【フランスの庭】ル・プリウレ・ドルサン修道院の庭〜魅惑のモナステリー・ガーデン〜

フランスの中央付近に位置するベリー地方、シェール県の田園地帯にひっそりと佇む修道院の庭「ル・プリウレ・ドルサン(Le Priuré Notre-Dame d’Orsan)」。12世紀のシトー派修道院の一部を廃墟から保存のために修復した建築家カップルが、この場に相応しいようにと中世の修道院の庭をイメージして造った素敵なモナステリー・ガーデンです。「ル・プリウレ・ドルサン」をフランス在住の庭園文化研究家、遠藤浩子さんがご案内します。
中世の修道院の庭

ヨーロッパで景観への見晴らしへと開かれた大規模な整形式庭園が発達するのは、ルネサンス期以降。中世の修道院に設られた庭には、閉じられた空間の中に、修道士たち自らを養う野菜や果樹のポタジェ(菜園)やベルジェ(果樹園)、また病人を癒やすためのハーブガーデン(薬草園)などがつくられていました。祈りとともに、自らの手を使って働くことは大切な修行の一環であり、庭仕事は修道士の日常の仕事の一部。自給自足という機能面と、修道院という場に相応しい、静けさと調和に満ちた美しく整った空間が、中世の修道院の庭だったといいます。

現代の感性で再現されたモナステリー・ガーデン

残念ながら、現代までそのまま残る中世の修道院の庭はありません。今から30年ほど前の作庭にあたっては、装飾写本などに描かれた当時の庭の様子や文献調査から、かつての修道院の庭で行われていたように、植栽には伝統的な有用植物や象徴的な植物を選び、整形式のプランでポタジェ(菜園)、ベルジェ(果樹園)、クロワートル(回廊)がつくられ、現代のモナステリー・ガーデンが誕生しました。
ポタジェ(菜園)とサンプル(薬草園)

見学コースの始まりは、建物に一番近いポタジェ(菜園)から。正方形の木枠で縁取られたポタジェでは、昔からの伝統野菜が花々とともに植栽され、元気に育っています。きっちり端正に整備された構造物とのコントラストで、生き生きと茂る植物のオーガニックな動きの勢いがますます感じられます。また「プレシ Plessis」と呼ばれる小枝などを組んで作られた柵やトレリスが素敵な、魅惑のポタジェ風景が広がります。

こんなに可愛いポタジェには、なかなかお目にかかれません。ポタジェの奥は「サンプル」と呼ばれる薬用ハーブの植栽コーナーです。病人を癒やすのは中世の修道院の重要な責務であり、このハーブガーデンには、かつて王令で薬草として栽培を推奨されたハーブの数々であるカモミールやメリッサ、セージ、ミント、イチョウヨモギ、アンジェリカやバーベナなども植栽されています。

プロムナード(散歩道)からベルジェ(果樹園)へ

何度でも見て回りたくなるポタジェを抜けて、芝地に並木が植栽されたプロムナードへ。緑だけのスッキリと整ったシンプルに美しいこの空間に入ると、不思議とスッと心落ち着く感じがしました。
続いて、芝地にリンゴや洋ナシといった果樹が植えられたベルジェも、穏やかな空気が流れる場所。果樹の周りを囲むように設られたプレシ(小枝の柵)のベンチや王様の椅子を思わせるシーティングが、シンプルな空間にアクセントを添えています。

それぞれの庭のコーナーは生け垣やプレシでしっかり囲まれつつも、他の空間への見通しのポイントがそこかしこに設けられていて、こちらへ、彼方へと誘われるように、歩を進めることになります。
ラビリンス(メイズ 迷宮)

さらに進んでいくと、さまざまなエスパリエ仕立ての果樹や小枝の柵で構成された、ラビリンスに入り込みます。カゴ型の構造物の中に植えられたルバーブや、白を基調にした花々が揺れる仕切りの奥に、ベンチで囲まれた大きな果樹が見えるのですが、見えるままに進んでも、意外と行きつけない、まさに迷宮になっています。

この迷宮は、キリスト教での“行き着くことが難しい「救済」への道”を示すものでもあるのだとか。迷路を構成する生け垣の片隅には、日陰になった休息スペースもあって、花や果樹を愛でつつ、迷うことを楽しみながら、ゴールに向かう構成です。

さまざまな小さな庭

ラビリンスの中心には、その形を反映するように円形に刈り込まれたた洋ナシと、風に揺れる花々の植栽があり、イチゴやフランボワーズ、スグリなどの赤い実の小道や、残念ながらバラの季節が過ぎてしまっていたのだけれども、バラ園であるマリアの庭など、さまざまな小さな庭の空間が続きます。

いずれもが共通して、整形式のプランと構造に木材や小枝などの自然の素材が使われており、それでいてテーマによってそれぞれに全く異なる雰囲気を持った空間となっていて、エリアが変わるたびに、ハッとするような発見の感覚があって、楽しさが尽きません。
クロワートル(回廊)

さまざまな小さな庭の連続の中、大きな空間を占めるのがクロワートルと呼ばれる、全体のほぼ中心に当たる庭です。修道院建築の中に必ず含まれる中庭を囲むクロワートル(回廊)は、祈りと瞑想の場であり、天国を予示する象徴的な場でもあったそうです。ここでは石造の修道院の建築の代わりに、クマシデの生け垣が回廊を形づくり、その中心には静かに水が流れる噴水と、四方は小さな葡萄畑になっています。

じつは、現在修復されている修道院の建物も、最盛期の1/10ほどだそうで、かつては石造の建物として存在したクロワートル(回廊)が、静かな散策の緑のプロムナードとなって庭に再現されているのは、デザインとしても面白いところ。

作庭から30年ほどが経つという、ル・プリウレ・ドルサンの庭。現在は4人のガーデナーが維持管理を担っている3haほどの庭園は、非常によく手入れされており、本当に気持ちよく寛いで散策できます。中世の修道院の庭のさまざまな特徴を、現代の美意識でデザインに生かしたこの庭には、人の手仕事と植物たちの美しい調和に溢れていて、まさに天国のような心休まる空気が流れていました。

Information
ル・プリウレ・ドルサン(Le Priuré Notre-Dame d’Orsan)公式HP(英語)
Credit
写真&文 / 遠藤浩子 - フランス在住/庭園文化研究家 -

えんどう・ひろこ/東京出身。慶應義塾大学卒業後、エコール・デュ・ルーヴルで美術史を学ぶ。長年の美術展プロデュース業の後、庭園の世界に魅せられてヴェルサイユ国立高等造園学校及びパリ第一大学歴史文化財庭園修士コースを修了。美と歴史、そして自然豊かなビオ大国フランスから、ガーデン案内&ガーデニング事情をお届けします。田舎で計画中のナチュラリスティック・ガーデン便りもそのうちに。
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