芸品種がほとんど。また、それぞれの庭のガーデナーが自分の好みにアレンジしているかもしれません。そのような時代による変遷も考えながら、植栽に注目して庭の歴史を感じ、つくられた当時の庭の植栽に思いをはせてみるのもまた面白いものです。 それでは、各国のガーデンと植栽を見ていきましょう。今回はスペイン、イタリア、そしてフランスの庭に見る、各国の植栽の特徴をご紹介します。 <スペイン> 水を主役に構成されたアラブの庭 アルハンブラ宮殿ができた時代は、もちろんプラントハンターが世界中にいろいろな植物を求めて世界の隅々まで出かけていった時代よりもはるかに前だったので、つくられた当時の庭は、おそらく今よりももっと地味だったのでしょう。もともとアルハンブラ宮殿の庭の主役は、植物よりも水のように感じられます。それは、遠く西アジアの乾燥地帯から乾燥した北アフリカを経由して、この地にやってきたイスラムの人たちの、豊かな水への憧れが強く表れているのではないでしょうか。 右から大きく枝垂れているのはブーゲンビレア、噴水の両側に植えられているのはバラです。 この庭では豊かな緑と水とのコントラストが見事に強調されていますが、植栽面ではこれといった特徴は見受けられません。基本は地中海性の乾燥した気候に合ったコニファーや常緑低木類がいまだに多く使われていて、ある程度は当時の姿をしのばせてくれています。 <イタリア> 世界の富が集まったイタリアルネッサンスの庭 イタリアの庭は、写真でも見られるようにはっきりとした色使いが特徴です。 特にイタリアンレッドとも呼ばれるビビッドな赤が印象的です。サルビアやケイトウ、ゼラニウムの赤が目を引きますが、もちろんこの庭ができた時代には新大陸からの花々はまだヨーロッパには紹介されていませんでした。したがって、つくられた当時にどのような花が植わっていたのかはとても興味深いものの、今はそれを知るすべもありません。 湖と空の青をバックに、ベゴニアとスタンダード仕立ての白バラがセレブな雰囲気を醸し出しています。 個人の住宅のベランダにも、プランターからあふれんばかりのペチュニアが咲き誇っています。これほど立派なハンギングは、他ではなかなか見ることができません。きっと丹精込めて管理されているのだと思います。抜けるような青空を背景にした原色系の色合いは、いかにもイタリア人好みです。 街の中も、とってもオシャレな雰囲気です。 <フランス> いまだにモネの色合いが色濃く残る配色 フランスには今でも印象派、特に植物が大好きだったモネの影響が色濃く残っています。 ヴェルサイユ宮殿の花壇。デルフィニウムのブルーが効果的に全体を引き締めています。その中に小型の赤のダリアを入れて、はっきりした組み合わせになっています。 フランスの花の植え方の特徴は、いくつもの異なる種類の植物を混ぜ合わせることです。いろいろな植物を組み合わせることにより、優しい色合いを作り出しています。 重厚なヴェルサイユ宮殿を背景に、少し高すぎるツゲヘッジ(生け垣)の中には、白のマーガレットやクレオメ、セージ、ルドベキア、ガウラなどが混植されています。 広々としたフランス式毛氈花壇。 イタリアでは見られなかった、優しいパステル調の組み合わせです。 イタリアでも使われていた赤と黄色の組み合わせでも、フランス人の手にかかると落ち着いた色になってしまいます。 このような混植花壇は他の国では見たことがありません。フランス恐るべし! ただただ感心するばかりです。 花壇では混ぜ合わせるのにとても難しい、自己主張の強いマリーゴールドも、オレンジと薄黄色を混ぜ合わせることで優しい色合いになっています。中心に背の高いブルーのサルビアを入れることにより、立体的な植栽にもなっています。そして1ピッチごとに銅葉のヒマ‘ニュージーランドパープル’を入れてボリュームをつくっています。 優しくカーブする園路に合わせ、背丈の低い花壇が両側につくられています。ここではピンクのペチュニアを中心に、オレンジのジニアや濃緋色のコリウス、ヘリオトロープなどを混ぜ合わせることで、浮いてしまいそうなピンクのペチュニアとの素敵なコンビネーションをつくっています。 写真では分かりにくいかもしれませんが、ランダムに混色されているように見える花壇も、数メートルごとのピッチで植えられています。どのようにして植物の組み合わせを決定し、植え方を決めるのかは分かりませんが、そのムダもなく他では見ることのできない混植方法には、ただ驚くばかりです。このようにさまざまな花色やテクスチャーの違う植物を混ぜ合わせることで、独特な印象派の雰囲気をつくっていると感じるのは僕だけではないはずです。 今回は、イスラムからイタリア、そしてフランスと、ヨーロッパ諸国の花や植物の植え方を見てきました。次回はイングリッシュガーデンの本場イギリス。ジーキル女史からチェルシーフラワーショウまでの現代の花の植え方と、僕の植え方について話をしていきたいと思います。
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イギリス

イングリッシュガーデン旅案内【英国】21世紀を代表するガーデンデザイン「ブロートン・グランジ」
広大な敷地にある広大な庭 ブロートン・グランジは、1992年に現在のオーナーが購入するまで、200年間にわたってモレル家が所有していました。庭は、ヴィクトリア朝時代のものもありましたが、現在の庭園の姿は、今のオーナーの手によって生み出されたものです。ブロートン・グランジの敷地の総面積は350エーカー、なんと東京ドーム約30個分という広さ。広大な草地や農地に囲まれて、25エーカー(同約2個分)の庭園と、80エーカー(同約7個分)の樹木園があります。 訪れたのは6月上旬。「21世紀を代表するモダンな庭」があると聞いて、期待が膨らみます。車を降りると、辺りには草原が広がっていました。サワサワと軽やかな草の間に、真っ赤なポピーが咲いて、穏やかな雰囲気です。 木々の枝が頭上を覆って日差しを遮る、心地よい森の小道を進んでいくと、開けた場所に到着しました。 案内板に導かれて入ると、ヘッドガーデナーのアンドリュー・ウッドオールさんが、明るく出迎えてくれました。 ウッドオールさんの話によれば、起伏のある広大な敷地を、どのように変化のあるガーデンにしていくか、今も試行錯誤が続いているとのこと。遠くに望む景色を生かし、周辺の景色と調和するガーデンづくりに力を注いでいるそうです。 「珍しい木々も多数入れて、それぞれ樹木や植物には品種名を表示しているので、よく見ながら散策をしてみてください」という案内を聞き終え、どんな庭が待っているのか楽しみに歩き出しました。 水彩画で描かれたガーデンの全体図を見ていると、庭園が広大であること、そして、エリアごとの見所もたくさんあることが伝わってきます。庭園の中心には、トム・スチュワート=スミスの手による正方形のウォールドガーデンも描かれています。さあ、地図を手に進みましょう。 キングサリの葉が茂る長いトンネルを通り抜けて、さらに進んでいくと…… 直線的な石で縁取られた小川が、エリアを仕切るように流れている場所に出ました。「あ! あの場所だ」。以前、ガーデニングの雑誌に「イギリスで最新の庭」として紹介されていた、そのページを思い出しました。写真で見ていた庭に自分が立っていることを実感するのも、海外のガーデニング巡りの嬉しい瞬間です。さあ、その奥の景色はどうなっているのでしょうか、さらに小道を進みます。 現代の名作 ウォールドガーデン ここが、トム・スチュワート=スミスのデザインした、ウォールドガーデンです。かつてパドック(馬の小放牧地)として使われていた、南に向かって開けたゆるい斜面に作られています。60×60mの正方形の庭は、それぞれに異なるデザインテーマを持つ3つのテラス(20×60m)から成り、それらが階段状に配置されています。 ウォールドガーデン(塀に囲まれた庭)といっても、塀があるのは北と西の2辺だけで、南側と東側は開けています。スチュワート=スミスは、庭の外側にある草地や野山、遠くの建物といった周囲の風景を生かし、それらと結びつくようデザインすることが大切だと考え、このようなスタイルを選びました。 大草原の雰囲気を持つアッパーテラス まず、最初に出合うのは、アッパーテラス(上段のテラス)です。低く茂る植物の中で、背の高いトピアリーがリズムよく並ぶ、北米の大草原地帯、プレーリーの雰囲気を持つ植栽デザインです。 小川の水は、北から南、斜面の高いほうから低いほうへと流れています(写真では手前から奥へ)。 低く茂るグラス類に交じって、明るい黄色のフロミス・ラッセリアナ、紫のサルビア・ネモローサ、紫のタンチョウ・アリウム(アリウム・スファエロセファロン)が花を咲かせます。直立するトピアリーは、「ペンシル・ユー」と呼ばれるヨーロッパイチイ‘フェスティジャータ’。 秋、そして冬になると、立ち枯れたグラス類や宿根草のシードヘッド(種子が残った花の部分)がモノトーンの造形の美という、また違った面白さを見せます。 四角い池のあるミドルテラス 次に現れるのが、中央に四角い池を配したミドルテラス(中段のテラス)です。池はウォールドガーデン全体の中心にあって、周りを豊かな植栽に囲まれています。 四角い池には、視線を対角線に導いて、遠くの景色につなげる役割があります。 池には真四角の飛び石が浮かんで、印象的なシーンを作ります。一段高いところを流れるアッパーテラスの小川から、水が滝となって注がれる様子も、このエリアのアクセントとなって目を引きます。そして、池に映り込む周囲の木々のシルエットも、風景の一部となっています。 池から横に伸びる道を行くと、背丈を越すほどの草花が隙間なく茂り、辺りを覆い尽くしていました。左右の花壇からはみ出すほど勢いよく成長する植物の迫力に、圧倒されます。ミドルテラスの植栽テーマは、湿り気のあるメドウ。池のほとりに生えているような植物が選ばれています。 白いアスチルベのような花を咲かせる、タデ科のジャイアント・フリース・フラワーに、レティクラータ・アイリス、それから、ヤグルマソウに似たロジャーシア・ピンナタといった植物が生い茂り、そこに、カラマグロスティス、ヌマガヤ、ミスカンサスといったグラス類が交じっています。ポコポコと飛び出ているのは、ヨーロッパブナのトピアリーで、16本あります。 目の前は植物の海。他のガーデンにはない植物がつくる新鮮な景色に、ガーデンデザインの進化を感じました。 ミドルテラスの東側は塀がなく、広々とした緑の景色が広がっています。手前の草地は、夏が近づくにつれて、ワイルドフラワーの咲き広がるメドウへと変化します。その景色も、ぜひ見てみたいもの。その向こうには、森林植物園の針葉樹が見えます。 新感覚のパーテア 次に眼下に現れたのは、不思議な形に仕立てられたツゲのエリアです。ローアーパーテア(下段のパーテア)と呼ばれる庭です。 生け垣は、モコモコと、なにやら有機的な形をしています。抽象的なデザインに見えますが、じつは、これは自然界にあるものの形。周辺に自生するヨーロッパブナ、セイヨウトネリコ、オークの葉の細胞構造を、そのまま拡大したものなのです。ツゲの低い生け垣の合間に草花を植える、パーテアという造園技法では、伝統的には幾何学模様を描きます。しかし、トム・スチュワート=スミスは新しいアプローチによって、新感覚のパーテアを生み出しました。 ツゲの間には、若い苗が植えられていました。黒葉の植物や白花のマリーゴールド。これらが成長したら、また面白い景色になるだろうなぁと、想像が膨らみます。