【南仏プロヴァンスの春】タイムを摘みに野生の花咲くガリッグへ

南フランス、プロヴァンスの春を感じる自然の一つに、ガリッグ(ガリーグ Garrigue)と呼ばれる草地の植物たちによる生き生きとした風景があります。地中海沿岸地方の乾燥した石灰質の土壌に群生するタイムやローズマリーなどがカーペットのように育ち、ハーブの香りが漂ってくる……。そんな春ならではの光景を、フランス在住の庭園文化研究家、遠藤浩子さんがレポートします。
目次
南仏プロヴァンスの春

3月のアーモンドの花から始まり、木々が次々と花を咲かせるプロヴァンスの春。4月に入ると、冬枯れていたガリッグ(ガリーグ Garrigue)の草地も、植物たちがどんどん本格的に息を吹き返し、5月には一気に勢いをつけてきます。ガリッグとは地中海沿岸地方の乾燥した石灰質の土壌に生える植物の草地や灌木林のこと。エニシダやタイム、ローズマリーなどが群生する、ハーブの香りが漂ってくるような独特の乾いた風情に魅了されます。
タイムの花咲くガリッグの草地

そんな季節の移り変わりの中でも、ガリッグに群生する野生のタイムが花咲く風景は特に印象的。暖かな太陽の光の下、春になって緑が蘇った大地をモーヴ(青紫)のグラデーションで彩るタイムの花、その上をブンブンとミツバチや蝶が行き来する光景は、一度見たら忘れられません。
タイムといえばハーブガーデンのレパートリーの定番ですが、古来より薬草としても、料理の香味付けとしても使われてきたポピュラーなハーブで、エルブ・ド・プロヴァンス作りにも欠かせません。蜜源植物でもあり、さらには庭のカバープランツとしても優秀です。

ハーブとして、葉の部分を収穫してさまざまな料理に使えるので、キッチン用に一家に一鉢あると便利なタイム。毎年我が家では、モーヴの花が咲くこの時期を狙って、ガリッグのワイルドのタイムを収穫し、自家製のエルブ・ド・プロヴァンスを作っています。そして、カゴを片手に、花咲くタイムの収穫と散歩を兼ねてガリッグの草地を歩くのが、この時期の日課となるのですが、このタイム・ウォークが、まさに至福の時間なのです。

ところで、なぜ開花期のタイムを収穫するのかといえば、花のモーヴ色が比較的よく残り、青みがかかった見た目も美しいエルブ・ド・プロヴァンスに仕上がるため。乾いたハーブの香りで、一年中この時期の風景がふわっと蘇るのも素敵です。

エルブ・ド・プロヴァンスとは

ところで、エルブ・ド・プロヴァンスって何?と思われた方もあるかもしれません。南仏プロヴァンスの郷土料理に使われるハーブ・ミックスで、主にタイムやローズマリー、セイボリーなどを乾燥させて適宜ミックスした調味料です。煮込みにもグリルにも気軽に使えて、一気に南欧料理っぽくなる優れもの。トマトソースなどに加えてみるのもおすすめです。

スーパーなどでも瓶入りの製品を見かけることがあるのではないでしょうか。フランスでは瓶入りの既製品はもちろん、プロヴァンスのマルシェ(市場)では必ず見かける定番です。出来合いの製品を買ってもいいのですが、プロヴァンスに住む人たちの間では、各家のオリジナルのミックスで自家製を作っていることが多いです。我が家でも秘伝のレシピで収穫したハーブを乾燥させてブレンドしています。しっかり乾燥させて保存すれば、1年以上そのままの風味を保ってくれて、日々の料理に大活躍します。
ローズマリーの山道

さて、そのエルブ・ド・プロヴァンスのベースとなるハーブとしては、ローズマリーも多用されます。そのローズマリーも、じつはガリッグの灌木林の中で自生しているのを容易に見つけることができ、松林の下などに群生する姿も、よく見かけます。こちらは、花が咲く前のフレッシュな葉っぱを収穫するのがポイント。
ローズマリーは湿度などには弱いですが、適応範囲が広いゆえに、プロヴァンス地方のみならず、さまざまな地域で庭のオーナメンタルな植栽としても使われていますね。乾燥に強いので、温暖化水不足時代に心強い植物ともいえます。

ローズマリーは、抗酸化作用があり、血行促進や代謝促進など、美容や健康にさまざまな効能があるハーブ。その香りは、集中力や記憶力を高めたり、精神を高揚させる効果があるとされています。なるほど、葉っぱにちょっと触れるだけで漂ってくるすっきりしたローズマリーの香りを嗅ぐと、リフレッシュされた気分になります。
黄金色のエニシダの群れ

そして、この季節のガリッグで、甘い香りが漂ってきたら、それはエニシダ(金雀枝)に違いありません。痩せ地でも立派に育つエニシダは、それこそ高速道路沿いの空き地などにも生えていたりしますが、プロヴァンスのガリッグを覆うエニシダの姿は、じつに見事なものです。エニシダの花言葉には「謙遜」「清楚」などいろいろあるようですが、そのうちの一つの「清潔」は、かつてヨーロッパではエニシダの枝を束ねて箒を作っていたことから来ているそうです。確かにシュッとした枝葉は箒に使えそう。

ワイルド・ガーデン・インスピレーション

ところで、ローズマリーやタイムなどが、地中海沿岸の自然の環境、痩せた土地と乾いた気候の中に自生している姿を見ると、これは湿度には弱そうだな、など、どんな栽培環境を用意したら喜ばれそうか、体感で分かってきます。さまざまな自然の中を歩いて、そこに自生する植物の姿に出会うことは、庭づくりのインスピレーションをグッと豊かにしてくれるはず。機会があれば、積極的に身近な自然も遠くの自然も、その中を歩いてみたいものです。
ポテトのオーブン焼きプロヴァンス風

最後に、エルブ・ド・プロヴァンスを使った、3ステップの簡単で美味しいレシピをご紹介しますね。
<作り方>
- ジャガイモをいくつか、よく洗って、それぞれを縦に8等分くらいに切って耐熱皿に入れる。
- ごく少量のオリーブオイルを垂らして全体に馴染ませ、塩、エルブ・ド・プロヴァンスをパラパラとかける。
- 180℃に予熱したオーブンに入れて、1時間強加熱する。時々耐熱皿を揺すったりして、均等に火が入るように全体を混ぜる。いい焼き色が付いて、フォークがラクに刺せるようになったらOK。焼きすぎると乾燥して固くなってしまうので、そこはちょっと注意です。
大人も子どもも喜ぶ一皿、フライドポテトではないのでヘルシーですし、肉料理などの付け合わせや、ちょっとしたタパスとして、ワインにもビールにもよく合います。ぜひ、お試しあれ。
Credit
写真&文 / 遠藤浩子 - フランス在住/庭園文化研究家 -

えんどう・ひろこ/東京出身。慶應義塾大学卒業後、エコール・デュ・ルーヴルで美術史を学ぶ。長年の美術展プロデュース業の後、庭園の世界に魅せられてヴェルサイユ国立高等造園学校及びパリ第一大学歴史文化財庭園修士コースを修了。美と歴史、そして自然豊かなビオ大国フランスから、ガーデン案内&ガーデニング事情をお届けします。田舎で計画中のナチュラリスティック・ガーデン便りもそのうちに。
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