たなか・としお/2001年、バラ苗通販ショップ「
田中敏夫 -ローズ・アドバイザー-
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田中敏夫 -ローズ・アドバイザー-の記事
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ストーリー
【バラ物語】オールドローズ最古の由来を持つガリカ
オールドローズの源流 ガリカの辿ってきた道筋 6月の中之条ガーデン。Photo/田中敏夫 春、庭を彩る美しいオールドローズ。その中にあって、ガリカは系統上では最も古いものであり、ダマスクやアルバ、モスなどよりも先に生み出され、その後のバラ育種の源流となったことは、改めて言うまでもないことかもしれません。 しかし、これも以前に言及していることですが、ヨーロッパにおいて、18世紀の終わり頃から人々に深く愛されるようになった最初のバラは、ガリカではなく、多弁の花を持つケンティフォリアでした。明るいピンクの花色がほとんどであったケンティフォリアに、赤やパープルの花色を持つガリカが多弁化して加わったことも過去にご紹介しました。 今回は、ケンティフォリアがベルギーやオランダからもたらされる以前、主に薬用として利用されていた古い由来のガリカについて改めて整理してみました。 以前の記事、『オールドローズ~黎明期の育種家たち』と『ヴィベール~もっとも偉大な育種家』で品種解説した内容と重なる部分がありますが、ガリカの育種史を辿ってゆくとき、どうしても解説が重なってしまいがちです。ご容赦ください。 ケンティフォリア到来前のガリカ~クリムゾンとバーガンディ/パープルの時代 13世紀、十字軍の帰還に伴ってヨーロッパにもたらされたガリカでしたが、その当時は、渋みのあるクリムゾン、あるいはバーガンディやパープルの花色でした。 アポシカリーズ・ローズ(Apothecary's Rose)/ ロサ・ガリカ・オフィキナリス(Rosa gallica officinalis) Photo/田中敏夫 1241年、フランスのシャンパーニュ伯が、ティボー4世率いる十字軍の遠征を終え、エルサレムから故国へ向かう帰途で、ダマスキナ(Damascina)と呼ばれるバラを持ち帰ったと伝えられていますが、そのダマスキナは名前から容易に連想されるダマスクではなく、このアポシカリー・ローズ(“薬剤師のバラ”:英語)であったといわれています。 1759年、植物分類学の父と呼ばれるカール・フォン・リンネは、フランスから送られてきたこのバラのサンプルに、ロサ・ガリカ(ガリカはフランスの古名)と命名しました。サンプルはシングル咲きではなく、ダブル咲きのものだったので、このアポシカリー・ローズが原種として登録されたようです。 命名のときに使われたと思われる標本は、「リンネ・コレクション(652.26)」として英国のリンネ協会に保管されています(“LINN 652.26 Rosa gallica (Herb Linn), http://linnean-online.org/4815/)。 このアポシカリー・ローズ、つまりロサ・ガリカ・オフィキナリス(“薬剤師のガリカ”:ラテン語)は、英国において薔薇戦争が繰り広げられた際にランカスター家の象徴として用いられたことから、「レッド・ローズ・オブ・ランカスター」という別名でも呼ばれています。 コンディトルム(Conditorum) Photo/田中敏夫 1866年に「コンディトルム」(“創設者”)と改めて命名され、市場へ提供されましたが、はるか以前からさまざまな名称で知られていた品種です。アポシカリー・ローズよりも大輪で香り高く、株丈もより大きくなります。 1588年に刊行されたドイツのヨアヒム・カメラリウス(Joachim Camerarius)の著作"Hortus medicus et philosophicus"でズッカーローゼン(Zuckerrosen:"甘いバラ")と記述されているバラはこの品種ではないか、また1656年に公刊されたイングランドの医師・植物学者であったジョン・パーキンソン(John Parkinson)の著作"Paradisi in sole paradisus terrestis"の中で述べているロサ・ハンガリカ(Rosa Hangarica:"ハンガリアン・ローズ")はこの品種のことだろうとされています。 ‘The Hungarian Rose’-左最下部( "Paradisi in sole paradisus terrestis" 、1656)[Public Domain via BHL] ハンガリアン・ローズと呼ばれるのは、このバラが16世紀初めのオスマン帝国によるアナトリア侵攻の際にもたらされたからではないかという解説も見受けられます。 トスカニー(Tuscany) Photo/田中敏夫 この品種は、非常に古いという説と、19世紀の前半に市場に出てきたという説があり、よく分かっていません。 有力な説は2つです。 1つは、英国のジョン・ジェラルド(John Gerard)が1597年に公刊した"Herball, Generall Historie of Plants"に"The old velvet Rose"と記載された品種が、このトスカニーであるという説。もう1つが、1820年、シデンハム・エドワード(Sydenham Edwards)が公刊した園芸誌"The Botanical Register: Consisting of Coloured Figures of Exotic Plants Cultivated in British Gardens"に記載された"The Double Velvet Rose"こそが、現在‘トスカニー’として流通している品種だという説です。 個人的には、花形や樹形などに非常に由来が古いという印象を抱いています。16世紀にはあったと考えてもいいのではないでしょうか。 ‘The Velvet Rose’ “The haerball, or, Generall historie of plantes p.1266”, John Gerard 1596, [Public Domain via BHL(Biodiversity Heritage Library)] トスカニー・サパーブ(Tuscany Superb) Photo/田中敏夫 1837年以前、イングランドのウィリアム・ポール(William Paul)により見いだされ、市場に公表されたといわれています。「トスカニー・サパーブ」は「トスカニーを超えるもの」という意味になります。 ‘トスカニー’とは大きな違いはないのですが、あえて比較すると、花色は、‘トスカニー’は赤みを含んだバーガンディ気味なのに対し、この‘トスカニー・サパーブ’はパープル気味、香りは‘トスカニー・サパーブ’のほうが強めといったところでしょうか。 シャルル・ド・ミユ(Charles de Mills) Photo/Rudolf [CC BY SA-3.0 via Rose-Biblio] 1746年にはその存在が知られていたなど、古い由来の品種であるため詳細は明らかではありませんが、米国のバラ研究家、スザンヌ・ヴェリエール(Suzanne Verrier)によれば、この品種はドイツで育種され、当初はCharles Willsと呼ばれていたものが、フランスで流通する際にフランス風にシャルル・ド・ミユと呼ばれるように変化したのだということです("Rosa Gallica")。 よく整ったクォーター咲きの花。ガリカの中でも最も深いとされるカーマインの花色。最も完成されたガリカという高い評価も得ています。「すべてのバラのなかで最も素晴らしい花を咲かせるものの一つだ… (Roger Phillips & Martyn Rix, "Best Roses Guide")」とまで評されています。 「ビザール・トリオンフォント(Bizarre Triomphante)」という別称で呼ばれることが多くなりつつありますが、これはジョワイオ教授によるこの品種の由来を精査した結果の主張に同意するものがあるのでしょう。解説の抜粋は次のようなものです。 「…現在、‘シャルル・ド・ミユ’という名前で市場に出回っている、このもっとも美しいガリカの1品種は、1790年以前に遡ることができる。というのは、その年に発行されたフランソワのカタログに記載されているからだが、1803年のデスメのカタログにも記載されているし、マルメゾン宮殿に植栽されていたことも知られている。… アルディ(ティレリー宮の庭園丁)は、この品種はオランダで育種され、デュポン(マルメゾン庭園のアドバイザー)によって(フランスへ)紹介されたと記述している。…‘シャルル・ド・ミユ’という品種名は、1836年以前には現れていない。おそらく、1840年以前にはその名前では呼ばれていなかったのだろう。ロワズロ=デスロンチャムは1844年、イングランド人ミルズのイタリアン・パーゴラは旺盛に成長したチャイナ・ローズでカバーされていて有名であったことに言及している。…この名前("Chales Mills")がビザーレ・トリオンフォン(Bizarre Triomphant)に変わってしまったのだろうか?…この品種は、シャルル・ド・ミユではなく、グラブロー(ロズレ・デ・ライの創設者)が呼んだとおり、ビザーレ・トリオンフォンと呼ばれるべきだろう」("La Rose de France") 多弁化(ケンティフォリア化)したガリカの出現~ピンクの花色も加わる この記事の冒頭で触れましたが、18世紀末頃から、オランダ、ベルギーからケンティフォリアがフランスにもたらされ、王侯貴族の間で深く愛されるようになりました。ケンティフォリアの人気を追いかけるように、ドイツからケンティフォリアのように大輪・多弁化したガリカがもたらされました。 これらのガリカをもたらしたのは、ドイツのヴァイセンシュタイン城の庭園丁であったダニエル・A・シュヴァルツコフです。育種された品種は葉、茎、株姿などにガリカ特有の特徴があり、ケンティフォリアとは一線を画す品種でした。 ‘ヴァイセンシュタイン城(1740年頃?)’ Ilustrait/Johann August Corvinus [Public Domain via Wikimedia Commons] 今日でも、シュヴァルツコフが育種した品種をいくつか目にすることができます。よくもまあここまで成し遂げたものだと、感嘆せざるを得ないほどの高い完成度です。 ベル・サン・フラットリ(Belle sans flatterie) Photo/Krzysztof Ziarnek, Kenraiz [CC BY SA4.0 via Wikimedia Commons] 「ベル・サン・フラットリ」とは「お世辞抜きの“美”」といった意味。1783年以前にシュヴァルツコフにより育種されたというのが最近の見解です。 香り高く、極大輪、ライト・ピンクのロゼット咲きとなる見事なガリカです。ライト・ピンクに花開く最も初期のガリカで、今日でも最良のピンク・ガリカの一つだと言っていいのではないかと思います。 繰り返しになりますが、この品種の完成度の高さは驚くべきレベルに達しており、フランスのデスメやヴィベールなどが熱心に育種に取り組みながらも、同じレベルに達するには40年から50年もかかってしまったという印象を持っています。 最新のゲノム検査の結果によると、この‘ベル・サン・フラットリ’は、アポシカリー・ローズの配列と酷似しているとのことです。中輪、25弁ほどの赤いバラであるアポシカリー・ローズと、この‘ベル・サン・フラットリ’が、同じ遺伝子から生み出されているというのも、また信じがたいことです。 エイマブル・ルージュ(Aimable Rouge) Photo/Rudolf [CC BY SA-3.0 via Rose Biblio] この品種も、1783年以前にシュヴァルツコフにより育種されました。‘エイマブル・ルージュ’(“親しみのある赤”)という品種名は、1818年頃、園芸植物の販売業者であったルイ・ノワゼット(ノワゼットの生みの親であるフィリップ・ノワゼットの実兄)が市場へ提供するときに命名したようです。 しかし、この品種についての古い記述では、ピンクで花弁縁が白く色抜けすると書かれていることなどから、ジョワイオ教授などは、オリジナルの品種はすでに失われてしまい、今日見られるものは、1819年、ヴィベールにより同名の品種名で市場に出回るようになったものではないかと解説しています(“La Rose de France”、1998)。 マントー・プープル(Manteau Pourpre) Photo/Rudolf [CC BY SA-3.0 via Rose Biblio] ‘マントー・プープル’(紫の外套)と命名されたこの品種も、1783年以前にシュヴァルツコフにより育種されたとされています。 これら‘ベル・サン・フラットリ’ ‘エイマブル・ルージュ’および‘マントー・プープル’といった品種は、今では失われてしまった他の品種とともに、18世紀の末にオランダ、ベルギーなどを通じてフランスへ輸出されてゆきました。それまで、ガリカ・オフィキナリスや‘トスカニー’など、中輪のガリカしか知らなかった王妃や貴婦人たちは、このケンティフォリアと競うほどの美しいガリカを見て、さぞ驚いたことだろうと思います。
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おすすめ植物(その他)
【バラの庭づくり】庭植えバラのペアリングとコンパニオン・プランツ<後編>
バラとコンパニオン・プランツとの組み合わせを愛でる~はじめに~ 前回は、品種の異なるバラ同士を庭植えして楽しむペアリングの例をいくつかおすすめしました。今回は、バラと一緒に植栽すると互いに引き立て合うコンパニオン・プランツを25種ご紹介します。ぜひ庭づくりの参考にしていただければと思います。 6月末の自宅庭。クロコスミア、モナルダ、アガスターシェ、ルドベキアなど。Photo/田中敏夫 コンパニオン・プランツを考えることは、庭づくり全体を考えることとほとんど同じ。とても大きなテーマなので、簡単に語り尽くすことはできません。ここでは、前回ペアリングしたバラを想定しながら、バラを主体とした庭づくりのための組み合わせを考えてみました。 コンパニオン・プランツの選定は、次のように整理して進めました。 花がない季節でも庭を楽しめるように、灌木・草本のリーフプランツを選び、バラとのグループを作ってそれをベースとするそこへ、長く咲き、手入れが楽な草花を加えるさらに、季節を感じさせる草花をフォーカル・ポイントとする それでは、それぞれのケースにおすすめの実際の組み合わせ例をご紹介していきましょう。 A. バラとリーフプランツとのグループ作り まず、バラの株サイズに合わせ、リーフプランツを選びました。サンプル①は中くらいのサイズとなるグループ、②は①より少し大きな株立ちとなる組み合わせ、そして③ではランブラーとの大株同士の組み合わせです。 サンプル①~‘レイニー・ブルー’と‘ゴールデン・ボーダー’に合わせる ‘レイニー・ブルー’。Photo/田中敏夫 ‘ゴールデン・ボーダー’。Photo/田中敏夫 ‘レイニー・ブルー’はクライマーですが、高さはそれほど出ず、比較的扱いやすいサイズ感です。‘ゴールデン・ボーダー’は横広がりする修景バラです。選んだリーフプランツは、次のとおり。 シルバー:アルテミシア ‘ポウイス・キャッスル’ or アルテミシア・ルドビシアナブロンズ:ペンステモン ‘ハスカーレッド’ or ‘ダークタワー’ or ストラビランテス ‘ブルネッティー’ライム:羽衣ジャスミン ‘フィオサンライズ’ or 雲南オウバイ斑入りなど:ツルバギア ‘シルバーレース’ or ロータス ‘ブリムストーン’ アルテミシア‘ポウイス・キャッスル’ アルテミシア。Photo/田中敏夫 アルテミシア ‘ポウイス・キャッスル’は、イギリスのポウイス城の庭園で発見(育種?)されたヨモギの仲間です。ハーブとして利用されるニガヨモギからの選別種または交配種だと思われますが、ニガヨモギに比べ葉色はよりシルバーを帯び、また小さくまとまるためとても利用しやすいリーフプランツです。ヨモギの仲間特有の防虫効果も期待できます。 同属のアサギリソウのほうがポピュラーかと思いますが、盛夏の直射日光に弱い、冬季に地上部が枯れこむなどの難点があるので、‘ポウイス・キャッスル’のほうが利用範囲が広いように思います。立ち性でよりシルバー・グレー気味のルドビシアナや、広葉の‘モリスストレイン’などを使っても楽しいでしょう。 ペンステモン ‘ハスカーレッド’ ペンステモン‘ハスカーレッド’。Delobol/Shutterstock.com ペンステモン‘ハスカーレッド’は、東京などの暖地では冬季常緑であることが多いようですが、春になると古い葉を押し出すように美しいブロンズの新芽が芽吹き、5月にはバラの開花に合わせるように淡いピンクに花開きます。夏に色が褪せて濁った緑となりますが、秋にはパープルに近いブロンズ葉に戻り、一年を通して庭を飾ってくれる優れた宿根草です。 さらに、濃色の葉色となる’ダークタワーズ’でも同じ効果が得られると思います。 羽衣ジャスミン‘フィオサンライズ’ Photo/田中敏夫 左のライム葉が羽衣ジャスミン‘フィオサンライズ’です。一般的な緑葉または斑入り葉の羽衣ジャスミンは暖地では大株になりがちですが、この‘フィオサンライズ’は草丈200cmほどとそれほど大株にはならず、扱いやすいサイズです。つる植物ですが、絡み方もゆるやかで、葉色も春の新芽は少しピンクがかった明るいライム、夏にはやや緑がかり、秋には枯れ色がかったイエローへと変化するなど、年間を通じて楽しませてくれます。ライムのカラーリーフとして真っ先におすすめしたい品種です。なお、冬季に落葉することもあるようですが、東京などの暖地で観察している範囲では常緑でした。 