ここにもガーデンデザインの新しい試みを感じます。 夏の花壇のカラースキームは年ごとに変わるそうですが、パープル・ケールやニコチアナ、ヘリオトロープ、コスモス、ルドベキアなど、中心となる植物は毎年植えられます。 毎年10月になると、夏の草花が取り除かれて、5,000球のチューリップの球根が植えられるといいます。そして、春になると、赤や紫、ピンク、黄色といった、色とりどりのチューリップの咲く圧巻の景色に。12種ほどの品種は、4月末~5月初めに行われる、ナショナル・ガーデンズ・スキームのチャリティ・オープン・デーにタイミングを合わせて咲くよう、吟味されるそうです。 花後の球根は掘り上げられて、保管され、その後、ワイルドメドウのエリアに植えられて、野生化するようそのまま放っておかれます。 ローアーパーテアを西側から見たところ。等間隔に並ぶシナノキがフレームの役割を果たして、風景を切り取ります。 奥に見える緑の塀のようなものは、ブナの木を刈り込んで作られたトンネルです。夏の間は、このようなみずみずしい緑の塀となりますが、秋から冬にかけてブナが紅葉すると、豊かな赤茶色の塀へと変わります。そして、その色は、草花がなくなって生け垣の間にむき出しになった、赤味がかった土と呼応します。ウォールドガーデンの植栽は、そこまで計算されているのです。 同じ場所に立って、小道を来た方向に振り返ると、3つのテラスに段差があるのが分かります。 植物のパワーにすっかり驚かされながら、今度は、反対側にある、ヨーロッパブナを刈り込んだトンネルを抜けてみます。すると、シチュエーションがガラリと変わって、開けた場所に出ました。 ベンチに腰掛けて、遠くに広がる大地を眺めて、ちょっと休憩。 小道を進むたびに景色がどんどん変わっていく、場面転換のスピード感も、このガーデンの面白さだなぁと感心しながら、次のエリアに向かいます。 もう随分と驚かされる庭デザインの数々でしたが、道はさらに先があり、再び下りながら先へ進みます。 セイヨウイチイのトピアリーが並ぶテラスが見えてきました。写真の右側のほうはトピアリーが整列していますが、左のほうは、酔っぱらっているかのようにトピアリーがランダムに並んでいて、視線が丘の連なる開けた風景へと導かれます。 ぽこぽこと並ぶトピアリーの間を通っていくと、足元はふかふかな芝生。先ほどまでの石敷きの小道から一転して、柔らかな芝の上を歩くことになります。その感触の違いも、新たなエリアに踏み入れたことを教えてくれました。 さて、庭園の東側にある、石造りのお屋敷のエリアに到着しました。こんな絶景の中に住まうとは、なんて羨ましい! テーブルや椅子の配置から、庭を日頃から愛でていらっしゃるのだろうなぁと想像しつつ、お屋敷の周囲に取り入れている植物を見せていただきました。 お屋敷の入り口付近には、フォーマルな雰囲気のノットガーデンが。アリウム・ギガンチウムの紫の花玉が、緑のツゲと美しいコントラストを見せています。 お屋敷前に広がる芝生のエリアの先には、両脇を野の花に可愛く縁取られた道が続いています。森林植物園とポニー用のパドックの間を抜ける、スプリング・ウォークと呼ばれるこの小道には、たくさんの球根花や宿根草が植わっていて、早春のクリスマスローズから、春のスノーフレーク(オオマツユキソウ)やブルーベルなど、四季折々の景色を見せてくれます。 緩やかな斜面はまだまだ下へと続いていきます。 ヘッドガーデナーのウッドオールさんが「今も作り続けているエリアがある」と話していたのはここでしょうか。枯れ木が植物の間に配された、不思議な雰囲気のエリアです。 切り株を使った庭「スタンプリー」 ここはスタンプリーと呼ばれる庭で、2007年に作られました。スタンプとは切り株のことなので、「切り株園」といったところでしょうか。古い切り株の周りに、ホスタやシダ、ヘレボレスやユキノシタ、アルケミラ・モリスなどが植えられています。 スタンプリーという庭園スタイルはヴィクトリア朝時代に生まれたもので、19世紀のガーデンシーンではよく見られました。プラントハンターによって世界中から新しい植物が次々に英国へと持ち込まれていた当時、シダもさまざまな種類のものが導入されました。スタンプリーは、これらのシダを栽培するのにちょうどよい形態だったのです。 大きく葉を茂らせるシダに、赤葉のモミジ。背景には、大株のユーフォルビアがあります。個性的なフォルムの切り株がアクセントになった、美しい取り合わせです。切り株を使った植栽は、ウサギやミツバチなど、野生生物のすみかにもなっています。 スタンプリーの近くには、ピート・ウォール・テラスや、ヴィクトリア朝時代のサンクンガーデン(沈床庭園)、竹の生えるバンブーゾーン、ボグガーデン(湿地の庭)といったエリアがあって、現在も作り続けられています。 ピート・ウォールを利用した花壇を見つけました。ピートとは、野草や水生植物が炭化した泥炭のことで、ウイスキーの香りづけに使われることで知られています。そのピートのブロックを石垣のように積んだのが、ピート・ウォールです。ここはどんな場所へと変わっていくのでしょう。 お屋敷周りはクラシカルな雰囲気 新しいデザインが印象的なブロートン・グランジの庭ですが、お屋敷の正面にあたる南側には、クラシカルなパーテアや、イギリスらしいナチュラルな雰囲気のボーダーガーデンがありました。2階の居室から望む眺望は、きっと素晴らしいものでしょう。 さて、残りの見学時間が少ないことに気がつき、足早に、感動したポイントをおさらいしながら戻りつつ、ヘッドガーデナーさんがいた元の場所へと向かいます。 最初の場所へ到着すると、コーヒーと手作りマフィンがテーブルに用意されていて、短いカフェタイム。一緒に巡っていた仲間たちと、「素敵な庭だったねー」などと話しながら、ガーデンシェッドに伝うバラの素朴な風景にホッと和みました。 新しい庭デザインが次々と出現する庭でしたが、お屋敷の周辺ではイギリスらしい庭デザインも見られました。植物の使い方で、ここまで幅広く風景の変化を作り出せることに感動を覚えた、とても印象に残る庭でした。 併せて読みたい ・一年中センスがよい小さな庭をつくろう! 英国で見つけた7つの庭のアイデア ・カメラマンが訪ねた感動の花の庭。イギリス以上にイギリスを感じる庭 山梨・神谷邸 ・個人のお庭が見られるオープンガーデン・イギリスの賢い仕組み
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イギリス

現在のイングリッシュガーデンのイメージを作った庭「ヘスタークーム」【世界のガーデンを探る19】
いかにも“イングリッシュガーデン”らしい庭 ヘスタークーム(Hester Combe Gardens) ロンドンから西へひた走りに走り、ウェールズの手前、ブリストルから少し南西に下ったサマセット州に、今回ご紹介するヘスタークームはあります。この庭はおそらく、数あるイギリスの庭の中でも、日本人の持つイングリッシュガーデンのイメージに最も合っている庭のように思います。まとまりもよく、大きさ的にも色合い的にも、いかにも我々が持っているガーデンのイメージに当てはまるイギリス庭園です。 現在のガーデニングに大きな影響を与えた ガートルード・ジーキルのコテージガーデン 前回ご紹介したように、18〜19世紀のイギリス式風景庭園は、多くの富裕層の屋敷につくられ、その権力の象徴的存在でした。しかし、18世紀中頃から19世紀にかけて始まった産業革命によって、富の主役が貴族や王室の手からブルジョアジー(中産階級)へと移っていきます。それに伴い、庭の形態も広大な敷地のピクチャレスクな庭から、見える範囲にまとめられたガーデニスクな庭へと移り変わり、植栽に使われる植物にも変化が生じます。プラントハンターたちによって世界中から集められた珍しい植物ではなく、世界中からのアトラクティブな植物を含めイギリス本来の土地にあった宿根草が使われるようになったのです。 このような時代を背景にして、現れるべくして登場するのがガートルード・ジーキル女史(Gertrude Jekyll)です。彼女はもともと美術工芸家だったのですが、目が不自由になってきたこともあって、大好きだったガーデニングの世界へと入ってきました。 彼女の持っていた植物への知識と思い入れ、それと芸術家としての配色と組み合わせが、建築家のラッチェンス(Edwin Lutyens)と融合したことで、素晴らしい庭の数々を後世の我々に残してくれました。それまでのランドスケープ的な男性的で広大な風景式庭園から、ジーキル女史の出現によって、花咲くコテージガーデンが誕生したのです。 土地の傾斜をうまく利用したテラスガーデン、その向こうにこぢんまりとした屋敷があります。何人かのオーナーを経て、今はサマセット州の消防本部になっているため、庭の管理も消防署がやっているとのことです。この庭も、ジーキル女史とラッチェンスが出現する前には風景式庭園でしたが、オーナーが変わり、20世紀初めに2人によって今のような素敵な庭がつくられたのです。 そもそも、この庭の歴史は9世紀ごろから始まります。ワーレス一族が管理するようになった14世紀頃に庭の原形ができ、18世紀には15ヘクタールにも及ぶ広大な風景式庭園がつくられました。その後オーナーが変わり、1904年からラッチェンスとジーキルによって、この庭は改めてつくり直されました。第二次世界大戦の頃には、荒れて廃墟同然になってしまったのですが、1997年から復興プロジェクトが始まり、ジーキル女史の書いた図面をもとに、現在はほぼ当時のままに再現されています。 フォーマルな雰囲気漂う 色彩にあふれたメインガーデン ヘスタークームのメインガーデンでは、石で作られたパーゴラにより、庭の向こうに広がる田園風景に繋がる景色をクローズさせながら、まとまった空間を作り出しています。これはラッチェンスの得意な手法の一つです。メインガーデンでは、園路を十文字に配するのではなく対角線状に配することにより、メソポタミアから連綿と受け継がれてきたフォーマルガーデンのスタイルをラッチェンス風に見事にアレンジさせ、そこにジーキル女史の花が咲き乱れる世界最高のコンビネーションを作り出しています。 この庭では、嬉しいことに、今も当時のままに再現された植栽を見ることができます。修景バラの向こうには、はっきりした青紫のデルフィニウムやオレンジのヒューケラが。その間をラベンダーがつなぎ、2つの色彩を優しくミックスさせています。遠くに見える薄い黄色の大きな花はバーバスカムの塊、その横のもっこりとした赤い色は日本のベニシダレモミジです。 庭の随所に散りばめられたジーキル女史の植栽センスと ラッチェンスのハードランドスケープ メインガーデンへと続く階段。もともとあった傾斜にストーンウォールでうまく変化をつけながら、ガーデンへ降りていくように設計されています。ゆったりとした石の階段には、エリゲロン(源平小菊)がぎっしり生えています。また、ジーキル女史のお気に入りのシルバーリーフプランツや淡い色彩で、彼女らしい雰囲気を作り出しています。 石垣に埋もれるようにベンチを置くことで、落ち着いたスペースができています。このベンチに座っていると、庭に溶け込んでしまいそうに感じられます。 さまざまなサイズの平石を組み合わせて、とかく単調で堅くなりがちなペイビング(舗装)のテイストを和らげると同時に、エリゲロンで石の断面を優しく隠しています。石材の小端積みにも所々隙間を空けて、植物の入るスペースを作っています。 