スイスのレマン湖畔で見つけた、100年前の近代建築の傑作と“心地よい庭”のヒント
Gartenbildagentur Friedrich Strauss / Maulini, Pier
美しい景色と豊かな自然が広がる、スイス・レマン湖の湖畔に佇む世界遺産「レマン湖畔の小さな家」。巨匠ル・コルビュジエが両親のために設計した住宅で。わずか64㎡の限られたスペースと庭には、100年経った今も色あせない空間活用の知恵と、ローメンテナンスで美しいガーデニングのヒントが詰まっています。ドイツ出身のガーデナー、エルフリーデ・フジ-ツェルナーさんが、この夏スイスを旅した際に訪れたこの住宅の見どころから、スイスの街並みで見つけた涼やかな「水」の演出、心地よいパブリックスペースのアイデアまでをご紹介します。
目次
風光明媚なレマン湖周辺

今回の記事では前回に引き続き、この夏に旅したスイスで見つけた見どころやアイデアをご紹介したいと思います。
今回の舞台となるのはスイスとフランスにまたがるレマン湖周辺。まるで宝石のように美しい湖です。湖の周囲の道はどこまでも続いているようで、左右には世界遺産にも登録されているブドウ畑や優美で重厚な古い家々の景色が連なり、山々に美しく映えています。また、この湖の周囲はフランス語を基本に、スイスドイツ語、ドイツ語、英語、イタリア語など、さまざまな言語が飛び交う場所でもあります。


レマン湖のほとりに佇む世界遺産「レマン湖畔の小さな家」

さて、この湖のほとりには、世界的に有名な建築家ル・コルビュジエにより、約100年前に設計された建物があります。それが「レマン湖畔の小さな家(Villa Le Lac)」と呼ばれる住宅。彼が両親のためにデザインしたもので、1923年にコルソー村に建設されました。約300㎡のウォールドガーデンの中に佇むこの家は、奥行き約16m、幅約4mと細長い形状で、レマン湖に直接面する場所にあります。
この住宅の敷地に足を踏み入れると、まるで“秘密の庭”に入り込んだような気分になります。白く長い壁と、かなりこぢんまりとした小さな白いアイアンの門が、中の様子をほとんど隠しているからです。
「レマン湖畔の小さな家」を見学

私が訪れた際は、「ル・コルビュジエ財団」のメンバーでフランス語を話す若者たちが管理しているようでした。週末に訪ねてみたところ、門に鍵がかかっていたため閉館中かと思い、門の前でどうしようかと困っていると、若い男性がやって来て鍵を開け、中に招き入れると、背後で再び扉に鍵をかけました。ユネスコ世界遺産の中に閉じ込められるなんて、なんだか奇妙な感覚でした!
後にやってきた人も同じ手順を踏んでいるようでしたので、もしかすると、訪問者のために特別な雰囲気を演出しているのかもしれません。実際、私たちを迎えてくれた上品でありながらいかめしい態度は、とてもクールでした。
小さなエントランスのそばには、アジサイが数株植わり、ガーデンの塀にはバラが咲いていました。すべてがシンプルかつローメンテナンスにまとめられ、この建物にしっくり似合っていました。

入場料を支払ったら、手荷物を預けて番号札を受け取ります。見学客はわずか数人というスペシャルな雰囲気のなか、若いガイドの方々が丁寧に解説をしてくれました。
近代建築の小さな傑作
この「レマン湖畔の小さな家」は、省スペースに最大限の快適さと空間の広がりを実現したミニマルハウスのプロトタイプです。わずか64㎡のこの建物には、後にコルビュジエが「近代建築の五原則」として提唱する要素のうち、「自由な平面」、「屋上庭園」、そして建築史上最初期の例の1つである「水平連続窓」という3つの要素が取り入れられています。「レマン湖畔の小さな家」の全長11mに及ぶ水平連続窓は、風景を切り取るという新たな概念と、景色との関係性に対する新しいアプローチを物語っています。
ガーデンや借景も見どころ

住宅の庭は、三方を壁に囲まれたウォールドガーデン。湖側の最も奥まった一角には、中央に窓のようなスペースがある壁が設けられており、その「額縁」が向こうに広がるレマン湖と山々の眺望を絵画のように切り取っています。景色を切り取る窓の手前には、150cm四方ほどの灰色の砂利敷きのスペースがあり、小さなテーブルと折りたたみ椅子が2脚置かれていました。とてもシンプルでありながら、じつに美しい光景でした。
庭のその他のエリアは主に芝生(立ち入り禁止)と木々で構成されており、タイム、バジル、レモンバーベナなどのハーブが植えられた小さな一角もありました。

この庭園のシンボルツリーはキリ(桐)。現在は3代目の木が育っています。5月頃、ハート形の大きな葉が完全に開く前に、ラッパ形の菫色の花が満開に咲く様子は、きっと息をのむほど見事なものでしょう。キリの花には優しい香りもあり、ミツバチにも人気です。今回、7月に訪れた時には大きなハート型の葉が茂り、小さな木陰を作っていました。


また、屋上庭園は中に入ることはできませんが、訪れた客にも特別な景色を見せてくれます。
片田舎の地に、1923年につくられた屋上庭園。時代をはるかに先取りした先進的な挑戦だったでしょう。1923年といえば、まだ馬車が広く使われ、多くの建物が石炭で暖を取っていた時代です。舗装された道もあまりなく、建築当初はこの先進的な建物の前にも未舗装の道路があったそうです。
道路が整備されて以後は車の往来が増して交通量が増えたため、コルビュジエ氏は家と庭を保護し、プライバシーを守るために、生け垣を現在の長い白い壁へと変貌させました。


