イングランド式庭園の初期の最高傑作「ローシャム・パーク」【世界のガーデンを探る旅17】
日本庭園やイングリッシュガーデン、整形式庭園など、世界にはいろいろなガーデンスタイルがあります。世界各地の庭を巡った造園芸家の二宮孝嗣さんに案内していただく歴史からガーデンの発祥を探る旅第17回。ここからは、幾何学的でフォーマルな庭園から、より自然に近づけた風景式庭園へと移行します。いよいよイギリス庭園(イングリッシュ・ランドスケープ)時代の幕開けです。その時代にウィリアム・ケントが手がけた風景式庭園の一つ「ローシャム・パーク」をご案内します。
目次
地上の楽園とは、美しい自然の中にある
16~17世紀のイタリア・ルネッサンスやフランス式庭園のような、直線的で幾何学的な整形式庭園が、かつてはイギリスでも主流でしたが、緩やかな丘陵の自然風景に親しんできたイギリス人にとって、それはどこか、しっくりこなかったのではないでしょうか。
そこで、より自然な風景を創り出すことで、フォーマルなエデンの園から、インフォーマルなユートピア(理想郷)へと庭の形が変わっていきます。18世紀になると、ジョン・ミルトン作の叙情詩『パラダイス・ロスト(失楽園)』に記された、“地上の楽園とは、美しい自然の中にある”という考え方がイギリスに広がっていきました。
ウィリアム・ケントがつくり出した“ピクチャレスク”な庭園
また、“芸術は自然の模倣であり、庭園は自然に従う”という考えからも、イギリスらしい風景式庭園がつくられるようになっていきました。その代表作の一つとして今回取り上げるのが「ローシャム・パーク(Rousham Park House & Garden)」です。
この庭は、イギリスの造園家であり画家である、かの有名なウィリアム・ケント(William Kent、1685〜1748)によって、1738年からつくられ始めました。ケントは、庭園とはピクチャレスク(絵画的)であるべきだという考えから、イギリス人が理想とする美しい自然な風景を大地につくり出そうとしました。そしてこの地に彼の理想とする庭園が完成しました。幸運なことに現在の「ローシャム・パーク」では、ケントがつくった当時のままに近い形が残っています。
屋敷の前にはよく手入れされた芝生が広がり、今もイギリスで人気のスポーツ、ローンボウルズ(現代のテンピンボウリングの元となった)の競技場にもなっています。
ずっしりとした重厚なジャコビアン様式の屋敷は、1635年に建てられましたが、1738年にケントが改築し、建物の内部や絵画にまで手を加え、さらにその周りには、ピクチャレスク(絵のよう)な風景式庭園がつくられました。
ローシャム・パークは、平らな敷地があまりなく、不規則に蛇行しながら、ゆったりと流れるチャーウェル川を見下ろす丘の上にあります。今も当初の姿をほぼそのまま残すこの庭は、イングランド式庭園の初期の最高傑作といわれています。
イタリアルネッサンスへの憧れとイングリッシュ・ランドスケープが見事に融合した、ウピクチャレスクな空間。
植物がのびのびと生育し、花が彩る自然風な庭
重厚な庭門をくぐると、そこには草花がのびのびと生育する宿根草ボーダーが目の前に無限の繋がりのように城壁に沿って現れます(ウォールドガーデン)。
このデザインは、初期のボーダー花壇のスタイルをよく残しています。右側の白い花は、日本では見たことがない背が高くなるスカビオサ。ピンクの花はシュラブローズ、黄花は、リシマキアとバーバスカム。足元には少し、赤いジギタリスが頑張って咲いていました。左の白花はムスクマロウ(日本の土壌ではうまく育ちません)、足元にはアルケミラ・モリス。そして、手前にはヘメロカリスのつぼみが見えます。
ウォールドガーデン横のエリアは、「ピジョン・ハウスガーデン」。ノットガーデン風なローズガーデン で、バラの花の赤と白との単純な組み合わせが、ノスタルジックな雰囲気を醸し出しています。
別の年に訪れた時のノットガーデンの花壇では、バラの背丈より高く咲くジギタリスが一面に。濃い色を避け、優しい色合いでまとめているのも、ウィリアム・ケントの作庭当時からの伝承なのでしょうか。ガーデンの中心を引き締めているのはサンダイアル(日時計)。