階段脇の樽のポットも、全ての段に置かず、途中が抜けていることで、重々しさをなくして開放感が感じられます。手前の両脇にはシダが植えられていて、エリゲロンとうまく調和しています。 庭の奥の壁泉から続くのは、これぞ2人で共作したからこその見せ場ともいえる立体的な水の流れです。角ばった石にうまく立体的に植物を絡ませて、一つながりの素晴らしい空間を作り出しています。純白の花を多く使い、周りの宿根草ボーダーとのコンビネーションも絶妙です。ジーキル女史は芝の遠路とボーダーの幅、それと植物の高さにはかなりこだわりを持っていました。 オランジェリーの前に広がる花壇の植栽は、シルバーリーフを多く使ったジーキル女史らしいカラースキーム(配色)です。少し前までは、ここでしかジーキル女史の植栽が見られなかったのですが、最近は彼女が手がけた多くの庭が、残された植栽図によって、当時のように復元されてきたことは嬉しい限りです。 彼女の植栽方法が、今のイングリッシュガーデンのほぼ全てに強い影響を及ぼしていることは、疑う余地のないところです。このヘスタークームのガーデンでは、そんな彼女のセンスと色彩感覚が存分に発揮されています。 現代につながるイングリッシュコテージガーデンの基礎を作ったジーキル女史とラッチェンス、2人の最高傑作ともいえる「ヘスタークーム」いかがでしたでしょうか? 次回は、今まで見てきた花の植え方や庭のスタイルについて、イタリア、フランス、イギリス、そして日本と比較してみたいと思います。 併せて読みたい ・イングランド式庭園の初期の最高傑作「ローシャム・パーク」【世界のガーデンを探る旅17】 ・英国「シシングハースト・カースル・ガーデン」色彩豊かなローズガーデン&サウスコテージガーデン ・美しき家と庭 英国モリス・デザインの世界を体感する「スタンデン・ハウス・アンド・ガーデン」
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シンガポール

ガーデンズ・バイ・ザ・ベイとシンガポール植物園でランを巡る旅
国花のランを使った、「シンガポール植物園」のランのガーデン シンガポールは通年、一日の気温が25〜30℃程度と、熱帯植物が育つにはうってつけの気候。そんなシンガポールだけに、「国花」もやはり、熱帯植物のランです。 シンガポールの国花はバンダという種類のランですが、その中でも特に、‘ミス・ジョアキム’という品種が国の花として定められています。この‘ミス・ジョアキム’は、19世紀の末にシンガポールで作出された品種。作り出したのは、品種名にその名を残すアグネス・ジョアキムという女性です。 ヴァンダ・テレスとヴァンダ・フーケリアナの2つの種類を交配してつくられた‘ミス・ジョアキム’は、両親の性質を受け継いだ、濃淡のピンクの花色が美しい品種。栽培に適した環境では草丈2mにも及ぶ大株になり、旺盛に花を咲かせます。また、‘ミス・ジョアキム’は、単にシンガポールで生まれただけでなく、シンガポールから初めて品種登録されたラン。歴史的な花でもあります。 ユネスコ世界遺産にも登録されている「シンガポール植物園」には、有料エリアであるナショナル・オーキッド・ガーデンの一角に‘ミス・ジョアキム’をフィーチャーしたコーナーを設けているほか、無料エリアにも「バンダ・ミスジョアキム・ガーデン」がつくられています。 「バンダ・ミスジョアキム・ガーデン」は、ヨーロッパの整形式庭園を思わせる整然とした植栽をされていて、周囲の斜面に植えられているのも、その多くがラン。日本国内ではバスケット仕立てや着生仕立てにして育てることが多いヴァンダの仲間ですが、ここでは2m近い草丈の‘ミス・ジョアキム’が地植えにされており、ほかではなかなかお目にかかることができないランのガーデンになっています。 ※ヴァンダ・テレス(Vanda teres)、ヴァンダ・フーケリアナ(Vanda hookeriana)は現在はパピリオナンテ属(papilionanthe)に分類が変わっています。 ‘ミス・ジョアキム’も正しくは「パピリオナンテ・‘ミス・ジョアキム’」ですが、現在でも「バンダ‘ミス・ジョアキム’」として親しまれています。 今でもランの品種改良の取り組みは、国を挙げて行われており、ボタニックガーデンの一角にあるボタニーセンターには、ランの交配や繁殖を行う研究所が置かれています。ここでは日々、新しい魅力的なランの作出を目指して研究が続いていますが、その様子を見学することもできます。 「ナショナル・オーキッド・ガーデン」も必見! これだけランとの深いゆかりを持つシンガポールの植物園だけに、ランを集めた「ナショナル・オーキッド・ガーデン」もあり、こちらも見逃せません。園内の各所にはその時期に咲いている種類のポットが配置されているだけでなく、樹木やオブジェに着生させたものもあり、ほかの熱帯植物に囲まれ、自然な姿で咲いている景色を見ることができます。 日本では、ランを育てる場合には一鉢に一株だけを植えたり、あるいはランばかりをたくさん並べてディスプレイとして使ったりするのを目にすることが多いはず。しかしこのガーデンでは、ほかの植物と調和するように、ランが使われている姿を楽しむことができます。 また、株姿や草丈に合わせて、ガーデン草花のような使い方をしているコーナーもあるのは、さすが南国ならではの使いこなし方といえそうです。運よく訪れる時期が合えば、ランがプルメリアなどのほかの花と咲き競っているのを目にすることもできます。 花盛りのオーキッド・ガーデンでひときわ目を引くのは、色とりどりのバンダの仲間。お気に入りのバンダを探すもよし、‘ミス・ジョアキム’以来、ここまでバリエーションを増やしてきた歴史に思いをはせるもよし。百花繚乱のバンダを楽しんでみてはいかが? 人気の「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」にもランがいっぱい! シンガポールのベイエリアに2012年にオープンした植物園「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」。園内に建てられた樹木のようなオブジェ「スーパーツリー」はたびたびメディアで紹介されているので、見かけたことがあるという方も多いのでは? このガーデン・バイ・ザ・ベイでは、あちこちでランの花を見ることができますが、なんといっても注目は「クラウド・フォレスト」。 「クラウド・フォレスト」は、いわば大型のガラス温室です。 その内部には高さ30mにも及ぶ人工の小山がつくられており、山の各所からは滝が落ちているというダイナミックなもの。温室内部はミストやファンで湿度や通風がコントロールされており、標高0〜2000mまでの熱帯植物が育てられています。また、山の周囲には空中回廊が巡らされており、山の内部からだけでなく外からも植物を観察できるようになっています。 この山の外壁には、アンスリウムやフィロデンドロンなどのサトイモ科の観葉植物やネペンテスなどの食虫植物、ブロメリア科の植物、ベゴニアやシダなどが着生させてあり、もちろんランもあります。 「クラウド・フォレスト」の壁面に植えられた植物は、花壇のように簡単に株の入れ替えができないので、一般的な栽培品のように常に万全の状態で開花しているわけではありません。しかし、ほかの植物と混ざり合って育ちながら、けなげに花を咲かせる姿は、ランもまた本来は野山に咲く花なのだということを思い出させてくれます。 また、温室内ではランの特設展示を行うコーナーが設けられています。展示はシーズンごとに切り替わるので、訪れる度に違うランと出合うことができます。写真は2019年の初めに行われた展示、「Orchids of Andes(アンデス山脈のラン)」のもの。 こうして「クラウド・フォレスト」の植物を見て回った後は、出口に通じる地下の通路に向かいます。 すると、最後に姿を見せるのが、「シークレットガーデン」です。「シークレットガーデン」は熱帯雨林の林床をイメージしてつくられた、石灰岩が立ち並ぶ屋内庭園。ひんやりとした風がゆっくりと流れ、熱帯高地の雨林に迷い込んだかのような空間が広がります。 このガーデンにも、こうした環境に自生するシダやベゴニアなどとともに、ランが展示されています。その多くはミニチュア・オーキッドと呼ばれる、レパンテスやプレウロタリス、スカフォセパルムなどの小型のラン。いずれも花の直径が数cm、ものによっては1cm未満という極小の花を咲かせるものばかり。 でも、ご心配なく。花のそばにルーペを添えて展示してあるので、小さな花の細部までじっくり観察することができるようになっています。 ランで巡る、シンガポール植物園とガーデンズ・バイ・ザ・ベイ、いかがでしたか? ここでご紹介したのは、あくまでも2019年1月に訪れたときの様子。時期によっては異なる種類の花を楽しむことができるはず。シンガポールを訪れた際には、ぜひランを楽しんでみてください。
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イギリス

世界遺産にも登録された時代の中心地「ブレナム宮殿」【世界のガーデンを探る18】
一時代の中心となった庭 「ブレナム宮殿(Blenheim Palace & Gardens)」 数あるイギリスの庭の中にも、それぞれの時代ごとに、最もその話題の中心となってきた庭があるのではないでしょうか。今回取り上げるブレナム宮殿も、そんな印象を受ける庭の一つ。現在では世界遺産にもなっている由緒正しき庭をご紹介していきましょう。 ブレナム宮殿は、18世紀を代表するバロック建築の宮殿です。2,000エーカーを超える広大な土地を擁するこの宮殿は、後述のように、1705年初代マールボロ公爵ジョン・チャーチルが、ジョン・ヴァンブラに設計を依頼。アン女王のガーデナーであったヘンリー・ワイズも、ベルサイユ宮殿を手本としてこの庭の設計に加わっています。その後、アン女王からの援助が打ち切られて建築半ばで工事はストップしてしまいますが、さまざまな紆余曲折を経て、アン女王の死後にマールボロ公爵が自費で完成させました。しかし、建物の完成後も庭園は改造を重ね、1933年にようやく現在の姿になりました。 初代マールボロ公爵から宮殿の設計を依頼されたジョン・ヴァンブラは造園家でもあったので、その当時最先端であったフランス式やイタリア式のフォーマルガーデンを宮殿の周りに配置しました。残念ながら、当時の庭は、その後改修に当たったケイパビリティー・ブラウンによって跡形も無くなってしまっています。 もともとこの宮殿は、スペイン継承戦争の際、現在のドイツにあるブレンハイム(英語名でブレナム)という地で行われたフランスとの戦いに、初代マールボロ公爵のジョン・チャーチル率いるイギリス連合軍が勝利したため、当時のアン女王がこの土地と建築資金をマールボロ公爵に褒美として与えたことから、その歴史が始まります。この勝利は、イギリスをヨーロッパで二流国から一流国へとステップアップさせたものでもありました。ちなみに、イギリスで王室関係以外にPalace(宮殿)と名がついているのは、このブレナム宮殿だけ。個人所有としてはイギリス最大の広さであり、中世につくられたヨーロッパの宮殿の中でも指折りの壮麗さを誇っています。 ケイパビリティー・ブラウンの手による 広大なイギリス式風景庭園 ブレナム宮殿のガーデンは、18世紀半ばになって、かの有名な造園家のランスロット・ケイパビリティー・ブラウンにより、大々的な改修が行われました。