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「まるで地上のエデン」ヨーロッパ最古の王宮庭園へ! 南スペインの美しき世界遺産と絶景邸宅
歴史と美が交差する、セビーリャ庭めぐり 前編(アドレス入れる)では、バイオマス発電にも活用される名物の街路樹オレンジや初夏を彩る青紫色のジャカランダ、さらには歴史と緑が織りなすセビリア大聖堂やマリア=ルイサ公園の魅力をご案内しました。セビーリャの庭めぐり後半は、街の中心に鎮座する壮麗極まる「アルカサル王宮」の庭園と、歴史地区にたたずむ貴族の邸宅「カサ・デ・ピラト」へご案内します。 アルカサル王宮庭園 アルカサル王宮と庭園は、ヨーロッパ中世期のイスラム王朝時代に最初に建設された王宮と庭園。歴史とともに絶え間ない変貌を重ねた、特にスペイン特有のイスラム建築とキリスト教建築の融合であるムハデル様式の代表例であるとともに、ヨーロッパ最古の王宮と庭園として、ユネスコ世界遺産にもなっています。 全体面積の4/5を占める約6万㎡の庭園は、多数の池や水路、噴水や園亭などで構成され、180種類、2万本を超える植物が植えられた花と緑の豊かな空間です。庭園の一角では、「ゲーム・オブ・スローンズ」のエピソードの幾つかの撮影も行われたのだそうで、確かに、独特の世界観を感じることができます。 アルカサル王宮庭園の略史 玄関アプローチ。 庭園の基礎は、10世紀アルモハド朝のイスラム支配下で作られました。水路や噴水などの水施設と対称的なデザイン、植物を主要な要素とするイスラムの庭園建築の伝統に則った建物の中庭(パティオ)や、果樹園が設けられ、果樹や豊かな香りの花々が栽培されていたと言われます。 13世紀のレコンキスタにより、キリスト教国であるカスティーリャ王国の支配下に入り、既存のイスラム様式に加えて、ゴシック様式やロマネスク様式の要素が加わったムハデル様式、さらに後の時代には、ルネサンス様式、バロック様式などの影響を色濃く受け、歴史の変遷の軌跡を示す多様なデザインが融合した庭園へと発展していきます。 色とりどりの香り高い花々と果樹 「詩人の庭」のバラの風景。 現在のアルカサル王宮の正門プエルタ・デル・レオン(獅子門)から王宮前庭へと入っていくと、まず来訪者を迎えるのはバラの香り。私が訪れた5月初め、南欧ではバラの盛期は過ぎているはずでしたが、通路脇のわずかな咲き残りのバラからでも感じられる香りが印象的でした。季節によってはオレンジの花の香りやジャスミンの香りが庭園を満たすことでしょう。 オレンジが実をつけるころ。Anastasiia Bogdanova/Shutterstock.com いくつものパティオ(中庭)や大小の庭園で構成される広大な庭園内には、バラばかりでなくジャスミンやスイカズラ、ラベンダー、ローズマリー、月桂樹やマートルなど香り高い花やハーブ、またブーゲンビリア、キョウチクトウ、ジャカランダ、フジやアカシアといった花木やナツメヤシ、ワシントンヤシなど南欧らしさが溢れる植物とともに、イチジク、カリン、オレンジ、レモンなどの果樹が豊富に植えられています。 パティオ(中庭)と大庭園 パティオ・デ・ラス・ドンセラス。 小庭園と出入り口タイル模様。 ムハデル様式の宮殿内のパティオ・デ・ラス・ドンセラスは、アラベスク模様のアーチの壮麗な回廊に囲まれた、左右対称・幾何学形の中心の細長い池をオレンジの木々が整然と囲む空間。21世紀に入ってからの考古学調査と修復工事により、オリジナルに基づいた形に修復された中庭の、建物に沿って連なる小さな庭を、それぞれを区切るフレスコやタイルで装飾された壁を通って散策していくと、いつの間にか大きな庭園空間に出ます。 中庭からアクセスできるセビリアの王宮、マリア・デ・パディーリャの浴場。水面に映るアーチが美しい。 ロッジアからの眺め。 パーゴラをつる植物が覆うひと休みのための緑陰、グロリエタ。 17世紀に庭園を見渡せるようにと改装されたロッジア(開廊)からの、緑溢れる大庭園の眺めはまさに壮観。