植物を育てる上で、水は必要不可欠。そんな大切な水ですが、皆さんは植物に水やりをするときに、どのような水を使うでしょうか? 今回は、有機無農薬で、メドウ(野原)のようなローズガーデンでバラを育てる持田和樹さんが、自らの経験に基づいて水やりのコツを解説。たった一工夫するだけで植物の成長がよくなったり、土が豊かになる方法をご紹介します。
目次
水やりの際の「水」は安心?
ガーデナーの方なら、日々当たり前にしているであろう、水やり。その際、ほとんどの場合は水道水を利用すると思います。その水道水が、土に対してあまりよくない影響を与えているかもしれないと考えたことはあるでしょうか?
その原因となるのは、皆さんご存知のカルキ(塩素)です。カルキは次亜塩素酸カルシウムという物質で、高い殺菌力を持つ塩素を原料にしています。水道水には基本的にこのカルキが含まれていることにより、病原菌やウイルスが殺菌され、飲料水としての安全性が保たれる重要な要素です。また、水道水に残る塩素の量には厳しい基準があり、人体に害を及ぼさないレベルに調整されています。
しかし、植物にとってはどうでしょうか?
水道水が人間にはほとんど影響を及ぼさないとしても、微生物たちにとっては大問題です。なぜなら病原菌を殺菌できるということは、同じ仲間の微生物を殺菌することになるからです。
そして、植物にとって大切な土は、微生物の塊。土中に棲息するさまざまな微生物が有機物を分解し、植物が吸収できる形に変換しているのです。
何気なくあげている水やりが、植物や土にとって悪影響だなんて考える人は、ほとんどいないのではないでしょうか?
動植物に影響がある塩素
残留塩素への不安から、自分自身や家族の健康によくないと考えて浄水器を使用するご家庭は多いですが、育てている大切な植物にまで同じように気を遣っている人は少ないと感じます。
私は以前メダカや熱帯魚を飼育したことがありますが、水道水をそのまま使用すると、メダカも熱帯魚も死んでしまう恐れがあるため、そのまま水道水を利用するのはタブーでした。そのため、水道水は必ず1日くみ置きしてカルキ抜きをしてから使用するか、カルキ抜き材を活用していました。水道水の殺菌力には、それほどの影響があるということです。
水槽の場合、カルキの害を大きく受けるのが、水槽内の水をきれいにするバクテリア類です。カルキには殺菌効果があるため、水道水をそのまま使用すると有益なバクテリアにダメージを与えます。つまり、カルキが含まれたままの水は、生体の飼育に向かず、水槽内の水質が悪化してしまうケースが多いのです。
そして水中のバクテリア類に作用するのと同様に、土の中の有益な微生物に対しても、水道水は悪影響を及ぼします。
カルキを含んだ水道水を使用した場合、魚はすぐに死んでしまうので結果が分かりやすいですが、植物はそう簡単には枯れません。むしろ徐々に弱るなど、変化はゆっくりと進行することでしょう。
ちなみに、皆さんの身体の腸内細菌も微生物の塊ですから、水道水をそのまま飲むと腸内フローラが乱れ、健康に少なからず影響する可能性もあるそうです。人体に影響がないとされていても、多くの人が浄水器を使用するのは、そうした不安もあるかもしれません。
では、植物の水やりにはどのような水を使うとよいのか。それを考えるために、塩素が含まれていない水、雨水と、水道水との違いを考えていきましょう。
雨水が植物を元気にする! 雨水のメリットと水道水のデメリット
水分供給という役割は同じでも、雨水は水道水と比べて、植物や土壌に異なる影響を与えることがあります。雨水と水道水の植物や土壌への影響について、比較して詳しく見てみましょう。
1. 塩素の影響
水道水には、細菌やウイルスを殺菌するための塩素が含まれています。塩素は植物にとって有害となる場合があり、特にデリケートな植物にとっては成長を妨げたり、根の健康に悪影響を及ぼすこともあります。さらに、土壌中の有益な微生物(バクテリアや菌類)も塩素で死滅することがあり、土壌の微生物バランスが崩れる可能性があります。
2. 窒素の供給
雨水には、植物の成長に必要な窒素が含まれています。雨が降ると大気中の窒素化合物が雨水に溶け込み、土壌に浸透します。植物はこの窒素を吸収し、葉や茎の成長を促進します。また、雷雨の後にはプラズマによって空気中の窒素が反応しやすくなって酸素と結合し、さらに植物が利用しやすい形で地上に降り注ぐため、雨後に植物がよく育つといわれています。
3. ミネラル成分の違い
雨水には、微量の窒素やカリウム、カルシウム、マグネシウムといった植物に有益なミネラルが自然に含まれています。これらは土壌に浸透して植物に吸収され、細胞の強化や代謝の促進に寄与します。特に自然環境では、山や森の中を通過して集まる雨水には豊富なミネラルが含まれています。