彼はまず、宮殿の横を流れるグリム川を堰き止めて人工の大きな湖をつくり、広大なイギリス式風景庭園を生み出しました。 イタリア式庭園風にテラス状になった宮殿から降りてくると、ケイパビリティー・ブラウンがつくり出したピクチャレスクなランドスケープが眼下に広がります。この湖の先に、ジョン・ヴァンブラが設計した、半分水没した有名なヴァンプラの橋があります。 この風景は前回ご紹介したウィリアム・ケントのガーデンのように、まさにピクチャレスクな風景です。エデンの園から始まった西洋の庭の流れのフォーマルな整形式庭園は、前回のウィリアム・ケントと今回のケイパビリティー・ブラウンによって、自然復帰のイギリス式風景庭園に取って代わっていきます。 ところで、ランスロット・ブラウンを何故ケイパビリティー・ブラウンと呼ぶかというと、どんな場所でも彼流に風景式庭園をつくってしまうことに由来しています。アイルランドのお金持ちが彼に仕事を頼んだ時には、彼は「まだまだイギリスでやるべき仕事が終わっていないので」と断ったという有名な話もありますが、それほどイギリスで多くの庭を手掛け、それまでイギリス中にあったフランス式庭園を改修してしまいました。個人的なことですが、僕の一番尊敬するデザイナーは、このケイパビリティー・ブラウンです。ここで確認しておかなくてはいけないのは、ブラウンはランドスケーパーであるということ。ランドスケーパーというのは風景をつくり出す人という意味で、ガーデンデザイナーとは一線を画しています。皆さんがイングリッシュガーデンのイメージの一つとして思い描くボーダー花壇や花々が咲き乱れる植栽は、この後のもう一人の天才、ガートルード・ジーキル女史の登場を待たなくてはいけません。 話はブレナム宮殿に戻りますが、次にこのブレナム宮殿が歴史上に登場してくるのは1874年。イギリスの生んだ最も有名な政治家の一人、ウィンストン・チャーチルが生まれ育った場所として知られています。また、第一次・第二次世界大戦の時には、負傷者の病院としても活躍しました。 フォーマルガーデンから風景式庭園まで ブレナム宮殿のさまざまなガーデン ブレナム宮殿のガーデンは、ケイパビリティー・ブラウンによる改修後、20世紀には9代目のマールボロ公爵により2度目の大改造が行われました。その際、イタリアンガーデン、ウォーターガーデン、フォーマルガーデンなどがつくられ、現在に至っています。 宮殿の東側には、珍しい黄金キャラの生け垣とトピアリーが。その中にはフォーマルガーデンがつくられていますが、刈り込まれた生け垣が高くて外から全容を見ることはできません。その意味で、今もこの宮殿に住むマールボロ公爵のプライベートな庭というところでしょう。 フォーマルガーデンの奥にはオランジェリーが見えています。 宮殿から見たウォーターガーデン。幾何学模様に刈り込まれた生け垣と噴水に彩られたガーデンは、借景にもなっている緑の森に見事に溶け込むように見えます。この奥にはテラス状のイタリアンガーデンと、その向こうにケイパビリティー・ブラウンがつくったグリム川の池を望むことができ、この庭の広さを効果的に演出しています。 美しく管理された庭は、外壁のライムストーンの優しい色合いを見事に引き立てています。 宮殿の南東側には、イギリス特有の牧歌的風景が、無限の広がりを持って見る人を魅了しています。ケイパビリティー・ブラウンがつくり上げた風景式庭園は、まるで豊かな自然そのままの景色のよう。 宮殿の周囲には、100年先を見越したような新旧取り混ぜたパイネータム(針葉樹の森)が。森の中につくられた落ち着いた雰囲気のガゼボには、フジや常緑のクレマチスが絡んでいます。 敷地内の森の中にもいろいろな仕掛けがあり、訪れた人を楽しませています。斑入りギボウシやナンテンの赤い実が彩りを添え、その奥には斑入りのネグンドカエデなどが植えられています。 気まぐれなイギリスの天気に、日々さまざまな表情を見せるブレナム宮殿。その姿は、今なお訪れる人を魅了してやみません。 併せて読みたい ・イタリア式庭園の特徴が凝縮された「ヴィラ・カルロッタ」【世界のガーデンを探る旅5】 ・イギリス「ハンプトン・コート宮殿」の庭【世界のガーデンを探る旅11】 ・英国「シシングハースト・カースル・ガーデン」色彩豊かなローズガーデン&サウスコテージガーデン
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イングランド式庭園の初期の最高傑作「ローシャム・パーク」【世界のガーデンを探る旅17】
地上の楽園とは、美しい自然の中にある ヨークシャー州の丘陵地帯。Photo/Barnes Ian/Shutterstock.com 16~17世紀のイタリア・ルネッサンスやフランス式庭園のような、直線的で幾何学的な整形式庭園が、かつてはイギリスでも主流でしたが、緩やかな丘陵の自然風景に親しんできたイギリス人にとって、それはどこか、しっくりこなかったのではないでしょうか。 そこで、より自然な風景を創り出すことで、フォーマルなエデンの園から、インフォーマルなユートピア(理想郷)へと庭の形が変わっていきます。18世紀になると、ジョン・ミルトン作の叙情詩『パラダイス・ロスト(失楽園)』に記された、“地上の楽園とは、美しい自然の中にある”という考え方がイギリスに広がっていきました。 ウィリアム・ケントがつくり出した“ピクチャレスク”な庭園 ローシャム・パークの敷地内には、草を食む牛ののんびりした姿もある。Photo/3and garden また、“芸術は自然の模倣であり、庭園は自然に従う”という考えからも、イギリスらしい風景式庭園がつくられるようになっていきました。その代表作の一つとして今回取り上げるのが「ローシャム・パーク(Rousham Park House & Garden)」です。 この庭は、イギリスの造園家であり画家である、かの有名なウィリアム・ケント(William Kent、1685〜1748)によって、1738年からつくられ始めました。ケントは、庭園とはピクチャレスク(絵画的)であるべきだという考えから、イギリス人が理想とする美しい自然な風景を大地につくり出そうとしました。そしてこの地に彼の理想とする庭園が完成しました。幸運なことに現在の「ローシャム・パーク」では、ケントがつくった当時のままに近い形が残っています。 屋敷の前にはよく手入れされた芝生が広がり、今もイギリスで人気のスポーツ、ローンボウルズ(現代のテンピンボウリングの元となった)の競技場にもなっています。 ずっしりとした重厚なジャコビアン様式の屋敷は、1635年に建てられましたが、1738年にケントが改築し、建物の内部や絵画にまで手を加え、さらにその周りには、ピクチャレスク(絵のよう)な風景式庭園がつくられました。 ローシャム・パークは、平らな敷地があまりなく、不規則に蛇行しながら、ゆったりと流れるチャーウェル川を見下ろす丘の上にあります。今も当初の姿をほぼそのまま残すこの庭は、イングランド式庭園の初期の最高傑作といわれています。 イタリアルネッサンスへの憧れとイングリッシュ・ランドスケープが見事に融合した、ウピクチャレスクな空間。 植物がのびのびと生育し、花が彩る自然風な庭 重厚な庭門をくぐると、そこには草花がのびのびと生育する宿根草ボーダーが目の前に無限の繋がりのように城壁に沿って現れます(ウォールドガーデン)。 このデザインは、初期のボーダー花壇のスタイルをよく残しています。右側の白い花は、日本では見たことがない背が高くなるスカビオサ。ピンクの花はシュラブローズ、黄花は、リシマキアとバーバスカム。足元には少し、赤いジギタリスが頑張って咲いていました。左の白花はムスクマロウ(日本の土壌ではうまく育ちません)、足元にはアルケミラ・モリス。そして、手前にはヘメロカリスのつぼみが見えます。 ウォールドガーデン横のエリアは、「ピジョン・ハウスガーデン」。ノットガーデン風なローズガーデン で、バラの花の赤と白との単純な組み合わせが、ノスタルジックな雰囲気を醸し出しています。 2018年6月の「ピジョン・ハウスガーデン」。Photo/3and garden 別の年に訪れた時のノットガーデンの花壇では、バラの背丈より高く咲くジギタリスが一面に。濃い色を避け、優しい色合いでまとめているのも、ウィリアム・ケントの作庭当時からの伝承なのでしょうか。ガーデンの中心を引き締めているのはサンダイアル(日時計)。 フォーマルな印象のノットガーデンには、自然風なアルケミラ・モリスとシレネが咲き、ベンチを包み込むように咲き乱れるイングリッシュラベンダーが……。6月上旬のこの季節、イギリスの村々には、むせかえるようなラベンダーの香りが満ち溢れます。僕の一番好きな季節です。 ピジョン・ハウス(鳩小屋)の壁面に放射状に這わせている植物は、なんと日本でもよく見かけるきれいな赤い実をつける西洋ザイフリボクです。足元には赤いケシが植えられていました。左奥の花は、ユッカの白花。 キッチンガーデンへの入り口のウォールドガーデンでは、左側の壁面にはシリンガ(ライラック)、つるバラ、クレマチスなどを這わせてあります。皆さんが思い浮かべるパッチワーク状のボーダー花壇の花の植え方は、ウィリアム・ケントからさらに時を経て現れる三巨頭のひとり、ガートルード・ジーキル女史まで待たなくてはいけません。この庭は、あくまでケントが意図した自然風な要素で構成されているので、より素朴な雰囲気が随所に見て取れます。 キッチンガーデンは現在も使われています。左の白い花はサルビア、手前にはシレネ、奥には白いモナルダ。右側の畑にはアーティチョークのザラザラした感触のシルバーリーフが茂り、足元にはナスタチウムが植えられていました。 自然との調和を示す池のあるガーデン Photo/3and garden 随所に花とベンチと人工的な池があります。自然との調和を目指していたウィリアム・ケントの意向が強く感じられます。宿根草のボーダー花壇の奥へ行くと、頭上をつるバラが囲み、中央に丸い池が配され、噴水から水音も響きます。足元の白い花は、シシリンチウム・ストリアツム、淡いピンクのジギタリスが優しい色を添えています。 八角形の池。photo/3and garden 細い水路「リル」。photo/3and garden これまでご紹介した花のエリアとは反対側にある森を思わせるエリアには、細い水路「リル」と八角形の池があります。ウィリアム・ケントの溢れ出る庭づくりのアイデアを反映したこのデザインは、200年を経た今も斬新さを感じることでしょう。 Photo/3and garden 起伏に富んだ地形を楽しむかのようにつくられた「ヴィーナスの谷」。見事なまでに自然と調和したピクチャレスクな空間づくりです。ハーハー(牧草地に設けられる段差)を思わす2段の石橋の中はカスケード(連なった滝)、上にはビーナスの像があります。優しい起伏の斜面と周りの森が、あたかも一幅の絵のようです。 屋敷にはコンサバトリー風な温室も備えられています。この頃になると、オランジェリーではなく、板ガラスの温室が作られるようになりました。入り口の右手には、優しい色のバラが咲き、左手には白いガクアジサイ。イギリスには珍しいトウジュロも植えられています。 ウィリアム・ケントが目指したピクチャレスクなイングリッシュランドスケープには、心安らぐ理想郷が表現され、今もここ、ローシャム・パークには当時の様子そのままに維持されています。こんなベンチに座って、自然と一体となる贅沢な時間。庭を散策してその景色を楽しむだけでなく、自然と一体になる時間を提供するという新しい過ごし方を創造したのではないでしょうか。
