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花と植物をめぐる、シドニーの週末マーケット散歩
「シドニー・フラワー・マーケット(Sydney Flower Market)」/冬の早朝に出会う、南半球の力強いネイティブフラワー シドニーの冬の朝。まだ街が目覚める前の時間に、世界中のフローリストを魅了する植物たちが集まる場所があります。それが、早朝5時から9時頃までという短い時間だけ開かれる、市中心部から西へ約 15 キロのフレミントン(Flemington)にある「シドニー・フラワー・マーケット」です。ここはオーストラリア最大規模を誇る花の卸売市場。その歴史は古く、1975 年に現在の場所へ移転して以来、50 年近くにわたりシドニー中のフローリストたちのインスピレーションの源であり、街を彩る花市場として愛され続けてきました。 通常はプロのフローリストたちが仕入れに集まる本格的な市場ですが、一般の私たちも買い物を楽しむことができます。早朝の澄み切った冬の空気の中に一歩足を踏み入れると、そ こには広大な敷地に100以上の出店者がひしめき合い、朝一番の活気と熱気に満ちあふれています。 シドニーの冬、7月のフラワーマーケット 市場の主役は、なんといっても南半球の冬にベストシーズンを迎えるエネルギッシュな植物たち。日本では残暑の頃ですが、ここ冬のシドニーでは、オーストラリア固有の植物だけでなく、同じ南半球の個性豊かな仲間たちが最も美しく輝く季節です。そんな賑やかな市場の中でも、ひときわ多くの人々を惹きつけ、私がその素晴らしさに最も心を奪われたのが「East Coast Wildflowers(イーストコースト・ワイルドフラワーズ)」のブースです。ここには、多種多様なワイルドフラワーが並び、そのディスプレイのセンスはまるで洗練されたボタニカルアートのよう。常に多くの人々で大賑わいを見せている、市場きっての人気スポットです。 色鮮やかなワイルドフラワーが並ぶ「East Coast Wildflowers」は、市場でもひときわ人気を集める存在。 一歩足を踏み入れると、寒さを吹き飛ばすほど鮮やかな色彩が目に飛び込んできます。特に目を引くのが、圧倒的な存在感を放つプロテアの仲間たち。実はプロテアは南アフリカ原産の植物です。遠く離れた南アフリカとオーストラリアですが、かつて同じゴンドワナ大陸を構成していた地域。そのため、ヤマモガシ科(Proteaceae)の植物たちがそれぞれ独自の進化を遂げてきました。そんな太古のつながりを持つプロテアは、今やオーストラリアのボタニカルスタイルにも欠かせない存在です。 淡いピンクのグラデーションが気品漂うプロテア‘ピンクアイス’や、大輪でまさに花の王様の風格を持つキングプロテアが、圧倒的な存在感で見る人の心を惹きつけます。 左/ピンクのグラデーションが美しいプロテア‘ピンクアイス’(学名:Protea 'Pink Ice') 右/大輪の花姿がひときわ目を引くキングプロテア(学名:Protea cynaroides) そしてプロテアと並び、オーストラリアを代表するネイティブプランツであるバンクシアも、ユニークな個性を競い合っています。鳥の羽のような葉と愛らしい形のバンクシア・バクステリ、もこもことした質感が冬の温もりを感じさせるバンクシア・バウエリなど、日本ではまだ一般的とはいえない品種が、現地ならではのダイナミックなボリュームで迎えてくれます。 左/淡いピンクの花色が印象的なバンクシア・バクステリ ( 学名:Banksia baxteri) 右/もこもことした花姿が愛らしいバンクシア・バウエリ(学名:Banksia baueri) さらに、冬のシドニーの市場で忘れてはならないのが、ブースを明るい黄色に彩るワトル(アカシア)の仲間です。オーストラリアの国花であるゴールデン・ワトルとはまた違う魅力を持つ、パール・ワトルもこの季節ならではの存在です。