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ムッシュ・ディオールの庭、エレガンスのゆりかご【フランス庭便り】

ムッシュ・ディオールの庭、エレガンスのゆりかご【フランス庭便り】

花をイメージした優雅なシルエットのドレスが一世を風靡し、モード史の新たなページを開いたことで知られるクリスチャン・ディオール。幼い頃から花々に親しんだ彼は、老舗ナーセリーのカタログの植物名を暗記するほど園芸好きな少年だったといいます。ディオールが幼年時代を過ごし、パリに移った後も休暇には訪れていたという庭園のある邸宅は、今「ディオール美術館」と「グランヴィル市の公園」として公開されています。フランス在住の庭園文化研究家、遠藤浩子さんがクリスチャン・ディオールゆかりの地をご案内します。

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クリスチャン・ディオールの邸宅と庭園を紐解く

ディオールの家
バラ色とグレーを基調としたアールデコ調の邸宅の正面。中央にはガラス張りのジャルダン・ディベール(冬の庭)が見えます。建物正面の植栽には、スタンダート仕立てやブッシュのバラがたくさん植えられています。

フランスのモード界の巨匠クリスチャン・ディオール(1905-1957)。ニュー・ルックと呼ばれた花開く花弁と茎をイメージしたエレガントなシルエットのドレスは一世を風靡し、モード史の新たなページを開いたことで知られます。そのディオールがクチュリエとなったのは、じつは40歳を過ぎてから。彼の創造の着想源となったのは、幼少時代を母と過ごしたノルマンディー地方、グランヴィルの英仏海峡を見下ろす豊かな庭に囲まれた、瀟洒なアールデコ様式の邸宅での暮らしでした。ディオールが生誕から6歳までを過ごし、その後パリに居を移した後も20代後半まで度々休暇を過ごしに訪れたこの邸宅は、現在はディオール美術館として公開され、また庭園はグランヴィル市の公園となっています。

ノルマンディー地方、グランヴィルでの母との想い出

グランヴィル

ディオールのエレガンスのゆりかごとなった邸宅と庭は、上流階級の避暑地として賑わった海沿いの港町グランヴィルにあります。地元の肥料工場経営で財を成した事業家であった父が、19世紀末に建設されたランブ邸と呼ばれる邸宅と土地を購入したのは、ディオールが生まれる前。館と庭園は数年をかけて母マドレーヌの趣味が隅々まで行き届いた姿に改修されました。

ディオール美術館

常に優雅に装い、花と庭を愛した母マドレーヌは、幼いディオールにとっての憧れであり、クチュリエ・ディオールにとっては永遠の美のミューズだったといえるでしょう。彼の幸せな幼少時代の記憶の象徴となった邸宅のバラ色とグレーの組み合わせは、じつにシックでエレガントで、クチュリエ・ディオールが好んで使ったカラー・コーディネイトにもなりました。また、スズランやバラなど、庭を飾ったお気に入りの花々は、彼のデザインの至る所に使われています。

ディオール美術館
入り口から邸宅へ続く園路。大きく育った常緑樹や竹林の間をくぐって邸宅のほうへ。モノクロのポートレイトはこの場所で暮らした少年の頃のクリスチャン・ディオール。

海を望む、松林のある庭園

ディオール美術館

約1ヘクタールほどの邸宅敷地の正門から曲線を描く園路を進むと、木々の奥にバラ色とグレーの建物がゆっくりと姿を現します。邸宅の背景には優美な松の木立が控え、また他方には海岸線を見晴らす絶景が待っているという立地に、まずうっとり。

ディオール美術館の庭
ディオール少年に圧倒的な印象を与えていた庭の松林は、今も健在。夏には芝地の上に気持ちのよい木陰を作っています。

大きく伸びた松の木々は、少年ディオールにとって忘れられない存在感のある風景だったようです(現在、春~夏には松林の芝地の横に、気持ちのよいテラスが設けられて、食事やドリンクを楽しむことができます)。

邸宅の前庭にあるバラの植栽は、生誕100年を記念して新たに加わったものなのだそう。

ディオール美術館
松林の隣、邸宅の裏手には軽食やドリンクを楽しむことができるテラスが。日差しの強い暑い日でも、日陰に入れば十分に心地よく休憩できます。

美しいジャルダン・ディベール(「冬の庭」または温室)

ディオール美術館
邸宅の内部から庭園を見晴らす明るいジャルダン・ディベールは、母マドレーヌが付け加えさせた空間。植物も人間も心地よく過ごせそう。

そして邸宅の正面のアクセントになっているのは、美しいガラス張りのジャルダン・ディベール(「冬の庭」または温室)。サンルームといってもいいかと思いますが、冬の寒さに弱い柑橘類や観葉植物などを収容するとともに、お茶を飲んだりして寛ぐサロンとしても機能する、インドア・グリーン・スペースです。19世紀の城館や邸宅では、こうした「冬の庭」を作ることが大流行しました。

