スウェーデンを代表する国民的な芸術家、カール・ラーションの家と庭「リラ・ヒュットネース」は、現在に続く北欧スタイル・インテリアデザインの元祖といわれる場所です。当時の面影を今に伝える「リラ・ヒュットネース」のカール・ラーション記念館を今年訪ねたフランス在住の庭園文化研究家、遠藤浩子さんが、1世紀以上を経たとは思えないタイムレスな魅力に満ちた「カール&カーリン・ラーション」の家と庭、そして周辺の美しい風景をレポートします。
目次
スウェーデンを代表する芸術家が残した家と庭
19世紀から20世紀にかけて活躍した画家カール・ラーション(1853-1919)は、スウェーデンを代表する国民的な芸術家。そして、彼が妻カーリンと7人の子どもたちと暮らした家と庭、リラ・ヒュットネース(Lilla Hyttnäs、岬の小さな精錬小屋の意)は、現代に続く北欧スタイルのインテリアデザインにも大きな影響を与えた、理想の美しい暮らしの場として知られます。
このリラ・ヒュットネースがあるのは、湖と森の風光明媚な自然に恵まれたスウェーデン中部、ダーラナ地方の小さな村スンドボーン。現在はカール・ラーション記念館となって公開されています(家の中は予約制のガイドツアーのみで見学可能)。
芸術家カップルの理想の暮らしの場
カールの妻カーリンも、もともとは画家であり、2人はフランス留学中に出会って恋に落ち、結婚。スウェーデンに戻ったのち、1888年からは、7人の子どもたちとともにカーリンの父から譲られたこの家に住まうことになります。そして、1837年に建てられたスウェーデンの伝統的な木造家屋に、コツコツとリノベーションを重ねた彼らの創造性溢れる室内装飾は、現在に続く北欧スタイル・インテリアデザインの元祖となりました。
子育てのために絵筆を置いたカーリンでしたが、伝統的な手仕事に、アール・ヌーヴォーなどの当時最新のデザイン傾向を合わせて、家族との暮らしのための家具やテキスタイルのデザインに、その才能を開花させます。
室内は、当時さながらの可愛いカーリン・デザインのドレスの女の子が案内してくれるガイドツアーで見学できるものの、写真撮影は不可なのが残念。しかしじつは、カールが家族の暮らしの様子を描き、大人気となった画集『わたしの家』から、現在も残されている家の様子をそのまま知ることができます。
『わたしの家』
美しく静謐な自然に囲まれた家は芸術家の制作活動にふさわしい場所で、多くの近隣の風景が次々とカールの作品の中に描かれました。しかし、長雨が続き戸外制作ができなかったある夏、家の中を描いたら? というカーリンの発案から生まれたのが、画集『わたしの家(Ett hem/ Our Home)』でした。
明るい色合いで繊細に描かれた暮らしの風景は、朗らかな歌声が聞こえてきそうなほどに、あたたかな彼らの暮らしの様子を生き生きと伝えます。インテリアや服装のディテールまでが仔細な描写で描かれ、今でも家のインテリアに取り込みたいような可愛いアイデアが詰まった本です。また、スウェーデンの家庭の季節行事などの様子もうかがえ、興味深々です。
「家」と「庭」がつくる家庭
画集の中には、家族全員が庭のシラカバの木の下の大きなテーブルで朝食を摂っているシーンがあります。「家庭」という語が「家」と「庭」で構成されるのには、さまざまな意味で説得力を感じているのですが、特に夏は庭で過ごす時間も長かった彼らの暮らしにとって、庭は不可欠な、大切な存在でした。
画集に描かれたラーション家のガーデナーは、妻であり母であった芸術家カーリンです。
当時の最新流行だったイギリスのコテージガーデン風をよりシンプルにアレンジした庭は、湖と森に囲まれた周囲の風景と、ファールン・レッドが基調の木造家屋を程よくシームレスに繋ぎ、子どもたちが芝の上で遊び回ったり、家族で食事をしたりお茶を飲んだりするのに、とても居心地のよい、緑の暮らしの空間だったことでしょう。
現在は記念館を運営する財団のスタッフの方々が、当時の面影をなるべくとどめるような形で庭の管理をしているそうです。
湖畔の庭のチャームポイントは、眺めとガーデン・ファニチャー
庭の最大のチャームポイントは、なんといってもダイレクトに面した湖畔の眺め。白い桟橋から眺める対岸の風景と、キラキラ輝き変化する水面の様子は、穏やかな心休まる美しさ。
また、彼ららしさが表れるのは、庭のそこかしこでフォーカルポイントにもなっているオリジナルのガーデン・ファニチャー。水辺の大きな柳の木の側には、ファールンレッドの椅子とテーブル、湖を眺める半円形の白いベンチのコーナーなど、彼らがデザインした素朴なあたたかさと機能性を併せ持った木製のガーデン・ファニチャーは、タイムレスな北欧スタイルのお手本です。
北欧の春は遅く、訪問した5月中旬のタイミングでは、ボーダー植栽の植物たちは、やっと芽を出したばかりといったところ。花咲き乱れる姿を見ることはできませんでしたが、柳の木の爽やかな新緑が軽やかに揺れ、リンゴやリラなど果樹や花木の花が咲き、もう、それだけでとても魅力的でした。
地元食材レストランのランチタイム
庭は自由に散策でき、いつまでもいることができます。これでお茶でもできれば最高! なのですが、残念ながらカフェなどは併設されておらず……と思いきや、すぐ隣にテラスのある地元の食材を使った自然派レストランを発見。
ランチタイムには、食べ放題のビュッフェ形式で、野菜豊富なさまざまな郷土料理からデザートまでがサーヴされます。テラスでいただいたお料理は、ホッとする素朴な美味しさ。シナモンロールとコーヒーでフィーカ(おやつタイム)も楽しめます。
カーリンのデザイン作品の展示
また、スンドボーン村内のラーション家の近隣に増設されたギャラリーでは、カーリンのデザイン作品の展覧会が開催中で、さまざまなファニチャーやテキスタイルのリプロダクトが展示されており、彼らの美しい暮らしの世界観にたっぷり浸ることができました。
自然の中の、北欧の美しい暮らしの世界
豊かな自然と庭に囲まれたラーション家の丁寧な美しい暮らしの様子は、隅々まで美意識を感じる、しかし気取らず素朴な、どこか懐かしく温かな記憶を呼び覚ますよう。今でも、1世紀以上を経たとは思えないような、タイムレスな魅力に満ちています。
Information
カール・ラーション記念館(Carl Larsson-gården)公式HP
https://www.carllarsson.se/
Credit
写真&文 / 遠藤浩子 - フランス在住/庭園文化研究家 -
えんどう・ひろこ/東京出身。慶應義塾大学卒業後、エコール・デュ・ルーヴルで美術史を学ぶ。長年の美術展プロデュース業の後、庭園の世界に魅せられてヴェルサイユ国立高等造園学校及びパリ第一大学歴史文化財庭園修士コースを修了。美と歴史、そして自然豊かなビオ大国フランスから、ガーデン案内&ガーデニング事情をお届けします。田舎で計画中のナチュラリスティック・ガーデン便りもそのうちに。
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