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【実例】ストレスから解放するセラピーガーデンデザインVol.1  健康と社会にアプローチする都市公園

【実例】ストレスから解放するセラピーガーデンデザインVol.1  健康と社会にアプローチする都市公園

静岡県浜松市にある浜名湖ガーデンパークに2024年にリニューアルオープンした「ユニバーサルガーデン」。このガーデンはセラピーを意図した植物をセレクトし、ガーデンの小道を通りぬけることで心身が癒やされるのをイメージして作られました。一方で、雑草などガーデンの維持管理上で発生するストレスにも着目し、ストレスを極力減らす工夫があります。ユニバーサルガーデンを設計した「かたくり工房」の阿部容子さんによる連載「ストレスから解放するセラピーガーデンデザイン」。第1回目はガーデンの全容をご紹介します。

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大規模都市公園の中の「ユニバーサルガーデン」の役割

浜名湖ガーデンパークは静岡県営の公園で、浜名湖畔に56ヘクタールという広大な敷地を有する都市公園です。2004年に「浜名湖花博」の会場として整備され、その翌年から公園として一般に無料で開放されています。2024年春には花博から20周年を迎え、その記念事業の一つとして、私たち「かたくり工房」はパークの西側エリアにある「ユニバーサルガーデン」のリデザイン&施工を引き受けることになりました。

市民が暮らしの中で日常的に親しむ公共空間をデザインするにあたり、私は改めて公園の役割について考えました。公園はしばしば「憩いの場」と表現されますが、「憩い」には「身体や心を休めること」「安らかにする」という意味があります。つまり、公園には疲れた身体や心を安らかな状態にする「癒やし」の役割が求められているのです。そこで、私はデザインコンセプトを「セラピーガーデン」とし、植物が人の心身にもたらす作用を積極的に取り入れることにしました。

緑を見てホッとしたり、癒やされるという感覚は、誰しも経験があるかもしれません。これまで体験的なものとして知られてきたこうした感覚は、近年さまざまな研究によって科学的に解明されてきています。例えば、千葉大学大学院・園芸学研究科の岩崎寛准教授は、血圧の正常化など、緑が心身にもたらす生理的作用を発見。緑を見ることで恒常性回路(健康を維持するための機能)が崩れる要因となるストレス刺激が緩和され、自己治癒力を高める効能があることを解明しました。

また、植物の香りには種類ごとにさまざまな効果があり、ラベンダーの香りが副交感神経に働きかけ、心身をリラックスさせたり、安眠効果があることは有名です。このように植物は視覚や嗅覚など人の五感に作用し、安らかな状態にするさまざまな効果を持っているのです。そこで私は、東西に細長い敷地をしたユニバーサルガーデンを嗅覚・触覚・味覚・視覚・聴覚の5つのエリアに分類し、それぞれの感覚に働きかけることが期待される植物をセレクトしました。

聴覚に働きかける「音のエリア」。

例えば、嗅覚のエリアでは、前述したラベンダーのほかに、同様の効果があるとされるクチナシや、女性ホルモンに作用するバラ、認知機能を高める柑橘系の香りのタイム‘レモン’など、香りの効果があるものセレクトして入れています。また、聴覚のエリアでは小鳥が訪れるのを期待して、エゴノキやジューンベリーを植栽し、巣箱をかけておきました。すると早速、オープンから1カ月あまりでシジュウカラが入居し、かわいいさえずりをガーデンに提供してくれています。

2024年春のオープンの際の様子。車椅子の利用者と家族がガーデンを散策していた。宿根草はまだ小さく、植物は2年後に本来の大きさに生育する。

このようにエリアごとの目的に合わせて植物をセレクト。東西に細長い100mほどの小道状のガーデンを端から端まで歩いていけば、植物が五感に働きかけ、通りぬけた後には心身が安らいでいる、というイメージで設計をしました。それぞれのエリアの植物とその作用については、今後の連載内で詳しく解説していきます。

(*ガーデンは現在夏季養生中/2024年8月中)

維持管理のストレスを極力減らす雑草対策

このようにユニバーサルガーデンは植物のセラピー効果を積極的に取り入れたガーデンですが、一方で植物は人にストレスを与えることがあります。その一つが雑草の繁茂。ガーデニングをしている人は実感があると思いますが、草取りの労力はガーデニングの中で大きなストレスとなります。ことにこうした公園のような広いエリアでは雑草の管理も重労働となり、管理が行き届かなければ植栽した植物の生育が阻害され、デザイン意図が崩れる大きな要因にもなってしまいます。

私はこれまでさまざまな観光ガーデンを手掛けてきましたが、草取りのためにしばしばシルバー人材センターからお年寄りが派遣され、真夏の炎天下で草取りをする姿が心配でなりませんでした。ガーデンの維持管理は設計施工者である私たちではなく、公園側へ委ねることになり、こうした市民の力を借りることも大いに考えられたため、雑草管理を極力少なくするということも私の使命と考えました。

