玄関を挟んで、左右にまったく趣の異なる2つの庭が広がるM邸。片側は苔むす法面と石がつくり出す静謐な「和の庭」、もう片側は石敷きの床とベンチが主役の外に出て楽しむ「洋の庭」。用途も雰囲気も異なる2つの庭は、それぞれが個性を放ちながら互いを引き立て合い、日常の暮らしに豊かな変化をもたらしています。
目次
緑の舞台が広がる、小さな庭の大きな奥行き

玄関を中央に、左右に和の庭と洋の庭があるM邸。和の庭は、奥の塀に向かって高くなる法面にしているため、実際は6畳程度ですが、よりゆったりと広く感じられます。この法面はカモシゴケやスナゴケなどの複数のコケ類で青々と覆われ、足元から立ち上がる木々や景石を引き立てる柔らかな舞台となっています。

樹木は3種。左奥に株立ちのアオダモ、その手前にコハウチワカエデ‘関の華厳’、右に枝垂れモミジ。これらを不等辺三角形に配置し、なおかつ樹高に差をつけることで、限られた空間の中にも奥行きと動きが生まれ、目に心地よい自然な景観が広がります。

高木、中木、低木を不等辺三角形に配植する方法は、庭園で用いられる伝統的な「真・対・添え」の構成で、視線を奥へと誘導し、庭全体に奥行きと豊かな表情を与えてくれます。この美しい形を維持するために、植栽の定期的な剪定は欠かせません。
庭にアートを宿す六方石と、新潟の名石・八海石

和庭の骨格を形づくるもう1つの要素が石。ここでは上部を磨き上げた六方石が、自然が彫り出した彫刻のような存在感を放ち、庭の個性を決定づけています。六方石とは、溶岩が冷えて収縮する際に形成される、五角形や六角形の割れ目を持つ柱状の火山岩で、硬質で規則的な形状が特徴です。その美しい造形は庭園において、門柱や景石、縁石、飛び石など幅広く活用されてきました。

モミジや苔の柔らかな表情の中で、直線的なフォルムが際立つ六方石。その磨かれた石面には季節ごとの枝葉が映り込み、庭に格調と四季の趣を添え、アートのような景観をつくり出しています。

また、この庭では八海石も用いられています。八海石とは新潟県魚沼市を流れる魚野川の下流で採れる硬質な自然石で、青みや緑みを帯びた濃い黒色が特徴です。苔や植栽の鮮やかな緑と対比して、庭に深い落ち着きと重厚感を生み出します。地元ならではの石を取り入れることで、庭は土地の風土とより強く結びつき、新潟らしい景観を体現しています。
延べ段から水栓まで、石が支える機能美

そして、アプローチにはサビ御影石と和良石のゴロタを組み合わせた延べ段を設け、自然石のボーダーが足元から庭全体を柔らかく引き締めています。

さらに機能面にも石を生かした工夫があります。例えば、集水桝はピンコロ石で囲ったコの字形の中に景石を重ねて隠し、点検口であることを感じさせません。

また、庭の角には住宅の石張り調の立水栓と水鉢を設え、実用性を損なうことなく庭の雰囲気に自然に溶け込ませています。生活に必要な設備さえも「石の造形」として表現されている点に、この和庭の完成度の高さが感じられます。

塀で庭は見違える。煤竹風の演出

庭の背景を形づくるもう1つの大切な要素が、塀の壁面です。一見すると、この庭は竹の遮蔽垣に囲まれているように見えますが、じつは煤竹風の板張り。既存のブロック塀を活かし、庭の背景となる内側にのみ表面に煤竹風の板(エバーアートボード建仁寺すす竹・タカショー)を張り付けています。

もし背景がブロック塀のままであれば無機質で味気ない印象になってしまいますが、内側を煤竹風の板張りにすることで庭全体が和で統一され、緑が一段と映えます。仮にブロック塀を壊して本物の遮蔽垣を一から組むには高度な技術と時間、そして予算が必要になりますが、アートボードを用いることで工期やコストを抑えつつ、庭に十分な品格をもたらすことに成功しています。

