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パリのアーバン・ガーデンショー「ジャルダン・ジャルダン2024」
知られざる歴史遺産邸宅、ヴィラ・ウィンザー 19世紀に建築されたヴィラ・ウィンザーは、第二次対戦後にド・ゴール大統領の拠点となった後に、ウィンザー侯爵夫妻が暮らした英国王室の邸宅として有名です。海外人気ドラマシリーズ「ザ・クラウン」で見かけたことがある方もいらっしゃるかもしれません。邸宅と庭園ともにこれまで一度も一般公開されてこなかった場所ですが、来年からの一般公開に向けて、現在、修復整備が進められているところ。 それに先駆けてのガーデンショー・イベントというのも興味深いところ。ですが、最終日にようやく多少の晴れ間があったものの、設営期間から連日雨が続き、傘をさしつつガーデンショーエリアを見て歩くのがやっとという異例の事態でした。改めて青空の下で庭園と邸宅を散策できる日を楽しみに取っておくことにしています。 変わらぬテーマはアーバン・ガーデン 大都市パリという立地と特徴を生かした変わらぬテーマは、日々の暮らしを豊かに、街の緑化に貢献するサスティナブルでスタイリッシュなアーバン・ガーデンです。大手造園会社や著名庭園デザイナーの見応えたっぷりの緑の空間とともに、グランプリの審査対象となるショーガーデンのカテゴリーは3つ。小さな12㎡のミニ・アーバンガーデン、さらに小さい6㎡のアーバン・ポタジェ(菜園)、4㎡のアーバン・バルコニーがあり、決して広くはないことが多いパリのアパルトマンのバルコニーやテラス、中庭のガーデニングのアイデア探しにも楽しいショーです。 小さなポタジェと花咲くアーバン・バルコニー賞を受賞「カレモン」 「カレモン」のタイトルは、フランス語で正方形を表す「カレ」から。キューブ型の木製コンテナーをさまざまに組み合わせたポタジェのデザイン。カテゴリー別の受賞ガーデンには、トロフィー代わりのおしゃれなステンレス鋼のシャベルが贈られます。 景観デザイン・グランプリ受賞「感覚の庭・癒やしの庭」 設計:マティルド・ティルマン 「庭と健康」協会が出展したセラピー・ガーデン「感覚の庭・癒やしの庭」。木材などの自然素材を用いたナチュラルテイストの構造物と、感覚を呼び起こすような色彩や香りをもつ植物が、さまざまに異なる雰囲気のコーナーを作る豊かな植栽が魅力。ガーデンの設置工事は設計者とともに協会会員のボランティアが行ったのだそうで、ほのぼのとした雰囲気も魅力。 「読書のための庭、植物の図書館」 設計:ガリー設計事務所 カルチャーという言葉が栽培と文化の2つを表すように、植物を栽培するガーデニングと、同様に精神を耕す読書のための、人に知恵を与え心を解放する小さな緑の空間がコンセプト。ロックな雰囲気が楽しい。 人気のシャネル・ガーデン、今年はアイリスの庭 ショーガーデンの中でも定番で人気を集めているのがシャネルによる花の庭。メゾンのパルファンの原料となっている植物の一つにフォーカスしてデザインされます。その洗練されたスタイリッシュな佇まいの空間はいつも注目の的。 今年のテーマのアイリスは、スミレを思わせるような、またそれだけではない重層的な香りが特徴で、シャネル5番や19番といった伝説的なパルファンや、近年大ヒットしているコメットなど多くのシャネルのパルファンに使われています。香り成分が含まれるのは花でも葉でもなく、地中の根茎部分。その栽培の歴史は古代エジプトに遡りますが、フランスでは18世紀にイタリア、トスカーナ地方から伝わったアイリス(IRIS PALLIDA)が、香水を構成する香料の中でも最も貴重なものの一つとなりました。 香料成分を得るためには、栽培に3年、香料抽出作業前の乾燥に3年の合わせて6年という長い年月がかかり、また3kgの香料を得るために1トンの乾燥させ粉状にした根茎が必要だといいます。非常に多くの時間と人手がかかるため、フランスでは1970年代には栽培農家が消滅し、イタリアでも2000年代には同様の状況になってしまいました。モロッコやトルコなどでは別の品種のアイリスの栽培と香料製造が続いていますが、シャネルでは、かつての香料のクオリティを担保するために、南仏の香水の街グラース近くの専属契約農家で自家栽培を行うようになったのだそうです。 シャネルの庭はガイドスタッフとともにグループで見学します。スタッフの女子たちの長靴姿もシックかつ可愛い。 アウトドア・プロダクトの新アイデアも 会場ではガーデン周りのアウトドア・ファニチャーやガーデニング・グッズやウェア、樹木や草花ハーブ苗などの出展者たちのスタンドを見て回るのも楽しみの一つ。お買い物にも楽しいし、特にアウトドア・ファニチャー類は、これから製品化されるプロトタイプの展示も多く、新たなアイデアに触れられるのもショーのよいところです。 上写真は、カラーステンレス製のオブジェ。何かと思えば、なんと新しいお墓のモデルとのこと。箱型のオブジェの中の空間に小枝や木の葉を重ねれば、コンポストボックスも兼ねるという。動植物の形でカットワークになった部分を、故人の想い出になるよう自宅に飾ることもできるのだそうです。 移動が楽な車輪付きのベンチなどもおしゃれなカタチ。 永遠の憧れのバスケットのピクニック・セットのブース。 パリ近郊でオーガニック栽培されている旬の花、シャクヤクの販売ブース。長蛇の列ができていました。 初夏のガーデンショーでは、芳しい香りのなか、満開のバラの花々を直接見て選べるのも嬉しい。 全体を見回すと、環境への配慮を前提にした都会の小さな庭やテラスをスタイリッシュに楽しむためのアイデアやグッズがさらにフォーカスされてきた様子のガーデンショー、ジャルダン・ジャルダン2024。個性的なショーガーデンを囲むガーデン業界の専門家たちの集いの場であるのと同時に、さまざまなセミナーやワークショップも開催されました。 自然な様相の池を中心にブランコなどが設られたワイルド感のあるデザインも人気でした。 パリの人々にとっても、バルコニーで育てるハーブ苗や新鮮な切り花を買うことができる、グリーンな週末のアミューズメントの場。蜜源植物を植えるとか、少ない水やりの工夫など、都会のグリーンで自然のためにできることを知り、ガーデニングへの関心を高める機会にもなっていました。 ホワイトとグリーンを基調に、アーチを使って立体感を出した緑の空間は、流行を超えた上品さが魅力。 過去のJARDINS JARDINの記事もチェック!
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【パリ近郊の庭を訪ねて】ナチュラルに楽しむ小さな花束の庭
森の佇まいと選りすぐりの花々 お宅のリビング側から庭を見下ろす。春の球根花からダリアへと季節毎に植え替える植栽のエリア。 フジの花が満開でスイセンやチューリップの盛りが過ぎた晩春の週末。パリ近郊で素敵な庭づくりをされている英理子さんのお宅にお邪魔しました。 折り紙&ペーパーフラワー作家としても活躍する英理子さんが、フランス人のご主人と2人のお子さんと暮らす家は、パリから電車で30分ほどの長閑な住宅地にあります。これまでも、季節を変えて何度も伺っている大好きな庭です。 ヘビイチゴやステラリア・パルストリスが混じるグラウンドカバーは、野原そのままのナチュラルな雰囲気を庭に運びます。 この地に引っ越ししてきて、ご自身での庭づくりを始め15年ほどが経つという英理子さんの庭では、森の一角を思わせるナチュラルな佇まいのを背景に、季節ごとに庭を彩る彼女のこだわりの花々が、絶妙なハーモニーを織りなしているのが魅力です。 今回訪れた際にも、ちょうどイングリッシュ・ローズの名花‘ガードルード・ジーキル’の季節の最初の花が咲いていました! 初めて伺ったのはちょうどバラの季節。フランスの個人庭には珍しく、イングリッシュ・ローズの数々が見事に咲いているのが印象的でした。 ジャルダン・ブクティエ(花束の庭) 春の花の植栽、選び抜かれたチューリップはそれぞれがビジュー(宝石)のよう。 さて今回は、曇りからにわか雨を経て時々晴れ、気温は一桁台という花冷えの4月下旬の日曜日。球根花は終わりかけで、バラの盛りは3週間後位か、でもスズランはもう花盛りですよ、というタイミングでしたが、たくさん植え込まれたさまざまな種類のスイセンやチューリップは、好き好きに開き切った姿にも味わいを感じます。 スズランの群生の前に佇む後ろ姿は庭ネコのたまちゃん。 「そう、庭で見る分にはまだいいのだけれども、ブーケにするには咲き始めがいいの」という英理子さん。大好きだというスイセンは、いろいろな園芸種を毎年400球ほどは植え込むそうです。今年は雨が多かったせいか、庭づくりをし続けてきて初めて激しいナメクジ被害があったそうで、花の部分をつぼみのうちに食べられてしまったスイセンが多数出てしまったと、残念そうでした。ちなみにナメクジは捕獲処分。薬剤などは使わないナチュラルガーデニングが基本です。 チューリップは、庭の風景を保ちつつ、少々切り花にしてブーケにも使えるように、同じ種類を20、30球と植え込んでおくとのこと。そう、この庭の植物選びの原則の一つに、切り花として使える花々というのがあり、実際、花の季節にはいつもお庭の花でささっと素敵なブーケを作ってくださるのです。庭の自然をそのまま運ぶようなブーケは、もちろんパリのご友人の間でも評判です。 晴れ間の出てきた庭で恵理子さんにお茶をご馳走になりながらお話を伺いました。気持ちのよいひととき。 庭の奥でちょうど花盛りだった大きく育ったビバーナムは、やはり15年ほど経つそうですが、これもブーケにも使おうと思ってチョイスしたとのこと。切り花のための庭をカッティング・フラワー・ガーデンと呼んだりしますが、フランス語ではジャルダン・ブクティエ(花束の庭)やジャルダン・フローリスト(フローリストの庭)と呼びます。 森の佇まいを運ぶ野の花々 木々の足元を彩る黄色のドロニクムも森からやってきたワイルドフラワーです。 選りすぐりの栽培種のチューリップやスイセンが植え込まれた植栽はカラフルな宝石箱のよう。それを引き立てるのが、フワフワとそこかしこに生えているヒナギクだったり、儚げなワスレナグサの群生。森の一角にいるように、よく林縁に生えている黄色のドロニクムも木陰に揺れています。野の花と園芸種の共演はまさに庭空間ならではの技ではないでしょうか。 この時期、スズランも庭のあちこちで満開になってきていて、摘むのが追いつかないほどだとか。スズランは、元々庭に群生していた場所もあれば、義理のお母様からの一鉢のスズランが一面に広がった斜面もあり、いずれにしても土地に合うようです。フランスでは5月1日にスズランを贈る習慣がありますが、お庭のスズランは毎年少し早くから最盛期となります。 スズランの群生に混じって、可愛らしい八重のオダマキがつぼみをつけていたり、庭の中には、ほっこりする風景がたくさんあって飽きません。種播きで増やしたもの、あるいは種が飛んで自然に増えた植物など、それぞれの様子をよく観察しつつ、そのままそっとしておいたり、場所を移動させたりと、丁寧にお手入れされているのがよく分かります。 小さな庭のよいところ 毎年春には数々のスイセンとチューリップが彩るエリアは、季節が終わるとダリアに植え替え、夏から秋にかけては、選りすぐりのダリアが花盛りになります。ダリアの球根は季節の後に掘り上げて、また春の準備に。季節に沿って花が溢れる小さな庭は、じつは大変な手間に支えられています。 スペースが限られているので好きな植物がすべて植えられるわけではない、慎重に取捨選択しなければならないのだけれども、逆に自分にとってはそれがよいのだと思う、と言う英理子さん。植栽の選定は自分の「好き」が基準ではあるけれども、後は土地に合うのか、気候に合うのかということも大事です。特に、ここではまだ急激な変化にはなっていないけれども、夏の暑さや水不足などの気候変動に対応するには、環境に適応できるということがより大事になりそう、と庭友の間でも話題になっているそう。 庭のスズランを摘んでブーケに。素晴らしくよい香りです。 それぞれの植物の気に入った場所を見定めて定植したり、移動したりと、植物それぞれとの対話の中で作られてきた庭空間では、草花が皆ハッピーなのか、居るだけで気持ちが和んできて、いつまでも佇んでいたくなります。抜け感のあるお洒落はパリジェンヌが得意とするところですが、この庭の、リラックスする柔らかなワイルド感は、それに通じるところがあるような気がします。 庭の中心のガーデンテーブル。お茶の時間には自然と家族が集まって過ごす和やかな場所に。 森を思わせる野の花々と、こだわりの園芸植物たちが、恵理子さんの振るタクトを見ながらそれぞれに歌い、そのリズムが柔らかなイル=ド=フランスの光と空気に溶け込んでいくような素敵なナチュラル・ガーデンです。
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【パリの庭】パリ市の四大植物園「パルク・フローラル」に咲くダリア
