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イングリッシュガーデン以前の17世紀の庭デザイン【世界のガーデンを探る旅15】
イタリアやフランスへの憧れから イギリス独自の庭文化へ発展 ヨーロッパの中では、文化的にも経済的にも後発国であったイギリスは、イタリアルネッサンスやフランスの宮廷文化に憧れて、国内に多くのイタリア式庭園やフランス式庭園をつくっていきました。しかし、イギリスは緩やかな起伏の丘が続くつづく地形で、イタリアほど起伏も急流もなく、また、フランスのような広くて平らな土地にも恵まれていませんでした。そのためイギリスにおいては、両方の庭園様式が深く根付く事はありませんでした。 またその頃、“知識は力なり”の格言で有名な哲学者フランシス・ベーコンや文学“失楽園”の著者、ジョン・ミルトンなどが、自然なものへの憧憬、大陸文化からの脱却を提唱し始めます。 庭園も、今までの整形的なユートピアから、自然復帰こそが神が示してくれたものであるという英国的価値観へと移行していきます。 17世紀につくられた「ハンベリー・ホール」と庭 今回ご紹介する庭は、イギリス中西部、ウスターシャーにある「ハンベリー・ホール(Hanbury Hall)」です。この屋敷は、大地主のトーマス・ヴェルノンが1701年からつくり始めました。庭園のデザインは、その当時、イギリスで流行していたフランス式庭園で、設計はハンプトン・コートも設計した造園家、ジョージ・ロンドンとヘンリー・ワイズが担当。しかし、ここには広々としたフランス式庭園がつくれるような平地はなかったため、この土地に合った小規模な整形式庭園がつくられたのです。 まずは、屋敷前の車寄せから見ていきましょう。広々とした車寄せの向こうには、樹齢300年といわれる針葉樹、アトランティックシダーが高木となり、両側には落ち着いた雰囲気の、よく手入れがされたボーダー花壇が訪れた人を歓迎してくれます。 オレンジ色の石造りの建物や柱と対比する、きれいに刈り込まれた芝のエリアには、オレンジのヘメロカリスやライムグリーンの花が咲くアルケミラモリス、ピオニー、シュウメイギク、そして塀の向こう側にはスモークツリー(ケムリの木)など、現代の私たちがイングリッシュガーデンでよく名を聞く植物たちがボーダー花壇に使われています。手前には、経年変化で味が出た鉢から鋭い葉を広げているアガベが引き締め効果に。 2人の造園家が担当した整形式庭園 建物の向こう側には、ツゲで区切られたいくつかの庭が並んでいます。順番に、そのデザインを見ていきましょう。まずは、スタンダード仕立てのナシの木と鉢植えのリンゴを配した、オランダ風のフォーマルガーデンです。その向こうのエリアでは、ほかでは見たことのないような素敵な花壇が出迎えてくれます。 丸く刈り込まれたナシの木が並ぶエリアを、低いツゲで縁取られた四角い花壇が囲むなど、木々の組み合わせで、平坦な敷地に立体感のある景色をつくっています。 屋敷から見渡せる場所には、一段下がった土地にフォーマルな沈床花壇がつくられています。きれいに刈り込まれた緑のツゲの縁取りに、独特な花の組み合わせで明るい雰囲気を出しています。薄黄色の低い刈り込みはヒメツルマサキ、真ん中のボールは斑入りのヒイラギです。 四角や円錐、丸いトピアリーを複数組み合わせてたフォーマルな、整って見える庭デザインですが、花の数が少なく、手がかからない工夫を感じました。また、色合いがイギリスにしては、はっきりとした原色系の花が使われています。現代のコテージガーデン風な色合いに慣れてしまっている私たちには、新鮮な驚きをもってこのコンパクトな庭を楽しむことができます。植えられている植物も、驚くほど少量で小さなコニファーのトピアリーと緑や黄色のヘッジ、それらが土の色と相まってつくり出している不思議な雰囲気の庭です。このような植え方は他では見たことがありません。これはつくられた当時からのアイデアか、または、今のオーナーのアイデアかは分かりませんが、皆さまも一度ここを訪れて不思議な感覚を味わってみてはいかがでしょうか? 庭を見学していたら、ガーデナーが直線的なツゲのヘッジの刈り込みをしていました。水糸を引いて神経質に思えるほど緻密な作業でしたが、その向こう側では、別のガーデナーとオーナーらしき夫婦が何やら話し合い。秋の植栽計画でも相談しているのでしょうか? 富の象徴の一つ、オランジェリー 「ハンベリー・ホール」の敷地内には、オランジェリーも当時のまま残っていました。かなり緯度の高いイギリスでは、冬に吹く冷たい北風から寒さに弱い植物を守るために、大きなオランジェリーがつくられました。その頃、イタリアルネッサンスへの強い憧れを抱いていたイギリスの富裕層にとって、イタリアへ旅行することは一種のステータスでした。そして、寒さに弱いオレンジの木などを自宅に備えたオランジェリーで栽培することも、自慢の種になっていたようです。 植物が外へ持ち出されている夏の間のオランジェリーの中は、ガランとした空間。春から秋までは、コンサバトリーのようにも使われることもあります。現在のような温室が登場するのは19世紀に入ってからですので、それ以前の時代は、寒さに弱い植物の冬越しはオランジェリーの中で行っていました。 イギリスの地形に合わせた庭デザインを模索する時代へ 庭から広がる穏やかな起伏に富んだイングランドの丘陵地、最もイギリスらしい風景です。大きな木はアトランティックシダ―。複雑な樹形は、この土地の歴史を物語っているようです。 大陸文化の模倣から始まったイギリスの庭の歴史は、イタリア式庭園、フランス式庭園、オランダ式庭園などの要素を吸収し、咀嚼しながら、ソフトなイギリスのランドスケープにフィットするような独自の様式を少しずつつくり出していきます。16世紀後半から7つの海を支配したイギリスに世界中の富が集まり、世界の文化と経済の中心としてのイギリスの時代と相まって、世界中に送られたプラントハンターが持ち帰った植物を使った華やかなイングリッシュガーデンの時代が始まろうとしています。 併せて読みたい ・イギリス発祥の庭デザイン「ノットガーデン」【世界のガーデンを探る旅14】 ・【初めてのガーデニング講座】小さな花壇で育てる一年の花サイクル ・松本路子の庭をめぐる物語 フランス・パリの隠れ家「パレ・ロワイヤル」
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イングリッシュガーデン旅案内【英国】ベス・チャトー・ガーデン(2)癒しの水の庭と森の庭
乾燥の地につくられたウォーター・ガーデン 『花好きさんの旅案内【英国】 ベス・チャトー・ガーデン(1)乾燥に強い庭を実現』では、乾燥に耐えられる植物を集めたグラベル・ガーデン(砂利の庭)をご紹介しましたが、そのグラベル・ガーデン脇の庭園入り口を抜けていくと、今度は、たっぷりと水をたたえ、青々と茂る水辺の植物に縁どられた池が現れます。 予期せぬダイナミックな水辺の景色に、思わず見とれてしまいます。じつは、この池は、泉から水を引いた水路をせき止めてつくった、人工の池です。エセックス州のこの辺りは、年間降雨量が少ないことで知られますが、ベスは、乾燥したこの地では育てるのが難しい、プリムラやホスタといった湿り気を好む植物を育ててみたいと思い、池をつくって、湿度を保った環境を整えることに挑んだのでした。 ウォーター・ガーデンには、ベスが厳選した、水辺を好む植物や、湿り気を好む植物が植えられています。彼女の庭づくりの合言葉は‘Right Plant, Right Place’(ふさわしい植物を、ふさわしい場所に)というものですが、グンネラやススキの仲間など、適切な環境に植えられた植物はよく茂って、夏には涼やかな空間をつくります。暑い夏場、水辺の気温は、庭園内の他の場所に比べて数度低くなるそうです。乾燥した土地にあって、この水の庭の豊かな景色は驚くべきものです。 ウォーター・ガーデンから緑の芝生を少し上っていくと、そこはもう、スクリー・ガーデン(がれ場の庭)です。ベス・チャトー・ガーデン(1)編でご紹介しましたが、こちらは水の庭とは対照的に、乾燥に強い植物を集めた庭。ベスが、正反対の性質を持つ植物をひとところで観賞できるガーデンをつくりだしたというのはすごいことだなぁと、歩きながら感心しました。 ふかふか芝生の小径 ウォーター・ガーデンの先には、ふかふかの芝生が続く、ロング・シェイディ・ウォーク(長い日陰の小径)があります。大きなオークの木々が葉を広げる下に、シダやホスタ、ティアレラ・コルディフォリア、ヴィオラ・リヴィニアナ‘プルプレア’など、日陰を好む植物が植えられています。 弾力のある芝生の小径は幅が広くゆったりしていて、庭を独り占めしているような感覚で散策を満喫できます。もし時間が許すなら、来た道を戻りながら違う角度から眺めるのもよいでしょう。新鮮な発見ができそうと感じました。 多彩な緑を楽しむウッドランド・ガーデン ウッドランド・ガーデンは、森の中の散策を楽しむ庭です。大きなオークの木々が葉を広げてつくる天蓋の下には、森の下草としてふさわしい、日陰を好む球根花や宿根草、灌木、シダなど、ベスが厳選した植物が植えられています。 森の中は、静けさに満ちた、安らぎのある空間です。他の庭に比べると、当然ながら花より葉の緑が多く、色彩はおとなしめですが、緑を背景に花々の清楚な姿が浮かび上がって、心引かれます。 足元に茂る植物に目をやると、さまざまな葉が美しいコンビネーションを見せています。緑色の濃淡の対比や、葉の形や模様の豊かさは、見ごたえ十分。フラワーアレンジメントに精通した、フローリストの目を持つベスならではの、繊細な植栽です。ここに派手な植物はありませんが、彼女らしい植栽の魔法が発揮されているように思いました。 受け継がれるチャレンジ精神 こちらは、オープンな日向のエリアが広がる、新しいリザーバー・ガーデン。デザインが一新されて、2017年に公開されました。ここには、あまり環境を選ばない植物が植えられていて、その一角は、ニュー・プランティングと呼ばれる、新しい品種の植物を試験的に育てる場所となっています。 2014年から2年近くかけて、ベスのチームはこの辺りの粘土質の土を改良しました。使われたのは、無農薬(オーガニック)のスペント(使用済み)・マッシュルーム・コンポストです。 英国では、商業的なマッシュルーム栽培で菌床として使われた、麦わらや馬ふんなどからなる堆肥(マッシュルーム・コンポスト)を、ガーデニングに再利用する動きがあります。ベス・チャトー・ガーデンによれば、使用済みのマッシュルーム・コンポストは、窒素の量は少ないものの、他の栄養素が多く含まれ、粘土質の土壌の改良や、栄養不足の土に使う腐葉土に加えるのに最適だそう(ここでは、蒸気殺菌された使用済みマッシュルーム・コンポストが使われています。コンポストはアルカリ性なので、酸性を好むツツジ科の植物には与えないことや、土のpHが偏りすぎないように使用に注意が必要です)。 コンポストを土に十分にすき込むためには、一度に薄くしか撒けません。ベスのチームは何度も何度も根気強く、大量のコンポストをすき込み、改良を続けました。 ニュー・プランティングのエリアでは、ベス・チャトー・ガーデンにとっても挑戦となる、新しい品種の植物を育てています。 1950年代後半からフラワーアレンジメントの活動に携わったベスは、海外から取り寄せた植物の種子を発芽させて、当時はまだ珍しかった、ナチュラルなテイストの植物を育て、紹介し続けていました。