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英国の名園巡り 侯爵夫人の人生の喜びが散りばめられた「マウント・スチュワート」

英国の名園巡り 侯爵夫人の人生の喜びが散りばめられた「マウント・スチュワート」

©National Trust Images/Andrew Butler

北アイルランド、アーズ半島の、ストラングフォード・ラークと呼ばれる入り江に面して、英国でも指折りの名園「マウント・スチュワート」はあります。今から約100年前にその庭をデザインしたのは、屋敷の女主人だった、第7代ロンドンデリー侯爵夫人イーディス。多彩な才能に恵まれ、上流階級のカラフルな人生を送ったイーディスは、家族との思い出や旅の記憶を庭のデザインに軽やかに散りばめながら、芸術性に富んだこの庭をつくり上げました。

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120年前のこと、英国の慈善団体ナショナル・トラストは、開発で失われていく自然や、歴史ある建物や庭といった文化的遺産を守り、後世に残そうと、活動を始めました。多くのボランティアの力によって守り継がれる、その素晴らしい庭の数々を訪ねます。

マルチな才能を持った侯爵夫人 イーディス

both images: ©National Trust Images/John Hammond

イーディスは父親譲りのポジティブな性質で、乗馬やヨットの旅を楽しむ、行動力のある女性でした。夫の第7代ロンドンデリー侯爵チャールズが政界に入ってからは、支援のために社交界で動き、また、第1次世界大戦時には、女性による後方支援部隊の統率役も担って、上流社会で影響力を持つようになります。一方で彼女は、庭づくりに加え、伝記や子ども向けの物語を執筆するなど、芸術性や文才にも秀でていました。5人の母でもあり、じつにエネルギッシュで、多面的な才能にあふれた人物でした。

朝日と夕日の庭 イタリアン・ガーデン

©National Trust Images/Andrew Butler

イーディスは結婚当初、ヨットでスペインやイタリアへ旅し、また、持病の療養のため、夫と共にインドに長期滞在したこともありました。そうした旅先で目にした歴史的な庭園の数々が、彼女の植物や庭づくりへの興味を育てたといいます。

第1次世界大戦後の1920年、41歳の時に、イーディスは末娘となるマイリを期せずして身ごもり、その妊娠中に庭園の設計を始めます。それから始まる庭づくりの日々は、彼女にとってこの上なく幸せで、創造的な時間でした。

イーディスが最初に取り組んだのは、屋敷の南側、入り江を見下ろす斜面に広がるイタリアン・ガーデンです。子ども時代を過ごした思い出の場所、スコットランド、ダンロビン城の庭園に似せた整形式庭園(パーテア)が東西に2つ並ぶ構図に、彼女はイタリアで目にしたボボリ庭園のようなルネッサンス期の名園のエッセンスを加えました。

©National Trust Images/Andrew Butler

1921年、イタリアン・ガーデンは、熟練庭師と復員してきた21人の男性の力を借りて形づくられました。この庭はもともとローズガーデンとして計画されましたが、海沿いの土地にバラの生育条件が合わず、数年後にまた新しいカラースキームを考えることになりました。

イーディスは2つのパーテアのうち東側(写真左)を、中心から、鮮やかな赤、オレンジ、ブルー、シルバーと同心円状に変化する朝日のイメージで、また、西側は、深紅、薄ピンク、藤色、黄色、濃い赤紫色と変化する夕日のイメージでデザインしました。そして、英国に導入されたばかりの珍しく美しい異国の植物と、主流の宿根草や球根を合わせるという独自のスタイルで、植栽を構成しました。また、異国の花木をスタンダード仕立てにして、そこに新しいつる性植物を這わせるなど、見せ方も工夫しました。

©National Trust Images/Andrew Butler

イタリアン・ガーデンの東側には、動物などのセメント製のユーモラスな彫像が並ぶドードー・テラスと開廊(ロッジア)があります。絶滅した大型の鳥ドードーの像は、イーディスの父、チャップリン子爵を表現したもの。というのは、政治家だった子爵は、かつて風刺画でドードー(まぬけ)と揶揄されたことがあったのです。それを笑いに変えてしまう、イーディスのユーモアセンスが感じられます。また、ノアの方舟(アーク)は、アーク・クラブという、侯爵夫妻が主催した上流階級の私的な集まりを記念して置かれました。

イトスギの壁が印象的なスパニッシュ・ガーデン

©National Trust Images/Andrew Butler

イタリアン・ガーデンの先に続くスパニッシュ・ガーデンは、スペインへの旅の記憶が詰まっています。インスピレーションの源となったのは、王族に案内されて訪ねたアルハンブラ宮殿やヘネラリフェのペルシャ式庭園です。両側に立つ印象的なイトスギの壁は、16世紀のベネチア人の旅人がヘネラリフェの庭へと続くアーケードを描写した記述をもとに、デザインされました。イーディスの構想通りに生け垣を仕立てられる、庭師の腕にも驚きます。

大好きな花が植わるサンクン・ガーデン

©National Trust Images/Andrew Butler

屋敷の西側にあるサンクン・ガーデン(沈床式庭園)と、その先につながるシャムロック・ガーデンは、屋敷の1階から見ることのできる唯一の庭です。サンクン・ガーデンの三方はパーゴラで囲まれていますが、イーディスは、そこに珍しい異国のつる性植物を絡めました。その内側に植わるのは、彼女が愛してやまなかったロドデンドロンとユリ。イーディスは香りのよい花が大好きでした。

©National Trust Images/Stephen Robson

イーディスにとって庭づくりは、知的活動と身体を動かすことの、両面の楽しみがありました。植物を育てること、そして、その場所にぴったりの植物の組み合わせを見つけることに、夢中になったのです。

イーディスは博識な知人に学んで、植物の知識を深めていきました。庭園のあるアーズ半島は、暖流のおかげで暖かい、地中海性気候の土地。イーディスはプラントハンターを支援して、似たような気候を持つ世界各地からたくさんの新しい植物を集め、この庭で実験的に育てました。

アイルランド神話の世界 シャムロック・ガーデン

©National Trust Images/Andrew Butler

イーディスを魅了するものの一つに、アイルランド神話がありました。この庭では、アイリッシュハープをはじめ、アイルランドや神話にまつわるモチーフの、たくさんの小さなトピアリーが楽しめます。手前の、手の形をした花壇は、〈アルスターの赤い手〉という神話がモチーフ。セイヨウイチイの生け垣に囲まれた庭園自体も、上から見るとアイルランドの国花である三つ葉(シャムロック)の形を表しています。

他にも、イーディスが末娘のためにつくったマイリ・ガーデンや、大好きなユリを育てたリリー・ウッド、湖畔の墓地、それから、美術品がたくさん飾られた新古典主義建築の屋敷と、見どころがたくさんあります。北アイルランドの至宝を、ぜひ訪ねてみてください。

©National Trust Images/Andrew Butler

取材協力

英国ナショナル・トラスト(英語) https://www.nationaltrust.org.uk/
ナショナル・トラスト(日本語)http://www.ntejc.jp/

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