イングリッシュガーデン旅案内【英国】21世紀を代表するガーデンデザイン「ブロートン・グランジ」

庭好き、花好きが憧れる、海外ガーデンの旅先をご案内する現地取材シリーズ。今回訪ねたのは、英国、オックスフォードシャー州にあるブロートン・グランジです。1992年から作られてきたこの広大な庭園を、一躍有名にしたのは、2000年に作られたウォールドガーデンです。設計したのは、チェルシーフラワーショーのゴールドメダルを何度も受賞しているランドスケープ・デザイナー、トム・スチュワート=スミス。周囲の風景と結びつくようデザインされたその庭は、コンテンポラリー・ガーデンの名作として知られています。
目次
広大な敷地にある広大な庭

ブロートン・グランジは、1992年に現在のオーナーが購入するまで、200年間にわたってモレル家が所有していました。庭は、ヴィクトリア朝時代のものもありましたが、現在の庭園の姿は、今のオーナーの手によって生み出されたものです。ブロートン・グランジの敷地の総面積は350エーカー、なんと東京ドーム約30個分という広さ。広大な草地や農地に囲まれて、25エーカー(同約2個分)の庭園と、80エーカー(同約7個分)の樹木園があります。

訪れたのは6月上旬。「21世紀を代表するモダンな庭」があると聞いて、期待が膨らみます。車を降りると、辺りには草原が広がっていました。サワサワと軽やかな草の間に、真っ赤なポピーが咲いて、穏やかな雰囲気です。

木々の枝が頭上を覆って日差しを遮る、心地よい森の小道を進んでいくと、開けた場所に到着しました。
案内板に導かれて入ると、ヘッドガーデナーのアンドリュー・ウッドオールさんが、明るく出迎えてくれました。

ウッドオールさんの話によれば、起伏のある広大な敷地を、どのように変化のあるガーデンにしていくか、今も試行錯誤が続いているとのこと。遠くに望む景色を生かし、周辺の景色と調和するガーデンづくりに力を注いでいるそうです。
「珍しい木々も多数入れて、それぞれ樹木や植物には品種名を表示しているので、よく見ながら散策をしてみてください」という案内を聞き終え、どんな庭が待っているのか楽しみに歩き出しました。

水彩画で描かれたガーデンの全体図を見ていると、庭園が広大であること、そして、エリアごとの見所もたくさんあることが伝わってきます。庭園の中心には、トム・スチュワート=スミスの手による正方形のウォールドガーデンも描かれています。さあ、地図を手に進みましょう。

キングサリの葉が茂る長いトンネルを通り抜けて、さらに進んでいくと……

直線的な石で縁取られた小川が、エリアを仕切るように流れている場所に出ました。「あ! あの場所だ」。以前、ガーデニングの雑誌に「イギリスで最新の庭」として紹介されていた、そのページを思い出しました。写真で見ていた庭に自分が立っていることを実感するのも、海外のガーデニング巡りの嬉しい瞬間です。さあ、その奥の景色はどうなっているのでしょうか、さらに小道を進みます。
現代の名作 ウォールドガーデン

ここが、トム・スチュワート=スミスのデザインした、ウォールドガーデンです。かつてパドック(馬の小放牧地)として使われていた、南に向かって開けたゆるい斜面に作られています。60×60mの正方形の庭は、それぞれに異なるデザインテーマを持つ3つのテラス(20×60m)から成り、それらが階段状に配置されています。
ウォールドガーデン(塀に囲まれた庭)といっても、塀があるのは北と西の2辺だけで、南側と東側は開けています。スチュワート=スミスは、庭の外側にある草地や野山、遠くの建物といった周囲の風景を生かし、それらと結びつくようデザインすることが大切だと考え、このようなスタイルを選びました。
大草原の雰囲気を持つアッパーテラス

まず、最初に出合うのは、アッパーテラス(上段のテラス)です。低く茂る植物の中で、背の高いトピアリーがリズムよく並ぶ、北米の大草原地帯、プレーリーの雰囲気を持つ植栽デザインです。
小川の水は、北から南、斜面の高いほうから低いほうへと流れています(写真では手前から奥へ)。

低く茂るグラス類に交じって、明るい黄色のフロミス・ラッセリアナ、紫のサルビア・ネモローサ、紫のタンチョウ・アリウム(アリウム・スファエロセファロン)が花を咲かせます。直立するトピアリーは、「ペンシル・ユー」と呼ばれるヨーロッパイチイ‘フェスティジャータ’。
秋、そして冬になると、立ち枯れたグラス類や宿根草のシードヘッド(種子が残った花の部分)がモノトーンの造形の美という、また違った面白さを見せます。
四角い池のあるミドルテラス

次に現れるのが、中央に四角い池を配したミドルテラス(中段のテラス)です。池はウォールドガーデン全体の中心にあって、周りを豊かな植栽に囲まれています。
四角い池には、視線を対角線に導いて、遠くの景色につなげる役割があります。