一方で、水道水にはこれらの成分が含まれていない場合が多く、逆に炭酸カルシウムなどの硬度成分が多い場合もあります。硬水は土壌のpHを変えてしまい、アルカリ性に傾きがちです。これにより、植物の栄養吸収が妨げられることがあります。
4. pHの違い
水道水は一般的に中性から弱アルカリ性ですが、雨水はやや酸性(pH5.5〜6.0)です。弱酸性の土壌は、多くの植物にとって良好な環境であり、土壌中の栄養素の吸収を助けます。特に植物の健康な成長をサポートする微量元素(鉄やマグネシウムなど)は、弱酸性の環境で植物に吸収されやすくなります。
一方、アルカリ性の強い環境は多くの植物に不適で、水道水によってアルカリ性が強まると鉄やマグネシウム、亜鉛といった微量栄養素の吸収が低下し、植物の成長が阻害される可能性があります。
5. 水道水に含まれるフッ素の影響
一部の地域では水道水にフッ素が添加されていますが、フッ素は植物にとって有害になる場合があります。特に、シダ類、ポトス、ランなどの感受性の高い植物はフッ素に影響されやすく、葉の縁が茶色く変色するなどの症状が現れることがあります。
ひと手間かけるだけ! 具体的な水やりの改善方法
ここまで見てきたとおり、植物に優しい水やりには、使用する水にも注意を払うことが大切です。そこで水やり前のワンポイントとなるのが、カルキ抜きのひと手間。蛇口から注いだ水をそのまま使うのではなく、塩素を抜くために、水道水を一晩置いてから使用するとよいでしょう。または、雨水を集めて利用する方法もおすすめ。雨水を利用すれば、ミネラル分や窒素も供給でき、水道代の節約にもなりますね。
ただし、雨水を溜めると、季節によっては蚊を発生させる原因になります。蚊が発生しないよう、水はこまめに使い切りましょう。
水を求めて伸びる根の性質
もう少し、水やりについて深掘りしていきましょう。
長年ガーデニングに関係していて感じることは、植物にとって重要かつ基本的な水やりを、間違って行っているケースがあるということ。単に「水やり」、水分の供給だけをしていて、水がもたらす植物の影響については考慮せずに水やりを行っているのです。
植物が成長する上で、水やりを工夫するだけで育ち方が全く違うことは、ぜひお伝えしたいと思います。
植物と水の関係を見る際、これだけは押さえておきたいポイントは、「植物は水を求めて根を伸ばす」ことです。これは「根の成長応答」として知られており、植物の根は水分や栄養分が豊富な方向へと伸びる性質を持っています。このメカニズムは 水分屈性とも呼ばれ、水分が多い環境を探して根が成長する性質です。
この性質をきちんと理解することで、無駄な水やりをしなくて済み、労力を省くことができるだけでなく、植物がより元気に育ってくれます。
まずは、植物の根のメカニズムについて詳しく見ていきましょう。
1. 水分センサーの働き
植物の根には、土壌中の水分濃度を感知するセンサーがあり、より湿度の高い方へ曲がって成長します。水分が多い方向へ成長を促進させ、水分が少ない方向へは成長を抑制することで、効率的に水を吸収できる方向へ根を伸ばすというわけです。この仕組みがあるため、土に湿った部分と乾いた部分がある場合、植物は水が多い部分に根を伸ばし、乾燥した部分にはあまり根を広げません。
2. 水不足時の根の成長促進
水分が不足すると、植物は水分を求めて根をさらに深く、広く伸ばします。これにより、土壌の中で少しでも水分がある場所まで根を到達させ、水分を吸収しようとします。このように、植物は環境に応じて根の成長パターンを変化させることで、生存率を高めています。
3. オーキシンなどの植物ホルモンの役割
植物ホルモンの一種であるオーキシンは、根の成長に関与しており、水分の多い方向へ根が伸びるように調整します。オーキシンの働きによって、根は柔軟に方向を変え、水を求めて成長を続けます。
4. 土壌の硬さや栄養素の影響
水だけでなく、栄養素が多い方向にも根は伸びる傾向があり、水分と栄養が揃っている場所では根がより集中的に成長します。また、根は土壌の硬さによっても成長を調整し、柔らかくて成長しやすい部分に根を伸ばすことで、効率的に水分と栄養を吸収するようにしています。
このように植物は水分を感知し、その方向へ根を成長させて水を求めます。この働きにより、植物は少ない水分でも効率的に吸収し、生育環境に適応しています。このことを理解すると、水やりのやり方について改めて見直す必要性が見えてきます。
地植えの植物に水やりは不要!?
