高齢化社会が問題となる昨今、だれもが共に支え合う共生社会に向けた取り組みは、ますます重要性を増しています。そんな中で注目されているのが、植物と触れ合いながら心身の健康を得る園芸療法(ガーデンセラピー)です。ここでは、社会福祉士として障がい者支援に携わる仕事をしている持田和樹さんが、社会福祉という視点から見たガーデニングの可能性を、自らの体験を交えて解説します。
目次
ガーデニングが変える社会福祉のかたち

日本では高齢化が進み、障がい者の人口も増加しています。令和5年度の内閣府資料によると、現在、1160.2万人もの方々が何らかの障がいを抱えているとされ、特に発達障害の認知が進む中、社会全体での支援が求められています。こうした中で注目されているのが、ガーデニングや園芸療法の持つ力です。
植物とふれあうことで、心が穏やかになり、自己肯定感が高まる―実際に障がい者福祉施設や地域のコミュニティで園芸活動が取り入れられ、利用者の表情や行動に変化が現れています。
今回は社会福祉士として障がい者支援に携わる仕事をしている私の経験をもとに、社会福祉という視点でガーデニングを見ていきたいと思います。
花がつなぐ障がい福祉の未来

皆さんは、障がい者の方が働く施設に行ったことがあるでしょうか? 一般の方で、入所施設や障がい者の方が働く事業所に行ったことがある人はかなり少ないと思います。実際に働いていても、ほとんど関係者以外は来ないのが現状です。
私が携わっている福祉事業所は、一般就労が困難な障がい者の人が働く事業所です。このような事業所の作業は軽作業が多く、内職に近い仕事をしている所がほとんどです。そんな環境ですから、一般の方が足を運ぶ機会が少ないのも当然です。
しかし、誰もが暮らしやすい共生社会を実現するには、やはり社会との繋がりを作ることは欠かせません。障がい者の理解促進には、普段から障がい者の方と関わる回数を増やす事が不可欠です。
障がい者と聞くとあまり縁がないイメージがありますが、じつは日本の障がい者数は年々増加傾向にあります。障がい者の総数は約1160.2万人で、国内人口の約7.6%に相当します。障害区分ごとの内訳は、身体障害者436.0万人、知的障害者109.4万人、精神障害者614.8万人です。
これはあくまで認定を受けている人の数で、近年増加している発達障害などは当事者が認識していないケースも多く、潜在的にはかなりの数の障がい者がいると見られます。また、病気が原因で障がい者になるケースもあり、それだけ身近な問題でもあるのです。

そんな福祉事業所で、縁あって食用の花を育てる依頼が舞い込み、園芸が得意だった私が食用のバラを育てる事業を立ち上げることになりました。福祉施設では日本初となる生物多様性の保全と活用をした有機無農薬の食用バラ栽培に成功したこの取り組みは、「奇跡のバラ」と称され、2019年には生物多様性保全と新しい農業の手法が評価され生物多様性アクション大賞で審査委員賞を受賞しました。「奇跡のバラ」の詳細は下記リンクもぜひご覧ください。

最初は興味を示さなかった利用者も、土に触れ、植物の成長を見守るうちに、自然と作業に取り組むようになりました。植物の世話を通じて、仲間とのコミュニケーションが生まれ、社会性も育まれていきました。
園芸作業に取り組むうちにさまざまな植物や生き物の名前や特徴を覚えていき、利用者にとって一つひとつの発見がとても刺激的で楽しかったようです。また、「植物を育てることで、自分にもできることがあると実感できる」という声も聞かれました。障がいがあってもそれぞれできること、得意とすることを作業の中から見出し、それぞれが役割分担をして個性を発揮していきました。
できないことばかりに目を向けるのではなく、長所を伸ばすことで短所を補い、できないことは他の人にサポートしてもらう事で助け合いが生まれ一つになる。それは、それぞれの生き物がそれぞれの役割を担い、支え合うことで成り立っている自然界のようで、私たち人間も同じであると強く実感しました。その中で、自分の手で何かを生み出し、それが社会に役立つという経験が、利用者の大きな自信につながっているということも感じました。

福祉事業所の庭や畑でバラを育て始めてからほかにも大きく変わったことは、一般の方がたくさん訪れるようになったことです。花のおかげで自然と社会との繋がりができ、接客を利用者が行い、普段接する機会が少ない一般の方と利用者が楽しそうに会話する姿は、とても微笑ましい光景でした。
また、花を植えてから近隣住民の方が散歩がてら見に来るようになったことにも驚きました。不思議なもので花が綺麗に咲いていると自然と声を掛けられる機会も増え、「花がいつも綺麗ですね」「いつも見ていて癒やされます」など、花が植わるまでは軽い挨拶をかわすだけだった地域住民の方とも会話のキャッチボールになることが増えたのも、嬉しい変化です。

