厳しい冬に向かうこの季節、森は神秘的な美しさをまといます。葉を落とし、樹形をくっきりと浮かび上がらせた森の姿には寂しさも漂いますが、見通しのよくなった視界の先には新たな発見があります。たとえば、モノクロの世界に彩りを添える「地衣類」たち。今月は、静けさが広がる冬の森をご紹介しましょう。
目次
季節の森 〜見通しのよい森での発見〜
これからの森歩きには、スノーシューが欠かせません。いわゆる「西洋かんじき」を装着することで、降り積もる雪の森の奥深くへと分け入ることが可能となります。広葉樹はすっかり落葉しているので視界も遮られず、緑があふれていた季節とは別の一面が発見できるのが冬の森の楽しさです。
樹種を特定するのに「葉」は重要な要素ですが、葉を落としているこの時期は、樹皮の色や模様、樹形、冬芽など、樹々がもつ特徴から識別することができます。特に冬芽は、それぞれに特徴的に形成されていることが多く、葉痕(※1)と相まって動物に見えたり、ふわふわ帽子をかぶっている小人に見えたりとユニークです。思わず笑みが漏れてしまう、冬の森歩きではイチ押しの観察対象です。
地衣類(※2)もこの季節の森で目を引く観察対象です。ふだんは地味な印象ですが、冬にはその美しさが際立つように感じます。空気が澄んだ場所に繁殖するため、菅平高原では多種の地衣類を観察することができます。彩りの少なくなった冬の森ではよく目立つようになり、容易に見つけることができます。
信州では珍味とされる「イワタケ」ですが、これはキノコではなく地衣類です。つい最近、イワタケを採集して調理する機会に恵まれ、菌類と藻類が合体している様子をじっくり観察することで、その仕組みが理解できました。乾燥していると白く見える部分を水に浸すと、表面に藻が生えているように緑色に変化します。食す際は、この藻の部分をきれいさっぱり水で洗い落とします。この作業がなかなか手間でした。すっかり洗い上げると黒い菌類だけの物体になるので、それを天ぷらにしたり、酢の物にしたりして味わいます。自然味あふれる「イワタケ」に森で遭遇する機会があったら、ぜひチャレンジしてみてください。
※1 葉痕:葉っぱが枝から落ちた痕跡
※2 地衣類:菌類の仲間で必ず藻類と共生しているという特徴をもっている
(国立科学博物館資料から引用)
森がもっと面白くなる ~生態系サービス~
森の働きのことを、ある時期までは「森林の公益的機能」と呼んでいました。
現在では「生態系サービス」と表現されることが多くなっています。「生態系サービス」とは、人間の生活を維持していくために生態系が果たしているさまざまな機能のうち、人間がその恩恵を受けているものを指していて、国連は「生態系サービス」を「供給サービス」「調整サービス」「文化的サービス」「基盤サービス」の4つに分類しています。
森の恵みとしての生態系サービスを詳しくみると、こんな風になっています。
◯供給サービス=木材や紙の原料、繊維、果実や木の実、山菜、医薬品原料。
◯調整サービス=水量の調整(緑のダム)、水の浄化、土砂崩れ防止。
◯文化的サービス=癒やし、キャンプ、登山、ハイキング、信仰。
◯基盤サービス=水の循環や物質・エネルギーの循環など、他のサービスの継続的な供給を支える基本部分。
「生態系サービス」は、お金を払って得られるものではありません。ですから、その機能が消失してしまったとき、人間にとっては計り知れない打撃となるでしょう。あって当たり前と恩恵を受けているものに、いま一度、意識を向けてみるべきと感じます。
地球環境の悪化、温暖化による影響は深刻さを増し、危機感が高まってきています。身近には近年の大型台風による大雨や、局地的なゲリラ豪雨、豪雪が記憶に新しいところです。その一方で、降雪がごくわずかな季節に限られてしまい、雪解け水としての水源枯渇も散見されます。人と森との関わりという視点からも、地球環境について考えてみませんか。次回からは生態系サービスの4つの分類について詳しくご紹介します。
自然学校つれづれ ~やまぼうしの日常~
冬の森を楽しむ一番のアクティビティは、前出のスノーシュー・ハイキングです。雪上を滑り降りるスキーとは異なり、雪原をゆっくりと歩くので、子どもから大人までどなたでも楽しむことができます。やまぼうし自然学校では、各種スノーツアーを企画しています。<雪の森いつでもガイド><根子岳スノーシュー><満月スノーシュー>などなど、冬の森を満喫するためのラインナップはHPに掲載しています。ぜひご覧ください。
今月の気になる樹:ノイバラ
やまぼうし自然学校の事務所エントランスには飾り棚があり、蔓リースや木の実などをディスプレイしています。ある朝、その台の上に動物の「落とし物」がありました。よくよく観察してみると、ノイバラの種子が「落とし物」に混入しています。森に目をやると、ノイバラの実がたわわに赤く彩りを添えていて、動物たちには冬の間の大切な餌であることに改めて気づかされました。そんなできごとから、今月はノイバラを取り上げます。
落とし主を絞り込むべくフィールドサイン図鑑を調べた結果、小動物ではないことが分かりました。さらに調査を進め、どうやら野鳥であることまでを突き止めましたが、解明はそこで行き詰まっています。菅平に棲息している野鳥の中で、アカゲラ、アオゲラ、モズ、ヒヨドリ、ジョウビタキが候補としてあげられます。落とし物=糞のサイズからアカゲラとアオゲラは除外。落とし主が再び姿を現す瞬間を心待ちにしています。
ノイバラは、5〜6月に白または桃色を呈した白い花を咲かせ、その豊かな香りで開花に気がつきます。漂う香りに誘われ、ハナムグリ類やハチ類が受粉のために訪れる虫媒花です。
ノイバラは、園芸品種のバラの台木としても使われています。子どもの頃、庭のバラがいつの間にかノイバラに変わっていて驚いた記憶があります。接がれたバラが枯れて、台木で繁殖力旺盛なノイバラにとって代わられてしまったのでしょう。
花が終わると、たくさんの赤い実をつけます。ノイバラの実は生薬の営実(エイジツ)として利尿・瀉下(しゃげ)作用があるため、脚気、腎臓病、浮腫などに効く民間薬に使われます。
ハーブティーでおなじみのローズヒップは「ハマナス」や「イヌバラ」の種子のことで、ノイバラの実とは異なります。
[ノイバラ]
バラ科バラ属/落葉低木
別名 ノバラ
北海道・本州・四国・九州の丘陵帯から山地帯に多く分布
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