スノーモンスター出現の菅平高原より〜「森と人をつなぐ」自然学校〜高原便り 四季折々Vol.10〜

幻日と呼ばれる珍しい大気光学現象
菅平高原は、これから2月末頃までが寒さのピークとなります。菅平高原には長野地方気象台の観測所が設置されており、毎年この時期にここで観測された気温が本州の最低気温を更新します。周囲を山で囲まれ、冷やされて重くなった空気が形成する「冷気湖」に菅平観測地点があるためです。放射冷却も相まって、このところ「幻日」という現象にたびたび遭遇しています。息も凍るほどの冷え込みですが、空気はより澄んで上空の青色が冴えます。星を観るにも最適なシーズン。寒さを楽しみながらも、やはり春が待ち遠しいです。
目次
季節の森 〜霧氷芸術 スノーモンスター〜
スノーモンスターとは樹氷のことで、蔵王(山形)や八甲田(青森)、御在所(三重)が有名です。菅平高原では根子岳の山頂付近に出現します。樹氷とは霧氷の一種で、樹木に付着した霧氷が成長したものです。亜高山帯に分布するオオシラビソの樹氷はモンスターと見紛うように大きく形成されます。



霧氷はどのようにできるのでしょうか。霧氷が形成されるためには、水分・気温・風の3つが必要です。マイナス5℃以下に冷却された水蒸気が、樹木などに風で吹きつけられ凍結してできた氷が霧氷です。風上側へ羽毛状に成長して気泡を含むため白い色をしています。その形状から「エビの尻尾」とも呼ばれています。散策中に遭遇すると、その見事な造形に思わず触れたくなります。口に入れてみたことがありますが(笑)、もちろん味はなく食感だけが楽しめました。




樹氷や霧氷は、気温がプラスになると樹木から剥がれ落ちてしまいます。せっかく着氷しても、わずかな気温差で見ることが叶いません。事務所から遥か遠くにスノーモンスター出現を確認したら、快晴で極めて寒い日を狙ってモンスターたちに会いに出かけようと楽しみにしています。もちろんスノーシュー装着で!
森がもっと面白くなる ~生態系サービス②~
森の働きを指す「生態系サービス」の4つの分類のうち、今回は「供給サービス」について詳しくご紹介します。森の「生態系サービス」の全体像については前回ご紹介していますので、そちらもご参照ください。
→→『静けさ広がる冬の森・・・「森と人をつなぐ」自然学校〜高原便り 四季折々Vol.9〜』

「供給サービス」は、次の6つに大きく分類されます。
①食べ物
②水(水流の調整及び浄水を含む水供給)
③燃料・材料(燃料及び繊維などの原材料)
④遺伝資源
⑤薬(薬用資源及び他の生化学資源)
⑥観賞用資源
①食べ物
現代の人間の食料は、農業や畜産業、漁業で得られます。それらの産業は、農業生態系や海洋生態系に支えられています。数値的には地球表面の35%が農業や畜産業に利用されており、海洋も含めた地球環境の悪化は、ストレートに生産量低下に繋がります。食料供給には健全な自然生態系と生物多様性の維持が不可欠なのです。


②水(水流の調整及び浄水を含む水供給)
森林や湿地の生態系は、植生、微生物、土壌によって水の流れを調整し、水質を改善しています。地球規模の水循環(供給、調整、浄化)に関与する森林は重要な役割を担うため、森林の乱獲や放置は多大な影響を及ぼします。

③燃料・材料(燃料及び繊維などの原材料)
例えば建材としての木材、紙の原材料であるパルプや植物繊維、燃料としての薪など身近なところで天然由来の原料が活用されています。森林の乱獲や放置による森林面積の減少はそれら原材料の供給低下に結びつきます。

④遺伝資源(人間にとっての遺伝子の潜在的な有用性に着目して使われる言葉)
多様な生物の遺伝資源は、独自の機能を持つものが多く、医学や生物工学などに応用すれば人間に有用となるものも含まれています。例えばミノムシの糸は、日本企業の研究によって優れた構造を持つ天然繊維であることが解明され、新たな工業用繊維としての利用や、今後作られる人工繊維の目指すべき指針として活用されることが期待されています。
このように、長い進化過程の末に残されてきた生物の遺伝資源はそれ自体が貴重で、人間にとっての有用性にかかわらず保護事業が推進されてきました。生物多様性条約により生、物多様性の維持と遺伝子の保存が更に進められ、急速に失われている多くの生物資源を遺伝子レベルで保存しています。品種改良などにより、農作物の生産性や有害生物、気候変動への適応力向上に活用されています。生物多様性を最も必要とするサービスといえます。