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イングリッシュガーデン旅案内【英国】男爵夫人のデザインした庭 ヘルミンガム・ホール・ガーデンズ
赤レンガの屋敷を背景に広がる庭 名園として人気の高いヘルミンガム・ホールの庭。駐車場からガーデンに向かうと、濠に囲まれた赤レンガづくりの屋敷が見えてきます。 トルマッシュ家は大変古い家柄で、1066年のノルマン征服以前からサフォーク州に住んでいたといわれます。ジョン・トルマッシュがハーフティンバー様式の屋敷を建て始めたのは1480年。それから何度も改修が重ねられ、1760年頃に現在のような赤レンガとタイルを使ったつくりになりました。 幅18mの濠にかかる跳ね橋は、1510年以来、毎晩引き上げられて、朝になると下げられるとか。屋敷は夜間は濠に守られた「島」となるそうです。中世の習慣が脈々と続いているとは、驚きますね。 濠の脇を通る芝生の道には、セイヨウイチイの丸いトピアリーが並びます。モコモコと、森の妖精のようなユーモラスなトピアリーです。 きれいに刈り込まれたトピアリーに、メドウのような下草を合わせているのがおしゃれ。ナチュラルな雰囲気を醸し出しています。先を行く老夫婦の姿が、素敵でした。 さて、屋敷の西側に広がるメインのウォールド・ガーデンへと向かいます。 パーテアとハイブリッド・ムスク・ガーデン 屋敷の西側は、レンガ塀にぐるりと囲まれた、大きな長方形のウォールド・ガーデンになっていて、その中は、パーテア部分とキッチン・ガーデン部分に分かれています。 私たちをまず出迎えるのは、ツゲの低い生け垣が幾何学模様を描くパーテア。間には、サントリナが植わります。ツゲの生け垣自体は古くから残るものですが、現在の男爵夫人によって1978年に再設計され、今のような形になりました。 屋敷に伝わる資料によれば、15世紀末に屋敷ができる以前から、ここには家畜を守る場として、柵に囲まれた庭があったそう。ウォールド・ガーデンのレンガ塀は1745年にできたといわれ、長い歴史が感じられます。つるバラの絡んだアーバー(あずまや)がいい雰囲気。 レンガ塀に沿った花壇には、ラベンダー‘ヒドコート’に縁どられて、ハイブリッド・ムスク種のバラが植わっています。この花壇はハイブリッド・ムスク・ガーデンと呼ばれ、1965年につくられました。男爵夫人は、このような古い部分を守りつつも、より美しい庭となるよう、長い年月をかけて新しい要素を加えてきたといいます。 ユニークなトピアリーがいっぱい さて、パーテアとキッチンガーデンを分けるアイアン製のガーデンゲートをくぐり、キッチンガーデンの区画に入ります。まずは右へ進むと……カタツムリ発見! 面白いトピアリーが並ぶ、トピアリー・ボーダーです。 イヌツゲやセイヨウイチイのトピアリーを、ガーデナーが熱心に刈り込んでいます。トピアリーの間には、ラベンダーやデルフィニウム、アイリスなどが植わります。 ミツバチのトピアリーも! 羽根の立体感が見事です。かなり複雑に刈り込まれていますね。 花にあふれたウォールド・キッチンガーデン ガーデンゲートからの景色。ウォールド・キッチンガーデンの中心を芝生の小径が貫いていて、その両側に宿根草花壇がずっと伸びています。 小径を少し進んで、振り返ると、こちらには、ガーデンゲートと屋敷が背景となる、美しい庭景色がありました。宿根草花壇では、‘アルベルティーヌ’や‘ニュー・ドーン’、‘フェリシテ・エ・ペルペチュ’などのバラが、ワイヤーに誘引されて目の高さに咲いています。 そして、足元には、ポピーやアリウム、ゲラニウムなど、さまざまな宿根草や球根花が、優しい色合いで混ざり咲いています。 私たちが訪れた6月の花壇は、ピンク系のオールドローズに合わせて、ピンクやブルー、紫やクリーム色などの、柔らかな色合いでまとめられていました。ですが、盛夏に向かうにつれて、真っ赤や黄色、銅色など、インパクトのあるカラースキームに変わっていくとのこと。 中央の小径から脇に伸びる、スイートピーの長いトンネル。いろんな色のスイートピーが咲いていて、楽しさ満点です。他に、サヤインゲンとヒョウタンのトンネルもあります。ウォールド・キッチン・ガーデンは、芝生の小径とトンネルによって、8つのブロックに区切られています。 トンネルの先の壁際には、きっちりと刈り込まれたツゲの生け垣に囲まれて、優美なベンチが置かれていました。整形式庭園の要素とキッチンガーデンのナチュラルな要素が、うまく混ざり合っているのがこの庭の面白いところです。 この辺りは、野菜や果物を育てている区画です。たくさんの実をつけたスグリの木を発見。 こちらは、サラダによさそうな葉物。しっかりと葉を茂らせています。 園内には、来園者にも花の名前が分かるように、こんな看板が掲げてあります。気になった植物はこの看板でチェック。 そしてこちらは、花壇にどんな植物が植わっているかが分かる、デザイン図。各所に掲げられていました。 さて、キッチンガーデンを抜けて塀の外に出ると、小さな橋がありました。じつは、屋敷と同じように、ウォールド・ガーデン全体も濠でぐるりと囲まれています。この橋は、その濠にかかっているのです。 橋を渡った先には、男爵家の人々が楽しむのであろうテニスコートがあって、その周りは、グラスが軽やかに揺れるワイルドフラワー・メドウになっています。風を感じる、優しい花景色です。ここからは見えませんが、ヘルミンガムの庭園の外にはアカシカの棲む広大な草地が広がっていて、メドウとともに、野生生物の生態系を守るのに一役買っています。 華やかさ満点のスプリング・ボーダー 今度は、屋敷に戻る方向へ。ウォールド・ガーデンの外側を、南側のレンガ塀に沿って歩いてみます。すると、塀にはたくさんのつるバラが絡まり、その株元にはピオニーの見事なコレクションが! スプリング・ボーダーと呼ばれるこの花壇では、じつに豪華なバラとピオニーの競演が見られました。 ピンク、白、赤と、華やかなピオニー! 花心が盛り上がった大輪など、珍しい形もあります。重い花首が垂れないように、しっかり支柱がしてありました。5月から6月にかけてのピオニーの見頃に来られたのは、とてもラッキーでした。 クラシカルなノットガーデン 次は、屋敷の反対に回って、東側の庭に行きます。屋敷の正面、濠の脇道から階段を数段降りたところに、1982年につくられたという、ツゲのノットガーデンがあります。 手前の4つの正方形では、三角形の模様を埋めるように、ミントやタイムなどのハーブが低く茂っています。奥の4つの正方形には、トルマッシュ家にまつわる模様やイニシャルがデザインされています。 緑のツゲと赤レンガの屋敷が、美しいコントラストを見せています。歴史ある屋敷にふさわしい、クラシカルな雰囲気のノットガーデンは、屋敷の窓からも眺められるそうです。 甘い香りに満ちたローズガーデン ノットガーデンの先、紫のキャットミントが群れ咲く奥には、女神像を中心に、サークル状にバラが植わるローズガーデンが待っていました。 花と春の女神、フローラの像に見守られる、エレガントな雰囲気のローズガーデン。外側の大きな花壇には、さまざまな古い品種の、香りのよいシュラブローズが植わり、円を構成する内側の花壇には、たくさんの花をつけるデビッド・オースチン社作出のイングリッシュローズが植わっています。 セイヨウイチイの高い生け垣に囲まれている場所なので、バラの香りがとどまっているように感じます。辺りが甘い香りに満たされていました。 屋敷を背にした花景色。ヘルミンガム・ホールの庭は、やはりこの屋敷がポイントですね。赤レンガの美しい建物は、ヘルミンガム・ホールの庭を最も特徴づける要素といってよいでしょう。 さて、ガーデン散策を楽しんだ後は、ステイブル・ショップという小さなショップでハーブコーディアルのジュースを買って、ちょっと休憩。ショップでは、地元産の食べ物やクラフト、ガーデン用品などを扱っています。また、キッチンガーデンで採れた野菜なども販売。オーガニックとして登録されてはいませんが、伝統的な栽培方法で、化学肥料はほとんど使っていないそうです。 時間の都合で、一番外側にあるウッドランド・ガーデンなどは回れませんでしたが、ぐるりと巡って1時間半、充実の庭散歩でした。とてもよく手入れの行き届いた、花の風景が満喫できるガーデンでした。 〈ヘルミンガム・ホール・ガーデンズ〉 庭園情報 ロンドンから車で北東に約3時間。電車では、ロンドン、リバプール・ストリート駅からイプスウィッチ駅(Ipswich)まで約1時間。イプスウィッチ駅からタクシーで30分(約10マイル)。タクシーを使う場合はかなり距離があるので、往復を頼めるかなど、ご確認を。 イプスウィッチ駅から路線バスを使う場合は、駅近くのバス停(Railway Station)から、町中のオールド・カトル・マーケット・バス・ステーション(Old Cattle Market Bus Station)までバスで約8分移動。フラムリンガム(Framlingham)行きに乗り換えて、シェルター(Shelter)、もしくは、ホール(Hall)で下車、所要時間は約25分。庭園までは、徒歩約6~8分。乗り換えが複雑で、また路線バスのルートが変わることもあるので、事前によくお調べになってお出かけください。 2018年の開園期間は、5月1日~9月16日。火、水、木、日、祝(バンクホリデー)の11:00~16:30。料金は大人£7。 2019年は、5月1日から再び開園します。屋敷は非公開。 *2018年12月現在の情報です。 併せて読みたい ・玄関を花でコーディネート! 海外のおしゃれな玄関先8選 ・一年中センスがよい小さな庭をつくろう! 英国で見つけた7つの庭のアイデア ・世界のガーデンを探る旅15 イングリッシュガーデン以前の17世紀の庭デザイン
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イングリッシュガーデン旅案内【英国】王侯気分でアフタヌーンティーを! ハートウェル・ハウス