刈り込まれた緑で整然と仕切られた庭園には、ナツメヤシが伸び、池があったり、スペイン語でグロリエタ(glorieta)と呼ばれるベンチが置かれた円形の寛ぎ空間、16世紀につくられたというシャルル5世のパビリオン、また少し離れた場所には迷宮庭園など、庭園の長い歴史を感じさせるさまざまな要素が見られます。 また同時に、暖かな土地ならではの植物が繁茂し、水の音や鳥のさえずりが聞こえる静かで平和な空間が広がり、街の喧騒をすっかり忘れてリラックスできる場所でもあります。今もそうであるように、昔々にも、この庭は地上のエデンの園のような存在だったに違いなかろうと感じられます。 カサ・デ・ピラト、貴族の邸宅庭園 アーチに囲まれたパティオ。 16世紀、イベリア半島と新大陸との貿易を一手に担う専用港を持ち、繁栄を極めたセビーリャの街には、多くの貴族の邸宅がありましたが、現在に残るものはそう多くはありません。15世紀から16世紀に建てられた名門貴族エンリケス家の邸宅、カサ・デ・ピラト(ピラトの家)は、ムハデル様式、そしてゴシック様式、ルネサンス様式が幾つかのパティオと庭園を囲むように組み合わされた、中世からルネサンス期に至る時期の典型的な建築と庭園のスタイルを現在も見ることができる、貴重な歴史的建築のひとつです。邸宅ならではの、豪華ながらもこぢんまりとしたサイズ感が魅力的です。 パティオの中心と回廊。 中央に噴水の水盤がある、ルネサンス様式のアーチに囲まれたパティオ(中庭)には、要所要所にルネサンス風の彫像や胸像が飾られるとともに、ムハデル様式が融合した、アラベスク紋様や、彩色タイル(アズレージョ)の壁面装飾が、独特のアンダルシア風の美的な空間を創出しています。 日差しの強い午後でも、回廊の日陰には心地よく座ることができます。ここでは、建物の中と外が繋がり風が通り、またアーチ越に庭の緑が垣間見えたりと、建築と緑を繋ぐ点でも、パティオの存在は重要なのが実感できます。 庭園の様子。 アンダルシアの庭を飾る水と花々 庭園の様子。 建築物の延長のように幾何学的な形で池を中心に、刈り込まれた植込みや植木、花の植栽で対称的に構成された庭には、王宮の庭園にも見られたオレンジの木や多種多様なバラ、ジャスミン、ローズマリーやラベンダー、ゼラニウムなど、香り高い地中海植物たちが植えられています。庭園を飾るのは古代風のルネサンス彫刻で、イタリア的な要素を交えながらも、強い日差しに映えるカラフルな花々はまさにアンダルシアらしい庭の雰囲気を醸し出しています。 イスラム庭園の伝統を引き継ぐセビーリャの庭園には、天国の豊かさや平和、生命、豊穣といった象徴性が息づいています。涼を運ぶ水や、オレンジの木やバラなどの花々の芳香、豊かな緑と色彩は、視覚だけでなく嗅覚や触覚など、多様な感覚を楽しませてくれます。セビーリャの庭園の多様な魅力の一端を発見していただけたら嬉しいです。 スタンダード仕立ての黄色のバラも、南欧の光によく映える。
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街路樹のオレンジで発電⁉︎ 南スペインの古都セビーリャで出会った「美しき庭園と街づくり」
スペインの古都、街路樹はオレンジの木 スペイン南部、アンダルシア地方はヨーロッパの中でも太陽でいっぱいの温暖な気候に恵まれた土地。セビーリャの街を訪れた5月初旬はすでに初夏の陽気でした。17世紀、ルイ14世は、当時は貴重品だった庭園のオレンジの木を、フランスの冬の寒さから守るためにオランジュリーを作らせました。年間を通して温暖なセビーリャでは、そのオレンジなどの柑橘類が街路樹として植えられていて、南欧らしい雰囲気が素敵です。 街の中心に位置するセビリア大聖堂のコートヤードを埋めるのも、やはりオレンジの木。オレンジの木は日差しや乾燥に強い常緑樹で、春咲く花には芳醇な芳香があります。夏には緑陰を作り、オレンジ色の実もアクセントになります。