1977年から1987年にかけては、英国王立園芸協会のチェルシーフラワーショーで「珍しい植物」の展示を行い、連続で合計10個のゴールドメダルを受賞しています。 たしかに、ここで日本ではまだ耳にしたことのない、最新の植物に出合うことができました。みんなが喜ぶ新しい植物を紹介し続けた、ベスの精神が受け継がれているように感じました。 庭と連動したナーセリー ウォーター・ガーデンの脇と、ウッドランド・ガーデンの脇には、広いストックベッドがあります。ここは、ナーセリーで販売するための苗を育てる場所。毎年6万株を育てているそうで、庭に生えている植物と同レベルの、しっかりとした健やかな苗が育っています。 ナーセリーで売っている品種の数は、2,000を超えます。苗の多くは、この庭に生える植物から増やしたものなので、庭はいってみれば「商品カタログ」の役割を果たしています。例えば、樹木の下の日陰で育てるのによい植物は何かなど、実際の庭を見ながら目的にふさわしい植物を探し出して、その苗を持ち帰ることができるというわけです。 ナーセリーは、乾燥に強い植物、水を好む植物、日陰を好む植物など、植物の性質ごとに売り場の区画が分かれていて、どんな庭に植えるべき植物なのか、一目でわかります。庭園に植わっている植物には一つずつ名札がついているので、その品種名を頼りに苗を探すこともできますし、また、気になった植物の写真を撮ってナーセリーにいる園芸スタッフに見せれば、名前を教えてくれます。地元の人達にとっては、心強い味方に違いありません。とても活用されているガーデンなのだなぁと感じました。 庭園にはショップと小さなカフェレストランが併設され、窓の外に広がる庭を眺めながら、昼食を楽しむことができます。テーブルには庭の花が生けられていて、ほっこりした気持ちになります。 庭の植物が無農薬で育てられていると聞いたからか、庭の空気もなおさら気持ちよく感じられました。ベスは無農薬栽培を熱心に提唱した人でしたが、これだけの規模のガーデンを無農薬で管理するのは本当に志が高くないと継続できません。きっと彼女は芯が強くて、カリスマ性のある人物だったのだろうと、その庭に触れて実感しました。 併せて読みたい ・英国のオープンガーデン 秋まで美しい、オーナメンタル・グラスがおしゃれな庭 ・庭をつくろう! イギリスで見つけた、7つの小さな庭のアイデア ・玄関を花でコーディネート! 海外のおしゃれな玄関先8選
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イングリッシュガーデン旅案内【英国】 ベス・チャトー・ガーデン(1)乾燥に強い庭を実現
20世紀の偉大なガーデンデザイナー ベス・チャトー(1923-2018)は植物の特性をよく知るガーデンデザイナーとして、また、経験に基づく豊富な園芸知識を伝えた作家、講師として活躍しました。その功績により、2002年に大英帝国四等勲爵士を授与されています。 晩年も電動カートに乗って庭に出て、ガーデンスタッフとの会話を楽しんだというベス。2018年5月、94歳で亡くなると、英国の主要メディアで訃報が報じられ、その死が惜しまれました。現在、ベスがつくり上げた庭園は孫娘のジュリア・ボルトンに引き継がれ、ベスとともに働いた有能なガーデナーチームによって管理されています。 乾燥に挑戦するグラベル・ガーデン 来園者をまず迎えるのは、グラベル・ガーデン(砂利の庭)です。風になびく柔らかなグラス類の穂や、すっと伸びるリナリアのピンクやバーバスカムの黄色の花穂。リズムを与える、紫の丸いアリウム。砂利が敷かれた広々とした区画に、さまざまな植物が茂る、軽やかで美しい植栽です。 じつは、この庭には秘密があります。それは、1991年につくり始めてから27年間、一度も人工的な水やりがされていないということ。この辺りは年間降雨量が少ない、英国でも最も乾燥している地域で、実際、2018年の夏は50日間も雨が降りませんでした。この庭の土は水を保たない貧しい土で、水を引き込むこともされていません。にもかかわらず、この素晴らしい庭景色は存在し続けています。 ここは、庭づくりには到底向かない乾燥した荒れ地で、かつては駐車場として使われていました。しかし、1991年、ベスはあえてこの場所に、実験的に庭をつくります。英国では日照りが続いて水が不足すると、庭の水やりに制限がかかります。そんな乾燥した状況にも対応できる、最低限の湿り気で育つ植物は何なのか、彼女は庭を愛する人々のために、模索を始めたのです。 適材適所、ローメンテナンスな庭づくり ベスの夫、故アンドリュー・チャトーは、世界の植物の生態系について研究を続けた人物でした。20歳で結婚したベスは、夫の影響でガーデニングに興味を持つようになります。ベスが新しい植物を持ち帰ってくると、アンドリューは、それが地球上のどこから来た植物なのかを教えたといいます。 ベスの庭づくりの合言葉は‘Right Plant, Right Place’(ふさわしい植物を、ふさわしい場所に)というものでした。野生の姿において、その植物はどんな場所に育っているのか。それを教えてくれる夫の知識に絶対の信頼を置いていたベスは、植物の性質を見極め、その植物にふさわしい環境に植えることを、基本理念としました。 ベスは、英国ガーデンデザイン界の巨匠であった、故クリストファー・ロイドと親交が深かったことでも知られていますが、2人はグラベル・ガーデンの水やりを巡って激論を交わしたといいます。今にも干からびそうな植物に水やりをしないのは、ペットに餌をやらないようなもの、と非難するクリストファーに対し、ベスは決して妥協をしませんでした。しおれそうな草花を見て苦痛を感じても、乾燥に強い植物を突き止めたいという情熱のほうが勝っていたのです。 若い頃、フラワーアレンジメントで草花に親しんだベスがつくったのは、さまざまな形や質感の草や葉が、流れるような美しいハーモニーを見せる庭。けれどもそれは、ローメンテナンスを突き詰めた庭でもあったのです。 高山植物を集めたスクリー・ガーデン 同じく、乾燥に強い植物を集めているのが、グラベル・ガーデンより前につくられた、スクリー・ガーデンです。スクリーとは、斜面に岩や石が転がっている、がれ場のこと。この庭は日当たりのよい小高い場所にあって、水はけのよい砂利の多い土が敷かれています。その状況に似た、がれ場で育つような乾燥に強い植物や高山植物が、ここには植えられています。 高山植物は高い山々でしか育たないと思われるかもしれませんが、英国で高山植物と呼ばれるものには平地でも育てられるものがあり、ロックガーデンやドライガーデンによく用いられます。日照りによる渇水が増える昨今、水やり不要のローメンテナンスの植物として、注目を集める存在です。 日本で高山植物と聞くと、維持管理が難しい植物のイメージがありますが、この庭に植わる高山植物には、アネモネやゲラニウム、フロックス、オダマキ、ナデシコ、ソリダゴ、タイム、エリゲロンなど、ガーデニングでよく耳にする植物の仲間であるものが、多々あります。 セダムの中にも、育てやすい高山植物に数えられるものがあります。他にも、陽光が好きで乾燥に強い多肉植物の鉢が、ここには並べられています。 ベスの庭は、敷地全体が一つにつながって、無数の植物が、周囲と調和する美しい組み合わせを見せながら、それぞれ環境に適した場所に植えられています。生け垣などで仕切られた、小部屋が連なるスタイルの、いわゆるイングリッシュガーデンとはだいぶ趣が異なった、ナチュラルな庭です。ゆったりとした道幅の小径をのんびり進むと、砂利の庭から水辺に出たり、森の中にいたり。時間をたっぷりかけて行き来したい庭です。 併せて読みたい ・イングリッシュガーデン旅案内【英国】ベス・チャトー・ガーデン(2)癒しの水の庭と森の庭 ・英国の名園巡り、オールドローズの聖地「モティスフォント」 ・デッドスペースにも花緑が育つ「寄せ鉢」ガーデニング
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イギリス発祥の庭デザイン「ノットガーデン」【世界のガーデンを探る旅14】
イギリスの庭デザインの手法の一つ、ノットガーデン 今まで見てきたように、イギリスで庭ができ始める前に、イタリア、フランスなど大陸では富と文化の変遷がありました。十字軍や、大陸との文化・人的交流により、イギリスにも大陸文化の影響が色濃く見られるようになって、国内では多くの整形式庭園やフォーマルガーデンがつくられました。 起伏に富んだイタリアや平坦な大地のフランスに比べ、緩やかな丘が続くイギリスでは両国の庭園様式は何かしっくりこなかったのか、イギリスのアイデンティティーの一つとして、ノットガーデン(Knot garden)が生まれてきました。 そこで今回、解説する庭は「スードリー・キャッスル(Sudeley Castle)」。遡ること1442年、チューダー王朝の時代に建てられたお城です。イングランドでは、中世100年戦争から薔薇戦争と続いた内乱がやっと終わり、平和な時間が訪れました。このお城が歴史に登場してきたのもそんな時代で、かの有名なヘンリー8世の6番目の王妃であるキャサリン・パーがスキャンダラスな生涯を送ったことでも有名です。 庭のあちこちに登場する樹木の刈り込み 山形や円錐形など、きれいに整えられたイチイの刈り込みが圧巻の庭の一角。ひときわ明るく目にとまるのは、黄金キャラの刈り込みです。このような形で庭の中で見られるのは珍しいものです。 この庭は、16世紀になると廃墟となってしまいましたが、近年大規模な修復がなされたことで、現在はイギリスで屈指の庭園になっています。 芝生と長方形の池が同じ高さにつくられたシンプルなデザインの庭。廃墟がそのまま庭の一部として取り入れられていて、この庭の歴史の古さを感じさせてくれます。 イギリスで発祥したノットガーデンの名所 ツゲの生け垣の緑により模様が浮かび上がるガーデンのことを“ノットガーデン(結び目模様の庭)”と呼びますが、イギリスでもノットガーデンの代表的な場所として有名なのが、この「スードリー・キャッスル」です。チューダー王朝時代にあったであろう形をそのままに再現したノットガーデンですが、つくり出されたこの模様は、エリザベス1世のドレスの模様がもとになっているといわれています。 このように、刈り込みが一定の高さを保つノット(結び目模様)を維持管理するのは、日が均一に当たらず生育が不揃いになるところでは非常に難しく、緯度の低い日本では再現がほぼ不可能だと思います。濃い緑一色では暗い空間になってしまうので、中心に白いタイル張りのポンドと西アジアをイメージさせる噴水のオブジェがフォーマルな庭を演出しています。 ノットガーデンを維持するガーデナーの丁寧な仕事 ノットガーデンが維持されているのを見ると、きれいに刈り込みを行い続けている作業の苦労がうかがわれます。現代になっても電動器具を使わず、手作業での刈り込みをしているところが、イギリスらしいと感じます。この「スードリー・キャッスル」には8つの庭がそれぞれ生け垣で分けられていて、どこもきれいに管理されていました。 色とりどりの花々が咲き乱れるイングリッシュガーデンの登場は、世界中からプラントハンターが持ち帰る植物が栽培されだした17世紀以降になるので、今回ご紹介している「スードリー・キャッスル」をはじめとする中世のイギリスでは、まだまだ新大陸やアジアからの新しい植物はなく、限られた植物で庭をつくっていました。