ロンドンから小1時間の別世界 ロンドンの喧騒から離れ、小1時間。オックスフォードに近いハートウェル・ハウスは、都会からのアクセスがよい場所にありますが、ひとたび敷地内に入ると、緑豊かで静かな別世界が待っています。 ハートウェル・ハウスの始まりは1,000年ほど昔に遡り、その長い歴史の中で、さまざまな王侯貴族がここで暮らしてきました。19世紀の初めには、亡命生活を送っていたフランス王、ルイ18世が5年間滞在したといいます。 20世紀に入ると、屋敷は億万長者のアーネスト・クックの手に渡り、第二次世界大戦中は軍の宿舎として使われました。その後、火災に見舞われるなどしましたが、1980年代に、寂れてしまった大邸宅をホテルとしてよみがえらせ経営する「ヒストリック・ハウス・ホテルズ」によって大規模な修復が行われ、ハートウェル・ハウスは美しいホテルに生まれ変わりました。 2008年、ホテルとしてよみがえったハートウェル・ハウスは、この先の未来も、屋敷と庭の美しい姿が維持され、開発の手から守られるようにと、英国ナショナル・トラストに寄贈されました。現在、ホテル経営による利益はすべて、ナショナル・トラストに寄付されています。 屋敷の周りには、広大な緑のスペースが広がっています。18世紀の初めに設計された、テンプルやオベリスクなどのモニュメントを配置した整形式庭園は、18世紀半ばになると、ケイパビリティ・ブラウンの系統を継ぐリチャード・ウッズによって再設計され、ランドスケープガーデン(風景式庭園)となりました。 敷地内には、静かに水をたたえる湖もあります。果樹園とベジタブルガーデンでは、古い品種のリンゴやアンズといった果物や野菜が栽培され、ホテルのレストランで提供されています。 よみがえった壮麗な屋敷 さて、17世紀のジャコビアン時代と18世紀のジョージアン時代の様式が混じる屋敷に入ってみましょう。ファサードの精巧な彫刻に思わず見入ってしまいます。 入り口にナショナル・トラストのマークがありました。ハートウェル・ハウスはトラストの他の庭園と違って、観光庭園として公開されているわけではありませんが、ホテルのお客さんは自由に庭園を散策することができます。 ローズピンクの壁紙と緑の絨毯、白いしっくい飾りが印象的な階段です。欄干にいくつもの彫像が立っています。 彫像は17世紀のジャコビアン時代のものと、現代のものが混じっているそうですが、素人目には見分けがつきません。その姿は、なんだかユーモラス! よく見ると、欄干を支える「手すり子」もすべて彫像になっています。この中に、英国の首相だったウィンストン・チャーチルに似せた彫像があるとのことですが、どれがそうでしょうか……。 豪華なライブラリーでアフタヌーンティーを 私たちが通されたのは、ロココ調の装飾が施され、大きな窓のある素敵なライブラリーでした。 窓の外には、ランドスケープガーデンの緑が広がっています。 窓から外を覗いてみると、木々の間に大きなトピアリーを発見。チェスの駒のようです。 トピアリーの前には、クローケー(クロッケー)ができる芝生が広がっていました。『不思議の国のアリス』にも出てくる遊びですね。日本のゲートボールは、クローケーを参考に考えられたものなのだとか。 ライブラリーの外はテラス席になっていて、ここでもお茶を楽しむことができます。右側の出窓の部分がライブラリーです。 再び、室内へ。大理石のマントルピースや、曲線を描くしっくい飾りが優雅です。ロココ調の装飾とはこういうものなのか、と実感。 本棚には、円をつないだデザインの、金箔を被せた真ちゅう製の針金細工が施されています。1760年頃に作られたもので、英国内でも貴重な古い針金細工です。 そして、待望のアフタヌーンティー! 3段トレイの上から、チョコレートケーキ、焼き菓子、スコーン。見ているだけで幸せになります。 小花柄の愛らしい食器や銀器を使ったテーブルセッティングに、気分も浮き立ちます。 キュウリ、トマト、サーモンなどのサンドイッチと、焼き立てスコーン。かなりボリュームのある内容で、紅茶をポットにたっぷり(コーヒーを選ぶこともできます)。これはどんな味、次はどれをいただこうと目移りしながら、時折外の風景を眺めつつ、優雅な気分で本場のアフタヌーンティーを満喫することができました。 こちらは違う年に訪ねた時の写真。この時はマカロンがあって、スコーンの形もちょっと違います。訪ねる時によって、トレイの内容が変わるのですね。クリスマス時期には、スパイスが効いたスコーンなど、クリスマス仕様のアフタヌーンティーをいただけるそう。 英国式の豪華な田園暮らしを体験 ホテルには、かつてのオランジェリー(温室)が改装されたスパやジムが完備されていて、テニスや釣りを楽しむこともできます。滞在すれば、都会を離れてのんびりと、しかし、優雅に自然の中でリフレッシュするという、英国貴族のような田園暮らしを体験できます。写真は、朝食、昼食、本格ディナーがいただける、本館のレストラン。 こちらは、イギリス・バロック様式の傑作、天井飾りが見事なグレートホール。1740年頃の完成以来、床を除いて変わらない姿を保っています。アフタヌーンティーをいただくのに、こちらの部屋に通されることもあるそう。どちらの部屋でも、優雅な気分が味わえますね。 本館には48部屋あり、それぞれ美しい調度品で設えられています。18世紀に馬小屋として使われていた所は、より豪華なスイートルーム専用の建物となっています。クラシカルな天蓋付きベッドのある部屋もありますよ。 併せて読みたい ・英国「シシングハースト・カースル・ガーデン」色彩豊かなローズガーデン&サウスコテージガーデン ・イギリス流の見せ方いろいろ! みんな大好き、チューリップで春を楽しもう ・花好きさんの旅案内【英国】 ベス・チャトー・ガーデン(1)乾燥に強い庭を実現
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プラントハンターの時代の庭【世界のガーデンを探る旅16】
世界の植物を発見するまでの ヨーロッパの歴史を、まずはおさらい バビロンの空中庭園から始まった「世界のガーデンを探る旅」は、イタリアやフランスからドーバー海峡を渡り、中世以降のイギリスに移ってきました。イギリスの庭文化は、プラントハンターによって大きな変革期を迎えるのですが、その前に、少しヨーロッパの歴史をおさらいしておきましょう。 ヨーロッパでは十字軍の遠征(11〜13世紀)以降、中近東からの情報が多くもたらされました。そして歴史的な交易路であるシルクロードによって、アジアの物品や香辛料が運ばれ、植物にも人々の関心が高まりました。ただ、途中にトルコのようなイスラム国家があり、キリスト教徒の西ヨーロッパには西アジアに行く安全なルートがなく、地中海ルートもイスラム教の国に支配されていたため、新しく安全なルートが求められている時代でした。15世紀の後半になると、大西洋に面したスペインとポルトガルが積極的にアフリカ西海岸を南に下ったことで、さまざまな品物が母国にもたらされました。 大西洋に面したポルトガルやスペインは、多くの冒険家や宣教師を航海へ送り出しました。1498年にはバスコ・ダ・ガマがインド航路を発見、多くの物品や香辛料をポルトガルに持ち帰り莫大な利益を得ました。スペインが送り出したクリストファー・コロンブスは、1492年にアメリカ大陸を発見しました。また、1519年にスペインを出発したフェルディナンド・マゼランは、世界一周航路を切り開き、地球が丸いことを実証しました。 各地の植物が世界に渡る時代 17世紀の中頃には、地球上のほぼ全ての地域にヨーロッパ人が訪れ、大航海時代は終わりを告げると、植民地時代が始まります。第二次世界大戦までにはヨーロッパと日本を除く、ほぼ全ての地域がヨーロッパ列強の植民地、あるいは支配下になり、本国に莫大な利益をもたらしました。 新しく発見された地域には冒険家、宣教師とともに植物採集のためのプラントハンターが多く訪れ、いろいろな香辛料をはじめ、食料や薬草などを持ち帰りました。また、その中には珍しい花や木も含まれていました。 日本はその当時鎖国をしていましたので、自由に植物を持ち出すことはできませんでしたが、かの有名な通称シーボルト(ドイツ人医師で博物学者のフィリップ・フランツ・フォン・シーボルト)とその前任者で植物分類の基礎を作ったカール・フォン・リンネ(スウェーデン人の植物学者)の弟子のカール・ツンベルク(スウェーデン人の植物学者、博物学者、医学者)などによって、多くの植物がヨーロッパに紹介されました。その後鎖国は解かれ、園芸品種も含む日本のさまざまな植物がヨーロッパに送られると、その園芸文化の高さに触れた当時の人々は驚いたようです。 プラントハンターが持ち帰った膨大な植物 さてそんな中、世界中に送られたプラントハンターがイギリスに持ち帰った植物は膨大な量となり、整理し分類する必要に迫られていました。そして1804年、ロンドンの植物好きが集まって、園芸文化の普及や奨励を目的とする慈善団体「ロンドン園芸協会」が設立されました。その協会が1861年に王室の許可を得て現在の名称となった「王立園芸協会」であり、当時世界中からもたらされた植物を一カ所に集めた植物園が「キュー・ガーデン(Royal Botanic Gardens, Kew)」です。 王立園芸協会は、庭文化の普及も目的の一つとして、ウィズレー(The Royal Horticultural Society's garden at Wisley)に最初の作庭の見本となる庭をつくりました。手がけたのは、実業家で王立園芸協会の会員であったジョージ・ファーガソン・ウィルソン(George Ferguson Wilson)氏で、1878年に約25ヘクタールの敷地に庭がつくられ、その後、拡張されて現在は約100ヘクタールになっています。 現代も世界中から多くの来園者が訪れる ウィズレーの植物園 ウィズレーへの来園者は、1905年には年間約5,000人ほどでしたが、近年は年間100万人以上の人が訪れています。イギリスで最も人気のあるキューガーデンには及びませんが、見本庭園に限らず、蔵書や植物のコレクションでも有名な場所です。 よく手入れされたキャナルガーデンは、長方形の池を中心に左右対称にデザインされ、水中のスイレンまでも左右対称に整っています。 エントランスから庭へ降りて行く途中にある正方形の庭は、なんとサニーレタスで彩られていました。野菜を使って図形を浮かび上がらせるとは、微笑ましいアイデア。 1910年に造園家のJames Pulham and Sonによって、ロックガーデンが築かれました。斜面地を巧みに利用して水はけをよくし、高山植物や球根植物が多く植えられています。また矮性の樹木や球根類も多く、スコットランドのエジンバラ植物園のロックガーデンとともに、世界中のロックガーデンの手本になっています。 なだらかな丘になっているので、高台から庭全体が見渡せます。園内の植物には全てネームプレートがつけられ、まるで生きた植物図鑑の。来園者が熱心に興味のある植物をチェックしていました。 2006年に新たにつくられた温室へ続く初秋の宿根草ボーダーには、いろいろな草花がパッチワーク状に植えられていました。 造園家のトム・スチュワート=スミス氏が関与した新しい温室は、白いフレームと曲面が多用されたデザイン。 家庭菜園サイズに区切られたベジタブルガーデンは、そのまま自宅につくれそうな見本となっています。こんなところにも、ウィズレーガーデンの本来の趣旨である、「来園者にとって参考になる庭」の展示が見られます。 きれいに刈り込まれたツゲに囲まれた空間では、低く茂る鮮やかなペチュニアと立ち上がる白いダリアが左右対称に。とてもシンプルですが、広い空間で花を引き立てるこのテクニックは、日本の街中の花壇植栽の参考になりそうです。 和を思わせるフェンスを設けて視線を遮り、盆栽が並んでいます。なかなか考えられた演出です。近年、海外の盆栽レベルもかなり向上し、イギリスでも多くの盆栽愛好家グループが活発に活動しています。 幾何学模様にきれいに刈り込まれた芝生がとてもフォーマルな雰囲気。残念ながら花の時期ではありませんが、落ち葉ひとつなく、すべての株が剪定されて清々しい景色になっていました。 花が少なく、落葉した木々に囲まれた冬でも多くの人たちが訪れて、散策を楽しんでいました。 毎年発表される多種の新品種などを比較する栽培場もありました。イギリスの園芸文化の奥の深さを感じさせます。 イギリスの庭園文化を支える植物園 プラントハンターによって多くの植物がイギリスに持ち込まれ、もともと自生の植物が少なかったイギリスに園芸文化が深く根付いた理由の一つが、王立園芸協会の存在です。植物分類はキューガーデン、植物の庭での使い方はここウィズレーガーデンと、2つの庭はイギリスの園芸文化を底辺で支える両輪となっています。ロンドンから車でもさほど遠くないので、ぜひ訪れてほしいガーデニングの聖地です。 併せて読みたい ・花好きさんの旅案内【英国】ロイヤル・ボタニック・ガーデンズ・キュー ・イギリス発祥の庭デザイン「ノットガーデン」【世界のガーデンを探る旅14】 ・カメラマンが訪ねた感動の花の庭。イギリス以上にイギリスを感じる庭 山梨・神谷邸
