美しき家と庭 英国モリス・デザインの世界を体感する「スタンデン・ハウス・アンド・ガーデン」
草花や鳥などの身近な自然をモチーフに、独特のタッチで壁紙やテキスタイルをデザインした、ウィリアム・モリス。彼は、産業革命によって大量生産の商品が氾濫していた19世紀後半のイギリスで、昔ながらの美しい手工芸品を暮らしに取り戻そうと、アーツ・アンド・クラフツ運動を提唱しました。英国ナショナル・トラストのスタンデン・ハウス・アンド・ガーデンは、そんなモリスの美術仲間によってつくられた屋敷です。温もりのある美しい暮らしを理想とした、モリスの世界観を存分に味わうことができる、とっておきの場所を訪ねます。
120年前のこと、英国の慈善団体ナショナル・トラストは、開発で失われていく自然や、歴史ある建物や庭といった文化的遺産を守り、後世に残そうと、活動を始めました。多くのボランティアの力によって守り継がれる、その素晴らしい屋敷と庭を訪ねます。
ビール家の愛しの我が家
ロンドンから車で南へ向かい、2時間余り。ウェスト・サセックス州の美しい田園風景を見渡す丘に、スタンデン・ハウス・アンド・ガーデンはあります。この屋敷は、19世紀の終わりに、ロンドンで成功した裕福な弁護士、ジェームズ・ビールの別宅として建てられました。7人の子を持つビール氏は、家族や友人が、週末や休暇を楽しく過ごすことのできる、居心地のよい田舎の家を求めたのです。
屋敷の設計は、モリスの友人で、アーツ・アンド・クラフツ運動の建築家として知られたフィリップ・ウェッブに任され、内装はモリス商会が手掛けました。風景に馴染む、落ち着いた外観の屋敷には、一方で、電気や暖房といった、当時の最新の設備がありました。住み心地がよく、美しい家具やテキスタイルで整えられた屋敷は、ビール夫妻の子や孫の代まで、楽しい我が家として愛されました。
アーツ・アンド・クラフツ運動を提唱したウィリアム・モリス
ウィリアム・モリスは、19世紀の後半に、思想家、デザイナー、詩人、作家と多岐にわたって活躍した人物です。職人による昔ながらの美しい手仕事を愛したモリスは、産業革命の流れの中で失われつつあった、暮らしの中の芸術を取り戻そうと、自ら壁紙をデザインしたり、美しい装飾が施された本を出版したりしました。
一体感のある家と庭
モリスは「家は庭に(衣服のように)包まれるべきだ」という言葉を残しています。庭は家の延長であって、そのように使われるべきだと考えていたのです。その考えを受けて、スタンデンの屋敷と庭は、お互いを補い合う、一つのものとして存在していたのですが、じつは、その庭は長い時の流れの中で失われていました。
5年にわたる庭の修復プロジェクト
今から10年余り前のこと、庭にはびこる竹の下から、古い水遊び用の池が発見されました。その後も、塀やロックガーデンなど、かつての庭の名残が次々と発見され、2012年、ついに庭の修復プロジェクトが発足します。プロジェクトチームは、家族写真や地図、支払いの領収書、そして、ビール夫人のガーデンダイアリーといった膨大な歴史的資料から、ここにどんな庭があったのかを探りました。
広さ約5万㎡の庭を、屋外の部屋をいくつもつなげるように設計したのは、独学で園芸知識を身につけ、優れたガーデナーだったビール夫人でした。ピンクのチャイナ種のバラが植わるローズガーデンや、シナノキの並木道、時にパーティーが開かれたクロッケー用の芝生など、植物好きの夫人が設計し、世話をした庭の数々が、プロジェクトによって再発見され、美しくよみがえりました。
リンゴの古木が見守るキッチンガーデン
屋敷の食卓を支えたキッチンガーデンも修復され、野菜や果物の大きな花壇が整えられました。ここには、屋敷が建った当時に植えられたという、ブラムリー種のリンゴの古木が4本、残っています。扇を広げたような形をした見事なエスパリエ仕立てのリンゴは、今も秋になると、美味しい実をたくさんつけます。
18世紀の古い納屋にはカフェがあって、キッチンガーデンで栽培された、ポロネギ、ニンジン、ルバーブ、アスパラガス、イチゴ、リンゴといった、採れたての旬の野菜や果物を使った料理を楽しむことができます。美しい景色の中、ビール夫妻の客人になった気分で楽しむ食事は、格別の味わいに違いありません。
取材協力:
英国ナショナル・トラスト(英語) https://www.nationaltrust.org.uk/
ナショナル・トラスト(日本語) http://www.ntejc.jp/
Information
〈The National Trust〉Standen House and Garden スタンデン・ハウス・アンド・ガーデン
ロンドンからは車で約2時間。電車の場合は、ロンドン・ヴィクトリア駅から最寄り駅のイースト・グリンステッド駅(East Grinstead)まで約1時間。駅からはタクシー(約3km、約10分)、または、クローリー(Crawley)行きのメトロバス84番に乗り、スタンデン・ナショナル・トラスト(Standen National Trust)で下車(日曜は運休)。バス停からは徒歩(約800m、約8分)。
12月25、26日を除き、通年開園。庭園の開園時間は、2~10月は10:00~17:00、11~1月は10:00~16:00。屋敷の開館時間は、2~10月は11:00~16:30、11~1月は11:00~15:30。
*2018年度の情報です。開園予定が変わることもあるのでHP等で確認してください。
住所:West Hoathly Road, East Grinstead, West Sussex, RH19 4NE
電話:+44(0)1342323029
https://www.nationaltrust.org.uk/standen-house-and-garden
Credit
文/萩尾 昌美 (Masami Hagio)
ガーデン及びガーデニングを専門分野に、英日翻訳と執筆に携わる。世界の庭情報をお届けすべく、日々勉強中。5年間のイギリス滞在中に、英国の田舎と庭めぐり、お茶の時間をこよなく愛するようになる。神奈川生まれ、早稲田大学第一文学部・英文学専修卒。
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