【フランスのバラの楽園へ】アンドレ・エヴが遺した「香りのナチュラルガーデン」を訪ねて
フランスの著名なバラの育種家、アンドレ・エヴ(1931-2015年)がつくり育てたプライベートなバラの庭は、訪れる人々を繊細なバラの香りで包み込む至福の空間です。モダンローズ全盛期にいち早くオールドローズの魅力を再発見し、その人気復興に貢献した彼のエスプリは、宿根草や灌木類、小型の果樹などがバラと調和する洗練されたナチュラルガーデンとして、今も息づいています。フランスのロワレ地方に広がるこの美しいバラの楽園を巡ったフランス在住の庭園文化研究家、遠藤浩子さんが、その全貌と庭づくりの秘訣、そしてバラ育種の現場に迫ります。
目次
アンドレ・エヴのバラの庭へ

アンドレ・エヴ(André Eve 1931-2015年)はフランスの著名なバラの育種家です。数々の名花を作出し、またモダンローズの全盛だった1980年代から、現在に続くオールドローズの人気復興に貢献した人物としても知られます。彼が作り育てたプライベートなバラの庭、また現在も後継者たちが見事な育種を行うバラのナーセリー、アンドレ・エヴ社の育種場兼展示ローズガーデンなどの素晴らしいバラの庭は、フランスのロワレ地方にあります。

この地域は、バラの生産が盛んであると同時に、見所の多い植物園や庭園を擁する土地であることを生かし、近年には「ロワレのバラ街道」なる、フランスのバラと庭園を訪ねる観光ルートが立ち上げられているほどです。
バラの最盛期である6月初めに、このバラの庭を訪れる幸運に恵まれました。

アンドレ・エヴは、ベルサイユ園芸学校で造園を学んだのち、造園家として活躍するうちにバラ園芸に魅せられて育種家となります。彼が作出した最初のバラは、1969年発表の‘シルヴィ・ヴァンタン’でした。70年代から80年代には、どちらかというと派手めなモダンローズが流行の傾向にありましたが、そうした中でオールドローズの魅力をいち早く再発見したのも彼でした。
バラと宿根草のナチュラル・ローズガーデン

アンドレ・エヴのナーセリーは、育種家ジェローム・ラトゥーらに引き継がれ、現在もフランスきってのバラのナーセリーであり、メゾン・ディオールのためのバラ‘ジャルダン・ド・グランヴィル’などの名作を次々に作出し続けています。

2016年に社屋を移転したシリュール=オ=ボワの地では、創設者のエスプリを大切に作庭された「アンドレ・エヴの庭(Le jardin André Eve ® )」で、100近いオリジナル品種のバラとともに、オールドローズをはじめとするバラのコレクションが、宿根草や灌木類、小型の果樹など、バラの「コンパニオン」と呼ばれる草花とともに植え込まれ、洗練されたナチュラル感溢れるバラの風景を作り出しています。
バラを活かす庭デザインの秘訣

さまざまな姿形で咲き誇るバラたちで賑やかな庭に入って気がつくのは、まずその香りです。バラの季節の雨上がりの庭、一歩足を踏み入れた途端に、繊細なバラの香りに包まれ、さらに園路を散策しながら一つひとつのバラの香りを呼吸すれば、もうそれは至福の心持ちに。ようやく我に返って、バラ栽培に重要な日当たりを確保するため、敢えて大木は避けた空間がのびのびと広がっているのを気持ちよく眺めます。

美しいばかりでなく、無農薬の自然な栽培に向く耐病性・耐久性の高いバラを目指したアンドレ・エヴの庭は、デザインにも洗練された素朴さ、ナチュラル志向が表れています。構成はフォーマルな左右対称ではない自然風。よくイギリス風のコテージガーデンに見られるような、きれいに刈り込まれた芝生のライン、または白樺などの木材で区切られたバラと宿根草の植栽の間には、緑地になった曲線の園路が設けられ、ゆったりと散策しながら間近で植栽された植物を観察できます。