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イギリス

英国「シシングハースト・カースル・ガーデン」色彩豊かなローズガーデン&サウスコテージガーデン
120年前のこと、英国の慈善団体ナショナル・トラストは、開発で失われていく自然や、歴史ある建物や庭といった文化的遺産を守り、後世に残そうと、活動を始めました。多くのボランティアの力によって守り継がれる、その素晴らしい屋敷と庭を訪ねます 時とまどろみに埋もれた庭 シシングハーストの庭園は、詩人、作家として活躍した妻のヴィタ・サックヴィル=ウェストと、外交官で作家でもあった夫のハロルド・ニコルソンによって、1930年からつくられました。 庭園の設計は、夫ハロルドの担当。彼は、もともとあった古いレンガ塀を生かしつつ、セイヨウイチイの生け垣を間仕切りとして効果的に設計するなどして、個性の異なる庭がつながっていくようにデザインしました。そして、感性豊かな妻のヴィタは、夫のデザインした古典的でエレガントな枠組みの中に、色彩豊かでロマンチックな植栽を施しました。 1930年、ヴィタは300年間打ち捨てられていたシシングハースト・カースルに出合うと、一目で恋に落ちました。彼女の目には、廃墟と化していたエリザベス朝時代の建物が「眠りの森の城」のように映り、芸術家としてのイマジネーションをかきたてられたのです。「時とまどろみに埋もれた」場所。ヴィタはのちに『シシングハースト』と題した自らの詩の中でも、そう表現しています。彼女がつくり上げたのは、時の中に埋もれるような、秘密の花園でした。 色彩躍るローズガーデン 庭園のシンボルである塔(タワー)の下に広がる芝生から、脇にある小さなゲートをくぐると、その先にローズガーデンが広がっています。この庭が最も美しいのは、6月下旬から7月上旬。ヴィタが愛した数々のオールドローズが咲き誇る季節です。 ヴィタとハロルドが庭園をつくり始めた当初、バラは現在のホワイトガーデンに植えられていました。しかし、バラが増えて手狭になったために、1937年、キッチンガーデンとして使われていたこの区画に移され、新たにローズガーデンがつくられました。 ローズガーデンの構造の中心となるのは、長方形の庭のほぼ中央にある、「ロンデル」と呼ばれる円形の生け垣です。長い年月を経て厚い壁のようになったセイヨウイチイの生け垣は、小さな苗木から育てたとは想像もできないほど立派です。このロンデルからは四方に小径が出ていて、その一つは西の端にある、弧を描く石塀を背にした芝生のステージに行き当たります。ハロルドの設計した生け垣や芝生のステージには、どこか舞台装置のような趣があって、古典的なデザインながらも、ちょっとした驚きが隠されています。 ヴィタが庭づくりを始めた頃に心に描いていたのは、「バラやハニーサックル、イチジク、ブドウが揺れる」花景色でした。赤味がかった古いレンガ塀には、それらのつる性植物が絡まって、風に葉を揺らし、時とまどろみに埋もれる花園の雰囲気を生み出しています。 花壇では、こんもりと茂るように仕立てられた数々のバラの合間に、ピオニーやアリウム、アイリス、シュウメイギク、エレムルスといった宿根草や球根花が、ヴィタいわく「泡立つように」茂って、バラの美しさをさらに引き出しています。 20世紀のジャーナリスト、アン・スコット=ジェームズによると、ヴィタは「オールドローズの美しさや香りだけでなく、そのロマンに惹きつけられた」といいます。彼女は「長い歴史を持つバラ、例えば、17世紀にアラブ人によってペルシャからもたらされたであろう、暗い赤色をしたガリカ種のバラ」や、「‘カーディナル・ドゥ・リシュリュー’のような、過去の記憶を呼び起こすような名を持ったバラ」を好みました。ヴィタにとって、バラは美しいだけでなく、歴史を偲ばせ、詩作のイマジネーションを誘うものだったのかもしれません。 ヴィタは園芸の正式な教育を受けたわけではありませんでしたが、試行錯誤の中で自ら多くを学んだ、才能あるガーデナーでした。彼女が英国の新聞、オブザーバー紙に毎週書いていたガーデンコラムは人気で、亡くなる前年まで14年余りに渡って掲載されました。 ヴィタはむきだしの土が見えているのがとにかく嫌いで、その植栽スタイルは「どんな隙間にもどんどん詰め込む」というものでした。草花があふれるように茂って、きらめくような色彩と香りを放つ花景色を好んだヴィタは、完璧さを求めず、直感の告げるままに庭と向き合って、美しい植栽を生み出しました。 夕暮れ色のサウスコテージガーデン ピンクを基調としたロマンチックな雰囲気のローズガーデンとは対照的に、サウスコテージガーデンでは、黄色やオレンジの花々がハッとするようなまぶしさを放っています。 かつてこの庭は、単にコテージガーデンと呼ばれていましたが、ヴィクトリア朝時代に流行った、いわゆるコテージガーデン(田舎家の庭)のスタイルではありません。シシングハーストの他の庭と同様に、この庭にもヴィタとハロルドの洗練された美意識が感じられます。 庭の中央で目を引くのは、たっぷりとして丸みのある、やや不安定なフォルムをした、4本のセイヨウイチイのトピアリーです。そして、レンガや石を敷いたまっすぐな小径が、長方形の花壇を囲むように縦横に伸びています。 植栽のカラースキームは、黄、オレンジ、赤を中心としたもので、「サンセット」がテーマ。日本の夕暮れは茜色のイメージですが、ヴィタがイメージしたのはおそらく、温かみのある、黄金色に輝く光が降り注ぐような、イギリスの華やかな夕暮れだったのでしょう。 ヴィタの時代には、この庭の見頃は晩夏から初秋にかけてでしたが、現在は、春から夏をピークに、庭の楽しみが長く続くような植栽になっています。夏の花壇は本当にまばゆいばかりで、黄やオレンジの花色の魅力を再発見できます。 夏、色鮮やかに咲き誇るのは、インパクトのある花姿のトリトマやカンナ、それから、華やかなダリアです。バーバスカムが長い花穂を上に伸ばす一方で、クロコスミアはオレンジ色の花穂をゆらゆらと揺らします。 そしてそこに、スイートピーや赤いヒマワリ、ヒナゲシといった一年草が加わって、可愛らしさを添えています。 一方、春の庭は、夏と比べると、より温かみのあるトーンの花で満たされます。チューリップ、エリシムム、オダマキ、アークトチス(ハゴロモギク)が、穏やかに春の歓びを告げています。 ヴィタとハロルドは、地所内に点在する、エリザベス朝時代の4つの建物を住居として使っていました。庭園の入り口付近の建物には図書室と兼用の居間が、塔(タワー)にはヴィタの書斎がありました。ホワイトガーデン脇の家は子どもたちが暮らし、家族で食事をする場所で、このサウスコテージには、ハロルドの書斎と、2人の寝室や浴室がありました。それぞれの建物は、距離はあるものの庭によってつながれ、ヴィタとハロルドは生活の場が分散していても、気にすることはなかったといいます。 サウスコテージにあるハロルドの書斎やヴィタの寝室の窓辺からは、この明るい庭を見渡すことができます。ハロルドは、庭に置いてある石のくぼみで、夜の間に降った雨の量を調べるのを毎朝の日課にしていました。この庭は2人にとって、すぐそこにあった庭。最も身近で、日々の暮らしに深く結びついた庭でした。 併せて読みたい ・ガーデナー憧れの地「シシングハースト・カースル・ガーデン」誕生の物語 ・ナショナル・トラスト2018秋冬コレクション 英国有数の保養地 イングランド南西部を訪ねる ・英国の名園巡り、ビアトリクス・ポターの愛した暮らし「ヒル・トップ」
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オーガニックコスメ「ヴェレダ」社のハーブガーデン・レポート! ヴェレダの商品を使った至福のトリートメ…
ドイツにあるヴェレダ社の広大なハーブガーデン ナチュラル・オーガニックコスメブランドのヴェレダ。「人と自然との調和」をモットーに、植物一つひとつがそれぞれ持つ力を引き出し、人の美しさや健康へと生かす商品を販売しています。ヴェレダの数々の商品に使われている原材料の一部は、世界各地にある自社農園で栽培・収穫された植物も含まれています。中でも最大の農園が、ドイツのシュヴェービッシュ・グミュント北方の高原にあるハーブガーデン。20ヘクタールの敷地にさまざまな植物が育つ、広大な薬用植物苑です。前回は、植物や虫など、そこに住まう生物たちが調和を保つこの美しい庭についてお話ししました。今回は、ハーブガーデンのガイドツアーを終えてから受けた、至福の体験についてご紹介します。 ガーデンの隣に建つヴェレダの工場 さて、ヴェレダ社の広大なハーブガーデンは、もちろん、ただ目で見て美しいだけの庭ではありません。ヴェレダの製品に使われている植物原料は、可能な限り、認証を受けたオーガニック栽培かバイオダイナミック有機栽培で収穫されたもの、または管理された野生採集のものが使用されています。このハーブガーデンも、そんな薬用植物の収穫の場の一つです。ハーブガーデンでは、多くの薬効あるメディカルプランツやハーブが育ち、その中から180種の植物が実際に収穫されてヴェレダの医薬品や化粧品の原料として利用されています。 収穫された薬用植物が、製品となるまでの工程の一部が行われているのが、ガーデン入り口のすぐ近くに立つ、鮮やかな赤色の工場の中。収穫されたさまざまな植物から、薬効成分を抽出するなどして、製品に使用できる形にしています。ちなみに、ヴェレダのボディオイルやバス用品は、すべてここ、シュヴェービッシュ・グミュントにて製造されているそうですよ。 見学では、工場内に足を踏み入れることはできませんが、収穫から製品に使用されるまでの工程の解説を見たり、サンプルを見学したりできます。植物の持つ力が引き出され、スキンケアやボディケアなどさまざまな製品に役立っている過程は興味深く、面白いものです。 至福のトリートメント体験 この日は広大なハーブガーデンを巡り、今まで知らなかった新しい知識の数々を得ることができました。ガーデンを巡る間はずっとワクワクしていましたし、とても充実した一日を過ごせたのも確かですが、ここを訪れるまでの長時間のドライブの疲れもあり、一通り見て回った後にはちょっとグッタリ。ちょうどそんなタイミングで、疲れが吹き飛ぶようなオーガニックなヴェレダ製品を使った至福のトリートメントを体験することができました。 場所はヴェレダのショップの2階。開放的なショップがある1階から2階に上がると、25人ほどが入れる大きな部屋がありました。ラッキーなことに、私たちが体験した時には貸し切りの状態。部屋に足を踏み入れると、ほのかにハーブのよい香りが鼻をかすめ、それだけでも疲れが軽くなるのを感じます。窓が大きくて光がたっぷり入る、暖かそうな部屋の中心には数組の椅子があり、壁沿いには、パイル地のタオルとバケツとともに、ヴェレダ製品が並んでいました。 これから何が始まるのか、ドキドキしながら椅子に座ると、感じのいい素敵な女性スタッフが、数種類のハーブオイルを見せてくれて、どんな香りが好みなのかを質問してきました。