そこで、庭に変化をつけるためにも、きれいに刈り込んで形づくる「ノットガーデン」やイタリアの庭でご紹介した「トピアリー」、そして庭を取り巻くイチイの生け垣やメイズ(迷路)を取り入れることで、単調な庭を変化に富んだ空間に仕立て上げたのでしょう。 ここは長い間廃墟になっていたこともあり、ある意味、当時の雰囲気がそのまま残っています。 刈り込みによる庭デザインのバリエーション 右奥にはピジョンハウス、手前はハイドランジア‘アナベル’のグリーンの花の一群。そして、奥にきれいにシェイプアップされた刈り込みの壁。男性的なデザインの庭になっています。この‘アナベル’は北アメリカの植物なので、改修後に植えられたものでしょう。 一段高く茂るスクエアの刈り込みを中央に、外へ向かって二重、三重と生け垣と芝で丸く形づくった緑に白花が浮かび上がる落ち着いた雰囲気の庭。つくられた当時のことを思いながら眺めると、ガーデンデザイナーやガーデナーの工夫と苦労を感じられます。 区切られた庭ごとに工夫があるイギリスの庭 城の壁面に沿って続くボーダー花壇では、赤花が咲く植物が多く植えられ、シックな印象です。赤花はペンステモン、ダリア、カンナ。白花はエリンジウム。建物や園路の明るいベージュと、ナツヅタや芝生の緑に花色が引き立っています。 植栽に近づいてみると、ダリアとペンステモンに、赤葉のカンナが立ち上がっています。奥のほうではジニアの深紅の丸花が控えめに咲いています。アイリスのシルバーがかった葉も、引き立て役としてうまく調和しています。 宿根草のフラワーベッドのある庭では、レイズドベッド(立ち上がった花壇)の縁取りに、コッツウォルズ独特の板石のライムストーンを積み上げ、宿根草と低木が混ざり合って多種の植物が育っています。このように、一段高い場所に植物が茂っていることで、平面的なボーダー花壇と比べ、迫力のある景色になっています。 黄ケマンソウの茂みから、放し飼いの孔雀が現れました。孔雀はもともと東アジア原産の鳥ですが、時々ヨーロッパの庭で放し飼いになっているのを見かけます。奥の木陰にはシンプルなベンチが置かれていました。 ここでは、中央に変形の池を配し、その石材の手すりに植物が寄り添い茂っていました。このように小さく区切られた敷地ごとに、いろいろなタイプの庭をつくることで、訪れる人を決して飽きさせません。「スードリー・キャッスル」では、こうしたイギリスらしい庭づくりのエッセンスをたくさん見ることができました。 緑をふんだんに使うイギリス。ナショナルカラーのブリティッシュグリーンはこんなところから始まったのではないでしょうか。 「スードリー・キャッスル」の近くにある小学校の塀にも、植物の彩り。さすがイギリスですね。 スードリー・キャッスルへ向かう途中の小さな橋も石柱が配されて洒落ています。こんなアプローチが訪れる人の心を庭の歴史に対する興味へと導いてくれます。 併せて読みたい ・スペイン「アルハンブラ宮殿」【世界のガーデンを探る旅1】 ・イギリス「ハンプトン・コート宮殿」の庭【世界のガーデンを探る旅11】 ・イギリスに現存する歴史あるイタリア式庭園【世界のガーデンを探る旅13】
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ベテランガーデナーが解説するイギリスの街景観とハンギングバスケット
ハンギングバスケットが街並み景観をレベルアップ 2018年6月にコッツウォルズを中心に庭巡りの旅に出かけた。ウイズリーやヒドコートなど、多数の庭園を巡って、改めてイギリスの園芸文化の伝統のすごさと、人々の園芸に対する造詣の深さに敬服し、多くの感動を経験すると同時に、ガーデニングのアイデアをいくつも膨らませることができた。そもそも庭巡りの旅なので、庭を見て感動するのは「想定内」のことだが、実は「想定外」の感動があった。それはハンギングバスケットのある美しい街並み景観であった。 日本でもハンギングバスケットづくりは行われているが、ガーデニングコンテストのような場面やネット上ではお目にかかるものの、街中で見かけるのは極めて稀である。そして僕のイメージでは、ハンギングバスケットといえば、コンテストで見かける“かなり力んだ作品”で、珍しい高価な花苗をふんだんに使用しているように感じられて、つい「花苗代はいくらになるのだろう?」と想像してしまい、少々、遠い存在だった。 今回の旅で見かけた、ありふれた花を上手に使用したハンギングバスケットと街並み景観に対する感動は、少々カルチャーショック的なものであった。 ストラトフォード・アポン・エイボンにて そのカルチャーショックの第一波は、2日目に訪れたシェイクスピアの生誕の街、ストラトフォード・アポン・エイボン。エイボン川の畔の静かな街だ。この日は、ウィズリーガーデンとモティスフォント・アビーガーデンで、たっぷりと美しい庭を堪能し、すっかり満ち足りた気分だった。夕方に着いて、シェイクスピア生誕の家などを見て回ったが、陽が西に傾きかけた頃、はっと視界に飛び込んできたのが、街角の絵になるハンギングバスケットのある風景だったのだ。 美しいハンギングバスケットが、横文字のお洒落な看板と共に。まさに「外国の風景」そのもので、その美しさに惹かれてシャターを押した。庭巡りの旅で出合った想定外の景色だった。日本でも、他の海外旅行でも見たことのない、街並みとハンギングバスケットの織り成す美しさにカルチャーショックを覚えたのだ。 立派なハンギングがこれほど生き生きとしているのは、気候のせいもあるだろうが、やはり人々の花に対する愛情、そして街景観に対する思いなのだろう。花で観光客をもてなす英国人気質のような、伝統に育まれた文化を感じた。 チッピングカムデンはハンギングバスケットの街 そして、いよいよコッツウォルズの街、チッピングカムデンへ。この街で、ハンギングバスケットと街並み景観に本格的なカルチャーショックを受けたのだ。チッピングカムデンはコッツウォルドストーンの名で知られる、この地方特産のハチミツ色の石造りの建物との調和が素晴らしい。 ハンギングバスケットがこれほど街並みを美しくしているのを見たのは初めてである。窓辺や玄関脇に飾られたハンギングバスケットが、街の美しさに文字通り花を添えている。その景色からは、コッツウォルドストーンで統一された建物がただきれいに並んでいるという表面的なものではなく、歴史と伝統を重んじ、自分たちで美しい街並み文化をつくり上げていくという、人々の熱い思いすら伝わってきた。 日本のよくある「これでもか!」と珍しい植物を詰め込んだ感のあるハンギングには抵抗があるが、ごく平凡な親しみのある花々を使用して、これほどの景観効果をプロデュースするハンギングの力に脱帽だ。さすがイギリスですね。 帰国後、この記事の執筆をするにあたって写真を整理していても、その時の感動が呼び戻されるほど本当に美しい街並みだ。街角の鉢物やハンギングも洗練されていて、景観を一層美しくしていた。 ハンギングに使われている植物の変化を眺めて散策 日本の街並みと何が違うのか? そうだ、電線が一本もない! 立て看板や宣伝ののぼり旗だってない。美観より経済優先できたこの数十年の日本との違いに気がついてしまったのだ。 ブラキカム、ブルーファンフラワーと青系統で爽やかなハンギング。グレコマなども見えます。 これまた赤一色で、なかなかのインパクト。見事な咲き姿のぺラルゴニウムでした。日本の気候では無理かも。 最近の日本にも見られるカラーリーフを中心にしたハンギング例。イギリスでもカラーリーフの組み合わせが流行なのだろうか? 使われているのは、ムラサキゴテン、ディコンドラ、イレシネ・ファイヤーワーク、ヒポエステスだろうか。 ちょっと乱れ気味ですが、やはりゼラニウムは強健ですね。 こうしていくつも観察していたら、ひとつの法則に気がついた。上に比較的大輪の花を置き、下にいくにつれ小輪の花を配置する。さらに、つる植物を垂らす。街並み同様に、ハンギングにも統一感が感じられるのは、そんな「掟」があるのかも。 チッピングカムデンの街は、美しいハンギングの数々と街並み風景がどこまでも続く。 バートン・オン・ザ・ウォーターのハンギング 可愛らしい街だ。そして目に飛び込むのがハンギングの花たち。平凡な花を使用しているのに、おしゃれで素敵なのだ。 明るい色づかいが石づくりの壁に映える。 通りに面した家々のフロントガーデンを美しく飾ってオープンにし、道行く人々に楽しんでもらうイギリスの庭づくりと、塀で囲んで敷地の中が見えないようにする日本の庭づくりの違いは、住宅事情等で仕方ないとしても、ハンギングバスケットによって街並みを美しく飾り、訪れる人々や観光客をおもてなしする園芸文化は羨ましくもあり、カルチャーショックでもあった。日本の観光地や街中にあふれる派手な看板やのぼり旗、そしてクモの巣のような電線を見るにつけ、街並み景観とガーデニングの今後の課題を感じさせられた。 あわせて読みたい ・庭をつくろう! イギリスで見つけた、7つの小さな庭のアイデア ・槇谷桜子のMY Botanical Life 1 見栄え抜群のハンギンググリーン ・夏のガーデニングのお手本にも! 花いっぱいのロンドン・パブ
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イギリスに現存する歴史あるイタリア式庭園【世界のガーデンを探る旅13】
当時のままの庭を見て知るイギリスの庭の歴史 イギリスの庭って、いつ頃から始まったのでしょうか? もともとイギリスという国自体が、前回の「ペンズ・ハースト・プレイス・アンド・ガーデン」で少し触れたように、歴史的にも国家的にも、日本人にはやや理解しづらい所があります。そもそもイギリスには建国の日はありませんし、他のスコットランドやウェールズにも建国の日はありません。イギリスとスコットランドが一緒になったのは1707年、国旗のユニオンジャックが制定されたのは1801年。憲法で統一されていない4つの国(イングランド、スコットランド、ウエールズ、北アイルランド)が集まった集合体のまま、一つの国として落ち着き始めた10世紀以降、十字軍遠征もあって、イギリスは他国の文化の影響を強く受けたのです。 ルネッサンスやフランス王宮文化に憧れを持ったイギリスは、その後もさまざまなものを他国から取り入れていきました。その中の一つが、イタリア式やフランス式の庭園です。きっとその洗練された庭の姿に憧れた当時のイギリスの領主や富豪が、こぞってイタリア式やフランス式の庭をつくったことで、国中にそれをまねた庭が溢れかえったのでしょう。しかし、その頃の庭で現存しているものが少ないのは、一人の天才造園家“ケイパビリティ-ブラウン”の存在が大きいと考えていますが、それはまた後日、お話ししましょう。 その頃使われていた植物は、イギリスに自生する数少ない植物や、大陸から持ち帰ったヨーロッパ大陸原産の植物であったはずです。今のように多様な植物が使えるようになるのは、ずっと後のプラントハンターの出現まで待たなくてはなりません。 イギリスに庭ができ始めるのは17世紀の初頭で、そのうちのいくつかは今も残っていて見ることができます。その一つは、イングランド中部のピーク・ディストリクトにある「ハドン・ホール」です。ルネッサンスの雰囲気を色濃く残すイタリア式庭園が、「ハドン・ホール」に今もほぼ当時の姿のまま残っています。