虫も雑草も生かし、野にあるようにバラを育てる 「深谷たんぽぽ」のローズ・メドウ

埼玉県深谷市に、食用のバラを栽培する障害福祉サービス事業所があります。彼らのバラ栽培は、太陽と雨と風、そしてあらゆる生き物たちとともに育てるまったく新しい方法です。自然を丹念に観察し、虫にも雑草にも役割を見い出しながら、命の循環の中で花開く「奇跡のバラ」。甘く野趣あふれる香りを放つ「深谷たんぽぽ」のローズ・メドウを訪ねました。
自然栽培で美しく咲き麗しい香りを放つ「奇跡のバラ」

草穂のなびく野に、のびやかに茂り甘い香りを放つバラ。株元にはオダマキやバーベナ、オルラヤの花々とともに、名の知れぬ雑草も茂ります。花の間をチョウやハチが飛び交い、草の陰にはクモやバッタが潜みます。まるでメドウ(野原)のようなこのバラの野は、障害福祉サービス事業所「深谷たんぽぽ(社会福祉法人埼玉のぞみの園)」のバラの畑。職員の持田和樹さんと深谷たんぽぽの利用者がバラを育てて花を収穫し、食用としてレストランやハーブティーのお店へ出荷するほか、花びらを蒸留してローズウォーターを作成しています。

栽培には農薬や化学肥料はおろか、施肥もほとんど施さず、土も耕しません。バラを覆うようなハウスもなく、バラは太陽を浴び、自然の雨風を受けてすくすくと育っています。バラを育てたことのある人ならば、きっと驚かずにはいられないでしょう。なぜならバラは草花の中でも病害虫が多く、花を咲かせるにはたくさんの肥料を必要とするのがこれまでのセオリーだから。ゆえに、農薬も肥料も用いず育てられる深谷たんぽぽのバラは「奇跡のバラ」と呼ばれます。
バラにつきものの病害虫に悩まされる日々を超えて

アブラムシ、バラゾウムシ、ハバチの幼虫、ヨトウムシ、シャクトリムシ、コガネムシ、カミキリムシ、カイガラムシ、黒点病、うどん粉病…。これらはバラにつきものの病害虫で、きれいな花を咲かせるにはケミカルにしろオーガニックにしろ、薬が不可欠というのが長い間のバラ栽培のセオリーです。同時にバラは「肥料喰い」と呼ばれ、冬にやる「寒肥(かんぴ)」、春の「芽出し肥」、花後の「お礼肥」というように、年に何度も肥料を与えることがあらゆるバラ栽培の本に共通するアドバイスです。

しかし、深谷たんぽぽの栽培法は、こうしたバラ栽培の常識には最初から当てはまりませんでした。というのも、そもそもバラは野菜のように食用を目的とした作物ではないため、食用として栽培出荷するにあたり使える登録農薬がなかったのです。そこで、持田さんたちは薬剤を使わずに栽培を始めることにし、虫対策としてハウスの中にバラの畝を作り、周囲に防虫ネットを張りました。ところがせっかく咲いたバラの花は、あっという間にどこからか侵入した虫たちに食べられてしまいました。花弁に少しでも傷がつくと食用バラとしての商品価値がなくなるため、来る日も来る日も虫取りに明け暮れる日々。ある利用者は「僕なんか一日かけて400匹くらいイラガの幼虫を取ったよ。刺されると本当に痛いんだから」と話します。あるときはつぼみの一つひとつにお茶パックをかぶせて花を守ろうとしましたが、すでに卵が生みつけられており、策も虚しくバラはほぼ全滅でした。

「品種を変えてみたり、試行錯誤しましたが、もう打つ手がないと諦めかけたとき、ふとハウスの外できれいに咲いているバラがあることに気づいたんです。ハウスの中で僕らが必死になって虫取りをしているバラはボロボロなのに、なぜこっちの何もしないバラはきれいに咲いているのか。その違いは何かと考えたら、ハウスという囲いがあるかないか。だったら、一か八かでハウスのフィルムも防虫ネットも取っ払ってみることにしたんです。そしたら驚くことに、虫の被害が激減したんです」(持田さん)。
生き物と共生するバラ栽培