パリ市の植物園「パルク・フローラル」 ご紹介する「パルク・フローラル(花公園)」は、パリ市の四大植物園(*)の一つで、文字どおりにさまざまな植物コレクションを保有しています。1969年に同地で行われた国際園芸博覧会を契機につくられたもので、広さは30ヘクタールほど。全体的には、森林公園のような松やオークの林を抜ける散歩道の所々に、ダリア園や芍薬園などがあり、華やかな花のコレクションを見ることができます。アイリスやシダ、アスチルべなどのオーナメンタルな植物に加え、パリ盆地の自生植物や薬用植物などのコーナー、錦鯉が泳ぐ広い園池など、変化に富んだ見所もあり、どの季節も、大人も子どもも楽しめるような工夫がされています。 *四大植物園=パリ市の植物園としては、ほかに同じヴァンセンヌの森にあるエコール・デュ・ブルイユの樹木園、バラ園で有名なバガテル公園、セール・ドートゥイユがあります。 秋の森に群生するシクラメン。 色彩溢れる華やかなダリアにうっとり ダリア園の入り口、緑の中のはっとする華やかさ。 さて、今日のお目当ては、なんといってもダリア園。ダリアは7、8月から10月下旬の初霜の降りる頃までと花期が長く、少し寂しくなってくる秋の庭に華やかな色彩を添えてくれる人気者です。近年は花屋さんでも、オシャレな色合い、花姿の異なるさまざまなダリアを見かけるなぁと思っていましたが、最盛期のダリア園は、入り口に立っただけで、その華やかさに圧倒されます。 カラフルな色合いに加え、草丈は20cmほどの矮小種から2mを超すものまで。また小さな花や大きな花、一重や八重咲き、ポンポン咲き、カクタス咲き……などなど。あらゆる種類のダリアが咲き乱れる様子は、これぞ眼福です。 国際ダリア・コンクール パリのパルク・フローラルでは、野生種・園芸種を合わせて400種を超えるダリアを栽培しており、毎年8月末〜9月初めには、国際ダリア・コンクールが行われています。これには、フランス国内から60ほどの生産家がエントリー、ドイツやオランダ、リトアニア、日本など外国の生産家も参加し、一般投票と専門家の審査を経て、新栽培種の受賞品種が選ばれます。 左/Dahlia 'Hellios' (写真内手前)右/Dahlia Gryson's Yellow Spider 一般審査の参加者は、3つの好きなダリアに投票することができます。専門家の審査では、花ばかりでなく茎や葉も合わせた全体の花姿や色彩、さらに耐病性などのテクニカルな部分も対象になります。大賞、ジャーナリスト特別賞、一般審査賞、子ども審査員賞などに選ばれたダリアの一部をご紹介すると、ニュアンスカラーのバラ色のDahlia 'Dutch Delight'、黄色〜オレンジからカフェオレ色に変化するDahlia 'Hellios'、菊のような繊細なカクタス咲きで爽やかなイエローのDahlia Gryson's Yellow Spiderなど。 左/Dahlia Comet 右/Dahlia Staburadze またDahlia Cometはパステルトーンのオレンジのポンポン咲き。より柔らかでエレガントなDahlia Staburadze、シックな深いレッドのDahlia 'King Arthur'など、受賞作品は、色も形もじつにさまざま。この多様性こそがダリアの尽きない魅力と、改めて実感します。 ダリアの魅力〜多様性 もともとはメキシコやコロンビアの暖かい高地に自生するダリアは、18世紀にヨーロッパに持ち込まれ、フランスに導入されたのはフランス革命が勃発した1789年。当初は根を食用にする野菜として扱われたものの、あまり美味しくはなかったようで、ジャガイモを超える人気の食用植物にはなりませんでした。しかし、花の華やかさや、初霜まで続く花期の長さが重宝されて、庭のオーナメンタルな植物として人気となりました。植物愛好家であったナポレオン皇妃ジョゼフィーヌもマルメゾンの庭園にダリアを取り入れ、ダリアは19世紀のフランスで人気を博しました。 再び人気上昇中のダリア かつては希少な品種が高額取り引きされるなど、歴史的にも花形だったダリアですが、一時期のフランスでは、田舎の祖父母のポタジェの花のような、ちょっと時代遅れのイメージになっていました。しかし近年は現代の感性に応える色や形のバリエーションに加え、茎の強度が増し、庭での植え込みやブーケの素材として使いやすく進化してきました。また、花がら摘みが不要なように、花後には再びつぼみのような姿になるローメンテナンスなダリアも現れるなど、生産家による品種改良の努力が続けられてきた結果もあってか、ここ数年来ダリアの人気は再び上昇しています。 野生種のコーナーの一角、ポンポン咲きのダリア。 パルク・フローラルのダリア・コレクションでは、年々増える多彩な園芸品種のダリアのかたわらに、全部で40種類前後存在する野生品種のダリアの1/3ほどが栽培されています。すでに草丈は低いものから人の背丈くらいのものまで、花形も一重も八重も多種の形態がありますが、比較的クラシックなそれらのダリアに比べて、栽培種ではさらに、複雑なカラーコンビネーションで、銅葉やダークな色合いの茎までコーディネートされて、まるでオートクチュールのデザインのような完成度の高さ。 ミルキーなオレンジやカフェ・オレ・カラー、シックなレッドなど、オシャレなカラーリングにも目移りが止まりません。ダリア園を一巡りしてみると、帰りにはすっかりダリアマニアになってしまいそうです。 庭デザインにもアレンジにも大活躍 花の姿だけでなく、葉や茎も含め、さらに群生した際の姿のよさ、管理のしやすさなど、改良を重ねた園芸種のダリアの多様性は、華のある風景づくりの強い味方です。家に飾るブーケにもできる、双方向に活躍するダリアは、自宅の庭の花としても魅力的。ちなみに、ダリアの切り花は長時間の輸送には向いていないのですが、逆に地消地産といったローカルな花のサーキュラーエコノミーにうってつけであることは、サステナブル志向になってきた花屋でダリア人気が再燃している理由の一つでもあります。 さて、パルク・フローラルのダリアは、季節が終わると掘り上げられて、来春の植え付けまで大切に保管されます。また来年にはどんな新しいダリアに出会えるのか、今から楽しみになっています。
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【フランスの庭】ル・プリウレ・ドルサン修道院の庭〜魅惑のモナステリー・ガーデン〜
中世の修道院の庭 ヨーロッパで景観への見晴らしがよい開かれた大規模な整形式庭園が発達するのは、ルネサンス期以降。中世の修道院に設けられた庭には、閉じられた空間の中に、修道士たちが自らを養う野菜や果樹のポタジェ(菜園)やベルジェ(果樹園)、また病人を癒やすためのハーブガーデン(薬草園)などがつくられていました。祈りとともに、自らの手を使って働くことは大切な修行の一環であり、庭仕事は修道士の日常の仕事の一部。自給自足という機能面と、修道院という場に相応しい、静けさと調和に満ちた美しく整った空間が、中世の修道院の庭だったといいます。 現代の感性で再現されたモナステリー・ガーデン 庭に続く、修道院の建物のエントランスのしつらいも、ウェルカム感いっぱいで期待が膨らみます。 残念ながら、現代までそのまま残る中世の修道院の庭はありません。今から30年ほど前の作庭にあたっては、装飾写本などに描かれた当時の庭の様子や文献調査から、かつての修道院の庭で行われていたように、植栽には伝統的な有用植物や象徴的な植物を選び、整形式のプランでポタジェ(菜園)、ベルジェ(果樹園)、クロワートル(回廊)がつくられ、現代のモナステリー・ガーデンが誕生しました。 ポタジェ(菜園)とサンプル(薬草園) 見学コースの始まりは、建物に一番近いポタジェから。正方形の木枠で縁取られたポタジェでは、昔からの伝統野菜が花々とともに植栽され、元気に育っています。きっちり端正に整備された構造物とのコントラストで、生き生きと茂る植物のオーガニックな動きの勢いがますます感じられます。また「プレシ Plessis」と呼ばれる小枝などを組んで作られた柵やトレリスが素敵な、魅惑のポタジェ風景が広がります。 こんなに可愛いポタジェには、なかなかお目にかかれません。ポタジェの奥は「サンプル」と呼ばれる薬用ハーブの植栽コーナーです。病人を癒やすのは中世の修道院の重要な責務であり、このハーブガーデンには、かつて王令で薬草として栽培を推奨されたハーブの数々、カモミールやメリッサ、セージ、ミント、イチョウヨモギ、アンジェリカやバーベナなども植栽されています。 プロムナード(散歩道)からベルジェ(果樹園)へ リンゴや洋ナシが規則正しく植えられたベルジェの様子。 何度でも見て回りたくなるポタジェを抜けて、芝地に並木が植栽されたプロムナードへ。緑だけのスッキリと整ったシンプルに美しいこの空間に入ると、不思議とスッと心落ち着く感じがしました。 続いて、芝地にリンゴや洋ナシといった果樹が植えられたベルジェも、穏やかな空気が流れる場所。果樹の周りを囲むように設けられたプレシ(小枝の柵)のベンチや王様の椅子を思わせるシーティングが、シンプルな空間にアクセントを添えています。 通路には、異なる空間の重なりの奥に、常にフォーカルポイントが作られていて、深い奥行きを感じさせます。 それぞれの庭のコーナーは生け垣やプレシでしっかり囲まれつつも、他の空間への見通しのポイントがそこかしこに設けられていて、こちらへ、彼方へと誘われるように、歩を進めることになります。 ラビリンス(メイズ 迷宮) さまざまな植物に彩られたラビリンス。 さらに進んでいくと、さまざまなエスパリエ仕立ての果樹や小枝の柵で構成された、ラビリンスに入り込みます。カゴ形の構造物の中に植えられたルバーブや、白を基調にした花々が揺れる仕切りの奥に、ベンチで囲まれた大きな果樹が見えるのですが、目に映るままに進んでも、意外と行きつけない、まさに迷宮になっています。 幾何学的なボリュームで構成された空間ですが、よく見ると足元の素材は木材を利用。長もちはしないかもしれませんが、温かな雰囲気です。 この迷宮は、キリスト教での“行き着くことが難しい「救済」への道”を示すものでもあるのだとか。迷路を構成する生け垣の片隅には、日陰になった休息スペースもあって、花や果樹を愛でつつ、迷うことを楽しみながら、ゴールに向かう構成です。 さまざまな小さな庭 ラビリンスの中心には、円形の洋ナシのパーゴラを被った丸いベンチが。 ラビリンスの中心には、その形を反映するように円形に刈り込まれた洋ナシと、風に揺れる花々の植栽が。イチゴやフランボワーズ、スグリなどの赤い実の小道や、残念ながらバラの季節は過ぎてしまっていたのですが、バラ園であるマリアの庭など、さまざまな小さな庭の空間が続きます。 いずれもが共通して、整形式のプランと構造に木材や小枝などの自然の素材が使われており、それでいてテーマによってそれぞれ全く異なる雰囲気を持った空間となっています。エリアが変わるたびに、ハッとするような発見の感覚があって、楽しさが尽きません。 クロワートル(回廊) クロワートルの庭の中心には、生命の象徴である水が流れています。 さまざまな小さな庭の連続の中、大きな空間を占めるのがクロワートルと呼ばれる、全体のほぼ中心に当たる庭です。修道院建築の中に必ず含まれる中庭を囲むクロワートルは、祈りと瞑想の場であり、天国を予示する象徴的な場でもあったそうです。ここでは石造りの修道院の建築の代わりに、クマシデの生け垣がクロワートルを形づくっています。その中心には静かに水が流れる噴水があり、四方は小さな葡萄畑になっています。 じつは、現在修復されている修道院の建物も、最盛期の1/10ほどだそうで、かつては石造りの建物として存在したクロワートルが、静かな散策の緑のプロムナードとなって庭に再現されているのは、デザインとしても面白いところ。 緑の生け垣の壁にくりぬかれた円形窓からの風景。どのディテールも魅力的。 作庭から30年ほどが経つという、ル・プリウレ・ドルサンの庭。現在は4人のガーデナーが維持管理を担っている3haほどの庭園は、非常によく手入れされており、本当に気持ちよく寛いで散策できます。中世の修道院の庭のさまざまな特徴を、現代の美意識でデザインに生かしたこの庭には、人の手仕事と植物たちの美しい調和が溢れていて、まさに天国のような心休まる空気が流れていました。 庭園にはショップとカフェも。昼時にはテラスか室内で、ホームメイドの塩味系のキッシュやタルトとフレッシュな庭のレタスのサラダ、ドリンクとデザートの軽いランチセットがいただけます。
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【フランスの庭】ヴェルサイユ庭園の最新スポット「調香師の庭」
