えんどう・ひろこ/東京出身。慶應義塾大学卒業後、エコール・デュ・ルーヴルで美術史を学ぶ。長年の美術展プロデュース業の後、庭園の世界に魅せられてヴェルサイユ国立高等造園学校及びパリ第一大学歴史文化財庭園修士コースを修了。美と歴史、そして自然豊かなビオ大国フランスから、ガーデン案内&ガーデニング事情をお届けします。田舎で計画中のナチュラリスティック・ガーデン便りもそのうちに。
遠藤浩子 -フランス在住/庭園文化研究家-

えんどう・ひろこ/東京出身。慶應義塾大学卒業後、エコール・デュ・ルーヴルで美術史を学ぶ。長年の美術展プロデュース業の後、庭園の世界に魅せられてヴェルサイユ国立高等造園学校及びパリ第一大学歴史文化財庭園修士コースを修了。美と歴史、そして自然豊かなビオ大国フランスから、ガーデン案内&ガーデニング事情をお届けします。田舎で計画中のナチュラリスティック・ガーデン便りもそのうちに。
遠藤浩子 -フランス在住/庭園文化研究家-の記事
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ガーデン&ショップ
パリのアーバン・ガーデンショー「ジャルダン・ジャルダン2024」
知られざる歴史遺産、ヴィラ・ウィンザー 19世紀に建築されたヴィラ・ウィンザーは、第二次大戦後、ド・ゴールが大統領になる前に住んでいた邸宅で、その後はウィンザー公爵夫妻が暮らしたことでも有名です。海外人気ドラマシリーズ「ザ・クラウン」で見かけたことがある方もいらっしゃるかもしれません。邸宅と庭園ともにこれまで一度も一般公開されてこなかった場所ですが、来年からの一般公開に向けて、現在修復整備が進められています。 それに先駆けてのガーデンショー・イベントというのも興味深いところでしたが、最終日にようやく多少の晴れ間があったものの、設営期間から連日雨が続き、傘をさしつつガーデンショーエリアを見て歩くのがやっとという異例の事態でした。改めて青空の下で庭園と邸宅を散策できる日を楽しみに取っておくことにしています。 変わらぬテーマはアーバン・ガーデン 大都市パリという立地と特徴を生かした変わらぬテーマは、日々の暮らしを豊かに、街の緑化に貢献するサスティナブルでスタイリッシュなアーバン・ガーデンです。大手造園会社や著名庭園デザイナーの見応えたっぷりの緑の空間とともに、グランプリの審査対象となるショーガーデンのカテゴリーは3つ。小さな12㎡のミニ・アーバンガーデン、さらに小さい6㎡のアーバン・ポタジェ(菜園)、4㎡のアーバン・バルコニーがあり、決して広くはないことが多いパリのアパルトマンのバルコニーやテラス、中庭のガーデニングのアイデア探しにも楽しいショーです。 小さなポタジェと花咲くアーバン・バルコニー賞を受賞「カレモン」 「カレモン」のタイトルは、フランス語で正方形を表す「カレ」から。キューブ形の木製コンテナーをさまざまに組み合わせたポタジェのデザイン。カテゴリー別の受賞ガーデンには、トロフィーの代わりに、おしゃれなステンレス鋼のシャベルが贈られます。 景観デザイン・グランプリ受賞「感覚の庭・癒やしの庭」 設計:マティルド・ティルマン 「庭と健康」協会が出展したセラピー・ガーデン「感覚の庭・癒やしの庭」。木材などの自然素材を用いたナチュラルテイストの構造物と、感覚を呼び起こすような色彩や香りをもつ植物が、さまざまに異なる雰囲気のコーナーを作る豊かな植栽が魅力。ガーデンの設置工事は設計者とともに協会会員のボランティアが行ったのだそうで、ほのぼのとした雰囲気も魅力。 「読書のための庭、植物の図書館」 設計:ガリー設計事務所 カルチャーという言葉が栽培と文化の2つの意味を含むように、植物を栽培するガーデニングと、同様に精神を耕す読書のための、人に知恵を与え心を解放する小さな緑の空間がコンセプト。ロックな雰囲気が楽しい。 人気のシャネル・ガーデン、今年はアイリスの庭 ショーガーデンの中でも定番で人気を集めているのが、シャネルによる花の庭。メゾンのパルファンの原料となっている植物の1つにフォーカスしてデザインされます。その洗練されたスタイリッシュな佇まいの空間は、いつも注目の的。 今年のテーマのアイリスは、スミレを思わせるような、またそれだけではない重層的な香りが特徴で、シャネル5番や19番といった伝説的なパルファンや、近年大ヒットしているコメットなど多くのシャネルのパルファンに使われています。香り成分が含まれるのは花でも葉でもなく、地中の根茎部分。その栽培の歴史は古代エジプトに遡りますが、フランスでは18世紀にイタリア、トスカーナ地方から伝わったアイリス(IRIS PALLIDA)が、香水を構成する香料の中でも最も貴重なものの1つとなりました。 香料成分を得るためには、栽培に3年、香料抽出作業前の乾燥に3年の合わせて6年という長い年月がかかり、また3kgの香料を得るために1トンの乾燥させ粉状にした根茎が必要だといいます。非常に多くの時間と人手がかかるため、フランスでは1970年代には栽培農家が消滅し、イタリアでも2000年代には同様の状況になってしまいました。モロッコやトルコなどでは別の品種のアイリスの栽培と香料製造が続いていますが、シャネルでは、かつての香料のクオリティを担保するために、南仏の香水の街グラース近くの専属契約農家で自家栽培を行うようになったのだそうです。 シャネルの庭は、ガイドスタッフとともにグループで見学します。スタッフの女性たちの長靴姿も、シックかつ可愛い。 アウトドア・プロダクトの新アイデアも 会場ではガーデンまわりのアウトドア・ファニチャーを見たり、ガーデニング・グッズやウェア、樹木や草花、ハーブなどの苗のスタンドを見て回るのも楽しみの1つ。買い物だけでなく、特にアウトドア・ファニチャー類は、これから製品化されるプロトタイプの展示も多く、新たなアイデアに触れることができるのもショーのよいところです。 上写真は、カラーステンレス製のオブジェ。何かと思えば、なんと新しいお墓のモデルとのこと。箱形のオブジェの中の空間に小枝や木の葉を重ねれば、コンポストボックスも兼ねるのだとか。動植物の形などカットワークになった部分は、故人の想い出になるよう自宅に飾ることもできるのだそうです。 移動が楽な車輪付きのベンチなどもおしゃれなカタチ。 永遠の憧れ、バスケットのピクニック・セットのブース。 パリ近郊でオーガニック栽培されている旬の花、シャクヤクの販売ブース。長蛇の列ができていました。 初夏のガーデンショーでは、芳しい香りのなか、満開のバラの花々を直接見て選べるのも嬉しい。 全体を見回すと、環境への配慮を前提にした都会の小さな庭やテラスをスタイリッシュに楽しむためのアイデアやグッズが、さらにフォーカスされてきた様子のガーデンショー、ジャルダン・ジャルダン2024。個性的なショーガーデンを囲むガーデン業界の専門家たちの集いの場であるのと同時に、さまざまなセミナーやワークショップも開催されました。 自然な様相の池を中心にブランコなどを設えたワイルド感のあるデザインも人気でした。 パリの人々にとっても、バルコニーで育てるハーブ苗や新鮮な切り花を買うことができる、グリーンな週末のアミューズメントの場。蜜源植物を植えるとか、少ない水やりの工夫など、都会のグリーンで自然のためにできることを知り、ガーデニングへの関心を高める機会にもなっていました。 ホワイトとグリーンを基調に、アーチを使って立体感を出した緑の空間は、流行を超えた上品さが魅力。 過去のJARDINS JARDINの記事もチェック!
