現在のイングリッシュガーデンのイメージを作った庭「ヘスタークーム」【世界のガーデンを探る19】
日本庭園やイングリッシュガーデン、整形式庭園など、世界にはさまざまなガーデンスタイルがあります。そんなガーデンの歴史やスタイルを、世界各地の庭を巡った造園家の二宮孝嗣さんに案内していただく、歴史からガーデンの発祥を探る旅、第19回。今回は、ハードランドスケープ(石段や壁面などの構造物)とソフトランドスケープ(植栽)の見事なまでのコンビネーションの庭、現代のイギリス庭園の植栽の基礎を作ったと言っても過言ではない、このうえなく美しい「ヘスタークーム」をご案内します。ここは日本人が持つ“イングリッシュガーデン”のイメージそのもののようなコテージガーデンです。
目次
いかにも“イングリッシュガーデン”らしい庭
ヘスタークーム(Hester Combe Gardens)
ロンドンから西へひた走りに走り、ウェールズの手前、ブリストルから少し南西に下ったサマセット州に、今回ご紹介するヘスタークームはあります。この庭はおそらく、数あるイギリスの庭の中でも、日本人の持つイングリッシュガーデンのイメージに最も合っている庭のように思います。まとまりもよく、大きさ的にも色合い的にも、いかにも我々が持っているガーデンのイメージに当てはまるイギリス庭園です。
現在のガーデニングに大きな影響を与えた
ガートルード・ジーキルのコテージガーデン
前回ご紹介したように、18〜19世紀のイギリス式風景庭園は、多くの富裕層の屋敷につくられ、その権力の象徴的存在でした。しかし、18世紀中頃から19世紀にかけて始まった産業革命によって、富の主役が貴族や王室の手からブルジョアジー(中産階級)へと移っていきます。それに伴い、庭の形態も広大な敷地のピクチャレスクな庭から、見える範囲にまとめられたガーデニスクな庭へと移り変わり、植栽に使われる植物にも変化が生じます。プラントハンターたちによって世界中から集められた珍しい植物ではなく、世界中からのアトラクティブな植物を含めイギリス本来の土地にあった宿根草が使われるようになったのです。
このような時代を背景にして、現れるべくして登場するのがガートルード・ジーキル女史(Gertrude Jekyll)です。彼女はもともと美術工芸家だったのですが、目が不自由になってきたこともあって、大好きだったガーデニングの世界へと入ってきました。
彼女の持っていた植物への知識と思い入れ、それと芸術家としての配色と組み合わせが、建築家のラッチェンス(Edwin Lutyens)と融合したことで、素晴らしい庭の数々を後世の我々に残してくれました。それまでのランドスケープ的な男性的で広大な風景式庭園から、ジーキル女史の出現によって、花咲くコテージガーデンが誕生したのです。
土地の傾斜をうまく利用したテラスガーデン、その向こうにこぢんまりとした屋敷があります。何人かのオーナーを経て、今はサマセット州の消防本部になっているため、庭の管理も消防署がやっているとのことです。この庭も、ジーキル女史とラッチェンスが出現する前には風景式庭園でしたが、オーナーが変わり、20世紀初めに2人によって今のような素敵な庭がつくられたのです。
そもそも、この庭の歴史は9世紀ごろから始まります。ワーレス一族が管理するようになった14世紀頃に庭の原形ができ、18世紀には15ヘクタールにも及ぶ広大な風景式庭園がつくられました。その後オーナーが変わり、1904年からラッチェンスとジーキルによって、この庭は改めてつくり直されました。第二次世界大戦の頃には、荒れて廃墟同然になってしまったのですが、1997年から復興プロジェクトが始まり、ジーキル女史の書いた図面をもとに、現在はほぼ当時のままに再現されています。
フォーマルな雰囲気漂う
色彩にあふれたメインガーデン
ヘスタークームのメインガーデンでは、石で作られたパーゴラにより、庭の向こうに広がる田園風景に繋がる景色をクローズさせながら、まとまった空間を作り出しています。これはラッチェンスの得意な手法の一つです。メインガーデンでは、園路を十文字に配するのではなく対角線状に配することにより、メソポタミアから連綿と受け継がれてきたフォーマルガーデンのスタイルをラッチェンス風に見事にアレンジさせ、そこにジーキル女史の花が咲き乱れる世界最高のコンビネーションを作り出しています。