日本でも「パールアカシア」や「ミモザ」の名前で親しまれている植物ですが、夜明けの澄んだ空に映える鮮やかなパウダーイエローの花と、スタイリッシュなシルバーグレイの葉のコントラストは、寒さをふんわりと温かく包み込んでくれます。 シルバーリーフと黄色い花のコントラストが印象的なパール・ワトル(学名:Acacia podalyriifolia) お花だけでなく、シルバーグレイの美しい葉とユニークな実が魅力のユーカリ・プレウロカルパなどのグリーンも充実しており、ただ眺めているだけで、オーストラリアならではのボタニカルライフの豊かさが伝わってきます。East Coast Wildflowers のスタッフさんが、「今からドライフラワーにしておけば、12 月のクリスマスリースにも美しく使える」と教えてくれたことがきっかけで、それ以来、私は毎年この時期になるとユーカリ・プレウロカルパを買って帰るようになりました。自宅の壁に吊るし、ゆっくりとドライになっていく姿を眺めながら、数カ月先の「夏のクリスマス」に思いを馳せる――そんなひとときも、シドニーならではの季節の楽しみです。 左/市場に並ぶフレッシュなユーカリ・プレウロカルパ(学名:Eucalyptus pleurocarpa) 右/自宅の壁に吊るして楽しんでいる、ユーカリ・テトラゴナ(学名:Eucalyptus x tetragona)とベルガム(Bell Gum)のドライフラワー。 花選びやちょっとした疑問にも、生産者さんたちは冬の寒さを忘れさせてくれるような温かな笑顔で応えてくれ、ドライフラワーの楽しみ方や季節ならではの植物の魅力など、さまざまなアイデアを教えてくれます。花を買うだけではなく、植物が持つ季節のリズムや、生産者さんとの会話まで楽しめること。それこそが、冬のシドニー・フラワー・マーケットならではの魅力なのかもしれません。 「The Rocks Markets (ザ・ロックス・マーケット)」/歴史ある石畳の街で、ボタニカルアートと甘い冬のぬくもりに出会う 花市場の朝の熱気とは対照的に、週末の「ザ・ロックス・マーケット」には、歴史ある街並みに溶け込むような、ゆったりとした時間が流れています。ロックスの歴史は、1788 年にイギリスの第一船団が上陸し、オーストラリア最初のヨーロ ッパ人入植地が築かれた時代まで遡ります。19世紀に建てられた砂岩の倉庫や古いレンガ造りの建物、趣あるレンガ舗装の路地が今も残るこのエリアは、一歩足を踏み入れるだけで、まるでヨーロッパの古い港町を訪れたかのような情緒に包まれます。澄み切ったシドニーの冬空の下、歴史の面影を残す美しい街並みを眺めながら歩く時間は、それだけで贅沢なひとときです。 歴史あるレンガ造りの街並みが美しい、冬の The Rocks Markets。 中でも目を引かれたのが、ボタニカル&バードアーティスト、Paula Church さんのブースです。そこには、オーストラリアの力強いネイティブプランツや、カラフルな野鳥たちを描いた作品が並びます。フラワーマーケットで実際に目にした植物が、今度はアートとして表現されているのを見ると、この国では植物が単なる自然ではなく、人々の暮らしや文化の中に深く根付いていることを改めて感じます。 オーストラリアのネイティブプランツや野鳥を描いた作品が並ぶ、ボタニカル&バードアーティスト、Paula Church さんのブース。 アートを楽しみながら、歴史あるレンガ舗装の路地を歩いていると、今度は甘い香りに誘われます。色とりどりのヌガーやファッジが、まるで小さなアート作品のように並んでいます。オーストラリア原産の素材を使った「Australian Bush Native Flavours Collection」は、この土地ならではの植物の恵みを、お菓子という形で気軽に楽しめるのも魅力です。温かいコーヒーを片手にいただく色とりどりのヌガーやファッジは、冷えた体にじんわりと染み渡る最高のぬくもりを届けてくれます。見た目の美しさだけでなく、贈り物としても喜ばれること間違いなしの逸品です。 色とりどりのお菓子が美しく並び、道行く人の足を止めている「The Village Providore(ザ・ヴィレッジ・プロヴィドール)。 