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海外の庭
【パリ近郊の庭を訪ねて】ナチュラルに楽しむ小さな花束の庭
森の佇まいと選りすぐりの花々 お宅のリビング側から庭を見下ろす。春の球根花からダリアへと季節ごとに植え替える植栽のエリア。 フジの花が満開で、スイセンやチューリップの盛りが過ぎた晩春の週末。パリ近郊で素敵な庭づくりをしている英理子さんのお宅にお邪魔しました。 折り紙&ペーパーフラワー作家としても活躍する英理子さんが、フランス人のご主人と2人のお子さんと暮らす家は、パリから電車で30分ほどの長閑(のどか)な住宅地にあります。これまでも、季節を変えて何度も伺っている大好きな庭です。 ヘビイチゴやステラリア・パルストリスが混じるグラウンドカバーは、野原そのままのナチュラルな雰囲気を庭に運びます。 この地に引っ越してきて、自分で庭づくりを始めてから15年ほどが経つという英理子さん。この庭は、森の一角を思わせるナチュラルな佇まいのを背景に、季節ごとに彩りを変える彼女のこだわりの花々が、絶妙なハーモニーを織りなしているのが魅力です。 今回訪れた際にも、ちょうどイングリッシュ・ローズの名花‘ガードルード・ジーキル’の初花が咲いていました! 初めて伺ったのは、ちょうどバラの季節。フランスの個人庭には珍しく、イングリッシュ・ローズの数々が見事に咲いているのが印象的でした。 ジャルダン・ブクティエ(花束の庭) 春の花の植栽、選び抜かれたチューリップはそれぞれがビジュー(宝石)のよう。 さて今回は、曇りからにわか雨を経て時々晴れ、気温はひと桁台という花冷えの4月下旬の日曜日。球根花は終わりかけで、バラの盛りは3週間後くらいか、でもスズランはもう花盛りですよ、というタイミングでしたが、たくさん植え込まれたさまざまな種類のスイセンやチューリップは、好き好きに開き切った、その姿にも味わいを感じます。 スズランの群生の前に佇む後ろ姿は庭ネコのたまちゃん。 「そう、庭で見る分にはまだいいのだけれども、ブーケにするには咲き始めがいいの」と言う英理子さん。大好きだというスイセンは、いろいろな園芸種を毎年400球ほどは植え込むそうです。今年は雨が多かったせいか、庭づくりを続けてきて初めてというほどの激しいナメクジ被害があったそうで、花の部分をつぼみのうちに食べられたスイセンが多数出てしまったと、残念そうでした。ちなみにナメクジは捕獲処分。薬剤などは使わないナチュラルガーデニングが基本です。 チューリップは、庭の風景を保ちつつ、少々切り花にしてブーケにも使えるように、同じ種類を20、30球と植え込んでおくとのこと。そう、この庭の植物選びの原則の1つに、切り花として使える花々というのがあり、実際、いつも季節の花でささっと素敵なブーケを作ってくださるのです。庭の自然をそのまま運ぶようなブーケは、もちろんパリの友人の間でも評判です。 晴れ間の出てきた庭で恵理子さんにお茶をご馳走になりながらお話を伺いました。気持ちのよいひととき。 庭の奥でちょうど花盛りだったビバーナムは、やはり15年ほど経つ大株だそうですが、これもブーケにも使おうと思ってチョイスしたとのこと。切り花のための庭をカッティング・フラワー・ガーデンと呼んだりしますが、フランス語ではジャルダン・ブクティエ(花束の庭)やジャルダン・フローリスト(フローリストの庭)といいます。 森の佇まいを運ぶ野の花々 木々の足元を彩る黄色のドロニクムも森からやってきたワイルドフラワーです。 選りすぐりの栽培種のチューリップやスイセンが植え込まれたエリアは、カラフルな宝石箱のよう。それを引き立てるのが、フワフワとそこかしこに生えているヒナギクだったり、儚げなワスレナグサの群生。森の一角にいるように、よく林縁に生えている黄色のドロニクムも木陰に揺れています。野の花と園芸種の共演は、まさに庭空間ならではの技ではないでしょうか。 この時期、スズランも庭のあちこちで満開になってきていて、摘むのが追いつかないほどだとか。スズランは、もともと群生していた場所もあれば、義理のお母様からいただいたひと鉢が一面に広がった斜面もあり、いずれにしてもこの土地に合うようです。フランスでは5月1日にスズランを贈る習慣がありますが、ここでは毎年少し早く最盛期を迎えます。 スズランの群生に混じって、可愛らしい八重のオダマキがつぼみをつけていたり、庭の中には、ほっこりする風景がたくさんあって飽きません。種まきで増やしたもの、あるいは種が飛んで自然に増えたものなど、それぞれの様子をよく観察しつつ、そのままそっとしておいたり、場所を移動させたりと、丁寧にお手入れされているのがよく分かります。 小さな庭のいいところ 毎年春には数々のスイセンとチューリップが彩るエリアは、季節が終わるとダリアに植え替え、夏から秋にかけては、選りすぐりのダリアが花盛りになります。ダリアの球根は季節が終わると掘り上げられて、また春の準備に。季節に沿って花が溢れる小さな庭は、じつは大変な手間に支えられています。 スペースが限られているので好きな植物がすべて植えられるわけではない、慎重に取捨選択しなければならないのだけれども、逆に自分にとってはそれがよいのだと思う、と言う英理子さん。植栽の選定は自分の「好き」が基準ではあるけれども、土地に合うのか、気候に合うのかということも大事です。特に、ここではまだ急激な変化は起きていないけれども、夏の暑さや水不足などの気候変動に対応するには、環境に適応できるということがより大事になりそう、と庭友さんたちの間でも話題になっているとか。 庭のスズランを摘んでブーケに。素晴らしくいい香りです。 それぞれの植物の気に入った場所を見極めて定植したり、移動したりと、植物それぞれとの対話の中で作られてきた庭空間では、草花が皆ハッピーなのか、居るだけで気持ちが和んできて、いつまでも佇んでいたくなります。抜け感のあるお洒落はパリジェンヌが得意とするところですが、この庭の、リラックスする柔らかなワイルド感は、それに通じるところがあるような気がします。 庭の中心のガーデンテーブル。お茶の時間には自然と家族が集まって過ごす和やかな場所に。 森を思わせる野の花々と、こだわりの園芸植物たちが、恵理子さんの振るタクトを見ながらそれぞれに歌い、そのリズムが柔らかなイル=ド=フランスの光と空気に溶け込んでいくような素敵なナチュラル・ガーデンです。
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ガーデン&ショップ
【パリの庭】パリ市の四大植物園「パルク・フローラル」に咲くダリア
パリ市の植物園「パルク・フローラル」 ご紹介する「パルク・フローラル(花公園)」は、パリ市の四大植物園(*)の一つで、文字どおりにさまざまな植物コレクションを保有しています。1969年に同地で行われた国際園芸博覧会を契機につくられたもので、広さは30ヘクタールほど。全体的には、森林公園のような松やオークの林を抜ける散歩道の所々に、ダリア園や芍薬園などがあり、華やかな花のコレクションを見ることができます。アイリスやシダ、アスチルべなどのオーナメンタルな植物に加え、パリ盆地の自生植物や薬用植物などのコーナー、錦鯉が泳ぐ広い園池など、変化に富んだ見所もあり、どの季節も、大人も子どもも楽しめるような工夫がされています。 *四大植物園=パリ市の植物園としては、ほかに同じヴァンセンヌの森にあるエコール・デュ・ブルイユの樹木園、バラ園で有名なバガテル公園、セール・ドートゥイユがあります。 秋の森に群生するシクラメン。 色彩溢れる華やかなダリアにうっとり ダリア園の入り口、緑の中のはっとする華やかさ。 さて、今日のお目当ては、なんといってもダリア園。ダリアは7、8月から10月下旬の初霜の降りる頃までと花期が長く、少し寂しくなってくる秋の庭に華やかな色彩を添えてくれる人気者です。近年は花屋さんでも、オシャレな色合い、花姿の異なるさまざまなダリアを見かけるなぁと思っていましたが、最盛期のダリア園は、入り口に立っただけで、その華やかさに圧倒されます。 カラフルな色合いに加え、草丈は20cmほどの矮小種から2mを超すものまで。また小さな花や大きな花、一重や八重咲き、ポンポン咲き、カクタス咲き……などなど。あらゆる種類のダリアが咲き乱れる様子は、これぞ眼福です。 国際ダリア・コンクール パリのパルク・フローラルでは、野生種・園芸種を合わせて400種を超えるダリアを栽培しており、毎年8月末〜9月初めには、国際ダリア・コンクールが行われています。これには、フランス国内から60ほどの生産家がエントリー、ドイツやオランダ、リトアニア、日本など外国の生産家も参加し、一般投票と専門家の審査を経て、新栽培種の受賞品種が選ばれます。 左/Dahlia 'Hellios' (写真内手前)右/Dahlia Gryson's Yellow Spider 一般審査の参加者は、3つの好きなダリアに投票することができます。専門家の審査では、花ばかりでなく茎や葉も合わせた全体の花姿や色彩、さらに耐病性などのテクニカルな部分も対象になります。