写真は、ブドウ‘デラウェア’、ルブス‘サンシャインスプレーダー’との組み合わせの例です。 ツルバギア‘シルバーレース’ Photo/田中敏夫 ツルバギア・ビオラセアはアガパンサスと同様、南アフリカ原産の小さな塊状の球根植物。東京などの暖地では冬季でも落葉せず、適温だと花茎を伸ばして藤色の愛らしい花を咲かせます。‘シルバーレース’はビオラセアの直葉の縁が白く色抜けする美しい斑入り葉種です。 写真左が‘シルバーレース’、奥にティーツリーとノブドウのライム葉種、横に斑入りミントブッシュ、手前にエケベリアの組み合わせです。 サンプル②~‘ヘーベス・リップ’と‘セント・ニコラス’との組み合わせ ‘ヘーベス・リップ’。Photo/田中敏夫 ‘セント・ニコラス’。Photo/田中敏夫 ‘ヘーベス・リップ’と‘セント・ニコラス’は、ともに高さ200cmを超えるシュラブ。いかにもオールドローズらしい、たおやかな枝ぶりが魅力です。①の‘レイニー・ブルー’と‘ゴールデン・ボーダー’よりも大株となるコンパニオン・プランツを選んでみました。 シルバー:ツリージャーマンダー or ウエストリンギア‘スモーキー’ブロンズ:アメリカ・テマリシモツケ‘ディアボロ’ or ‘リトル・デビル’ or 紅メギ‘ローズグロー’ライム:プリベット‘レモン&ライム’ or トサミズキ‘スプリングゴールド’斑入りなど:ユーパトリウム‘ピンクフロスト’ or アメリカナンテン‘トリカラー’ ツリージャーマンダー ツリージャーマンダー。Photo/田中敏夫 ツリージャーマンダーは横張りする性質が強く、また、剪定を繰り返すとよく分枝し、こんもりとしたブッシュになります。常緑のシルバーリーフとしてはもちろんのこと、バラの開花の季節には淡いブルーの花も楽しめ、とても利用価値の高いコンパニオン・プランツです。 アメリカ・テマリシモツケ‘ディアボロ’&シマグミ Photo/田中敏夫 画像真ん中が‘ディアボロ’、左はシルバーリーフが美しいシマグミです。ともに高さ200cmほどになる、優雅にアーチングする枝ぶりなので、シュラブ・ローズのペアリングばかりではなく、後で述べるランブラーのペアリングにも使える組み合わせです。2品種とも暖地では冬季でも常緑なので、とても利用しやすい組み合わせだと思っています。 プリベット‘レモン&ライム’ プリベット‘レモン&ライム’。Photo/田中敏夫 濃い緑葉、斑入り葉など多くの園芸種があるプリベットですが、品種によっては夏の高温多湿が苦手なものもあります。’レモン&ライム’は成長は遅いですが丈夫で、高さ200cmにも達する灌木です。東京などの暖地では季節による葉色の変化も少なく、冬季も葉を落とさない、とても信頼できるリーフプランツです。 ユーパトリウム‘ピンクフロスト’ ユーパトリウム ‘ピンクフロスト’。Photo/田中敏夫 画像は開花前のユーパトリウム ‘ピンクフロスト’。花のない季節でも斑入り葉がとても魅力的です。株元のピンク花はアキレアの矮性種、奥の白花はオルラヤ・グランディフローラです。 サンプル③~‘フランソワ・ジュランヴィル’と‘アルベリック・バルビエ’ ‘フランソワ・ジュランヴィル’。Photo/田中敏夫 ‘アルベリック・バルビエ’。Photo/田中敏夫 フランスのバルビエ兄弟が育種した‘フランソワ・ジュランヴィル’と‘アルベリック・バルビエ’は、ともに500cmを超えるランブラーとなります。大きなスペースが求められる両品種ですが、コンパニオン・プランツも大株となるものを植栽するとバランスがとりやすいでしょう。 シルバー:シマグミor ロシアン・オリーブ or 糸ランブロンズ:サンブカス・ギニア‘ブラック・レース’ or アゴニス‘ブラックテール’ライム:ブッドレア‘ライム’ or サンブカス・ギニア‘ゴールデンタワー’斑入りなど:チョウジソウor ギンバイカ‘バリエガータ’ シマグミ シマグミ。Photo/田中敏夫 シマグミは名前の通りグミの仲間です。細めで優雅にアーチングする枝ぶりが魅力です。よく見かける緑葉のアキグミは冬季に落葉しますが、シマグミは暖地では常緑です。秋には暗色の赤い実がなりますが、あまり食用には利用されていません。 西洋ニワトコ‘ブラック・レース’ 西洋ニワトコ(サンブカス・ギニア)‘ブラック・レース’。Diana Taliun/Shutterstock.com 一般種の西洋ニワトコは500㎝を超えるような大株となってしまいますが、この‘ブラック・レース’は高さ200~300㎝にとどまり、使いやすいサイズです。冬季は落葉しますが、春や秋にはパープリッシュな濃いブラウン葉となり、バラが開花する時期には淡いピンクの小さな花が開いた傘のように開花する、散形花序の花を付けます。 盛夏の直射日光にさらされると葉色が失せてしまうため、半日陰などへ植えこむのがおすすめです。 ブッドレア ブッドレア ‘レーラ・カピラ’。Photo/Ptelea [CC BY SA3.0 via Wikimedia Commons] ブッドレアは花色にピンク、ブルー、白、パープルと変化が多く、また葉色もライム、シルバーなど選択の幅が広いのが魅力です。従来種は300cm以上になることが多いのですが、最近は‘シルバー・アニバーサリー’など、高さ100cmに満たない矮性種も見られるようになりました。 チョウジソウ チョウジソウ。Photo/田中敏夫 チョウジソウは細めの葉がこんもりと高さ60cmほどに茂る美しい宿根草です。斑入り葉ではありませんが、秋に見事な黄紅葉が見られます。バラの開花期にスカイブルーの小花を咲かせるのも魅力です。 日本にも自生していて山野草として人気がありますが、アメリカ産の細葉チョウジソウも草姿、秋の黄葉を楽しむことができ、おすすめです。 B. 花の開花期間が長く、かつ手入れが楽な草花 バラの開花の前、あるいは開花後は、華やかだった庭も寂しくなりがちです。春から秋にかけて開花期間が長い草花が庭にあると、そんなギャップをある程度埋めることができます。たくさんご紹介したいところですが、今回は3つだけセレクト。 バーベナ・ボナリエンシスor バーベナ ‘メテオールシャワー’(PW) バーベナ・ボナリエンシス。Photo/田中敏夫 バーベナには多くの園芸種がありますが、バーベナ・ボナリエンシスは100cmほどになる大型種で、三尺バーベナと呼ばれることのほうが多いと思います。ちなみに三尺は約100cmを表します。8月の盛夏を除き、5月から10月までずっと咲き続けます。植栽の中から花茎を立ち上がらせる景色は、自然風の庭ではおなじみの光景となりました。丈夫なだけではなく、こぼれ種でもよく増えるので、とても経済的で便利な草花でもあります。 最近販売されるようになったPW(Proven Winners)の‘メテオールシャワー’はボナリエンシスの茎を太めに、草丈が70cmほどに収まるように改良を加えた品種だと思います。背が高くなりすぎる、やっぱり倒れるといった点に苦労されている人には朗報ですね。 高性ジニア ‘シンデレラ’など ジニア。Photo/Peakhora [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons] ジニアは一年草ですが、百日草と呼ばれるとおり、6月から10月まで休むことなく開花してくれます。主に草丈20cmほどの矮性種が出回っていますが、60cmほどになる高性種も長く咲く性質はそのままなので、とても使いやすいです。なお、花の少ない盛夏でも咲き続けてくれる一方、日照に恵まれないと花芽がつきにくいという性質もあります。 ルドベキア‘タカオ’ ルドベキア‘タカオ’。Photo/田中敏夫 ます。気に入った品種をお楽しみいただくのが一番だと思いますが、多くの園芸種の開花時期は初夏からの2カ月ほど。‘タカオ’は他の園芸種より遅れて咲き始め、東京など暖地では開花は7月からとなります。7月にはほかの園芸種の後を追うように花開き、10月までと長く楽しめるため、庭の花を咲き継がせたい場合に効果的です。さらに、こぼれ種でもよく増えるという優れた性質があります。 C. 季節を感じさせる草花 季節を感じさせる草花は、比較的容易に入手できるものだけでも数千を超えます。そうした季節を彩る球根、多年草、一年草の中から、お好みで選んでいただければと思います。 ここでは、植栽してみてよかったと感じている草花を季節ごとに数点だけ挙げることにしました。膨大な品種群を探索しながら、選び、播き、あるいは苗を入手し、育て、花咲く姿を楽しむことは、庭づくりの醍醐味だと思います。どうぞ、お楽しみください。 ① バラが咲く前~早春(3~4月) Bの項でリストアップした開花期間が長い草花は、春爛漫の時期から秋または初冬まで咲くものがほとんどで、早春に花を愛でることはできません。そのギャップは、秋植えした早咲き球根などで埋めることができます。 ハナニラ ハナニラ。Photo/田中敏夫 ハナニラは2月からポツポツと開花し、4月の初め頃まで花を楽しむことができます。環境が適切であれば、植えっぱなしでもよく繁殖します。また、5月から長い休眠期を過ごした後、12月には地表を這うように葉が展開するので、冬のグラウンドカバーとしても利用できます。 スノーフレーク スノーフレーク。Photo/田中敏夫 スノーフレークも3、4月の庭を彩る丈夫な球根です。早春に花咲くので、6月には休眠期に入り地上部が枯れこみますが、ハナニラと同様、環境が適切であれば植えっぱなしでどんどん増えていきます。 スパニッシュ・ブルーベル スパニッシュ・ブルーベル。Photo/田中敏夫 スノーフレークを追いかけるように4月頃からブルーの花を咲かせるのが、スパニッシュ・ブルーベルです。植えっぱなしでよく増えます。6月になると休眠期に入り、地上部がなくなるのもスノーフレークと同様です。 ② バラと一緒に~春爛漫(5~6月) オルラヤ・グランディフローラ オルラヤ・グランディフローラ。Photo/田中敏夫 バラの開花と時期を合わせるように清楚に花開くのが、オルラヤ・グランディフローラです。開花期間は長いですが、高温多湿の梅雨を乗り越えるのが難しく、一年草扱いとなっています。大きな種子がよく結実し、こぼれ種でも増えますが、9月頃に播くとよく発芽します。冬越しして初夏を迎えると、群生して庭を豪華に彩ってくれます。 ポピー ポピー。Photo/田中敏夫 5月頃から6月頃まで開花し、春を告げる花として愛されているポピーですが、やはり数多くの園芸種があります。一年草タイプが多いですが、宿根する品種もあります。 画像の品種はヨーロッパで広く見られる一年草タイプの野生種、ワイルド・ポピーと呼ばれるもの。花苗としては園芸店ではあまり出回っていないようです。種まきして増やせますが、種子はとても小さく、また、植え替えを嫌うので、直まきするとよいでしょう。 アキレア‘テラコッタ’ or ‘ピーチセダクション’ Photo/Jean-Pol GRANDMONT [CC BY SA-3.0 via Wikimedia Commons] アキレアは5月から7月にかけて高さ100cmほどに成長する、庭を彩る美しい花です。ノコギリソウという別名があるように強く切れ込んだ葉も魅力的で、リーフプランツとしても利用できます。 ③ バラの花後~初夏から秋(7~9月) ベルガモット ベルガモット。 Photo/田中敏夫 ベルガモット(モナルダ)はバラの開花の後、6月から8月にかけて開花する宿根草です。原種はモーヴ(藤色)花ですが、もっとも流通しているのはタイマツバナとも呼ばれる鮮やかな赤花の品種です。花色はほかにピンク、白があります。 年を重ねるごとに地下茎が伸びて群落のようになっていきますが、こぼれ種でも増えるし、挿し木で増やすことも可能です。8月に枯れこんだ花はシードリングとなってオーナメントのような効果を生じます。夏には欠かせない花の一つだと思います。 アガパンサス アガパンサス。Photo/田中敏夫 6月から7月、花の少ない季節に大株となり、存在感が一段と増すのが常緑性のアガパンサスです。冬季に落葉して地上部が枯れる矮性種もあって、ともに広く流通しています。花色はブルー系が主ですが、ピンク、あるいは二色咲きの品種もあります。 クロコスミア クロコスミア。Photo/田中敏夫 クロコスミアは6、7月に開花する球根植物です。植えっぱなしで群落化してくるほど丈夫で、冬季には地上部はなくなりますが、春、5月頃には剣葉をどんどん展開して70cmほどになります。 8月には葉はしおれて休眠期に入ります。新しい球根は元株の横に新たに形成されることが一般的ですが、旧球の真上に新球ができることも多く、休眠期に掘り上げると串団子のようになっていることもあり、面白い性質だと思っています。 花色はオレンジのほか、鮮やかな朱色、イエローなどがあります。 ④ バラの花後~晩秋から初冬(9~11月) シュウメイギク シュウメイギク。Photo/Carstor [CC BY SA-3.0 via Wikimedia Commons] 秋を感じさせる代表的な花の一つがシュウメイギク。盛夏に直射日光を浴び続けると葉に障害が出ることがあるので、半日陰で育てるとよいでしょう。適切な環境では地下茎を伸ばし群生するようになります。個人的には白花の高性種が好みですが、市場に出回っているのは主に八重花種です。ピンクの花も美しいです。 シミシフーガ シミシフーガ。Photo/Botanischer Garten Berlin [CC BY SA-3.0 via Wikimedia Commons] シミシフーガは大きく切れ込みのある濃色の葉と、春から秋にかけてポツポツと開花する白または淡いピンクの穂状の花とのコントラストが美しい宿根草です。高温多湿に弱く、半日陰に植えこまないとよいパフォーマンスを発揮できませんが、適切な場所に植えれば時に高さ150cmに達する大株になり、見応えがあります。 ‘ブルネット’ ‘ピンクスパイク’ ‘クィーンオブシバ’などの園芸種はパープリッシュな銅葉を持ち、リーフプランツとしても利用できます。
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ガーデンデザイン
【バラの庭づくり】庭植えバラのペアリングとコンパニオン・プランツ<前編>
バラをもっと楽しむアイデア〜はじめに〜 単体のバラの美を愛でる以外にも、昨今はバラ同士を組み合わせたり、他の植物とともにハーモニーを楽しんでいる方も多いことと思います。バラと組み合わせる植物のバリエーションは無限大ですが、何と何を組み合わせると相性がいいのか、そして、どんな美を楽しめるのか……。長年バラを研究してきた視点で、おすすめのコンビネーションを2つのテーマに分けてご紹介します。 今回の<前編>では、「バラ同士をペアリングして、色や花形の微妙な移ろいや変化を楽しんだり、強いコントラストを演出して違いを楽しむ」アイデアをご紹介します。 次回は<後編>として、「バラとコンパニオン・プランツとの組み合わせを愛でる」についてご紹介する予定です。 まずは、異なる品種のバラをペアリングして楽しむアイデアから。 バラのおすすめペアリング・サンプル それでは実際に、おすすめのバラのペアリング実例を6例ご紹介しましょう。 ① ‘ヘーベス・リップ’と‘セント・ニコラス’ ともに一季咲きのダマスク。中輪・25弁前後、オープン気味の中輪花で美しいシベを楽しむことができる組み合わせです。花色の違いはあるものの、花形も樹形も似通っていて姉妹品種のような印象を受けますが、育種の経歴、時代もまったく違う“他人の空似”品種です。 ヘーベス・リップ(Hebe's Lip) Photo/田中敏夫 1846年頃、イギリスのJ&C・リーが育種したとされています。長い期間、注目を浴びることはなかったのですが、1912年頃、園芸家ウィリアム・ポールが改めて世に紹介したことから広く知られるようになりました。 交配親は不明ですが、サマー・ダマスクと、ヨーロッパに広く自生しているライトピンクの原種ロサ・ルビギノーサ ("エグランティン"とも)との交配、または自然交雑により生み出されたというのが一般的な理解です。 品種名はギリシャ神話の女神である“ヘーベのくちびる”といった意味かと思います。花弁縁に少しだけ出る紅色が命名の由来だろうと思いますが、なぜ“リップ”であって“リップス”ではないのか不思議に思っています。 セント・ニコラス(St. Nicholas) Photo/田中敏夫 1950年、イギリス、ヨークシャー州のロバート・ジェームズというアマチュアの愛好家が聖ニコラス教会の庭園で発見したとされています。交配親は分かっていません。 ダマスクにクラス分けされてはいますが、一般に非常に濃厚な香りの品種が多いダマスクなのですが、この品種はあまり香りません。また、時に秋に返り咲きする性質があるなど、純粋なダマスクとはいえない性質があります。 ② ‘ジェームズ・ヴェイチ’と‘サレ’ 返り咲き性のあるモスの組み合わせです。‘ジェームズ・ヴェイチ’はモダンローズに見紛うほど強い返り咲き性がありますが、‘サレ’の返り咲き性はそれほどでもなく、秋口の開花は‘ジェームズ・ヴェイチ’だけとなることが多いかもしれません。 ジェームズ・ヴェイチ(James Veitch) Photo/田中敏夫 1865年、フランスのウジェンヌ・ヴェルディエF.A.(fils aîne:“長男”)が育種・公表しました。交配親は不明です。 返り咲きするモスとして、パーペチュアル・モスにクラス分けされることが多いですが、返り咲きの性質が非常に強いこと、また、ダマスク・パーペチュアルの品種‘レンブラント’などとの類似が見られるため、ダマスク・パーペチュアルにクラス分けされることもあります。 ジェームズ・ヴェイチ(1792-1863)はスコットランドに生まれ、後にロンドンへ出て活躍した植物のコレクター、販売業者です。息子のジェームズ・ヴェイチ・ジュニアとともに世界各地から珍しい植物を英国に持ち帰りましたが、その活動は遠く日本や中国へまで及びました。 