この庭がつくられたのは、イギリスで最初に国立公園に指定された地域で、イギリスには珍しく起伏に富んだ地形の、中世の雰囲気を感じさせるノスタルジックなエリアです。 ハドン・ホールの庭 「中世から生き残るもっとも完璧な家」と呼ばれ、“1000 Best Houses”にも選ばれているハドン・ホールの歴史は12世紀から始まりますが、2段のテラスのあるイタリア式庭園は、17世紀前半につくられました。近年になり少し改修されましたが、ほぼ原形のまま残っています。 ハドン・ホールの庭は、もともとの地形をうまく利用して、庭の中に階段を設け、上下2つのテラス状になっています。 屋敷の周りにはいろいろな植物が植えられていますが、これには理由があります。イギリスは冬に“ゲイル”と呼ばれる冷たくて強い北西の風が吹くので、植物をゲイルによるダメージから守るために建物に沿って植えられているのです。 屋敷の広い壁面を生かして、つるバラを誘引し、たわわに咲く花が窓や入り口を彩っています。 一段下がると、敷地の中央は池を配した整形式庭園になっています。 おそらく、日本の皆さんがイメージするイングリッシュガーデンと違って、この庭は色彩的にも地味で、シンプルなデザインではないでしょうか。色とりどりの花が咲き乱れる、イギリス独自の庭の形式ができる以前の庭であると意識して観賞すると、とても興味深く感じます。またここにかけられていたタペストリーの花モチーフが、イギリスの陶磁器ブランド‘Minton(ミントン)’のハドンホールシリーズのもととなったことでも有名です。ロンドンから北に車で3〜4時間と、ちょっと距離がありますが、イギリスの庭の始まりを感じられる絶好の名所です。 もう一つの古い庭「ハム・ハウス」 ここも17世紀の前半に建てられたカントリーハウスが当時のままに残っている数少ない場所の一つです。ロンドン市内からそれほど離れていない高級住宅地で、多くの著名人たちが住んでいることでもよく知られているリッチモンドにあります。屋敷の正面中央に立つと、建物も植栽も見事なまでに左右対称に配置されています。 建物の反対側には整形式の庭園があります。ここはガラス温室ができる前に普及していた防寒用の部屋である「オランジェリー」が当時のまま残っています。ちなみに、大きなガラス温室が世界で最初につくられたのは、ロンドン郊外にある「キュー・ガーデン」だといわれています。 建物の横には、ラベンダーが列植されたイタリア式庭園があります。 ここもハドン・ホールと同様に、イギリスの庭が色とりどりの花で彩られる以前につくられた庭なので、ちょっと物足りないかもしれませんが、当時のままを頑なに守るイギリスらしさを感じさせてくれます。 今回の2つの庭は、大陸からの影響(模倣)そのものであるといってもいいでしょう。しかしあまりにも人工的な左右対称のデザインにイギリス人が違和感を抱いたのか、その後徐々に崩れていきます。しかしそれはずっとあとのこと。話は飛びますが、日本も最初は中国から左右対称の律令制を導入するのですが、独自の文化が花開く平安時代になると、それが崩れていきます。平らなフランスと中国、起伏に富むイギリスと日本。大陸と島国、お互い世界でまれに見る独自の庭文化を育んだイギリスと日本には、大変興味深い共通点があります。庭の歴史を探っていく過程で、なぜイギリスと日本だけが、庭文化が今も進化し続けているかを考えてみたいと思います。 次回は、プラントハンターによって世界中から集められたさまざまな植物達によって彩られた庭を見ていきましょう。 併せて読みたい ・スペイン「アルハンブラ宮殿」【世界のガーデンを探る旅1 】 ・イタリア式庭園の特徴が凝縮された「ヴィラ・カルロッタ」【世界のガーデンを探る旅5】 ・イギリス「ペンズハースト・プレイス・アンド・ガーデンズ」の庭【世界のガーデンを探る旅12】
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イギリス「ペンズハースト・プレイス・アンド・ガーデンズ」の庭【世界のガーデンを探る旅12】
ガーデニングの本場といわれるイギリスの庭の発祥とは イギリスの庭の歴史はいつ頃から始まったのでしょう? これまで、イスラムの庭からイタリアルネサンス、そしてフランス、オランダとヨーロッパ大陸での庭の連綿たる歴史を見てきましたが、イギリスではどうだったのでしょうか? そもそもこの地には、石器時代から先住民が住んでいました。有名なストーンヘンジはその頃(紀元前2500〜2000年頃)のものです。その後、ケルト人が紀元前から住み着きました。紀元後になるとローマ帝国に侵略(西暦43年)され、その後4世紀まで支配されます。今でもイギリス南部にはローマ時代の遺跡や村が所々に残っています。その後、ゲルマン人やバイキングなど、さまざまな外圧、支配を受けながら現在の大英帝国(Great Britain)になっていきますが、その辺りの詳しい説明は、歴史の教科書に任せましょう。 イギリスに現存する庭の中で、最も古いものの一つ そこで今回ご紹介したいのは、僕の大好きな庭の一つ「ペンズハースト・プレイス・アンド・ガーデンズ」です。きれいに手入れが行き届いたこの庭は、イギリスで現存する庭の中で最も古いものの一つとされています。 ここでもう少しイギリスの歴史についてお話ししましょう。イギリスは11世紀から約200年に渡って行われた十字軍に参加し、帰還した兵士たちがイスラムの文化をいろいろ持ち帰ったと思われますが、この庭の歴史がはっきりしてくるのは、その後半の13世紀のイタリアルネサンスが始まった頃からです。ペンズハースト・プレイスがあるこの地は豊かな丘陵地帯で、ロンドンから馬で半日の距離にあるという立地条件も含めて、別荘としても便利なことから選ばれたようです。建物は14世紀にほぼでき上がり、建物の前にあるイタリア式整形庭園と、そこに続くウォールガーデンがつくられたようです。また、この庭は多くの詩や物語の中にも読まれていることでも有名です。 ペンズハースト・プレイスの散策を始めましょう 1554年に植えられたという記録が残るオークのアプローチです。このアプローチを歩いていくだけで、左側の城壁の向こう側に展開する庭への期待感が、歴史をバックにした重々しさとともに強まります。 屋敷の前は、この地の緩い傾斜を巧みに利用した一種のサンクンガーデン(沈床式花壇)になっています。この庭は整形式の中でも正方形に近い形で、草ツゲの段になった低い刈り込みの緑とピンクのバラを組み合わせて、他では見られない独特な雰囲気を醸し出しています。庭の向こうに低く連なる遥かな丘陵を巧みに借景として利用することで、高い場所に位置するこの地が、大きく広がる天上の楽園(ユートピア)を表しているような気がします。 庭の横に置いてあるベンチが、いかにもイングリッシュガーデンといった趣です。 イギリスらしい色彩調和が随所に見られるボーダー花壇 城壁の南側に続くボーダー花壇には、日本ではちょっと考えられない、日向が好きな植物と日陰が好きな植物の組み合わせ。淡い色のヘメロカリスが咲き、その足下には斑入りのホスタやボリジ、ニコチアナ、ラベンダーなどが咲いています。もうすぐアガパンサスも咲きそうです。ボーダーの左側には、イチイの生け垣がその背後の花壇を隠すように茂っています。 ボーダー花壇の端には小さな池があり、屋敷の明るい色の石壁に銅葉のノムラモミジが映え、広い空間のアクセントになっています。スクエアのポットの中心にはスタンダード仕立ての月桂樹、その株元に薄黄色のペチュニアと控えめな紫のロベリアを組み合わせる色彩センスは、イギリスらしさを感じさせます。 ここでは、赤いスモークツリーを中心に、ペンステモンや黄花のツキミソウ、白いフランネル草や2種類のゲラニウム、金露梅に白い花のブッシュはエリカでしょうか? 低木と宿根草がうまく立体的に混じり咲いています。左側はアスター、アルケミラモリス、そして自然樹形に伸びた白バラが見えます。 刈り込んだイチイのヘッジ(生け垣)に囲まれたバラ園 イチイの生け垣を抜けるとバラ園があります。白バラ‘アイスバーグ’のスタンダード、その株元はシルバーリーフのラムズイヤーがカーペットに。視線の先には、アイストップとしてアイボリーホワイトのベンチが配され、素敵な空間を演出しています。 ラムズイヤーのカーペットの左右には、きっちり四角くトリミングされた赤い葉のバーベリス(メギ)の生け垣があり、中にはオレンジ色のバラが植えられています。バラ園の中に、銅葉のバーベリスを使い、さらにはオレンジ色を組み合わせる例は他に見たことがありません。僕個人としては、もう少しヘッジを低く刈り込むか、バラをハイブリッドティーのような背の高い種類にすれば、より調和の効果があるような気がします。 小道を進むと、優しいカーブを描く低いツゲの模様の繋がりが楽しい細長いガーデンが。ヘッジの中にラベンダーが咲き、トーテムポールを思わせるモダンなオブジェがアクセントになっています。ポールの頭には、赤いドラゴンやその他の動物が象られていますが、もしやこのシドニー家の家紋の動物でしょうか? イギリスでもっとも古いとされる庭で、こんなモダンな演出に出合ったことに驚きました。ツゲの外側は、背丈より高く仕立てられたリンゴやナシのエスパリエで視線が遮られていることで、よりポールが引き立って見えます。 今見た庭から次の庭へと導く道の左右には、きれいに刈り込まれたヘッジの壁があります。これは、前の庭のイメージをシンプルな空間に入ることでリセットさせて、次の庭へ進むことができるイギリス独特の仕掛けです。 このエリアは、緑のイチイの生け垣で周囲をぐるりと囲み、真ん中に真四角の池があるというシンプルな庭です。池に咲く睡蓮が、この庭デザインの人工的な構図を和らげてくれています。庭としては、ある意味とても大胆なデザインです。一条の噴水が何か物悲しげな感じがします。 ペンズハースト・プレイスで一番華やかな庭 睡蓮が咲く池の隣のエリアは、なんとユニオンジャックの庭です。青地に白のクロスのスコットランド、白地に赤のクロスのアイルランド、白地に赤の十字のイングランドの旗が重なってできた現在のグレートブリテン及び北アイルランド連合王国(イギリスの正式な国名)の旗が浮かび上がる花壇です。何度か訪れたなかでも、初めてユニオンジャックに見えた時の写真です。紅白のバラとイングリッシュラベンダーが同時に咲くことで成立する植栽デザイン。この遊び心、なかなか真似できませんね。 さまざまな庭デザインのバリエーションが敷地内に凝縮している「ペンズハースト・プレイス・アンド・ガーデンズ」。14世紀に建てられた邸宅としては保存状態もよく、内部の部屋も一般公開されている観光名所で、貴族の日常がどのようなものであったかを知ることができる貴重な場所。いにしえに思いを馳せながら庭をあとにすると、駐車場横には、子どもたちの歓声が響く賑やかなアドベンチャー公園が。その元気な声が、人々に愛されている生きた場所なんだと、この庭の今を感じさせてくれました。
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ガーデナー憧れの地「シシングハースト・カースル・ガーデン」誕生の物語