大賞、ジャーナリスト特別賞、一般審査賞、子ども審査員賞などに選ばれたダリアの一部をご紹介すると、ニュアンスカラーのバラ色のDahlia 'Dutch Delight'、黄色〜オレンジからカフェオレ色に変化するDahlia 'Hellios'、菊のような繊細なカクタス咲きで爽やかなイエローのDahlia Gryson's Yellow Spiderなど。 左/Dahlia Comet 右/Dahlia Staburadze またDahlia Cometはパステルトーンのオレンジのポンポン咲き。より柔らかでエレガントなDahlia Staburadze、シックな深いレッドのDahlia 'King Arthur'など、受賞作品は、色も形もじつにさまざま。この多様性こそがダリアの尽きない魅力と、改めて実感します。 ダリアの魅力〜多様性 もともとはメキシコやコロンビアの暖かい高地に自生するダリアは、18世紀にヨーロッパに持ち込まれ、フランスに導入されたのはフランス革命が勃発した1789年。当初は根を食用にする野菜として扱われたものの、あまり美味しくはなかったようで、ジャガイモを超える人気の食用植物にはなりませんでした。しかし、花の華やかさや、初霜まで続く花期の長さが重宝されて、庭のオーナメンタルな植物として人気となりました。植物愛好家であったナポレオン皇妃ジョゼフィーヌもマルメゾンの庭園にダリアを取り入れ、ダリアは19世紀のフランスで人気を博しました。 再び人気上昇中のダリア かつては希少な品種が高額取り引きされるなど、歴史的にも花形だったダリアですが、一時期のフランスでは、田舎の祖父母のポタジェの花のような、ちょっと時代遅れのイメージになっていました。しかし近年は現代の感性に応える色や形のバリエーションに加え、茎の強度が増し、庭での植え込みやブーケの素材として使いやすく進化してきました。また、花がら摘みが不要なように、花後には再びつぼみのような姿になるローメンテナンスなダリアも現れるなど、生産家による品種改良の努力が続けられてきた結果もあってか、ここ数年来ダリアの人気は再び上昇しています。 野生種のコーナーの一角、ポンポン咲きのダリア。 パルク・フローラルのダリア・コレクションでは、年々増える多彩な園芸品種のダリアのかたわらに、全部で40種類前後存在する野生品種のダリアの1/3ほどが栽培されています。すでに草丈は低いものから人の背丈くらいのものまで、花形も一重も八重も多種の形態がありますが、比較的クラシックなそれらのダリアに比べて、栽培種ではさらに、複雑なカラーコンビネーションで、銅葉やダークな色合いの茎までコーディネートされて、まるでオートクチュールのデザインのような完成度の高さ。 ミルキーなオレンジやカフェ・オレ・カラー、シックなレッドなど、オシャレなカラーリングにも目移りが止まりません。ダリア園を一巡りしてみると、帰りにはすっかりダリアマニアになってしまいそうです。 庭デザインにもアレンジにも大活躍 花の姿だけでなく、葉や茎も含め、さらに群生した際の姿のよさ、管理のしやすさなど、改良を重ねた園芸種のダリアの多様性は、華のある風景づくりの強い味方です。家に飾るブーケにもできる、双方向に活躍するダリアは、自宅の庭の花としても魅力的。ちなみに、ダリアの切り花は長時間の輸送には向いていないのですが、逆に地消地産といったローカルな花のサーキュラーエコノミーにうってつけであることは、サステナブル志向になってきた花屋でダリア人気が再燃している理由の一つでもあります。 さて、パルク・フローラルのダリアは、季節が終わると掘り上げられて、来春の植え付けまで大切に保管されます。また来年にはどんな新しいダリアに出会えるのか、今から楽しみになっています。
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ガーデン&ショップ
【フランスの庭】ル・プリウレ・ドルサン修道院の庭〜魅惑のモナステリー・ガーデン〜
中世の修道院の庭 ヨーロッパで景観への見晴らしがよい開かれた大規模な整形式庭園が発達するのは、ルネサンス期以降。中世の修道院に設けられた庭には、閉じられた空間の中に、修道士たちが自らを養う野菜や果樹のポタジェ(菜園)やベルジェ(果樹園)、また病人を癒やすためのハーブガーデン(薬草園)などがつくられていました。祈りとともに、自らの手を使って働くことは大切な修行の一環であり、庭仕事は修道士の日常の仕事の一部。自給自足という機能面と、修道院という場に相応しい、静けさと調和に満ちた美しく整った空間が、中世の修道院の庭だったといいます。 現代の感性で再現されたモナステリー・ガーデン 庭に続く、修道院の建物のエントランスのしつらいも、ウェルカム感いっぱいで期待が膨らみます。 残念ながら、現代までそのまま残る中世の修道院の庭はありません。今から30年ほど前の作庭にあたっては、装飾写本などに描かれた当時の庭の様子や文献調査から、かつての修道院の庭で行われていたように、植栽には伝統的な有用植物や象徴的な植物を選び、整形式のプランでポタジェ(菜園)、ベルジェ(果樹園)、クロワートル(回廊)がつくられ、現代のモナステリー・ガーデンが誕生しました。 ポタジェ(菜園)とサンプル(薬草園) 見学コースの始まりは、建物に一番近いポタジェから。正方形の木枠で縁取られたポタジェでは、昔からの伝統野菜が花々とともに植栽され、元気に育っています。きっちり端正に整備された構造物とのコントラストで、生き生きと茂る植物のオーガニックな動きの勢いがますます感じられます。また「プレシ Plessis」と呼ばれる小枝などを組んで作られた柵やトレリスが素敵な、魅惑のポタジェ風景が広がります。 こんなに可愛いポタジェには、なかなかお目にかかれません。ポタジェの奥は「サンプル」と呼ばれる薬用ハーブの植栽コーナーです。病人を癒やすのは中世の修道院の重要な責務であり、このハーブガーデンには、かつて王令で薬草として栽培を推奨されたハーブの数々、カモミールやメリッサ、セージ、ミント、イチョウヨモギ、アンジェリカやバーベナなども植栽されています。 プロムナード(散歩道)からベルジェ(果樹園)へ リンゴや洋ナシが規則正しく植えられたベルジェの様子。 何度でも見て回りたくなるポタジェを抜けて、芝地に並木が植栽されたプロムナードへ。緑だけのスッキリと整ったシンプルに美しいこの空間に入ると、不思議とスッと心落ち着く感じがしました。 続いて、芝地にリンゴや洋ナシといった果樹が植えられたベルジェも、穏やかな空気が流れる場所。果樹の周りを囲むように設けられたプレシ(小枝の柵)のベンチや王様の椅子を思わせるシーティングが、シンプルな空間にアクセントを添えています。 通路には、異なる空間の重なりの奥に、常にフォーカルポイントが作られていて、深い奥行きを感じさせます。 それぞれの庭のコーナーは生け垣やプレシでしっかり囲まれつつも、他の空間への見通しのポイントがそこかしこに設けられていて、こちらへ、彼方へと誘われるように、歩を進めることになります。 ラビリンス(メイズ 迷宮) さまざまな植物に彩られたラビリンス。 さらに進んでいくと、さまざまなエスパリエ仕立ての果樹や小枝の柵で構成された、ラビリンスに入り込みます。カゴ形の構造物の中に植えられたルバーブや、白を基調にした花々が揺れる仕切りの奥に、ベンチで囲まれた大きな果樹が見えるのですが、目に映るままに進んでも、意外と行きつけない、まさに迷宮になっています。 幾何学的なボリュームで構成された空間ですが、よく見ると足元の素材は木材を利用。長もちはしないかもしれませんが、温かな雰囲気です。 この迷宮は、キリスト教での“行き着くことが難しい「救済」への道”を示すものでもあるのだとか。迷路を構成する生け垣の片隅には、日陰になった休息スペースもあって、花や果樹を愛でつつ、迷うことを楽しみながら、ゴールに向かう構成です。 さまざまな小さな庭 ラビリンスの中心には、円形の洋ナシのパーゴラを被った丸いベンチが。 ラビリンスの中心には、その形を反映するように円形に刈り込まれた洋ナシと、風に揺れる花々の植栽が。イチゴやフランボワーズ、スグリなどの赤い実の小道や、残念ながらバラの季節は過ぎてしまっていたのですが、バラ園であるマリアの庭など、さまざまな小さな庭の空間が続きます。 いずれもが共通して、整形式のプランと構造に木材や小枝などの自然の素材が使われており、それでいてテーマによってそれぞれ全く異なる雰囲気を持った空間となっています。エリアが変わるたびに、ハッとするような発見の感覚があって、楽しさが尽きません。 クロワートル(回廊) クロワートルの庭の中心には、生命の象徴である水が流れています。 さまざまな小さな庭の連続の中、大きな空間を占めるのがクロワートルと呼ばれる、全体のほぼ中心に当たる庭です。修道院建築の中に必ず含まれる中庭を囲むクロワートルは、祈りと瞑想の場であり、天国を予示する象徴的な場でもあったそうです。ここでは石造りの修道院の建築の代わりに、クマシデの生け垣がクロワートルを形づくっています。その中心には静かに水が流れる噴水があり、四方は小さな葡萄畑になっています。 じつは、現在修復されている修道院の建物も、最盛期の1/10ほどだそうで、かつては石造りの建物として存在したクロワートルが、静かな散策の緑のプロムナードとなって庭に再現されているのは、デザインとしても面白いところ。 緑の生け垣の壁にくりぬかれた円形窓からの風景。どのディテールも魅力的。 作庭から30年ほどが経つという、ル・プリウレ・ドルサンの庭。現在は4人のガーデナーが維持管理を担っている3haほどの庭園は、非常によく手入れされており、本当に気持ちよく寛いで散策できます。中世の修道院の庭のさまざまな特徴を、現代の美意識でデザインに生かしたこの庭には、人の手仕事と植物たちの美しい調和が溢れていて、まさに天国のような心休まる空気が流れていました。 庭園にはショップとカフェも。昼時にはテラスか室内で、ホームメイドの塩味系のキッシュやタルトとフレッシュな庭のレタスのサラダ、ドリンクとデザートの軽いランチセットがいただけます。