この庭では、嬉しいことに、今も当時のままに再現された植栽を見ることができます。修景バラの向こうには、はっきりした青紫のデルフィニウムやオレンジのヒューケラが。その間をラベンダーがつなぎ、2つの色彩を優しくミックスさせています。遠くに見える薄い黄色の大きな花はバーバスカムの塊、その横のもっこりとした赤い色は日本のベニシダレモミジです。
庭の随所に散りばめられたジーキル女史の植栽センスと
ラッチェンスのハードランドスケープ
メインガーデンへと続く階段。もともとあった傾斜にストーンウォールでうまく変化をつけながら、ガーデンへ降りていくように設計されています。ゆったりとした石の階段には、エリゲロン(源平小菊)がぎっしり生えています。また、ジーキル女史のお気に入りのシルバーリーフプランツや淡い色彩で、彼女らしい雰囲気を作り出しています。
石垣に埋もれるようにベンチを置くことで、落ち着いたスペースができています。このベンチに座っていると、庭に溶け込んでしまいそうに感じられます。
さまざまなサイズの平石を組み合わせて、とかく単調で堅くなりがちなペイビング(舗装)のテイストを和らげると同時に、エリゲロンで石の断面を優しく隠しています。石材の小端積みにも所々隙間を空けて、植物の入るスペースを作っています。
階段脇の樽のポットも、全ての段に置かず、途中が抜けていることで、重々しさをなくして開放感が感じられます。手前の両脇にはシダが植えられていて、エリゲロンとうまく調和しています。
庭の奥の壁泉から続くのは、これぞ2人で共作したからこその見せ場ともいえる立体的な水の流れです。角ばった石にうまく立体的に植物を絡ませて、一つながりの素晴らしい空間を作り出しています。純白の花を多く使い、周りの宿根草ボーダーとのコンビネーションも絶妙です。ジーキル女史は芝の遠路とボーダーの幅、それと植物の高さにはかなりこだわりを持っていました。
オランジェリーの前に広がる花壇の植栽は、シルバーリーフを多く使ったジーキル女史らしいカラースキーム(配色)です。少し前までは、ここでしかジーキル女史の植栽が見られなかったのですが、最近は彼女が手がけた多くの庭が、残された植栽図によって、当時のように復元されてきたことは嬉しい限りです。
彼女の植栽方法が、今のイングリッシュガーデンのほぼ全てに強い影響を及ぼしていることは、疑う余地のないところです。このヘスタークームのガーデンでは、そんな彼女のセンスと色彩感覚が存分に発揮されています。
現代につながるイングリッシュコテージガーデンの基礎を作ったジーキル女史とラッチェンス、2人の最高傑作ともいえる「ヘスタークーム」いかがでしたでしょうか?
次回は、今まで見てきた花の植え方や庭のスタイルについて、イタリア、フランス、イギリス、そして日本と比較してみたいと思います。
併せて読みたい
・イングランド式庭園の初期の最高傑作「ローシャム・パーク」【世界のガーデンを探る旅17】
・英国「シシングハースト・カースル・ガーデン」色彩豊かなローズガーデン&サウスコテージガーデン
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Photo
Christian Mueller/Shutterstock.com
Credit
文 / 二宮孝嗣 - 造園芸家 -
にのみや・こうじ/長野県飯田市「セイセイナーセリー」代表。静岡大学農学部園芸科を卒業後、千葉大学園芸学部大学院を修了。ドイツ、イギリス、オランダ、ベルギー、バクダットなど世界各地で研修したのち、宿根草・山野草・盆栽を栽培するかたわら、世界各地で庭園をデザインする。1995年BALI(英国造園協会)年間ベストデザイン賞日本人初受賞、1996年にイギリスのチェルシーフラワーショーで日本人初のゴールドメダルを受賞その他ニュージーランド、オーストラリア、シンガポール各地のフラワーショウなど受賞歴多数。近著に『美しい花言葉・花図鑑-彩と物語を楽しむ』(ナツメ社)。
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