塀は庭にとって単なる境界ではなく、景観の背景を支える重要な要素。ここでも「実用と美観の両立」が巧みに図られているのです。
外に出て楽しむ、もうひとつの居間

次に「洋の庭」を見てみましょう。和の庭とほぼ同じ広さですが、和の庭が室内からの眺めを主眼にしているのに対し、洋の庭は外に出て楽しむ「アウトドアリビング」として設計されています。そのため床は歩きやすいピンコロ石の敷き詰めとし、腰掛けにもなる石積みオブジェを備えるなど、外で過ごす時間を心地よくする工夫が施されています。
扇形の床と石積みが演出するモダン空間

黒のピンコロ石は扇形に敷き詰めることで、広がりを演出しつつ、リズム感とモダンな雰囲気も生み出しています。高さを抑えた2組の石の小端積みは、オブジェのように庭のアクセントとなりながら、ベンチとしても使える実用性を兼ね備えています。
ピンコロの曲線に沿って配したモミジやコケと、直線的な石積みとの対比が美しく、和と洋が響き合う折衷的な空間になっています。

ダークカラーの背景が引き立てる緑と高級感

「洋の庭」でも背景は既存ブロックを生かしながら、板張りを用いることでビジュアルの質を高めています。この庭は思い切ってマットなダークブラウンの塀に。濃い背景色が植栽や苔の緑を一層引き立て、庭全体に高級感とモダンな印象をもたらしています。単なる囲いを超えて、庭の舞台装置として大きな役割を果たしています(塀仕上げ:エバーアートボード ラスティコッパー:タカショー)。
緑の額縁に収まる星空

「洋の庭」は奥様の希望で「星を眺められる庭」として設計されました。庭の四隅に植栽を配置して、緑の額縁の中に夜空を切り取る工夫がされています。昼は青空が、夜は星々がその額縁の中に収まり、まるで1枚の風景画のよう。足元照明も配され、安心感とともに非日常のひとときを楽しめる空間です。
2つの庭が奏でる、異なる魅力

M邸の庭は、玄関を中心に左右でまったく異なる世界が広がります。室内からの眺めを主とした和の庭は、苔むした法面と石の存在感が生み出す静謐な空間。一方、戸外で過ごすことを目的にした洋の庭は、モダンな石敷きとベンチ、そして星空を楽しむ仕掛けが、アウトドアリビングとしての開放感を与えてくれます。
2つの庭は、用途も表情も異なりながら、共通して「石・緑・背景」の調和によって完成度を高めています。和と洋の異なる魅力がひとつの住宅に同居するMは、庭づくりの可能性を広げ、日常に豊かな変化をもたらす好例といえるでしょう。
設計施工:帝樹園 庭正 長橋正宇

Credit
文 / 松下高弘 - エムデザインファクトリー主宰 -

まつした・たかひろ/長野県飯田市生まれ。元東京デザイン専門学校講師。株式会社タカショー発行の『エクステリア&ガーデンテキストブック』監修。ガーデンセラピーコーディネーター1級所持。建築・エクステリアの企画事務所「エムデザインファクトリー」を主宰し、大手ハウスメーカーやエクステリア業のセミナー企画、講師を行う。
2007年出版の『エクステリアの色とデザイン(グリーン情報)』の改訂版として、新刊『住宅+エクステリア&ガーデンの色とデザイン』が大好評販売中! 色の知識、住宅デザイン様式に合わせたエクステリア&ガーデンデザインとカラーコーディネート、プレゼンシートのレイアウト案など、多岐に渡る充実の内容! 書籍詳細はグリーン情報ホームページから。
著書
『住宅エクステリアのパース・スケッチ・イラストが上達する本』彰国社
『気持ちをつかむ住宅インテリアパース・スケッチ力でプレゼンに差をつける』彰国社
『住宅+エクステリア&ガーデンの色とデザイン』グリーン情報 など他多数
写真 / 3and garden

スリー・アンド・ガーデン/ガーデニングに精通した女性編集者で構成する編集プロダクション。ガーデニング・植物そのものの魅力に加え、女性ならではの視点で花・緑に関連するあらゆる暮らしの楽しみを取材し紹介。「3and garden」の3は植物が健やかに育つために必要な「光」「水」「土」。2026壁掛けカレンダー『ガーデンストーリー』 植物と暮らす12カ月の楽しみ 2026 Calendar (発行/KADOKAWA)好評発売中!
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