このような経験から「花は人と人とを繋ぐ架け橋になる」と私は実感しました。プライベートでも20代の頃からガーデニングを始めましたが、花のおかげで老若男女、さまざまな方との出会いやご縁を花が運んできてくれました。まさに共生社会にとって花はかけがえのない存在であり、これからもっと重要な存在になるのではないかと感じています。
園芸療法で変わる利用者の行動

園芸作業を始めて感じた驚くべき効果はこれだけではありません。それは、今まで事業所を飛び出してしまう利用者や問題行動があった利用者の課題が、自然と減少したことです。
軽作業であれば製品を完成させ業者に納品するだけなので、一般の方に感謝されたり喜ばれる機会がほとんどありません。また、毎日同じ単純作業だと集中力が続かなかったり、ストレスがたまりやすくなってしまうこともあり、トラブルはよくありました。
もし問題行動が多発して支援では対処しきれない場合、病院に行き薬物療法で治していくことも多いのが現状です。薬物療法は対処療法であり根本療法ではないので、やはり日常生活における何らかのストレスや環境を改善しない限り、薬を飲んでいても問題解決に至らないことがあります。しかし、花を育て直接人から喜ばれることが増えた利用者は、それが生きがいになり、問題行動の抑制につながっていると実感しました。
植物を育て行動障害が治まった特別支援学校の生徒
特別支援学校の先生から聞いた驚くような実話ですが、行動障害が重く、物を投げたりしてしまう生徒に対して植物の栽培を体験させたら、行動障害が軽減したという話があります。福祉現場で働いている私からすれば、物を投げる障がい者に鉢植えの植物を育てさせるのはリスクがあるので、そのチャレンジには大変驚きました。
植物を育てることで、なぜ行動障害が落ち着いたかは定かではありませんが、私はその生徒が植物を育てることで自分自身の役割を見いだしたのではないかと思います。愛情をかけて育てる植物が日に日に変化していく様子に、やりがいや生きがいを感じていたのかもしれません。
地域との絆を深める果樹活用

田舎に行くと、庭にある大きな果樹の実が取り切れずになりっぱなしの光景をよく目にします。我が家の近所に暮らすおばあちゃんからも、秋にたくさんミカンがなったので取りにおいでと誘われ、ミカンをいただきました。かなり古いミカンの木で、植えて50年くらいは経つそうですが、ミカンがなっても家族も食べる人がおらず、毎年余ってしまうそうです。
そこでミカンのお礼に、ミカンの木の剪定をすることに。高齢になると剪定作業も難しいらしく、無駄な枝がたくさん出ていたからです。この経験と私自身の福祉という仕事から、この果樹は、果樹を通した地域交流のきっかけという社会資源になるのではないかと考えています。
今の日本は4人に1人は高齢者という超高齢化社会になっています。とても公的な福祉サービスのみではまかないきれず、地域住民が互いに助け合える関係の構築の必要性が国からも指摘されています。高齢者だけの世帯も多くあり、見守り支援の必要性も課題です。
こうしたなか、果樹や野菜、花を通して社会との繋がりを構築し、コミュニケーションの機会を作ることや、認知症の予防、精神の安定など、社会的・身体的・精神的な健康を保つ上で、ガーデニングはかなりの効果を発揮すると感じています。
もし地域内で果物や野菜、花や種子といった物々交換をするなど、果樹や野菜・花をうまく活用したコミュニティができれば、ガーデニングを通じて地域福祉の活性化を促すことが可能となるのではないでしょうか。
園芸療法が取り入れられている場所

ここまでは私の実体験をお話ししてきましたが、ここで改めて園芸療法(ガーデンセラピー)についてご紹介したいと思います。園芸療法(ガーデンセラピー)は、植物や園芸活動を通じて心身の健康を促進する療法のこと。以下のような場所で活用されています。
医療・福祉施設
- 病院・リハビリ施設:患者のリハビリや精神的な安定のために導入(例:認知症患者のケア、ストレス緩和)。
- 介護施設・高齢者施設:園芸活動を通じて身体機能の維持や社会的交流を促進。
- 障がい者支援施設:手先の運動や感覚刺激を通じた療育の一環として利用。
教育機関
- 小・中・高等学校:自然体験を通じた情操教育や、特別支援教育の一環として。
- 大学・専門学校:園芸療法士の育成や研究。
地域コミュニティ・公園
- 市民農園・コミュニティガーデン:地域住民が参加し、心の健康や社会的つながりを深める。
- 福祉型農園:就労支援として、障がい者や高齢者が農作業を体験できる場。
企業・職場
- オフィスの屋上庭園・緑化スペース:社員のストレス軽減や創造性向上を目的に導入。
- ワークショップ・チームビルディング:共同作業を通じたコミュニケーション向上。
園芸療法の効果