池には真四角の飛び石が浮かんで、印象的なシーンを作ります。一段高いところを流れるアッパーテラスの小川から、水が滝となって注がれる様子も、このエリアのアクセントとなって目を引きます。そして、池に映り込む周囲の木々のシルエットも、風景の一部となっています。

池から横に伸びる道を行くと、背丈を越すほどの草花が隙間なく茂り、辺りを覆い尽くしていました。左右の花壇からはみ出すほど勢いよく成長する植物の迫力に、圧倒されます。ミドルテラスの植栽テーマは、湿り気のあるメドウ。池のほとりに生えているような植物が選ばれています。

白いアスチルベのような花を咲かせる、タデ科のジャイアント・フリース・フラワーに、レティクラータ・アイリス、それから、ヤグルマソウに似たロジャーシア・ピンナタといった植物が生い茂り、そこに、カラマグロスティス、ヌマガヤ、ミスカンサスといったグラス類が交じっています。ポコポコと飛び出ているのは、ヨーロッパブナのトピアリーで、16本あります。

目の前は植物の海。他のガーデンにはない植物がつくる新鮮な景色に、ガーデンデザインの進化を感じました。

ミドルテラスの東側は塀がなく、広々とした緑の景色が広がっています。手前の草地は、夏が近づくにつれて、ワイルドフラワーの咲き広がるメドウへと変化します。その景色も、ぜひ見てみたいもの。その向こうには、森林植物園の針葉樹が見えます。
新感覚のパーテア

次に眼下に現れたのは、不思議な形に仕立てられたツゲのエリアです。ローアーパーテア(下段のパーテア)と呼ばれる庭です。

生け垣は、モコモコと、なにやら有機的な形をしています。抽象的なデザインに見えますが、じつは、これは自然界にあるものの形。周辺に自生するヨーロッパブナ、セイヨウトネリコ、オークの葉の細胞構造を、そのまま拡大したものなのです。ツゲの低い生け垣の合間に草花を植える、パーテアという造園技法では、伝統的には幾何学模様を描きます。しかし、トム・スチュワート=スミスは新しいアプローチによって、新感覚のパーテアを生み出しました。

ツゲの間には、若い苗が植えられていました。黒葉の植物や白花のマリーゴールド。これらが成長したら、また面白い景色になるだろうなぁと、想像が膨らみます。ここにもガーデンデザインの新しい試みを感じます。

夏の花壇のカラースキームは年ごとに変わるそうですが、パープル・ケールやニコチアナ、ヘリオトロープ、コスモス、ルドベキアなど、中心となる植物は毎年植えられます。
毎年10月になると、夏の草花が取り除かれて、5,000球のチューリップの球根が植えられるといいます。そして、春になると、赤や紫、ピンク、黄色といった、色とりどりのチューリップの咲く圧巻の景色に。12種ほどの品種は、4月末~5月初めに行われる、ナショナル・ガーデンズ・スキームのチャリティ・オープン・デーにタイミングを合わせて咲くよう、吟味されるそうです。
花後の球根は掘り上げられて、保管され、その後、ワイルドメドウのエリアに植えられて、野生化するようそのまま放っておかれます。

ローアーパーテアを西側から見たところ。等間隔に並ぶシナノキがフレームの役割を果たして、風景を切り取ります。
奥に見える緑の塀のようなものは、ブナの木を刈り込んで作られたトンネルです。夏の間は、このようなみずみずしい緑の塀となりますが、秋から冬にかけてブナが紅葉すると、豊かな赤茶色の塀へと変わります。そして、その色は、草花がなくなって生け垣の間にむき出しになった、赤味がかった土と呼応します。ウォールドガーデンの植栽は、そこまで計算されているのです。

同じ場所に立って、小道を来た方向に振り返ると、3つのテラスに段差があるのが分かります。

植物のパワーにすっかり驚かされながら、今度は、反対側にある、ヨーロッパブナを刈り込んだトンネルを抜けてみます。すると、シチュエーションがガラリと変わって、開けた場所に出ました。

ベンチに腰掛けて、遠くに広がる大地を眺めて、ちょっと休憩。
小道を進むたびに景色がどんどん変わっていく、場面転換のスピード感も、このガーデンの面白さだなぁと感心しながら、次のエリアに向かいます。

もう随分と驚かされる庭デザインの数々でしたが、道はさらに先があり、再び下りながら先へ進みます。

セイヨウイチイのトピアリーが並ぶテラスが見えてきました。写真の右側のほうはトピアリーが整列していますが、左のほうは、酔っぱらっているかのようにトピアリーがランダムに並んでいて、視線が丘の連なる開けた風景へと導かれます。

ぽこぽこと並ぶトピアリーの間を通っていくと、足元はふかふかな芝生。先ほどまでの石敷きの小道から一転して、柔らかな芝の上を歩くことになります。その感触の違いも、新たなエリアに踏み入れたことを教えてくれました。