このような根の性質を理解したうえで、水やりの実践的な方法としての重要なポイントは、「地植えに水やりは不要」ということ。
庭にしろ菜園にしろ、水やりを頑張っている方が結構います。私の親も、夏はポリタンクに水を入れてわざわざ畑に持っていき、忙しそうに水やりをしては疲れています。ですが、地植えであれば、本来こうした労力は減らしてもよいものなのです。
なぜ地植えに水やりが不要かというと、先ほど述べた通り、「植物は水を求めて根を伸ばす」から。水やりをいつもしていると、植物はわざわざ水を求めて根を伸ばす必要がなくなります。そうすると、過保護に育った甘えん坊に。いつも水やりをしてもらうことに慣れ、自ら水を求めて根を伸ばさないので、人間が世話をしないと育たない軟弱な植物になってしまうのです。
このような植物は環境の変化にも弱く、人間が手を抜けばすぐに弱ってしまいますし、猛暑や嵐などの過酷な環境にも耐えられません。親が料理を作って子どもに与えているだけでは、子どもはいつまで経っても料理を自分で作ることができず、親がいないと食べていけないような感じですね。
良くも悪くも植物は環境適応能力と学習力が高く、育てる人をそのまま映し出します。
植物を育てる皆さんは優しい人ばかりだと思います。しかし、その優しさが必ずしもよい結果を生む訳ではないのが、植物を育てることの難しさであり奥深さです。それは子育てと全く同じですね。
人間も植物も生き物にとって重要なことは、「自立」させることです。
自然界の生き物はどれも自立して生きていますね。いかに自立を妨げず、それぞれの個性や潜在能力を引き出すかが、とても大切です。
ここで注意すべきことは、それぞれの環境を俯瞰してよく観察し、それに応じた手入れをするのが大切だということです。
先ほど、地植えならば水やり不要と言いましたが、あくまでも一般論。それを鵜呑みにするのではなく、それぞれの環境に応じた適切なケアが必要になります。
例えば、軒下や壁際は雨が当たりにくい、コンクリートに囲まれて暑くなりやすい、花壇が立ち上がっていて日差しが当たりやすいなど、庭の環境はさまざま。このような雨が当たりにくい場所や、太陽の熱で土や植物が温まりやすい場所は、通常より水分が蒸発しやすく、必要に応じて水やりが不可欠です。植物や環境を観察してしっかり向き合い、そのニーズを感じ取ることがとても大切です。
物言わぬ植物だからこそ、私たちに沢山の気付きを与えてくれ、感性を豊かにする素晴らしいパートナーになってくれます。
水やりを工夫して労力を削減するだけでなく、お金をかけずに環境にも植物にも優しい雨水を利用したり、ほんのひと手間かけて水道水のカルキ抜きをして、大切な植物をより一層元気に育てていきましょう。
Credit
文 / 持田和樹
アグロエコロジー研究家。アグロエコロジーとは生態系と調和を保ちながら作物を育てる方法で、広く環境や生物多様性の保全、食文化の継承などさまざまな取り組みを含む。自身のバラの庭と福祉事業所での食用バラ栽培でアグロエコロジーを実践、研究を深めている。国連生物多様性の10年日本委員会が主宰する「生物多様性アクション大賞2019」の審査委員賞を受賞。
https://www.instagram.com/rose_gardens_nausicaa/?igsh=MW53NWNrZDRtYmYzeA%3D%3D
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