サレ(Salet) Photo/田中敏夫 1854年、フランス・リヨンのラシャルムが育種・公表しました。交配親は不明です。公表されてから今日まで、その優雅さと強い香りが愛され、しばしば返り咲きするモスローズ最良の一品と評されることが多いです。 “サレ”はフランス人に見られる苗字のようですが、育種者ラシャルムとの関係は分かっていません。 ③ ‘フランソワ・ジュランヴィル’と‘アルベリック・バルビエ’ ウィックラーナ・ランブラーの組み合わせです。春一季のみですが絢爛豪華に開花する‘フランソワ・ジュランヴィル’、そして姉妹品種のように同時期に色違いの花が咲く‘アルベリック・バルビエ’。 フランソワ・ジュランヴィルは大株となるランブラーの中で、おそらく世界中でもっとも植栽されている品種です。一輪一輪は軽く香る程度ですが、大株に育ったあかつきには、めまいを覚えるほどの香りに包まれます。 両品種とも、丸みを帯びた小さめの縁などに銅色が色濃く出る深い色合いの照り葉、非常に柔らかな枝ぶり、350〜500cmほど枝を伸ばします。ジュランヴィルをメイン、バルビエをサブとして植え付け場所を考えるといいと思います。 フランソワ・ジュランヴィル(François Juranville) Photo/田中敏夫 1906年、フランスのバルビエール兄弟により育種・公表されました。原種の照り葉ノイバラ(ロサ・ルキアエ)と、ピンクとイエローがまちまちに出る珍しい花色のチャイナローズ‘マダム・ローレット・メッシミー’との交配により育種されました。 残念ながら、この品種が捧げられたフランソワ・ジュランヴィルがどんな人物であったのかは、よく分かっていません。 アルベリック・バルビエ(Alberic Barbier) Photo/田中敏夫 1900年、この品種もフランスのバルビエ兄弟により育種・公表されました。原種ロサ・ルキアエと、イエローのティーローズ‘シルレイ・イベール’との交配により育種されたといわれています。 フランス、オルレアンの育種家バルビエ兄弟が、ガーデナーであった父親アルベリックの名を冠したバラです。 ④ ‘コーネリア’と‘イースリーズ・ゴールデン・ランブラー’ 半日陰での植栽にもよく耐える組み合わせです。‘コーネリア’はハイブリッド・ムスクにクラス分けされる返り咲き性のある品種ですが、‘イースリーズ・ゴールデン・ランブラー’はウィックラーナ・ランブラーですので一季咲きとなります。しかし、春、大輪のゴールデン・ランブラーの間から、房咲き小輪の‘コーネリア’が花咲く様子はとても愛らしいです。 ‘イースリーズ・ゴールデン・ランブラー’は入手が難しいかもしれません。比較的入手しやすく、また返り咲きが期待できるレモン・イエローに花咲くクライマーにしたいと考えるなら、‘つるスマイリー・フェイス’に替えてもいいかもしれません。 コーネリア(Cornelia) Photo/田中敏夫 1925年、イギリスのジョゼフ・ペンバートンにより育種・公表されました。交配親は不明です。 優れた耐病性を示し、半日陰にも耐え、好環境のもとでは、頻繁に返り咲くという、"完璧"な品種の一つです。 グラハム・トーマスは著書『グラハム・S・トーマス・ローズブック』(1994)の中で、 「(ペーター・ランベルトが育種した)トリ―アあるいは(シュミットが育種しランベルトが市場へ提供した)アグライアの系統にあたるかもしれない…」 と解説していますが、定説とはなっていません。 ペンバートンが育種したすぐれたハイブリッド・ムスクは、‘フェリシア’ ‘キャサリーン’ ‘ペネロピー’など数多くありますが、それらの中にあっても、とりわけ傑作として評価の高い品種です。 イースリーズ・ゴールデン・ランブラー(Easlea's Golden Rambler) Photo/田中敏夫 ラージ・フラワード・クライマーへクラス分けされていますが、大輪花を咲かせるランブラーとするべき樹形です。大輪花品種で、真横へ伸びると表現したくなるような枝ぶりは、数多いバラ品種の中でも例が少なく、貴重な性質です。パーゴラや大型のアーチ、低めの長いフェンス、壁面仕立てなど大きなスペースを優雅に飾ることができます。 1932年、英国のアマチュアの育成家であった、ウォルター・イースリーが育種・公表しました。交配親は不明です。 ⑤ ‘レイニー・ブルー’と‘ゴールデン・ボーダー’ 優雅な枝ぶりとなるモダンローズのイエローと藤色(モーヴ)の花色の組み合わせです。 よく返り咲きする修景バラとして評価の高い‘ゴールデン・ボーダー’を前景に、人気の藤色つるバラ‘レイニー・ブルー’を組み合わせてみました。 柔らかな枝ぶりのクライマーでよく返り咲きする‘レイニー・ブルー’は生育に時間を要することが多く、想像どおりの風景になるにはしばらく辛抱がいるでしょう。 ‘レイニー・ブルー’に替え、藤色、よく返り咲きする中輪花の品種を選ぶとしたら、つるバラではありませんが高性のシュラブでつる仕立ても可能なオリエンタリス・シリーズにカテゴライズされている最新バラ、‘カミーユ’でも同じような効果が期待できるのではないかと思います。 レイニー・ブルー(Rainy Blue) Photo/T. Kiya [CC BY SA-2.0 via Wikimedia Commons] 2012年、ドイツのタンタウ社が育種し、同年、京成バラ園を通じて市場へ提供されました。 小輪、深いピンクの花が房咲きとなるシュラブ‘リベリタス(Libertas)’を種親に、パープルの大輪花を咲かせるフロリバンダ‘オールド・ポート(Old Port)’を花粉親にしたと明らかにされています。 成長は遅いですが、順調に生育すれば3年ほどで200cmを超える高さに達します。細い枝ぶりのため、シュラブというよりは比較的小さめなクライマーと考えるほうがいいと思います。 カミーユ(Camille) 2021年、バラの家社から育種・公表された新しい品種です。交配親の詳細は明らかにされていません。 淡い藤色の中輪花を咲かせます。どちらかというと病気に弱い品種が多い藤色バラの中にあって、丈夫さを獲得したすぐれた品種です。 ‘レイニー・ブルー’と比べると、枝ぶりは硬く、数年後にはしっかりと自立するようになるようです。 クロード・モネの絵画「散歩・日傘をさす女」のモデルとなったモネの妻カミーユにちなんで命名されました。 ゴールデン・ボーダー(Golden Border) Photo/田中敏夫 1993年、オランダのファルシューレン社が育種し、フランス・メイアン社を通じて公表されました。交配親は公表されていません。 花色は明るいイエロー、いくぶんかクリームがかった爽やかな色合いです。成熟が進むと淡い色合いに変化し、ピンクの斑などが生じます。そのため、全体としてはイエローのグラデーションとなります。 丸みを帯びた少し小さめに感じる、グレイッシュでくすんだ色合いの照り葉、トゲが比較的少ない、硬めの枝ぶり、横張り性が強く、樹高120cmほどのこんもりとまとまった感じのブッシュとなります。 ⑥ ‘レディ・オブ・シャロット’と‘クレア・オースチン’ イングリッシュ・ローズの組み合わせ。高さ200cmほどのアーチを飾るバラの組み合わせとしてよくおすすめするペアリングです。 両品種とも柔らかな枝ぶりながら大輪花を咲かせるため、開花した花はうつむきかげんになりがちです。アーチなどに誘引すると美しい花を存分に観賞できると思います。 なお、‘レディ・オブ・シャロット’は‘クレア・オースチン’より少し遅れがちに開花することが多いようです。 レディ・オブ・シャロット(Lady of Shalott) Photo/田中敏夫 2009年にオースチン農場から育種・公表されたイングリッシュ・ローズです。交配親の詳細は公開されていません。 イギリス、ヴィクトリア朝時代の詩人、アルフレッド・テニスン (1809-1892) の生誕200年を記念して命名されました。 テニスンは、水夫の悲劇を描いた物語詩『イノック・アーデン』などで知られるイギリスを代表する詩人の一人です。彼が1833年に公表したのが長編詩『シャロットの妖姫(Lady of Shalott)』でした。 画家ジョン・W・ウォーターハウスはこの物語に深く心を動かされたのでしょう、レディ・オブ・シャロットを描いた美しい絵画を3点残しています。特に死出の船に乗るシャロット姫を描いた1点はイギリスの至宝の一つとして愛されています。 The Lady of Shalott Painting/John W. Waterhouse [Public Domain via Wikimedia Commons] クレア・オースチン(Claire Austin) Photo/田中敏夫 2007年、デヴィッド・オースチン農場より育種・公表されました。交配親の詳細は公表されていません。 強いミルラ香、イングリッシュ・ローズとしては返り咲きする性質が強いこと、また比較的良好な耐病性を示すことなどから、公表直後から高い評価を得ています。 クレアは育成者、デヴィッド・オースチンの娘です。アイリス、シャクヤク、ヘメロカリスを専門にしたナーセリーを経営しているとのことです。
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花物語
【バラの育種史】ロサ・ケンティフォリアとその親族たち<前編>
ガーデンローズ育種の始まり ロサ・ケンティフォリア 18世紀末頃からフランスで始まったガーデンローズの育種熱は、その後しだいに世界に広がり、今日にいたっていること、そしてその始まりはロサ・ケンティフォリアがベルギーまたはオランダからもたらされ、その完成された美しさに人々が魅了されたことである点は、前回の記事『オールドローズ~系統とたどってきた道(後編)』で触れました。 今回は、一番初めに登場し、クラス名の元となったロサ・ケンティフォリアと、枝変わりなどにより生じた別品種についてご紹介します。じつはロサ・ケンティフォリアが世の賞賛を浴びるようになると、続々と“秘蔵”の大輪・多弁のバラが出回るようになりました。由来がなかなか追えないそれらの品種については、次回『ケンティフォリア?ガリカ?〜隠されていた多弁バラ』と題してお伝えする予定です。 ケンティフォリアに限ったことではありませんが、バラの育種史をまとめるにあたっては、親品種の実生や枝変わりなどで生じた品種を第一世代と定義づけることにしました。そして、第一世代から生じたものを第二世代…さらに第三、第四と続いていくと整理することにします。 ロサ・ケンティフォリアについておさらいをした後、第一世代から順に、「ロサ・ケンティフォリアとその親族たち」と題してご紹介していきましょう。 ロサ・ケンティフォリア相関図 クラス名の元となった品種ロサ・ケンティフォリア(R. Centifolia) Photo/田中敏夫 ケンティフォリア・クラスの元となった品種として、最も古い由来のものと信じられているものです。 花径9〜11cm、深いカップ形、ロゼット咲きです。花色はマゼンタが濃いピンク。深い色合いが魅力です。強く香ります。 明るい色調のつや消し葉。不整形のトゲが特徴的な、細めながらも硬めの枝ぶり、樹高180〜250cmのシュラブとなります。充実した株では、繁茂した枝がアーチングしてドーム形に整った樹形となります。 紀元前450年頃、歴史学の父と呼ばれるヘロドトスや、紀元前350年頃のテオフラストスが、「バラの花弁数には変化が多い。5弁のもの、12弁、20弁、中には100弁のものもある…」と述べたことから、ケンティフォリア("百の花弁"の意)は、原種の一つとされ、長い間、最も古い由来の園芸品種だとされてきました。 分類学の父カール・フォン・リンネ(Carl von Linné)も原種として登録していましたが、その考えには後に修正が加えられ、今日では、16世紀頃から200年ほどかけて、おそらくオランダにおいて育種されたものと理解されるようになっています。 英国のバラ研究家、ピーター・ビールズ(Peter Beales)は著作、『クラシック・ローゼズ(Classic Roses)』の中で、「最近、植物細胞研究者により行われた、ケンティフォリア交配種/R. x centifoliaの染色体の検査により、従来考えられていたような原種ではなく、複雑な交配種であることが判明した。ケンティフォリアは、明らかに、ガリカ、ロサ・フォエニキア、ムスク・ローズ、ロサ・カニナ(ドック・ローズ)及び、ダマスク交配種から作り上げられたのだ…」と記述しています。 多弁であることから、キャベッジ・ローズ/Cabbage Rose、ハンドレッド・ペタルド・ローズ/Hundred-Petalled Rose(“百弁バラ”)と呼ばれたり、パリ南郊外のプロヴァンス地方で盛んに生産されたことから、プロヴァンス・ローズ/Provence Roseと呼ばれたりすることもあります。 第一世代 白花ケンティフォリアユニーク・ブランシェ(Unique Blanche) Photo/田中敏夫 花径9cm前後、浅いカップ形、ロゼット咲きまたはクォーター咲きとなる花形。淡いピンクに色づいていた丸いつぼみは、開花すると純白となります。花弁の縁にピンクが残ることもあります。強く香ります。 樹高150〜200cm、全体的にボリューム感のあるシュラブ樹形となります。 フランス・オルレアンの育種家、バロン・ヴェラール(Auguste Alexandre Baron Veillard)が、ロサ・ケンティフォリアの枝変わり種であるとして、1888年に公表したとされる説と、1775年、イングランドのサフォーク州で発見されたという説があります。後者のほうが説得力があると感じています。イングランドのバラ研究家、ピーター・ビールズはその著作『クラシック・ローゼズ(Classic Roses)』の中で、「天候に恵まれれば、白バラの中でもっとも美しい…」と絶賛しています。 ロサ・ケンティフォリア・アルバ/R. centifolia alba、ホワイト・プロヴァンス/White Provenceという別称で呼ばれることもあります。 小輪に枝変わりしたケンティフォリアド・モー(De Meaux) Photo/田中敏夫 花径3cm前後。小輪花ですが、よく観察すると開き始めはしっかりとしたロゼット咲きで、典型的なケンティフォリアの花形です。花色は明るいピンク。香りはわずかです。 グレイッシュと表現したい、小さなくすんだ葉緑。樹高60〜90cm、細い枝を盛んに伸ばし、小さなブッシュとなります。鉢植えで楽しむほか、花壇の前列に植えたり、寄せ植えにして生け垣にするなど、さまざまなアレンジが可能です。 花も樹形も小ぶりですが、花形などからケンティフォリアに分類されています。しかし、樹形はオールドローズの中のポリアンサだと考えるのが適切かと思います。 1789年以前に遡ることができる非常に古い品種です。イングランドのスィート(Sweet)が育種したとも、また、フランスのドミニク・セグィエ(Dominique Séguier)が育種したものをスィートがイングランドへ持ち帰ったともいわれています。ドミニク・セグィエはパリ郊外のミュオー(Meaux)で司教をしていたため、スィートは“De Meaux”(From Meaux)と名づけたのではないかという説があり、説得力があるように感じています(Stirling Macoboy、“The Ultimate Rose Book”)。 “苔”が生じた枝変わりケンティフォリア・ムスコーサ(Centifolia Muscosa) Photo/田中敏夫 花径9〜11cm、深いカップ形、ロゼット咲きの花形。マゼンタの色合いが加わったミディアム・ピンクで、深みのある色合いです。強く香ります。 幅広で丸みを帯びた、大きめの明るい色調ながら、くすんだ葉緑。樹高120〜180cm、立ち性のシュラブとなります。枝はするすると伸びるもののシュートがなかなか発生せず、充実した株に育つまでしばらく辛抱が必要です。植え込み直後は枝折れを防ぐためにトレリスなどに固定するほうがよいでしょう。耐寒性もある優れた品種ですが、温暖な気候のもとでは、より旺盛に生育することで知られています。 ケンティフォリアの枝変わりとして17世紀末、オランダまたはフランスで生じたようですが、見いだした人物は不明です。このケンティフォリア・ムスコーサは、最初のモスローズとされています。つぼみを覆う苔のように密生した細い棘が大きな特徴です。 「多くのモス品種がこの品種の後育種されたけれども、一つとして、このコモン・モスの美しさを超えたものはなかった…」と著名なバラ研究家、グラハム・トーマスは著書『The Old Shrub Roses』の中で語っています。 アメリカのリチャード・トムストン(Richard Thomston)も著作『オールド・ローゼズ・フォー・モダン・ガーデンズ(Old Roses for Modern Gardens)』の中で、「この美しさを凌駕できるモスローズはない…」と記述しています。 最初のモスローズは、最高のモスローズであり続けています。今日でも、この評価はそのまま繰り返してよいのかもしれません。 コモン・モス/Common Moss、オールド・ピンク・モス/Old Pink Mossと呼ばれることもあります。 第二世代 ユニーク・ブランシェに斑模様が出た品種ユニーク・パナッシェ(Unique Panachée) Photo/A. Barra [CC BY SA-3.0 via Wikimedia Commons] 花径9〜11cm、30弁ほどの少し開きぎみのカップ形となる花形。白い花弁にミディアム・ピンクの筋が入る2色咲きとなります。香りはそれほど強くありません。 樹高120〜150cmほどのシュラブ。枝にはトゲが密生します。 マダム・チャウッセー(Mme Chaussée)が、白花の‘ユニーク・ブランシェ’の枝変わりによる、ピンクと白の2色咲きを発見したものです。1821年頃のことです。 