フォーマルな印象のノットガーデンには、自然風なアルケミラ・モリスとシレネが咲き、ベンチを包み込むように咲き乱れるイングリッシュラベンダーが……。6月上旬のこの季節、イギリスの村々には、むせかえるようなラベンダーの香りが満ち溢れます。僕の一番好きな季節です。
ピジョン・ハウス(鳩小屋)の壁面に放射状に這わせている植物は、なんと日本でもよく見かけるきれいな赤い実をつける西洋ザイフリボクです。足元には赤いケシが植えられていました。左奥の花は、ユッカの白花。
キッチンガーデンへの入り口のウォールドガーデンでは、左側の壁面にはシリンガ(ライラック)、つるバラ、クレマチスなどを這わせてあります。皆さんが思い浮かべるパッチワーク状のボーダー花壇の花の植え方は、ウィリアム・ケントからさらに時を経て現れる三巨頭のひとり、ガートルード・ジーキル女史まで待たなくてはいけません。この庭は、あくまでケントが意図した自然風な要素で構成されているので、より素朴な雰囲気が随所に見て取れます。
キッチンガーデンは現在も使われています。左の白い花はサルビア、手前にはシレネ、奥には白いモナルダ。右側の畑にはアーティチョークのザラザラした感触のシルバーリーフが茂り、足元にはナスタチウムが植えられていました。
自然との調和を示す池のあるガーデン
随所に花とベンチと人工的な池があります。自然との調和を目指していたウィリアム・ケントの意向が強く感じられます。宿根草のボーダー花壇の奥へ行くと、頭上をつるバラが囲み、中央に丸い池が配され、噴水から水音も響きます。足元の白い花は、シシリンチウム・ストリアツム、淡いピンクのジギタリスが優しい色を添えています。
これまでご紹介した花のエリアとは反対側にある森を思わせるエリアには、細い水路「リル」と八角形の池があります。ウィリアム・ケントの溢れ出る庭づくりのアイデアを反映したこのデザインは、200年を経た今も斬新さを感じることでしょう。
起伏に富んだ地形を楽しむかのようにつくられた「ヴィーナスの谷」。見事なまでに自然と調和したピクチャレスクな空間づくりです。ハーハー(牧草地に設けられる段差)を思わす2段の石橋の中はカスケード(連なった滝)、上にはビーナスの像があります。優しい起伏の斜面と周りの森が、あたかも一幅の絵のようです。
屋敷にはコンサバトリー風な温室も備えられています。この頃になると、オランジェリーではなく、板ガラスの温室が作られるようになりました。入り口の右手には、優しい色のバラが咲き、左手には白いガクアジサイ。イギリスには珍しいトウジュロも植えられています。
ウィリアム・ケントが目指したピクチャレスクなイングリッシュランドスケープには、心安らぐ理想郷が表現され、今もここ、ローシャム・パークには当時の様子そのままに維持されています。こんなベンチに座って、自然と一体となる贅沢な時間。庭を散策してその景色を楽しむだけでなく、自然と一体になる時間を提供するという新しい過ごし方を創造したのではないでしょうか。
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Credit
写真&文 / 二宮孝嗣 - 造園芸家 -
にのみや・こうじ/長野県飯田市「セイセイナーセリー」代表。静岡大学農学部園芸科を卒業後、千葉大学園芸学部大学院を修了。ドイツ、イギリス、オランダ、ベルギー、バクダットなど世界各地で研修したのち、宿根草・山野草・盆栽を栽培するかたわら、世界各地で庭園をデザインする。1995年BALI(英国造園協会)年間ベストデザイン賞日本人初受賞、1996年にイギリスのチェルシーフラワーショーで日本人初のゴールドメダルを受賞その他ニュージーランド、オーストラリア、シンガポール各地のフラワーショウなど受賞歴多数。近著に『美しい花言葉・花図鑑-彩と物語を楽しむ』(ナツメ社)。
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