東京・新宿にある旧小笠原邸は、現在、樹齢500年を超えるオリーブの木が茂り、初夏にはバラが咲く「スペインレストラン小笠原伯爵邸」として、訪れる人に四季折々、優雅な時間を提供しています。これまで、国内外に咲く季節の花々にカメラを向けてきた写真家でエッセイストの松本路子さんが、バラが咲く時期に旧小笠原邸を訪問。当時の雰囲気そのままが再現された歴史ある館と、モッコウバラがパティオを彩る様子などをレポートします。
目次
スパニッシュ様式の瀟洒な洋館

都心とは思えないほど静けさに満ちた建物と庭。東京都新宿区河田町にある旧小笠原邸は現在「スペインレストラン小笠原伯爵邸」として、ゲストを迎え入れている。

邸の正面玄関に立つと、2羽の小鳥のトピアリーが迎えてくれる。エントランスでは、ブドウ棚の模様が描かれたキャノピー(外ひさし)が、光を浴びて、大きく翼を広げる。建物の外観や玄関のたたずまいからも、邸内への期待に胸が高鳴る。


扉の上部、籠の鳥を配した明かり取り。邸内の至る所に小鳥の意匠が見られ、別名「小鳥の館」という愛らしい名前で呼ばれる所以となっている。

館の数奇な歴史

建物は、旧小倉藩藩主であった小笠原家の30代当主小笠原長幹伯爵の邸宅として、1927年に建てられた。敷地は江戸時代の小倉藩の下屋敷跡で、竣工当時は2万坪の広さを誇っていたという。今なお千坪の敷地を保ち、建物の周囲には、樹齢500年を超えるオリーブの木や、バラが咲く庭が広がっている。

伯爵家の館として約20年間にわたり家族が暮らしていたが、第2次世界大戦後の1948年に米軍に接収され、GHQの管理下に置かれた。その後1952年に東京都に返還、都福祉局の児童相談所として使用されていたが、1975年以降は老朽化のため放置され、取り壊しも検討されていたという。

2000年に東京都から民間貸し出しの方針が示され、1年半にわたる全面的な修繕工事の後、レストランとして甦った。外壁のレリーフなどの修復作業は、竣工当時の資料を基に忠実に実施され、内装、家具、照明機器はヨーロッパから取り寄せて、当時の雰囲気そのままを再現している。
邸内をめぐる
現在、レストランのメインダイニングとして使用されているのは、伯爵の書斎や寝室だったところ。かつてのベランダが庭に面したテラス席となっている。

メインダイニングに至る回廊わきに並ぶ3つの部屋は、伯爵家の食堂、客室、シガールーム(喫煙室)で、現在、客室はレストラン客のラウンジとして使用されている。

かつて食堂だったグランドサロンにある大テーブルは、イギリス、エリザベス様式のアンティークで、伯爵家で実際に使用されていた唯一の家具。伯爵夫妻と5男6女の家族が晩餐のテーブルを囲んでいた情景が目に浮かぶようだ。

客室だった部屋の窓には、日本最初期のステンドグラス作家小川三知氏による、小さな花がデザインされたオリジナルのステンドグラスが残されている。

ヨーロッパのタバコや葉巻はトルコやエジプトから入ったことから、当時の洋館の喫煙室はイスラム風の内装で作られることが多かった。ブルーの天井、漆喰彫刻に彩色を施した壁面、大理石の柱と床が、荘厳な雰囲気を醸し出している。単なる喫煙所ではなく、男性の社交場といった場所だったのだろう。庭に面した半円形の美しい部屋だ。

パティオのモッコウバラ

スペイン建築の特徴のひとつが、パティオ。建物の中心部に位置し、光が差し込む空間だ。パティオでは、植栽されて20年が経つモッコウバラが雄大な姿を見せている。テーブル席が設けられていて、邸内のカフェを訪れた客は、ここでお茶の時間を過ごすことができる。毎年4月のモッコウバラの開花時期には、それを目当てに訪れる人もいるほどで、見事な景色が出現する。

2階屋上のパーゴラ

パティオから大理石の階段を上ると、そこは2階の屋上庭園。当時の設計図と写真を基に復元されたパーゴラにも、黄色と白色のモッコウバラが咲き誇る。

庭から見たシガールームの外壁

庭に回り建物を眺めると、ひときわ目につくのが円筒状のシガールームの壁面装飾。装飾タイルは、古陶器の色使いにおいては日本の第一人者といわれた小森忍氏の作品だ。「生命の讃歌」がモチーフで、太陽、花、鳥の意匠が日差しを浴びて輝いている。1600個のパーツで構成されており、ほとんどが剥がれ落ちていたが、陶芸家夫妻の手によって約3年の歳月をかけて修復された。
庭をめぐる

庭では、春を告げるアーモンドや姫リンゴの花、5月には白バラ‘スワニー’が開花し、季節の花々を楽しむことができる。バラは前庭や屋上庭園にも植えられ、17種類を数える。

中央に植えられたシンボルツリーは、推定樹齢500年のオリーブ。スペインとの交流400年を記念して、2013年にアンダルシアからやってきた。夏から秋にかけて実を付け、大きな籠いっぱいの収穫があるという。

ガーデンでの催し

レストランのガーデン席での食事(4月から)、全館を利用したウェディング・パーティー、初夏に催されるスペインナイトなど、いずれも心ゆくまで庭を楽しむことができる。

5月のバラ

5月のバラの季節に小笠原邸を再訪した。庭の中央ではバラ‘スワニー’が満開で、白い清楚な姿を見せている。壁沿いには‘フロレンティーナ’という赤いつるバラが。

屋上に上がると、ピンクと白のバラ‘安曇野’が光を浴びて輝くように咲き誇っている。カフェでくつろいだ後に、バラの庭を散策できるのは嬉しい限りだ(2024年5月21日撮影)。



かつて貴族たちが集った小笠原邸の室内、パティオや庭で過ごす。それは極上のひとときに違いない。
Information
スペインレストラン小笠原伯爵邸
住所:162-0054 東京都新宿区河田町10-10
電話:03-3359-5830
ランチ 11:30~15:00
ディナー 18:00~22:00
予約制
OGA BAR &Café 12:00~20:00 予約不要
アクセス:都営大江戸線 若松河田町駅下車、河田口より徒歩1分
https://www.ogasawaratei.com
*館内、庭園の見学はレストラン、カフェ利用者のみ可能。カフェ利用者の見学時間は15:30~17:00(レストランの貸し切りなどで見学できない日もありますので、事前にお問い合わせください)。
Credit
写真&文 / 松本路子 - 写真家/エッセイスト -
まつもと・みちこ/世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2024年、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルム『Viva Niki タロット・ガーデンへの道』を監督・制作し、9月下旬より東京「シネスイッチ銀座」他で上映中。『秘密のバルコニーガーデン 12カ月の愉しみ方・育て方』(KADOKAWA刊)好評発売中。
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