花の宮殿、グラントリアノン グラントリアノン。Andy Sutherland/Shutterstock.com ヴェルサイユ宮殿には、グラントリアノン、プチトリアノンの2つの離宮と庭園があります。ルイ14世は「ヴェルサイユ宮殿を宮廷のために、マルリー宮殿を友人たちのために、グラントリアノンを自分のために作った」といわれます。王は堅苦しい宮廷儀礼を離れたプライベートな時間を過ごすために、1668年、陶器のトリアノンと呼ばれた美しい宮殿を建てさせました。しかし、外壁を覆うデルフト陶器の脆弱さゆえに陶器のトリアノンは20年と持たず、早々に大理石のトリアノンと呼ばれる、現在まで残るイタリア風の建物に建て替えられることになります。 プチトリアノン。Ivan Soto Cobos/Shutterstock.com さて、王が親密な時間を過ごしたトリアノンの庭は、どんな様子だったのでしょうか。 当時、トリアノンの庭園の花の植栽は、その時々の王の希望に合わせて素早く変えられるよう、また、すべての花を最高の状態で見せられるよう、植木鉢に植えて花々を組み替える方法で行われていました。別名「花の宮殿」とも呼ばれたトリアノンの庭園には、香りのよい花々が大量に咲き乱れ、その強い芳香に気絶する招待客も出るほどだったとか。 ヴェルサイユと香水文化 盛夏の「調香師の庭」は、香りにまつわる植物たちが旺盛に育つ、ナチュラルかつのどかな雰囲気。 衛生面ではまだ発展途上であったともいえる17世紀、ルイ14世の時代の宮廷では、不都合なにおいを隠す目的もあって、ムスクなどの動物性の強い芳香が好んで使われていたそうです。庭園や宮殿を飾る花々も、ヒヤシンスや月下香など、芳香の強いものが好まれました。そうした背景から、17世紀から18世紀にかけて、イタリアから伝わった香水が大流行したフランスの宮廷は、数々の名調香師を生んだ、香水産業の揺り籠となったのでした。また、当時は香水を使うことができるのは王侯貴族などに限られていたゆえに、香水の香りは、豊かさと高貴さの象徴でもあったのです。 香りの花々が育つ「調香師の庭」 ダマスクローズ越しの「調香師の庭」の風景。 そうしたヴェルサイユの宮廷と宮殿、香水文化の歴史からインスパイアされて生まれたのが、新たにつくられた「調香師の庭」です。かつて「Sillage de Reine」でマリー・アントワネットの香水を復元するなどヴェルサイユと縁の深い香水のメゾン、フランシス・クルジャンがスポンサーとなってつくられた、香水の歴史に捧げられた庭園です。 シャトーヌフのオランジュリー。かつてルイ15世が、ここでコーヒーやパイナップルを栽培させたのだそう。 植物学に興味を寄せていたルイ15世がかつて造らせた、シャトーヌフのオランジュリー。「調香師の庭」は、その建物近くにある9,000㎡ほどの敷地につくられました。トリアノンの庭師たちと協力し300種以上の香水の素材となる精油に使われるさまざまな植物が集められた庭は、雰囲気の異なる3つのゾーンで構成されています。通常は非公開の場所ですが、ガイド付きであれば見学することができます。では、3つのゾーンをそれぞれ見ていきましょう。 <好奇心の庭> ルイ15世がパイナップルやコーヒーを栽培させたというシャトーヌフのオランジュリーにまっすぐ向かう通路を中心軸に、左右対称の整形式に整備されています。数百種の芳香に関連する植物が植栽された「調香師の庭」は、いわば香りのポタジェ。実際、少し前までこの敷地にはヴェルサイユの宮殿内にレストランを持つアラン・デュカスのポタジェがあったのだそう。 多数のバラの中で、わずかに咲き残りの花が見られたダマスクローズ。香水の原料の主となる香りのバラです。 この庭には、当時の植物系の香水の素材として花形的存在だったアイリスやバラ、昔から使われ続けているさまざまな香りのハーブ類、香水製造にまつわる文脈で「ミュエット(無言)」の花と呼ばれる月下香やスミレなどが植えられています。 チョコレートコスモスは、深いチョコレート色がおしゃれなばかりでなく、香りもチョコレート! また、花そのものが素晴らしい芳香を持つものだけでなく、直接的には香水の材料となる香りが抽出できず、人工的に再構成するしかない種類の花、チョコレートやパイナップルといった珍しい香りの草花など、幅広く香りに関する花々が集められています。 葉からパイナップルの香りがするハーブ、パイナップルセージ。 セージをはじめ、香りのハーブの植栽エリアも充実。 庭園全体は、17世紀のトリアノンの庭の香りのエスプリをイメージしながら、一年を通して何らかの花が咲くようにといった配慮がされています。また、ボルドーとチョコレート色、イエローからオレンジへのグラデーションというように、色彩をポイントに構成された植栽からは、オーナメンタルな庭としての心配りが大事にされているのが分かります。 晩夏もまだ花盛りのラベンダーは、青紫色の植栽コーナーの主役。 私が訪れた8月中旬は、庭の季節としては花から結実へと向かう、暑さで疲れも出ていそうな時期でした。庭の花形であるバラは、さすがに少々の花が残る程度でしたが、そこかしこで勢いよく育った草花のダイナミックな姿がワイルドで、フランスの田舎の夏休みを思わせるような、ナチュラルで心休まる風景になっていました。 かなりワイルドな、でもなぜかほっとする風景。 オランジュリーの前と通路の両脇は、レモンやビターオレンジ(橙)などの柑橘類の植木鉢で飾られています。ビターオレンジも、実は精油のネロリやプチグランの原料となり、香水の材料として活躍する柑橘です。ちなみに、さまざまな動物系の強い芳香を嗅ぎすぎたためか、芳香アレルギーになってしまった晩年のルイ14世が、唯一受け付けることができたのは柑橘系の香りだったのだそうです。 オランジュリーからの中央通路に並ぶ柑橘類を中心にしたコンテナーと植木鉢の列。 <木々の下の庭> 緑がワサワサ茂るワイルドな果樹園。 <好奇心の庭>の隣の果樹園エリアとの間には細長い桜並木があり、春には庭園の一番の見どころになりますが、8月の果樹園で目を引くのは、モモやリンゴ、洋ナシがたわわに実る果樹のほうです。かなりワイルドな感じの果樹園を抜けると、奥にはさらに、壁に囲まれた小さな<秘密の庭>が待っています。 奥に進むと、さらに壁に囲まれた扉を発見。 小さな<秘密の庭> 敷石のステップが緩やかな曲線を描き、庭の奥へと気持ちを誘う<秘密の庭>。中に立ち入って植栽などを観察することはできなかったのですが、ひっそりと静かに瞑想するのによさそうな静かな空間は、現在のところ庭師の実験ガーデンとなっているのだそう。 <秘密の庭>を覗いたところ。 見学の最後には、ワークショップスペースでアイリスの根やバラの花、パチュリの葉や茎、バニラの実など、精油の抽出には植物のさまざまな部分が使われることを学び、香りを実際に体験することができます。精油となった芳香をそれぞれの言葉で表現し、また実際の植物の香りやイメージと、精油になった香りとのギャップを発見するのは、大人にとっても子どもにとっても面白い体験。視覚と嗅覚とイマジネーションをフル活用することで、庭と植物の楽しみ方がさらに広がります。 屋根付きのワークショップコーナーでは、ガラス瓶の蓋の裏に用意された調香の基本となる香りを体験。実際に香りを嗅いで言葉にする体験は、新鮮な発見になります。 ドライのバラの花やアイリスの根などに混じって、真ん中の瓶はドライになったパチュリの茎と葉っぱ。 香水の歴史を庭のインスピレーションとして新たな空間を作った「調香師の庭」は、ヴェルサイユ庭園ならではの興味深い試みです。
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フランス
パリのサステナブル・ガーデンショー「ジャルダン・ジャルダン2023」
パリのガーデニングの最新情報を知るイベント 日本と同様、6月はバラ、シャクヤク、アジサイと、次々に花が咲きあふれる季節。フランスでもガーデンイベントが集中する時期です。 2023年はコロナ明け2年ぶり開催だったパリのアーバン・ガーデンショー、ジャルダン・ジャルダン。18回目を迎える今年は例年のリズムを取り戻し、6月最初の週末(2023年6月1~4日)にチュイルリー公園の一角で開催されました。 テーマは「豊穣でレスポンシブルなリソース・ガーデン」 今年のテーマは「環境に負荷をかけない」「人にも他の生き物にも寛容な、資源としての庭」また、「人が原点回帰して元気を取り戻せるような庭」といったイメージで、エコロジーやサステナビリティを強く意識したガーデニングという今日的なメッセージがダイレクトに伝わってくるものでした。 庭のオーナメンタルなアクセントにもなる個性的なデザインのトレリス。 これまでも、都市緑化・アーバンガーデニングに的を絞った構成が、小規模なガーデニングショーならではのピリリと気の利いた存在感を放ってきましたが、今年はさらに自然環境・生物多様性保護に貢献する、現在と未来へ向けてのアーバン・ガーデンのあり方を模索する示唆に富んだ内容になってきました。 フレンチ・ガーデンの伝統を表現する幾何学的なトピアリーをアクセントにした端正な庭も健在。 大(50~200㎡)小(15㎡)合わせて三十数個のショーガーデンと、80ほどのガーデニング関連の出展者たちのプレゼンテーションに共通している、サステナビリティやエコロジーへの配慮は、もはやパリのアーバン・ガーデニングのマストになったといえるでしょう。 人と自然に優しいガーデンのかたち 「責任感があり、自然にも人にも優しい豊穣な庭」というキーワードをもとに展開された庭は、都市のヒートアイランド現象の蓄熱を抑える緑の働きや、土壌の大切さ、水の大切さを振り返るようなコンセプトのものが多く、積極的にリサイクルやリユースを利用したデザインや、温暖化に対応した水を大量に必要としない丈夫な植物にスポットを当てたドライガーデンなどが見られました。また、ワイルドフラワーと、オーナメンタルかつ食用にもなるハーブなどのエディブルな要素を分け隔てなくランダムに植栽に取り入れつつ、懐かしい田舎の庭を思わせるようなガーデンなど、全体的にはナチュラルな雰囲気ながら、さまざまなスタイルの庭が提案されています。 フェ・ドモワゼル(ドモワゼルの妖精)の庭(Demoiselle VRANKENがスポンサー)。 そのなかで、メインガーデンのデザイン大賞に輝いたのは、庭づくりの匠、フランク・セラによる作品でした。フランスの田舎の祖父母の家の庭をイメージした、レトロで新しいナチュラル・ガーデンです。エディブルな植物とワイルドフラワーが交じりあって彩る、丸太で構成された小道を通って庭に入り、中央の池の上を渡っていくと、涼しい日陰の小さな小屋や、ひっそりメディテーションしたくなるようなシーティングスペースが待っています。 ナチュラルな田舎の風景を思わせる、ワイルドフラワーが彩る丸太の小道を通って、池を渡り、小さな小屋へ。 ポタジェの野菜やハーブを収穫して皆で賑やかに食事したり、植物に囲まれてゆったりとくつろいで英気を養う…人の暮らしと自然が温かに共存するこの庭で、池の水は生命の象徴として取り入れられていました。 スモール・アーバンガーデン大賞が新設 涼やかなシェードの下に、食事が楽しめるテーブルコーナー、ゆったりくつろぐためのコクーンのようなシーティングと、アイデアが盛りだくさんの小さなガーデン。 また、新たに創設されて注目を集めたのが「スモール・アーバンガーデン大賞」です。15㎡という狭小な敷地は、一般的なパリのバルコニーやテラスなどにもすぐ応用できるリアリティのある面積。「小さな空間に大いなるアイデア」という選考基準をもとに、書類審査された9つのガーデンが、実際に会場に設置されました。木材などの自然素材、リサイクルやリユースの素材を上手に使って、狭い中にもそれぞれの個性が生きる素敵なスモール・ガーデンが並びます。 「スモール・アーバンガーデン大賞」に選ばれた「出現 Apparaître」。 大賞に選ばれたのは「出現 Apparaître」というタイトルがついたガーデン。リサイクルのガラス素材などがうまく組み合わされて、透明感と反射の加減で空間を広く軽やかに見せる工夫がなされています。 「スモール・アーバンガーデン大賞」に選ばれた「出現 Apparaître」。木材とガラス材を多用した空間の構成が面白い作品。植栽はシンプルに、ワイルドなグリーンで。 今年のシャネルはオレンジ・ガーデン さて、見逃してはならないのが、毎年楽しみにされているシャネルのガーデンです。ハイブランドの世界観を表現するガーデンは、いつも上品かつスタイリッシュ。今年はシャネルのパルファンの5つの基本の香りの中から、ビターオレンジ(橙、Citrus aurantium)をメイン・テーマにしたガーデンです。 ビターオレンジの若苗が、南仏のオレンジ畑の風景を彷彿とさせます。 イル=ド=フランスをはじめ、フランスのほとんどの地方では露地栽培が不可能なオレンジの木ですが、シャネルのパルファンのために、温暖な南仏の契約農家で、環境に配慮した無農薬栽培で大切に育てられた花が採取されているそうです。 ブース内ではビターオレンジから作られる香料ネロリとプチグランを嗅ぎ比べたり、香料や香水の製造過程について学べます。 かつては盛大だった南仏のビターオレンジの栽培も、化学的な香料の発展で現在は大幅に減少してしまっています。シャネルでは契約農家とともに、700本のビターオレンジを新たに植樹して無農薬栽培のオレンジ畑をつくっています。畑の造成は、南仏で昔から使われている石壁制作の技術を専門学校の生徒たちに伝授する機会にするなど、伝統技術の継承の場にもなっています。 子どもたちのためのワークショップの特設スペースもとってもおしゃれで、参加できる子どもが羨ましい。 ガーデニンググッズもカッコよくサステナブルに 大手ガーデンセンターによるガーデニング超初心者さん向け定植体験ブース。バジルやラベンダーなど、たくさんの植物の中から好きな苗を選んで植木鉢に定植。家に持ち帰れます。 ガーデニンググッズにも、やはりリサイクル、リユースといったサステナビリティを大切にしたデザインが見られ、会場のさまざまな製品のプロトタイプのトレンドになっていました。