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ガーデン&ショップ
【フランスの庭】ヴェルサイユ庭園の最新スポット「調香師の庭」
花の宮殿、グラントリアノン グラントリアノン。Andy Sutherland/Shutterstock.com ヴェルサイユ宮殿には、グラントリアノン、プチトリアノンの2つの離宮と庭園があります。ルイ14世は「ヴェルサイユ宮殿を宮廷のために、マルリー宮殿を友人たちのために、グラントリアノンを自分のために作った」といわれます。王は堅苦しい宮廷儀礼を離れたプライベートな時間を過ごすために、1668年、陶器のトリアノンと呼ばれた美しい宮殿を建てさせました。しかし、外壁を覆うデルフト陶器の脆弱さゆえに陶器のトリアノンは20年と持たず、早々に大理石のトリアノンと呼ばれる、現在まで残るイタリア風の建物に建て替えられることになります。 プチトリアノン。Ivan Soto Cobos/Shutterstock.com さて、王が親密な時間を過ごしたトリアノンの庭は、どんな様子だったのでしょうか。 当時、トリアノンの庭園の花の植栽は、その時々の王の希望に合わせて素早く変えられるよう、また、すべての花を最高の状態で見せられるよう、植木鉢に植えて花々を組み替える方法で行われていました。別名「花の宮殿」とも呼ばれたトリアノンの庭園には、香りのよい花々が大量に咲き乱れ、その強い芳香に気絶する招待客も出るほどだったとか。 ヴェルサイユと香水文化 盛夏の「調香師の庭」は、香りにまつわる植物たちが旺盛に育つ、ナチュラルかつのどかな雰囲気。 衛生面ではまだ発展途上であったともいえる17世紀、ルイ14世の時代の宮廷では、不都合なにおいを隠す目的もあって、ムスクなどの動物性の強い芳香が好んで使われていたそうです。庭園や宮殿を飾る花々も、ヒヤシンスや月下香など、芳香の強いものが好まれました。そうした背景から、17世紀から18世紀にかけて、イタリアから伝わった香水が大流行したフランスの宮廷は、数々の名調香師を生んだ、香水産業の揺り籠となったのでした。また、当時は香水を使うことができるのは王侯貴族などに限られていたゆえに、香水の香りは、豊かさと高貴さの象徴でもあったのです。 香りの花々が育つ「調香師の庭」 ダマスクローズ越しの「調香師の庭」の風景。 そうしたヴェルサイユの宮廷と宮殿、香水文化の歴史からインスパイアされて生まれたのが、新たにつくられた「調香師の庭」です。かつて「Sillage de Reine」でマリー・アントワネットの香水を復元するなどヴェルサイユと縁の深い香水のメゾン、フランシス・クルジャンがスポンサーとなってつくられた、香水の歴史に捧げられた庭園です。 シャトーヌフのオランジュリー。かつてルイ15世が、ここでコーヒーやパイナップルを栽培させたのだそう。 植物学に興味を寄せていたルイ15世がかつて造らせた、シャトーヌフのオランジュリー。「調香師の庭」は、その建物近くにある9,000㎡ほどの敷地につくられました。トリアノンの庭師たちと協力し300種以上の香水の素材となる精油に使われるさまざまな植物が集められた庭は、雰囲気の異なる3つのゾーンで構成されています。通常は非公開の場所ですが、ガイド付きであれば見学することができます。では、3つのゾーンをそれぞれ見ていきましょう。 <好奇心の庭> ルイ15世がパイナップルやコーヒーを栽培させたというシャトーヌフのオランジュリーにまっすぐ向かう通路を中心軸に、左右対称の整形式に整備されています。数百種の芳香に関連する植物が植栽された「調香師の庭」は、いわば香りのポタジェ。実際、少し前までこの敷地にはヴェルサイユの宮殿内にレストランを持つアラン・デュカスのポタジェがあったのだそう。 多数のバラの中で、わずかに咲き残りの花が見られたダマスクローズ。香水の原料の主となる香りのバラです。 この庭には、当時の植物系の香水の素材として花形的存在だったアイリスやバラ、昔から使われ続けているさまざまな香りのハーブ類、香水製造にまつわる文脈で「ミュエット(無言)」の花と呼ばれる月下香やスミレなどが植えられています。 チョコレートコスモスは、深いチョコレート色がおしゃれなばかりでなく、香りもチョコレート! また、花そのものが素晴らしい芳香を持つものだけでなく、直接的には香水の材料となる香りが抽出できず、人工的に再構成するしかない種類の花、チョコレートやパイナップルといった珍しい香りの草花など、幅広く香りに関する花々が集められています。 葉からパイナップルの香りがするハーブ、パイナップルセージ。 セージをはじめ、香りのハーブの植栽エリアも充実。 庭園全体は、17世紀のトリアノンの庭の香りのエスプリをイメージしながら、一年を通して何らかの花が咲くようにといった配慮がされています。また、ボルドーとチョコレート色、イエローからオレンジへのグラデーションというように、色彩をポイントに構成された植栽からは、オーナメンタルな庭としての心配りが大事にされているのが分かります。 晩夏もまだ花盛りのラベンダーは、青紫色の植栽コーナーの主役。 私が訪れた8月中旬は、庭の季節としては花から結実へと向かう、暑さで疲れも出ていそうな時期でした。庭の花形であるバラは、さすがに少々の花が残る程度でしたが、そこかしこで勢いよく育った草花のダイナミックな姿がワイルドで、フランスの田舎の夏休みを思わせるような、ナチュラルで心休まる風景になっていました。 かなりワイルドな、でもなぜかほっとする風景。 オランジュリーの前と通路の両脇は、レモンやビターオレンジ(橙)などの柑橘類の植木鉢で飾られています。ビターオレンジも、実は精油のネロリやプチグランの原料となり、香水の材料として活躍する柑橘です。ちなみに、さまざまな動物系の強い芳香を嗅ぎすぎたためか、芳香アレルギーになってしまった晩年のルイ14世が、唯一受け付けることができたのは柑橘系の香りだったのだそうです。 オランジュリーからの中央通路に並ぶ柑橘類を中心にしたコンテナーと植木鉢の列。 <木々の下の庭> 緑がワサワサ茂るワイルドな果樹園。 <好奇心の庭>の隣の果樹園エリアとの間には細長い桜並木があり、春には庭園の一番の見どころになりますが、8月の果樹園で目を引くのは、モモやリンゴ、洋ナシがたわわに実る果樹のほうです。かなりワイルドな感じの果樹園を抜けると、奥にはさらに、壁に囲まれた小さな<秘密の庭>が待っています。 奥に進むと、さらに壁に囲まれた扉を発見。 小さな<秘密の庭> 敷石のステップが緩やかな曲線を描き、庭の奥へと気持ちを誘う<秘密の庭>。中に立ち入って植栽などを観察することはできなかったのですが、ひっそりと静かに瞑想するのによさそうな静かな空間は、現在のところ庭師の実験ガーデンとなっているのだそう。 <秘密の庭>を覗いたところ。 見学の最後には、ワークショップスペースでアイリスの根やバラの花、パチュリの葉や茎、バニラの実など、精油の抽出には植物のさまざまな部分が使われることを学び、香りを実際に体験することができます。精油となった芳香をそれぞれの言葉で表現し、また実際の植物の香りやイメージと、精油になった香りとのギャップを発見するのは、大人にとっても子どもにとっても面白い体験。視覚と嗅覚とイマジネーションをフル活用することで、庭と植物の楽しみ方がさらに広がります。 屋根付きのワークショップコーナーでは、ガラス瓶の蓋の裏に用意された調香の基本となる香りを体験。実際に香りを嗅いで言葉にする体験は、新鮮な発見になります。 ドライのバラの花やアイリスの根などに混じって、真ん中の瓶はドライになったパチュリの茎と葉っぱ。 香水の歴史を庭のインスピレーションとして新たな空間を作った「調香師の庭」は、ヴェルサイユ庭園ならではの興味深い試みです。
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ガーデン&ショップ
【北欧の美しい暮らし】カール&カーリン・ラーションの家と庭
