【嫌われ者たちの大活躍】庭をうるおす雑草の打ち水効果/新連載ローズメドウレポート

邪魔者として嫌われる雑草に、天然の打ち水効果があることをご存知ですか。そんな知られざる雑草の力を借りながら、有機無農薬でバラを育てる持田和樹さん。彼のバラの庭は、まるで素朴な花々が咲き乱れるメドウ(野原)のよう。新連載【ローズメドウレポート】では、持田さんがバラ栽培を通して発見した庭の“嫌われ者たち”の偉大なる活躍をレポートします。第1回目は雑草の大活躍です。
猛暑に活躍する雑草たちの働き

猛暑で野菜の生育にも影響が及び、夏野菜の高騰が懸念されています。私の暮らす埼玉県深谷市も、連日35℃を越す猛烈な暑さを記録しており、趣味で野菜作りを楽しんでいる私の母も、「暑さで野菜の葉がチリチリになってしまう!」と水やりにおおわらわです。一方、私が近くで作っているローズメドウは一切、水やりをしていません。でも、バラたちはみんな、真夏も瑞々しい葉を展開しています。土はいつも適度に湿っており、朝のガーデンはひんやり、しっとり、とても快適です。なぜ母の畑は乾き、水やりもしない私の庭は潤っているのか。その違いは雑草です。
植物に起こる「溢水」とは

「溢水」という言葉をご存知でしょうか。あふれる水と書いて「いっすい」と読みます。意味は、まさに水があふれることです。河川などがあふれることにも用いられる言葉ですが、じつは植物でも溢水が起こります。植物の場合の溢水は、葉の先から水がこぼれることを指します。この溢水は、朝露とよく勘違いされることがありますが、朝露とは別の成分です。朝露は空気中の水分が葉っぱについたものですが、溢水は植物が根から吸い上げた水で、葉にある水孔という穴から植物が過剰な水分を出しているものです。この現象は溢泌(いっぴつ)とも呼ばれ、イネ科の植物で顕著です。
バラを潤おす雑草の溢水
私のローズガーデンでは雑草をほとんど抜いていません。雑草にはイネ科の植物が多く、私の庭では溢泌現象がそこここで起きています。これによりバラの株の周りは毎朝、霧を吹いたように湿っています。まるで天然の打ち水のように雑草たちがバラに水分を与えてくれるため、バラ自身も溢水現象を起こすほど潤って猛暑でも瑞々しい葉を展開しています。
地温の上昇や乾燥も抑える雑草の効果

雑草が「邪魔な存在」として嫌われるようになったのは、いつからでしょうか。野菜畑では、雑草が養分を奪って野菜の収量に影響を及ぼすからなのでしょうが、雑草の働きをよく見てみると、メリットもかなり多いように思います。雑草は地中深くに根を張り、土の中に水や空気の通り道も作ってくれますし、土の保水力も保ってくれます。特に、この異常な暑さが続く日本の夏では、雑草の働きは貴重です。溢水による打ち水効果に加えて、土の表面温度を抑える役目も果たしてくれます。何も生えていないむき出しの土の表面温度は、真夏は60℃近くまで上がりますが、植物で覆われた場所は30℃台を保ちます。雑草をきれいに抜いている母の畑はまさに灼熱地獄。野菜の葉がチリチリになって当然なのです。
雑草も昆虫も共存する有機無農薬のバラの庭
それに、雑草も一つひとつをよく見ると、意外と美しいのです。特にイネ科の雑草はエノコログサもカゼクサもススキの類も、スッと細い茎を伸ばして穂を風に揺らし、風情があります。バラの株に覆いかぶさるように旺盛に茂るものは時折、適度に刈り取り地面に敷きます。こうしておくと地面が乾きませんし、昆虫や微生物の住処にもなります。私のローズメドウはこんな風に、雑草も昆虫もみな共存する庭です。草取りも薬の散布もせず、施肥もほとんどしないので、とってもラク。美しい花を見て、香りを楽しみ、味わい、バラを堪能しています。
バラと雑草を一緒に育てているなんて、私の庭はちょっと珍しいガーデンかもしれません。バラ栽培の教科書には、雑草は抜くべきだし、昆虫は駆除するものとして解説されていますから。そして私自身も、かつてはそれらと格闘してきたのです。それがどうして共存という道を選ぶようになったのか。そのきっかけは、私の仕事場にあります。
有機無農薬で食用バラ栽培への挑戦

