ローズ・ヒップ物語【写真家・松本路子のルーフバルコニー便り】

マンションのバルコニーもガーデニングを一年中楽しめる屋外空間です。都会のマンションの最上階、25㎡のバルコニーがある住まいに移って2021年で29年。自らバラで埋め尽くされる場所へと変えたのは、写真家の松本路子さん。「開花や果物の収穫の瞬間のときめき、苦も楽も彩りとなる折々の庭仕事」を綴る松本さんのガーデン・ストーリー。今回は、寒さとともに赤く染まり、バルコニーに色を添えるさまざまなローズ・ヒップをご紹介します。
今年のわが家の収穫

秋バラの開花と同時に、ローズ・ヒップ(バラの実)を楽しむ季節がやってきた。
今年の最初の収穫は‘バレリーナ’の実。バラは花が終わると花がら摘みをして、実が生らないようにする。春に最初に咲く一番花の花後に、二番花、三番花を咲かせるために、実に栄養が奪われないようにするためだ。

例外なのが野生のバラ。一季咲きなので秋に花を付けない分、赤や黄色のローズ・ヒップが庭に彩りを添えてくれる。つるバラの‘バレリーナ’は野生ではないが、生育が旺盛なので、株の半分の花がらを残して実を生らせている。
ローズ・ヒップは、乾燥させた後、紅茶の茶葉に加えてローズ・ヒップ・ティーとして味わう。さらにビネガーに漬けて、サラダのドレッシングを作るなど、さまざまに活用できる。ビタミンCがレモンの20倍とか。それはさておき‘バレリーナ’の小さな実が可愛くて、見とれている。
日本の原種バラ

バラは西洋の花というイメージが強いが、実際には中国をはじめとする東アジア、西アジア、北アフリカなど、北半球の広い範囲に分布している。日本にも十数種の原種バラが、野山に自生する。ノイバラやハマナスは人々の身近にあって、古くから詩歌にも登場してきた。
日本の原種バラに興味を持って各地を訪ね、2012年に『日本のバラ』(淡交社刊)という本にまとめた。北海道、九州、そして富士山中腹と、バラを求めた旅の中で、ローズ・ヒップとの出会いもあった。
タカネバラ

タカネバラは、おもに中部地方の高山に自生している。学名はロサ・ニッポネンシス。「日本のバラ」を意味するその名前の通り、わが国固有の原種バラだ。バラ園を訪ね歩いたが、実際に出会えたのは1回だけで、1輪の花が咲いていた。その株も翌年には姿を消していた。

わが家で最初に咲いたタカネバラは、バラ苗業者から取り寄せた苗木で、たくさんの花が咲いたが、どうもバラ園で見たものとは違うような印象を受けた。タカネバラかどうかはやや疑わしいが、見事なローズ・ヒップ(記事トップの写真)が収穫できるので、その実を楽しんでいる。

タカネバラの自生地の写真を求めて、富士山中腹まで出かけたが、そこで見たのは、数株に1輪だけ咲く寂しい姿だった。富士山では絶滅寸前だという。その後、友人から長野の山奥で採取されたというタカネバラの苗木を譲り受けた。それは紅紫色の花で、バラ園で見たタカネバラと同じものだった。花の美しさに魅せられ、なかなか出会えなかったそのバラを、密かに「高嶺の花」と名付けている。
ハマナス

本州の北部や北海道の海岸を中心に分布しているハマナス。花は5弁の一重で、濃いピンク色と白色がある。ハマナスの和名の由来は「浜梨」が訛ったという説、また「浜茄子」説などがあるが、いずれも独特なローズ・ヒップの形から来ている。丈夫で耐寒性に優れているので、ヨーロッパに渡り、たくさんの栽培品種(ハイブリッド・ルゴサ)の親となっている。ドイツやオランダの街角で何度かハマナスに出会い、感慨深いものがあった。

ハマナスが自生地で咲く光景が見たくて、北海道を訪れたことがある。知床半島や野付半島で見たハマナスの群生は見事だった。だがそれは原生花園として保護された場所でのことで、年々自生の株は少なくなっている。かつて北海道では海岸線のそこかしこに見られ、子どもたちは海水浴の後に、赤く熟した実を食べたという。焼酎に漬けた果実酒も各家庭にあったが、今や昔話だと聞かされた。
カラフトイバラ

中国、朝鮮半島、樺太、シベリアからアラスカまで広く分布し、日本では本州中部や北海道の高山に自生する。ハマナスに似た花で、別名ヤマハマナスとも称されるが、花はハマナスよりかなり小さく、房咲きになる。
ノイバラ

日本全国に広く分布し、野山や人里でも見ることができる、白く小さな5弁の花。『万葉集』にも登場するほど古くから知られる。学名の「ムルティフローラ」には「多数の花が付く」という意味があり、ヨーロッパに渡り、多花性のランブラーローズの交配の親となった。花が多い分、実もたわわに生り、生け花やリースなどに用いられる。
ツクシイバラ

主に九州に自生する原種バラで、ノイバラの変種とされる。筑紫は九州を意味する言葉で、熊本県南部の球磨川河岸では約5kmに渡り、数千株が群生している。絶滅危惧種とされていたのを、人吉市の有志を中心に「球磨川ツクシイバラの会」が作られ、十数年にわたり自生地保存活動を行った結果だ。早朝の霧の中で見た河岸の幻想的な光景は、今も忘れられない。

2020年7月の集中豪雨で、河岸に濁流が押し寄せたが、ツクシイバラは無事だった。今年5月に花を咲かせ、復興作業途上の人々を勇気づけたという。原種バラは自然の中では強く、絶滅の危機は、河岸工事などの人工的な要因が大きいのだと、あらためて感じている。

サンショウバラ

葉がサンショウに似ているのでこの名がつけられた原種バラ。本州の富士箱根地域に自生し、ハコネバラの別名を持つ。バラにしては珍しく、樹高5〜6mの木となる。箱根の湿原や草原の中に立つこの木を見かけたが、バラのイメージからは遠く、実の形もほかのバラとは異なっている。
イザヨイバラ

中国に自生するサンショウバラの近縁種から生まれたイザヨイバラ。江戸時代以前に渡来したといわれ、かなり古くからあるバラだ。イザヨイは十六夜。花の一部が欠けていて、それを十六夜の月に見立てた優美な名前が付けられている。
Credit
写真&文/松本路子
写真家・エッセイスト。世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2018-21年現在、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中。
『秘密のバルコニーガーデン 12カ月の愉しみ方・育て方』(KADOKAWA刊)好評発売中。www.matsumotomichiko.com/news.html
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