歴史ある街並みの中で出会うアートや甘い香りは、冬のシドニーをゆっくりと味わう、心豊かなひとときを与えてくれます。 Kirribilli Markets (キリビリ・マーケット) / ハーバーを望む街で見つけた、植物のある暮らし 歴史の面影を残すザ・ロックスから、シドニーの象徴であるハーバーブリッジを渡った先に広がるキリビリ。美しい湾沿いのこの街で、1976 年から地元の人々に愛され続けているのが「キリビリ・マーケット」です。毎月 2 回開催されるマーケットには約 220 ものブースが並び、目の前にはハーバーブリッジとオペラハウス、そして青く輝く海が広がります。澄み切った冬空の下、心地よい潮風を感じながら、家族や友人とゆったりと週末を過ごす人々の姿が印象的です。 ハーバーブリッジを望むキリビリ・マーケット。冬の澄んだ青空の下、多くの人々で賑わいます。 このマーケットで特に印象的だったのは、植物が特別なものとしてではなく、人々の暮らしの中にごく自然に溶け込んでいることでした。ハンドクラフトが並ぶ「Cedar Lodge Home Wares & Produce」のブースでは、ユーカリのグリーンがやさしく空間を彩り、まるで一つのインテリアのような温かな雰囲気が広がっていました。ブースの奥で優しく迎えてくれたのが、ネイティブフラワーをモチーフにしたフェルト作品を手がけるマーゴット・ウェブ(Margot Webb)さんです。彼女が手がける『Joy Poppet Pot』は、小さなポットの中に、それぞれの植物が持つ物語やメッセージを込めた愛らしい作品です。 ユーカリが彩る温かなブースで迎えてくれた、フェルトアーティストのマーゴット・ウェブさん。植物とハンドクラフトが自然に調和する、キリビリらしい風景。 小さなポットに入ったゴールデン・ワトルの作品には、「ゴールデン・ワトルはオーストラリアの国花であり、記憶、希望、そして再生を象徴しています」との説明が添えられていました。ほかにもジェラルドトン・ワックス、クリスマス・ベル、オーストラリアン・ブルーベル、フランネル・フラワーといったネイティブフラワーから、ジャカランダなどシドニーの街並みを彩る植物たちまで、温かみのあるフェルトで表現されています。花を飾るだけではなく、植物をモチーフにしたアートを暮らしの中で楽しむ。そんなオーストラリアらしい感覚が、この愛らしい一角からも伝わってきました。 ゴールデン・ワトルをはじめ、オーストラリアの植物や動物をモチーフにした愛らしい『Joy Poppet Pot』。 植物との付き合い方は、目で楽しむだけにとどまりません。マーケットでは、ネイティブ植物の恵みを生かしたアロマやスキンケアにも出会いました。「Floramedica」のブースに並ぶ石鹸やアロマオイルは、すべてカタリン・ケレメン(Katalin Kelemen)さんが一つひとつ丁寧に手づくりしているものです。 植物を「飾る」だけではなく、「香り」として暮らしに取り入れる。そんなオーストラリアらしいボタニカルライフを伝えてくれた、 Floramedica のカタリン・ケレメンさん。 数ある商品の中でも、カタリンさんが特にオーストラリアの植物を使っていると教えてくれたのが、爽やかな香りのレモンティーツリー(Lemon Tea Tree)や、紫色のマーブル模様が美しいレモンマートル(Lemon Myrtle)のハンドメイド石鹸でした。小さな石鹸の中にも、この土地ならではの植物の恵みがぎゅっと詰まっています。 オーストラリアの植物の恵みを香りとして楽しむ、Floramedicaのハンドメイド石鹸とアロマオイル。 植物を「飾る」だけではなく、「香り」や「癒やし」として暮らしに取り入れる。そんなボタニカルライフもまた、オーストラリアらしい豊かさの一つなのかもしれません。早朝のシドニー・フラワー・マーケットでは、植物そのものが持つ生命力に触れました。そしてザ・ロックス・マーケットでは、植物がアートや食へと広がる豊かな文化に出会いました。ここキリビリで感じたのは、植物を特別なものと構えることなく、ごく自然に暮らしへ取り入れている人々の姿でした。 シドニーの冬のマーケットを巡っていると、植物は特別なものではなく、人々の暮らしに寄り添い、季節を感じさせてくれる身近な存在であることに気づかされます。花として愛で、アートとして楽しみ、香りとして暮らしに取り入れる――。そんなボタニカルライフに出会えることこそ、シドニーのマーケット巡りの何よりの魅力なのかもしれません。