最新のリサイクル技術などを取り入れ、かつ自然な素材や伝統的な技術にも目を配った、エコロジカル・ガーデニングに欠かせないお洒落なプロダクトを発見するのも、会場での楽しみの一つ。 こちらは軽さがポイントのテキスタイル製のアウトドア用コンテナーシリーズのプロトタイプ。10年以上の耐久性があり、かつ何度かのリサイクルが可能な素材が使われています。 最近はすっかり一般化してきた素焼きのオヤ(Ollya)。水やり回数を抑えることができる優れもの。 パリのハチミツ業者のブース。時期により蜜源は変わるが、写真は世界的なハチミツコンクールで入賞したものだそうで、さすがに一際味が濃くて美味しい。 また、庭といえば、養蜂を趣味にする人も多いフランス。パリのハチミツ業者も出店。農薬などの使用がほとんどないパリのほうが、農業地帯よりもよいハチミツが採れる、のだそうです。時期によって蜜源が異なるので、味も軽いものから複雑で深いものまであり、中には世界ランキングでも評価の高い美味なパリ産ハチミツも。 憧れのクラシカルな温室 そして、ヨーロッパらしさが溢れているのが、おしゃれな温室です。大小さまざまなサイズ展開で、展示されている色に限らず、カスタムメイドもできます。庭に温室があれば、寒さに弱い植物の冬囲いや播種にも便利ですし、または、お茶を飲むスペースなど、部屋が一つ増えたようにも使えます。お値段は張りますが、いつかは欲しい、憧れの温室です。 無農薬有機栽培の野菜・ハーブ苗 無農薬栽培で育てられた伝統野菜や希少品種の野菜苗たち。 さて、サステナビリティへのこだわりは、苗販売にも行き届いていて、無農薬・有機栽培で育てられたじつに多彩な野菜の種子と、この季節すぐ植えられる苗も揃っています。話を聞くと特に伝統野菜に力を入れているそうで、例えば、フランスの家庭のポタジェ(菜園)で栽培するのに一番人気のトマトなどは、それだけでも何十種類もあります。 自家栽培の固有種、伝統種の野菜や花の種がよりどりみどり。 食文化が豊かなフランスでは、野菜や果物の品種にもこだわって栽培する人が多い様子。私も一般的なガーデンセンターではほぼ見つからないカクテル・キュウリの苗を発見、お買い上げできて大満足でした(翌日さっそくポタジェに定植、収穫できる夏になるのが楽しみです!)。 すべてはご紹介できなかったのですが、会場では、こだわりのガーデナーもガーデニング初心者も、誰もが満足できる展示・物販がどこかに用意されています。しかもフランスの6月は、野外にいるだけで気持ちのよい季節でもあり、大変満足度の高いイベントになっています。 セイヨウボダイジュの並木はカフェサロンに早変わりして、くつろぐ来訪者たち。 さらに、会場のチュイルリー公園は、花が咲き始めたセイヨウボダイジュの並木道が美しい、彫刻作品なども充実した有数の歴史的庭園。ちょうどバラの季節でもあり、会場を出てからも、美しい庭の世界の延長をうっとり楽しむことができるのも、いいところ。今後も注目していきたいイベントです。 チュイルリー公園、花が咲き始めたセイヨウボダイジュの並木や、バラが植栽されたクラシカルな美しい庭園空間が広がります。
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フランス
【フランスの庭】ル・ヴァストリヴァル、プリンセスの庭
プリンセスの庭の始まり 庭づくりの始点となった、コテージガーデンの雰囲気がある建物周辺と、針葉樹にクレマチスが這うフォレスト・ガーデンへの入り口(写真右)。 前回ご紹介したヴァロンジュヴィル=シュル=メールの近隣に位置するこの庭は、第2次世界大戦後の1950年代に家族と共にフランスに移り住んだモルダヴィア(現モルドバ民主共和国)のプリンセス、グレタ・ストュルザ(Greta Sturdza 1915-2009)によってつくられました。かつて作曲家のアルベール・ラッセルの住居だったという、荒れ放題になっていた小さな家と12ヘクタールの土地を気に入って購入した彼女は、ここを「四季を通じていつでも美しい庭にする」と決意します。 ガーデニング成功のカギ フォレストガーデンは、さまざまな樹木や草花の協奏曲のよう。よく見ると、植栽の足元はみな枯れ葉でマルチングされています。 家の周辺からマツやカシなどが生える林の方に向かって、ぼうぼうの草地を整備するために、プリンセス自ら生い茂ったシダを抜きとるところから始まった庭づくり。まったくの独学ながら、それまでに住んだモルダヴィアとノルウェーでの経験から体得していたことが、彼女の庭づくりの大きな指針となりました。それは、若木の定植を丁寧に行うことと、マルチングを欠かさないこと、この2つです。枯れ葉やコンポストなど、現場にある自然の材料で行うマルチングは、土壌を保護しながら豊かにし、乾燥を抑え、冬には防寒にもなる優れものです。 さりげなく庭の片隅に積み上げた枯れ葉などは、そのままコンポストになる。 美しき調和、庭風景の秘密 高木からグラウンドカバーまで、それぞれの層がしっかり確保され、重なるように景観が作られている。 そして、絵画のような圧倒的な美空間を構成する秘密は、プリンセス・ストュルザが自ら開発したという、高木からグラウンドカバーまでの植物層を明確に分けつつ重ねる構成と、透かし型の剪定です。 雨が多く湿度が比較的高い、また海沿いの強風が吹き付ける土地柄から、庭園での倒木の危険を避け、樹冠に風と光を通すための樹木の剪定は必要不可欠でした。 剪定で形作られたシャクナゲの大木の幹は、独特な美しい造形を見せている。 樹冠部分を十分に透かし、枝の重なりを段々状に整えるような剪定によって樹形が作られます。そのことで、庭の構成に美的なタッチが加わり、さらに生まれるグラウンドカバーから灌木類、中木、高木へときれいな層の重なりのグラデーションが、この庭ならでは。どこから見ても美しい光景を描き出しています。また、しっかり剪定された樹木がある層の下に密に植栽されたグラウンドカバーの植物は、マルチングと併せて、雑草の繁殖を防ぐという意味からも有用です。 和庭園で行われている透かし剪定ともまた違った、オリジナルな剪定により形作られた樹木が庭のデザインのポイントになっている。 四季の美をつかさどる植栽コレクション 森に自生する丈夫な花、ドロニクを群生させた一角は、春らしいナチュラルな華やかさ。 植栽の選定もこの庭らしい魅力が現れているポイントです。プリンセス・ストュルザの植物選びは、徹底した自らの審美眼と、自然に寄り添うものでした。庭好きの例に漏れず、彼女の植物へ向けられた情熱には並々ならぬものがありました。シャクナゲ、ツツジ、ビバーナム、アセビ、ミズキ、ウツギ、アジサイ、マグノリアなどは土地柄によく合い、彼女の美意識にもかなって、それぞれたくさんの品種が植えられ、庭園に彩りを加えています。 さまざまな針葉樹も庭のデザインポイントに。 例えば園内に700本以上が植えられている、大型のものでは10m以上にもなるシャクナゲは、開花時期の異なるさまざまな品種を選ぶことで、12月(Christmas cheer)から翌年9月(Polar Bear)まで次々に咲き継ぎます。花や葉の造形的な美しさとともに芳香も放ち、庭の四季を彩ります。 オレンジベースのツツジと銅葉のヤグルマソウ。 プリンセス・ストュルザは、気に入った品種はどんどん取り入れ、何年かかけて観察し、必要があれば場所を変え、結果、自分の望む庭のイメージに合わないものは容赦なく撤去するというスタイル(他の庭園愛好家に分けるなどして)で、庭の植物を選定していきました。この地の自然の気候の中でよい状態で生き残る丈夫さを必須条件とし、温室などの設置はしていません。 フォレストガーデンを抜けて、開かれた傾斜地へ続くエリア。さまざまな雰囲気の植栽の島々が芝地に連なっている。このエリアでは維持管理だけでなく、現在もプリンセスが育成した庭師たちにより新しい作庭が続けられている。 特定の植物を多品種網羅するという植物学的な意味でのコレクションではなく、野生種も希少な栽培種も含め、あくまで彼女の審美眼に沿って長年選ばれてきたことで、庭のための魅惑的な植物が膨大にコレクションされました。 こちらも、フォレストガーデンを抜けて、開かれた傾斜地へ続くエリア。 コレクションには希少な植物が多数含まれていますが、希少性よりも大切なのは、自らの庭のイメージと全体の調和です。オークやシラカバ、ヒイラギなどの自生の樹木は積極的に生かしながら、エキゾチックすぎる竹類やユーカリや木生シダなどは、ノルマンディーらしい風景にならないとして取り入れていません。逆に、冬の庭の見所となる針葉樹類の珍しい品種などは積極的に取り込んでいます。 オーナメンタルな樹木を積極的に利用。 また、「四季を通じて美しい庭」というコンセプトにとって“冬にも美しい庭”を実現することが特に重要な部分です。落葉樹の葉がすべて落ちた冬季に、開けた空間で何を見どころとするか。それは、常緑樹の姿や装飾的な風合いを持つ樹木の幹の色や形、質感などで、それらが冬の庭を魅力的にするということをフランスでいち早く広めたのも、プリンセス・ストュルザの功績の一つといえるでしょう。 プリンセスの贈り物 ノルマンディーの地での庭づくりに当たっては、95歳で亡くなる2009年まで、庭のコンセプト作り、植栽のプランニングばかりでなく、芝刈りや雑草取り、花がら摘み、樹木の剪定に至るまで、ガーデニング全般をプリンセス自らが率先して行っていました。 こちらはハンカチの木やシラカバがアクセントに使われ、グリーン〜ホワイトのグラデーションが爽やか。 また、庭園を公開し始めてからは、見学者の案内も自らが中心となって行ったプリンセス・ス トュルザ。彼女はお気に入りの植物について熱意を込めて見学者に語り、惜しみなく知識をシェアし、フランスの園芸愛好家たちや造園・園芸界に多大な影響を残すことになります。雇った庭師の数はそう多くなかったといいますが、そこは庭主自らが実際の庭仕事を知るガーデナーだったからこそ。実用的でローコスト・ローメンテナンスのナチュラル・ガーデニングを実現させるための知恵が、そこかしこに組み込まれている庭にもなったのです。 現在は遺族が所有する12ヘクタールのこの庭園は、プリンセス自らが庭仕事をレクチャーした4人の庭師たちによって維持管理が続けられています。ノルマンディーの地にやってきた北方のプリンセスの審美眼と植物への情熱、弛まぬ努力が生んだ、四季を通して美しい珠玉の庭園。機会があれば季節を変えて、何度でも訪れてみたいものです。 春先は美しい新緑に魅了されるこのエリア、秋には日本とはまた違った紅葉の風景が見られるはず。
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フランス
【フランスの庭】ノルマンディー珠玉の庭園「モルヴィルの庭」を訪ねて
ノルマンディー地方の名園「モルヴィルの庭」 クリビエ邸の近くに位置する「オレンジの庭」コーナーは、イエロー〜オレンジ色の植栽に美しく彩られたアンチームな空間。 ノルマンディー地方、英仏海峡を望む断崖絶壁のあるヴァロンジュヴィル=シュル=メールの村は、冬も比較的に温暖かつ降雨量が多いという庭づくりに恵まれた環境ゆえか、フランスでも選りすぐりの名園が集まる場所として知られています。 その中でも、いつか訪れてみたいと思い続けていた庭が、フランス造園界の貴公子と呼ばれたパスカル・クリビエ (Pascal Cribier)が40年以上をかけてつくり続けた自邸モルヴィルの森の庭です。 フランス造園界の貴公子パスカル・クリビエ アメリカ原産の球根花カマッシアは、この地にもよく合い、手がかからずに美しく、クリビエもお気に入りだったとか。背景には満開のビバーナム。 パスカル・クリビエ(1953- 2015)は、モデル、仏ナショナル・チームに所属するカートのレーサーなど、造園家としては異色の経歴の持ち主。アートと建築を学んだのち、パートナーのエリック・ショケが1972年にモルヴィルの森の土地を購入したことがきっかけで、独学で庭づくりを始めます。富裕層が主な顧客であったことから造園界の貴公子と評され、また、施主との意見が合わないとさっさとプロジェクトから手を引くこともあったため、自由分子と呼ばれることも。 庭づくりにあたっては、自然に対峙しその意を汲みつつ、細部にわたって自身の美意識を貫きました。ルイ・ベネシュとともに手がけたチュイルリー公園の大規模改修プロジェクトなど、数多くの優れた庭園デザインが国内外に残っています。 モルヴィルの森の庭 かつては放牧地と森だった、急傾斜で断崖絶壁の海へと下っていく10ヘクタールの土地は、クリビエにとって実験の庭となります。急斜面ゆえに、トラクターなどを乗り入れることができず、庭づくりはクリビエとショケ、そして2人を支えた地元出身の庭師ロベール・モレルの3人によって、すべて手作業で行われました。3人亡き後の現在は、クリビエの弟ドニ・クリビエが庭園を継承し管理に当たっています。 下枝は残しつつ大胆に透かし剪定された独特のフォルムの松。 海への眺め、空への眺め 下枝は残しつつ大胆に透かし剪定された独特のフォルムの松。 樹齢40年以上の見事な姿で来訪者を魅了するクリビエらが植えた松の木々は、日本庭園とはまた違った形で厳しく剪定された、独特のフォルムが印象的。剪定は真向かいの海からの強風による倒木を避けるために必須であったとともに、独自のフォルムを形作る手段ともなりました。