英国「シシングハースト・カースル・ガーデン」色彩豊かなローズガーデン&サウスコテージガーデン

©National Trust Images/Andrew Butler
イギリス、ケント州の緑豊かな田園にあるシシングハースト・カースル・ガーデンは、世界中のガーデナーが一度は訪れたいと願う名園。エリザベス朝時代の古い塔を中心に、個性の異なるいくつもの庭がつくられています。ここでは、ロマンチックな雰囲気の漂うローズガーデンと、それとは対照的に、輝く夕日のような色彩のサウスコテージガーデンに注目します。

目次
時とまどろみに埋もれた庭

シシングハーストの庭園は、詩人、作家として活躍した妻のヴィタ・サックヴィル=ウェストと、外交官で作家でもあった夫のハロルド・ニコルソンによって、1930年からつくられました。
庭園の設計は、夫ハロルドの担当。彼は、もともとあった古いレンガ塀を生かしつつ、セイヨウイチイの生け垣を間仕切りとして効果的に設計するなどして、個性の異なる庭がつながっていくようにデザインしました。そして、感性豊かな妻のヴィタは、夫のデザインした古典的でエレガントな枠組みの中に、色彩豊かでロマンチックな植栽を施しました。

1930年、ヴィタは300年間打ち捨てられていたシシングハースト・カースルに出合うと、一目で恋に落ちました。彼女の目には、廃墟と化していたエリザベス朝時代の建物が「眠りの森の城」のように映り、芸術家としてのイマジネーションをかきたてられたのです。「時とまどろみに埋もれた」場所。ヴィタはのちに『シシングハースト』と題した自らの詩の中でも、そう表現しています。彼女がつくり上げたのは、時の中に埋もれるような、秘密の花園でした。
色彩躍るローズガーデン

庭園のシンボルである塔(タワー)の下に広がる芝生から、脇にある小さなゲートをくぐると、その先にローズガーデンが広がっています。この庭が最も美しいのは、6月下旬から7月上旬。ヴィタが愛した数々のオールドローズが咲き誇る季節です。

ヴィタとハロルドが庭園をつくり始めた当初、バラは現在のホワイトガーデンに植えられていました。しかし、バラが増えて手狭になったために、1937年、キッチンガーデンとして使われていたこの区画に移され、新たにローズガーデンがつくられました。

ローズガーデンの構造の中心となるのは、長方形の庭のほぼ中央にある、「ロンデル」と呼ばれる円形の生け垣です。長い年月を経て厚い壁のようになったセイヨウイチイの生け垣は、小さな苗木から育てたとは想像もできないほど立派です。このロンデルからは四方に小径が出ていて、その一つは西の端にある、弧を描く石塀を背にした芝生のステージに行き当たります。ハロルドの設計した生け垣や芝生のステージには、どこか舞台装置のような趣があって、古典的なデザインながらも、ちょっとした驚きが隠されています。


ヴィタが庭づくりを始めた頃に心に描いていたのは、「バラやハニーサックル、イチジク、ブドウが揺れる」花景色でした。赤味がかった古いレンガ塀には、それらのつる性植物が絡まって、風に葉を揺らし、時とまどろみに埋もれる花園の雰囲気を生み出しています。

花壇では、こんもりと茂るように仕立てられた数々のバラの合間に、ピオニーやアリウム、アイリス、シュウメイギク、エレムルスといった宿根草や球根花が、ヴィタいわく「泡立つように」茂って、バラの美しさをさらに引き出しています。

20世紀のジャーナリスト、アン・スコット=ジェームズによると、ヴィタは「オールドローズの美しさや香りだけでなく、そのロマンに惹きつけられた」といいます。彼女は「長い歴史を持つバラ、例えば、17世紀にアラブ人によってペルシャからもたらされたであろう、暗い赤色をしたガリカ種のバラ」や、「‘カーディナル・ドゥ・リシュリュー’のような、過去の記憶を呼び起こすような名を持ったバラ」を好みました。ヴィタにとって、バラは美しいだけでなく、歴史を偲ばせ、詩作のイマジネーションを誘うものだったのかもしれません。

ヴィタは園芸の正式な教育を受けたわけではありませんでしたが、試行錯誤の中で自ら多くを学んだ、才能あるガーデナーでした。彼女が英国の新聞、オブザーバー紙に毎週書いていたガーデンコラムは人気で、亡くなる前年まで14年余りに渡って掲載されました。

ヴィタはむきだしの土が見えているのがとにかく嫌いで、その植栽スタイルは「どんな隙間にもどんどん詰め込む」というものでした。草花があふれるように茂って、きらめくような色彩と香りを放つ花景色を好んだヴィタは、完璧さを求めず、直感の告げるままに庭と向き合って、美しい植栽を生み出しました。
夕暮れ色のサウスコテージガーデン