スウェーデンを代表する芸術家が残した家と庭 19世紀から20世紀にかけて活躍した画家カール・ラーション(1853-1919)は、スウェーデンを代表する国民的な芸術家。そして、彼が妻カーリンと7人の子どもたちと暮らした家と庭、リラ・ヒュットネース(Lilla Hyttnäs、岬の小さな精錬小屋の意)は、現代に続く北欧スタイルのインテリアデザインにも大きな影響を与えた、理想の美しい暮らしの場として知られます。 このリラ・ヒュットネースがあるのは、湖と森の風光明媚な自然に恵まれたスウェーデン中部、ダーラナ地方の小さな村スンドボーン。現在はカール・ラーション記念館となって公開されています(家の中は予約制のガイドツアーのみで見学可能)。 芸術家カップルの理想の暮らしの場 カールの妻カーリンも、もともとは画家であり、2人はフランス留学中に出会って恋に落ち、結婚。スウェーデンに戻ったのち、1888年からは、7人の子どもたちとともにカーリンの父から譲られたこの家に住まうことになります。そして、1837年に建てられたスウェーデンの伝統的な木造家屋に、コツコツとリノベーションを重ねた彼らの創造性溢れる室内装飾は、現在に続く北欧スタイル・インテリアデザインの元祖となりました。 子育てのために絵筆を置いたカーリンでしたが、伝統的な手仕事に、アール・ヌーヴォーなどの当時最新のデザイン傾向を合わせて、家族との暮らしのための家具やテキスタイルのデザインに、その才能を開花させます。 室内は、当時さながらの可愛いカーリン・デザインのドレスの女の子が案内してくれるガイドツアーで見学できるものの、写真撮影は不可なのが残念。しかしじつは、カールが家族の暮らしの様子を描き、大人気となった画集『わたしの家』から、現在も残されている家の様子をそのまま知ることができます。 『わたしの家』 1895年制作, Our Home (メシュエン・チルドレンズ・ブックス, 1976年)より。※カール・ラーション『わたしの家』オリジナルの画集は1899年出版 美しく静謐な自然に囲まれた家は芸術家の制作活動にふさわしい場所で、多くの近隣の風景が次々とカールの作品の中に描かれました。しかし、長雨が続き戸外制作ができなかったある夏、家の中を描いたら? というカーリンの発案から生まれたのが、画集『わたしの家(Ett hem/ Our Home)』でした。 1895年制作 Our Home(メシュエン・チルドレンズ・ブックス, 1976年)より。 明るい色合いで繊細に描かれた暮らしの風景は、朗らかな歌声が聞こえてきそうなほどに、あたたかな彼らの暮らしの様子を生き生きと伝えます。インテリアや服装のディテールまでが仔細な描写で描かれ、今でも家のインテリアに取り込みたいような可愛いアイデアが詰まった本です。また、スウェーデンの家庭の季節行事などの様子もうかがえ、興味深々です。 「家」と「庭」がつくる家庭 カール・ラーション《大きな白樺の下での朝食》 1896年。 画集の中には、家族全員が庭のシラカバの木の下の大きなテーブルで朝食を摂っているシーンがあります。「家庭」という語が「家」と「庭」で構成されるのには、さまざまな意味で説得力を感じているのですが、特に夏は庭で過ごす時間も長かった彼らの暮らしにとって、庭は不可欠な、大切な存在でした。 画集に描かれたラーション家のガーデナーは、妻であり母であった芸術家カーリンです。 当時の最新流行だったイギリスのコテージガーデン風をよりシンプルにアレンジした庭は、湖と森に囲まれた周囲の風景と、ファールン・レッドが基調の木造家屋を程よくシームレスに繋ぎ、子どもたちが芝の上で遊び回ったり、家族で食事をしたりお茶を飲んだりするのに、とても居心地のよい、緑の暮らしの空間だったことでしょう。 現在は記念館を運営する財団のスタッフの方々が、当時の面影をなるべくとどめるような形で庭の管理をしているそうです。 湖畔の庭のチャームポイントは、眺めとガーデン・ファニチャー 庭の最大のチャームポイントは、なんといってもダイレクトに面した湖畔の眺め。白い桟橋から眺める対岸の風景と、キラキラ輝き変化する水面の様子は、穏やかな心休まる美しさ。 また、彼ららしさが表れるのは、庭のそこかしこでフォーカルポイントにもなっているオリジナルのガーデン・ファニチャー。水辺の大きな柳の木の側には、ファールンレッドの椅子とテーブル、湖を眺める半円形の白いベンチのコーナーなど、彼らがデザインした素朴なあたたかさと機能性を併せ持った木製のガーデン・ファニチャーは、タイムレスな北欧スタイルのお手本です。 湖畔を眺める半円形のベンチ。 北欧の春は遅く、訪問した5月中旬のタイミングでは、ボーダー植栽の植物たちは、やっと芽を出したばかりといったところ。花咲き乱れる姿を見ることはできませんでしたが、柳の木の爽やかな新緑が軽やかに揺れ、リンゴやリラなど果樹や花木の花が咲き、もう、それだけでとても魅力的でした。 ファールンレッドの犬小屋もかわいい。 庭の外柵の細い丸太を斜めに使った形は、ダーラナ地方の農場などでも多く使われる、この地方特有のスタイル。 地元食材レストランのランチタイム 庭は自由に散策でき、いつまでもいることができます。これでお茶でもできれば最高! なのですが、残念ながらカフェなどは併設されておらず……と思いきや、すぐ隣にテラスのある地元の食材を使った自然派レストランを発見。 ランチタイムには、食べ放題のビュッフェ形式で、野菜豊富なさまざまな郷土料理からデザートまでがサーヴされます。テラスでいただいたお料理は、ホッとする素朴な美味しさ。シナモンロールとコーヒーでフィーカ(おやつタイム)も楽しめます。 カーリンのデザイン作品の展示 スンドボーンの村を5分ほど歩くと、ギャラリーに到着。村の中も牧歌的。 また、スンドボーン村内のラーション家の近隣に増設されたギャラリーでは、カーリンのデザイン作品の展覧会が開催中で、さまざまなファニチャーやテキスタイルのリプロダクトが展示されており、彼らの美しい暮らしの世界観にたっぷり浸ることができました。 ギャラリー入り口。 展示風景の例。 絵画に描かれていた窓辺のシェルフも展示されていました。左/1912年制作、 スウェーデンの国民画家 カール・ラーション展 (読売新聞社/美術館連絡協議会, 1994年)より。 ミュージアムショップも充実。 自然の中の、北欧の美しい暮らしの世界 豊かな自然と庭に囲まれたラーション家の丁寧な美しい暮らしの様子は、隅々まで美意識を感じる、しかし気取らず素朴な、どこか懐かしく温かな記憶を呼び覚ますよう。今でも、1世紀以上を経たとは思えないような、タイムレスな魅力に満ちています。
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北欧のドリーム・ガーデン「ローゼンダール庭園」案内
自然豊かな市民の憩いの場所 スウェーデンの首都、ストックホルムを構成する14の島々のひとつ、ユーゴルデン島は、中心から自転車やトラムで10〜15分程度とアクセス抜群の立地でありながら、水に囲まれた豊かな森の自然に触れられる市民の憩いの場所です。5月下旬、スズランの群生を足元に見ながらこの森の中を進んでいくと、北欧のドリーム・ガーデン、広い林檎園や温室、ポタジェ(菜園)が並ぶローゼンダールトレードゴード(トレードゴードは庭園の意)が見えてきます。 ローゼンダール庭園への道のり、至る所が爽やかな水と緑に彩られるユーゴルデン島の遊歩道。 小さくて見えにくいかもしれませんが、シカも散策者をお出迎え。 森の林床のグラウンドカバーは野生のブルーベリー。 歴史ある開かれた王立庭園 右のイラスト版の庭園案内図がかわいい! ショップにはトートバッグやポスターなどのグッズもありました。 19世紀までは王族の狩猟の獲物のための保護地区だったがゆえに自然がそのまま残されたこの場所に、1810年、スウェーデン王となった仏人ベルナデットが夏の離宮とイギリス風景式庭園をつくったのがローゼンダール庭園の始まりでした。森に囲まれたこの庭園は当初より市民に開放され、王族の避暑地であるとともに、市民の散策の場所にもなりました。開かれた市民のための庭という伝統は、現在に続くローゼンダール庭園の進化のバックボーンになります。 19世紀につくられたオランジュリー。手前にはバラ園とブドウ畑、ラベンダー畑が。 この開かれた庭園をさらに拡張したのは、園芸愛好家だったベルナデットの息子オスカー1世とその妻ジョゼフィーヌ王妃でした。1860年には園芸協会によって、スウェーデンで初めてのガーデナー養成学校がローゼンダールに開校し、700人のガーデナーを養成します。それは、ガーデナーの養成にとどまらず、スウェーデン全体にガーデニングを普及するムーブメントの発端となり、ローゼンダール庭園は、スウェーデンの人々にとって憧れのモデル・ガーデンの役割を果たしていきます。 庭園のコアである、1世紀半の歴史がある林檎園。不思議なほどピースフルな場所。 森の中の林檎園 ローゼンダールを訪れた際に、ひときわ印象的なのが、自然溢れる立地環境です。現在では王立公園として管理されている、苔や野生のブルーベリーがグラウンドカバーになった素晴らしい自然の森の中では、シカがゆったりと佇んでいたり、水辺をさまざまな水鳥たちが行き来するなど、その景観は都市にいることを完全に忘れてしまうほど。鳥の歌を聞きながらゆるゆると散策を続けていくと、19世紀のオランジュリーの建物や広大なポタジェ(菜園)、ベーカリーやカフェ、レストランなどの入ったおしゃれな温室、そして林檎園が見えてきます。 