また空への眺めを確保し、光を通すために積極的に木々の枝を透かす剪定手法が、独自の美的な景観を作り出しています。 クリビエ邸の居間の窓からの海に向かう見事な眺望も、もともとあったものではなく、彼らが切り開いて作り出した景観。一刻一刻変わる海と空の光の表情は、一日見続けても飽きません。 自宅窓から海へ向かう眺めは、天候によって、また時間によって、さまざまに表情を変える。 悪条件もチャームポイントに すり鉢状の渓谷に続く芝地。しっかり形作られたオークの木がアクセントになっている。 丸みをつけつつ刻まれた溝は、手作業で作られた排水のための手段だが、見た目も美しく面白い効果を出している。 夏には野の花が溢れる草原を越えると、オークの大樹がある、すり鉢状に傾斜した芝地に至ります。粘土質の土壌ゆえに水はけが非常に悪いという条件を改善するために、手作業で刻まれた溝が、そのままデザインのアクセントとなっているのも見事なセンスで感動します。 植物へのこだわりから生まれるデザイン モルヴィルの庭では、在来の植物も栽培種の植物も、それぞれの特性に合う場所を選んで共存しています。植物の特性と土地の条件を見極めて適材適所に配置することは、その植物がしっかり育つためにも、その後のローメンテナンスのためにも必須。実地で庭づくりを学んだクリビエの植物への造詣は深く、「庭づくりをより完璧なものにするために」と協力を依頼された植物学者も驚くほどだったといいます。植物をよく知ることが、庭のデザインにとっても非常に重要だということを体得していたのでしょう。 海に向かって芝地を下る途中にあるカツラの木。枯れ葉の香りからカラメルの木とも呼ばれるが、フランスでは珍しい。 例えば、日本では方々に自生するシャクナゲやツツジ、カメリアなどは、フランスでは希少で栽培の難度が高い花木です。しかし、多雨に加えて酸性が強い土壌を利用して積極的に庭に取り入れた結果、いまでは見事に育った姿が見所の一つになっています。 日本には自生するお馴染みのカメリア。フランスでは難度の高い希少な花木として大人気。 カメリアやツツジがラビリンスのような一角を作っていたり、また、森の中にポツポツと植えられたカメリアが既存の森の植物たちと自然に調和した風景も魅力的。一見、自然のままに残したように見える森エリアの散策路には、自らのお気に入りのグラス類をさりげなく補植してボリュームを調整するなど、細かに手が入っています。 シラカバの枝葉を透かして柔らかい光が降り注ぐヒイラギのラビリンスは、オリジナルかつポエティック。 また、ヒイラギの生け垣とシラカバの木々を合わせたラビリンスは、シンプルな組み合わせながら詩的で素敵な空間に。合わせて植栽されたマンサクが咲く早春の情景をイメージして作られた場所だそうで、その頃にはさらに素晴らしい景観が見られるのだろうと想像します。 シャクナゲやカメリアなど、日本でも馴染み深い花木たちが、ノルマンディーの地でも愛されている。 庭の管理をラクにおしゃれにするデザイン 庭の至る所で出合うスカート型剪定の生け垣。 また、敷地のスペースや、車も通る道路の区切りに使われている生け垣の裾広がりの形にも注目です。スカート型剪定と呼ばれる、クリビエが好んで生け垣に使った形ですが、優雅な雰囲気を醸しつつ、じつはこれで下方の枝にも光が当たりやすくなり、また生け垣の下に生える雑草抜きをしなくて済むという、優れモノなのだそう。用の美の精神が至る所に行き渡ったクリビエのデザインの一例です。 庭園入り口近くのコーナー。デザイン性に富んだ果樹と灌木・多年草を合わせた植栽。 それぞれの植物への深い理解と愛情をもって、地の利も不利も生かしきって、自然と人為が美しく協調したクリビエの現代の庭。変奏曲を奏でるように美しくさまざまな表情を見せるそのデザインの根底には、自然と対峙し、完璧な美の世界を完成するために、どこまでも自らの意志を貫き、コントロールしようとする、フランスのフォーマル・ガーデンの伝統が滔々と流れているように感じられたのが印象的です。
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フランス
【フランスの庭】パリのナチュラルガーデン「カルチエ現代美術財団の庭」
街中に季節を映す緑のショーケース 美術館の前に来ると、ショーケースのような高い透明なガラスの壁に囲まれた、自然の草地のような緑の風景が現れます。緑の空間の向こうには、ジャン・ヌーベル設計のガラス張りのシンプルモダンな美術館がそびえています。建築のボリュームはかなり大きいにもかかわらず、素材の透明感と緑の存在で、軽やかな心地よい空間になっているのはさすがです。 庭園には美術館の入場券がないと入れないのですが、ガラスの壁の外側からも、庭の様子が街に向かって展示されているかのようによく見えるので、近くを通行する人々も季節を映す緑を感じることができる設計になっています。 毎年この季節は、スノードロップ、スノーフレイク、水仙やクロッカスなどのスプリングエフェメラルが春の訪れを告げるように咲く姿が、じつにチャーミング。 早咲きの桜はいつも3月を待たずに満開になって、春先の庭に彩りを添えています。 街に自然を呼び込む庭「テアトラル・ボファニカム」 自然な草地といった雰囲気の庭園内。 庭の中に入ると、まるでごく自然な草地に来たよう。いわゆる雑草と呼ばれる、イラクサ(ネトル)など野生の植物たちにも居場所が提供されている、かといって放置された草地とは違う、庭らしく人の手が入った調和の取れたナチュラルな風景が広がります。 奥の小屋は映画監督アニエス・ヴァルダの作品「猫の小屋」(2016年)。 4,500㎡ほどのこの庭がつくられたのは、美術館の建物が建設されたのと同時期の1990年代前半。財団からのオーダーにより、ドイツ人アーティスト、ローター・バウムガルデンによって、アート作品として制作されたものです。中世の薬草書に由来する「テアトラル・ボファニカム Theatrum Bofanicum」という名がつけられたこの庭のコンセプトは、都市に自然を呼び戻すこと。それは植物のみならず、そこに集まる鳥や昆虫などを包括する生物多様性を回復しようとするプロジェクトでした。 18世紀には作家シャトーブリアンが住んだ大邸宅と古い庭園の跡地だった場所の由来を生かして、既存の大木などはできる限り残し、植栽にはイル=ド=フランスの気候に合った在来種を選んでつくられた庭には、鳥の声も心地よい、じつに自然な景観が育っています。 戻ってきた生物多様性 現在、この庭には200種ほどの植物が存在しますが、アーティストが気候に合った在来種を中心に選んで1994年に植栽した当初の181種のうち、いまも残るのは3割ほど。つまり当初のリストにはなかった多くの植物が、鳥や風に連れられ庭に招かれて、その一員となっています。 植栽の中には、フランスでも全国的に数が減少している在来種が多く含まれています。例えばジャイアント・ホグウィード(Heracleum mantegazzianum)は、樹液に触れると重篤な光線過敏を引き起こす危険な野草ですが、家畜に危険だという理由でフランスの田園風景からはほぼ消えてしまったその姿を残すために、植栽リストに入っているのだそう。 また、パリの街では巣作りができる場所が減ってしまい、生息する野鳥の種類も数も激減していますが、この庭は行き場をなくした野鳥たちの避難場所にもなっています。2012年と2016年に実施された自然史博物館の調査でも、保護を必要とするような希少な昆虫類、野鳥たちや、都会ではすっかり姿が見られなくなったコウモリの生息が確認されるなど、見かけがナチュラルというだけでなく、実際に生物多様性を迎え入れる場となった庭の姿が確認されています。 自然の庭を守る庭師 時とともに少しずつ植栽が変化し、庭を棲処とする生物たちが増えていくのをずっと見守ってきたのが、専属庭師のメタン・セヴァンさん。庭の始まりの時期からアーティストとともにその手入れをし、作庭意図を完璧に引き継いで管理を担ってきました。この庭の手入れは、除草剤や殺虫剤などの化学薬品は一切使わないナチュラルな方法で行われ、剪定した木や枯れ葉などを含む緑の廃棄物は園内でリサイクルすることによって外にゴミを出さない、灌水は夏場に長期にわたって雨が降らない時期の必要最低限に抑える、など環境に配慮したエコロジカルな管理が行われています。こうした環境への配慮は現在では当たり前になってきていますが、この庭が生まれた90年代前半には、まだまだ先駆的なアイデアでした。 運よく庭で作業をしているセヴァンさんを見かけたら、気さくに庭のいろいろなことを教えてくれます。例えば、手作業で行われる除草でも、すべて除去してしまうということではなく、それぞれがちょうどよく共存できるように、勢いの強すぎるものは数を減らし、あるいは場所を移すなどして、生物多様性に配慮しつつバランスを取っているのだそうです。 通常は雑草扱いだけれど、貧血予防などの薬効もあるネトルが白い花を咲かせていました。通常は葉っぱに触ると棘がチクチクしますが、花の時期は不思議と痛くありません。 温暖化時代への対応 手前右は、新たに加わったコルクガシ。倒木を避けるため切り倒さざるを得なかった古木も昆虫ハウスになって、新しい庭の景観を作ります。 作庭当初から30年近くが経ち、既存の老齢の大木も永遠の命というわけではないので、倒木の危険が出てくれば切り倒し、新たな植樹をせざるを得ません。また、パリ市内では気候温暖化の影響で、より暑さや乾燥に強い植栽が求められるようになってきています。庭の作者であるアーティストの意向を常に汲みつつも、セヴァンさんは環境の変化に対応した手入れの工夫を重ねています。新たに植樹する樹木には、地中海沿岸原産のコルクガシなど当初のリストにはなかった温暖化対応のチョイスが加わりました。長く庭を見守ってきたレバノン杉の大木は、倒木の危険から切り倒さざるを得ませんでしたが、昆虫ハウスという別の形で庭に生かされることになりました。 長年の間に少しずつ姿を変えながらも、心休まる空間とそこに宿るエスプリは変わらない自然の庭、そこには一人の人間が長く一つの庭を見守ってきたからこそ生まれる調和があるように思われます。 アートと庭の親和性 エントランスにはパトリック・ブランの垂直庭園、彼の初期の頃の作品です。 現代アート作品には、しばしば今の時代のその先を予感させるような先見的な眼差しが読み取れます。バウムガルデンの生物多様性の庭も、現在は当たり前になってきたエコロジカル、サステナブルな庭づくりを30年前から実現しているという点で先駆的だったといってよいでしょう。 階段状になった草地とカフェ広場。思い思いにくつろぐ人々。 アートから着想された、人も他の生物も心地よく居られる、心安らぐ調和に溢れた自然の風景が魅力の庭は、今日も庭に招かれた植物や動物たち、散策する大人も子どもも、みんな優しく迎え入れています。
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フランス
【フランスの庭】皇妃ジョゼフィーヌの夢の棲みか マルメゾン城の庭園
皇妃ジョゼフィーヌの夢の棲みか 城館正面。Kiev.Victor/Shutterstock.com ナポレオンとジョゼフィーヌがマルメゾンの土地と城館を購入したのは、2人の結婚から3年目の1799年。まだナポレオンが皇帝として戴冠する前です。ナポレオンの遠征中にジョゼフィーヌがこの地所に一目惚れして購入を決め、ナポレオンが後から承認したという流れだったそうで、最初からジョゼフィーヌのイニシアチブの強さを感じさせます。当時のフランスきってのファッションリーダーだった彼女は、帝政スタイルの室内装飾で自分の好みに合わせて城館と庭園を整えさせました。このマルメゾン城の書斎ではナポレオンにより数々の重要な国事決定がなされ、また多くの華やかなレセプションが行われました。 現在は博物館となっているマルメゾン城内。Kiev.Victor/Shutterstock.com マルメゾンのイギリス風景式庭園 絵画のようなイギリス風景式の庭園が広がる。 当時は塀に囲われた部分のみでも70ヘクタールあったという庭園の姿にも、時代の流れとジョゼフィーヌのこだわりが反映されているのは言うまでもありません(現在残る部分は6.5ヘクタール)。フランス18世紀後半のイギリス式庭園の大流行を受けて、マルメゾン城の主庭にはイギリス風の自然な風景を取り入れた庭園がつくられました。大きな木々の間を静かに流れる小川にはピトレスクな橋が架かり、古代風の彫刻などがフォーカルポイントとなって、絵画のように構成された自然風景の中を、緩やかに曲線を描く園路が続きます。鳥のさえずりを聞きながら緑の中を散策すれば、自然と心が落ち着いてくることに気づくでしょう。フランスの庭園といえば、ベルサイユの庭園のようなフォーマルガーデンがイメージされるかもしれませんが、18世紀以降はイギリス風の自然風景式庭園が数多くつくられています。 オールドローズガーデンの様子、円形のガーデンシェッドがポイントに。 ライムツリーの並木越しに、オールドローズガーデンを眺める。 英国風庭園の一角、人工の岩石や古代風彫刻などが絵画的なシーンを演出。 