発見者の名前で呼ばれる小輪種スポン(Spong) Photo/Rudolf [CC BY SA-3.0 via Rose-Biblio] 花径3cm前後、小輪、浅いカップ形、ロゼット咲きの花が株いっぱいに開花します。アプリコットを混ぜたような、明るいピンクの花色。香りはわずかです。 幅広、小葉の縁の鋸目は角を削ったように丸みを帯びていて、バラの小葉としては非常に珍しいものです。樹高60〜90cm、細い枝ぶりの小さなブッシュとなります。花壇の前列へ植え込んだり、また鉢植えで楽しんだりと用途の広い品種です。 フランスのスポン(Spong)が盛んに栽培していたため、彼の名前がそのまま品種名となりました。1805年頃、小輪、ピンクのケンティフォリア、‘ド・モー’の枝変わり種として生じたものだといわれていますが、交配親は不明だが‘ド・モー’とは由来が異なるものだという説もあります。 ポンポン・スポン/Pompon Spong、スポンズ/Spong'sと呼ばれることもあります。 白花のモスローズシェイラーズ・ホワイト・モス(Shailer’s White Moss) Photo/田中敏夫 花径7〜9cm、カップ形、ロゼット咲きの花形、花心に緑芽ができることも多い品種です。 花色はホワイト、わずかに刷いたようにピンクが入ることもあります。強く香ります。 幅広で明るい葉緑の小葉、細めながら硬い枝ぶり、樹高120〜180cmのシュラブ。花の大きさ、葉色、樹形など全体によく調和がとれた、庭植えバラとして完成度の高い品種です。 "バラの画家"ルドゥーテが、ケンティフォリア・ムスコーサ・アルバというタイトルで描いたバラだといわれています。その際の解説として、1788年頃、イングランドのH. シェイラ―(Henry Shailer)が、ケンティフォリア・ムスコーサ(コモン・モス)の枝変わりとして公表したと述べられています。 “ナポレオンの帽子”と呼ばれる名高い品種シャポー・ド・ナポレオン(Chapeau de Napoleon) Photo/田中敏夫 花径11〜13cm、カップ形、ロゼット咲きとなる花形。明るい中にも、爽やかで落ち着いた雰囲気のあるミディアム・ピンクの花色です。非常に強く香ります。 幅広で大きめ、丸みのある縮れ気味の明るい色調のつや消し葉。細いけれど硬めの樹高120〜180cmの立ち性のシュラブとなります。枝は大きくたわむことが多いため、添え木などで支えてあげるのがよいでしょう。 つぼみを覆う萼片の部分に羽毛のような苔(モス)状の突起が生じる変異があり、そのため、つぼみ全体がナポレオンの愛用した帽子に似た形となることから、シャポー・ド・ナポレオン(ナポレオンの帽子)という名前で親しまれています。モスの1品種として紹介されることが多いのですが、つぼみ以外にはモスは生じませんので、ケンティフォリアとされるのが本来のクラス分けかと思われます。 1827年、スイス・フリブルク(Fribourg)の修道院で発見され、それ以来多くのバラ愛好家から親しまれています。コモン・モスの枝変わり種であるというのが大方の研究者の見解です。 クレステッド・モス(頂部モス)/Crested Moss、ロサ・ケンティフォリア・クリスタータ/R. centifolia 'Cristata'(鶏冠ケンティフォリア)などの別名で呼ばれることも多い品種です。 第三世代 絞り模様の花色を持つウィエ・パナシェ(Oeillet Panaché) Photo/Leonora (Ellie) Enking [CC BY-SA 2.0 via Flickr] 花径5〜7cm、中輪、35弁前後の丸弁咲きの花形となります。ピンクの濃淡が出る絞り模様の花色ですが、ストライプとならず全体に淡い濃淡となることも。軽く香ります。 楕円形の深い色合いの緑葉、樹高90〜120cm、こぢんまりとしたブッシュとなります。細めの枝ぶりですので、庭植えでは添え木などで倒れるのを防ぐようにしたほうがよいかもしれません。 フランスのC. F. ヴェルディエ(Charles Felix Verdier)が、‘シェイラーズ・ホワイト・モス’からの枝変わりによるピンク+白の2色咲き品種を見いだし、1888年に公表しました。 ウィエ・パナシェとは、"絞り咲きなでしこ"という意味です。ストライプ・モス/Striped Mossと呼ばれることもあります。
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ストーリー
【オールドローズ】系統の歴史を一挙解説<後編>
後編を解説する前に オールドローズの系統については前編で、Aグループとして以下の項目を解説しました。 A-1. 古くからヨーロッパにあった一季咲きのオールドローズ ① ガリカ ② ダマスク ③ アルバ ④ ケンティフォリア ⑤ モス A-2. 18世紀に、中国やインドからヨーロッパにやってきた返り咲きするオールドローズ ① チャイナ ② ティー ③ ブルボン ④ ノワゼット ⑤ ダマスク・パーペチュアル ⑥ ハイブリッド・パーペチュアル 後編では、オールドローズがどのような道筋を経て発展してきたか、概要をBグループとしてお話ししたいと思います。 B. オールドローズのたどってきた道筋(育種史の概要) ガリカ、ダマスクなど、バラは13世紀、十字軍の帰還のときにヨーロッパにもたらされたことは、前編で触れました。しかし、それらは主に薬剤や香料として利用されただけでした。庭植え植物として観賞されるようになるのは18世紀まで待たなければなりません。 B-1. フランス王侯貴族の間で愛でられるバラ 18世紀末頃、オールドローズはベルギーやオランダなど “低地地方”と呼ばれる地域からフランスへもたらされ、王侯貴族たちが集うサロンなどで愛でられるようになりました。 最初に賞賛されたバラ、それは、かぐわしいピンクの多弁・大輪花であるケンティフォリアでした。 ‘バラ(ケンティフォリア)を手にするマリー・アントワネット’ Painting by Élisabeth Vigée-Lebrun [Public Domain via. Wikimedia Commons]) ケンティフォリアとは“百弁”という意味です。紀元前450年頃、歴史学の父と呼ばれるヘロドトスや、紀元前350年頃のテオフラストスが、バラには“百弁”あるものもあると記述したことから、長い間、ガリカよりも由来が古いものだと理解され、植物分類学の父リンネも原種として登録していましたが、現代では、13世紀から16世紀にかけて、中東もしくはベルギーなどで育成されたものだと考えられるようになっています。 系統としてはガリカ、ダマスクやアルバより後に生み出されたことはゲノムの分析により判明していますが、いったいいつ頃から中東やヨーロッパにあったのかは、よく分かっていません。 大胆な言い方をするならば、庭植えバラとして最初に愛されたのはケンティフォリアだったかもしれません。マリー・アントワネットの肖像画でも分かりますが、愛でられたバラの花色はライト・ピンクが主でした。ピンクのバラばかりがあふれるようになると、やがて、ガリカなどに見られる赤やパープルの花色が求められるようになりました。 この希望は、すぐに叶えられました。 ドイツ、ヴァイセンシュタイン城の庭園丁であったダニエル・A・シュワルツコフは、大輪、多弁の美しいオールドローズを生み出していました。育種された品種は、葉、茎、株姿などにガリカ特有の特徴があり、ケンティフォリアとは一線を画す品種でした。 ‘ベル・サン・フラットリ(Belle sans flatterie)’ – ガリカ 1783以前 Photo/Rudolf [CC BY-NC-SA 3.0 via Rose-Biblio] ‘エーマブル・ルージュ(Aimable Rouge)’ – ケンティフォリア 1783以前 Photo/Rudolf [CC BY-NC-SA 3.0 via Rose-Biblio] ‘マントー・プープル(Manteau Pourpre)’ – ガリカ 1783以前 Photo/Rudolf [CC BY-NC-SA 3.0 via Rose-Biblio] これらの品種は、18世紀の末頃、ベルギーなどを通じてフランスへ輸出されました。それまで、ガリカ・オフィキナリスやトスカニーなど中輪のガリカしか知らなかった王妃や貴婦人たちは、このケンティフォリアと競うほどの美しいガリカを見て、さぞ驚いたことだろうと思います。 当時フランスはルイ16世治世の時代でした。1788年には、貴族、僧侶、平民による三部会が招集されました。平民の鬱屈した不満は収まる気配もなく、1789年、国民議会が結成されると王権は著しい制約を受けました。 さらに、7月12日には民衆が廃兵院に押しかけて武器を奪い、14日には政治犯を収容していたバスティーユ監獄を攻撃しました。フランス革命の勃発です。フランスはこの後、革命の嵐が吹き荒れることとなりました。 B-2. 園芸バラの発展(デズメとヴィベール) 革命運動はロベスピエールなどによる恐怖政治のもと、ルイ16世、王妃マリーアントワネットの架刑など血生臭い抗争と、共和制、王制のせめぎ合いが続きます。 しかし、19世紀初頭、ナポレオンが登場すると、ヨーロッパはナポレオンと反ナポレオンの欧州同盟との間の戦争が繰り返されるようになりました。 パリ郊外に圃場を構えていたジャック=ルイ・デスメは共和制に与して政治活動を続けるかたわら、バラの育種に取り組むようになりました。 デズメが育種したバラをいくつか見てみましょう。 ‘アンペラトリス・ジョゼフィーヌ(Impératrice Joséphine:英名=エンプレス・ジョゼフィーヌ)’ – ガリカ 1815以前 Photo/田中敏夫 ‘クローリス(Chloris)’ – アルバ 1820以前 Photo/田中敏夫 どちらも1820年以前(一説では1810年)に育種されたといわれています。 珍奇植物、特にバラの蒐集に熱心であったナポレオン前皇妃ジョゼフィーヌがマルメゾンの館にバラを集めていた時代、デズメは育種のかたわら、園芸植物に精通していたデュポンらとともにジョゼフィーヌのバラ蒐集をサポートしました。 デズメはガリカ、ケンティフォリア、ダマスク、アルバ、モスなど、当時存在していた250種ほどのバラ・コレクションを有していました。これはジョゼフィーヌが蒐集したとされるバラのコレクションにほぼ匹敵するものでした。 1815年、政争に敗れてロシアへ亡命せざるを得ない羽目に陥ったデズメは、そのコレクションをジャン=ピエール・ヴィベールへ譲ることにしました。ヴィベールは若い時代、ナポレオンのイタリア遠征に兵卒として従軍した経験があります。戦闘の際に負傷し、廃兵となりました。帰国後、パリで金物商を営んでいましたが、デズメのバラやノートをもとに、バラ栽培を本業とする決心を固めたのでした。 1816年、ヴィベールはデスメの残した品種をもとに、早くも新品種を公表し、その後1851年まで、害虫被害を避けるため、何回か国内を転地しながらも、たゆむことなく多くの品種を世に送り出しました。 育種は、原種の交雑種から、ガリカ、ケンティフォリア、アルバ、ダマスク、チャイナ、ティー、ノワゼット、ダマスク・パーペチュアルなど、当時流通していたほとんどすべてのクラスに及んでいます。その、いずれのクラスにも輝かしい足跡を残し、多くの品種が今日のバラ愛好家への貴重な遺産となりました。 ヴィベールが残したバラのいくつかをご紹介しましょう。 ‘デュシェス・ダングレーム(Duchesse d'Angouleme)’ - ガリカ 1821 Photo/田中敏夫 ‘ブランシェフルー(Blanchefloure)’ – ケンティフォリア 1835 Photo/田中敏夫 ‘アメリア(Amélia)’ – アルバ 1823 Photo/田中敏夫 ’ラ・ヴィル・ド・ブルッセル(La Ville de Bruxelles)’ – ダマスク 1837 Photo/田中敏夫 ‘ゾエ(Zoé)’ – パーペチュアル・モス 1829 Photo/Rudolf [CC BY-NC-SA 3.0 via Rose-Biblio] ‘エメ・ヴィベール(Aimée Vibert)’ – ノワゼット 1828 Photo/田中敏夫 ‘ド・ラ・グリフェレ(De la Grifferaie)’ – ハイブリッド・ムルティフローラ 1845 Photo/Rudolf [CC BY-NC-SA 3.0 via Rose-Biblio] 1851年、74歳のとき、ヴィベールは保有する圃場をヘッド・ガーデナーであったロベール(Robert)へ譲渡し引退しました。1816年から1851年までの35年の間に600種を超える品種を公表し、今日でも“最も偉大な育種家”と呼ばれています。 B-3. モス、一季咲きから返り咲きへ 姿の優美さが愛でられ、返り咲きするオールドローズが世に出回るようになると、それらとの交配により、パーペチュアル(返り咲き)モスが登場することになりました。 ハイブリッド・パーペチュアルのクラス確立に貢献し、クラスの創始者とされるジャン・ラッフェイですが、パーペチュアル・モスの発展にも多大な貢献を果たしました。 ‘ラネイ(Laneii)’ – パーペチュアル・モス 1845 Photo/田中敏夫 ‘ラネイ’は、ラッフェイが1845年に育種し、イギリスのレーン社(Lane & Son)が公表しました。交配親は不明です。 命名は公表したレーン社にちなむものだと思われます。 B-4. ハイブリッド・パーペチュアル、オールドローズの到達点 ジャン・ラッフェイは、育種家として本格的な活動を始めた当初、ガリカ、チャイナローズ、ティーローズ、ノワゼットなどの育種に取り組んでいました。代表的な品種をいくつかご紹介しましょう。 ‘デュセス・ド・モントベロ(Duchesse De Montebello)’ – チャイナ/ガリカ 1824 Photo/田中敏夫 ‘クープ・デーベ(Coupe d'Hébé )’ - CL ブルボン 1840 Photo/Rudolf [CC BY-NC-SA 3.0 via Rose-Biblio] ‘デュク・ド・ケンブリッジ(Duc de Cambridge)’ - ダマスク 1840以前 Photo/Rudolf [CC BY-NC-SA 3.0 via Rose-Biblio] ラッフェイは1835年頃から、ミディアム・レッドのブルボン‘アテラン’及び、淡いピンクのブルボン‘セリーヌ’などを主な育種親として、毎年、数十万にも及ぶ実生栽培を行い、その中から優れた品種を選んで新品種として市場へ提供することを繰り返すようになりました。 1837年、ラッフェイは‘プランセス・エレーヌ(Princesse Hélène)’を公表しました。この品種は残念ながら失われてしまい、今日では見ることはできませんが、後日、最初のHPだったと認定されることになります。 彼が目指したのは、丈夫で、大輪花をくり返し咲かせる品種を作り出すことでした。こうした品種を作り上げる過程から、当時流通していたあらゆる品種の間の自然発生的な交配が持続的に行われることとなりました。この手法は偉大な育種家ヴィベールと同じでしたが、ラッフェイはこれらの成果をふまえ、自らハイブリッド・パーペチュアル(HP)という新しいクラスとして提唱し、後日広く認められることになりました。 ‘インディゴ(Indigo)’ – パーペチュアル・ダマスク 1845 Photo/田中敏夫 ‘アルフレッド・ド・ダルマ(Alfred de Dalmas)’ – パーペチュアル・モス 1855 Photo/田中敏夫 ‘ウィリアム・ロブ(William Lobb)’ – モス 1855 Photo/田中敏夫 HPは、最後のオールドローズではありますが、逆に言えば、オールドローズが最後に到達した地点、その集大成でもあるといえると思います。 一世代後に活躍することになるバラ研究家・育種家であった英国のウィリアム・ポールは、その著作『ザ・ローズ・ガーデン』の中でラッフェイの功績をたたえ、「今日育成されているハイブリッド・パーペチュアルの半分は、ラッフェイ氏が育種したものだ…」と述べています。 1814年、ワーテルローにおける敗北で、ナポレオン1世によるフランス支配は終わりを告げました。その後フランスは、復古王制、共和制と変転を重ねます。 1852年から1879年にかけては、ナポレオン3世による帝政期はしばらく安定期となりますが、プロシアとの戦争に敗北したナポレオン3世が亡命すると、また共和制に戻るなど、錯綜した時代が続いていました。 こうした時代背景を受け、バラの品種名にも皇族、軍人など政治色の強い命名が行われます。このことには今回は詳しくは触れませんが、今日まで伝えられたオールドローズにもその名残が見られます。 最後にもう一人、オールドローズの終焉を飾るにふさわしい育種家をご紹介したいと思います。フランス、リヨン出身のフランソワ・ラシャルムです。 1840年、ラシャルムの師である育種家プランティエ氏は引退し、ラシャルムは農場を受け継ぎました。22歳の頃のことでした。ラシャルムはそれから死去する1887年(70歳)まで、たゆまず美しいバラを生み続けました。育種したクラスはHP、モス、ブルボン、ノワゼット、ティー、初期のHTなど広範囲にわたっており、その数は100を超えたといわれています。 バラの美しさは、花だけにあるのではない。開花を待つつぼみ、葉色、株姿などの全体の印象がかもしだす爽やかさや気品などこそが、バラの美しさなのだろうと思います。 「バラの育種は科学ではない。芸術だ…」と言った人がいます。ラシャルムの育種した品種を見つめていると、ラシャルムはその言葉がもっとも当てはまる一人ではないかと思えます。 ‘サレ(Salet)’ – パーペチュアル・モス 1854 Photo/田中敏夫 ‘マダム・アルフレッド・ド・ルジュモン(Mme. Alfred de Rougemont)’ – ノアゼット 1862 Photo/田中敏夫 ‘スヴニール・ド・ドクトゥール・ジャメ(Souv. du Docteur Jamain)’ – HP 1865 Photo/田中敏夫 ‘アルフレッド・コロム(Alfred Colomb)’ -HP 1865 Photo/田中敏夫 ‘ブール・ド・ネージュ(Boule de Neige)’- ブルボン 1867 Photo/田中敏夫 1859年、ラシャルムは、赤花のHPの‘ジュール・マルゴッタン’と、アプリコットのティーローズ‘サフラノ’とを交配し、‘ヴィクトール・ヴェルディエ’を育種・公表しました。 ‘ヴィクトール・ヴェルディエ(Victor Verdier)’ – HP/HT 1859 Illustration/Nestel's Rosengarten、1867[Public Domain via. Archive.org]) じつはこの交配は、最初のモダンローズ、HTであるラ・フランスと同様、HPとティーローズによるものでした。ラ・フランスの育種・公表は1867年ですので、この‘ヴィクトール・ヴェルディエ’は8年ほど先行しています。そのため、この‘ヴィクトール・ヴェルディエ’こそ“最初の”HT、すなわちモダンローズだと主張する研究家も少なくありません。 いずれにせよ、19世紀の後半から、バラはよく返り咲きする大輪花の育種をめざすモダンローズ(HT)の時代へと急展開してゆくことになります。