ピンクを基調としたロマンチックな雰囲気のローズガーデンとは対照的に、サウスコテージガーデンでは、黄色やオレンジの花々がハッとするようなまぶしさを放っています。

かつてこの庭は、単にコテージガーデンと呼ばれていましたが、ヴィクトリア朝時代に流行った、いわゆるコテージガーデン(田舎家の庭)のスタイルではありません。シシングハーストの他の庭と同様に、この庭にもヴィタとハロルドの洗練された美意識が感じられます。

庭の中央で目を引くのは、たっぷりとして丸みのある、やや不安定なフォルムをした、4本のセイヨウイチイのトピアリーです。そして、レンガや石を敷いたまっすぐな小径が、長方形の花壇を囲むように縦横に伸びています。

植栽のカラースキームは、黄、オレンジ、赤を中心としたもので、「サンセット」がテーマ。日本の夕暮れは茜色のイメージですが、ヴィタがイメージしたのはおそらく、温かみのある、黄金色に輝く光が降り注ぐような、イギリスの華やかな夕暮れだったのでしょう。

ヴィタの時代には、この庭の見頃は晩夏から初秋にかけてでしたが、現在は、春から夏をピークに、庭の楽しみが長く続くような植栽になっています。夏の花壇は本当にまばゆいばかりで、黄やオレンジの花色の魅力を再発見できます。

夏、色鮮やかに咲き誇るのは、インパクトのある花姿のトリトマやカンナ、それから、華やかなダリアです。バーバスカムが長い花穂を上に伸ばす一方で、クロコスミアはオレンジ色の花穂をゆらゆらと揺らします。

そしてそこに、スイートピーや赤いヒマワリ、ヒナゲシといった一年草が加わって、可愛らしさを添えています。

一方、春の庭は、夏と比べると、より温かみのあるトーンの花で満たされます。チューリップ、エリシムム、オダマキ、アークトチス(ハゴロモギク)が、穏やかに春の歓びを告げています。

ヴィタとハロルドは、地所内に点在する、エリザベス朝時代の4つの建物を住居として使っていました。庭園の入り口付近の建物には図書室と兼用の居間が、塔(タワー)にはヴィタの書斎がありました。ホワイトガーデン脇の家は子どもたちが暮らし、家族で食事をする場所で、このサウスコテージには、ハロルドの書斎と、2人の寝室や浴室がありました。それぞれの建物は、距離はあるものの庭によってつながれ、ヴィタとハロルドは生活の場が分散していても、気にすることはなかったといいます。

サウスコテージにあるハロルドの書斎やヴィタの寝室の窓辺からは、この明るい庭を見渡すことができます。ハロルドは、庭に置いてある石のくぼみで、夜の間に降った雨の量を調べるのを毎朝の日課にしていました。この庭は2人にとって、すぐそこにあった庭。最も身近で、日々の暮らしに深く結びついた庭でした。
併せて読みたい
・ガーデナー憧れの地「シシングハースト・カースル・ガーデン」誕生の物語
・ナショナル・トラスト2018秋冬コレクション 英国有数の保養地 イングランド南西部を訪ねる
・英国の名園巡り、ビアトリクス・ポターの愛した暮らし「ヒル・トップ」
取材協力
英国ナショナル・トラスト(英語) https://www.nationaltrust.org.uk/
ナショナル・トラスト(日本語) http://www.ntejc.jp/
Information
〈The National Trust〉Sissinghurst Castle Garden シシングハースト・カースル・ガーデン
ロンドンからは車で約1時間40分。電車の場合は、ロンドン・ブリッジ駅から最寄り駅のステイプルハースト駅(Staplehurst)まで約1時間。駅からはタクシー(約8km、約15分)。
庭園の開園は3/17~10/31、11:00~17:30(最終入場は閉園の45分前)。サウスコテージ、塔(タワー)、展覧会は通年開館。1/1~3/16、11/1~12/31(12/25、26を除く)の開館時間は11:00~16:30。3/17~10/31は11:00~17:30。サウスコテージのみ6月は閉館。
*2018年度の情報です。修復や保全作業により開園日時が変更することもあるので、詳細はホームページ等でご確認下さい。
住所:Biddenden Road, near Cranbrook, Kent, TN17 2AB
電話:+44(0)1580 710700
https://www.nationaltrust.org.uk/sissinghurst-castle-garden
Writing reference: Nicolson, Adam. Sissinghurst Castle Garden. The National Trust, 200
Credit
文 / 萩尾昌美

はぎお・まさみ/ガーデン及びガーデニングを専門分野に、英日翻訳と執筆に携わる。世界の庭情報をお届けすべく、日々勉強中。20代の頃、ロンドンで働き、暮らすうちに、英国の田舎と庭めぐり、お茶の時間をこよなく愛するように。早稲田大学第一文学部卒。神奈川生まれ、2児の母。
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