また、丸太のパーゴラやアーチ、壁面に盛大に這い上るつるバラの姿がそれは見事です。
それぞれのバラの個性を魅せつつ、ヒューケラやホスタ、デルフィニウムやシャクヤクなど、バラと共存しやすいコンパニオン・プランツを組み合わせて、全体として自然な風景が創り出されているのが大きな魅力の1つ。庭づくりの参考になる見所が随所にありました。

庭を案内してくださったアンドレ・エヴ社のドニーズ・フランソワさんによると、バラを庭に植え風景を創るときのポイントの1つは、3本以上同じ品種をまとめて植えること。ボリュームを出すことによって、そのバラの存在感が遺憾なく発揮される、その目安が3本以上なのだそう。

1本ずつぽつんぽつんと植えるのでは、この存在感が出にくいのです。また、多少空間がありすぎるように見えても、成長は早いので、それぞれに必要な間隔はあらかじめ空けておくこと、アーチなどに這わせる際の注意点など、具体的にバラを庭に取り込むために役立つアドバイスが満載です。
「結婚の部屋」バラ育種の現場

さらに興味深かったのが、実際に新品種開発のための交配を行っている場所の見学です。そこは、将来の新品種の父と母となるべく選出されたバラのポットが並ぶ、フランス語で「結婚の部屋」と呼ばれるビニールハウスです。
不純物が混じらないように、あらかじめ父となるバラの開花前に雄しべを取っておき、母となるバラの雌しべの開花の準備ができたところで人工交配が行われます。秋まで待って、成熟した実から種子を採取し、12月まで冷蔵ののち播種して隣の「育児所」ビニールハウスで栽培していくという、とてもベーシックな方法で育種が行われています。


面白いのはその子どもたち。ひとつとして同じ姿形がない、じつに変化に富んだバラが生まれるのです。育種家は、それぞれのバラの姿形や香り、花数や返り咲き性の高さなどを日々つぶさに観察し、新品種候補のバラが選ばれます。

現代の新品種作出時の最重要項目としては、姿形や香り、返り咲き性もさることながら、強い耐病性や乾燥への耐性などが欠かせません。農薬などを使わない自然栽培に向き、天候不順にも適応できる耐久性を併せ持ったバラが求められるのは、現在の庭園の在り方の流れを反映しているといえるでしょう。

3万粒ほどの種子を播き、9年ほどをかけた栽培ののちに、実際に新品種としてデビューするのは、年間に3~5点とごく僅か。自然の驚異と育種家のバラへの情熱と深い造詣に裏打ちされた日々の努力、生み出される新品種のバラそれぞれの姿が、ますます魅力的に見えてきます。

ガーデニングをしていても、バラは敷居が高い、難しいと感じている方は結構いらっしゃるのではないかと思います。じつは私もその一人なのですが、やっぱり挑戦してみたいと思わせられて、カタログを眺めてはあれこれ想像の翼を広げる日々です。

Information
アンドレ・エブのローズガーデン
the André Eve® garden
住所:301, route de Courcy, Gallerand, 45170 Chilleurs-aux-Bois
開園日時:水~日, 2pm – 6pm
https://www.roses-andre-eve.com/en/content/9-discover-the-andre-eveR-garden
Credit
文&写真(クレジット記載以外) / 遠藤浩子 - フランス在住/庭園文化研究家 -

えんどう・ひろこ/東京出身。慶應義塾大学卒業後、エコール・デュ・ルーヴルで美術史を学ぶ。長年の美術展プロデュース業の後、庭園の世界に魅せられてヴェルサイユ国立高等造園学校及びパリ第一大学歴史文化財庭園修士コースを修了。美と歴史、そして自然豊かなビオ大国フランスから、ガーデン案内&ガーデニング事情をお届けします。田舎で計画中のナチュラリスティック・ガーデン便りもそのうちに。
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