詩人のヴィタと外交官のハロルド この類まれなる庭をつくり上げたのは、詩人、作家として活躍した妻のヴィタ・サックヴィル=ウェストと、外交官で作家でもあった夫のハロルド・ニコルソン。確かな審美眼を持ち合わせた2人は、設計や植栽に互いの個性を反映させながら、静かな美しさに満ちた庭景色を実現していきました。今ではよく見られる、白花で埋め尽くされたホワイトガーデンのスタイルも、彼らが始めたものです。 ともに貴族の出で、高い教養を持ったヴィタとハロルドは、若くして出会い、結婚しました。2人は因習にとらわれず、互いが恋人を持つことに寛容な新しい結婚形態を認め、それぞれ同性の恋人を持つこともありました。 ヴィタの恋人の一人は、作家のヴァージニア・ウルフでした。ウルフの小説『オーランドー』に登場する、性別と時空を超えて旅をする主人公は、ヴィタがモデルになっています。時に、恋人との恋愛に身を焦がすこともあったヴィタ。しかし、ヴィタとハロルドの2人はそれでも深く愛し合い、特に、シシングハーストの庭をともに創作することで強く結びついていたといいます。 廃墟との運命的な出合い 1930年のある日、ヴィタとハロルドは、廃墟と化していたシシングハースト・カースルに出合います。むき出しの土には、がれきの山が置かれ、15世紀末に建てられた歴史ある建物も、到底人が暮らせるものではありませんでした。16世紀のエリザベス朝にはイングランド女王を迎えるほどに立派だったマナーハウスは、18世紀には牢獄、19世紀には救貧院、20世紀には陸軍用地に使われ、打ち捨てられた存在になっていたのです。 しかし、ヴィタにとってこの廃墟との出合いは運命的といってもいいものでした。レンガづくりの古びた建物と、どこからでも見えるエリザベス朝時代の古い塔。彼女にはきっと、シシングハーストの未来にある、美しい庭景色が見えたのでしょう。「一目見るなり、恋に落ちた。私にはここがどんなところか分かった。眠り姫の城だ」と、書き残しています。 ピンクがかった古いレンガ塀を熱心に見つめながらヴィタがつぶやいた「私たちはここでとても幸せに暮らせるはずよ」という言葉に、当時13歳だった息子のナイジェルは驚きます。彼には、とてもそう思えなかったからです。 ヴィタとハロルドは、同じ年にシシングハーストの建物とその周辺の広大な土地を購入します。そして、契約を交わしたその日に、バラ‘マダム・アルフレッド・キャリエール’をサウスコテージの扉の脇に植えて、庭づくりの一歩を踏み出しました。それから長い年月を費やして、建物の大改修と庭の創造に取り組んだのです。 ハロルドによる古典的で優美な設計 庭の設計はハロルドが担当し、植栽は主にヴィタが行いました。ハロルドは、直線を用いた、古典的でありながらも洗練された構造を好みましたが、しかし、芝生や生け垣を設計通りに実現するのはとても難しいものでした。 また、図面と向き合い、難解なパズルを解くように何週間も案を練っているうちに、ヴィタが小径となるべき場所に樹木や灌木を植えてしまうこともありました。 ハロルドは伝統的な整形式庭園の様式を重視していました。「芝生は私たちのガーデンデザインの基本だ」。「よきイングリッシュガーデンの土台となるのは、水、樹木、生け垣、そして芝生だと、ガーデンデザイナーなら認めるべきだ」。彼はそう書き残しています。 かつて広大な鹿狩場を見渡すために建てられた塔は、屋上まで上ることができ、そこから庭園全体を見下ろすことができます。ハロルドがつくり上げた庭の構造を理解する、絶好のビューポイントです。 レンガ塀や生け垣で仕切られたガーデンは小部屋が連なるように配置され、ところどころに、高いイチイの生け垣に挟まれて一直線に伸びる‘ユー・ウォーク’の小径や、円形の生け垣といった、ダイナミックな構造がつくられているのが分かります。 シシングハースト・カースルの敷地は450エーカー(東京ドームおよそ39個分)という広さがあり、庭園は、森や小川、農地の広がる敷地の、ほぼ中央に位置しています。ケント州に生まれ育ったヴィタは、この地の森林風景を深く愛していました。庭が周囲の景色と一体となっていることは、2人にとって大切なことでした。 色彩が躍るヴィタの植栽 才能あるアマチュア・ガーデナーだったヴィタは、きっちりとした性質のハロルドとは対照的に、完璧を求めず、本能的に庭に向き合うタイプでした。植栽スタイルも、土が見えるのがとにかく嫌で「どんな隙間にもどんどん詰め込む」というもの。草花がこぼれんばかりに茂り、色彩があふれ出すような植栽を好みました。 中庭にあるパープル・ボーダーでも、ヴィタは巧みに色彩を操って、印象的な花景色をつくりました。紫色の花壇といっても、紫色の花ばかりではなく、ピンク、ブルー、ライラックといった色をうまく取り混ぜて、色彩の広がりを出しています。 ハロルドによる洗練された構造設計と、感性豊かで情熱的なヴィタの植栽。この2つの要素が相まって、他にはないシシングハーストの魅力は生まれています。 永遠に生き続ける花園 1937年、2人は初めて、2日間の一般公開を行いました。ヴィタはまた、1947年から亡くなる前年まで、英オブザーバー紙で〈イン・ユア・ガーデン〉という人気ガーデンコラムを毎週書き続け、ローズガーデン、サウスコテージガーデン、ホワイトガーデンといった、彼らが生み出した独創的なシーンは、時とともに知られるようになりました。 ヴィタは1962年に70歳で亡くなり、シシングハーストを息子のナイジェルに遺します。庭を分身のように思っていた生前のヴィタは、他人の手に庭を渡すことを頑なに拒んでいました。しかし、莫大な相続税を課せられたナイジェルには、周辺の農地を売って屋敷と庭だけを残すか、もしくは、英ナショナル・トラストにすべてを譲るかという選択肢しか残されていませんでした。 ナイジェルは、両親の手による偉大な創造物を、周辺の景色とともに守っていくよう英ナショナル・トラストを説得し、1967年、ついに地所を譲りました。それは、ヴィタの本意ではなかったかもしれません。しかし、彼女の愛した花園は、こうしてトラストによって守られ、生き続けることになったのです。 取材協力 英国ナショナル・トラスト(英語) https://www.nationaltrust.org.uk/
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旅して感じたイングリッシュガーデンと日本庭園の共通点
日本庭園を巡って感じた共通点を探る 2年前の6月、イングリッシュガーデン巡りの旅を終えた時、なぜか心にふと芽生えた日本庭園への想い。その理由を確かめるために、翌年、同じ時季に京都の日本庭園を巡りました。 イングリッシュガーデンと日本庭園。それまでは、どちらかというと接点がないように感じていましたが、実際に訪れてみると、いくつか共通点を見つけることができました。 重厚な門構え 湖水地方のホッカー・ホール&ガーデンの扉。 訪れた庭園の入り口には、どこも素晴らしい門構えがありました。中でも印象的だったのが湖水地方のホッカー・ホール&ガーデンと、大徳寺の塔頭高桐院です。ホッカー・ホール&ガーデンは、重厚な褐色の石壁とエレガントな鉄製の門扉が、いかにも貴族の庭園らしく、シンメトリーに設置された品のよい色彩のコンテナとオブジェにイギリスらしさが溢れていました。 京都、大徳寺の塔頭高桐院の入り口。 高桐院は、大胆に組まれた大木と瓦が力強く凛とした佇まい。ひと枝ひと枝手入れされた松とみずみずしい苔の緑が鮮やかでした。石と木、鉄と瓦、素材やデザイン、植栽の相違はありますが、どちらも堂々たる風格。互いの伝統と美意識がひと目で伝わってくる門構えです。 また、その他にも、一直線に伸びた石畳と芝生アプローチ、竹と常緑樹のシンプルな植栽など、類似した景色をいくつか見ることができました。 歴史ある建物と植栽の調和 イギリス、ヒドコートマナーガーデン。 イギリス、キフツゲートコートガーデン。 回訪れたイングリッシュガーデンは、20世紀のイギリスを代表する有名な庭園ばかり。庭園内の建物も100年以上経過した歴史あるものでした。例えば、ヒドコートマナーガーデンの茅葺きの家、シシングハーストカースルガーデンの塔や母屋、キフツゲートコートガーデンやバーンズリーハウスガーデンのエレガントな館など。古い雰囲気を損なうことなく修復された建物が、イギリスの風土に合った草花のクラシカルな植栽と調和し、得も言われぬ美しさを醸し出していました。 イギリスの庭から見た建物との調和。 平安神宮神苑の橋殿。 同じように、日本庭園でも歴史ある貴重な建物を見ることができました。京都御所から移築された平安神宮神苑の橋殿と尚実館、南禅寺の山門や永観堂の本堂です。ここでは、松や桜、モミジなどの日本古来の樹木が多用されていました。選び抜かれた植物と色彩を抑えた植栽が、格式高い日本建築と調和し、清らかで凛とした空気が漂っていました。 歴史ある建物とその国の風土に合った植栽が調和しているからこそ、このような素晴らしい景観が生まれるのですね。 魅力ある壁面 イングリッシュガーデンの魅力の一つは、壁面の華やかさ。味わいある蜂蜜色や褐色のレンガ壁を、さらに魅力的に演出しているのが、つるバラやクレマチス、つるアジサイなどのつる性植物です。壁一面に誘引された満開の花々が咲く様は、もはや芸術。その美しさに幾度となく目を奪われました。 日本庭園の壁面は、主に漆喰や石、木材が用いられています。モノトーンの上、イングリッシュガーデンのように壁面を花で彩ることもないので、どちらかというと地味な印象。 けれども、埋め込まれた瓦が美しい文様を刻む漆喰塀、端正な石積みなど、随所に丁寧な職人技が光る素晴らしいものでした。そんな壁面の背景に清々しく映えていた青モミジ。イングリッシュガーデンも日本庭園も、どちらも壁と植物とのバランスが美しく、魅了されます。 心和む自然と一体化した景色 左/ヒドコートマナーガーデンのメドウガーデンと自然。右/平安神宮神苑の花菖蒲と睡蓮。 イングリッシュガーデンを訪れて特に心に残ったことの一つは、自然と一体化した景色です。不思議なことに、日本庭園でも同じような景色を見ることができました。 例えば、ヒドコートマナーガーデンで見た、鬱蒼とした樹木に囲まれた場所でひっそりと咲いていたピンクや白の可憐な野花。その景色にとてもよく似ていたのが、平安神宮神苑の巨木に囲まれた池に群れ咲く花菖蒲と睡蓮です。 どちらも、まるで森の中のオアシス。一瞬、ここが庭園であることを忘れてしまうほど自然に溶け込み、秘密の場所を見つけたようなワクワク感を味わえました。 左/南禅寺の橋。右/イギリスの庭。 そのほかにも、草木で覆われた先が見えない小径や南禅寺の天授庵の池にかかった橋は、自然の奥深くへ誘われるような神秘的な景色でした。 今まで経験したことのない感動を与えてくれたイングリッシュガーデン。実際に目と肌で感じた美しさは、想像を遥かに超えていました。そして、その感動は、改めて日本庭園の素晴らしさに気付かせてくれました。 イングリッシュガーデンと日本庭園に間違いなく共通していたのは、国の伝統や文化、美意識、自然への敬意。「イングリッシュガーデンにようこそ!」と、誇らしい笑顔で迎えてくれたイギリスの人たちのように、わたしも日本人として日本庭園を誇れるように、もっと見聞を広めていきたいと思いました。
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イギリス「ハンプトン・コート宮殿」の庭【世界のガーデンを探る旅11】