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庭は北向きが正解!? シドニーから届いた、植物のある暮らし。オージープランツの故郷で驚いた7つのこと
北から注ぐ太陽は日本の1.5倍! 逆転の光が引き出す驚異の生命力 シドニーで暮らし始めて、ガーデニングの常識が根底から覆されたこと。それは、太陽が「北」から降り注ぐということです。 日本では「南向きの日当たり」が理想ですが、南半球のオーストラリアでは正反対。庭づくりの際、ついつい癖で南側を確認してしまいますが、主役の光は常に北側にあります。北から降り注ぐ力強い光を受けて、1日中明るい庭の景色には、移住当初とても不思議な感覚を覚えました。 ユーカリの木に北から太陽が降り注ぐ。 この「光」の豊かさは、単なる感覚だけではないようです。近年の研究で用いられる、気象データや日光量から植物の育ちやすさを数値化した「Plant Growth Index(植物成長指数)」という指標を見ても、シドニーのポテンシャルは圧倒的。年間の日照時間は約2,847時間と、日本の約1,935時間に比べて約1.5倍もの差があるのです。 特に驚くのは、冬の晴天率の高さです。シドニーの冬は光合成が活発に行われる条件が揃っているため、植物たちは「冬眠」して活動を止めるのではなく、1年中休みなく、じわじわと生命活動を続けています。 日本では考えられないほどの成長スピードで、数カ月目を離しただけで見上げる高さに育ってしまう木々。日本とは逆の空を見上げながら、四季を通じてパワフルに活動し続ける植物たちのエネルギーに、日々驚きと元気をもらっています。 バンクシアやグレヴィレアも! 2万6,000種が織りなす「固有種」の圧倒的楽園 ワラタ(赤い大きな花)を主役に、オーストラリア原産の花々を組み合わせたネイティブフラワーのブーケ。Photography By Rozahn/Shutterstock.com 今、日本の園芸店で絶大な人気を誇る「オージープランツ」。その個性的で力強い姿に魅了されている方も多いのではないでしょうか。じつは、私が初めてその洗練された美しさに衝撃を受けたのは、2000年のシドニーオリンピックでした。 メダリストに贈られたのは、伝統的なバラではなく、ニューサウスウェールズ州の花「ワラタ」を主役にしたネイティブフラワーの花束。その野生的で彫刻的な造形美は、世界中に新鮮な驚きを与えました。 西オーストラリア州の植物を集めたパース植物園で咲き広がる、色鮮やかな花々。MXW Stock/Shutterstock.com 近年、日本でもガーデンセンターなどで「オージープランツ」を目にする機会が増え、そのユニークな姿に魅了される方も多いでしょう。しかし、現地で暮らしてさらに驚かされたのは、その圧倒的な多様性の正体です。オーストラリアには約2万4,000〜2万6,000種もの植物が存在し、花を咲かせるものだけでも約2万種にのぼります。 さらに驚くべきは、その約85〜90%が、この大陸以外では決して見ることができない「固有種」であるということ。日本で出会えるのは、その広大な世界のごく一部にすぎないという事実に、改めて圧倒されました。 アカシア・ペンデュラは、オーストラリア東部の内陸部に自生するアカシアの1種。KarenHBlack/Shutterstock.com 日本でお馴染みのミモザ(アカシア)だけでも1,200種以上、ユーカリにいたっては800種以上ものバリエーションがあるのです。気の遠くなるような年月をかけ、厳しい環境の中で独自に進化を遂げてきた植物たち。 