この記事が掲載される頃にはそろそろ梅雨が明けていることでしょう。日本語には雨を表現する呼び方が400種類以上もあるといわれます。「卯の花腐し(うのはなくたし)」。これは梅雨に先駆けて降る長雨のことで、花を駄目にしてしまうほど長く降る雨。梅雨を見送る意味も込められ、梅雨が終わる前に降る大雨は「送り梅雨(おくりつゆ)」。「戻り梅雨(もどりつゆ)」とは梅雨が明けた後の雨。森にとっては天からの恵みである雨水ですが、年々各地に大きな爪痕を残すようになっていることに胸が痛みます。
季節の森~雨の森~
雨の森を訪れたことはありますか? レイチェル・カーソン(※1)の「センス・オブ・ワンダー」にはこんな一節があります。
「雨の日には外に出て雨に顔を打たせながら、海から空、そして地上へと姿をかえていくひとしずくの水の長い旅路に思いをめぐらせることもできるでしょう」
安全が確保できることを大前提に、雨の日にも森へ出かけてみませんか。

森へ入ると雨が余り当たらないことに気づくでしょう。森で雨宿りです。雨が少なく感じるのは「林内雨」「樹幹流(じゅかんりゅう)」「樹冠(じゅかん)遮断蒸発」のためです。森に降った雨水は樹冠(※2)を通過した後、地表に到達する「林内雨」と呼ばれるものと、樹冠に付着してそのまま蒸発する水分「樹冠遮断蒸発量」と樹幹(※3)を流れて地表に到達する「樹幹流」があります。そのため、林外に降った雨と比べると水量も水質も異なります。


樹種により流れる量や流れ方、質も異なりますが、特に「ブナ」にはかなりの量の雨水が樹幹から根元へと注がれます。「ブナ」の樹形は漏斗型をしています。雨水が葉から枝へ、そして幹へと伝うように出来ているのです。
葉も水をうまく受け止めるためなのか、葉脈が鋸歯(※4)の先端ではなく凹部につながることがブナの葉の最大の特徴といえます。確かに尖った葉先に葉脈がつながると水が葉先からこぼれてしまいそうですね。
梅雨時の雨水は冬芽の形成に欠かせないといわれています。どの樹木も8月のお盆頃までは水分を充分吸い上げ、光合成をしたり、活発に細胞分裂をしています。
以降は徐々に休眠の準備になるため、1年で日照時間も長く、十分な雨の恵みを受けられる6月〜7月が樹木にとって来年に向けた勝負の月のようです。



幹を流れ落ちる「樹幹流」は、樹皮から溶け出したさまざまな物質を含んでいおり、樹種によってph(水素イオン指数)はさまざまですが、酸性の雨水を緩和する中和機能を持っています。つまり、「樹幹流」は単に雨水が幹を流れ落ちるだけではなく、さまざまなミネラル分を土壌へ供給する役割を担い、森林生態系の自己施肥機能としてさまざまな物質が森林内で循環するのに役立っているのです。
また、都会においてコンクリートで固められた場所に育つ街路樹の場合、幹を伝わって根元周辺などの限られた場所に集中的に雨水が流れ込むために、より効率的に水分の補給がなされます。

※1レイチェル・カーソン:アメリカの海洋生物学者で作家。著書に環境問題の古典「沈黙の春」
※2樹冠(crown):樹木の枝が光を受けるために上部に集まり形成した、一定の厚さの葉層のこと
※3樹幹(stem):樹木の地上の部分のうち枝や葉を除いた部分のこと
※4鋸歯:葉のふちの形
自然学校つれづれ やまぼうしの日常
やまぼうし自然学校では、地場素材を積極的に活用し、その地域の伝統や文化を次世代に伝えられるようなプログラム開発に取り組んでいます。
数年前の「緑の少年団交流集会」の企画運営受託の際、シンボル的な存在感を放つ大きなホオノキ数本が目に留まりました。その素材を使って何か工夫したいと思いついた「朴葉だんご」は、郷土菓子「朴葉巻き」がヒントになりました。


長野県の木曽地方で古くから愛されている郷土菓子「朴葉巻き」。月遅れの端午の節句でも食べられてきました。餅が包めるしなやかな状態の朴の葉が採れるのは、5月下旬〜7月初旬で、この季節限定の和菓子です。
木曽地方では柏の葉が手に入りにくいため、殺菌力もある朴葉を使います。