その訳は、バラ畑を観察しているうちに分かりました。アブラムシはテントウムシやクサカゲロウの幼虫、ハナアブの幼虫などたくさんの虫が食べてくれているし、つぼみをダメにするバラゾウムシはクモが、花をパクパク食べるガの幼虫はアシナガバチが食べてくれることを発見。囲いがなくなったことで昆虫の種類が増え、他の生き物たちや鳥がバラの害虫を食べてくれていたのです。「排除していた虫や、怖いと思っていた虫がじつはとてもいい働きをしてくれていて、戦う相手から僕らの大事な仲間に変わりました。そこで、もっと自然の力に頼ってバラを育ててみることにしたんです」。

バラ畑を完全な露地栽培に転換し、なるべく多くの生き物が住みつくようにバラ以外の草花も植え、タネが運ばれ自然に生える草もそのままにしました。
「邪魔者として嫌われる雑草にも、大事な役目があるんです。イネ科の雑草にはバッタがやってきて、バッタを求めてカマキリもやってきます。カマキリはバッタだけでなく、イラガなどさまざまなバラの害虫を食べてくれる心強いバラ栽培の仲間です」。

無駄な命は一つとしてない
雑草はこうした生き物たちの棲み処であると同時に、細い根を張り巡らせて土中に新鮮な空気や水の通り道を作ってくれているし、生き物のフンや死骸は土中の微生物の餌となり土を豊かにしている…。
「すべては繋がって循環し、無駄な命は一つもないんです。今、収穫や剪定などのほかは、自然を観察して、生態系のバランスを守るのが主な僕らの仕事。茂りすぎてバラが陰になるような草を払う程度で、虫取りも施肥もほとんど自然の生き物たちがやってくれます」と持田さんは話します。

あらゆる生き物と共存しながらバラを育てる彼らの畑は、国連生物多様性の10年日本委員会が主宰する「生物多様性アクション大賞2019」の審査委員賞を受賞。収穫したバラは香りや持ちのよさが評判を呼び、レストランやパティスリーなどさまざまな場所に出荷されています。
バラ栽培は自立支援につながる大事な仕事

バラを出荷した売り上げは、深谷たんぽぽの利用者の収入になり、障害を持つ彼らが地域で自立して暮らしていくための大事な支えとなっています。障害者が就労で得られる収入は、全国平均でひと月1万円代。国はその数字を伸ばすよう全国の事業所に提言していますが、深谷たんぽぽではさまざまな仕事を創出し、その倍以上を実現しています。バラ栽培はそうした大切な仕事の一つで、花の摘み取りや草取り、挿し木で増やした苗の植え替え、検品、加工品のシール貼りなどをそれぞれの能力に合わせて分担しながら行っています。さらに、今年からバラ畑に一般の人を迎え入れての花摘みの収穫体験などもスタートさせ、バラ畑を案内するのも利用者の仕事の一つに加わりました。
心身に変化をもたらしたバラ栽培

バラ栽培が彼らの収入を増やすと同時に、利用者の心身に変化をもたらしたことも大きな収穫でした。施設から飛び出して行ってしまうようなことがなくなり、行動が落ち着いてトラブルが目に見えて減ったといいます。あらゆる生き物を生かしながら、美しい花を育てて収穫し、それが価値ある商品として認められることは、彼らの誇りになっていると持田さんは実感しています。

「挫折を経てたどり着いたのが、あらゆる生き物と共生するこの栽培方法ですが、それが結果的に最もこの施設にぴったり合う方法だったと思って嬉しいんです。福祉も共生社会の実現がテーマ。バラがさまざまな生きものが関係して健やかに育つように、人の社会にもさまざまな人がいて、一見関係ないように見えてもみな関わり合っているんです。社会の中では見えにくい障害者のことも、このバラを通じて知ってもらえたらと思います。ぜひ、僕らのローズ・メドウに、バラを摘みに遊びにきてください」。

【Information】
深谷たんぽぽ(社会福祉法人埼玉のぞみの園)
住所:埼玉県深谷市人見2000
●ご来園の際はお問い合わせ・ご予約をお願いします。
TEL: 048-572-1668
HP:https://www.nozominosono.jp/facility/tanpopo
電話受付:平日 9:00~17:00
アクセス:
JR高崎線「深谷駅」より車で10分
秩父鉄道「武川駅」車で10分
Credit
取材&文 / 3and garden

スリー・アンド・ガーデン/ガーデニングに精通した女性編集者で構成する編集プロダクション。ガーデニング・植物そのものの魅力に加え、女性ならではの視点で花・緑に関連するあらゆる暮らしの楽しみを取材し紹介。「3and garden」の3は植物が健やかに育つために必要な「光」「水」「土」。
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