ヴェレダの製品には、それぞれシンボルとなる、効能や個性豊かなキープラントがあります。その中から、今回、私が選んだのはラベンダー。好みの香りを選ぶと、靴と靴下を脱ぐように促され、容器にお湯を張って、ヴェレダの「ラベンダー バスミルク」を入れた足湯に浸かることになりました。 足湯の温度は38~39℃ほど。もちろん、個人の習慣によっても異なりますが、10~20分くらい、あまり熱すぎないお湯を使うとよいとされています。爽やかな香りが漂う足湯は極楽気分で、しばらくすると疲れ切った足もすっかりリフレッシュ。 この足湯と同時に、首周りに蒸しタオルを巻いてもらうのもとても気持ちがよく、ドライブや取材で疲れていた体や首がほぐれ、頭痛が引いていくのを感じました。タオルからは、心身の調和を整えるというバラの香りが。座っていた椅子から一面に大きく開いた窓を見やると、緑の木々越しに輝く太陽と青い空が見え、鳥たちの歌声も聞こえます。ゆったりとリラックスできる、まるで天国のような素晴らしい時間でした。 足湯を終えると、最後にリラックスオイルを使ったハンドマッサージまで受けることができました。ヴェレダの製品体験の時間は、合わせて30~40分ほど。トリートメントを終え、すっかりリフレッシュした気持ちで帰途につきました。 ヴェレダのキープラント ヴェレダの製品にはどれも、シンボルとなる固有の薬用植物があり、それらはキープラントと呼ばれています。キープラントは、それぞれ私たちの健康や美容に生かすことのできるパワーを持っています。 例えば、今回の体験で私が選んだラベンダー。濃厚で爽やかな香りは、リラックスや鎮静効果があるとして、古代より親しまれてきた有名なハーブです。ラベンダーの花から採れる精油には、中枢神経系を鎮める働きや身体をリラックスさせてくれる効果があり、神経興奮や不眠症、けいれん、心血管疾患や消化不良にもいいとされています。ラベンダーは、疲れた心身のケアにぴったり。不眠気味の人は、お風呂にバスミルクを入れたり、眠る前にボディオイルでマッサージしたりすると効果が期待できます。 ローズマリーも一般的なハーブの一つ。すっきりとした強い香りは、リフレッシュや疲労解消に効果があるとされています。その精油は消化促進や循環機能、神経細胞の活性化などの効能を持ち、冷えの改善や、リューマチや偏頭痛の緩和に効果的だそう。また、殺菌作用にも優れていて、入浴剤にすれば、治りにくい傷に治癒効果があります。ハーブティーなどで口にしても、オイルを肌に塗ってスキンケアとしてもいい高性能なハーブです。 もう一つ、入浴時のバスミルクとして、ぜひオススメしたいのが、モミ(サパン)。一般的にクリスマスツリーとして使われる、モミの木から抽出した精油を用いています。常緑樹のモミの木は、冬でも葉が落ちることなくみずみずしい姿を保つことから、永遠の生命の象徴として、ローマ時代に欧州各地で行われていた冬至祭で崇拝されていました。また、ヴェレダの思想として重要な、アントロポゾフィー(人智学)的な視点からは、寒い北の国で内部に熱や力を蓄え、外界の刺激から身を守り、均衡を保ちながら育つ植物とされています。ちなみに、ヴェレダのモミの精油は、極寒の地シベリアに育つモミから採れたもの。そのバスミルクは、まるで森林浴をしているかのような心地よい香りで、しっかり体を温めてくれます。 ヴェレダのガーデンガイドツアーとトリートメント体験 今回私が訪れた、ドイツのシュヴェービッシュ・グミュント北方の高原にあるハーブガーデンでは、申し込みをすれば、誰でもガーデンガイドツアーやトリートメント体験に参加できます。体験できる主なトリートメントは、バスミルクを使った足湯や蒸しタオルなどのリラクゼーション、ボディオイルを使ったマッサージなど。手や脚、首のように、体の一部短い時間のみのマッサージでも、びっくりするほどリラックスできますよ。ボディオイルは季節により異なり、好きな香りを選ぶことができます。夏には、蒸しタオルの代わりに、レモンの香りがする冷たいタオルでリフレッシュするのもオススメ。ドイツを訪れた際には、ぜひ一度体験してみてくださいね。 日本ヴェレダHP https://www.weleda.jp/ 併せて読みたい ・オーガニックコスメのパイオニア「ヴェレダ」社のハーブガーデン・レポート! ・ドイツの秋冬の食卓に欠かせないバラエティー豊かなリンゴの実 ・お風呂でできる「ガーデンセラピー」、しませんか? Credit ストーリー&写真/Elfriede Fuji-Zellner ガーデナー。南ドイツ、バイエルン出身。幼い頃から豊かな自然や動物に囲まれて育つ。プロのガーデナーを志してドイツで“Technician in Horticulture(園芸技術者)”の学位を取得。ベルギー、スイス、アメリカ、日本など、各国で経験を積む。日本原産の植物や日本庭園の魅力に惹かれて20年以上前に日本に移り住み、現在は神奈川県にて暮らしている。ガーデニングや植物、自然を通じたコミュニケーションが大好きで、子ども向けにガーデニングワークショップやスクールガーデンサークルなどで活動中。 協力/WELEDA 取材/3and garden
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イギリス

イングリッシュガーデン以前の17世紀の庭デザイン【世界のガーデンを探る旅15】
イタリアやフランスへの憧れから イギリス独自の庭文化へ発展 ヨーロッパの中では、文化的にも経済的にも後発国であったイギリスは、イタリアルネッサンスやフランスの宮廷文化に憧れて、国内に多くのイタリア式庭園やフランス式庭園をつくっていきました。しかし、イギリスは緩やかな起伏の丘が続くつづく地形で、イタリアほど起伏も急流もなく、また、フランスのような広くて平らな土地にも恵まれていませんでした。そのためイギリスにおいては、両方の庭園様式が深く根付く事はありませんでした。 またその頃、“知識は力なり”の格言で有名な哲学者フランシス・ベーコンや文学“失楽園”の著者、ジョン・ミルトンなどが、自然なものへの憧憬、大陸文化からの脱却を提唱し始めます。 庭園も、今までの整形的なユートピアから、自然復帰こそが神が示してくれたものであるという英国的価値観へと移行していきます。 17世紀につくられた「ハンベリー・ホール」と庭 今回ご紹介する庭は、イギリス中西部、ウスターシャーにある「ハンベリー・ホール(Hanbury Hall)」です。この屋敷は、大地主のトーマス・ヴェルノンが1701年からつくり始めました。庭園のデザインは、その当時、イギリスで流行していたフランス式庭園で、設計はハンプトン・コートも設計した造園家、ジョージ・ロンドンとヘンリー・ワイズが担当。しかし、ここには広々としたフランス式庭園がつくれるような平地はなかったため、この土地に合った小規模な整形式庭園がつくられたのです。 まずは、屋敷前の車寄せから見ていきましょう。広々とした車寄せの向こうには、樹齢300年といわれる針葉樹、アトランティックシダーが高木となり、両側には落ち着いた雰囲気の、よく手入れがされたボーダー花壇が訪れた人を歓迎してくれます。 オレンジ色の石造りの建物や柱と対比する、きれいに刈り込まれた芝のエリアには、オレンジのヘメロカリスやライムグリーンの花が咲くアルケミラモリス、ピオニー、シュウメイギク、そして塀の向こう側にはスモークツリー(ケムリの木)など、現代の私たちがイングリッシュガーデンでよく名を聞く植物たちがボーダー花壇に使われています。手前には、経年変化で味が出た鉢から鋭い葉を広げているアガベが引き締め効果に。 2人の造園家が担当した整形式庭園 建物の向こう側には、ツゲで区切られたいくつかの庭が並んでいます。順番に、そのデザインを見ていきましょう。まずは、スタンダード仕立てのナシの木と鉢植えのリンゴを配した、オランダ風のフォーマルガーデンです。その向こうのエリアでは、ほかでは見たことのないような素敵な花壇が出迎えてくれます。 丸く刈り込まれたナシの木が並ぶエリアを、低いツゲで縁取られた四角い花壇が囲むなど、木々の組み合わせで、平坦な敷地に立体感のある景色をつくっています。 屋敷から見渡せる場所には、一段下がった土地にフォーマルな沈床花壇がつくられています。きれいに刈り込まれた緑のツゲの縁取りに、独特な花の組み合わせで明るい雰囲気を出しています。薄黄色の低い刈り込みはヒメツルマサキ、真ん中のボールは斑入りのヒイラギです。 四角や円錐、丸いトピアリーを複数組み合わせてたフォーマルな、整って見える庭デザインですが、花の数が少なく、手がかからない工夫を感じました。また、色合いがイギリスにしては、はっきりとした原色系の花が使われています。現代のコテージガーデン風な色合いに慣れてしまっている私たちには、新鮮な驚きをもってこのコンパクトな庭を楽しむことができます。植えられている植物も、驚くほど少量で小さなコニファーのトピアリーと緑や黄色のヘッジ、それらが土の色と相まってつくり出している不思議な雰囲気の庭です。このような植え方は他では見たことがありません。これはつくられた当時からのアイデアか、または、今のオーナーのアイデアかは分かりませんが、皆さまも一度ここを訪れて不思議な感覚を味わってみてはいかがでしょうか? 庭を見学していたら、ガーデナーが直線的なツゲのヘッジの刈り込みをしていました。水糸を引いて神経質に思えるほど緻密な作業でしたが、その向こう側では、別のガーデナーとオーナーらしき夫婦が何やら話し合い。秋の植栽計画でも相談しているのでしょうか? 富の象徴の一つ、オランジェリー 「ハンベリー・ホール」の敷地内には、オランジェリーも当時のまま残っていました。かなり緯度の高いイギリスでは、冬に吹く冷たい北風から寒さに弱い植物を守るために、大きなオランジェリーがつくられました。その頃、イタリアルネッサンスへの強い憧れを抱いていたイギリスの富裕層にとって、イタリアへ旅行することは一種のステータスでした。そして、寒さに弱いオレンジの木などを自宅に備えたオランジェリーで栽培することも、自慢の種になっていたようです。 植物が外へ持ち出されている夏の間のオランジェリーの中は、ガランとした空間。春から秋までは、コンサバトリーのようにも使われることもあります。現在のような温室が登場するのは19世紀に入ってからですので、それ以前の時代は、寒さに弱い植物の冬越しはオランジェリーの中で行っていました。 イギリスの地形に合わせた庭デザインを模索する時代へ 庭から広がる穏やかな起伏に富んだイングランドの丘陵地、最もイギリスらしい風景です。大きな木はアトランティックシダ―。複雑な樹形は、この土地の歴史を物語っているようです。 大陸文化の模倣から始まったイギリスの庭の歴史は、イタリア式庭園、フランス式庭園、オランダ式庭園などの要素を吸収し、咀嚼しながら、ソフトなイギリスのランドスケープにフィットするような独自の様式を少しずつつくり出していきます。16世紀後半から7つの海を支配したイギリスに世界中の富が集まり、世界の文化と経済の中心としてのイギリスの時代と相まって、世界中に送られたプラントハンターが持ち帰った植物を使った華やかなイングリッシュガーデンの時代が始まろうとしています。 併せて読みたい ・イギリス発祥の庭デザイン「ノットガーデン」【世界のガーデンを探る旅14】 ・【初めてのガーデニング講座】小さな花壇で育てる一年の花サイクル ・松本路子の庭をめぐる物語 フランス・パリの隠れ家「パレ・ロワイヤル」




