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花物語
【オールドローズ】系統の歴史を一挙解説<前編>
はじめに 園芸バラには、オールドローズとモダンローズの区別があることは、バラを育てたことがある方なら多くがご存じかと思います。ここでは、オールドローズについて、 A.系統:どのようにして生まれ、系統としてどのように整理されているか B.育種:どこで、誰が、いつ、どのようにして生み出してきたのか を整理し、転換点となった品種とその時代背景について、前編と後編で解説します。 前編である今回は、オールドローズの系統について追っていきましょう。 A.オールドローズの分け方(系統の抜粋) オールドローズは、古い由来で“一季咲き”のもの(A-1)と、“返り咲き”性のある比較的後期のもの(A-2)とに分けることができます。 A-1. 古くからヨーロッパにあった一季咲きのオールドローズ ① ガリカ(Gallica) ガリカは系統としては最も古いものです。コーカサス地方など山がちな地域で自生していた原種ロサ・ガリカから、自然交配あるいは意図的な選別によって生み出されました。 ロサ・ガリカ。Photo/田中敏夫 ロサ・ガリカ・オフィキナリス。Photo/田中敏夫 最も古い由来の園芸種として知られているのが、ロサ・ガリカ・オフィキナリス(アポシカリー・ローズ:“薬剤師のバラ”)です。 1241年、フランス、シャンパーニュ伯、ティボー4世が率いた十字軍が遠征を終え、エルサレムから故国へ向かう帰途、ダマスキナと呼ばれるバラを持ち帰ったと伝えられています。 このバラは乾燥させた花弁などを薬剤として使用したことから、ロサ・ガリカ・オフィキナリス、つまり“薬剤師のバラ”と呼ばれています。名前からも分かりますが、庭を彩る園芸バラとして利用されるようになるのは18世紀後半になってからになります。 ② ダマスク(Damask) ガリカとムスクローズ、そして原種のロサ・フェデツケンコアーナの交配(自然交配か意図的かは不明)により生み出されたのがダマスク・ローズです。 ムスクローズ。Photo/田中敏夫 ロサ・フェデツケンコアーナ。Photo/田中敏夫 ‘カザンリク’。Photo/田中敏夫 ダマスク・ローズは名称から分かるように、古い時代の中東ダマスケナ由来のものと考えられています。中東ばかりではなく、エジプト、ギリシャ、ローマなどにおいて、主に香料生産のために栽培されていました。 13世紀にはガリカ・オフィキナリスと同様に、十字軍などによりヨーロッパにもたらされました。 オータム・ダマスク。Photo/田中敏夫 いつとは知れないほど古い由来を持つダマスク・ローズですが、じつは春のみ一季咲きとなる品種のほかに、秋にも開花するものが古くから知られていました。この品種はオータム(秋咲き)・ダマスクとして珍重され、後の時代、ブルボン、ダマスク・パーペチュアルという“返り咲き・オールドローズ”を生み出す元品種となりました。 ③ アルバ(Alba) ダマスクと、英国などに自生する原種ロサ・カニナ(ドッグ・ローズ)の白花変種との自然交配により生じたのがアルバだといわれています。 ロサ・カニナ。Photo/田中敏夫 アルバ・マキシマ。Photo/田中敏夫 ガリカ、ダマスクは、ともに中東地域で自然交配または意図的に選別・育種されたものですが、アルバはヨーロッパ由来の園芸種です。 ④ ケンティフォリア(Centifolia) ガリカ、ダマスク、アルバ、そしてその他野生種などとの複雑な交配を経て、園芸種として生み出されたのがケンティフォリアです。 ロサ・ケンティフォリア。Photo/田中敏夫 バラが庭を飾る園芸植物として世に知られるようになったきっかけは、18世紀後半、このケンティフォリアがフランスの王侯貴族の間でもてはやされるようになったことによります。そのことは、後日公開予定のこの記事の続き<後編>で触れましょう。 ⑤ モス(Moss) モスローズはケンティフォリアのつぼみや枝に苔(モス)が自然に生じたもので、“枝変わり”と称されるものです。 コモン・モス。Photo/田中敏夫 ケンティフォリアはその美しさから、花色、葉姿などの変化が強く望まれていました。しかし、極端な多弁化のため、ケンティフォリアの結実は望めず、枝変わりによる別品種が追い求められることとなりました。 ‘シェイラーズ・ホワイト’。Photo/田中敏夫 コモン・モス(ピンク)から枝変わりにより白花に変じたのが‘シェイラーズ・ホワイト’です。1788年頃のことだったとされています。 ‘シャポー・ド・ナポレオン’。Photo/田中敏夫 つぼみの形状がナポレオンが愛した二角帽に似ていることから、「シャポー・ド・ナポレオン」(“ナポレオンの帽子”)と呼ばれていますが、これもコモン・モス(ケンティフォリアからという別説も)から枝変わりで生じた品種です。 以上が、古くからヨーロッパに存在していた一季咲きオールドローズです。 A-2. 18世紀に、中国やインドからヨーロッパにやってきた返り咲きするオールドローズ ① チャイナ(China) 18世紀後半、ヨーロッパ各国が競って中国やインドに進出するようになった時代。軍人やプラントハンターたちが持ち帰った植物の中に、 “頻繁に返り咲きするバラ”もありました。 ‘オールド・ブラッシュ’。Photo/田中敏夫 ‘オールド・ブラッシュ’は、おそらく今日でも最も広く流通しているチャイナローズです。 1793年、イギリスのパーソンが中国において古くより伝えられたこの品種をヨーロッパに紹介したことからパーソンズ・ピンク・チャイナとも、また、よく返り咲くことからコモン・マンスリー("毎月開花の元品種")と呼ばれることもあります。 このように、ヨーロッパにもたらされたチャイナローズは、ダブル咲きの園芸種でした。原種だとみなされるロサ・キネンシス・スポンタネアは、古い園芸記事では言及されていますが、実株は長い間見ることができませんでした。1983年、中国・四川省においてそれを再発見したのは、日本の荻巣樹徳(おぎすみきのり)氏でした。 ロサ・キネンシス・スポンタネア。Photo/Yoshihiro Ueda [CC BY-NC-SA 3.0 via Rose-Biblio] ② ティー(Tea) チャイナと同様、中国から直接、またはインド経由でヨーロッパへもたらされたのがティーローズです。到来当時はチャイナの一品種として扱われていましたが、より大輪花であること、また、柔らかな枝ぶりでアーチングするクライマーとなることなど、チャイナとの違いは明らかなことから、別クラスであるティーローズとしてカテゴライズされることになりました。 ‘ヒュームズ・ブラッシュ・ティーセンティッド・チャイナ’。Photo/田中敏夫 ‘ヒュームズ・ブラッシュ・ティーセンティッド・チャイナ’は、1810年、イングランドのサー・エィブラハム・ヒュームによってヨーロッパに紹介されました。 ‘パークス・イエロー・ティーセンティッド・チャイナ’。Photo/A. Barra [CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons] ‘パークス・イエロー・ティーセンティッド・チャイナ’は、1824年、イングランドのジョン・D・パークスによって、ヨーロッパに紹介されました。 この2品種は、当時ヨーロッパにもたらされた4種のチャイナ・ローズの一つといわれることもありますが、もっとも初期のティーローズとしてカテゴライズすることが適切のように思います。 チャイナローズとティーローズは、A-1で触れたガリカやダマスクなど旧来品種と交配され、やがて、ノワゼット、ブルボン、パーペチュアル・ダマスク、ハイブリッド・パーペチュアル(HP)という新しいオールドローズのクラスを生み出すこととなりました。 ③ ブルボン(Bourbon) フランス王が所有していたインド洋上の火山島、ブルボン島(現レユニオン島)からもたらされたと信じられていたのがブルボンです。 チャイナローズとオータム・ダマスクの自然交雑により生じたという説と、インドの圃場にあったものがそのままもたらされたという説とがあります。 ロサ・クロス・ボルボニアーナ。Photo/Rudolf [CC BY-NC-SA 3.0 via Rose-Biblio] 19世紀にフランスのジャックのもとにもたらされ、市場に出回るようになると、香り高い赤い大輪花が愛され、多くの品種が生み出されるようになりました。 ④ ノワゼット(Noisette) チャイナとムスクローズを意図的に交配して生み出されたのがノワゼットです。クラス最初の品種はアメリカのチャンプニーズによるものです。それを譲り受け、世界へ広めたのが、フランスからアメリカに移住していたフィリップ・ノワゼットでした。 ‘チャンプニーズ・ピンク・クラスター’。Photo/田中敏夫 熱心なバラ愛好家であったジョン・チャンプニーはフィリップより‘オールド・ブラッシュ’を譲り受け、この品種とムスクローズとを交配し、明るいピンクの小輪花が房咲きとなる新たな品種を生み出しました。これは後日、‘チャンプニーズ・ピンク・クラスター’と呼ばれることになります。1802年のことでした。 このクラスの名称となったノワゼットは、チャンプニーから譲り受けたフィリップ・ノワゼットがこの株の実生から生じた品種に‘ブラッシュ・ノワゼット’と命名して市場へ提供したことによります。 ‘ブラッシュ・ノワゼット’。Photo/田中敏夫 ⑤ ダマスク・パーペチュアル(Damask Perpetual) ダマスクは本来、春一季咲きなのですが、先にも触れた通り、中にはオータム・ダマスクと呼ばれる春のみならず秋咲きするものがあります。この返り咲きするダマスクから、長い時間をかけていくつかの返り咲きするダマスクが育種されました。それらが、ダマスク・パーペチュアル(perpetual:‘返り咲き’)と呼ばれる品種群です。 ‘ロズ・デュ・ロワ’。Photo/田中敏夫 オータム・ダマスクのように返り咲きし、また、花色や花形がガリカ・オフィキナリスとも類似していることから、当初は両品種の交配によって育種されたとする説が有力でした。そのため、その最初の品種とされたポートランドがそのままクラス名となっていました。しかし、その後、このクラスにはダマスクの色合いであるピンク系の品種が増え、それにつれ花形や葉や茎の様子がよりダマスク的になってきました。そのため、今日ではポートランドとは呼ばず、ダマスク・パーペチュアルと呼ぶことが多くなっています。さらに強く返り咲きする性質は、オータム・ダマスクばかりではなく、チャイナの影響が強いだろうとする説も有力になりつつあります。 ⑥ ハイブリッド・パーペチュアル(Hybrid Perpetual) 19世紀になると、ガリカやダマスクなど古くからある一季咲きのもの、中国由来のチャイナローズ、チャイナと旧来種との交配により生み出された、返り咲き性のあるブルボン、ダマスク・パーペチュアルなどが出回るようになります。ブルボンを主体として、これらを総合的に交配して生み出されました。 ‘ラ・レーヌ’。Photo/田中敏夫 今日でも深く愛されている‘ラ・レーヌ’は、1842年、ジャン・ラッフェイにより育種・公表されました。最も初期のハイブリッド・パーペチュアルの一つです。 ハイブリッド・パーペチュアルは、オールドローズの最後のクラスです。が、同時にその到達点であり、モダンローズへの入り口を切り開いたといえるクラスです。 18世紀後半、ケンティフォリアのフランス到来から始まって、19世紀後半に至る約100年間、オールドローズがどのような道筋をたどって発展してきたかは、次回の『【オールドローズ】系統の歴史を一挙解説<後編>』で解説したいと思います。
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ガーデンデザイン
【庭づくり】ローメンテを目指す庭づくり 〜ベーシック編〜 庭づくりの考え方&おすすめ植物
実践ローメンテナンスガーデニング 我が家の庭は、玄関前からぐるりと家の周りを回った、全体で20坪ほど。大きくはないけれど、小さくもない庭です。 7号サイズのポット植えも多いので、水やりは忘れないよう心がけていますが、害虫駆除などの必要が生じた時などの例外を除けば、手入れは週2回、それぞれ2時間くらいで済ませることを自身の“庭づくりの決まり”としています。 ローメンテナンスな庭づくりの心得 ローメンテナンスな庭づくりを楽しむためには、 主に美しく長く咲く花を選ぶ花がない時期でも葉色や樹形を愛でることができる植栽を心がける植物同士のコンビネーションを忘れない何よりも手入れが楽 この4つを目安としています。 ローメンテナンスガーデンにおすすめの植物選びと花壇の設え 花壇づくりにあたっては、まず“フラワー・アイランド(花の小島)”をつくることにしています。 “フラワー・アイランド”とは、先にご紹介した①~④の条件を満たす草花をいくつか組み合わせてユニットにするということです。庭にその小島をいくつか配置し、空いたスペースに季節を飾る草花を植えています。 例を1つご紹介します。 高性のバーベナ・ボナリエンシスとガウラ・リンドヘイメリで高さを出し、横広がりするアルテミシア ‘ポウィスキャッスル’、ゲラニウム ‘ロザンネ’、カラミンサ・ネペトイデスを下草とする案です。 このようにローメンテナンスな植物を組み合わせたユニットをつくることにより、あまり手をかけなくてもきれいに見える状態を保ちやすくなります。 ここからは、こうしたフラワー・アイランドをつくるのに向く、ローメンテナンスな庭づくりの条件を満たす植物をご紹介します。 バーベナ・ボナリエンシス(Verbena bonariensis) Tom Meaker/Shutterstock.com クマツヅラ科クマツヅラ属、耐寒性多年草(冬季半常緑~落葉)花期:初夏~秋草丈:70~100cm耐寒性:強、耐暑性:強、日照:日向原産地:南アメリカ “三尺バーベナ”と呼ばれることが多い多年草です。三尺は約1mのこと。春、地際から直立する枝を伸ばし、初夏に開花します。細いけれどしっかりした花茎は倒れ込むことが少ないので、手間がかかりません。 切らなくてもいいですが、終わった花茎をこまめに剪定してあげると、初夏から晩秋までいつでも咲いているという印象です。寒くなると立ち枯れますが、しばらくシードリングを楽しんだのち、地際で切り詰めておくと、春、また地際から新芽を伸ばし始めます。 こぼれ種でもよく増えますが、株幅はそれほど出ないので、他の草花とよく調和し、邪魔になりません。 Verbenaはクマツヅラのラテン名から、bonariensisは自生地がアルゼンチンのブエノスアイレス(Buenos Aires)に近在することから命名されたとのことです。原産地が南米であることが分かります。 同属で、葉や茎が銅色となるバーベナ ‘バンプトン’(Verbena officinalis 'Bampton')も丈夫な多年草です。 tamu1500/Shutterstock.com 銅葉系のカラーリーフとしても使えるので便利です。やはり、初夏から晩秋まで長く開花が楽しめますが、どちらかというと横広がりする草姿で、ボナリエンシスのように花茎が直立しません。バンプトンもこぼれ種でよく増えます。 ガウラ・リンドヘイメリ(Gaura lindheimeri) Nahhana/Shutterstock.com ヤマモモ科(アカバナ科)ガウラ属、耐寒性多年草(冬季落葉)花期:初夏~秋草丈:90~120cm耐寒性:強、耐暑性:強、日照:日向原産地:北アメリカ 高く伸びた花茎に白く咲く花が風に揺れる姿がとても美しいです。その風情から“白蝶草”と呼ばれることがあります。 バーベナ・ボナリエンシスと同様、初夏から晩秋まで長く開花しますが、ボナリエンシスに比べると、花茎は倒れやすい傾向にあるように思います。開花をしばらく楽しんだら、1/3~1/2の高さに切り詰めると、そこから花茎が伸びてきて、秋まで開花を楽しむことができます。 晩秋から初冬にかけて立ち枯れしますが、枯れ姿はあまり美しいとは思いません。地際で切り詰めるほうがいいと思っています。やがて地べたに葉がロゼット状に展開して冬越し姿になります。 原種リンドヘイメリは、つぼみや花弁縁にわずかにピンクが出ることが多いのですが、真っ白となる園芸種 ‘ソーホワイト(So White)’や、逆に全体にピンクとなる選別種もあります。いずれも、長い開花を楽しむことができます。 Debu55y/Shutterstock.com 最近、30~60㎝ほどの矮性のガウラも出回るようになりました。 