時代を先取りした先進的な作品
このヴィラが一般公開されたのは1984年。2010にはミュージアムとなり、2016年に世界遺産に登録されました。2023年には、建築100周年も迎えています。
ル・コルビュジエが1923年という早い時代に設計したあの空間は、じつに素晴らしいものでした。限られたスペースを巧みに活用し、後にユネスコ世界遺産に登録されるほどの傑作へと昇華させたのですから。
ただし、たとえ、どれほど緻密に設計された家であっても、時には改修や手直しが必要になります。彼が植えたシンボルツリーのキリの植え替えが必要になったのも、その一例といえるでしょう。時は絶えず流れており、その変化に適応し続けることは、終わりのないプロセスなのです。

私たちが暮らす住まいについても、同じことが言えます。家屋、庭、そしてバルコニーなど、あらゆる場所で常に適切な手入れが求められます。毎年必要なことは変わりますし、天候も劇的に変化するからです。
大切なのは、庭や屋外のスペースを、快適かつ手入れのしやすい空間にすること。そうすれば、維持管理も単なる負担ではなく、日々の暮らしの喜びとなるはずです。
“水”のあるスイスの風景

夏の長い猛暑や乾燥、豪雨、台風、その他の極端な気象現象は、私たちにとって常に直面する課題です。その中で1つのポイントとなるのが、水。節水や暑い日の十分な水分補給などはとても重要であると同時に、水は涼やかさの演出としても非常に効果的です。

スイスには数多くの噴水があり、そのほとんどに「飲料水(飲用可)」であることを示す表示がありました。噴水は多くが植物や花で美しく飾られ、各地で人々の目を引く存在となっていました。旅行中に見かけた、噴水や公共・私設の水場の例をいくつかご紹介します。

エーグル城(Château d’Aigle)にある正方形の花崗岩でできた水盤。ヒマワリなどの花が添えられています。隣にあるのはワイン用プレス機です。

大きな木の丸太をくり抜いて作られた木製の水槽。

背の低いリンデンの近くには、彫像付きの楕円形の石の水盤が据えられていました。

スイス・エーグルの村の中心部にある、動物の彫刻が施された水盤。手前には木製のベンチが置かれています。
湖での水遊び

この周辺の人々は、仕事の前後や週末に湖を楽しむのが日常だそう。庭にボートの“駐車スペース”があり、そこから直接湖へ出られる家々もありました。
お気に入りの音楽を流すステレオ、椅子や食べ物を用意し、友人たちと湖畔で楽しむひととき。大きな木々や短く刈り込まれた芝生、草地は腰を下ろしてリラックスするのに最適で、柳の木が心地よい木陰と素敵な雰囲気を作り出しています。砂利や砂、あるいは岩場の小さなビーチもあります。
また、場所によっては専用アプリで解錠して利用できるレンタルステーションも設置されていて、ゲームや遊具を無料で借りることができます。

ビーチの周辺には、アイスクリームやコーヒーを販売する小さな売店、公衆トイレなども整備されています。ここでトイレのエピソードを1つ。こうした公衆トイレの中には「特殊な入室手順」が必要なものがあります。窓もエアコンもなく、まるで密閉されたステンレス製の箱に閉じ込められたような気分になり、「ここから出られるだろうか?」と不安になったことも。あやうく閉所恐怖症の発作を起こしそうになるほどです。
ビーチの近くでトイレを利用できるのはありがたいことですが、窓があり、小さな鍵を使って自分で施錠・解錠できるドアを備えた、小さな建物タイプのトイレのほうが嬉しいですね。
もちろん、こうした“密閉型トイレ”にも多くの利点があることは間違いありません。メンテナンスの手間が少なく、防犯上のリスクも低く、外部環境の影響も受けにくい……といった点です。こうしたトイレは、ボタンを押すだけで出入りできますが、もしボタンが反応せず、ドアが開かなくなったら大変です。このステンレスのボックスには窓がありませんから。個人的には、二度と入りたくないトイレです!

さて、別の湖、ブリエンツ湖の湖畔の遊歩道も素晴らしい場所でした。全く混雑しておらず、自由に使える青い折りたたみ椅子まで用意されていました。椅子はボックスに収納されていて自由に使え、使用後はまたボックスに戻すという仕組み。早朝から夕方まで利用でき、天候に応じてフレキシブルに運用されているようです。湖を気軽にもっと楽しめる、素晴らしいアイデアだと思います。

たとえ少額の利用料がかかったとしても、このアイデアは本当に魅力的ですし、実際、多くの観光客が利用していました。日本の湖畔やビーチでも、こうしたニーズに合わせた柔軟なサービスがもっと普及すると素敵ですね。
Credit
文 / Elfriede Fuji-Zellner - ガーデナー -

エルフリーデ・フジ・ツェルナー/南ドイツ、バイエルン出身。幼い頃から豊かな自然や動物に囲まれて育つ。プロのガーデナーを志してドイツで“Technician in Horticulture(園芸技術者)”の学位を取得。ベルギー、スイス、アメリカ、日本など、各国で経験を積む。日本原産の植物や日本庭園の魅力に惹かれて20年以上前に日本に移り住み、現在は神奈川県にて暮らしている。ガーデニングや植物、自然を通じたコミュニケーションが大好きで、子供向けにガーデニングワークショップやスクールガーデンサークルなどで活動中。
Photo/ Friedrich Strauss Gartenbildagentur/Stockfood
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