可愛らしいだけではない、個性的でタフな美しさ。その背景にある膨大な多様性とダイナミックな風土を知るたびに、オーストラリアの庭が持つ奥深さに、ますます惹きつけられてやみません。 ティーツリーはアロマより「家庭の常備薬」! スーパーで買える万能薬の距離感 私が愛用しているティーツリーオイル。スーパーで手軽に買える。 シドニーに住み始めて間もない頃、指を怪我した私に友人がそっと手渡してくれたのは、小さなティーツリーオイルの瓶でした。「傷口に塗っておくといいよ、殺菌作用があるから」と教えられ、最初は少し戸惑ったのを覚えています。 日本でティーツリーといえば、アロマショップで見かけるおしゃれな精油のイメージ。ところが、ここオーストラリアではスーパーや薬局の棚にごく当たり前のように並んでいます。その「距離の近さ」には本当に驚かされました。 「ペーパーバーク」の名のとおり、幾重にも重なる白い樹皮が美しいティーツリー。 じつはティーツリー(Melaleuca alternifolia)は、オーストラリアだけに自生する固有の植物です。白く薄い紙を重ねたような樹皮が特徴で、古くから先住民のアボリジニの人々が「森の医学」として、その葉を怪我の治療などに大切に用いてきました。 使い方も驚くほど多用途です。ニキビができたらちょんと塗り、虫刺されやちょっとした擦り傷にも。まるで「困った時は、まずティーツリー」という万能薬のような存在。化学的な薬品に頼る前に、まずは身近にある植物の力を借りる――。 そんな、自然由来の知恵を気負わず当たり前に生活に取り入れる軽やかな感覚は、オーストラリアでの暮らしが教えてくれた新鮮で素敵な発見でした。 ウォレマイ・パインは「生きた化石」! 2億年前から姿を変えない、20世紀最大の発見 ロイヤル・ボタニック・ガーデンでボランティアをしているレジーナさん。 「約2億年前から姿を変えず、絶滅したと思われていた植物がここにあるのよ」。そう教えてくれたのは、ロイヤル・ボタニック・ガーデンでボランティアをしているレジーナさんでした。 その植物の名は「ウォレマイ・パイン(Wollemi Pine/ウォレミマツ)」。かつては化石の中でしかその存在を知られておらず、約200万年前に絶滅したと考えられていました。ところが1994年、シドニー近郊のウォレマイ国立公園で、深い峡谷を歩いていた公園局職員のデビッド・ノーブルさんが、偶然にもこの樹木を「再発見」したのです。 1998年、世界で初めて一般公開として植樹された「第1号」のウォレマイ・パインの記念プレート。 「20世紀最大の植物学的発見」として世界中に大きな衝撃を与えたこのニュースは、まさに恐竜時代の生き残りと出会ったような奇跡でした。ジュラ紀から白亜紀にかけて繁栄したナンヨウスギ科の植物で、2億年以上もの間、その姿をほとんど変えていないといわれています。 2億年前から変わらない葉の造形。 現在も、病気の持ち込みや乱獲から守るため、自生地の正確な場所は「最高機密」。限られた研究者以外、誰も立ち入ることができません。そんな神秘のヴェールに包まれた「ジュラシック・ツリー」が、今ではここロイヤル・ボタニック・ガーデンで大切に育てられ、私たちの目の前で瑞々しい葉を広げている――。レジーナさんの熱心な解説を聞きながら、オーストラリアの自然が持つミステリアスな奥深さに、改めて圧倒される思いでした。 ブッシュファイヤーを越えて。黒焦げの幹から新芽が吹き出す「不屈の生命力」 ブラックサマーの火災直後の生々しい爪痕。 オーストラリアで暮らす中で、最も身近で、かつ深刻な自然災害といえば「ブッシュファイヤー(森林火災)」です。特に2019年から2020年にかけて発生した大規模火災「ブラックサマー」は、想像を絶する爪痕を残しました。 その総焼失面積は2,400万ヘクタール以上。これは日本の国土面積の約6割に相当する規模です。当時、森林を焼き尽くした煙はシドニー市内までも覆い尽くし、我が家のベランダにも灰が降り注ぎました。あまりにも多くの命が失われた、悲しく、そして恐ろしい記憶として深く刻まれています。 