次々と花をつける樹々、ほんのりと漂う匂い、野鳥のさえずり・・・森のあちらこちらに早春の気配が感じられます。季節のバトンが渡された高原は、眠りから覚めた生き物たちが一斉に息を吹き返し、目にも耳にも賑やかです。冬の寒さで縮こまっていた身体と心を思い切り開放するために、春の森へ分け入ってみましょう。
目次
季節の森 〜樹木のお花見〜
お花見の代表格といえばウメやサクラが思い浮かぶことでしょう。でもこの季節、それだけではもったいない! 森の中でひっそりと咲く、樹木の花にも目を向けてみてください。その控えめな美しさに感動するはずです。
マルバマンサク
「まず咲く=マズサク」が名前の由来となっている「マルバマンサク」から。実は菅平高原ではあまり見かけませんが、お隣の峰の原高原や須坂市側に山を下る道のあちらこちらに淡い黄色が目立ちます。芽吹き前の灰褐色の森ではこのマンサクの黄色がひときわ目を引きます。
春先の森ではマンサクのほかにも次々と樹々が黄色い花を咲かせます。
黄色はこの時期の森ではよく目立ち、昆虫たちを引きつけているようです。
ハンノキ
お次は「ハンノキ」です。Vol.1号の「今月の気になる樹」でもご紹介していますが、落葉した枝先に濃紫色の雄花を咲かせ、遠くからもその特徴的な色で開花を確認することができます。菅平高原で春の訪れを最初に実感する花です。
ツノハシバミ、ヤシャブシ
続いて「ツノハシバミ」、「ヤシャブシ」です。どちらも「ハンノキ」と同種のカバノキ科ハンノキ属で春早い時期にまずはこの種に特徴的な、穂を垂らした雄花を咲かせます。開花する毎に花序が下に伸びていき、春風にゆらゆら揺れる姿が興味をそそります。
「ヤシャブシ」だけは花序が黄色く見えます。春先の最初の花粉症の原因物質がハンノキ属の花粉なので、花粉症に苦しんでいる人は雄花の揺れる姿を悠長に眺めていられないかもしれませんね。雄花の盛りが過ぎる頃、小さな雌花が姿を現しますが、うっかり見逃してしまうほどです。
ヤナギ類の花
「ネコヤナギ」で代表されるヤナギ類の花も個性的です。ビロード状のものが花で、正確には「花穂(かすい)」と言います。これも初春を代表する樹木の花のひとつです。
花を楽しむ目的で改良された園芸木と異なり、自然の樹木は子孫を残すための器官として花を備えています。それらに華やかさはありませんが、形や色、香りを駆使し、まさに全身全霊で繁殖のチャンスを狙っています。そんな樹木たちを観察できる春のこの時期、その花にぜひ目を向けてみてください。
森がもっと面白くなる ~生態系サービス④~
森の働きを指す「生態系サービス」の4つの分類のうち、今回は「文化的サービス」についてご紹介しましょう。
「文化的サービス」は①自然景観の保全、②レクリエーションや観光の場と機会、③文化・芸術・デザインへのインスピレーション、④神秘的体験、⑤科学や教育に関する知識の5つに分類され、多様な生態系があることによって醸成される文化的な基盤や価値を支えるサービスをさします。例えばハイキングやキャンピング、バードウォッチングなどのレクリエーションや、森林浴などで得られる精神的な癒やしなど、その多くはその土地や場所の生態系が形作る環境によって支えられた文化と言えます。
やまぼうし自然学校が提供するプログラムもこのサービスの恩恵を多分に受けています。四季折々の自然の恵みを生かした一般向けイベントや、林間学校・移動教室で訪れる子どもたちへの森林環境教育の提供もこれに含まれます。
付加価値を伴う「文化的サービス」の提供は、前回までにご紹介した「供給サービス」、「調整サービス」が土台となってこそのサービスといえるでしょう。
自然学校つれづれ ~やまぼうしの日常~ 支障木伐採のお手伝い
「シラカンバの木を伐るよ。活用するなら選別に来て」
お世話になっているホテルの社長からの嬉しい電話連絡。やまぼうし自然学校が提供しているネイチャークラフトはこのような身近な伐採木の有効利用によるものです。切り倒してみるとシラカンバはギリギリ水あげ前で、まだ幹に水分が少ない状態でした。カエデ類が既にぐんぐんと水を上げ始めていることを思うと、樹木たちが同時期に資源を奪い合わない仕組みに感心します。