⑤薬(薬用資源及び他の生化学資源)
人間は古来より、身近な天然産物を病気治療や香料・化粧品の原材料に利用してきました。生化学薬品など高価値な化学薬品の発見にもつながる機能ですが、生物多様性が損なわれることで、その可能性に影響を及ぼす恐れがあります。

⑥観賞用資源
観賞用の植物や魚、鳥類等の提供です。古来は地位や権力を象徴する装飾品等として利用されてきました。現在では希少種の無断採取や野生種の乱獲など、モラルを欠く営利取引が多発しており、種の存続が危ぶまれています。

このように、食物、天然資材、衣類、水や医薬品など、人間の衣食住に不可欠なものを「生態系サービス」として自然界から得ているということなのです。かつては森の働きのみを単体で注視し「森林の公益的機能」と捉える考え方が一般的でしたが、今日では生物多様性の観点から、自然界全体とのつながりで考えるようになってきました。
自然学校つれづれ ~やまぼうしの日常~
新たな森林資源の活用と草原植生の維持の取り組みとして、菅平高原で茅(カヤ)刈り作業を実施しました。ここでの茅とはススキ、ヨシなどイネ科の多年草を指します。


この活動は、草原の研究をされている筑波大学山岳科学センターの田中健太准教授のご指導のもと実施に至りました。菅平高原では、スキー場として利用している草原の一部で採集しています。
折しもユネスコは2020年12月、日本が無形文化遺産に提案していた「茅葺」「茅採取」を含む『伝統建築工匠の技 木造建造物を受け継ぐための伝統技術』の登録を決定しました。草原の維持、無形文化の継承に貢献しながら、茅購入を請け負ってくださる業者様のお力添えまで得ることのできる有難い取り組みです。
一般社団法人日本茅葺き文化協会参照(http://www.kayabun.or.jp/)
今月の気になる樹:オオシラビソ
独特の芳香を放つ亜高山帯の樹木の代表です。ある標高に達すると甘くさわやかな香りが漂い、私にとって「ここまで登って来た!」と実感する香りです。
味覚で表現するなら、ジントニック。森で好きな香りの最上位に位置します。


通称「ヤニ袋」といって樹皮に膨らみがあり、ここに触れるとブヨブヨしていて、爪を立てると松脂が滲み出てきます。その香りがまさに「高山の芳香」です。
秋田ではかつて「モロビ」と呼ばれ、<登った人は、必ずこれをみやげに折って下り、一年中、朝夕、きよめ火に用いた。モロビの香りは穢れを払い、魔除けの効力がある>と信じられてきました。旅立ちの際にはモロビを燻して全身を浄め、安全祈願をしたそうです。


シラビソと混生することが多く、長期にわたり安定した極相林をつくります。樹皮は紫色を帯びた独特な色合いで、針葉は密生しているため下から枝を透かしても空が見えないほどです。多雪地帯に強く、雪の重さで枝が下方にしなっても折れることがありません。


根子岳の山頂も、一定の面積がオオシラビソ林を形成しています。マイナス20℃を越える極寒の環境で、樹木はどのように寒さに耐えているのでしょうか。
水は一般的には0℃で凍結しますが、秋から糖分を細胞に貯め込んでいる樹液は、簡単には凍結しません。さすがに細胞内が凍ってしまうと死んでしまいますが、厳冬期を迎えると、まず細胞の外側の水が凍結するのです。高校生物の授業を思い出してみてください。動物細胞と植物細胞の大きな違いは? そう<細胞壁>の存在です。細胞壁内での凍結を、細胞外凍結といいます。

細胞内での凍結を防止する仕組みを、植物は備えているのです。細胞外凍結が起きると、細胞から水が外へと滲出し、その水が凍るとさらに水が滲出します。マイナス10℃にもなると、細胞内の水の90%程度が細胞の外に出てしまいます。細胞内は濃度が上がり、凍らなくなるというわけです。この仕組みで、マイナス50℃にもなる地域でも樹木が生きていけるのですね。動けないからこその驚くべき戦略です。
[オオシラビソ]
マツ科モミ属/常緑高木
別名 アオモリトドマツ
日本固有種/本州青森県八甲田山から中部地方、西限は白山の亜高山帯に分布
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