アプローチはフォーマルスタイル、カマイユーの植栽 Kiev.Victor/Shutterstock.com 一方、城館へのアプローチとなる前庭部分は、メイン・ガーデンとコントラストをなすフォーマルスタイルで構成されています。正面玄関に向かう通路脇は、毎シーズン変わる華やかなボーダー植栽で彩られます。このボーダーは、やはり当時の流行だったカマイユー植栽という、1色の濃淡を主調とする植栽デザインで構成されています。 赤を主調にしたカマイユーの植栽。 ジョゼフィーヌの植物への愛 大温室はもうないが、かつてジョゼフィーヌが収集したバナナの木やベゴニア、ユーカリ、フェイジョアなど、ゆかりのある植物が並ぶ。 マルメゾンでは、イギリス式庭園の絵画的な自然風景、カマイユーのボーダー植栽や、季節のよい時期に飾られるオレンジやレモンの木のコンテナなどから、現在でも当時の姿を十分に偲ぶことができます。しかし、マルメゾンの庭の最大の特徴は、なんといってもジョゼフィーヌが主導した多彩かつ希少な植物コレクションでした。 気候が温暖でさまざまな熱帯植物が繁茂する、植物にとっての楽園のような土地、マルティニーク諸島の貴族の出だったジョゼフィーヌにとって、植物や動物の存在は身近に欠かせないものだったのでしょう。大きな温室を作らせ、海外からもたらされた希少な亜熱帯植物などをどんどん収集しました。遠い南の植物たちの姿に、故郷を懐かしく思い描いていたのかもしれません。とはいえ、そこには常に科学技術の進歩への関心がありました。彼女は、世界中の植物学者や研究者との情報交換ネットワークを築いていたといいます。 ダリアのコレクションも豊富。 モダンローズの母、皇妃ジョゼフィーヌ さらに、ジョゼフィーヌの庭園を歴史の中で不朽のものとしたのは、何よりもまず世界各地から250種を集めたというバラのコレクションでした。英仏戦争の戦火の下、ジョゼフィーヌが取り寄せた英国からのバラ苗は、英仏海峡を越えてマルメゾンに届けられたといい、バラへの想いは戦闘下のいずれの国をも無事に行き来することができたようです。 マルメゾンの庭ではさまざまな品種のバラを栽培していたため、自然交配による新品種が生まれ、それは人工交配によって新品種を生むモダンローズ開発の発端となりました。ジョゼフィーヌが現代に続くモダンローズの母と呼ばれる所以です。また、彼女は生きたバラの花を愛でるばかりでなく、その姿をとどめるため、画家を雇ってコレクションの植物を描かせました。それが、ジョゼフィーヌの宮廷画家として歴史に名を残すことになったピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ(1759-1840)です。 花の画家ルドゥーテのバラ図譜 ロサ・ケンティフォリア Pierre-Joseph Redouté, Public domain, via Wikimedia Commons 写真などはない当時、植物の姿を残す方法は、植物標本とするか、細密な植物画を描くかでした。ルドゥーテの描いたマルメゾンのバラの数々は、そうした意図のもと『バラ図譜』として出版され、植物画の金字塔として大変な人気を博しました。というのも、彼が描いた数々のバラの姿の正確さや精彩さ、それに加わる優美さは、単なるテクニカルな植物画を超えた美術作品としての魅力を放ち、ルドゥーテの『バラ図譜』によって、植物画は芸術としての領域を切り拓くことになったのです。 ●「バラの画家」ルドゥーテ 激動の時代を生きた81年の生涯(1) 幻のオールドローズガーデン ルドゥーテの『バラ図譜』に描かれたオールドローズの姿から、私たちはジョゼフィーヌがマルメゾンの庭で愛でたバラの数々を知ることができます。では、マルメゾンのバラ園は、一体どんな姿だったのでしょうか? じつは、独立したバラ園としてのガーデンが構想されるようになったのは19世紀に入ってから(ライレローズのバラ園など)で、ジョゼフィーヌの当時のマルメゾンのバラは、バラ園としてまとまった形のデザインの中で栽培されていたわけではありませんでした。鉢植えで栽培され、寒い時期には温室で管理して、よい季節には庭園を飾ったバラもあれば、城館の室内を飾るため、あるいは衣裳の飾りや髪飾りとして使うために栽培されているバラもあるなど、さまざまだったようです。マルメゾンのバラは希少なコレクションとして存在するばかりでなく、生活の中にその美しい姿と香りが溢れていたことでしょう。 現在の庭園には、2014年にジョゼフィーヌ没後200年を記念して作庭されたオールドローズガーデンがあります。ここは、彼女のコレクションだったオールドローズの品種を集めた庭で、バラの季節にはジョゼフィーヌの愛でた数々のバラを堪能することができます。 オールドローズガーデンの様子。花期は短いが、バラの香りでいっぱいに。 ワイルドフラワーメドウ(花咲く草原) ワイルドフラワーのメドウガーデン。 最後に、城館内からもよく見えるワイルドフラワーメドウにご案内しましょう。自然といっても整った印象が強い英国式庭園の一角に広がる、ワイルドフラワーメドウの飾らない自然さは心和むとともに、とても印象的。現代のサステナブルな庭づくりを反映しているのかな、と思ったら、じつはジョゼフィーヌの時代に彼女の希望によりつくられていたものを再現しているのだそう。素朴なワイルドフラワーが咲く草原もまた、彼女が幼い頃に親しんだマルティニークの自然を思わせる風景だったのでしょう。 嫡子ができないことを理由に離婚した際、ナポレオンはジョゼフィーヌにマルメゾンを与え、美しい庭園の自然と花々に囲まれて、彼女は亡くなるまでをこの地で過ごします。曇り空の多いイル・ド・フランスにあって、遠い故郷へ想いを馳せることのできる植物が溢れるマルメゾンの庭園は、どれほどにか彼女の心を癒やしたことでしょう。
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フランス
【フランスのバラ園】王妃の賭けから生まれたパリのバガテル公園、知られざる魅力
バガテルの誕生 マリー・アントワネットとアルトワ伯爵の賭け 現在のバガテル公園に繋がる城と庭園がつくられる契機となったのは、18世紀、王妃マリー・アントワネットの気まぐれから始まった、ルイ16世の弟アルトワ伯との賭けでした。1775年、フォンテーヌブロー城からの帰り道で、王妃はバガテルの土地を購入したばかりだった当時20歳のアルトワ伯に、100日で城を建てることができたならば10万リーヴル払うとの賭けを提案します。この遊び心の挑戦に、では2カ月後には拙宅での雅宴にご招待しましょう、と受けて立ったアルトワ伯。なんと64日間で小さな城(シャトー)と建物周りの庭園を完成させ、見事この賭けに勝利しました。 バガテル城、別名「アルトワ伯のフォリー」をフランス式フォーマル・ガーデンから眺める。 こうして誕生したのが、当時は「アルトワ伯のフォリー」と呼ばれたバガテルのシャトー(城)です。アルトワ伯の依頼を受けた建築家ベランジェは1日でプランを描き上げ、工事には900人を動員、パリ中の工事現場から建築資材などを集め、掛け金の10倍以上の予算を費やして完成させたといわれます。 「フォリー」とは、18世紀当時、大抵は庭園内や緑に囲まれた田舎に造られた、住居目的ではなく、休憩や食事、遊興などに使われる趣向を凝らした建物でした。アルトワ伯のフォリーは、破格の特急工事にもかかわらず、当時の最新流行だった新古典主義様式の建築の傑作の一つに数えられる出来栄えで、ラテン語で「小ぶりだが、非常によく構想された」という銘が建物に掲げられているほどです。 このシャトーは混乱のフランス革命期を経た今も現存するものの、保存状態が悪く立ち入りはできない状況。ですが、再オープンできるよう、目下修復工事が進められているところです。 18世紀の最新流行、アングロ=シノワ庭園 庭園の構成は伝統に従い、城の周りはフォーマル・ガーデン、そして、イギリス風景式庭園の影響を受けてアングロ=シノワ様式といわれる、フランスの18世紀に大流行したスタイルの庭園もつくられました。この庭園づくりで活躍したのが、スコットランド人の造園家で植物学者のトーマス・ブレイキー。自然の風景のように樹木が所々に配置された広い芝生を巡る園路が緩やかな曲線を描き、要所のフォーカルポイントには、彫刻などのほか、世界のさまざまな文明からインスパイアされたデザインの庭園建築「ファブリック(英:フォリー)」が配置されました。エキゾチックな中国風(シノワ風)の東屋や橋、オベリスクや人工洞窟などはその中でも定番ですが、そうしたファンタジックな装飾で彩られた庭園は、非日常感溢れる「おとぎの国」になぞらえられました。元来舞台装置のようにハリボテ的な素材が使われた当時のファブリックのつくりは脆弱で、残念ながら時の流れとともにその姿は失われてしまっています。 18世紀後半のフランスで流行したアングロ=シノワ様式と呼ばれる、自然の風景の中を散策する庭園。絵画のような理想の自然美、調和が表現される。 中国風デザインのファブリックの一つ「パゴダ」から庭園を眺める。 パリのイギリス貴族の邸宅と庭園に 拡張されたイギリス風景式庭園。 19世紀の第二帝政期下、パリ育ちのイギリス貴族で美術収集家でもあったハートフォード侯爵の手に渡ったバガテルの城と庭園は、大きな変化を迎えます。侯爵は南北の土地を買い足し、バガテルはほぼ現在の姿に近い24ヘクタールに拡大されます。平屋だった城に2階部分を増築するとともに、拡大した公園の北側には大きな池を囲む形のイギリス風庭園を、南側の庭園部分にはオランジュリーなどを作らせました。また、皇帝夫妻とも懇意だった侯爵は、皇太子が馬術のレッスンを受けるための特別の馬術場を設けます。パリ市内に近い南側には、ロココ調の豪華な鋳鉄の門のある正面入り口が新たに設けられました。 現在はバラ園を一望できる皇后のキヨスク(東屋)。現在のバラ園の場所には、かつては馬場があった。侯爵と懇意だった皇帝夫妻はしばしばバガテルを訪れ、皇后ウージェニーはこのキヨスクから皇太子が馬に乗るのを眺めた。 余談になりますが、このバガテルを引き継いだ子息リシャール・ウォーレスも名高い美術収集家。珠玉の個人コレクションの名にふさわしいロンドンのウォーレス・コレクションは、未亡人がイギリス政府に収集品を寄贈してできた美術館です。 公共公園とバガテルのバラ園の誕生 20世紀初頭のバガテルに、当時の遺産相続人が城の家具調度を売り払い、土地を分割分譲しようとする危機が訪れます。この危機に際し、パリ市が散逸しかけた城と庭園を買い上げ、1905年、バガテル公園は公共の都市公園となりました。 バラ園はスタンダード仕立てやトレリス仕立てのつるバラなどで構成されるフォーマル・スタイル・ガーデン。構造の中心となるのは、木材のアメリカンピラーとフェストン(花綱)を飾るバラの花々。 そのイニシアチブを取った造園家ジャン=クロード=ニコラ・フォレスティエが公園整備を行った際に、馬術場は現在のバラ園へと生まれ変わりました。バラ園を見下ろす東屋は、皇后が皇太子の乗馬の様子を見守った場所だったのだそうです。ライレローズの創設者として知られるグラブロー氏の惜しみない協力を得て、約9,500本のバラ、1,100品種を保持するバラ園が誕生して程ない1907年、現在は世界中のロザリアンが注目するイベントとなったバラ新品種の国際品評会が始まります。この種のバラのコンクールとしては、世界で最初の品評会でした。 バラ園の奥には、バラの季節が終わる頃に最盛期を迎える菖蒲園がつくられている。 フォレスティエは、バラをはじめとしたさまざまな植物コレクションを擁する庭園としてバガテル公園を構想しており、バラ園のみならず、アイリスガーデン、クレマチスや牡丹などの多年草ガーデンなどがつくられます。 19世紀ハートフォード侯爵の頃につくられた「庭師の家」。煉瓦造りはブーローニュの森の周りの建物に合わせたのだそう。コテージガーデンのような花が溢れる初夏の風景。 「庭師の家」の続きには、アスターなどさまざまな宿根草の「展示庭園」。春夏には連続するフジのアーチが見事。 変化し続けるバガテル、地中海ガーデン ロココ調のメインエントランスからは、常緑樹で冬でも緑溢れる落ち着いた園路が続く。 公園のメインエントランスであるロココ調の正面門からは、19世紀のパリの公園といった雰囲気の、大きく育った常緑樹に覆われたエレガントな園路が奥に向かって延びています。その先に進んでいくと、歴史的な面影が感じられる広い芝生面に大きな樹木の植栽、水のしつらいと、洞窟や滝などの風景式庭園とはまた違った、より明るくワイルド感のあるコーナーに行き当たります。 地中海性気候の植物で構成された地中海ガーデン。パリでも気候温暖化に適応する植栽が模索されている。 ここは、1999年末にフランスで各地の森林や庭園に甚大な倒木被害を引き起こした大嵐の際、バガテルでも多数の倒木があってすっかり様相が変わってしまった場所に、新たにつくられた地中海植物のガーデン。被害で空いてしまったスペースには、地中海植物の象徴的な存在であるオリーブやツゲの木々、エニシダやラベンダーなどが溢れ、現代的なナチュラル感とともに、植物コレクションの幅を広げる新しい庭空間に生まれ変わりました。 幾層もの歴史の面影を残しながら、常に変化し続けるバガテル公園。バラの季節はもちろん、いつ訪れても変化に富んだ穏やかな散策が楽しめる、とっておきの庭園です。 公園の中では孔雀や鴨が至る所を自由に優雅に闊歩しています 。