火災から数カ月後、黒く焦げた幹から潜伏芽が萌え出たユーカリ。 炭のように真っ黒に焼き尽くされたユーカリの幹。その無惨な姿から、まるで魔法のように鮮やかな緑の新芽が直接吹き出していました。これは厚い樹皮の下で守られていた「潜伏芽」という予備の芽が、火災の熱を合図に目を覚ました証です。 黒く焼けた幹から鮮やかな緑の葉が再生し始めたシダ。 さらに足元に目を向けると、同じように黒焦げになった地面から、ゼンマイのようなシダの新芽が力強く頭をのぞかせていました。地中深くにある根茎が火災を生き延び、どの植物よりも早く、新しい命の絨毯を広げようとしていたのです。 この「黒と緑」の鮮烈なコントラストは、自然の驚異であると同時に、どんな困難からも立ち上がる不屈の生命力を象徴しているかのようでした。厳しい環境を逆手に取り、火さえも再生のエネルギーに変えてしまうオーストラリアの植物たち。その圧倒的な強さに、今でも背筋が伸びるような思いがします。 シドニー王立植物園。オペラハウスを望む、世界で最も美しい植物の拠点 シドニーの象徴といえば、真っ先に思い浮かぶのは、あのオペラハウスですよね。そのすぐ隣に、驚くほど美しい「シドニー王立植物園」が広がっています。 都会の喧騒を忘れるような静寂に包まれながら、ふと目を向ければ、オペラハウスの白い曲線とハーバーブリッジが青い海に映える絶景——。この特別な場所には、なんと8,000種を超える植物たちが、約2万7,000株も瑞々しく息づいています。 オーストラリア最初の農場跡で、今も育てられている食用植物。 ビジネス街のすぐ隣に、約30ヘクタールもの広大な緑が守られてきたのには理由があります。1788年、初代総督アーサー・フィリップがこの地を政府農地として開拓し、「ファーム・コーブ(Farm Cove)」と名付けたのがその始まり。1816年には植物研究の拠点として整備されました。かつて港を通じて世界中の植物が運び込まれたこの場所は、じつは「研究」と「帝国のネットワーク」を支える重要な拠点でもあったのです。 園内で咲くジャガランタの花。Photosounds/Shutterstock.com 近代的な発展を遂げた今でも、この歴史あるガーデンは入園無料で開放され、年間400万以上の人々に愛されています。大都会の真ん中でオーストラリアの豊かな自然を慈しみ、共存する。その懐の深さに、移住したばかりの私がどれほど驚き、感動したかは言うまでもありません。 街全体がひとつの大きな「庭」。ポッサムと共生する、シドニーの軽やかな日常 シドニーで暮らして最後に行き着いた最大の驚き。それは、この街全体がまるで巨大な植物園のように、どこへ行っても生命力あふれる緑と色彩に満ちていることでした。 日常のすぐそばに、驚くような絶景が転がっています。ビジネス街のビルの足元には色鮮やかな花壇が広がり、街角のカフェには日本では見たこともないユニークな花々が並びます。人々はそれを当たり前の風景として慈しみ、街全体がひとつの大きな「庭」のように機能しているのです。 しかし、この「街全体が庭」であることは、野生動物にとっても同じ。それを象徴する出来事が、わが家のベランダで起きました。ある日、ポッサムが住み着いてしまったのです。ポッサムとは、カンガルーと同じ「有袋類」の仲間で、つぶらな瞳とふわふわの毛並みが特徴の夜行性動物。やがて赤ちゃんまで産まれ、最初は喜んで見守っていたのですが……驚いたのはその食欲でした。夜な夜な活動しては、丹精込めて育てていた植物を、一晩で見事に食べ尽くされてしまったのです。 「せっかくの花が!」と嘆く私に、現地の友人は「彼らもこの庭の住人だからね」と笑って言いました。シドニーの人々は、花を愛でるだけでなく、それを狙う動物たちとも地続きの日常を送り、自然を丸ごと受け入れています。 花を単なる「観賞の対象」ではなく、野生動物も含めた「大きな生命の循環の一部」として楽しむ。ポッサムとの騒がしい共生生活を通じて、私の花との向き合い方も、より自由で軽やかなものへと変わっていきました。 