スペインのアルハンブラ宮殿からスタートして、ヨーロッパの歴史とともに、イタリア、フランス、そしてオランダと、いろいろな庭を見てきましたが、いよいよナポレオンもヒトラーも渡れなかったドーバー海峡を渡って、イギリスの庭を見ていくことにしましょう。 今回はロンドン郊外、テニスで有名なウィンブルドンの近くにあるハンプトン・コート宮殿です。 ハンプトン・コート宮殿を正門からご案内 まずはハンプトン・コート宮殿(Hampton Court Palace)の全敷地を確認してみましょう。写真手前の広場に正門があり、建物の奥に放射状に広がるのが、中央に大きなプールがあるオランダ式とも呼ばれる整形式庭園で、まっすぐ奥へと長いプールが続いています。毎年7月上旬に行われている大イベント「ハンプトン・コート宮殿 フラワー・ショー」は、このプールの周りで開かれています。 テムズ川河畔に沿って広がるハンプトン宮殿ですが、空から見ると写真右手が南側になり、テムズ川と微妙な角度で、宮殿とその周りに庭が配置されていることがよく分かります。宮殿を東に抜けると大きなオランダ式ともいわれる整形式のグレート・ファウンテン・ガーデンが、まるで無限の広がりを持っているかのように目の前に現れます。そして、その右側には、フランス式整形庭園が南側のテムズ川に向かって広がっています。川沿いには船着き場があり、下流のロンドン中心部(写真奥側)から船で来ることも可能です。 宮殿は、1521年に、イングランドの聖職者で政治家だったトマス・ウルジー氏によって建てられました。しかし、そのあまりの美しさにヘンリー8世が妬んだので、すぐに王のものとなりました。元々はイタリアルネサンスへの憧れのもとつくられた、チューダー様式とゴシック様式の入り交じった左右対称の幾何学的模様の宮殿で、幾度もの改築や改修が施されながら、18世紀にほぼ現在の形になりました。その後、1838年に大改修の工事が終わると、当時のビクトリア女王によって一般公開されるようになったのです。敷地内にある「プリヴィ・ガーデン」は、1995年の大改修により建設当時の姿に復元されて現在に至っています。 庭は、宮殿の東側と北側に広がっていますが、東側の大きい場所から順に「グレート・ファウンテン・ガーデン」、テムズ川に向かって伸びる「プリヴィ・ガーデン」、その横、宮殿の南側に2つの庭「サンクンガーデン」と「ポンドガーデン」があります。宮殿の北側には「ローズガーデン」や「キングサリのトンネル」、さらには有名な「メイズ(迷路)」、高く刈り込まれた生け垣の迷路などが宮殿を取り巻くように配置されています。 庭園を散策しながら特徴をご紹介 きれいに刈り込まれたイチイは、デアーライン(家畜が下枝を食べたような形)と呼ばれる下枝の刈り込みによって、見通しを確保し広がりを見せています。 シルバーリーフのシロタエギクと、紫花のヘリオトロープとを組み合わせた落ち着いた色合いで、フランスやイタリアの花壇植栽とはまったく違うテイストです。 宮殿から南に広がる「プリヴィ・ガーデン」 当時は新興国だったイギリスの、イタリアルネサンスとフランス文化への憧れが顕著に現れた、見事なまでのフォーマルガーデンです。 この庭は1995年に再現されましたが、完璧なまでに幾何学的な左右対称庭園です。イギリスらしく両側は小高い土手に囲まれ、きれいにメンテナンスされたフォーマル庭園が俯瞰できるようになっています。左側の土手の上には5m以上の高いシデのトンネルがあり、あまりにも人工的な幾何学模様にイギリスらしさが加味されているように思われます。 宮殿横に可愛らしい「ノットガーデン」とオランジェリー 草ツゲの緑のフレームの中は、ベゴニア・センパフローレンスが。はっきりとした色の対比がイタリアの庭を思い出させます。これも、ルネサンスへの憧れの表れなのでしょう。その奥にはオランジェリー(温室)があります。 大きく立派なオランジェリーの前には、テンダー(寒さに弱い植物)な植物の鉢植え。これらの鉢は、すべて冬前にはオランジェリーの中へ入れ、寒さから守ります。 一番の見せ場「サンクンガーデン(沈床花壇)」 オープンで広い「プリヴィ・ガーデン」は緑が中心でしたが、このサンクンガーデンは周りを高い生け垣で囲み、完全に周囲から隔離された空間になっています。 春は、チューリップとパンジー、夏はサルビアやマーガレット、デージー、シロタエギク、そして赤いゼラニウムとベゴニアでカラフルに植栽され、ここではイギリスらしい色とりどりの花が主役になっています。 隣のポンドガーデンは、サンクンガーデンより一回り小さくて色合いもデザインもシンプルです。素敵な2つの庭が並んでいるのも何かもったいないような気がしますが、はっきりと生け垣で区切られているのはイギリスらしい庭の見せ方です。 世界最高齢のブドウの木は、1768年にケイパビリティー・ブラウン氏によって植えられたと伝えられています。イギリスの庭づくりを根底から変えた天才造園家であるランスロット・ケイパビリティー・ブラウン氏については、また今後ご紹介する予定です。 北側の園路には、ゴミ箱さえもブリティッシュグリーンにペイント。ご存じのようにイギリス人が大好きな色です。 イギリスらしい庭のデザインといえば、ボーダー花壇。冬の寒い西風から植物を守るレンガの壁(ウォール)に沿って手前に低い植物、奥へ高い植物を組み合わせて、細長く配置する手法で、イタリアでは見られないスタイルです。さまざまな植物をパッチワークのように組み合わせて植えていく、イギリスでは当たり前に見られる手法は、イギリス庭園史上もう一人の偉人として知られるガートルード・ジーキル女史が始めたもので、今もイギリスの花壇植栽はこの手法がもとになっています。 日本でも憧れて育てる人が多いキングサリをトンネルに仕立てた場所もあります。イギリスでも、なかなかここまで見事な景色にはお目にかかれません。 ハンプトン・コート宮殿は、さまざまなタイプの庭や歴史が詰まっていて、一日いても飽きることはありません。ある意味、ここからイギリスの庭は始まったともいえるでしょう。次回からは、今、ガーデニングの本場といわれているイギリスの庭巡りの旅を始めるとしましょう!
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ロンドンの公園歩き 春のケンジントン・ガーデンズ編
故ダイアナ元皇太子妃ゆかりのケンジントン・ガーデンズ かつてはハイド・パークの一部だったというケンジントン・ガーデンズは、18世紀前半に、現在の形に整えられました。南北に抜ける道を隔てて、東側がハイド・パーク、西側がケンジントン・ガーデンズ。合わせた面積は、ロンドン中心部の公園として一番の広さを誇ります。北側の地下鉄クイーンズウェイ駅から一歩入ると、とにかく広い! ケンジントン・ガーデンズは、園内に建つケンジントン宮殿に15年間住まわれた、故ダイアナ元皇太子妃にゆかりの深い公園です。子ども好きだった彼女を偲んでつくられた、ダイアナ・メモリアル・プレイグラウンド(12歳までの子どもとその保護者専用の遊び場)が近くにあるせいか、親子連れを多く見かけます。今回は訪ねることができませんでしたが、流れる川のような噴水、ダイアナ・メモリアル・ファウンテンも、園内の見どころの一つです。 広い園内に花壇はほとんどありませんが、花や葉の美しい低木や灌木が植わっています。もちろん、大きな木々もたくさん生えていて、この緑の景観を途切れなく守っていくために、綿密な植林計画が立てられています。2023年までに年30~50本ペースで植林を続けるという計画ですが、それだけのスペースがあることに、まず、驚きます。 園内に、貸自転車のドッキング・ステーションを見つけました。ロンドン交通局が運営する貸自転車のシステムで、市内中心部に750カ所のステーションがあります。そばにある機械を操作して、予約なしですぐに使える仕組み。交通量の多い市内の道路を走るのは旅行者にはかなり怖いですが、公園内のサイクリングなら楽しめそうですね。 ここではまた、身体の不自由な方が楽に園内を回れるよう、リバティ・ドライブというカート運行サービスが、慈善団体によって行われています(予約制)。 芝生の広がるエリアでは、リスに出合いました。19世紀後半に北米から持ち込まれた、トウブハイイロリスです。在来種の赤い毛皮のキタリスは、南イングランドではほぼ見かけなくなってしまいました。トウブハイイロリスはガーデナーにとっては害獣といわれ、そういえば、筆者もかつて鉢植えの苗を食べられてしまったことがありましたが、緑の中で遊ぶ姿は可愛いですね。 今も王室メンバーの住まうケンジントン宮殿 とうとうケンジントン宮殿までやってきました! 19世紀に大英帝国を躍進させたヴィクトリア女王(石像)の生家であり、現在も、ウィリアム王子とキャサリン妃のご一家や、先日ご結婚されたハリー王子とメーガン妃をはじめとする、王室の方々が住まわれています。宮殿の一部は一般公開されていて、王室の歴史を垣間見ることができます。 そして、こちらがケンジントン宮殿のサンクンガーデン! 噴水のある長方形の池を、花壇が幾重にも囲むつくりです。庭園の3辺は、シナノキの仲間を誘引したトンネルがあって、異なる角度から庭を眺められるようになっています。 春の花壇は、チューリップ、ストック、パンジーなどを使った、明るい植栽。暗いトーンのピンクのストックの上に咲く、白、黄、ピンクのチューリップがなんともキュートです。夏になると、ゲラニウム、ベゴニア、カンナといった、より色鮮やかな植物に変わっていきます。 2017年4〜9月の間、この庭園は、故ダイアナ元皇太子妃の逝去から20年を記念して期間限定でつくられた、〈プリンセス・ダイアナ・メモリアル・ガーデン〉として公開されました。白を好んだ元皇太子妃を偲んで、白いチューリップやバラ、ユリを中心に、スイセンやヒヤシンス、ワスレナグサなどを可愛らしく挿し色に使った、ホワイト・ガーデンでした。 先日ご結婚されたハリー王子は、この庭で婚約発表をされました。もしかすると、このカラフルな明るい植栽は、王子のご結婚を祝って計画されたのかもしれませんね。 ケンジントン宮殿への入場は有料ですが、このサンクンガーデンは無料で見学することができます。また、サンクンガーデンの東側にあるケンジントン・パレス・パビリオンでは、庭園を眺めながら食事やアフタヌーンティーを楽しむことができます。ぜひおしゃれをして、優雅な気分でお出かけください。 〈ケンジントン・ガーデンズ 庭園情報 2018〉 通年開園、6:00~日没まで(季節によって、冬の16:15から夏の21:45の間で変動します)。最寄りの地下鉄の駅は、ランカスター・ゲート駅、クイーンズウェイ駅、ベイズウォーター駅、ハイ・ストリート・ケンジントン駅。 *ケンジントン・パレス・パビリオンは、18世紀に建てられたオランジェリー(近年はレストランとして使われていた)が改修中のため、期間限定で設営されたレストラン兼イベント会場です。オランジェリーは2021年に再オープンの予定。 Kensington Gardens, London W2 2UH https://www.royalparks.org.uk/parks/kensington-gardens 併せて読みたい ロンドンの公園歩き 春のセント・ジェームズ・パーク&グリーン・パーク編 イギリス流の見せ方いろいろ! みんな大好き、チューリップで春を楽しもう センスがよい小さな庭をつくろう! 英国で見つけた7つの庭のアイデア
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ロンドンの公園歩き 春のセント・ジェームズ・パーク&グリーン・パーク編