園芸療法には、心身の健康に多面的な効果があります。
1. 身体的な効果
- 運動機能の維持・向上:植え付けや水やりなどの動作が軽い運動となる。
- 手指のリハビリ:細かい作業が巧緻性(こうちせい)を高める。
- 免疫力の向上:自然に触れることでストレスが減り、免疫機能が向上。
2. 精神的な効果
- ストレス軽減・リラクゼーション:植物に触れることで心が落ち着く。
- 自尊心の向上:花が咲く、作物が収穫できるなどの達成感が得られる。
- 認知機能の維持・向上:認知症の進行を遅らせる効果が期待される。
3. 社会的な効果
- コミュニケーションの活性化:共同作業を通じて他者との交流が生まれる。
- 孤独感の解消:地域や施設での活動が社会参加の機会となる。
- 世代間交流の促進:子どもから高齢者まで幅広い世代が関わる。
園芸療法は、自然とのふれあいを通じて「身体」「心」「社会」のバランスを整える効果があるため、今後もさまざまな場面で活用されていくことでしょう。
未来に向けて自然と共生する社会へ

福祉の大きな目標の柱に、共生社会の実現があります。健常者・高齢者・障がい者・児童のすべてが共に支え合う社会のことです。
しかし、私は人間だけの共生社会だけでは不十分だと感じています。昨今の地球規模の気候変動や環境危機は深刻な問題です。人間だけの福祉を考えているだけでは、社会が成り立たない状況にあると思うのです。

私たちが生きていく上で欠かせない水や空気が汚れていてはダメですし、生態系が崩壊していては食料を確保することさえままなりません。自然環境も含めた共生社会の実現こそが、真に求められている時代ではないでしょうか。
物価・資材の高騰を受け、生産者も消費者も厳しい状況です。石油由来の資材の多さ、生産過程で石油を大量に消費するという社会構造を、改めて痛感しています。
しかし、これを機に、身近な有機物を活用した環境に優しい循環型栽培を学ぶよい機会かもしれません。機械や石油がない時代の日本には、世界に誇る有機的で持続可能な社会や農法がありました。私の「奇跡のバラ」のストーリーでも紹介していますが、生物多様性を活用した栽培方法も、古くからある知恵を活用した環境に優しい栽培方法です。

病害虫を排除しなくては上手く育たないという固定観念を持つ方も多いと思いますが、逆に全てを受け入れることで成功したというよい事例です。私たちの味方をしてくれる有益な益虫も、私たちが嫌がる害虫が支えているからこそ繁栄できるのです。病気があるからこそ免疫が付き、強くたくましく植物が育つ一面もあります。病気の原因は植物が不健康であったり、環境が悪かったり、生態系のバランスが崩れているからこそ起きるものです。
病気そのものが悪いという一点に囚われず、全体を見て環境を整えたり、環境に配慮することで、自然と病気も治まっていきます。そういった意味では、病気は何かに気付くきっかけを与えてくれているのかもしれません。

自然と共生するガーデニングは、私たちの身体だけでなく心も豊かにしてくれます。これからの社会はガーデニングが本当の意味で「幸せ」や「豊かさ」を意味する「福祉」を実現する重要な鍵となるでしょう。
ガーデニングは、単なる個人の楽しみだけでなく、地域との結びつきを深める力も持っています。ガーデニングを通じて社会とつながり、自立を支援する取り組みは、今後さらに広がっていくでしょう。植物を育てることで、心が癒やされ、地域とのつながりが生まれる。そして、それが社会全体の共生につながっていきます。
私たち一人ひとりが、日常の中でガーデニングを取り入れることで、こうした動きをさらに広げることができます。花や緑が持つ力を信じ、誰もが心豊かに生きられる社会を目指していきたいですね。

Credit
文&写真(クレジット記載以外) / 持田和樹

アグロエコロジー研究家。アグロエコロジーとは生態系と調和を保ちながら作物を育てる方法で、広く環境や生物多様性の保全、食文化の継承などさまざまな取り組みを含む。自身のバラの庭と福祉事業所での食用バラ栽培でアグロエコロジーを実践、研究を深めている。国連生物多様性の10年日本委員会が主宰する「生物多様性アクション大賞2019」の審査委員賞を受賞。
https://www.instagram.com/rose_gardens_nausicaa/?igsh=MW53NWNrZDRtYmYzeA%3D%3D
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