さて、庭園の東側にある、石造りのお屋敷のエリアに到着しました。こんな絶景の中に住まうとは、なんて羨ましい! テーブルや椅子の配置から、庭を日頃から愛でていらっしゃるのだろうなぁと想像しつつ、お屋敷の周囲に取り入れている植物を見せていただきました。

お屋敷の入り口付近には、フォーマルな雰囲気のノットガーデンが。アリウム・ギガンチウムの紫の花玉が、緑のツゲと美しいコントラストを見せています。


お屋敷前に広がる芝生のエリアの先には、両脇を野の花に可愛く縁取られた道が続いています。森林植物園とポニー用のパドックの間を抜ける、スプリング・ウォークと呼ばれるこの小道には、たくさんの球根花や宿根草が植わっていて、早春のクリスマスローズから、春のスノーフレーク(オオマツユキソウ)やブルーベルなど、四季折々の景色を見せてくれます。
緩やかな斜面はまだまだ下へと続いていきます。

ヘッドガーデナーのウッドオールさんが「今も作り続けているエリアがある」と話していたのはここでしょうか。枯れ木が植物の間に配された、不思議な雰囲気のエリアです。
切り株を使った庭「スタンプリー」

ここはスタンプリーと呼ばれる庭で、2007年に作られました。スタンプとは切り株のことなので、「切り株園」といったところでしょうか。古い切り株の周りに、ホスタやシダ、ヘレボレスやユキノシタ、アルケミラ・モリスなどが植えられています。

スタンプリーという庭園スタイルはヴィクトリア朝時代に生まれたもので、19世紀のガーデンシーンではよく見られました。プラントハンターによって世界中から新しい植物が次々に英国へと持ち込まれていた当時、シダもさまざまな種類のものが導入されました。スタンプリーは、これらのシダを栽培するのにちょうどよい形態だったのです。

大きく葉を茂らせるシダに、赤葉のモミジ。背景には、大株のユーフォルビアがあります。個性的なフォルムの切り株がアクセントになった、美しい取り合わせです。切り株を使った植栽は、ウサギやミツバチなど、野生生物のすみかにもなっています。
スタンプリーの近くには、ピート・ウォール・テラスや、ヴィクトリア朝時代のサンクンガーデン(沈床庭園)、竹の生えるバンブーゾーン、ボグガーデン(湿地の庭)といったエリアがあって、現在も作り続けられています。

ピート・ウォールを利用した花壇を見つけました。ピートとは、野草や水生植物が炭化した泥炭のことで、ウイスキーの香りづけに使われることで知られています。そのピートのブロックを石垣のように積んだのが、ピート・ウォールです。ここはどんな場所へと変わっていくのでしょう。
お屋敷周りはクラシカルな雰囲気


新しいデザインが印象的なブロートン・グランジの庭ですが、お屋敷の正面にあたる南側には、クラシカルなパーテアや、イギリスらしいナチュラルな雰囲気のボーダーガーデンがありました。2階の居室から望む眺望は、きっと素晴らしいものでしょう。

さて、残りの見学時間が少ないことに気がつき、足早に、感動したポイントをおさらいしながら戻りつつ、ヘッドガーデナーさんがいた元の場所へと向かいます。


最初の場所へ到着すると、コーヒーと手作りマフィンがテーブルに用意されていて、短いカフェタイム。一緒に巡っていた仲間たちと、「素敵な庭だったねー」などと話しながら、ガーデンシェッドに伝うバラの素朴な風景にホッと和みました。
新しい庭デザインが次々と出現する庭でしたが、お屋敷の周辺ではイギリスらしい庭デザインも見られました。植物の使い方で、ここまで幅広く風景の変化を作り出せることに感動を覚えた、とても印象に残る庭でした。
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Information
Broughton Grange〈ブロートン・グランジ〉
Wykham Lane, Broughton, Banbury, Oxfordshire OX15 5DS
+44(0)7791 747371
http://www.broughtongrange.com/map.html
ロンドン、メリルボーン駅からバンベリー駅(Banbury Station)まで約1時間、駅から庭園まではタクシーで約20分。
2019年の開園日時は、5月~9月の火曜と水曜のみ、10:00~16:00。この他に、NGS(ナショナル・ガーデン・スキーム)等のチャリティ・オープン・デーとして、4/28、6/23、7/28、9/15の10:00~17:00。6/26の18:00~。入園料は£8。
*2019年3月現在の情報です。
Credit
写真&文 / 3and garden

スリー・アンド・ガーデン/ガーデニングに精通した女性編集者で構成する編集プロダクション。ガーデニング・植物そのものの魅力に加え、女性ならではの視点で花・緑に関連するあらゆる暮らしの楽しみを取材し紹介。「3and garden」の3は植物が健やかに育つために必要な「光」「水」「土」。
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