科名Gauraはギリシャ語のgaurosu(豪華な)から、属名のlindheimeriは発見者、アメリカのフェルディナンド・ヤコブ・リンドハイマー(Ferdinand Jacob Lindheimer)にちなんでいます。 アルテミシア ‘ポウィスキャッスル’(Artemisia ‘Powis Castle’) Photo/田中敏夫 キク科ヨモギ属、耐寒性多年草(半木立性、冬季常緑)花期:夏~秋(常緑の青みを帯びたシルバー・リーフ)草丈:40~60cm耐寒性:強、耐暑性:強、日照:日向~やや半日陰原産地:ヨーロッパ 各地の野原などでよく見かけるヨモギの仲間です。青灰色の香り高い常緑葉を一年中楽しむことができます。 イギリス、ウェールズにあるポウィス城の名を冠した園芸種ですが、ヨーロッパからシベリア、北アメリカなど世界中で広く繁殖しているワームウッド(wormwood、ニガヨモギ)を交配親とした園芸種だと思われます。ワームウッドの丈夫さをそっくりそのまま受け継いでいるという印象ですが、ワームウッドは時に高さ100cmを超えるほどの大株となったり、株姿が乱れがちになる傾向にあります。この‘ポウィスキャッスル’は小さめの草姿にまとまるので扱いやすいです。 成長すると枝が木質化してきます。くねくねした枝ぶりも風情がありますが、乱れすぎと感じたら切り戻して整えるといいでしょう。 アサギリソウ(朝霧草)としておなじみのアルテミシア・スキミドティナ ‘ナナ’(A. schmidtiana)のほうが、‘ポウィスキャッスル’よりもなじみ深いかと思います。 アサギリソウ。roollooralla/Shutterstock.com ‘ポウィスキャッスル’より清楚な葉色で、よりやさしげな草姿で風情があります。株もやや小さめです。とても丈夫ですが、冬季は地上部が枯れこみ、オーナメントとして使うには少し不便があります。しかし、それゆえに春、地際からわき昇るようにシルバーブルーの新芽が展開するのを観賞できる楽しみもあります。 アルテミシア・ルドビシアナ(A. ludoviciana)は‘ポウィスキャッスル’と比べると、葉幅はより広く、より明るいシルバーグレーになります。 Flower_Garden/Shutterstock.com 草姿も立性で高さ90cmほどになることもありますが、‘ポウィスキャッスル’よりも高温多湿への耐性は低いように感じています。 科名、属名のArtemisiaは、ギリシャ神話に登場する豊穣と多産を象徴する女神アルテミスにちなんでいます。後に月と狩猟を象徴する女神セレネと同一視され、弓をたずさえ鹿などの獣を連れた姿で描かれるようになりました。 アルテミスはゼウスと女神レトとの間に、太陽神アポロンとの双生児として生まれました。生まれたばかりにもかかわらず、アルテミスは助産婦として弟アポロンの誕生の手助けをしたと伝えられています。そのことから、出産を控えた女性の信仰を集めました。産後に効用があるとされるヨモギにふさわしい名前です。 ゲラニウム ‘ロザンネ’(Geranium 'Rozanne') Iva Vagnerova/Shutterstock.com フウロソウ科フウロソウ属、耐寒性多年草(冬季半常緑~落葉)花期:初夏~晩秋草丈:40~60cm耐寒性:強、耐暑性:中、日照:日向~やや半日陰原産地:ユーラシア~北米 フウロソウは大好きな花です。優雅に横広がりする草姿ばかりでなく、ブルーなど清楚な色合いの花が春開花する様子はとても魅力があります。インクブルーの花が見事な‘ジョンソンズブルー(Jonson's Blue)’や、白い花弁に淡い青いラインが入るプラテンセ系の品種‘スプリッシュスプラッシュ(Splish Splash)’、小さな花が密集して咲く‘ビルウォーリス(Bill Wallis)’や‘サマースノー(Summer Snow)’などに夢中になった時期もありました。 しかし、夏越しに失敗するばかりで長く楽しむことができませんでした。夏越ししやすいサンギネウム系(アケボノフウロ)や黒花フウロ(G. phaeum)なども試してみましたが、どれも満足できませんでした。 ‘ジョンソンズブルー’。Mariola Anna S/Shutterstock.com サンギネウム系(アケボノフウロ)。Marek Durajczyk/Shutterstock.com 2013年、チェルシー・フラワー・ショーでフウロソウ‘ロザンネ’がプラント・オブ・センチュリー賞を受賞し、華々しく登場しました。 夏越しも容易な強健種であるばかりでなく、初夏から晩秋まで長い期間開花している、安心して“放置”できるフウロソウでした。ただ一つ、春のブルーの花色は高温期にはピンクに変化してしまうという点は残念です。現在、‘ロザンネ’の色変わり種として‘ライラックアイス(Lilac Ice)’ や‘アズール ラッシュ(Azure Rush)’、またPWのロゴで多花性の‘ブルームミー’も市場に出ていますが、“色変化”という性質は改まっていないようです。 国内では、ここでご紹介したフウロソウ属のものを“ゲ”ラニウム、ペラルゴニウム属で四季咲きのものを“ゼ”ラニウムと呼び、一季咲きのものをペラルゴニウムと呼ぶことが多いです。いずれもフウロソウ科(Geraniaceae)に属しているので近縁種ではあるのですが、とても紛らわしいので整理しておきます。 フウロソウ科フウロソウ属フウロソウ、ゲラニウムフウロソウ科ペラルゴニウム属四季咲きゼラニウムフウロソウ科ペラルゴニウム属一季咲きペラルゴニウム カラミンサ・ネペトイデス(Calamintha nepetoides) Nancy J. Ondra/Shutterstock.com シソ科カラミンサ属、耐寒性多年草(冬季落葉)花期:初夏~晩秋草丈:30~50cm耐寒性:強、耐暑性:強、日照:日向~やや半日陰原産地:ヨーロッパ 初夏から晩秋まで、6カ月に及ぶほど長い期間咲いています。白または淡いライラック色の小花と、香り高いシルバーの葉とのバランスが絶妙で、華やかさはないものの清冽さを感じさせる美しい宿根草です。 花弁が散り始めたら切り戻し、肥料を与えるという作業を怠らなければ、晩秋までずっと咲いてくれます。 イヌハッカという別名で呼ばれることも多いキャットミント(Nepeta cataria)も、カラミンサと同じように下草として使用できます。園芸種'ウォーカーズロー(Walker's Low)'は美しいパープリッシュ・ブルーとなる花色が魅力です。 丈夫で開花期間の長い品種ですが、カラミンサと比べると多少開花期間が短いことが多いです。 キャットミント'ウォーカーズロー'。Photo/ cultivar413 [CC BY SA-20 via Wikimedia Commons] カラミンサ、キャットミントともに丈夫な宿根草ですが、関東以西の高温多湿の気候のもとでは消耗が激しく、美しい花姿を楽しむことは難しいというのが現実です。 ユーフォルビア‘ダイアモンドフロスト’。Open_Eye_Studio/Shutterstock.com 真夏の庭を彩るには、PWのユーフォルビア‘ダイアモンドフロスト’など、耐暑性の強い品種を植えるのもいいかもしれません。耐寒性は5℃ほどで、関東以西では地植えのままの越冬が難しいのですが、春から晩秋まで開花してくれます。
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花物語
【バラ誕生物語】アンリ・アントワーヌ・ジャック~フランスの先駆的な育種家
アンリ・アントワーヌ・ジャック アンリ・アントワーヌ・ジャック(Henri Antoine Jacques)は、王族であるルイ=フィリップ、オルレアン公(Louis-Philippe, duc d'Orléans:1773- 1850)が所有するヌイイ城(Château de Neuilly;パリの西郊外、セーヌ河沿いに所在)の庭園丁でした。広大な庭園の中には規模は大きくないもののバラ園があり、ジャックはバラの管理に加え、育種にも携わっていました。今回は、このアンリ・アントワーヌ・ジャックが生み出したバラをご紹介します。 ルイ=フィリップ、フランス最後の王 ‘ルイ=フィリップ’ Painting/ Franz Xaver Winterhalter [Public Domain via Wikimedia Commons] ルイ=フィリップはブルボン王家につながる王族のひとりでした。啓蒙主義の教育を受けたことが影響したのでしょう、革命派のジャコバン・クラブのメンバーとして共和制に与したこともありましたが、いざとなると出自である王党派の顔が露骨に出て共和制支持者の不興を買うなど、その豹変ぶりが疎んじられた時期もありました。 ナポレオンの没落後、フランスの政権が復古王制、共和制とめまぐるしく変転していた時代、彼は共和制支持者が多い資本家たちを後ろ盾に、1830年から1848年にかけてルイ=フィリップ1世として王位に就きました(7月王政)。 ルイ=フィリップが王位に就いていた時代は絶対王政ではなく立憲君主制に近い政体でしたが、1848年の二月革命の勃発により共和制が復活した際、フランスの王制は終焉を迎えました。こうしてルイ=フィリップはフランス最後の王となりました。 園芸家としてのアンリ・アントワーヌ・ジャック ジャックは『オールドローズ~黎明期の育種家たち』でご紹介したデズメとともに、フランスにおける最も先駆的な育種家のひとりとして知られています。 1782年、ジャックは園芸一家に生まれ、長じてから兵役につきましたが、それを終えた後、大トリアノン宮殿のガーデナーとなり経験を積み重ねていました。その造園技能をナポレオン一世に称賛されたことから、彼の心酔者となったようです。人生の目標は、ナポレオンが住まう館の庭園丁となることだったと伝えられています。 1818年、ジャックは、ルイ=フィリップ、オルレアン公が保有するパリ郊外のヌイイ城(Château de Neuilly)の庭園丁となったことは冒頭で触れた通りです。 ルイ=フィリップは熱心な植物愛好家でもありました。ジャックはルイ=フィリップの意を受け、シクラメン、ロベリア、プリムラ、ヴェロニカなどの蒐集、改良などを行いました。また、ジャックは1827年に設立されたパリ園芸協会の創立メンバーのひとりでした。この協会は、1885年にはフランス園芸協会へと発展することになります。 ルイ=フィリップがフランス王であった時代は、ジャックがバラ育種に熱心に取り組んだ時期と重なっています。彼の育種したバラは主に、ヨーロッパ原産のロサ・センペルヴィレンス(R. Sempervirens)を交配親にしたシュラブやランブラー。原種の特徴である小輪花を豪華絢爛と咲かせるランブラーを作り出すことに熱心に取り組みました。 ロサ・センペルヴィレンス。Photo/Raymond Loubert [ CC BY-NC-SA 3.0 via Rose-Biblio] アンリ・アントワーヌ・ジャックが生み出した代表的な品種 ジャックが育て、ルイ=フィリップが愛でたランブラーたちを、いくつかご紹介しましょう。 アデライド・ドルレアン(Adélaïde d'Orléans)- 1826年 Photo/田中敏夫 花色はクリーム色または純白。豪華な房咲き、柔らかな枝ぶりのランブラーとなります。大株になると、じつに見事です。 古い記述やイラストでは、つぼみは紅に近いピンク。開花するとクリーム色から白へ移ってゆくとされています。現在、‘アデライド・ドルレアン’として出回っているものの中には、つぼみのときから純白であるものもあり、花形はよく似ているものの、オリジナルとは違う品種ではないかと思われています。 原種ロサ・センペルヴィレンスを用いた交配種であることは明確ですが、詳細な情報は伝えられていません。 ルイ=フィリップの妹アデライド(Adélaïde d'Orléans :1777-1847)に捧げられました。 ‘Adélaïde d'Orléans ‘ Painting(reproduction)/ François Gérard(the original was lost) [Public Domain via Wikimedia Commons] アデライドは、オルレアン公である兄ルイ=フィリップが1794年、フランス共和制議会から"反革命"の烙印を押されて亡命を余儀なくされた後、1801年にアメリカへ亡命しました。アメリカの富裕な商人と結婚し4人の子供をもうけましたが、ルイ=フィリップがナポレオン失脚後の王制復古の機運により1814年にフランスへ帰国した折、アメリカの家族の許を離れ、兄と暮らす道を選択しました。 生まれながらの聡明さと長い海外生活から、母国語であるフランス語のほか、英語、イタリア語、ドイツ語に堪能で、兄ルイ=フィリップを政策上でもよく支えました。 この品種が彼女へ捧げられた時、フランスは王制復古派の勢力が優勢で、それゆえに安寧な毎日を送っていた時期でした。4年後の1830年、ルイ=フィリップはフランス国王となります。彼は1848年に王位を追われてしまいましたが、アデライドはそれ以前に生涯を終えたため、兄の零落を見ることはありませんでした。 フェリシテ・ペルペチュ(Félicité-Perpétue)- 1828年 Photo/田中敏夫 多弁、つぼ咲きの小さな花が、ひしめくような房咲きとなります。 ピンクに色づいていたつぼみは、開花すると淡いピンクが入ることがありますが、次第に純白へと変化します。丸みのある、深い葉色。細く、柔らかな枝ぶり。樹高450〜600cmまで枝を伸ばすランブラーです。耐病性に優れ、多少の日陰にも耐え、花を咲かせます。トゲも少なく、取り扱いが容易です。温暖地域では葉をつけたまま冬季を越すことができるほどの強健種ですが、逆に冷涼地域での生育には難しい面があるようです。 ロサ・センペルヴィレンスといずれかのノワゼットとの交配により生み出されたといわれています。 キリスト教の教えを守って殉教した聖フェィチタス(St. Felicitasu)と聖ペルペトゥア(St. Perpetua)にちなんで命名されました。 ジャックは、生まれてくる子供にちなんでこのバラに命名しようとしていましたが、双子の娘が生まれたため、同時に殉教した聖人、フェリシテ(Félicité)と ペルペチュ(Perpétue)にちなんで命名したという説もあります("A Rose Odyssey" by J.H. Nicolas, 1937)。 ‘聖母子、聖フェィチタス(左)と聖ペルペトゥア(右)’ Painting/anonymous [Public Domain via Wikipedia Commons] 2人の聖人は、3世紀初頭、ローマ帝国によるキリスト教者迫害時代、カルタゴで捕らえられ棄教を迫られましたが肯んぜず、猛獣の餌食となって殉教しました。裁判官に「今、あなたは私たちを裁いていますが、今に神様があなたを裁かれるでしょう」と語ったと伝えられています。 フローラ(Flora)- 1830年 小輪の花が数十輪も集う房咲きとなります。花弁が密集した、オールドローズのケンティフォリアのような花形が優雅です。しばしば、花心に緑芽が生じます。 クリムゾンに色づいていたつぼみは、開花するとライラック・ピンクの花色へと変化しますが、花弁の縁に濃い色が残ることが多く、微妙で繊細な色合いとなります。深い緑、とがり気味のつや消しの葉、細く、柔らかな枝ぶりのランブラー。 センペルヴィレンス交配種であることは明らかですが、詳細は不明のままです。 「センペルヴィレンス交配種の中では最も強健で、最高の品種のひとつだ…」(Charles Quest Riston, "Climbing Roses of the World")とまで賞賛される品種です。センペルヴィレンス交配種では、‘フェリシテ・ペルペチュ’が最も広く植栽されていると思われますが、このライラック・ピンクの美しい品種も、もっと愛されてもよいように思います。 レーヌ・デ・ベルジュ(Reine des Belges)- 1832年 小輪、カップ形の花が房咲きとなります。白地に刷毛ではいたようにピンクが入っていたつぼみは、開花すると純白となります。センペルヴィレンス交配種に特徴的な深緑のつや消し葉、細い枝ぶり、樹高350〜500㎝に達するランブラーとなります。 ルイ=フィリップの長女、ルイーズ=マリー・テレーズ・シャルロット・イザベル・ドルレアン(Louise-Marie Thérèse Charlotte Isabelle d'Orléans;1812-1850)に捧げられました。 ‘ルイーズ=マリー・ドルレアン’ Painting/Franz Xaver Winterhalter [Public Domain via Wikimedia Commons] ルイーズ=マリーは1832年、ベルギー国王レオポルド1世(1790-1865)と婚礼の式を挙げました。この品種の命名は、ご成婚のお祝いの意味があったものと思われます。3男1女に恵まれましたが、後に王位を継いだ次男レオポルド2世の悪政を見ることなく世を去ったのは、ある意味幸運だったのかもしれません。 英語の翻訳名「クィーン・オブ・ザ・ベルジャンズ(Queen of the Belgians)」と呼ばれることもあります。また、1867年におそらくコシェにより育種されたとされる、まったく同名のピンクのHPがあり、市場での混乱を招いています。 プリンセス・マリー(Princesse Marie)- 1829年 Photo/ Uleli [[ CC BY-NC-SA 3.0 via Wikimedia Commons] 小輪、すこし閉じ気味の愛らしい花形、花束のように密集して開花するさまは、じつに見事です。濃いピンクに色づいていたつぼみは、開花するとラベンダー気味の明るいピンク、やがて淡い色合いへと移ろい、終わりにはほとんど白色へ。そのため、株全体は花色がグラデーションとなります。 