またスペインやイタリアでは、オレンジの木は豊穣や幸福の象徴ともされていて、庭園や街の中のそこかしこで見ることができます。 セビーリャの街とセビリア大聖堂 セビリア大聖堂は、ローマ、バチカンの聖ピエトロ大聖堂を除き、ヨーロッパで一番大きなカテドラルで、中には新大陸の発見者コロンブスの墓などもあります。カテドラル建築にしてはちょっと不思議な形をしているのですが、じつはモスクだった建物がカテドラルに改修されたもの。セビーリャを一望するヒラルダの塔もモスクのミナレット(尖塔)だった部分だそう。 すべて破壊して作り直すのではなく、すでに造られていた優れた建造物を利用する、それが独特のデザインを創る面白さがあります。イスラム文化圏であったのちに、13世紀のレコンキスタでカスティーリャ王国となり、16世紀から17世紀にかけては、スペインで一番人口の多い都市であったこともあるセビーリャ。イスラム文化とヨーロッパ文化の交わる古都であったゆえに、建築的にも庭園的にも見所がたくさんあるのです。 大聖堂から、セビーリャの街の眺め。 ちなみにの街路樹のオレンジは苦すぎて食用には適さないため、冬には大量に実った果実の処理が問題になるほどだそうです。一部はグランマルニエ、コアントローやマーマレードに加工されたり、また近年では、市営の下水処理場のテクノロジーを活用し、街のサスティナビリティ、循環型経済の一環として、不要なオレンジの果実からメタンガスを抽出、グリーン電力を作り出すプロジェクトが行われているのだとか。 スペインの古都のジャカランダの花々 さて、5月から6月の時期に見事なのが、青紫色のジャカランダの花々。セビリア大聖堂のヒラルダの塔から眺めた街の所々にある青紫色は、ジャカランダの花。年間を通じての温暖な気候が必要なため、日本では静岡・宮崎・長崎などで近年、街路樹に採用されはじめた花木ですが、5~6月の開花シーズンに満開の青紫色の花で覆われた姿はじつに見事。ぜひ一度は見てほしい花風景です。 スペイン広場とマリア=ルイサ公園 セビーリャの街の中心的なランドマークの一つであるスペイン広場は、1929年のイベロアメリカ博覧会の際につくられた場所です。長い運河の水景を前に、イスラム様式の影響がヨーロッパ・ルネサンス様式に融合して生まれたムハデル様式に特徴的な、レンガ造りやアーチのデザインにタイル装飾、木工細工などが多用された半円形の曲線の美しい建物。 隣のマリア=ルイサ公園(34ha)は、元はスペイン王室所有だった地所が、1914年に都市公園となり、イベロアメリカ博覧会の機会に会場の一部ともなるべく、大幅に改修・拡張されたものです。設計は、パリのバガテル公園のバラ園なども作ったフランスの造園家ジャン=クロード・ニコラ・フォレスティエ。 彼は、豊かな自然を生かしつつ、庭園デザインにムハデル様式を取り入れ、フランスやイタリアの庭園様式の要素も融合させた独特の風景を創り上げ、その後、20世紀前半の数十年間に渡って、ヨーロッパの都市公園設計に大きな影響を与えることになりました。 園内を散策していくと、自然風だけれども人工の岩場と池や、彫像と円形の植栽など、どこか19世紀から20世紀初頭のフランスの都市公園に通じる要素があり、また、イスラムの庭園を思わせるような、タイル装飾が多用された直線幾何学的で対称的な配置の池と噴水、パーゴラやアーチなどのムハデル様式的な要素が、明るく静謐な雰囲気の溢れる緑の空間を作り出しています。 イスラム庭園と同様、水の要素は重要で、水路や池や噴水などの水景は景観の中心となり、水音が涼しく穏やかに響きます。 また、印象的なのは圧倒的に豊かな緑を織りなす植物たち。ブーゲンビリアなどのつる植物が繁茂し、立ち並んだヤシの木がエキゾチックな雰囲気を運び、地中海沿岸原産の植物だけあって元気に群生するアカンサスは、ほとんどグラウンドカバーのよう。ナチュラルというよりも、よく整備された庭園ながら、緑に抱かれるような心地よさがあります。 さて次回、後編では、やはりムハデル様式の代表例でもあるゴージャスなアルカサル王宮の庭園と、歴史的な個人邸カサ・デ・ピラトにご案内いたします。 タパスを楽しめるビストロが並ぶ、夕方のセビーリャの街。