ロンドン最古の王立公園 セント・ジェームズ・パーク セント・ジェームズ・パークは、ロンドンにある王立公園として最も古いものです。周辺にあるのは、トラファルガー広場やナショナル・ギャラリー、ウェストミンスター大寺院といった名所や、首相官邸や国会議事堂をはじめとする官庁、そして、バッキンガム宮殿。まさにロンドンの中心地にあります。東京で言ったら、さしずめ日比谷公園といったところでしょうか。 実は、筆者はかつてこの近くにある職場に通っていたので、ここはまさに「庭」のようなもの。水辺があり、鳥やリスが遊ぶ公園を突っ切って、仕事のおつかいに出かけるのは、とても楽しいことでした。セント・ジェームズ・パークは美しく手入れされた花壇が多く、いつでも花が咲いているので、花の公園のイメージがあります。今回は、春の花木が迎えてくれました。 元々は湿地の荒れ野だったというこの場所は、16世紀前半にヘンリー8世によって鹿の狩場となります。17世紀前半には、ジェームズ1世によって、なんと、ラクダやワニ、ゾウといった珍しい動物が飼われていました。 17世紀後半、チャールズ2世の時代になると、再計画されて、ぐっと公園らしくなります。木々や芝生が植えられ、今の湖の原型となる運河がつくられて、市民も入ることを許されるようになりました。そして、19世紀前半、名建築家で都市計画を任されたジョン・ナッシュによって、公園は自然主義的な形につくり直されます。直線的な運河はより自然な形の湖になり、ゆるやかに曲がる小径がつくられ、伝統的な花壇は灌木の茂みに変わりました。今ある公園の姿は、その時の設計からあまり変わっていないといいます。ジョン・ナッシュ、偉大ですね! 園内には緑の芝生が広がる一方で、花壇もたくさんがあって、季節ごとに植え替えられます。春の花壇は、やはりチューリップが主役級。 こちらはコントラストのある、かなりパンチの効いた配色です。背景となる灌木の暗い葉色を意識しての花選びでしょうか。 観光客も地元民もほっこり 緑あふれる水辺 テムズ川の方向を見ると、緑の向こうに、観覧車のロンドン・アイが覗いています。都心にこんな豊かな緑があって、そのスペースが市民に開放されているというのは、さすが、園芸大国イギリスならではですね。 セント・ジェームズ・パークの中央には、運河からつくり変えられた細長い湖が伸びていて、この茂みの向こうも湖です。園内のカフェは、緑と水辺、そして、湖の噴水が見られるベストポジションにあります。朝8時から開いているので、まだ静かな時間に景色をゆっくり眺めながら、朝食を楽しむことができますよ。 水辺に生えるのは、白い小花を咲かせるワイルド・キャロット(ノラニンジン)とブルーベル。ずっと昔から自生しているような、ナチュラルな植栽です。 細長く伸びるセント・ジェームズ湖。コブハクチョウやカモなど、17種の水鳥の棲みかとなっていて、身近に観察できます。この時は見られませんでしたが、ペリカンもいます! ペリカンの飼育は、1664年にロシアの大使から贈られたことが始まり。以来、40羽の歴代ペリカンがここで暮らしてきたそうです。 広がる芝生の上では、人々がデッキチェアにもたれて日光浴を楽しんでいます。実は、このデッキチェアは有料で、1時間で£1.80(約270円)。腰掛けると、どこからともなく係員さんが現れて、しっかり賃料を徴収されるのでご注意を。 ザ・マルを通ってバッキンガム宮殿へ 公園を出て、北側には、アドミラルティ・アーチからバッキンガム宮殿へと続くまっすぐな道、ザ・マルがあります。王室騎兵隊の日々の交代ルートとなるほか、戴冠式や結婚式など、王室の重要な行事の際には、パレードのルートとして使われます。道の先に、遠く宮殿が見えます。 宮殿まで行くと、待っているのはメモリアル・ガーデンズと呼ばれる花壇です。1901年、ヴィクトリア女王の逝去を悼んで、宮殿前に金色の像が載ったヴィクトリア記念堂と、それを囲む半円形の花壇がつくられました。 冬から春にかけての花壇は、チューリップとストックを使った、赤と黄の華やかな植栽です。夏になると、真っ赤なゲラニウムを中心に、オリヅルラン、サルビアなどに植え替えられます。赤い花が選ばれているのは、近衛兵や王室騎兵隊の軍服に使われる赤に合わせるため。世界的に有名な衛兵交代には、そんな配慮があったのですね。 花壇のポイントに、トピアリーがちょこんと生えているのがキュートです。バッキンガム宮殿に向かって右手に、たくさんの大木が葉を茂らせるグリーン・パークが見えてきました。豪華なカナダ門を通って、入ってみましょう。 大木が緑の天蓋をつくるグリーン・パーク グリーン・パークには、見上げるような大木が立ち並びます。これは、ロンドン・プレーン(和名モミジバスズカケノキ)と呼ばれる、プラタナスの仲間。夏には大きな枝葉を広げて涼しい木陰をつくり、排気ガスの汚染物質を取り除くフィルターの役割も果たして、都市の環境保全に貢献しています。 ロンドンの公園に生える樹木の半分は、このロンドン・プレーンといい、まさに、この町を象徴する樹木です。成木は樹高30mというので、ひょっとしたら、まだ大きくなるのかも…! 芝生と樹木ばかりで緑一色。花壇や灌木の茂みはありません。このシンプルさがグリーン・パークの大きな魅力だと、わたしは思うのですが、では、この公園にはなぜ花がないのでしょうか? 一説によると、17世紀、多くの愛人を持ったことで知られるイングランド王、チャールズ2世が、愛人のために公園で花を摘んでいるところを、妻のキャサリン王妃に見つかって、公園から花を一切なくすよう求められたからだとか。 本当の話なら、面白いですね。もっとも、春だけは景色が変わります。木々の根元で25万本のラッパズイセンが咲いて、明るい黄色のじゅうたんをつくるのです。この春の風物詩は、訪ねた時には残念ながら終わっていました。 普段は市民の憩いの場であるグリーン・パークは、女王の公式誕生日を祝うパレードなど、国の特別な行事の際には、大砲で祝砲を撃つ会場として使われます。 バッキンガム宮殿のお膝元にある、個性の異なる2つの公園。ロンドンを訪れる際には、ぜひ立ち寄ってみてください。 〈庭園情報 2018〉 セント・ジェームズ・パーク 通年開園、5:00~0:00。最寄駅は、地下鉄セント・ジェームズ・パーク駅、チャリングクロス駅、ウェストミンスター駅。 St. James’s Park, London SW1A 2BJ https://www.royalparks.org.uk/parks/st-jamess-park グリーン・パーク 通年開園、5:00~0:00。最寄駅は、地下鉄グリーン・パーク駅、ハイド・パーク・コーナー駅。 The Green Park, London SW1A 1BW https://www.royalparks.org.uk/parks/green-park 併せて読みたい ロンドンの公園歩き 春のケンジントン・ガーデンズ編 イギリス流の見せ方いろいろ! みんな大好き、チューリップで春を楽しもう センスがよい小さな庭をつくろう! 英国で見つけた7つの庭のアイデア
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美しき家と庭 英国モリス・デザインの世界を体感する「スタンデン・ハウス・アンド・ガーデン」
120年前のこと、英国の慈善団体ナショナル・トラストは、開発で失われていく自然や、歴史ある建物や庭といった文化的遺産を守り、後世に残そうと、活動を始めました。多くのボランティアの力によって守り継がれる、その素晴らしい屋敷と庭を訪ねます。 ビール家の愛しの我が家 ロンドンから車で南へ向かい、2時間余り。ウェスト・サセックス州の美しい田園風景を見渡す丘に、スタンデン・ハウス・アンド・ガーデンはあります。この屋敷は、19世紀の終わりに、ロンドンで成功した裕福な弁護士、ジェームズ・ビールの別宅として建てられました。7人の子を持つビール氏は、家族や友人が、週末や休暇を楽しく過ごすことのできる、居心地のよい田舎の家を求めたのです。 屋敷の設計は、モリスの友人で、アーツ・アンド・クラフツ運動の建築家として知られたフィリップ・ウェッブに任され、内装はモリス商会が手掛けました。風景に馴染む、落ち着いた外観の屋敷には、一方で、電気や暖房といった、当時の最新の設備がありました。住み心地がよく、美しい家具やテキスタイルで整えられた屋敷は、ビール夫妻の子や孫の代まで、楽しい我が家として愛されました。 アーツ・アンド・クラフツ運動を提唱したウィリアム・モリス ウィリアム・モリスは、19世紀の後半に、思想家、デザイナー、詩人、作家と多岐にわたって活躍した人物です。職人による昔ながらの美しい手仕事を愛したモリスは、産業革命の流れの中で失われつつあった、暮らしの中の芸術を取り戻そうと、自ら壁紙をデザインしたり、美しい装飾が施された本を出版したりしました。 一体感のある家と庭 モリスは「家は庭に(衣服のように)包まれるべきだ」という言葉を残しています。庭は家の延長であって、そのように使われるべきだと考えていたのです。その考えを受けて、スタンデンの屋敷と庭は、お互いを補い合う、一つのものとして存在していたのですが、じつは、その庭は長い時の流れの中で失われていました。 5年にわたる庭の修復プロジェクト 今から10年余り前のこと、庭にはびこる竹の下から、古い水遊び用の池が発見されました。その後も、塀やロックガーデンなど、かつての庭の名残が次々と発見され、2012年、ついに庭の修復プロジェクトが発足します。プロジェクトチームは、家族写真や地図、支払いの領収書、そして、ビール夫人のガーデンダイアリーといった膨大な歴史的資料から、ここにどんな庭があったのかを探りました。 広さ約5万㎡の庭を、屋外の部屋をいくつもつなげるように設計したのは、独学で園芸知識を身につけ、優れたガーデナーだったビール夫人でした。ピンクのチャイナ種のバラが植わるローズガーデンや、シナノキの並木道、時にパーティーが開かれたクロッケー用の芝生など、植物好きの夫人が設計し、世話をした庭の数々が、プロジェクトによって再発見され、美しくよみがえりました。 リンゴの古木が見守るキッチンガーデン 屋敷の食卓を支えたキッチンガーデンも修復され、野菜や果物の大きな花壇が整えられました。ここには、屋敷が建った当時に植えられたという、ブラムリー種のリンゴの古木が4本、残っています。扇を広げたような形をした見事なエスパリエ仕立てのリンゴは、今も秋になると、美味しい実をたくさんつけます。 18世紀の古い納屋にはカフェがあって、キッチンガーデンで栽培された、ポロネギ、ニンジン、ルバーブ、アスパラガス、イチゴ、リンゴといった、採れたての旬の野菜や果物を使った料理を楽しむことができます。美しい景色の中、ビール夫妻の客人になった気分で楽しむ食事は、格別の味わいに違いありません。 取材協力: 英国ナショナル・トラスト(英語) https://www.nationaltrust.org.uk/ ナショナル・トラスト(日本語) http://www.ntejc.jp/ Information 〈The National Trust〉Standen House and Garden スタンデン・ハウス・アンド・ガーデン ロンドンからは車で約2時間。電車の場合は、ロンドン・ヴィクトリア駅から最寄り駅のイースト・グリンステッド駅(East Grinstead)まで約1時間。駅からはタクシー(約3km、約10分)、または、クローリー(Crawley)行きのメトロバス84番に乗り、スタンデン・ナショナル・トラスト(Standen National Trust)で下車(日曜は運休)。バス停からは徒歩(約800m、約8分)。 12月25、26日を除き、通年開園。庭園の開園時間は、2~10月は10:00~17:00、11~1月は10:00~16:00。屋敷の開館時間は、2~10月は11:00~16:30、11~1月は11:00~15:30。 *2018年度の情報です。開園予定が変わることもあるのでHP等で確認してください。 住所:West Hoathly Road, East Grinstead, West Sussex, RH19 4NE 電話:+44(0)1342323029 https://www.nationaltrust.org.uk/standen-house-and-garden Credit 文/萩尾 昌美 (Masami Hagio) ガーデン及びガーデニングを専門分野に、英日翻訳と執筆に携わる。世界の庭情報をお届けすべく、日々勉強中。5年間のイギリス滞在中に、英国の田舎と庭めぐり、お茶の時間をこよなく愛するようになる。神奈川生まれ、早稲田大学第一文学部・英文学専修卒。