温室を利用したカフェやベーカリー・ショップは素朴なのにおしゃれ。 樹木のアーチをくぐると林檎園への入り口。 150年前に植えられたという400本の立派な老樹が並ぶ広い林檎園は、ローゼンダール庭園がつくられた19世紀から残る歴史的な場所。収穫されたリンゴの出来のよいものは、販売用にショップへ、またレストランとベーカリーに届けられ、それ以外のものはリンゴジュースなどに加工されるそうで、1世紀半を経たリンゴの木々は現在も活躍中です。 5月はリンゴの花盛りでした! そこかしこに設置された椅子やテーブル、ベンチでは、リンゴの木の傍で、ゆったり読書をする人、見つめ合う若いカップル、賑やかな家族連れなど、さまざまな人が思い思いの時間を過ごしています。ピースフルな空気感が溢れるこの場所には、ただいつまでもここでこのまま過ごしたい、そんな気持ちになる、マジカルな時間が流れています。 林檎園の片隅では養蜂も行われています。 この林檎園は、歴史的であるとともに庭園全体のコアになっている場所で、林檎園を囲むように、ベーカリー、レストラン、ガーデニングショップなどの入った温室と野外テラス、子どもの遊び場があり、オランジュリーの前には小さなブドウ畑とバラ園、そして広大なポタジェが作られています。 理想の庭のかたちとは? ビオディナミ農法のポタジェ 野菜の季節の到来を静かに待つ、中央の小さなガーデンシェッドがポイントの5月中旬のポタジェ。 ところで、ローゼンダールでも、20世紀初頭には庭師養成の学校が廃止され、庭園が忘れられつつある存在となった時期がありました。その後1980年代、ここで未来のための新しいパーフェクト・ガーデンをイメージしようという動きが生まれ、再びローゼンダール庭園が活性化した頃に取り入れられたのが、大地と自然のリズムを尊重するビオディナミ農法でした。 ワインのためのブドウ生産などでもよく利用されるビオディナミ農法は、ごく簡単にいえば月のリズムに基づいた自然農法。ポタジェの一角のコンポストは、土壌づくりから始まる栽培サイクルのカギとなる重要な要素です。 カフェ・レストランの風景。中央に並ぶ旬のポタジェの野菜や果物を使った日替わりのメニューは、全部食べたくなる! 花咲き乱れる美しいポタジェで採れた野菜は、採れたてが園内のレストランとベーカリーに届けられます。毎日のレストランのメニューと皿数を決めるのは、ポタジェの収穫。良質な季節の恵みをダイレクトに味わえるよう、調理はシンプルを心がけているのだそう。見ただけでも、食べたらさらに、幸せそのものを味わえそう。 温室内のテーブル席、野外のテラス席、はたまた前出の林檎園で。と、園内の好きな場所を選んで、オーガニックのランチやお茶を楽しめます。 冬が長い北欧では野外で過ごす季節が短いだけに、美しい景観も美味しい自然の食べ物もぜんぶ合わせて、心地よい庭の楽しみ方に敏感なのかもしれません。 遠足の子どもたちも楽しそう。天使の彫像の奥には、子どものためのメイズ(迷路)があります。 分かち合う庭、ナチュラルでシンプルな幸せ空間 大地と自然のリズムにしっかりと繋がった、美しいばかりでないエディブルな庭、ローゼンダール庭園は、誰もに開かれたみんなのための庭です。数十年前、2人の若い庭師ラース・クレンツ(Lars Krentz)とパル・ボルグ(Pal Bolg)が、19世紀につくられた歴史的庭園を土台に、未来の庭はこうであったらいいだろうとイメージしてつくり始めたこの庭は、訪れる人々すべてに庭の楽しみと癒やしを分かちつつ、現在も進化を続けています。
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海外の庭
パリのサステナブル・ガーデンショー「ジャルダン・ジャルダン2023」
パリのガーデニングの最新情報を知るイベント 日本と同様、6月はバラ、シャクヤク、アジサイと、次々に花が咲きあふれる季節。フランスでもガーデンイベントが集中する時期です。 2023年はコロナ明け2年ぶり開催だったパリのアーバン・ガーデンショー、ジャルダン・ジャルダン。18回目を迎える今年は例年のリズムを取り戻し、6月最初の週末(2023年6月1~4日)にチュイルリー公園の一角で開催されました。 テーマは「豊穣でレスポンシブルなリソース・ガーデン」 今年のテーマは「環境に負荷をかけない」「人にも他の生き物にも寛容な、資源としての庭」また、「人が原点回帰して元気を取り戻せるような庭」といったイメージで、エコロジーやサステナビリティを強く意識したガーデニングという今日的なメッセージがダイレクトに伝わってくるものでした。 庭のオーナメンタルなアクセントにもなる個性的なデザインのトレリス。 これまでも、都市緑化・アーバンガーデニングに的を絞った構成が、小規模なガーデニングショーならではのピリリと気の利いた存在感を放ってきましたが、今年はさらに自然環境・生物多様性保護に貢献する、現在と未来へ向けてのアーバン・ガーデンのあり方を模索する示唆に富んだ内容になってきました。 フレンチ・ガーデンの伝統を表現する幾何学的なトピアリーをアクセントにした端正な庭も健在。 大(50~200㎡)小(15㎡)合わせて三十数個のショーガーデンと、80ほどのガーデニング関連の出展者たちのプレゼンテーションに共通している、サステナビリティやエコロジーへの配慮は、もはやパリのアーバン・ガーデニングのマストになったといえるでしょう。 人と自然に優しいガーデンのかたち 「責任感があり、自然にも人にも優しい豊穣な庭」というキーワードをもとに展開された庭は、都市のヒートアイランド現象の蓄熱を抑える緑の働きや、土壌の大切さ、水の大切さを振り返るようなコンセプトのものが多く、積極的にリサイクルやリユースを利用したデザインや、温暖化に対応した水を大量に必要としない丈夫な植物にスポットを当てたドライガーデンなどが見られました。また、ワイルドフラワーと、オーナメンタルかつ食用にもなるハーブなどのエディブルな要素を分け隔てなくランダムに植栽に取り入れつつ、懐かしい田舎の庭を思わせるようなガーデンなど、全体的にはナチュラルな雰囲気ながら、さまざまなスタイルの庭が提案されています。 フェ・ドモワゼル(ドモワゼルの妖精)の庭(Demoiselle VRANKENがスポンサー)。 そのなかで、メインガーデンのデザイン大賞に輝いたのは、庭づくりの匠、フランク・セラによる作品でした。フランスの田舎の祖父母の家の庭をイメージした、レトロで新しいナチュラル・ガーデンです。エディブルな植物とワイルドフラワーが交じりあって彩る、丸太で構成された小道を通って庭に入り、中央の池の上を渡っていくと、涼しい日陰の小さな小屋や、ひっそりメディテーションしたくなるようなシーティングスペースが待っています。 ナチュラルな田舎の風景を思わせる、ワイルドフラワーが彩る丸太の小道を通って、池を渡り、小さな小屋へ。 ポタジェの野菜やハーブを収穫して皆で賑やかに食事したり、植物に囲まれてゆったりとくつろいで英気を養う…人の暮らしと自然が温かに共存するこの庭で、池の水は生命の象徴として取り入れられていました。 スモール・アーバンガーデン大賞が新設 涼やかなシェードの下に、食事が楽しめるテーブルコーナー、ゆったりくつろぐためのコクーンのようなシーティングと、アイデアが盛りだくさんの小さなガーデン。 また、新たに創設されて注目を集めたのが「スモール・アーバンガーデン大賞」です。15㎡という狭小な敷地は、一般的なパリのバルコニーやテラスなどにもすぐ応用できるリアリティのある面積。「小さな空間に大いなるアイデア」という選考基準をもとに、書類審査された9つのガーデンが、実際に会場に設置されました。木材などの自然素材、リサイクルやリユースの素材を上手に使って、狭い中にもそれぞれの個性が生きる素敵なスモール・ガーデンが並びます。 「スモール・アーバンガーデン大賞」に選ばれた「出現 Apparaître」。 大賞に選ばれたのは「出現 Apparaître」というタイトルがついたガーデン。リサイクルのガラス素材などがうまく組み合わされて、透明感と反射の加減で空間を広く軽やかに見せる工夫がなされています。 「スモール・アーバンガーデン大賞」に選ばれた「出現 Apparaître」。木材とガラス材を多用した空間の構成が面白い作品。植栽はシンプルに、ワイルドなグリーンで。 今年のシャネルはオレンジ・ガーデン さて、見逃してはならないのが、毎年楽しみにされているシャネルのガーデンです。ハイブランドの世界観を表現するガーデンは、いつも上品かつスタイリッシュ。今年はシャネルのパルファンの5つの基本の香りの中から、ビターオレンジ(橙、Citrus aurantium)をメイン・テーマにしたガーデンです。 ビターオレンジの若苗が、南仏のオレンジ畑の風景を彷彿とさせます。 イル=ド=フランスをはじめ、フランスのほとんどの地方では露地栽培が不可能なオレンジの木ですが、シャネルのパルファンのために、温暖な南仏の契約農家で、環境に配慮した無農薬栽培で大切に育てられた花が採取されているそうです。 ブース内ではビターオレンジから作られる香料ネロリとプチグランを嗅ぎ比べたり、香料や香水の製造過程について学べます。 