今日のティータイム用に、当校のフィールド「自然体験の森」のホオノキの葉を使って「朴葉巻き」を作ってみました。味、香り、見た目ともに満足のいく出来! コンビニのお手頃なものから高級ブランドのお菓子まで世の中は美味しいもので溢れていますが、手間暇のかかる旬な味わいも大切にしていきたいものです。

森がもっと面白くなる~土壌 保持機能について~
土壌の機能として大きく<生産機能><分解(浄化)機能><保持機能>の3つが挙げられるという話題。今回は「緑のダム」と呼ばれる森の<保持機能>についてお話します。

雨天時、生活道路やグラウンドなどでは、あちらこちらに水たまりができます。
一方、森の中はどうでしょう? 大雨の後、森へ入ると足元に水たまりが少ないことに気づきます。森林内はVol.2で触れているように、スポンジのような大小さまざまな孔(あな)や隙間がたくさんある土壌構造で構成されているためです。

土壌構造の中でも特に団粒構造が重要な役割を果たしています。森の土を少し採って軽く崩してみると大小さまざまな粒状になります。石を除きそれらの粒は簡単に指先でつぶすことができます。この粒ひとつひとつにも、孔や隙間が存在するのです。この構造のお陰で雨水や空気がよく通り、水分や養分を蓄えておくことが可能なのです。
その仕組みをもう少し詳しく解説していきましょう。万年筆にインクが吸い上げられるのを毛細管現象といいます。森の土のなかでもこの原理が働き、土壌中の細い管(毛根など根があった跡)に水分が吸い上げられます。細い管状の孔は水分保持に役立ちます。その水分は長い間保持されるため、雨がしばらく降っていない森でも土が完全に乾くことがないのです。

土壌は水や養分を蓄えると同時に、地下にもゆっくりと水を浸透させ、地下水を豊富にしています。これも団粒構造のお陰です。
足元の壮大な世界を意識しながら森を歩いてみませんか?

今月の気になる樹:ユクノキ
ユクノキはいつも花のほうから存在を知らせてきます。忘れかけていたところでしたが、ふと山に目をやると今年も転々と白く花を咲かせていました。木の上に雪が積もったような様子なので「雪の木」から転じて「ユクノキ」となったとか。確かにそのような姿で咲いています。


存在を忘れてしまう理由として、自生地が少ないことと、毎年開花しないことが挙げられます。開花は4年周期と言われていますが、それもはっきりしないそうで、前回の、はっと目を引く開花は2015年だったように記憶しています。今回はそれにも勝る開花状況で、いろいろな場所に点在するユクノキを発見しました。

日本国内では自生地が少ないユクノキは、マメ科の樹木です。マメ科の植物は熱帯から寒帯まで地球上の多様な環境に良く適応して生育します。つる性や草本、木本、さらに落葉だったり常緑だったりと多種多様な姿をしています。
世界には15000種も存在しており、日本には52属約150種があります。長野県には32属77種が分布しているとのこと。ごく身近なところで目にすることのできるシロツメグサやフジ、この時期ピンクの花をつけているネムノキもマメ科です。
それほど多く存在するマメ科ですが、ユクノキのフジキ属はユクノキとフジキ2種のみです。どちらもよく似ていますが、ユクノキについては生育が稀で日本固有種です。私が長野県内で直接開花を確認して把握しているのは、松本市安曇沢渡地区、上田市真田横沢〜大日向地区、須坂市仁礼地区、上田市丸子三才山トンネル上田側のみです。

以前「菅平口の奥のほうにマメ科の白い花が咲いているのだけど何だか分かる?」と尋ねられたことがありました。その時は何なのか分からず、後でユクノキだと知りました。そんなことがあって毎年気にはしていたものの、その場所で長らくユクノキの花を見ることはありませんでした。
ところがこの7月。15年ぶりくらいになるでしょうか、菅平口のかつての場所に咲いているのです! あるとき降って湧いたように咲いてさっと散っていくユクノキ、その存在さえ気づかない密やかな樹木。自然界の生物は必ず意味があって存在する。存在が稀で、開花も数年に一度、どんな思いを秘めているのか次回の開花までに思いをめぐらせてみましょうか。

[ユクノキ]
マメ科フジキ属/落葉高木/日本固有種
本州(群馬県以西および富山以西、ただし神奈川と伊豆半島を除く)・四国・九州の山地帯にまれにある。
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