イングリッシュガーデン以前の17世紀の庭デザイン【世界のガーデンを探る旅15】

日本庭園やイングリッシュガーデン、整形式庭園など、世界にはいろいろなガーデンスタイルがあります。世界各地の庭を巡った造園芸家の二宮孝嗣さんに案内していただく歴史からガーデンの発祥を探る旅。第15回は、イングリッシュガーデンのスタイルが登場する以前につくられた、「ハンベリー・ホール(Hanbury Hall)」を解説していただきます。
目次
イタリアやフランスへの憧れから
イギリス独自の庭文化へ発展

ヨーロッパの中では、文化的にも経済的にも後発国であったイギリスは、イタリアルネッサンスやフランスの宮廷文化に憧れて、国内に多くのイタリア式庭園やフランス式庭園をつくっていきました。しかし、イギリスは緩やかな起伏の丘が続くつづく地形で、イタリアほど起伏も急流もなく、また、フランスのような広くて平らな土地にも恵まれていませんでした。そのためイギリスにおいては、両方の庭園様式が深く根付く事はありませんでした。

またその頃、“知識は力なり”の格言で有名な哲学者フランシス・ベーコンや文学“失楽園”の著者、ジョン・ミルトンなどが、自然なものへの憧憬、大陸文化からの脱却を提唱し始めます。
庭園も、今までの整形的なユートピアから、自然復帰こそが神が示してくれたものであるという英国的価値観へと移行していきます。
17世紀につくられた「ハンベリー・ホール」と庭
今回ご紹介する庭は、イギリス中西部、ウスターシャーにある「ハンベリー・ホール(Hanbury Hall)」です。この屋敷は、大地主のトーマス・ヴェルノンが1701年からつくり始めました。庭園のデザインは、その当時、イギリスで流行していたフランス式庭園で、設計はハンプトン・コートも設計した造園家、ジョージ・ロンドンとヘンリー・ワイズが担当。しかし、ここには広々としたフランス式庭園がつくれるような平地はなかったため、この土地に合った小規模な整形式庭園がつくられたのです。


まずは、屋敷前の車寄せから見ていきましょう。広々とした車寄せの向こうには、樹齢300年といわれる針葉樹、アトランティックシダーが高木となり、両側には落ち着いた雰囲気の、よく手入れがされたボーダー花壇が訪れた人を歓迎してくれます。


オレンジ色の石造りの建物や柱と対比する、きれいに刈り込まれた芝のエリアには、オレンジのヘメロカリスやライムグリーンの花が咲くアルケミラモリス、ピオニー、シュウメイギク、そして塀の向こう側にはスモークツリー(ケムリの木)など、現代の私たちがイングリッシュガーデンでよく名を聞く植物たちがボーダー花壇に使われています。手前には、経年変化で味が出た鉢から鋭い葉を広げているアガベが引き締め効果に。
2人の造園家が担当した整形式庭園

建物の向こう側には、ツゲで区切られたいくつかの庭が並んでいます。順番に、そのデザインを見ていきましょう。まずは、スタンダード仕立てのナシの木と鉢植えのリンゴを配した、オランダ風のフォーマルガーデンです。その向こうのエリアでは、ほかでは見たことのないような素敵な花壇が出迎えてくれます。

丸く刈り込まれたナシの木が並ぶエリアを、低いツゲで縁取られた四角い花壇が囲むなど、木々の組み合わせで、平坦な敷地に立体感のある景色をつくっています。

屋敷から見渡せる場所には、一段下がった土地にフォーマルな沈床花壇がつくられています。きれいに刈り込まれた緑のツゲの縁取りに、独特な花の組み合わせで明るい雰囲気を出しています。薄黄色の低い刈り込みはヒメツルマサキ、真ん中のボールは斑入りのヒイラギです。

四角や円錐、丸いトピアリーを複数組み合わせてたフォーマルな、整って見える庭デザインですが、花の数が少なく、手がかからない工夫を感じました。また、色合いがイギリスにしては、はっきりとした原色系の花が使われています。現代のコテージガーデン風な色合いに慣れてしまっている私たちには、新鮮な驚きをもってこのコンパクトな庭を楽しむことができます。植えられている植物も、驚くほど少量で小さなコニファーのトピアリーと緑や黄色のヘッジ、それらが土の色と相まってつくり出している不思議な雰囲気の庭です。このような植え方は他では見たことがありません。これはつくられた当時からのアイデアか、または、今のオーナーのアイデアかは分かりませんが、皆さまも一度ここを訪れて不思議な感覚を味わってみてはいかがでしょうか?


庭を見学していたら、ガーデナーが直線的なツゲのヘッジの刈り込みをしていました。水糸を引いて神経質に思えるほど緻密な作業でしたが、その向こう側では、別のガーデナーとオーナーらしき夫婦が何やら話し合い。秋の植栽計画でも相談しているのでしょうか?
富の象徴の一つ、オランジェリー

「ハンベリー・ホール」の敷地内には、オランジェリーも当時のまま残っていました。かなり緯度の高いイギリスでは、冬に吹く冷たい北風から寒さに弱い植物を守るために、大きなオランジェリーがつくられました。その頃、イタリアルネッサンスへの強い憧れを抱いていたイギリスの富裕層にとって、イタリアへ旅行することは一種のステータスでした。そして、寒さに弱いオレンジの木などを自宅に備えたオランジェリーで栽培することも、自慢の種になっていたようです。

植物が外へ持ち出されている夏の間のオランジェリーの中は、ガランとした空間。春から秋までは、コンサバトリーのようにも使われることもあります。現在のような温室が登場するのは19世紀に入ってからですので、それ以前の時代は、寒さに弱い植物の冬越しはオランジェリーの中で行っていました。
イギリスの地形に合わせた庭デザインを模索する時代へ

庭から広がる穏やかな起伏に富んだイングランドの丘陵地、最もイギリスらしい風景です。大きな木はアトランティックシダ―。複雑な樹形は、この土地の歴史を物語っているようです。
大陸文化の模倣から始まったイギリスの庭の歴史は、イタリア式庭園、フランス式庭園、オランダ式庭園などの要素を吸収し、咀嚼しながら、ソフトなイギリスのランドスケープにフィットするような独自の様式を少しずつつくり出していきます。16世紀後半から7つの海を支配したイギリスに世界中の富が集まり、世界の文化と経済の中心としてのイギリスの時代と相まって、世界中に送られたプラントハンターが持ち帰った植物を使った華やかなイングリッシュガーデンの時代が始まろうとしています。
併せて読みたい
・イギリス発祥の庭デザイン「ノットガーデン」【世界のガーデンを探る旅14】
・【初めてのガーデニング講座】小さな花壇で育てる一年の花サイクル
・松本路子の庭をめぐる物語 フランス・パリの隠れ家「パレ・ロワイヤル」
Credit
写真&文 / 二宮孝嗣 - 造園芸家 -

にのみや・こうじ/長野県飯田市「セイセイナーセリー」代表。静岡大学農学部園芸科を卒業後、千葉大学園芸学部大学院を修了。ドイツ、イギリス、オランダ、ベルギー、バクダットなど世界各地で研修したのち、宿根草・山野草・盆栽を栽培するかたわら、世界各地で庭園をデザインする。1995年BALI(英国造園協会)年間ベストデザイン賞日本人初受賞、1996年にイギリスのチェルシーフラワーショーで日本人初のゴールドメダルを受賞その他ニュージーランド、オーストラリア、シンガポール各地のフラワーショウなど受賞歴多数。近著に『美しい花言葉・花図鑑-彩と物語を楽しむ』(ナツメ社)。
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