深い緑色の葉、500cmに達することもある大型のランブラーとなります。 ルイ=フィリップの次女、マリー・クリスティーヌ・カロリーヌ・アデライード・フランソワーズ・レオポルディーヌ・ドルレアン(Marie Christine Caroline Adélaïde Françoise Léopoldine d'Orléans;1813-1839)に捧げられました。 ‘プリンセス・マリー(Princesse Marie)’ Painting/Ary Scheffer [Public Domain via Wikimedia Commons] マリー・クリスティーヌは、芸術、文芸にすぐれた才能を発揮しました。上に表示したマリー・クリスティーヌの肖像画の作者であるアリ・シェフェールに師事し、とくに彫像にすぐれた才能を発揮しました。ルイ=フィリップが王位に就いていた時代、テュイルリー宮殿内に専用のアトリエを持ち、制作にいそしんでいましたが、作品は王女の“手慰み”と呼ぶレベルをはるかに超えた高みに達していました。 作品の多くは政争の混乱の際、破壊されてしまいましたが、“祈るジャンヌ・ダルク像”など数点が残されています。 ‘祈るジャンヌ・ダルク’ Sculpture/Marie Christine d'Orléans [Public Domain via Wikimedia Commons] 1837年、姉ルイーズ=マリーの夫であるベルギー王レオポルド1世の甥にあたるヴュルテンベルク公アレクサンダー・フォン・ヴュルテンベルク(Friedrich Wilhelm Alexander von Württemberg)と結婚しましたが、2年後の1837年、結核が悪化して若くして死去しました。 ジャックと最初のブルボン・ローズ、イル・ド・ブルボン ジャックは、ブルボン・ローズがヨーロッパにもたらされたときに深く関わったことでも知られています。 イングランドのバラ研究家トーマス・リバースは、著作『ローズ・アマチュアズ・ガイド(Rose-Amateur's Guide)』(1843年刊)の中で、ブルボン・ローズの由来について、フランスの園芸家ブレオンが伝えた話を紹介しています。 「ブルボン島(註:現在のインド洋レウニオン島)では、住民は一般的に自分の住居を2種のバラの生け垣で囲うが、それは、一つはコモン・チャイナ・ローズ(註:‘オールド・ブラッシュ’のこと)、もう一つはレッド・フォー・シーズンズ(註:赤花のオータム・ダマスク)だった。 サン・ブノワ(St. Benoist)の所有者であるペリション氏は、そんな生け垣の中に樹形やシュートが他と著しく異なる小さな若苗が生えているのを見つけ、それを自分の庭に植えてみることにした。その若苗は翌年花開いたが、それは上述の2品種とは明らかに違う、新しい品種と思われた。けれども、そのことはブルボン島の中でのみ知られていることだった。…1817年、ブレオン氏は、フランス政府派遣の植物園管理者として島を訪れた。そして、この品種を多数育成し、株と種を本国(フランス)、パリ近郊のヌイイ館の庭園師であったジャック氏へ送った。ジャック氏はこれをフランス国内のバラ育成者へ出荷した…ブレオン氏はこの品種をブルボン島のバラ(Rosier de l'Ile de Bourbon)と名付けた」 もう一つの説として、同書の中でリバースが伝えているのは次のようなものです。 「あるフランスの海軍士官は、ブルボン島の住民であった故エドワールド氏の夫人にインドへの航海の際、珍しいバラを持ち帰ってほしいと依頼された。その帰途、海軍士官はこのバラを持ち帰り、夫人はそれを夫の墓前へ植え付けた。そして、このバラはロズ・エドワールド(Rose Edouard)と呼ばれ、(その結実が)フランス本国へブルボン島のバラ(Rosier de l'Ile de Bourbon)として送られた…」 リバース自身は、後者の説は真実味が欠けると述べ、先に記述した自然交配説に重きを置いています。しかし、最近の理解は、むしろ後者のほうが正しいのではないかというものです。 すなわち、ジャックは‘ロズ・エドワールド’の実生から育った株にブルボン島のバラと命名して市場へ提供したのだろうというものです。 しかし、疑問は完全に解消されたとはいえません。 現在、‘ロズ・エドワールド’の名で流通している品種は明るいピンク、しかし、‘ロジエ・ド・リル・ド・ブルボン’は、販売している農場により、明るいピンクであったり、赤花と呼んでいいほど濃い色合いのものであったりと変化が大きく、はたしてそれらが本当に同じものなのかという疑問があります。 はじめの説に従うと、ブルボン・ローズが"赤花"である理由に説明がつきますし、ピンクのほうが本来のものであれば、後者の説に説得力があります。 この謎はいつ解けるのでしょうか。 ‘赤花のロジエ・ド・リル・ブルボン’ Illustration/ Pierre-Joseph Redouté, « Les Roses III, » 1824 [Public Domain via Internet Archive] ‘ライトピンクのロジエ・ド・リル・ブルボン’ Illustration/ anonymous [Public Domain via « Journal des roses » Juillet 1878] (註)ジャックのフル・ネームについては、Antoine A. JacqueとするものとHenri Antoine Jacqueとするものがあります。この記事ではHenri Antoine Jacqueを正としました。
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宿根草・多年草
【春の庭づくり】ローメンテナンスでOK! 植えっぱなしで楽しむ春咲き球根<後編>
春、爛漫と咲き誇る球根花 春浅い時期から開花するものが多い球根類。開花期間は短いものが多いですが、ほかの花に先駆けて咲くその姿は、春の到来を実感させてくれます。いろいろな球根類が販売されていますが、ここでは前回に引き続き、植えっぱなしで楽しめる“ウエッパ”球根をご紹介します。 スイセン Narucissus:ヒガンバナ科スイセン属 DRubi/Shutterstock.com スイセンの分類 スイセンの原種は300種ほどあり、多くがヨーロッパ、北アフリカを自生地としています。 原種は主に生態的な特徴から、11のセクションに分けられていますが(“Narcissus and Daffodil”, edited by Gordon R Hanks, 2002)、それとは別に、英国王立園芸協会RHS(Royal Horticultural Society)は園芸種を花形など形態上の特徴から次の13に分類しています。そして園芸種は、登録されているだけで、30,000種を超えるだろうといわれています。 RHSによるDiv. 1~13は次の通りです。 Div.1 ラッパ・スイセン(Trumpet Daffodils)Div.2カップ・スイセン(Large-cupped Daffodils)Div.3小カップ・スイセン(small-cupped Daffodils)Div.4 八重咲き・スイセン(Double Daffodils)Div.5 トリアンドロス-下向き咲き・スイセン(Triandrus Daffodils)Div.6 シクラメネウス-反転咲き・スイセン(Cyclamineus Daffodils)Div.7 黄色咲き・スイセン(Jonquilla Daffodils)Div.8 房咲き・スイセン(Tazetta Daffodils)Div.9 クチベニ・スイセン(Poeticus Daffodils)Div.10 ペチコート・スイセン(Bulbocodium Daffodils)Div.11 スプリット・コロナ・スイセン- 副冠裂け(Split Corona Daffodils)Div.12 その他交配種(Miscellaneous Daffodils)Div.13 その他原種等(Daffodils distinguished solely by Botanical Name) スイセンは、丈夫で植えっぱなしでも翌年開花が期待できる、嬉しい性質をもっています。ヨーロッパ、アメリカなどでは熱心に改良が進められていて、美しい品種が数多く生み出されています。 代表的な品種をいくつかご紹介します。 Div.1 ラッパ・スイセン ‘マウント・フード(Mount Hood)’ sebastianosecondi/Shutterstock.com 白花ラッパ・スイセンの代表的な品種です。RHS Award of Merit受賞。1930年代にオランダで育種されたようです。 Div.2 カップ・スイセン ‘カールトン(Carlton)’ fernandoul/Shutterstock.com イエローの代表的な品種。カップのほうが花弁より幾分か色濃くなるツートン・カラーです。カップ長さが花弁長さの1/3から1/1となる品種はDiv.2 カップ・スイセンに、カップがより長いときはDiv.1ラッパ・スイセンにカテゴライズされます。 RHS Award of Merit受賞。 Div.5 トリアンドロス-下向き咲き・スイセン ‘タリア(Thalia)’ Marta Jonina/Shutterstock.com 香り高い白花が、花茎1つにつき2、3輪開花します。Wister Award of American Daffodil Society受賞。1916年作出。以来、清楚な花姿が変わらず愛されています。 Div.6 シクラメネウス-反転咲き・スイセン ‘ピーピング・トム(Peeping Tom)’ Sergey V Kalyakin/Shutterstock.com Div.6シクラメネウスは、花弁が反り返る反転咲きするタイプです。1948年作出の名品種ですが、どうしてこんな品種名になったのでしょう。「ピーピング・トム」とはのぞき魔のこと、“出歯亀”という意味の俗語です。 Div. 9 クチベニスイセン ‘アクタエア(Actaea)’ Lonspera/Shutterstock.com 香り高く、小さな色違いのカップが特徴的なクチベニスイセン。1914年に作出されました。クチベニスイセンとしては例外的な大輪花です。長く切り花向けに栽培されていました。 Div.13 その他原種等のうちパピラセウス‘ペーパーホワイト’(Papyraceus;‘Paper White’) Peter Turner Photography/Shutterstock.com パピラセウス‘ペーパーホワイト’は、千葉北西部では12月から年明けにかけて開花する早咲きスイセンです。 早咲きで知られる日本スイセンと同じ時期に咲き、同じように房咲きとなります。それゆえ、日本スイセンと同じ系列の房咲きスイセン(Div.8 Tazetta Daffodils)とされることもありますが、本来は別系列のパピラセウス系(Div.13 その他原種等:Papyraceus)に分類されるべきものです。ラテン語の“Papyraceusu”は“紙質の”という意味であることから、この系列の原種および園芸種はペーパーホワイト(“Paper White”)と呼ばれています。 後で少し触れますが、アイリスのことを調べていて、『野生のアイリス』という詩集に出会いました。作者はアメリカの詩人ルイーズ・グリュック(Louise Glück:1943- )。2020年ノーベル文学賞を受賞しました。それがきっかけとなって、2021年に翻訳され公刊された詩集が『野生のアイリス』です。 長く詩作ができず苦しんでいた詩人は、庭で草花の手入れに精を出したり、園芸についての本やカタログなどに熱心に目を通していたようです。土中で春を感じとり、芽を出す球根に自らを投影して、再び詩作を始めることができたのだそうです。 題名となった“野生のアイリス”については後回しにして、詩集のなかで繰り返し出てくる“朝の祈り”の最初の詩で、詩人は白いスイセンに言及します。 …hollow stems of the white daffodils, Ice Wings, Cantatrice;…(中抜け、空っぽ茎の白スイセン…“アイス・ウィングス”、“カンタトリーチェ”) ‘アイス・ウィングス’、’カンタトリーチェ’ともに真っ白なスイセン園芸種です。 ‘カンタトリーチェ’はラッパ・スイセン系(Div.1 Trumpet Daffodils)に属しています。大型の純白の花を咲かせますが、国内では出回っていないようです。 Div.1 ‘アイス・ウィングス(Ice Wings)’ Walter Erhardt/Shutterstock.com ‘アイス・ウィングス’はトリアンドロス系(Div.5 Triandrus Daffodils)のスイセンです。1球から数本の花茎が出て、下向きの花を咲かせます。数少ないようですが、国内でも入手は可能です。 原種名の由来 スイセンは、植物分類学上はヒガンバナ科(Amarylidaceae)、スイセン属(Narucissus)とされています。ご存知の方も多いと思いますが、属名のナルキッサスは、ギリシャ神話に登場する美少年に由来しています。 森の妖精エコーは美しい少年ナルキッソスに恋します。じつは、エコーは主神ゼウスの妻である女神ヘーラーの怒りを買ってしまい、他人が口にしたことを繰り返すことだけが許されるという呪いをかけられていました。 2人は惹かれ合いますが、オウム返しの言葉を繰り返すだけのエコーはナルキッソスに嫌われ捨てられてしまいました。悲しみにうちひしがれたエコーは痩せ細り、ついに声だけの存在となってしまいました。 神への無礼を罰する女神ネメシスはエコーへの仕打ちを知り、ナルキッソスに、他人を愛することができず、ただ自分を愛することだけができるという罰をくだします。 そして、ナルキッソスは水を飲もうとして水面に映る美しい少年の顔を見ます。それはナルキッソス自身でしたが、魅了され、思わず口づけしようとして水中へ落ち、おぼれて死んでしまいました。 女神ネメシスはさすがにそれを憐れんで、ナルキッソスをスイセンに変えたといわれています。 ‘エコーとナルキッソス(Echo and Narcissus)’ Paint/John William Waterhouse, 1903 [Public Domain via Wikimedia Commons] 註:スイセンについては、『Yellow Fever(“黄熱病”), David Willis, 2012』に深く触発されました。自費出版された著者に心より敬意を表します。 シラー Scilla:キジカクシ科シラー属 LariBat/Shutterstock.com スイセンと同じ時期に開花する花に、シラーがあります。球根花の中でもとりわけ丈夫で、球根が分球するだけでなく、結実すると種がこぼれて庭のあちらこちらで芽を出します。手間いらずで重宝しますが、増えすぎて困ることもあります。 シラーの園芸種 植えっぱなしで毎年春、忘れずに開花する球根として人気の高いシラーは、原種のペルヴィアナ(S. peruviana)、シベリカ種(S. siberica)、およびカンパニュラータを元にした園芸種が数多くあります。このうち、カンパニュラータはシラー属からヒアキントイデス属へ移行しています。カンパニュラータは、最近ではスパニッシュ・ブルーベルと呼ばれることのほうが多くなっていると思います。 スパニッシュ・ブルーベル(Hyacinthus hispanica:キジカクシ科、ヒアシンソイデス属) Photo/田中敏夫 シラーも美しいですが、立ち姿がきりっと引き締まった感じのスパニッシュ・ブルーベルのほうが個人的には好みです。 スパニッシュ・ブルーベルが属するヒアシンソイデス属は、ヒアシンス(Hyacinthus)やシラー(Scilla)に近い仲間で、原種としては7種あります。以前は独立した属ではなく、シラー属の一部、カンパニュラータとして分類されていたことにはすでに触れました。 7種の原種のうち、H・ヒスパニカ(H. hispanica)とH・ノンスクリプタ(H. non-scripta)の2種が主に栽培されています。いずれもいくつかの園芸品種があり、両者の交配によって育成されたものもあります。 ヒスパニカ種は「スパニッシュ・ブルーベル」または「シラー・カンパニュラータ」の名前で流通することも多く、やや細長い釣り鐘形の花が穂になって10輪くらい咲き、品種によっては20輪くらいつくこともあります。 ノンスクリプタ種は「イングリッシュ・ブルーベル」とも呼ばれ、樹木の株元などに群生し、イギリスの春の田園を青く彩る風景として知られています。 Darren Baker/Shutterstock.com 花穂は細身で、花茎の上部が曲がって枝垂れるように咲き、花は片方向に寄っています。イギリスでは両種が混在するようになってしまい、次第にヒスパニカが優勢になっているようで、自生地の減少が問題視されているそうです。 原種名の由来 シラーという名は、ギリシャ神話に登場する怪物スキュラ(Skylla)にちなんでいます。 上半身は美しい女性で、下半身には足がなく、腰から数体の犬の上半身が生じているという恐ろしい姿をしています。 なぜ、彼女がこのように恐ろしい姿になったのか…こんな話です。 スキュラは美しい海のニンフでした。そんなスキュラに恋したのが海の神のひとり、グラウコスでした。グラウコスはおどろおどろしいほど長い髪で、下半身は鱗のある尾をもった魚そのものでした。スキュラは怖れ、逃げ回ります。 あきらめきれないグラウコスは魔女キルケを訪ね、魔法や薬草を使って恋を成就できるよう頼みます。ところが、キルケはそんなグラウコスに恋してしまいます。 スキュラをあきらめきれないでいるグラウコスを見て嫉妬に狂ったキルケは、スキュラがある川の淵で水浴びをすることを知り、その淵に毒薬を投じます。 いつもの通り、淵へやってきたスキュラが腰まで水に浸かったとき、腰から下は幾匹もの犬の姿に変じてしまったのでした。 