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世界の庭に見る、花の植え方の違いと各国の特徴【世界のガーデンを探る20】
各国の特徴が現れるガーデン植栽 前回まではヨーロッパの庭の遍歴を見てきました。メソポタミアからイスラムの庭、イタリアルネッサンスからフランスの貴族の庭、そしてドーバー海峡を渡ってイギリスのブルジョアジーの庭まで、主に庭のスタイルが中心でした。今回は少し視点を変えて、植物の使い方を中心に歴史を探ってみましょう。 イスラムの庭 ・スペイン「アルハンブラ宮殿」【世界のガーデンを探る旅1】 イタリアルネッサンスの庭 ・イタリア「チボリ公園」【世界のガーデンを探る旅2】 ・イタリア「ボッロメオ宮殿」【世界のガーデンを探る旅3】 ・これぞイタリアの色づかい「ヴィラ・ターラント」【世界のガーデンを探る旅4】 ・イタリア式庭園の特徴が凝縮された「ヴィラ・カルロッタ」【世界のガーデンを探る旅5】 フランス貴族の庭 ・フランス「ヴェルサイユ宮殿」デザイン編【世界のガーデンを探る旅6】 ・フランス「ヴェルサイユ宮殿」の花壇編【世界のガーデンを探る旅7】 ・フランス「リュクサンブール宮殿」の花壇【世界のガーデンを探る旅8】 イギリスのブルジョワジーの庭 ・イギリス「ハンプトン・コート宮殿」の庭【世界のガーデンを探る旅11】 ・イギリス「ペンズハースト・プレイス・アンド・ガーデンズ」の庭【世界のガーデンを探る旅12】 ・イギリスに現存する歴史あるイタリア式庭園【世界のガーデンを探る旅13】 ・イギリス発祥の庭デザイン「ノットガーデン」【世界のガーデンを探る旅14】 ・イングリッシュガーデン以前の17世紀の庭デザイン【世界のガーデンを探る旅15】 ・プラントハンターの時代の庭【世界のガーデンを探る旅16】 ・イングランド式庭園の初期の最高傑作「ローシャム・パーク」【世界のガーデンを探る旅17】 ・世界遺産にも登録された時代の中心地「ブレナム宮殿」【世界のガーデンを探る18】 ・現在のイングリッシュガーデンのイメージを作った庭「ヘスタークーム」【世界のガーデンを探る19】 上に挙げた4枚の写真は、現代の各国それぞれの特徴的な庭の写真です。庭がつくられた当時は、地球も今よりはもっと寒かっただろうし、植えられていた植物もこんなに派手ではなかったろうと思います。現在植えられている植物は、品種改良された園芸品種がほとんど。また、それぞれの庭のガーデナーが自分の好みにアレンジしているかもしれません。そのような時代による変遷も考えながら、植栽に注目して庭の歴史を感じ、つくられた当時の庭の植栽に思いをはせてみるのもまた面白いものです。 それでは、各国のガーデンと植栽を見ていきましょう。今回はスペイン、イタリア、そしてフランスの庭に見る、各国の植栽の特徴をご紹介します。 <スペイン> 水を主役に構成されたアラブの庭 アルハンブラ宮殿ができた時代は、もちろんプラントハンターが世界中にいろいろな植物を求めて世界の隅々まで出かけていった時代よりもはるかに前だったので、つくられた当時の庭は、おそらく今よりももっと地味だったのでしょう。もともとアルハンブラ宮殿の庭の主役は、植物よりも水のように感じられます。それは、遠く西アジアの乾燥地帯から乾燥した北アフリカを経由して、この地にやってきたイスラムの人たちの、豊かな水への憧れが強く表れているのではないでしょうか。 右から大きく枝垂れているのはブーゲンビレア、噴水の両側に植えられているのはバラです。 この庭では豊かな緑と水とのコントラストが見事に強調されていますが、植栽面ではこれといった特徴は見受けられません。基本は地中海性の乾燥した気候に合ったコニファーや常緑低木類がいまだに多く使われていて、ある程度は当時の姿をしのばせてくれています。 <イタリア> 世界の富が集まったイタリアルネッサンスの庭 イタリアの庭は、写真でも見られるようにはっきりとした色使いが特徴です。 