植栽時の様子。左の花壇はマルチング済み。右の花壇はマルチング前で、専用に開発された植栽リングの中に植物を植栽した状態。

そこで、この庭では長年、私たちがガーデン施工をする中で研究開発してきた「ノンストレスガーデン工法」を採用することにしました。ノンストレスガーデン工法を簡単に説明すると、防草シートを植栽エリア全面に敷き、植栽配置図に沿って植栽箇所にのみ穴を開け植栽するという工法です。防草シートの上からはマルチングを施すため、一見防草シートが入っているようには見えません。ノンストレスガーデン工法では、選んだ草花だけを育てることができ、防草シートのおかげで雑草は極力防ぐことができます。ですから、草取りのストレスから開放されるという意味で、「ノンストレス」と名付けました。実際、ノンストレスガーデン工法で施工したあるバラ園は、それまで草取りにかけていたメンテナンス費が1/10に削減され、主役であるバラの手入れにより力が入れられるようになったといいます。

植物が生育すると植栽リングも隠れ、防草シートが入っているようには見えなくなる。

草取りの手間がないなら、庭を持ってみたいという人は多いのではないでしょうか。ノンストレスガーデン工法は、もちろん個人の庭でも施工可能で、私が手掛けている個人邸は近年すべてこの工法で施工しています。私はこの工法が広がって、よりガーデンの楽しみを享受する人が増えることを期待しています。ただし、防草シートの敷き方や穴の開け方、留め方など細部で正しく施工しないと逆効果になってしまうため、私たちが長年培ってきた知識や技術、施工後の管理方法などを他の施工者の方々に丁寧にお伝えできる形を現在模索中です。

グラウンドカバープランツとしても優秀な「クラピア」

そしてもう一つ、より誰もができる雑草対策として、グラウンドカバープランツによる雑草対策も取り入れています。グラウンドカバープランツとは地面を這うように広がってくれる植物で、さまざまな種類があります。代表的なものは芝生やリシマキア・ヌムラリア‘オーレア’などですが、芝生は密に生えそろうまでに雑草のタネが落ちて数年は除草作業が必要ですし、リシマキアはかんかん照りの場所より少し日陰を好みます。そこで近年、重宝しているのが「クラピア」です。クラピアは暑さに強く日向でよく育ち、小さな丸い葉が重なっているので雑草が入る隙を与えません。芝生より早く生育して広がるので、新たなグラウンドカバープランツとしてさまざまな施工現場で活用しています。

グラウンドカバーとしてクラピアが優秀な理由の一つに、クラピアが日本の在来種から品種改良され、タネを作らないよう開発されていることも重要な点として挙げられます。クラピアによく似たヒメイワダレソウ(リッピア)という植物がありますが、こちらは外来種で旺盛に繁殖するため、日本では「生態系被害防止外来種リスト」に指定されています。ヒメイワダレソウはタネが飛んでいってしまうため、仮に農作物を作る田畑にタネが飛んで旺盛に繁茂してしまったら、とても厄介なことになります。雑草対策には、このように雑草化してしまう可能性のあるものはNG。植物には種類によってそうしたリスクもあるので、近隣への配慮もしながら選ぶ必要がありますが、クラピアは人がコントロールできるので安心して使えます。

また、浜名湖ガーデンパークはすぐそばに海があるため、クラピアが塩害に強いということもポイントです。海が近くにあるエリアでは、台風がくると海水を巻き上げた暴風雨の影響で、庭の植物が塩害によって枯れることがあります。そのため、台風の後にはホースの真水で洗い流すなどの作業が必要になることがありますが、クラピアはもともと沖縄の沿岸に自生しており、塩に強いため安心して植えられました。

白い花が咲いたクラピア。

さらに、クラピアは管理の面も芝生と比較し、楽なのもよい点です。緑の絨毯のような芝生は植えれば勝手にできるわけではなく、むしろ植えた後の管理が肝心。芝生は刈り込むことで分枝し、密に茂って絨毯のようになるため、生育が始まる春から2週間に1回、そして生育が旺盛になる夏には1週間に1回芝刈りをするのが理想です。一方、クラピアはシーズンに1回の刈り込みで十分緑の絨毯状になります。春から夏にかけては1cmくらいのクローバーに似た可愛らしい花を咲かせ、一面の花畑のような風景を作ることも可能ですし、刈り込みの頻度を増すことで葉が小さくなり、草丈低くより緻密な緑の絨毯に仕上げることも可能です。このように、こちらの都合に合わせて管理方法が選べる点も私が気に入っている理由です。