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フランス
【世界最古のバラ園】フレンチ・フォーマル・スタイルの元祖「ライレローズ」
フレンチ・フォーマル・スタイルのバラ園の元祖「ライレローズ」 バラ園の中心にあるトレリス仕立ての大きなドームを覆うのは、1907年フランスで作出された‘アレキサンダー・ジロー(Alexandre Girault)’。 「ライレローズ」は、パリから日帰りで訪れることができる近郊の街、ヴァル・ドゥ・マルヌ県のバラ園です。緑に囲まれた14ヘクタールの大きな公園の中に位置し、このバラ園のある村の名にちなんだ「ライレローズ」という愛称で広く親しまれています。 1.5ヘクタールほどの広い敷地に、3,000種11,000株を超えるバラが植えられたフレンチ・フォーマル・スタイルの庭園は、ベルエポックのロマンチックな雰囲気を湛えるガーデンであり、また生きたバラのコレクションを網羅するミュージアムでもあります。開園は5月から9月まで。バラの開花の季節のみという潔さで、特に開花の最盛期となる6月のライレローズのバラの風景は見事です。 シュラブ、ランブラー、クライミングと、さまざまな形状のバラが組み合わさって、立体的な色彩溢れる空間をつくる。 現在はヴァル・ドゥ・マルヌ県が維持管理するこのバラ園の歴史は長く、もともとは19世紀末に、事業家ジュール・グラヴロー(Jules Gravereaux 1844-1916))のバラへの情熱と博愛精神から、バラに捧げる庭園として誕生しました。 「ライレローズ」の創設者 ジュール・グラヴロー 彫像は創設者のジュール・グラヴロー。 創設者のグラヴロー氏は、パリの高級百貨店ボンマルシェの創設者のもとで見習いとして働き始め、最終的には株主にまで上り詰めて財を成した事業家として知られます。19世紀のサクセスストーリーを体現したグラヴロー氏は、その後48歳で早くもリタイアし、パリ近郊のライ村に地所を購入して引退生活に入りました。彼のバラ園によって名が知られるようになったこのライ村は、現在ではライレローズと呼ばれるようになっています。 当時、写真が趣味だったグラヴロー氏は、日々暗室に引きこもりっぱなしでした。夫の健康を心配したグラヴロー夫人は、彼を戸外に引き出そうと、自宅に飾るために庭で栽培していたバラの世話を手伝うように頼みます。それが契機となってバラの魅力の虜となったグラヴロー氏は、バラの収集と研究に没頭し、たちまちのうちに当時知られていたあらゆるバラ(Rosa)の品種約8,000種を集めた世界最大級のコレクションが誕生したのです。コレクションだけでなく、グラヴロー氏自身もバラ研究の第一人者として国際的に知られる世界有数のロザリアンになり、パリのバガテル公園のバラ園の創設や、マルメゾンのジョゼフィーヌのバラ園の復元、またエリゼ宮のバラ園設計にも協力しています。 世界初のバラ園の誕生 バラの風景によく似合うクラッシックな壺形彫刻をポイントにしたエリア。グラヴロー氏の彫像の裏側です。 膨大なバラのコレクションを蒐集したグラヴロー氏は、そうして集めたバラのための庭園をつくるべく、著名な造園家エドゥアール・アンドレ(Édouard François André、1840 - 1911)にその設計を依頼します。そして1899年に誕生したのが、世界初のバラのみで構成されたフレンチ・フォーマル・スタイルのバラ園でした。庭園づくりにあたっては、バラをより美しく見せる庭園空間を構成すべく、クラシカルな彫刻類に加え、トレリスやパーゴラなどの構造物のさまざまな利用方法が考案されました。近代のフォーマルなローズガーデンのイメージの発祥は、ここのデザインだと言っても過言ではありません。こうして生まれた構造物とバラの植栽の組み合わせは、「ライレローズ」の大きな見どころです。 満開のつるバラが絡んだアーチが連なる。 トレリスやパーゴラにも見どころがたくさん。 いったんバラ園が完成した後にもコレクションは増え続け、1910年には息子アンリがバラ園の拡張を行い、1.5ヘクタールほどの現在の大きさとなりました。 毎年の国際バラコンクールの受賞作品が植栽されるエリアも。 ジョゼフィーヌの愛したバラや種々のバラが織りなす「ライレローズ」のバラ・コレクション 「ライレローズ」の膨大なバラのコレクションは、よりよくバラという植物やその歴史を理解できるようにという教育的な配慮から、13のテーマに分類されています。 野生のバラから中世、近世へと年代順に植物学的なバラの進化を追う「バラの歴史の小道」に、さまざまな栽培種の親となる「原種のバラ」「ガリカ・ローズ」「ピンピネリフォリア・ローズ」「極東アジアのバラ」などのほか、「ティー・ローズ」「オールドローズ」などがセクション別に植えられ、スタンダード仕立てや、トンネルになったパーゴラ仕立てなどの変化に富んだ姿で観賞することができます。 オールドローズが彩るマルメゾンのジョゼフィーヌのバラ・コレクションの小道。 その中でもアジア系の観光客に特に人気なのが、「バラの歴史セクション」と「マルメゾンのジョゼフィーヌのバラ・コレクション」なのだそう。ですが、その部分だけではもったいない! 「ライレローズ」は、特にオールドローズの充実したコレクションで知られるバラ園でもあります オールドローズからモダンローズまで、数々のバラを見ることができる。 また、「外国の栽培種バラ」のエリアには、弓矢を引くキューピッドのいる東屋があり、エドゥアール・アンドレ設計の当初のバラ園の面影が色濃く残っています。古きよきベルエポックのロマンチックな雰囲気が素敵で、いつまでもそのまま佇んでいたいほど。 キューピッドの東屋のあるモダンローズ・セクション。スタンダード仕立てのバラが咲き溢れる。 ちなみに庭園にはサロン・ド・テも併設されており、テラスではモダンローズを眺めながらクレープやスイーツなどがいただけます。 開かれたバラのコレクションと庭園 グラヴロー氏のバラのコレクションは、完全にプライベートな、個人の趣味から生まれたものでしたが、同時に博愛主義的・公共福祉的な思想に基いたものでもありました。コレクションは研究者や愛好家に公開されており、グラヴロー氏は、接木苗や種子を惜しみなく分け与えています。 また、当時は「バラの劇場」がつくられ、一流の音楽家やダンサーによるスペクタクルが行われていたのだとか。昔日に思いを馳せ、バラに彩られたベルエポックの芸術と社交の野外空間を優雅に行き交う紳士淑女になった気分で園内のバラの小道の数々を散策してみたら、さらに気分も上がりそうです。 おおらかにバラの風景を守り育てる無農薬栽培 最後に、フランスでは数年前から公共緑地での農薬散布が法律で禁止されており、この庭園も例外ではありません。湿度などの気候の違いもあるので、日本よりはバラの無農薬栽培の難易度は低くなるようです。花がら摘みなどもそれほど頻繁にはされてないようですが、それはそれでナチュラルな雰囲気になるのもまたよし、ということなのかなと思います。おおらかにバラを楽しむ、そんな姿も参考になるかもしれません。
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フランス
庭はアール・ド・ヴィーヴルの場! 〜フランス流ナチュラル・ガーデニング
フランス、ナチュラル・ガーデンを楽しむ暮らし ロランスとオリヴィエ夫妻の別荘の庭は、オーヴェルニュ地方、フランスのほぼ中心から少し南東にあります。周りは森と放牧地と、緩やかな山々に囲まれた標高1,000mほどの緑豊かな場所で、広い敷地内には小川も流れています。 かつてはシトー会修道院の建物の一部であったという石造りの古い建物と周囲の土地を、彼らが購入して改装を始めたのは15年ほど前のこと。敷地には修道院の遺跡があると言い伝えられていましたが、確かに建物の一部のような石造物が出てきたため、自らブルドーザーを購入して掘ってみたところ、本当にかつての修道院のチャペルなどの建物が出てきたというマジカルな場所です。 さらに素敵なのが、このマジカルな場所を暮らしの場として、もてなしの場として見事に生かした彼らの庭づくり。フランスのアール・ド・ヴィーヴル(暮らしの芸術)の感性が隅々まで行き渡った、そこに居るだけで幸せな気持ちになってしまう庭なのです。 土地に合う植物選びでローメンテナンス アプローチはシックな雰囲気。 12世紀から残る主屋へのアプローチは、黒みがかったグレイッシュなローカルの石材の色調に明るさを加える、アメリカアジサイのアナベルやヒース類、足元にはクリスマスローズやグラウンドカバーのニチニチソウなどでシックにまとめられています。冷涼な気候で冬にはマイナス15℃にもなるという土地柄、耐寒性の高い丈夫な草花でないと難しい…だから何よりもまず、土地に合った植物を選ぶことが大事なのよ、と語るロランスは、私がこれまで出会った中でもピカイチのグリーン・サムなガーデナーの素敵なマダム。 庭の所々に置かれたベンチも様になる風景を作っています。 作庭されている部分だけでも1ヘクタールはある広い庭なので、細かく手入れしていたら大変なことになります。また、ここはセカンドハウスの庭で、常に在宅はできません、庭もローメンテナンスが前提なので、元気に生きられる草花選びが重要です。 12世紀の石造りの建物をリノベーション。周りは土地の気候に合う植物を選んだナチュラル・ガーデンに。 ダイナミックな借景、花咲くくつろぎの庭空間 階段テラスからの眺め。 この庭の大きな魅力は、まず、雄大な風景と庭空間との調和。主屋から庭に降りる階段状の広い石造りのテラスでお茶をいただきながら、また庭の方々に設えられたベンチやガーデンチェアに腰を下ろしながら、なだらかな丘陵の放牧地、そしてスックと呼ばれるこの土地に特徴的なドーム形の休眠火山の眺めへと、シームレスに展開する素晴らしい風景を堪能できます。 広大な庭の中には、ほっとするくつろぎスペースが至る所にあり、自然の風景とともにリラックスして過ごす暮らしのリズムは、本当に心地よいものです。 ポタジェの一角ではバラやダリアが満開。 訪れた8月には、満開のバラが緑の風景に華を添えていました。今年はフランス中で猛暑だったのですが、この冷涼な地では、その異例の暑さがバラにはよかったようです。消毒などの手入れは一切していないとのことですが、葉っぱも花も元気に咲いている姿は羨ましいほど。姿、色ともにさまざまなバラの組み合わせには自由な感性が溢れています。とはいえ、この庭では四季咲きのバラを選ぶように気をつけているのよ、というコメントからもうかがえる、できるだけ常に花咲く庭に…という心遣いに、なるほどと納得。 遺跡のドライ・ガーデン、デッキ・ガーデン 遺跡へのアプローチはドライ・ガーデンに。 ところで、発掘された12世紀の修道院跡はどうなったかというと、発見された構造物を残しつつ、そのアプローチにはドライ・ガーデンが設えられています。土壌が少なく乾いた環境で生きられる植物を選んだ植栽は脱帽のアイデアで、遺跡もさらに庭の一部として魅力的なスポットに。 さらに、やはり花で囲まれたプールサイドや、ヨガをするのによさそうなデッキ仕立てのシェード・ガーデンなど、庭での過ごし方に合わせてさまざまなコーナーが作りこまれた、広い敷地を生かす調和の取れたゾーニングにも脱帽です。 花の溢れるポタジェ・ガーデン ガーデンシェッドと花の溢れるポタジェの様子。 そして、なんといってもこの庭の主役級のコーナーが、数年前に完成したポタジェ・ガーデン。石壁に囲まれ、一角には同様に石造りの可愛いガーデンシェッドが備えられたポタジェ(フランス語で菜園のこと)は、上品ながらも童話の中に出てきそうなほどラブリー。石は敷地内での工事の際に出てきたものをリサイクルして作ったのだそうです。 肥沃な土地ではないため、耕作部分はラザニア・ガーデン(以下*にて解説)の手法で土壌づくりを行い、もちろん無農薬栽培でトマトやズッキーニやナスなどの夏野菜や、サヤエンドウやレタスなどがすくすくと育っています。トマトなどは一度にたくさん熟してしまったらトマトソースなどの保存食にすればいいのですが、レタスはそうもいきません。そこで、時期をずらして種まきすることで、一度に出来すぎて無駄にするのを防いでいます。 *ラザニア・ガーデンとは パーマカルチャーなどで行われるのと近い方法。耕作不可能な荒れた土壌などの場合、段ボールや新聞紙を敷いた上に、コンポストになる木枝、落ち葉などの茶色の層と、除草した草や芝刈りで出た草、野菜屑などの緑色の層(窒素分を供給)を何層か重ね、その上で栽培を行う。土壌改良や肥料が不要、リサイクルの素材を利用できるサステナブルな家庭菜園の栽培方法として、近年広く取り入れられている。 ラザニア・ガーデン。レタスは時差植えがおすすめ。 フランスのポタジェに特徴的なのは、花も併せて栽培される場合が多いこと。家の中を飾るアレンジメントにも使えますし、野菜だけが栽培されているよりも、さらに美的な庭らしい空間になるのがいいところ。ガーデンシェッドのコーナは、ちょうどバラとダリアが咲き乱れている時期でしたが、その足元を見ると、ひょっこりルピナスが咲いていたりします。 ロランスに聞くと、ルピナスは大好きな花の一つで、こぼれ種でそこかしこに勝手に出てきたのをそのまま楽しんでいるとのこと。このように自然の変化を寛容に楽しむところから、この庭の素敵なナチュラル感が生まれているのだと思います。 こぼれ種で増えたルピナスたち。 それにしても、このポタジェもまた、一角に佇んでいるだけで、ほのぼのと心安らぐ感じがしてくるのは本当に不思議。眺めて美しいだけでなく、育った自家製野菜は食卓を飾り、また、小さなお孫さんたちが育ちすぎた大きなズッキーニの中身をくり抜いてヨットを作ったりなど、ポタジェは創意工夫に満ちた遊びのスペースにもなっていました。 子どもたちがお絵かきをする黒板の後ろにはバーベキュー。気持ちのよいランチのスペース。高い美意識と自由な感性から溢れるアイデア、そして実用の面にも気を配った彼らの庭は、4世代の大人と子どもみんなが心地よく一緒に過ごせる、ナチュラル&ビューティフルなフランス流の暮らしの庭。そこかしこに、大きな庭にも小さな庭にも取り入れたいひらめきがいっぱいです。 庭の一角では、現代作家のブロンズ彫刻「笛を吹く人」が、周囲に馴染んだ素敵なアクセントになっています。アートの取り入れ方も上手。