特にイタリアンレッドとも呼ばれるビビッドな赤が印象的です。サルビアやケイトウ、ゼラニウムの赤が目を引きますが、もちろんこの庭ができた時代には新大陸からの花々はまだヨーロッパには紹介されていませんでした。したがって、つくられた当時にどのような花が植わっていたのかはとても興味深いものの、今はそれを知るすべもありません。 湖と空の青をバックに、ベゴニアとスタンダード仕立ての白バラがセレブな雰囲気を醸し出しています。 個人の住宅のベランダにも、プランターからあふれんばかりのペチュニアが咲き誇っています。これほど立派なハンギングは、他ではなかなか見ることができません。きっと丹精込めて管理されているのだと思います。抜けるような青空を背景にした原色系の色合いは、いかにもイタリア人好みです。 街の中も、とってもオシャレな雰囲気です。 <フランス> いまだにモネの色合いが色濃く残る配色 フランスには今でも印象派、特に植物が大好きだったモネの影響が色濃く残っています。 ヴェルサイユ宮殿の花壇。デルフィニウムのブルーが効果的に全体を引き締めています。その中に小型の赤のダリアを入れて、はっきりした組み合わせになっています。 フランスの花の植え方の特徴は、いくつもの異なる種類の植物を混ぜ合わせることです。いろいろな植物を組み合わせることにより、優しい色合いを作り出しています。 重厚なヴェルサイユ宮殿を背景に、少し高すぎるツゲヘッジ(生け垣)の中には、白のマーガレットやクレオメ、セージ、ルドベキア、ガウラなどが混植されています。 広々としたフランス式毛氈花壇。 イタリアでは見られなかった、優しいパステル調の組み合わせです。 イタリアでも使われていた赤と黄色の組み合わせでも、フランス人の手にかかると落ち着いた色になってしまいます。 このような混植花壇は他の国では見たことがありません。フランス恐るべし! ただただ感心するばかりです。 花壇では混ぜ合わせるのにとても難しい、自己主張の強いマリーゴールドも、オレンジと薄黄色を混ぜ合わせることで優しい色合いになっています。中心に背の高いブルーのサルビアを入れることにより、立体的な植栽にもなっています。そして1ピッチごとに銅葉のヒマ‘ニュージーランドパープル’を入れてボリュームをつくっています。 優しくカーブする園路に合わせ、背丈の低い花壇が両側につくられています。ここではピンクのペチュニアを中心に、オレンジのジニアや濃緋色のコリウス、ヘリオトロープなどを混ぜ合わせることで、浮いてしまいそうなピンクのペチュニアとの素敵なコンビネーションをつくっています。 写真では分かりにくいかもしれませんが、ランダムに混色されているように見える花壇も、数メートルごとのピッチで植えられています。どのようにして植物の組み合わせを決定し、植え方を決めるのかは分かりませんが、そのムダもなく他では見ることのできない混植方法には、ただ驚くばかりです。このようにさまざまな花色やテクスチャーの違う植物を混ぜ合わせることで、独特な印象派の雰囲気をつくっていると感じるのは僕だけではないはずです。 今回は、イスラムからイタリア、そしてフランスと、ヨーロッパ諸国の花や植物の植え方を見てきました。次回はイングリッシュガーデンの本場イギリス。ジーキル女史からチェルシーフラワーショウまでの現代の花の植え方と、僕の植え方について話をしていきたいと思います。
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スペイン「アルハンブラ宮殿」【世界のガーデンを探る旅1】