庭づくりのアイデアを知らせる看板にも注目

クラピアについて解説した看板。文字が読めない人でも、意味が伝わるようイラストも添えた。

管理の負担を低減したり、暮らしに合わせて選択できるようにすることは、デザインや植物のセレクト次第で可能になります。特に年々、暑さが厳しくなる夏の管理を減らすことは、今後ますます課題になっていくでしょう。こうしたガーデニングの知識や技術を訪れた方にお伝えし、自宅でも活かしてもらえるように、ガーデン内には解説ガイドの看板も要所要所に立ててあります。このアイデアは、私がアメリカ園芸療法学会の会員としてカンファレンスに参加していたシカゴボタニックガーデンから得ました。このガーデンには車椅子のガーデナーが設計した「イネイブリングガーデン」というエリアがあります。「イネイブリングガーデン」とは(不可能を)可能にするガーデンという意味です。この庭には、さまざまな障害を持った人でも庭や庭づくりが楽しめるアイデアが詰まっており、そのアイデアが看板に記され、小さなポストからアイデアメモを持ち帰ることができるようになっていました。

シカゴボタニックガーデンで「イネイブリングガーデン」を設計したジムさんと。*

シカゴボタニックガーデンからはこの看板だけでなく、ユニバーサルの機能についても大いに参考にしました。ガーデンの名前にもなっている「ユニバーサル」は、しばしば「バリアフリー」と混同されますが、バリアフリーが特定の障害を持った人へ配慮したデザインであるのに対し、ユニバーサルデザインは障害を持った人もそうでない人も、大人も子どもも性別も超えて、すべての人にとって快適であるデザインのことを指します。不特定多数の人が訪れる公園には、ユニバーサルデザインの考えが不可欠ですが、私はそれを「複数の選択肢を用意する」という手法でデザインしました。

誰にとっても通りやすい園路の工夫

ユニバーサルガーデンの東口の入り口。

例えば、東口の入り口は階段を設け、西口の入り口はスロープにしました。すべてをスロープにしたほうが誰にとっても使いやすいのではないかと思われがちですが、足腰の弱った人の中には、平らな部分がない傾斜が続くほうがしんどいこともあるのです。その点、階段は一段一段平面があり安定しているため、自分のペースで進み、休みが必要ならば手すりにつかまって休憩することも可能です。

この階段は、じつは介助付きの車椅子でも、上り下りが可能な階段です。介助者がいる場合、車椅子の後方にあるティッピングレバーを踏んで押し進めることで、前輪を浮かせて階段を上ることができます。階段の段差はその許容範囲内である14.5cmとし、一段一段車椅子が安定するように、階段の奥行きを120cmとしました。上るときも下がるときも介助者が下から支えて利用するよう看板もあります。前述したようにスロープは傾斜が続くため、介助者は上り切るまで手を緩めることができないので、こちらのほうが都合がよい場合もあります。このように階段とスロープ、都合に合わせてどちらも選べるように東西の入り口の形状を変えてデザインしましたが、ここでは両方を体験してもらうことも目的の一つです。

車椅子の利用者になることは誰にでも起こりうることですが、家の入り口などのデザインにはいくつかのバリエーションが可能で、ご自身にあったスタイルはどれなのか、体験したり練習する場所として公園ほど安全な場所はありません。このようにさまざまなアイデアを持って帰ってもらい、自宅で生かしてもらうことも都市公園の役割の一つではないかと考え、より具体的に活かせるよう看板には寸法も入れています。

すべての人が過ごしやすい場所を目指したユニバーサルガーデン

もう一つ、芝生のベンチも車椅子の利用者のことを考慮してデザインしました。ここは芝生に座る感覚を車椅子の人にも味わってもらいたいと作った場所です。地面から車椅子への行き来は高さがありとても大変ですが、芝生の高さをあげてベンチ状にすることで、スライド移動で車椅子の人も楽に芝生に座ることができます。

これは前述のイネイブリングガーデンを参考にしたもので、車椅子のデザイナーならではの発想に、とても感心したことを覚えています。実際座ってみると分かりますが、地面へ座って立つ動作より、高さのあるベンチのほうが誰にとっても負担が少なく済みます。例えば公園には赤ちゃん連れの方も多く訪れますが、赤ちゃんを抱いた状態で地面から立つより、バランスを崩さず安全に座ったり立ったりといった動作ができます。

立ったまま草花に身近に触れられるように、沿道側は高さの違うレイズドベッド花壇状にした。高・中・低の3つの高さの花壇を作り、訪れる人が自身に合う高さを探せるようにした。

世の中のデザインは一般的に健常者の視点で作られていることが多く、ハンデを負っている方の不都合には気づきにくいものです。ユニバーサルデザインでは、その不都合を意識し、解消するデザインを模索する必要がありますが、結局それはハンデのない人にとっても快適な形であることが多いことに、このガーデンの設計を通して気づきました。また、公共の場所のデザインはそうであるべきとも思います。特に、公園は一定の時間を過ごす場所であるからこそ、いろいろな人がいることを認識し、相手の存在をお互いに気遣ったり思いやったりする場面も生まれ、「気づきにくさ」というものが解消されていくことも期待したいです。都市公園には「憩いの場」としての役割のほかに、多様性への理解を進め、よりよい社会へと導く役割もあるのではないでしょうか。ユニバーサルガーデンがたくさんの方に利用され、そうした役割を果たすことを期待したいと思います。

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