かつては盛大だった南仏のビターオレンジの栽培も、化学的な香料の発展で現在は大幅に減少してしまっています。シャネルでは契約農家とともに、700本のビターオレンジを新たに植樹して無農薬栽培のオレンジ畑をつくっています。畑の造成は、南仏で昔から使われている石壁制作の技術を専門学校の生徒たちに伝授する機会にするなど、伝統技術の継承の場にもなっています。 子どもたちのためのワークショップの特設スペースもとってもおしゃれで、参加できる子どもが羨ましい。 ガーデニンググッズもカッコよくサステナブルに 大手ガーデンセンターによるガーデニング超初心者さん向け定植体験ブース。バジルやラベンダーなど、たくさんの植物の中から好きな苗を選んで植木鉢に定植。家に持ち帰れます。 ガーデニンググッズにも、やはりリサイクル、リユースといったサステナビリティを大切にしたデザインが見られ、会場のさまざまな製品のプロトタイプのトレンドになっていました。最新のリサイクル技術などを取り入れ、かつ自然な素材や伝統的な技術にも目を配った、エコロジカル・ガーデニングに欠かせないお洒落なプロダクトを発見するのも、会場での楽しみの一つ。 こちらは軽さがポイントのテキスタイル製のアウトドア用コンテナーシリーズのプロトタイプ。10年以上の耐久性があり、かつ何度かのリサイクルが可能な素材が使われています。 最近はすっかり一般化してきた素焼きのオヤ(Ollya)。水やり回数を抑えることができる優れもの。 パリのハチミツ業者のブース。時期により蜜源は変わるが、写真は世界的なハチミツコンクールで入賞したものだそうで、さすがに一際味が濃くて美味しい。 また、庭といえば、養蜂を趣味にする人も多いフランス。パリのハチミツ業者も出店。農薬などの使用がほとんどないパリのほうが、農業地帯よりもよいハチミツが採れる、のだそうです。時期によって蜜源が異なるので、味も軽いものから複雑で深いものまであり、中には世界ランキングでも評価の高い美味なパリ産ハチミツも。 憧れのクラシカルな温室 そして、ヨーロッパらしさが溢れているのが、おしゃれな温室です。大小さまざまなサイズ展開で、展示されている色に限らず、カスタムメイドもできます。庭に温室があれば、寒さに弱い植物の冬囲いや播種にも便利ですし、または、お茶を飲むスペースなど、部屋が一つ増えたようにも使えます。お値段は張りますが、いつかは欲しい、憧れの温室です。 無農薬有機栽培の野菜・ハーブ苗 無農薬栽培で育てられた伝統野菜や希少品種の野菜苗たち。 さて、サステナビリティへのこだわりは、苗販売にも行き届いていて、無農薬・有機栽培で育てられたじつに多彩な野菜の種子と、この季節すぐ植えられる苗も揃っています。話を聞くと特に伝統野菜に力を入れているそうで、例えば、フランスの家庭のポタジェ(菜園)で栽培するのに一番人気のトマトなどは、それだけでも何十種類もあります。 自家栽培の固有種、伝統種の野菜や花の種がよりどりみどり。 食文化が豊かなフランスでは、野菜や果物の品種にもこだわって栽培する人が多い様子。私も一般的なガーデンセンターではほぼ見つからないカクテル・キュウリの苗を発見、お買い上げできて大満足でした(翌日さっそくポタジェに定植、収穫できる夏になるのが楽しみです!)。 すべてはご紹介できなかったのですが、会場では、こだわりのガーデナーもガーデニング初心者も、誰もが満足できる展示・物販がどこかに用意されています。しかもフランスの6月は、野外にいるだけで気持ちのよい季節でもあり、大変満足度の高いイベントになっています。 セイヨウボダイジュの並木はカフェサロンに早変わりして、くつろぐ来訪者たち。 さらに、会場のチュイルリー公園は、花が咲き始めたセイヨウボダイジュの並木道が美しい、彫刻作品なども充実した有数の歴史的庭園。ちょうどバラの季節でもあり、会場を出てからも、美しい庭の世界の延長をうっとり楽しむことができるのも、いいところ。今後も注目していきたいイベントです。 チュイルリー公園、花が咲き始めたセイヨウボダイジュの並木や、バラが植栽されたクラシカルな美しい庭園空間が広がります。
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【フランスの庭】ル・ヴァストリヴァル、プリンセスの庭
プリンセスの庭の始まり 庭づくりの始点となった、コテージガーデンの雰囲気がある建物周辺と、針葉樹にクレマチスが這うフォレスト・ガーデンへの入り口(写真右)。 前回ご紹介したヴァロンジュヴィル=シュル=メールの近隣に位置するこの庭は、第2次世界大戦後の1950年代に家族と共にフランスに移り住んだモルダヴィア(現モルドバ民主共和国)のプリンセス、グレタ・ストュルザ(Greta Sturdza 1915-2009)によってつくられました。かつて作曲家のアルベール・ラッセルの住居だったという、荒れ放題になっていた小さな家と12ヘクタールの土地を気に入って購入した彼女は、ここを「四季を通じていつでも美しい庭にする」と決意します。 ガーデニング成功のカギ フォレストガーデンは、さまざまな樹木や草花の協奏曲のよう。よく見ると、植栽の足元はみな枯れ葉でマルチングされています。 家の周辺からマツやカシなどが生える林の方に向かって、ぼうぼうの草地を整備するために、プリンセス自ら生い茂ったシダを抜きとるところから始まった庭づくり。まったくの独学ながら、それまでに住んだモルダヴィアとノルウェーでの経験から体得していたことが、彼女の庭づくりの大きな指針となりました。それは、若木の定植を丁寧に行うことと、マルチングを欠かさないこと、この2つです。枯れ葉やコンポストなど、現場にある自然の材料で行うマルチングは、土壌を保護しながら豊かにし、乾燥を抑え、冬には防寒にもなる優れものです。 さりげなく庭の片隅に積み上げた枯れ葉などは、そのままコンポストになる。 美しき調和、庭風景の秘密 高木からグラウンドカバーまで、それぞれの層がしっかり確保され、重なるように景観が作られている。 そして、絵画のような圧倒的な美空間を構成する秘密は、プリンセス・ストュルザが自ら開発したという、高木からグラウンドカバーまでの植物層を明確に分けつつ重ねる構成と、透かし型の剪定です。 雨が多く湿度が比較的高い、また海沿いの強風が吹き付ける土地柄から、庭園での倒木の危険を避け、樹冠に風と光を通すための樹木の剪定は必要不可欠でした。 剪定で形作られたシャクナゲの大木の幹は、独特な美しい造形を見せている。 樹冠部分を十分に透かし、枝の重なりを段々状に整えるような剪定によって樹形が作られます。そのことで、庭の構成に美的なタッチが加わり、さらに生まれるグラウンドカバーから灌木類、中木、高木へときれいな層の重なりのグラデーションが、この庭ならでは。どこから見ても美しい光景を描き出しています。また、しっかり剪定された樹木がある層の下に密に植栽されたグラウンドカバーの植物は、マルチングと併せて、雑草の繁殖を防ぐという意味からも有用です。 和庭園で行われている透かし剪定ともまた違った、オリジナルな剪定により形作られた樹木が庭のデザインのポイントになっている。 四季の美をつかさどる植栽コレクション 森に自生する丈夫な花、ドロニクを群生させた一角は、春らしいナチュラルな華やかさ。 植栽の選定もこの庭らしい魅力が現れているポイントです。プリンセス・ストュルザの植物選びは、徹底した自らの審美眼と、自然に寄り添うものでした。庭好きの例に漏れず、彼女の植物へ向けられた情熱には並々ならぬものがありました。シャクナゲ、ツツジ、ビバーナム、アセビ、ミズキ、ウツギ、アジサイ、マグノリアなどは土地柄によく合い、彼女の美意識にもかなって、それぞれたくさんの品種が植えられ、庭園に彩りを加えています。 さまざまな針葉樹も庭のデザインポイントに。 例えば園内に700本以上が植えられている、大型のものでは10m以上にもなるシャクナゲは、開花時期の異なるさまざまな品種を選ぶことで、12月(Christmas cheer)から翌年9月(Polar Bear)まで次々に咲き継ぎます。花や葉の造形的な美しさとともに芳香も放ち、庭の四季を彩ります。 オレンジベースのツツジと銅葉のヤグルマソウ。 プリンセス・ストュルザは、気に入った品種はどんどん取り入れ、何年かかけて観察し、必要があれば場所を変え、結果、自分の望む庭のイメージに合わないものは容赦なく撤去するというスタイル(他の庭園愛好家に分けるなどして)で、庭の植物を選定していきました。この地の自然の気候の中でよい状態で生き残る丈夫さを必須条件とし、温室などの設置はしていません。 フォレストガーデンを抜けて、開かれた傾斜地へ続くエリア。さまざまな雰囲気の植栽の島々が芝地に連なっている。このエリアでは維持管理だけでなく、現在もプリンセスが育成した庭師たちにより新しい作庭が続けられている。 特定の植物を多品種網羅するという植物学的な意味でのコレクションではなく、野生種も希少な栽培種も含め、あくまで彼女の審美眼に沿って長年選ばれてきたことで、庭のための魅惑的な植物が膨大にコレクションされました。 こちらも、フォレストガーデンを抜けて、開かれた傾斜地へ続くエリア。 