【パリ近郊の庭を訪ねて】ナチュラルに楽しむ小さな花束の庭
庭は、風景を作ったり果樹や野菜を育てたり、庭主がしてみたい! を叶えることができる場所。四季折々に咲いた花でブーケを作るための庭を、フランス語では「ジャルダン・ブクティエ(花束の庭)」と呼びます。初夏の週末、フランス在住の庭園文化研究家、遠藤浩子さんが訪れたのは、花束を作るのも楽しみの1つという英理子さんの庭。庭づくりを始めて15年の小さなナチュラルガーデンを案内していただきます。
目次
森の佇まいと選りすぐりの花々
フジの花が満開で、スイセンやチューリップの盛りが過ぎた晩春の週末。パリ近郊で素敵な庭づくりをしている英理子さんのお宅にお邪魔しました。
折り紙&ペーパーフラワー作家としても活躍する英理子さんが、フランス人のご主人と2人のお子さんと暮らす家は、パリから電車で30分ほどの長閑(のどか)な住宅地にあります。これまでも、季節を変えて何度も伺っている大好きな庭です。
この地に引っ越してきて、自分で庭づくりを始めてから15年ほどが経つという英理子さん。この庭は、森の一角を思わせるナチュラルな佇まいのを背景に、季節ごとに彩りを変える彼女のこだわりの花々が、絶妙なハーモニーを織りなしているのが魅力です。
初めて伺ったのは、ちょうどバラの季節。フランスの個人庭には珍しく、イングリッシュ・ローズの数々が見事に咲いているのが印象的でした。
ジャルダン・ブクティエ(花束の庭)
さて今回は、曇りからにわか雨を経て時々晴れ、気温はひと桁台という花冷えの4月下旬の日曜日。球根花は終わりかけで、バラの盛りは3週間後くらいか、でもスズランはもう花盛りですよ、というタイミングでしたが、たくさん植え込まれたさまざまな種類のスイセンやチューリップは、好き好きに開き切った、その姿にも味わいを感じます。
「そう、庭で見る分にはまだいいのだけれども、ブーケにするには咲き始めがいいの」と言う英理子さん。大好きだというスイセンは、いろいろな園芸種を毎年400球ほどは植え込むそうです。今年は雨が多かったせいか、庭づくりを続けてきて初めてというほどの激しいナメクジ被害があったそうで、花の部分をつぼみのうちに食べられたスイセンが多数出てしまったと、残念そうでした。ちなみにナメクジは捕獲処分。薬剤などは使わないナチュラルガーデニングが基本です。
チューリップは、庭の風景を保ちつつ、少々切り花にしてブーケにも使えるように、同じ種類を20、30球と植え込んでおくとのこと。そう、この庭の植物選びの原則の1つに、切り花として使える花々というのがあり、実際、いつも季節の花でささっと素敵なブーケを作ってくださるのです。庭の自然をそのまま運ぶようなブーケは、もちろんパリの友人の間でも評判です。
庭の奥でちょうど花盛りだったビバーナムは、やはり15年ほど経つ大株だそうですが、これもブーケにも使おうと思ってチョイスしたとのこと。切り花のための庭をカッティング・フラワー・ガーデンと呼んだりしますが、フランス語ではジャルダン・ブクティエ(花束の庭)やジャルダン・フローリスト(フローリストの庭)といいます。
森の佇まいを運ぶ野の花々
選りすぐりの栽培種のチューリップやスイセンが植え込まれたエリアは、カラフルな宝石箱のよう。それを引き立てるのが、フワフワとそこかしこに生えているヒナギクだったり、儚げなワスレナグサの群生。森の一角にいるように、よく林縁に生えている黄色のドロニクムも木陰に揺れています。野の花と園芸種の共演は、まさに庭空間ならではの技ではないでしょうか。
この時期、スズランも庭のあちこちで満開になってきていて、摘むのが追いつかないほどだとか。スズランは、もともと群生していた場所もあれば、義理のお母様からいただいたひと鉢が一面に広がった斜面もあり、いずれにしてもこの土地に合うようです。フランスでは5月1日にスズランを贈る習慣がありますが、ここでは毎年少し早く最盛期を迎えます。
スズランの群生に混じって、可愛らしい八重のオダマキがつぼみをつけていたり、庭の中には、ほっこりする風景がたくさんあって飽きません。種まきで増やしたもの、あるいは種が飛んで自然に増えたものなど、それぞれの様子をよく観察しつつ、そのままそっとしておいたり、場所を移動させたりと、丁寧にお手入れされているのがよく分かります。
小さな庭のいいところ
毎年春には数々のスイセンとチューリップが彩るエリアは、季節が終わるとダリアに植え替え、夏から秋にかけては、選りすぐりのダリアが花盛りになります。ダリアの球根は季節が終わると掘り上げられて、また春の準備に。季節に沿って花が溢れる小さな庭は、じつは大変な手間に支えられています。
スペースが限られているので好きな植物がすべて植えられるわけではない、慎重に取捨選択しなければならないのだけれども、逆に自分にとってはそれがよいのだと思う、と言う英理子さん。植栽の選定は自分の「好き」が基準ではあるけれども、土地に合うのか、気候に合うのかということも大事です。特に、ここではまだ急激な変化は起きていないけれども、夏の暑さや水不足などの気候変動に対応するには、環境に適応できるということがより大事になりそう、と庭友さんたちの間でも話題になっているとか。
それぞれの植物の気に入った場所を見極めて定植したり、移動したりと、植物それぞれとの対話の中で作られてきた庭空間では、草花が皆ハッピーなのか、居るだけで気持ちが和んできて、いつまでも佇んでいたくなります。抜け感のあるお洒落はパリジェンヌが得意とするところですが、この庭の、リラックスする柔らかなワイルド感は、それに通じるところがあるような気がします。
森を思わせる野の花々と、こだわりの園芸植物たちが、恵理子さんの振るタクトを見ながらそれぞれに歌い、そのリズムが柔らかなイル=ド=フランスの光と空気に溶け込んでいくような素敵なナチュラル・ガーデンです。
Credit
写真&文 / 遠藤浩子 - フランス在住/庭園文化研究家 -
えんどう・ひろこ/東京出身。慶應義塾大学卒業後、エコール・デュ・ルーヴルで美術史を学ぶ。長年の美術展プロデュース業の後、庭園の世界に魅せられてヴェルサイユ国立高等造園学校及びパリ第一大学歴史文化財庭園修士コースを修了。美と歴史、そして自然豊かなビオ大国フランスから、ガーデン案内&ガーデニング事情をお届けします。田舎で計画中のナチュラリスティック・ガーデン便りもそのうちに。
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