オーストラリアの乾いた大地に春を告げる、エバーラスティングのワイルドフラワー群落。Tania Stout/Shutterstock.com 日本では“珍しい植物”として出合うことの多いオージープランツも、シドニーで暮らしてみると、街路樹として、庭木として、切り花として、そして野生動物と分け合う緑として、日々の暮らしのすぐそばに息づいています。北から降り注ぐ太陽、乾いた大地に進化してきた固有種、火災から再生する森、ポッサムも訪れる庭。日本で見るオージープランツの向こう側に、こんなにも豊かな風土と暮らしが広がっていることを、シドニーの日常は教えてくれました。
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オーストラリアの庭と住まい 土地の特性を活かす自然に寄り添う暮らし
緑も笑っている庭 ここは世界的なガーデンコンテストで数々の賞を受賞しているランドスケープデザイナー、ジム・フォガティ氏の自邸です。 庭はもちろん、自らデザインしたもの。 都市の水不足への配慮から大量の散水が必要になる芝生を敷き詰めることを止めたジムは、石張り貼りのテラスと通路以外の地面を様々な植物で美しくカバーすることにしました。 それが個性的な植物が織りなす豊かな風景になり、家族や訪れる人の目を楽しませ、また、水まきをしなくても、緑の葉で派手オーストラリア独特の強い日差しを遮り、地面を乾燥から守ることにもつながるからです。 もしここが平坦な緑の芝生だったら、あるいは、わずか数種類の植物を単調に並べただけの庭だったら、彼女はこんな素敵な笑顔になれたでしょうか? ジムのスタイル 世界的なランドスケープデザイナーであり、ガーデナーであるジム・フォガティ氏は、オーストラリア人らしい、自然でおおらかなデザインスタイルを持ち、イギリスで開催される由緒ある英国王立園芸協会主催のチェルシーフラワーショー2011でゴールドメダルを受賞するなど、世界各地のコンテストで数多くの賞を受けています。 ジムは「人と人が出会い、自然の中でリラックスして心を開き、有意義な時間を過ごす場所として、庭ほどふさわしいところはない」という信念を持って、今も第一線のデザイナーとして活躍しています。 建築と庭との調和 ジムの自宅は決して大きくありませんが、美しい緑と風のそよぎ、そして水の輝きで、訪れる人の心を豊かにしてくれる「モダンな最小限住宅」です。それに合わせるように、ガーデンも色とりどりの花を咲かせるのではなく、統一された葉の「色」とさまざまな「形」を楽しむものに仕上げました。 庭は、住宅に調和し単にそれを補うものであるのではなく、住まいの主役ともなって、人の心を開放する自然との共感の場となり、豊かな暮らしのステージとなる大切な存在だと考えるからです。 自然をそのまま楽しむシンプルさ 家族の時間を豊かにする庭 「これからはさらに多くの人が緑に親しみ、美しい自然がもっと愛されるようになるでしょう」とジム。 「人は自宅でもっと庭を楽しみ、それは暮らしの質を上げ、家族の時間を豊かにします。 それは決してお金では買えない価値なのです」。 庭は建物を建てた後の「敷地の余白」ではありません。庭こそがこれからの新しい住まいの価値を高めるのです。 楽しく暮らすためのエンターテインメント性 ジムのシンプルな住まいの奥には、スマートなプールもあります。光、風、緑、そして水が、住まいとそこで暮らす家族に大きなやすらぎを届けます。木々の間を抜け、水の上を渡る風の爽やかさ、さらに車を外に出せばガレージもエンターテイメントスペースとしてオージースタイルの立ち飲みが楽しめるバーカウンターになります。 そして人が歩いたり、車を止めると、爽やかな香りを発するレモンバームもゲストの訪れを楽しみに待っているのです。 design:Jim Fogarty ジム・フォガティー Photo: Ken Takagi, Jay Watson, Kenji Hotta 引用元:『HomeGarden&EXTERIOR vol.1』より





