作業日当日、スキー場のリフトに乗せてもらい現場に到着。すでにチェーンソーでの伐採作業が始っていました。「必要な部分だけ選んで除けておいて雪が溶けたら軽トラで運び下ろせばいいよ」とのこと。ここぞとばかり欲張って仕分け作業をさせていただきました。
ふと青い空を見上げると真っ白な飛行機雲が根子岳目がけて伸び、遠くの山には天気が下り坂を知らせる雲が垂れ込めています。観天望気通り夕方からは春の雨となり、雪解けがすすみました。
自然素材を活用するためには周到な段取りが必要です。伐採、玉切り、乾燥、輪切りに加工してのさらなる乾燥、とこの間約12カ月。その後の保管にもカビや反り、割れを起こさないよう湿度管理が欠かせません。こうして手間暇かけた自然素材は宝物です。
伐採したシラカンバは「ダボスの丘」の上のゲレンデの支障木でした。スキー滑降には少々邪魔になってしまった樹ですが、私たちにとっては材としてお宝となります。また草原維持のためには長期的視野のもと計画的な樹木の伐採も必要です。
作業の合間に草原のネコヤナギが早くも花穂を出してモコモコと可愛い姿なのを発見。少しだけ枝先を頂きました。またシラカンバの幹にも美しい地衣類が付着していて、その部分も切り取って持ち帰りました。タイミングよく会員さんが持ち寄ったツバキとともに事務所エントランスに「ユニークな高原の春」が生けられています。久しぶりの外作業で身体も気持も晴れやかな一日となりました。
今月の気になる樹:コブシ
遠くの山の雪が解け、林床が見えるようになるとコブシの白い花を探しながらの運転が楽しみになります。咲くまで気がつかなったり、新たな場所に白い花を発見したりワクワクします。私の車中観察では山の谷筋に添って白い花が確認され、線状に分布しているように感じます。
「コブシ」という名前は集合果(※1)が拳に似ていることに由来します。
秋頃に観察するとなるほどと納得の形状です。熟すと袋果(※2)がさけて赤い実が伸縮性の白い糸(珠柄)で垂れ下がります。食べごろを野鳥にアピールしているのでしょうか。モクレンは最も祖先的な被子植物のひとつで、モクレン類には姿かたちの異なる4つの分類仲間がありますが、どれも共通して精油を合成します。一億年前には授粉を担うためのチョウやハエは存在せず、甲虫類が花粉を運ぶ担い手でした。植物そのものにも食害を及ぼすために精油成分を生産するようになったといわれています。
サクラに先駆けて春を告げる代表種のコブシ。開花が農作業に取り掛かる頃合いを図るために利用され、「種まき桜」と呼ぶ地域もあります。類似樹種に「タムシバ」があります。別名「ニオイコブシ」と呼ばれ、和のアロマとしてこのところ注目の樹木です。
モクレン科の代表樹木には「ホオノキ」も挙げられますが、いずれも香木と言われ樹皮や枝葉にコブシ油と呼ばれる精油が含まれています。食害回避のために精油を生産し、その香料成分であるシトラールやαピネン、シネオールを多く含み、レモンやスギ、ヒノキ、ユーカリ同様に柑橘系の爽やかな芳香を放ちます。削った木片をポプリや枕に入れて香りを楽しむことができます。
生薬の辛夷(しんい)としても古くから利用されており、鼻づまりや風邪による頭痛に対し効能があります。
コブシやハクモクレンの咲く頃、一度は寒の戻りがあり、白色の花々が茶色く変色してしまうことが多いようです。サクラの開花やツバメの飛来が例年より格段に早かった今年は、その白さを保って美しく咲ききることができるでしょうか。
※1 集合果:複数の果実がひとかたまりになっている複合果のひとつ。ひとつの花の複数の雌しべに由来する果実
※2 袋果:子房を包む1枚の皮(心皮)が種子を包む果実を袋果という
[コブシ]
モクレン科モクレン属/落葉高木
北海道・本州・四国・九州の丘陵帯から山地帯の林地に普通に分布
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