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フランス
フランス・ノルマンディーの庭、ヴォーヴィル植物園
ガーデニングに嬉しい条件に恵まれた地域、ノルマンディー地方 フランス北西のノルマンディー地方といえば、有名なのがジヴェルニーにある画家モネの庭ですが、じつはほかにも面白い庭がたくさんある地方です。というのも、特に沿岸地域は降雨量が多く、冷涼な気候ではありつつも、メキシコ湾流の影響で冬も内陸部ほど厳しい寒さにならないので、栽培可能な植物の種類がグッと広がる、ガーデニングには嬉しい条件に恵まれた地域でもあるからです。 そのノルマンディー地方のはずれのコトンタン半島は、ノルマンディー上陸作戦が行われた海岸線があることで知られます。「ヴォーヴィル植物園」は、今も海と畑と放牧地の広がる丘陵や森の自然豊かな風景を堪能できるコトンタンの、ランドと呼ばれる荒れ地が広がる海岸線近くにあります。 旅人の庭、ヴォーヴィル植物園 ヴォーヴィルの村の小さな城館の周りにつくられたこの庭園、入ってまず驚くのが、突然現れる大きなヤシの林。フランスではなかなかお目にかかれないこの風景に、一瞬にしてどこか見知らぬ土地に来てしまったかのような、心地よい非日常の中に解き放たれます。ささやかながら、じつは北ヨーロッパでは最大のヤシの林だそうですが、温暖なメキシコ湾流が通る沿岸近くという立地による、年間を通して凍結しない微気候が可能にするものです。 この微気候を利用して、4.5ヘクタールほどの広さに南半球の1,000種以上の植物が順化・栽培されており、庭園は、さまざまな植栽で異なる雰囲気が醸し出されたエリアを回遊する構成になっています。厳しい寒さにはならないとはいえ、オーストラリアやニュージーランド、南アフリカ、南アメリカといった南半球各地から来たネイティブ・プランツたちにとってはやはり過酷な環境。また、海風の塩害などを避けるためにも、庭づくりの際に、比較的丈夫な樹木類を密に植えて防風林とし、その緑の壁で囲った空間に緑の部屋を重ねていくような形で庭を構成するなどの工夫がなされています。そうした努力の結果、フランスでは通常見られない亜熱帯の植物たちがのびのびと生い茂る、まさに非日常のオアシス空間が生まれたのです。 特に常緑種のコレクションが豊富な本格的な植物園でありながらも、整理整頓が行き届いたオーソドックスな植物園とは異なり、ノルマンディーから遠く離れた異郷からやってきた植物たちが、地元の樹木や草花と混じり合って作り出すダイナミックな景観の中を、旅するように散策できるのが、この庭の最大の魅力です。 旅人の庭のはじまり この庭は、1948年に現オーナーの祖父、調香師で植物学者でもあったエリック・ペラン氏が、オーストラリアから持ち帰ったユーカリの木を植えたところから始まります。前出のヤシの林も、ヤシの木が大好きだった祖父がつくったもの。その後、南半球の植物のエキゾチックな魅力をたたえたこの庭園は、息子からさらに孫へと引き継がれて発展し続け、現在に至ります。 ユーカリやカリステモン、マオランやさまざまなシダ類に加え、アジサイやスギの木など、中国・日本をはじめとするアジア原産の植物も。異なる風土に生まれた植物たちが共存する姿には、あらゆる国の人々が混じり合って平和に生きられる世界への願いも込められているといいます。 花の風景、水の風景 さて、ヤシ林でびっくりした後には、竹林あり、シャクナゲやカメリアの林あり、そして各種アジサイの咲く小径もありと、変化に富んだ植栽が連なります。オーストラリアの植物コーナーからグンネラに囲まれた草地に向かう空間では、ちょうど満開を迎えていたオレンジのヘメロカリス(ワスレグサ属)が印象的。 また、近くを流れる小川を水源とした池。「悟りの庭」と名付けられた、近くで静かに瞑想するのによさそうな小さな池や、葉が2mほどにもなる巨大な多年草のグンネラに囲まれたダイナミックな池などが、変化に富んだ水の風景を作ります。 小さなお城とガーデン・ミュージアム さらに園内の散策を続けていくと、ヴォーヴィル城が現れます。17~19世紀まで建築・改修が重ねられた古城で、庭に詩情を添えるロマンチックな姿の城館には、小さいながらも12世紀の主塔が残っています。城内への立ち入りはできませんが、その手前の建物では、さながらガーデン・ミュージアムのような庭園・園芸の歴史についての展示コーナーもありました。 しっかり解説を読みながら園芸の歴史について学ぶこともでき、そうでなくとも、ビンテージもののジョウロなどのガーデニング・グッズのコレクションや昔の種のパッケージなど、見ているだけでちょっと楽しい気分になってきます。 可愛いサロン・ド・テで休憩 ところで、ガーデンになくてはならない、またはあると嬉しいサロン・ド・テ。イギリスの庭では必ずと言っていいほど、軽食も取れるティールームや、苗木やグッズを揃えたガーデンショップが併設されていますが、フランスでは必ず、というところまではいってない印象です。とはいえヴォーヴィルの庭では、小さいながらも素朴に可愛いサロン・ド・テを発見。疲れていなくても休憩したくなるようなその雰囲気に誘われて、しばしテラスでティー・タイム(笑)。 ガーデニングの醍醐味とは 最後に、日本でも近年人気で身近に取り入れて楽しむことができるオーストラリア原産のネイティブ・プランツや、また日本原産の植物が、所変わってノルマンディーでは憧れの植物としてさらに脚光を浴びているのを見ると、置かれた場所の風土や気候をよく知って、かつ自由な発想を持って生かしていくのは、ガーデニングの醍醐味だなあと、改めて思います。 ヴォーヴィル植物園の、大きく育ったユーカリの葉っぱの下に、出身地の異なる植物が入り混じって元気に育つ姿には、人の手で運ばれた先の異郷で、根を張って空間を自分のものにしていく植物たちから溢れる生命力が、なんとも素晴らしく輝いて感じられます。
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フランス
ムッシュ・ディオールの庭、エレガンスのゆりかご【フランス庭便り】
クリスチャン・ディオールの邸宅と庭園を紐解く フランスのモード界の巨匠クリスチャン・ディオール(1905-1957)。ニュー・ルックと呼ばれた花開く花弁と茎をイメージしたエレガントなシルエットのドレスは一世を風靡し、モード史の新たなページを開いたことで知られます。そのディオールがクチュリエとなったのは、じつは40歳を過ぎてから。彼の創造の着想源となったのは、幼少時代を母と過ごしたノルマンディー地方、グランヴィルの英仏海峡を見下ろす豊かな庭に囲まれた、瀟洒なアールデコ様式の邸宅での暮らしでした。ディオールが生誕から6歳までを過ごし、その後パリに居を移した後も20代後半まで度々休暇を過ごしに訪れたこの邸宅は、現在はディオール美術館として公開され、また庭園はグランヴィル市の公園となっています。 ノルマンディー地方、グランヴィルでの母との想い出 ディオールのエレガンスのゆりかごとなった邸宅と庭は、上流階級の避暑地として賑わった海沿いの港町グランヴィルにあります。地元の肥料工場経営で財を成した事業家であった父が、19世紀末に建設されたランブ邸と呼ばれる邸宅と土地を購入したのは、ディオールが生まれる前。館と庭園は数年をかけて母マドレーヌの趣味が隅々まで行き届いた姿に改修されました。 常に優雅に装い、花と庭を愛した母マドレーヌは、幼いディオールにとっての憧れであり、クチュリエ・ディオールにとっては永遠の美のミューズだったといえるでしょう。彼の幸せな幼少時代の記憶の象徴となった邸宅のバラ色とグレーの組み合わせは、じつにシックでエレガントで、クチュリエ・ディオールが好んで使ったカラー・コーディネイトにもなりました。また、スズランやバラなど、庭を飾ったお気に入りの花々は、彼のデザインの至る所に使われています。 海を望む、松林のある庭園 約1ヘクタールほどの邸宅敷地の正門から曲線を描く園路を進むと、木々の奥にバラ色とグレーの建物がゆっくりと姿を現します。邸宅の背景には優美な松の木立が控え、また他方には海岸線を見晴らす絶景が待っているという立地に、まずうっとり。 大きく伸びた松の木々は、少年ディオールにとって忘れられない存在感のある風景だったようです(現在、春~夏には松林の芝地の横に、気持ちのよいテラスが設けられて、食事やドリンクを楽しむことができます)。 邸宅の前庭にあるバラの植栽は、生誕100年を記念して新たに加わったものなのだそう。 美しいジャルダン・ディベール(「冬の庭」または温室) そして邸宅の正面のアクセントになっているのは、美しいガラス張りのジャルダン・ディベール(「冬の庭」または温室)。サンルームといってもいいかと思いますが、冬の寒さに弱い柑橘類や観葉植物などを収容するとともに、お茶を飲んだりして寛ぐサロンとしても機能する、インドア・グリーン・スペースです。19世紀の城館や邸宅では、こうした「冬の庭」を作ることが大流行しました。 母マドレーヌと青年ディオールのパーゴラ 母マドレーヌの影響で幼い頃から花々に親しんだディオールは、老舗セーサリーのカタログの植物名を暗記するほどに読み込む園芸好きな少年だったのだそうです。そして建築家になることを夢見る青年となったディオールは、温室を取り払った庭の一角に、母のためにパーゴラと池のコーナーを設計します。 端正な直線で構成された白塗りのパーゴラにはバラが伝い、木陰が心地よいアウトドア・リビングスペースを作ります。同じく白塗りのベンチも彼のデザインで、アールデコ風の、当時最先端のスタイル。母マドレーヌの優雅なアール・ド・ヴィーヴル(暮らしの芸術)の生きる暮らしから受け継いだ、クラシカルでエレガント、温かな気品に満ちたディオールの感性が、庭のしつらいにもそのまま反映されているようです。 野の花とバラの花々と 池を眺めるパーゴラのコーナーからの小径は、隣のローズガーデンにつながります。その小径の脇のボーダーに揺れるのは、爽やかな野の花のような植物たち。ムッシュ・ディオールは、バラなどの華やかな花と同様に、グランヴィル周辺の野原で出会う草花の自然な風情を愛しました。 庭にも、そうした優しげな草花が、彼が好んだ気取りすぎないナチュラルな心落ち着く雰囲気を加えています。英仏海峡の向こうはイギリスの地であることも手伝ってか、どことなくイギリスのコテージガーデンのボーダー植栽のような雰囲気も。 そしてパーゴラのコーナに続く、母マドレーヌのローズガーデンだった場所は、2018年に約100本の新たな品種が加わり、さらに拡張されたローズガーデンとなりました。花姿の美しさと香り、そして強靭さを基準に選ばれたさまざまな品種のバラ。今はまだ小さいのですが、これからどんどん育って、さらに充実した姿になることが期待される空間です。 ジャルダン・ド・グランヴィル 最後に、マドレーヌのバラ園にも、そして邸宅正面のバラのパルテールにも植えられている、現在のメゾン・ディオールと切り離せないバラがあります。その名も「ジャルダン・ド・グランヴィル(Jardin de Granvill グランヴィルの庭)」。グランヴィルの沿岸に自生する野バラからアンドレ・イヴ社のためにジェローム・ラトーによって作出されたこのバラは、2010年のパリ、バガテル国際ニューローズ・コンクールでも1等賞を受賞した名花です。 花弁は、ほぼ白に近い淡いピンク色の柔らかなテクスチャー、フェミニンな優美さ、官能性を呼び起こすような素晴らしい香り、さらに無農薬栽培が可能な強靭さを併せ持つバランスのよいバラ。 また、このバラは庭園を飾るばかりでなく、ディオール・ブランドのパルファンやコスメティックの原料として、グランヴィルにほど近いバラ農園でも無農薬栽培されているのだそうです。 さて、デザイナーやアーティストの自邸の庭には、彼らの個性豊かな暮らしの様子や、また創造活動に直結するようなさまざまな要素が垣間見られるのが非常に興味深いところです。庭と花々の美を愛したムッシュ・ディオールの庭では、パーゴラの下でしばし静かに佇むだけで、ディールのオートクチュールを纏う優雅な貴婦人になったような気分になります。 ●クリスチャン・ディオールに捧げられたバラと、コレクションの一部をご紹介した記事はこちら。