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イギリス流の見せ方いろいろ! みんな大好き、チューリップで春を楽しもう
120年前のこと、英国の慈善団体ナショナル・トラストは、開発で失われていく自然や、歴史ある建物や庭といった文化的遺産を守り、後世に残そうと、活動を始めました。多くのボランティアの力によって守り継がれる、その素晴らしい庭の数々で見つけたチューリップの開花シーンをご紹介します。 存在感ある鉢植えで魅せる まずは、世界中のガーデナーが憧れるシシングハースト・カースル・ガーデンの、鉢植えアレンジ術を覗いてみましょう。 春のコテージガーデンにドーンと置かれているのは、明るいオレンジ色のチューリップが溢れんばかりに咲く銅製の大鉢。存在感たっぷりで、見る者の視線を集めます。このガーデンの春の植栽は、黄色とオレンジがテーマカラー。鮮やかなオレンジ色の花が、トピアリーの緑や鉢の緑青によく映えて、快活な春の景色をつくっています。 こちらは一転して、ニュアンスカラーの、優しいトーンの花景色です。鉢にしているのは、かつて家畜用に使われていた、古い石の餌入れ。イギリスの田舎ならではの発想ですね。温かみのあるレンガ造りの家壁にしっくり合う石鉢と、それにマッチする花色のチューリップをうまく選んでいます。 花壇に置かれたこちらの鉢植えは、素焼きの大鉢を使い、赤や紫の同系色の花色でまとめたもの。色とりどりの春の花が咲いて、野原のような、のどかで可愛らしい印象の花壇に大鉢を置くことで、面白味のある変化を生み出しています。 フォーマルガーデンの彩りに イギリスの屋敷でよく見られる整形式庭園は、きれいに刈り込んだトピアリーや生け垣などで幾何学的な模様を描いた庭。その花壇は季節の花で彩られますが、花色が豊富なチューリップは、春の整形式庭園を彩るのにもぴったりです。 こちらは、ウェールズにあるエルディグのヴィクトリア朝様式の庭園。緑の球状のトピアリーと、赤い玉が浮かぶように連続するチューリップの花が、リズム感のある楽しげな景色をつくり出しています。 チェシャー州、ライム・パークのダッチガーデンでは、幾何学模様を塗りつぶすように、明るい花色のチューリップが咲き誇ります。 デザインの幅を広げる2色づかい 花壇に咲かせる場合、異なる2色のチューリップを組み合わせると、植栽のデザイン性がぐっと高まります。こちらは、コッツウォルズの名園、ヒドコートの花壇。先が尖り、反りかえった花弁を持つ、ユリ咲きの白と黄のチューリップが、きらめく星のように花壇を明るく彩ります。 次は、ウェールズ、ダフリン・ガーデンの、ビビッドなマゼンタ色とオレンジ色の組み合わせ。ライトグレーの抑えた色調で統一された敷石や植木鉢が、鮮やかな花色を引き立てる、現代的な印象のテラスガーデンです。カラフルな宝石のような色合わせには、子どもも思わずかくれんぼしたくなる楽しさがありますね。 一方、こちらはウェールズ、トレデガー・ハウスの整形式庭園。きっちりと刈り込まれたツゲの生け垣に囲まれて咲くのは、白と黒のチューリップ。可愛らしいというチューリップの一般的なイメージを覆す、モダンでシックな雰囲気の組み合わせです。 草原や森にナチュラルに咲き広がる チューリップは、広い面積に咲き広がる様も素敵です。こちらは、ウェスト・サセックス州、スタンデンの庭。クロッケー用の芝生の脇にある土手に、芝草に交じってさまざまな色柄のチューリップが咲き広がります。キャンディが散りばめられたような、にぎやかな花景色は、花色や花姿が豊富なチューリップならではでしょう。 最後は、ケンブリッジにあるアングレジー・アビーのウィンターガーデンです。ヨーロッパシラカンバの林でピンクのチューリップが一面に咲き広がる様は壮観。色の少ない時期を明るくしようと、ガーデンデザイナーが計画した見事な花景色です。白く輝く樹皮とピンクの花色の組み合わせが、おとぎ話の世界のようにロマンチックですね。 さて、いろいろな見せ方のあるチューリップ、いかがでしたか。ぜひ、庭づくりのヒントにしてみてくださいね。 取材協力 英国ナショナル・トラスト(英語) https://www.nationaltrust.org.uk/
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英国の名園巡り 侯爵夫人の人生の喜びが散りばめられた「マウント・スチュワート」
120年前のこと、英国の慈善団体ナショナル・トラストは、開発で失われていく自然や、歴史ある建物や庭といった文化的遺産を守り、後世に残そうと、活動を始めました。多くのボランティアの力によって守り継がれる、その素晴らしい庭の数々を訪ねます。 マルチな才能を持った侯爵夫人 イーディス イーディスは父親譲りのポジティブな性質で、乗馬やヨットの旅を楽しむ、行動力のある女性でした。夫の第7代ロンドンデリー侯爵チャールズが政界に入ってからは、支援のために社交界で動き、また、第1次世界大戦時には、女性による後方支援部隊の統率役も担って、上流社会で影響力を持つようになります。一方で彼女は、庭づくりに加え、伝記や子ども向けの物語を執筆するなど、芸術性や文才にも秀でていました。5人の母でもあり、じつにエネルギッシュで、多面的な才能にあふれた人物でした。 朝日と夕日の庭 イタリアン・ガーデン イーディスは結婚当初、ヨットでスペインやイタリアへ旅し、また、持病の療養のため、夫と共にインドに長期滞在したこともありました。そうした旅先で目にした歴史的な庭園の数々が、彼女の植物や庭づくりへの興味を育てたといいます。 第1次世界大戦後の1920年、41歳の時に、イーディスは末娘となるマイリを期せずして身ごもり、その妊娠中に庭園の設計を始めます。それから始まる庭づくりの日々は、彼女にとってこの上なく幸せで、創造的な時間でした。 イーディスが最初に取り組んだのは、屋敷の南側、入り江を見下ろす斜面に広がるイタリアン・ガーデンです。子ども時代を過ごした思い出の場所、スコットランド、ダンロビン城の庭園に似せた整形式庭園(パーテア)が東西に2つ並ぶ構図に、彼女はイタリアで目にしたボボリ庭園のようなルネッサンス期の名園のエッセンスを加えました。 1921年、イタリアン・ガーデンは、熟練庭師と復員してきた21人の男性の力を借りて形づくられました。この庭はもともとローズガーデンとして計画されましたが、海沿いの土地にバラの生育条件が合わず、数年後にまた新しいカラースキームを考えることになりました。 イーディスは2つのパーテアのうち東側(写真左)を、中心から、鮮やかな赤、オレンジ、ブルー、シルバーと同心円状に変化する朝日のイメージで、また、西側は、深紅、薄ピンク、藤色、黄色、濃い赤紫色と変化する夕日のイメージでデザインしました。そして、英国に導入されたばかりの珍しく美しい異国の植物と、主流の宿根草や球根を合わせるという独自のスタイルで、植栽を構成しました。また、異国の花木をスタンダード仕立てにして、そこに新しいつる性植物を這わせるなど、見せ方も工夫しました。 イタリアン・ガーデンの東側には、動物などのセメント製のユーモラスな彫像が並ぶドードー・テラスと開廊(ロッジア)があります。絶滅した大型の鳥ドードーの像は、イーディスの父、チャップリン子爵を表現したもの。というのは、政治家だった子爵は、かつて風刺画でドードー(まぬけ)と揶揄されたことがあったのです。それを笑いに変えてしまう、イーディスのユーモアセンスが感じられます。また、ノアの方舟(アーク)は、アーク・クラブという、侯爵夫妻が主催した上流階級の私的な集まりを記念して置かれました。 イトスギの壁が印象的なスパニッシュ・ガーデン イタリアン・ガーデンの先に続くスパニッシュ・ガーデンは、スペインへの旅の記憶が詰まっています。インスピレーションの源となったのは、王族に案内されて訪ねたアルハンブラ宮殿やヘネラリフェのペルシャ式庭園です。両側に立つ印象的なイトスギの壁は、16世紀のベネチア人の旅人がヘネラリフェの庭へと続くアーケードを描写した記述をもとに、デザインされました。イーディスの構想通りに生け垣を仕立てられる、庭師の腕にも驚きます。 大好きな花が植わるサンクン・ガーデン 屋敷の西側にあるサンクン・ガーデン(沈床式庭園)と、その先につながるシャムロック・ガーデンは、屋敷の1階から見ることのできる唯一の庭です。サンクン・ガーデンの三方はパーゴラで囲まれていますが、イーディスは、そこに珍しい異国のつる性植物を絡めました。その内側に植わるのは、彼女が愛してやまなかったロドデンドロンとユリ。イーディスは香りのよい花が大好きでした。 イーディスにとって庭づくりは、知的活動と身体を動かすことの、両面の楽しみがありました。植物を育てること、そして、その場所にぴったりの植物の組み合わせを見つけることに、夢中になったのです。 イーディスは博識な知人に学んで、植物の知識を深めていきました。庭園のあるアーズ半島は、暖流のおかげで暖かい、地中海性気候の土地。イーディスはプラントハンターを支援して、似たような気候を持つ世界各地からたくさんの新しい植物を集め、この庭で実験的に育てました。 アイルランド神話の世界 シャムロック・ガーデン イーディスを魅了するものの一つに、アイルランド神話がありました。この庭では、アイリッシュハープをはじめ、アイルランドや神話にまつわるモチーフの、たくさんの小さなトピアリーが楽しめます。手前の、手の形をした花壇は、〈アルスターの赤い手〉という神話がモチーフ。セイヨウイチイの生け垣に囲まれた庭園自体も、上から見るとアイルランドの国花である三つ葉(シャムロック)の形を表しています。 他にも、イーディスが末娘のためにつくったマイリ・ガーデンや、大好きなユリを育てたリリー・ウッド、湖畔の墓地、それから、美術品がたくさん飾られた新古典主義建築の屋敷と、見どころがたくさんあります。北アイルランドの至宝を、ぜひ訪ねてみてください。 取材協力 英国ナショナル・トラスト(英語) https://www.nationaltrust.org.uk/ ナショナル・トラスト(日本語)http://www.ntejc.jp/



