ヨーロッパの庭の歴史をひもとくと、紀元前600年頃、チグリス・ユーフラテス文明のバビロンの空中庭園から始まります。当時の世界の七不思議の一つにも数えられていて、宮殿のテラスや屋上につくられた緑の庭園だったようです。乾いた灼熱砂漠を旅してくると遥か陽炎の彼方に緑の庭園が、あたかも蜃気楼のように浮かび上がって見えたということから、空中庭園と呼ばれるようになりました。 その後、庭の文化は、一方は地中海の北側沿いにギリシャからローマ、もう一方はイスラム教とともに北アフリカからモロッコ、さらにジブラルタル海峡を渡ってスペインのグラナダへと流れていきます。その到達地である小高い丘に建てられた「アルハンブラ宮殿」は、ヨーロッパに現存するガーデンとして最古のものと考えられています。いにしえの人々が過ごしていたであろう当時のガーデン風景を見ることができる貴重な場所で、今も世界中から観光客が訪れています。 まずは、アルハンブラ宮殿の起源を探ってみましょう。この地に最初にやってきたのは、7世紀にジブラルタル海峡を渡ってきた北アフリカのムーア人(ベルベル人)たちで、コルドバの平野に突き出た小高い丘に城塞都市として、アルハンブラ宮殿の原形を築きました。その後、イベリア半島の大半を支配するまでになりましたが、当時の首都はイベリア半島をもう少し中に入ったコルドバであり、ここアルハンブラは単なる一城塞都市でした。 8世紀にはイスラム教徒が、その後もいろいろな人々によって増改築が行われました。15世紀にキリスト教のレコンキスタ(国土回復運動)が始まり、ピレネー山脈を越えてイベリア半島を徐々に南下してきましたが、イスラム王国は最後までグラナダを手放しませんでした。しかし15世紀の終わりになると、ついにキリスト教徒の手によって陥落し、ヨーロッパからイスラム王国はなくなりました。 では、アルハンブラ宮殿の中を見ていきましょう。このライオンの中庭は、宮殿のほぼ中央に位置し、メソポタミア時代のアラブ人が、チグリス川のほとりで世界のというものを考えた時、きっとこのようになっているのであろうと想像した世界観がもとになっているといわれています。世界の中心(バビロン)は平らで、きれいな水があふれており、そこから四方に流れ出て大地(世界)を潤す。 その世界は12頭のライオンによって下から支えられているのでは! と考えられていました。旧約聖書の中でも<花が咲き乱れるエデンの園(パラダイス)から4本の河が流れ出し、世界を潤す>と書かれています。この四分割庭園(四分庭園)がもとになり、のちにフォーマルな形としてイタリア、フランス、イギリスへと受け継がれていきます。 皮肉にもレコンキスタで北から徐々にグラナダにキリスト教徒が迫ってきた頃、アルハンブラのスルタン(王様)によって多くの手が加わり、現存する建物や庭がつくられました。ライオンの中庭を取り巻く回廊状の建物の部屋にはイスラム文化を象徴するドーム天井(モカベラ)がつくられ、幾何学模様(アラベスク)によって隙間なく埋め尽くされています。 アラベスク模様の意図するものは、イスラム教では自然の中にある秩序であり、神との統一性を表すものです。この部屋の中に入ると、誰もが何とも不思議な感覚に襲われます。 アルハンブラ宮殿より少し北へ歩いていくと、「ヘネラリフェ」という美しい庭園があります。ここは、14世紀に王の別荘として建てられた所で、城塞を兼ねたアルハンブラ宮殿より少しくつろいだ雰囲気があります。 中央に噴水をあしらった水路があり、その周りには色とりどりの植物が植えられています。命の象徴であるきれいな水をふんだんに使って季節の花が咲き乱れるさまは、あたかもパラダイスのようです。同じ頃イタリアでは、噴水を使ったイタリア式庭園(ルネッサンス時代)が多くつくられていましたので、その影響があったのかもしれません。 アルハンブラ宮殿は、長い歴史の中で何度も増改築が行われました。また、城塞から居住地となり、別荘、避暑地としても使われましたので、いろいろな庭のタイプを見ることができる、世界でも類を見ない特別な場所です。 特にイスラムからキリスト教へと文化的背景が大変貌をとげても、大きく破壊されることなく今に引き継がれているのは驚きです。デザイン的にはシンメトリックを基調にしていますが、さまざまなタイプの庭を見ることができるアルハンブラ宮殿は、今もなお現代の庭に大きな影響とインスピレーションを与え続けています。



