母マドレーヌと青年ディオールのパーゴラ

ディオール美術館
若き日のディオールが母のためにデザインしたバラのパーゴラと池のコーナー。2005年にディオールの生誕100周年を記念して当時の姿が再現されたもの。

母マドレーヌの影響で幼い頃から花々に親しんだディオールは、老舗セーサリーのカタログの植物名を暗記するほどに読み込む園芸好きな少年だったのだそうです。そして建築家になることを夢見る青年となったディオールは、温室を取り払った庭の一角に、母のためにパーゴラと池のコーナーを設計します。

ディオール美術館の庭

端正な直線で構成された白塗りのパーゴラにはバラが伝い、木陰が心地よいアウトドア・リビングスペースを作ります。同じく白塗りのベンチも彼のデザインで、アールデコ風の、当時最先端のスタイル。母マドレーヌの優雅なアール・ド・ヴィーヴル(暮らしの芸術の生きる暮らしから受け継いだ、クラシカルでエレガント、温かな気品に満ちたディオールの感性が、庭のしつらいにもそのまま反映されているようです。

ディオール美術館
白塗りのパーゴラの下には、同じく白くペイントされたディオールデザインの椅子が並ぶ。

野の花とバラの花々と

ディオール美術館

池を眺めるパーゴラのコーナーからの小径は、隣のローズガーデンにつながります。その小径の脇のボーダーに揺れるのは、爽やかな野の花のような植物たち。ムッシュ・ディオールは、バラなどの華やかな花と同様に、グランヴィル周辺の野原で出会う草花の自然な風情を愛しました。

ディオール美術館の庭
ディオールはイギリスのコテージガーデンのような、多年草を用いた田園の雰囲気を思わせるナチュラルな植栽を好んだ。

庭にも、そうした優しげな草花が、彼が好んだ気取りすぎないナチュラルな心落ち着く雰囲気を加えています。英仏海峡の向こうはイギリスの地であることも手伝ってか、どことなくイギリスのコテージガーデンのボーダー植栽のような雰囲気も。

ディオール美術館の庭
英仏海峡を望む母マドレーヌのローズガーデン。

そしてパーゴラのコーナに続く、母マドレーヌのローズガーデンだった場所は、2018年に約100本の新たな品種が加わり、さらに拡張されたローズガーデンとなりました。花姿の美しさと香り、そして強靭さを基準に選ばれたさまざまな品種のバラ。今はまだ小さいのですが、これからどんどん育って、さらに充実した姿になることが期待される空間です。

ディオール美術館の庭
ローズガーデンでは、盛夏の時期ながらも花の姿を多少見ることができました。

ジャルダン・ド・グランヴィル

ハイブリッドティーローズ’ジャルダン・ド・グランヴィル’
最盛期は過ぎていたものの、暑さに負けず咲いていたハイブリッドティーローズ‘ジャルダン・ド・グランヴィル’。

最後に、マドレーヌのバラ園にも、そして邸宅正面のバラのパルテールにも植えられている、現在のメゾン・ディオールと切り離せないバラがあります。その名も「ジャルダン・ド・グランヴィル(Jardin de Granvill グランヴィルの庭)」。グランヴィルの沿岸に自生する野バラからアンドレ・イヴ社のためにジェローム・ラトーによって作出されたこのバラは、2010年のパリ、バガテル国際ニューローズ・コンクールでも1等賞を受賞した名花です。

’ジャルダン・ド・グランヴィル’
‘ジャルダン・ド・グランヴィル’

花弁は、ほぼ白に近い淡いピンク色の柔らかなテクスチャー、フェミニンな優美さ、官能性を呼び起こすような素晴らしい香り、さらに無農薬栽培が可能な強靭さを併せ持つバランスのよいバラ。

また、このバラは庭園を飾るばかりでなく、ディオール・ブランドのパルファンやコスメティックの原料として、グランヴィルにほど近いバラ農園でも無農薬栽培されているのだそうです。

ディオール美術館

さて、デザイナーやアーティストの自邸の庭には、彼らの個性豊かな暮らしの様子や、また創造活動に直結するようなさまざまな要素が垣間見られるのが非常に興味深いところです。庭と花々の美を愛したムッシュ・ディオールの庭では、パーゴラの下でしばし静かに佇むだけで、ディールのオートクチュールを纏う優雅な貴婦人になったような気分になります。

クリスチャン・ディオールに捧げられたバラと、コレクションの一部をご紹介した記事はこちら。

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