「嫉妬に狂い、淵に毒をそそぐキルケ」("Circe Invidiosa", William Waterhouse [CC BY SA-2.0 via Wikimedia Commons] アイリス(アヤメ) Iris:アヤメ科アヤメ属 T.Yagi/Shutterstock.com アイリス(イリス: Iris)はヨーロッパ、北アメリカ、アジアの北半球に300種ほどの原種があり、次のように4つの亜属に分かれています。 根茎アイリス(Iris, Bearded rhizomatous irises)イリス(Iris)スパトゥラ(Spathula)球根アイリス(Xiphium, mooth-bulbed bulbous irises)球根+塊根アイリス(Scorpiris Smooth-bulbed bulbous irises)塊根アイリス(Nepalensis Bulbous irises) 根茎アイリスはさらに2つの節(セクション)、イリスとスパトゥラに分かれています。現在、流通している園芸種のうち、ジャーマンアイリスはイリス節に、アヤメ、カキツバタ、花ショウブ、シャガ、ヒオウギなど日本に固有な品種や北米原産のものはスパトゥラ節に属しています。 球根アイリスは、2月(暖地)に淡いブルー系の美しく開花する小輪のレティクラータ、やはり早咲きで耐寒性に定評のあるイングリッシュ、5月頃(暖地)開花することが多いダッチ、遅咲きで芳香性のスパニッシュの4つに分類されています。 ヨーロッパやアメリカにおけるジャーマンアイリスの育種熱は目をみはるものがあります。虹の花と呼ばれるのもうなずけるほど、大輪で華やかな品種にあふれています。日本もまた、アヤメ、カキツバタ、ハナショウブなどから改良された園芸種を数多く見ることができる園芸種の宝庫です。特にハナショウブは各地に花菖蒲園もあり、開花の季節には美しい花々を楽しむことができます。 ジャーマンアイリスとハナショウブという2つの品種群こそがアイリス園芸種の主体であり、それぞれ愛好家にとっては語りつくせないほどの長い育種の歴史があります。 ここでは、多くを語らなければならないジャーマンアイリスと花ショウブには言及せず、比較的庭植えで管理がしやすい球根アイリス、とりわけダッチアイリスを取り上げたいと思います。 ダッチアイリス(球根アイリス) Xiphium ダッチアイリス ‘ブルーマジック’ Photo/田中敏夫 ダッチアイリス ‘アポロ’ Photo/田中敏夫 先に少し触れたように、ハナショウブとジャーマンアイリス、この2系統こそが園芸種アイリスの主流でしょう。しかし、ともにローメンテナンスの庭向けとはいえない点があります。ハナショウブは、露地栽培も可能ですが水際など湿生の環境を好むこと、ジャーマンアイリスはアルカリ性の土質を好むことが、ローメンテナンスを目指す庭づくりには障害になりがちです。 その点、植えっぱなしでも毎年開花することの多いダッチアイリスは、派手さはないものの、春にほかの草花と調和して庭を彩ってくれます。冬の間に細く長い葉が出始め、5月初め頃(千葉北西部)に、上で解説したスパニッシュ・ブルーベルや、以降にお話しするスノーフレークとともに庭を彩る様子は、春、花を愛でる醍醐味だと思っています。 Photo/田中敏夫 註:アイリスについては、『世界のアイリス』-日本花菖蒲協会編1905年刊行-から多く学ばせていただきました。 詩集『野生のアイリス』のこと 村上春樹の受賞が有力視されていた2020年ノーベル文学賞は、アメリカの詩人ルイーズ・グリュック(Louise Glück:1943- )が受賞しました。 「聖書や神話と個人の経験を重ね合わせることで詩集全体に一つの物語性を持たせる技法を積極的に用いるようになり、個人の苦悩に普遍性を炙り出す手法は後続の詩人らに大きな影響を与えることとなった」(Wikipedia) という評の通り、詩の行間には生きることへの不安や憂鬱を漂わせています。ノーベル賞受賞がきっかけになり、2021年に詩集『野生のアイリス』が野中美峰さんの訳で刊行されました。 詩人は朝夕、父なる神に祈り、「あなたはほんとうにいるのか?」と問いかけ、ときにその無情をなじります。また、草木をこよなく愛して庭づくりに精を出し、花々に寄り添いながら、生きることへの不安や悩みを美しい言葉で書き綴ってゆきます。 彼女は1990年に第6詩集『Ararat』を刊行したのち、2年間、一篇の詩も書けず苦しみました。 その沈黙を破ったのが、この詩集『野生のアイリス』でした。冒頭の詩、詩集名ともなった「野生のアイリス」は次の言葉で始まります。 At the end of sufferingthere was a door.(苦しみの終わり。そこにドアがあった)…It is terrible to surviveas consciousnessburied in the dark earth.(めざめたまま暗い地中に埋められている…生き延びているのが耐えがたく苦しい) 詩集のなかでは多くの草木がタイトル名となり、また詩のなかでも語られています。 詩集の冒頭を飾り、書名ともなった「野生のアイリス(The Wild Iris)」は、北米西部に自生するアイリス・ミズーリエンシス(Iris missouriensis)だと思います。 牧場地などでよく見られ、春の開花期にはライト・ブルーの花々の群生が見られるようですが、苦みがあり根塊に毒性があるため、牛などの家畜に食されることがないことがその理由だそうです。 Photo/Walter Siegmund [CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons] 原種名の由来 原種名となったイリスはギリシャ神話に登場する虹の女神で、天と地を結ぶ虹を象徴しています。女神ヘーラーの使いとして行動しています。 スノーフレーク(スズラン・スイセン) Leucojum aestivum:ヒガンバナ科スノーフレーク属 Photo/田中敏夫 スノーフレークは小さな釣鐘形の花がスズランに似ていることから、スズラン・スイセンとも呼ばれています。とても丈夫な球根で、どんどん増殖し、しばしば群落化します。 よく似た花形でずっと小型の株となる球根植物にスノードロップ(学名:Galanthus nivalis)があります。 savas_bozkaya/Shutterstock.com スノーフレークとスノードロップは、ともにヒガンバナ亜科に属していますが別種です。スノードロップのほうが早咲きですので、英名ではスプリング・スノーフレーク、遅咲きのスノーフレークは英名ではサマー・スノーフレークと呼ばれて区別されています。“サマー”と呼ばれていますが、夏咲きではありません。千葉北西部では4月に開花、6月には地上部が枯れます。 ハナニラ Ipheion uniflorum:ネギ亜科ハナニラ属 Photo/田中敏夫 ハナニラは野菜のニラの近縁種で、ニラに似た独特のにおいがします。南アメリカ原産で、30種ほどの原種が知られていますが、園芸向けに出回っているのは、主にユニフォルム種です。黄花、ピンク、白花などもありますが、ライト・ブルーのものが一般的です。 一度植え込むと分球、またこぼれ種でも増えるので管理がとても楽です。千葉北西部では、4月初め頃に開花します。なお、近縁種で、秋に花冠状の白花を咲かせる“花ニラ”(学名:Ipheion tuberosum)があり、野菜の一種として食用に供されていますが別種です。 tamu1500/Shutterstock.com
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【春の庭づくり】ローメンテナンスでOK! 植えっぱなしで楽しむ春咲き球根<前編>
春の訪れを告げる早春の球根花 New Africa/Shutterstock.com 球根類は、冬越しした草花に先駆けて春まだ浅い時期から開花するものが多く、春の到来を実感させてくれます。 早咲きでよく知られているのは、クロッカス、早咲きスイセン、早咲きアイリス。追いかけて咲くのがムスカリ、アネモネといったところでしょうか。温暖地では4月に入れば、チューリップ、スイセン、スパニッシュ・ブルーベル、ダッチアイリス、スノーフレーク、イフェイオン(ハナニラ)などが開花します。 春咲き球根類の開花期間は1週間ほどと短いものが多いのが残念ですが、秋のうちに芽を出していたオルラヤ・グランディフローラなど耐寒性のある一年草や、越年した宿根草が追いかけるように花開き、春爛漫の季節がやってきます。 秋口から数多い球根類が販売されていますが、植えっぱなしで楽しめるものはそれほど多くはありません。そんな“ウエッパ”球根を、いくつかご紹介しましょう。 春を告げる早咲き種 クロッカス(Crocus:アヤメ科クロッカス属) Photo/Paulparadis [CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons] クロッカスは開花が早く、雪国でも残雪を割って開花する様子が伝えられるなど、早咲き球根の代名詞として知られています。植えっぱなしでどこに植えたか忘れていても、当たり前のように春先に開花してくれます。 香料の原料となるサフランとよく似ていて、ヨーロッパでは“春咲きサフラン”と呼ばれていた時代もあったようですが、現在は、春咲き種を“クロッカス”、秋咲き種を“サフラン”と呼んで区別しています。 クロッカス自体にもいくつか原種があり、黄色花種とブルーやパープル花種は本来別の原種ですが、交配が積み重なり、現在、事実上区別がつかなくなっています。 Predrag Lukic/Shutterstock.com クロッカスという名称は、ギリシャ語でサフランを意味する‘krokos’から来ています。香料や染料として3千年に及ぶ栽培の歴史があるというサフランですし、すでに初期の時代から栽培向けに選別が進み、原種本来の性質は失われたため、結実することはありません。そのため、増殖は球根の分球など栄養系の栽培に限られています。 サフランという名称自体もラテン語‘safranum’から来ているようですが、名前の由来は分かっていないようです。 なお、大きめの白花を咲かせる‘ジャンヌ・ダルク(Jeanne d’Arc)’など、ヴェルヌス(C. vernus)系のものには、通常種より2週間から1カ月近く遅れて咲くものもあります。 クロッカス‘ジャンヌ・ダルク’。Sergey V Kalyakin/Shutterstock.com 歌人である寺山修司(1935-1983)が女優、九條今日子と新婚生活を始めた頃の歌、 きみが歌うクロッカスの歌も新しき家具の一つに数えんとする (『血と麦』1962) は、華やかな新婚生活と春早くに咲きそめるクロッカスとが共鳴し、とても新鮮に響きます。 早咲き種に少し遅れて開花する球根 ムスカリ(Muscari:キジカクシ科ムスカリ属) Photo/Netherzone [CC BY SA-4.0 via Wikimedia Commons] ムスカリはクロッカスとともに早咲き球根の代表種ですが、実際には1~2週間ほど遅れて咲くことが多いように思います。 50種ほどの原種が知られていますが、ブドウのように丸い花が連なるアルメニアカム(M. armeniacum)を元品種とする園芸種が多いようです。 svetlanabalyn/Shutterstock.com クロッカスとムスカリの2つを混栽した庭で、同時に咲いている景観を楽しむためには、ご紹介した遅咲きのヴェルヌス系白花クロッカスと合わせるのがよいでしょう。 アネモネ・コロナリア(Anemone coronaria:キンポウゲ科アネモネ属) OsherR/Shutterstock.com アネモネについては、原種アネモネ・コロナリア(A. coronaria)を交配親とした、大輪・多弁となる園芸種が多く出回っています。幾種類か試してみましたが、植えっぱなしだと千葉北西部では6~7月の高温多湿時に溶けるように枯れてしまうことが多いので、現在では多弁種は植えないようにしています。 アネモネ・フルゲンス(Anemone fulgens:キンポウゲ科アネモネ属)など 白花のアネモネ・フルゲンス。Photo/田中敏夫 最近、コロナリアとは異なる原種パボニナ(A. pavonina)も出回るようになりました。高温多湿にもよく耐える丈夫さが魅力です。そのほか、原種交配種でパボニナによく似たフルゲンス(A. fulgens)も、シングル咲きで比較的丈夫な品種ですし、派手さはないのでかえって好ましく感じています。草丈も30cmに満たないことが多く、控えめで清楚な印象を受けます。 フルゲンスには白のほか、ピンク、ラベンダー、パープル、赤など多くの花色があるのですが、青いシベとのコントラストが美しい白花が気に入っています。 アネモネは開花後、紡状の種子ができ、秋口に破裂すると綿毛に包まれた種子が風を受けて飛んでいきます。この様子を観察していた自生地(ヨーロッパ南部)の人たちは、ギリシャ語の風を意味するアネモス(anemos)と命名したといわれています。 自生地でよく見られるのは、赤花のアネモネ・コロナリアです。 自生地(トルコ)に咲くアネモネ・コロナリア。Photo/Zeynel Cebeci [CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons] ギリシャ神話に、こんな言い伝えがあります。 美しい少年、アドニスは女神アフロディーテ(ヴィーナス)に深く愛されていました。アフロディーテの夫、軍神アレースはこれを知ると嫉妬に狂い、猪に変身し、牙でアドニスを突き殺してしまいました。アドニスの傷口から流れ出た血から、アネモネが生じました。それゆえに、アネモネは血の色に咲くようになったということです。 ‘アフロディーテのキスで目覚めるアドニス(The Awakening of Adonis)’ Painting /Jhon William Waterhouse, 1899 or 1900 [Public Domain via Wikimedia Commons] 春、爛漫と咲き誇る球根 チューリップ(Tulipa:ユリ科チューリップ属) 鮮やかな花色で春を彩るチューリップですが、数えきれないほど多くの品種があります。 tj-rabbit/shutterstock.com 多くのチューリップは1シーズンだけきれいに咲き、翌年、葉は出るけれど開花しなかったり、開花しても1年前の美しい花姿を再び見せることはないため、春を待つ人々をがっかりさせることがあります。 植えっぱなしのまま毎年多くの花を咲かせる丈夫な園芸種は、最近でこそ出回り始めましたが、まだ広くいきわたっているわけではありません。 それでも、毎年開花が期待できるものがあります。“原種系”と呼ばれるものですが、花も草姿も小さめです。しかし、それがかえって庭ではほかの草花との調和がよくとれるように思います。 原種チューリップの分類 原種チューリップは4亜種75種ほどあるとされています。チューリップ(tulip, tulipa)という名称はトルコ語でターバンを意味する“tulbend”に由来するとのことです(“Missouri Botanical Garden”)。 原産地は、トルコを中心として東は中東と中央アジア地域、西はポルトガル、地中海沿岸と北アフリカに分布しています(『チューリップの文化誌』、シーリア・フィッシャー、2017)。 チューリップの亜種は次の通りです。 Div.1 クルシアナ(Clusianae :4 species)Div.2 オリティア(Orithyia :4 species)Div.3 ツーリパ(Tulipa :52 species)Div. 4 エリオステモネス(Eriostemones:16 species) 市場で出回っている原種系チューリップはクルシアナ系のものが多いです。 よく見かける品種をいくつかご紹介しましょう。 ‘シンシア(Cynthia)’ Elenkina/Shutterstock.com 花弁外は鈍色の赤、内はクリーム。開花期間がチューリップとしては長め。 ‘レディ・ジェーン(Lady Jane)’ Kristine Rad/Shutterstock.com 外は縞模様の淡いピンク、内は白。 ‘チンカ(Tinka)’ Ole Schoener/Shutterstock.com 外は赤とイエローの縞、内はイエロー。 これらの原種系チューリップは、いずれも15球以上群生させるのがおすすめ。庭を美しく飾ってくれます。 チューリップにまつわる民話など イスラエルには、亡くなった恋人を追って飛び降り自殺した青年の血から、赤く花咲くチューリップが生まれたという民話があります。 また、オランダにもよく知られた伝説があります。かつて、3人の騎士が美しい少女を妻に迎えようと、競ってプレゼントを渡しましたが、困り果てた少女は花の女神フローラに頼んで自身を花の姿に変えてしまった、というものです。騎士たちのプレゼントであった王冠は花に、剣は葉に、そして財宝は球根になったとのことです。 チューリップの花から生まれた小さなお姫さまのお話、アンデルセンによる童話『おやゆびひめ』もよく知られています。 ‘あまり小さいので、女の子は「おやゆびひめ」と呼ばれることになりました’ Illustration/Vilhelm Pedersen大久保ゆう訳『おやゆびひめ』 [CC BY 2.1 JP via 青空文庫] また、『三銃士』『モンテクリスト伯』などで名高いアレクサンドル・デュマ(父)ですが、『黒いチューリップ』という作品があります。17世紀にオランダで生じたチューリップ・バブルを題材にした小説です。さすがにデュマ(父)。とても面白いので、未読の方はぜひ読んでみてはいかがでしょうか。 silvergull/Shutterstock.com 続きは『植えっぱなしで楽しむ春咲き球根<後編>』で。