コレクションには希少な植物が多数含まれていますが、希少性よりも大切なのは、自らの庭のイメージと全体の調和です。オークやシラカバ、ヒイラギなどの自生の樹木は積極的に生かしながら、エキゾチックすぎる竹類やユーカリや木生シダなどは、ノルマンディーらしい風景にならないとして取り入れていません。逆に、冬の庭の見所となる針葉樹類の珍しい品種などは積極的に取り込んでいます。 オーナメンタルな樹木を積極的に利用。 また、「四季を通じて美しい庭」というコンセプトにとって“冬にも美しい庭”を実現することが特に重要な部分です。落葉樹の葉がすべて落ちた冬季に、開けた空間で何を見どころとするか。それは、常緑樹の姿や装飾的な風合いを持つ樹木の幹の色や形、質感などで、それらが冬の庭を魅力的にするということをフランスでいち早く広めたのも、プリンセス・ストュルザの功績の一つといえるでしょう。 プリンセスの贈り物 ノルマンディーの地での庭づくりに当たっては、95歳で亡くなる2009年まで、庭のコンセプト作り、植栽のプランニングばかりでなく、芝刈りや雑草取り、花がら摘み、樹木の剪定に至るまで、ガーデニング全般をプリンセス自らが率先して行っていました。 こちらはハンカチの木やシラカバがアクセントに使われ、グリーン〜ホワイトのグラデーションが爽やか。 また、庭園を公開し始めてからは、見学者の案内も自らが中心となって行ったプリンセス・ス トュルザ。彼女はお気に入りの植物について熱意を込めて見学者に語り、惜しみなく知識をシェアし、フランスの園芸愛好家たちや造園・園芸界に多大な影響を残すことになります。雇った庭師の数はそう多くなかったといいますが、そこは庭主自らが実際の庭仕事を知るガーデナーだったからこそ。実用的でローコスト・ローメンテナンスのナチュラル・ガーデニングを実現させるための知恵が、そこかしこに組み込まれている庭にもなったのです。 現在は遺族が所有する12ヘクタールのこの庭園は、プリンセス自らが庭仕事をレクチャーした4人の庭師たちによって維持管理が続けられています。ノルマンディーの地にやってきた北方のプリンセスの審美眼と植物への情熱、弛まぬ努力が生んだ、四季を通して美しい珠玉の庭園。機会があれば季節を変えて、何度でも訪れてみたいものです。 春先は美しい新緑に魅了されるこのエリア、秋には日本とはまた違った紅葉の風景が見られるはず。
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【フランスの庭】ノルマンディー珠玉の庭園「モルヴィルの庭」を訪ねて
ノルマンディー地方の名園「モルヴィルの庭」 クリビエ邸の近くに位置する「オレンジの庭」コーナーは、イエロー〜オレンジ色の植栽に美しく彩られたアンチームな空間。 ノルマンディー地方、英仏海峡を望む断崖絶壁のあるヴァロンジュヴィル=シュル=メールの村は、冬も比較的に温暖かつ降雨量が多いという庭づくりに恵まれた環境ゆえか、フランスでも選りすぐりの名園が集まる場所として知られています。 その中でも、いつか訪れてみたいと思い続けていた庭が、フランス造園界の貴公子と呼ばれたパスカル・クリビエ (Pascal Cribier)が40年以上をかけてつくり続けた自邸モルヴィルの森の庭です。 フランス造園界の貴公子パスカル・クリビエ アメリカ原産の球根花カマッシアは、この地にもよく合い、手がかからずに美しく、クリビエもお気に入りだったとか。背景には満開のビバーナム。 パスカル・クリビエ(1953- 2015)は、モデル、仏ナショナル・チームに所属するカートのレーサーなど、造園家としては異色の経歴の持ち主。アートと建築を学んだのち、パートナーのエリック・ショケが1972年にモルヴィルの森の土地を購入したことがきっかけで、独学で庭づくりを始めます。富裕層が主な顧客であったことから造園界の貴公子と評され、また、施主との意見が合わないとさっさとプロジェクトから手を引くこともあったため、自由分子と呼ばれることも。 庭づくりにあたっては、自然に対峙しその意を汲みつつ、細部にわたって自身の美意識を貫きました。ルイ・ベネシュとともに手がけたチュイルリー公園の大規模改修プロジェクトなど、数多くの優れた庭園デザインが国内外に残っています。 モルヴィルの森の庭 かつては放牧地と森だった、急傾斜で断崖絶壁の海へと下っていく10ヘクタールの土地は、クリビエにとって実験の庭となります。急斜面ゆえに、トラクターなどを乗り入れることができず、庭づくりはクリビエとショケ、そして2人を支えた地元出身の庭師ロベール・モレルの3人によって、すべて手作業で行われました。3人亡き後の現在は、クリビエの弟ドニ・クリビエが庭園を継承し管理に当たっています。 下枝は残しつつ大胆に透かし剪定された独特のフォルムの松。 海への眺め、空への眺め 下枝は残しつつ大胆に透かし剪定された独特のフォルムの松。 樹齢40年以上の見事な姿で来訪者を魅了するクリビエらが植えた松の木々は、日本庭園とはまた違った形で厳しく剪定された、独特のフォルムが印象的。剪定は真向かいの海からの強風による倒木を避けるために必須であったとともに、独自のフォルムを形作る手段ともなりました。また空への眺めを確保し、光を通すために積極的に木々の枝を透かす剪定手法が、独自の美的な景観を作り出しています。 クリビエ邸の居間の窓からの海に向かう見事な眺望も、もともとあったものではなく、彼らが切り開いて作り出した景観。一刻一刻変わる海と空の光の表情は、一日見続けても飽きません。 自宅窓から海へ向かう眺めは、天候によって、また時間によって、さまざまに表情を変える。 悪条件もチャームポイントに すり鉢状の渓谷に続く芝地。しっかり形作られたオークの木がアクセントになっている。 丸みをつけつつ刻まれた溝は、手作業で作られた排水のための手段だが、見た目も美しく面白い効果を出している。 夏には野の花が溢れる草原を越えると、オークの大樹がある、すり鉢状に傾斜した芝地に至ります。粘土質の土壌ゆえに水はけが非常に悪いという条件を改善するために、手作業で刻まれた溝が、そのままデザインのアクセントとなっているのも見事なセンスで感動します。 植物へのこだわりから生まれるデザイン モルヴィルの庭では、在来の植物も栽培種の植物も、それぞれの特性に合う場所を選んで共存しています。植物の特性と土地の条件を見極めて適材適所に配置することは、その植物がしっかり育つためにも、その後のローメンテナンスのためにも必須。実地で庭づくりを学んだクリビエの植物への造詣は深く、「庭づくりをより完璧なものにするために」と協力を依頼された植物学者も驚くほどだったといいます。植物をよく知ることが、庭のデザインにとっても非常に重要だということを体得していたのでしょう。 海に向かって芝地を下る途中にあるカツラの木。枯れ葉の香りからカラメルの木とも呼ばれるが、フランスでは珍しい。 例えば、日本では方々に自生するシャクナゲやツツジ、カメリアなどは、フランスでは希少で栽培の難度が高い花木です。しかし、多雨に加えて酸性が強い土壌を利用して積極的に庭に取り入れた結果、いまでは見事に育った姿が見所の一つになっています。 日本には自生するお馴染みのカメリア。フランスでは難度の高い希少な花木として大人気。 カメリアやツツジがラビリンスのような一角を作っていたり、また、森の中にポツポツと植えられたカメリアが既存の森の植物たちと自然に調和した風景も魅力的。一見、自然のままに残したように見える森エリアの散策路には、自らのお気に入りのグラス類をさりげなく補植してボリュームを調整するなど、細かに手が入っています。 シラカバの枝葉を透かして柔らかい光が降り注ぐヒイラギのラビリンスは、オリジナルかつポエティック。 また、ヒイラギの生け垣とシラカバの木々を合わせたラビリンスは、シンプルな組み合わせながら詩的で素敵な空間に。合わせて植栽されたマンサクが咲く早春の情景をイメージして作られた場所だそうで、その頃にはさらに素晴らしい景観が見られるのだろうと想像します。 シャクナゲやカメリアなど、日本でも馴染み深い花木たちが、ノルマンディーの地でも愛されている。 庭の管理をラクにおしゃれにするデザイン 庭の至る所で出合うスカート型剪定の生け垣。 また、敷地のスペースや、車も通る道路の区切りに使われている生け垣の裾広がりの形にも注目です。スカート型剪定と呼ばれる、クリビエが好んで生け垣に使った形ですが、優雅な雰囲気を醸しつつ、じつはこれで下方の枝にも光が当たりやすくなり、また生け垣の下に生える雑草抜きをしなくて済むという、優れモノなのだそう。用の美の精神が至る所に行き渡ったクリビエのデザインの一例です。 庭園入り口近くのコーナー。デザイン性に富んだ果樹と灌木・多年草を合わせた植栽。 それぞれの植物への深い理解と愛情をもって、地の利も不利も生かしきって、自然と人為が美しく協調したクリビエの現代の庭。変奏曲を奏でるように美しくさまざまな表情を見せるそのデザインの根底には、自然と対峙し、完璧な美の世界を完成するために、どこまでも自らの意志を貫き、コントロールしようとする、フランスのフォーマル・ガーデンの伝統が滔々と流れているように感じられたのが印象的です。