私は普段、障害福祉サービス事業所で社会福祉士として働いています。そこでは主に、知的障害者の利用者の方達と一緒に、食用のバラを栽培しています。これを販売した売り上げは、利用者の方々の賃金となります。事業所にはさまざまな彼らの仕事があり、バラ栽培はそのうちの一つです。
事業所でバラ栽培を始めたきっかけは、足利フラワーパークのシェフからの依頼でした。「持田君は園芸が得意と聞いたけど、食用の花を福祉事業所で作れませんか?」と声をかけていただきました。私は昔からガーデニングが好きで、自宅の庭や畑でさまざまな植物を育ててきましたが、花を食用として栽培したことはありませんでした。ですから、どんな花を栽培したらいいのかも分かりませんでした。そこで、これまで最も栽培経験のあるものを選ぶことにしました。それが私の場合、バラだったのです。自宅でずっと育てていた四季咲きのバラなら、年間を通じて収穫が見込め、定期収入として成立させられるだろうと考えました。所長の後押しもあり、事業所初の食用バラ栽培生産がスタートしました。
しかしそれは、まさしく茨の道でした。自宅で観賞用に育てていたバラ栽培と、食用のバラを育てるのとでは勝手が大きく違いました。まず、食用として出荷するバラの花びらは、傷がついてしまうと商品価値がなくなってしまいます。そして、病害虫に対して薬品を使うこともできません。誤解のないようにお話ししておきますが、バラの病害虫に効果のある薬品はありますが、「食用生産」という前提でのバラ栽培に適用のある薬品は日本にはありません。ですから、必然的に我々のバラ栽培は無農薬有機栽培という道を選ぶことになりました。土壌改善や食用バラに向く品種の選定など、さまざまな難関があった中で、最も大きな壁はこの無農薬栽培による虫たちとの戦いでした。
終わらない病害虫との戦い。巧妙な害虫達
前述したように、私たちは薬品を使用せず栽培することにしたので、害虫対策として物理的に虫がバラに近づけないよう、ビニールハウス内でバラ栽培を始めました。最初の5月は美しく花が咲き収穫も順調でした。しかし、夏になると害虫が増え始め、夕方になると小さなビニールハウスにも関わらず、おびただしい数の蛾が卵を産み付けようと飛んできました。自分で張り直した防虫ネットにはわずかな隙間があり、その隙間をかいくぐりビニールハウスの中に侵入してくるのです。一匹でも一度中に入ってしまったらもう終わりです。一匹が数百個の卵を数か所に産み付けて回るため、幼虫が孵化した途端、私たちは虫取りに明け暮れることになりました。あるときはヨトウムシの幼虫からバラのツボミを守ろうと、一輪一輪にお茶のパックをかけて回りました。しかし、お茶パックを外してみて愕然。お茶パックの中で悠々と幼虫がツボミを食べていたのです。他のバラもよく観察してみると、なんとツボミの一つひとつに卵がすでに産み付けられており、私は昆虫の巧妙な戦略に驚くとともに絶望感を味わいました。
「ないない尽くし」だからこそ辿りついた共生という選択
福祉事業所では時間はない。お金もない。労力もない。この厳しい条件下で難易度の高い無農薬栽培で、さらに難易度の高い食用バラを成功させるのは、もはや不可能だと思いました。精神的にも肉体的にも疲れ果て、諦めかけたとき、ふと美しく咲くバラに目がとまりました。虫にも食べられず、芳しい香りを放ってたおやかに咲くバラ。それは私たちが虫と格闘してきたビニールハウスの外で咲いていました。

「あれ?!外のバラは病害虫にやられていない!?」
その事に気付き入念に観察をしました。すると、ビニールハウスの外ではヨトウムシの幼虫を食べる生き物がじつに多いことに気づきました。クモ、アシナガバチ、カエル、鳥…。ヨトウムシにとって、ビニールハウスの外は天敵がいっぱいいたのです。虫から守ろうとしたビニールハウスは、むしろ自然界の食物連鎖を妨げ、私たちは自分で自分を苦しめていたことに気付きました。そこで、私は思い切ってビニールハウスを取っ払い、生き物が行き来しやすい環境を作りました。これは正直、バラが全滅する覚悟で挑んだチャレンジでしたが、驚くことに害虫被害が激減しました。あれほど苦しめられた害虫被害が嘘のように減り、自然のなす術がどれほど偉大であるか身をもって知りました。

自然の循環の中に無駄な命は一つもない

この経験から、私は自然のシステムの中には、我々人間が活用できるものがとてもたくさんあることに気づきました。それを見つけ出して利用させてもらうほうが、生き物を排除したり、自然をコントロールしようとするより、はるかに労力が少なく効率的だと悟りました。そしてこの方法は、自然と闘おうとするより、精神的にもとても穏やかでいられるのです。それは人間もまた、自然の一部だからではないかと私は思います。自然界には食物連鎖があり、循環の中でバランスが保たれています。人間もその循環の中にいるはずですし、害虫と呼ばれる生き物も、それを食べ、頼りにしている生き物もいて、循環のバランスの中では皆大切な役目を担っているのです。「無駄な生命は一つもない」ということを、私はバラ栽培を通して体感しました。
自然が起こす「奇跡」を発見する楽しみ

以来、私たちは生き物が暮らしやすい環境作りを優先してバラ栽培をするようになりました。そして、無農薬での食用バラ栽培に成功し、今ではたくさんの出荷先を抱えるようになりました。不可能と思われた私たちのバラは、「奇跡のバラ」と呼ばれています。奇跡とは、神様などが起こす不思議な出来事を指す言葉ですが、私たちの奇跡は自然科学に裏付けられた明確な理由があります。裏を返せば、自然には人が奇跡と呼びたくなるほど心を震わせる事象が、多分に秘められているということかもしれません。私自身、バラ栽培を通して奇跡をいくつも発見してきました。冒頭にご紹介した「溢水」も、その一つ。草の縁についた無数の水滴が、赤い朝日にキラキラと輝くローズガーデンは、瞬きを忘れるような光景です。これからこの連載を通して、私自身がガーデニングで発見した自然の奇跡を、皆様と共有していければ幸いです。
Credit
写真&文 / 持田和樹
アグロエコロジー研究家。アグロエコロジーとは生態系と調和を保ちながら作物を育てる方法で、広く環境や生物多様性の保全、食文化の継承などさまざまな取り組みを含む。自身のバラの庭と福祉事業所での食用バラ栽培でアグロエコロジーを実践、研究を深めている。国連生物多様性の10年日本委員会が主宰する「生物多様性アクション大賞2019」の審査委員賞を受賞。
写真 / 3and garden

スリー・アンド・ガーデン/ガーデニングに精通した女性編集者で構成する編集プロダクション。ガーデニング・植物そのものの魅力に加え、女性ならではの視点で花・緑に関連するあらゆる暮らしの楽しみを取材し紹介。「3and garden」の3は植物が健やかに育つために必要な「光」「水」「土」。
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