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【バラの育種史】ロサ・ケンティフォリアとその親族たち<前編>

【バラの育種史】ロサ・ケンティフォリアとその親族たち<前編>

花の女王と称され、世界中で愛されているバラ。数多くの魅力的な品種には、それぞれ誕生秘話や語り継がれてきた逸話、神話など、多くの物語があります。数々の文献に触れてきたローズアドバイザーの田中敏夫さんが、バラの魅力を深掘りするこの連載で今回取り上げるのは、幾重にも重なる花弁が華やかで、古くから人々を魅了してきたバラ、ロサ・ケンティフォリア。その由来と育種史を、ロサ・ケンティフォリアから生まれたバラたちの写真とともに紐解きます。

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ガーデンローズ育種の始まり ロサ・ケンティフォリア

18世紀末頃からフランスで始まったガーデンローズの育種熱は、その後しだいに世界に広がり、今日にいたっていること、そしてその始まりはロサ・ケンティフォリアがベルギーまたはオランダからもたらされ、その完成された美しさに人々が魅了されたことである点は、前回の記事『オールドローズ~系統とたどってきた道(後編)』で触れました。

今回は、一番初めに登場し、クラス名の元となったロサ・ケンティフォリアと、枝変わりなどにより生じた別品種についてご紹介します。じつはロサ・ケンティフォリアが世の賞賛を浴びるようになると、続々と“秘蔵”の大輪・多弁のバラが出回るようになりました。由来がなかなか追えないそれらの品種については、次回『ケンティフォリア?ガリカ?〜隠されていた多弁バラ』と題してお伝えする予定です。

ケンティフォリアに限ったことではありませんが、バラの育種史をまとめるにあたっては、親品種の実生や枝変わりなどで生じた品種を第一世代と定義づけることにしました。そして、第一世代から生じたものを第二世代…さらに第三、第四と続いていくと整理することにします。

ロサ・ケンティフォリアについておさらいをした後、第一世代から順に、「ロサ・ケンティフォリアとその親族たち」と題してご紹介していきましょう。

ロサ・ケンティフォリア相関図

ロサ・ケンティフォリア相関図

クラス名の元となった品種
ロサ・ケンティフォリア(R. Centifolia)

ロサ・ケンティフォリア
Photo/田中敏夫

ケンティフォリア・クラスの元となった品種として、最も古い由来のものと信じられているものです。

花径9〜11cm、深いカップ形、ロゼット咲きです。花色はマゼンタが濃いピンク。深い色合いが魅力です。強く香ります。

明るい色調のつや消し葉。不整形のトゲが特徴的な、細めながらも硬めの枝ぶり、樹高180〜250cmのシュラブとなります。充実した株では、繁茂した枝がアーチングしてドーム形に整った樹形となります。

紀元前450年頃、歴史学の父と呼ばれるヘロドトスや、紀元前350年頃のテオフラストスが、「バラの花弁数には変化が多い。5弁のもの、12弁、20弁、中には100弁のものもある…」と述べたことから、ケンティフォリア(”百の花弁”の意)は、原種の一つとされ、長い間、最も古い由来の園芸品種だとされてきました。

分類学の父カール・フォン・リンネ(Carl von Linné)も原種として登録していましたが、その考えには後に修正が加えられ、今日では、16世紀頃から200年ほどかけて、おそらくオランダにおいて育種されたものと理解されるようになっています。

英国のバラ研究家、ピーター・ビールズ(Peter Beales)は著作、『クラシック・ローゼズ(Classic Roses)』の中で、「最近、植物細胞研究者により行われた、ケンティフォリア交配種/R. x centifoliaの染色体の検査により、従来考えられていたような原種ではなく、複雑な交配種であることが判明した。ケンティフォリアは、明らかに、ガリカ、ロサ・フォエニキア、ムスク・ローズ、ロサ・カニナ(ドック・ローズ)及び、ダマスク交配種から作り上げられたのだ…」と記述しています。

多弁であることから、キャベッジ・ローズ/Cabbage Rose、ハンドレッド・ペタルド・ローズ/Hundred-Petalled Rose(“百弁バラ”)と呼ばれたり、パリ南郊外のプロヴァンス地方で盛んに生産されたことから、プロヴァンス・ローズ/Provence Roseと呼ばれたりすることもあります。

第一世代

白花ケンティフォリア
ユニーク・ブランシェ(Unique Blanche)

バラ ユニーク・ブランシェ
Photo/田中敏夫

花径9cm前後、浅いカップ形、ロゼット咲きまたはクォーター咲きとなる花形。淡いピンクに色づいていた丸いつぼみは、開花すると純白となります。花弁の縁にピンクが残ることもあります。強く香ります。

樹高150〜200cm、全体的にボリューム感のあるシュラブ樹形となります。

フランス・オルレアンの育種家、バロン・ヴェラール(Auguste Alexandre Baron Veillard)が、ロサ・ケンティフォリアの枝変わり種であるとして、1888年に公表したとされる説と、1775年、イングランドのサフォーク州で発見されたという説があります。後者のほうが説得力があると感じています。イングランドのバラ研究家、ピーター・ビールズはその著作『クラシック・ローゼズ(Classic Roses)』の中で、「天候に恵まれれば、白バラの中でもっとも美しい…」と絶賛しています。

ロサ・ケンティフォリア・アルバ/R. centifolia alba、ホワイト・プロヴァンス/White Provenceという別称で呼ばれることもあります。

小輪に枝変わりしたケンティフォリア
ド・モー(De Meaux)

バラ ド・モー
Photo/田中敏夫

花径3cm前後。小輪花ですが、よく観察すると開き始めはしっかりとしたロゼット咲きで、典型的なケンティフォリアの花形です。花色は明るいピンク。香りはわずかです。

グレイッシュと表現したい、小さなくすんだ葉緑。樹高60〜90cm、細い枝を盛んに伸ばし、小さなブッシュとなります。鉢植えで楽しむほか、花壇の前列に植えたり、寄せ植えにして生け垣にするなど、さまざまなアレンジが可能です。

花も樹形も小ぶりですが、花形などからケンティフォリアに分類されています。しかし、樹形はオールドローズの中のポリアンサだと考えるのが適切かと思います。

1789年以前に遡ることができる非常に古い品種です。イングランドのスィート(Sweet)が育種したとも、また、フランスのドミニク・セグィエ(Dominique Séguier)が育種したものをスィートがイングランドへ持ち帰ったともいわれています。ドミニク・セグィエはパリ郊外のミュオー(Meaux)で司教をしていたため、スィートは“De Meaux”(From Meaux)と名づけたのではないかという説があり、説得力があるように感じています(Stirling Macoboy、“The Ultimate Rose Book”)。

“苔”が生じた枝変わり
ケンティフォリア・ムスコーサ(Centifolia Muscosa)

ロサ・ケンティフォリア・ムスコーサ
Photo/田中敏夫

花径9〜11cm、深いカップ形、ロゼット咲きの花形。マゼンタの色合いが加わったミディアム・ピンクで、深みのある色合いです。強く香ります。

幅広で丸みを帯びた、大きめの明るい色調ながら、くすんだ葉緑。樹高120〜180cm、立ち性のシュラブとなります。枝はするすると伸びるもののシュートがなかなか発生せず、充実した株に育つまでしばらく辛抱が必要です。植え込み直後は枝折れを防ぐためにトレリスなどに固定するほうがよいでしょう。耐寒性もある優れた品種ですが、温暖な気候のもとでは、より旺盛に生育することで知られています。

ケンティフォリアの枝変わりとして17世紀末、オランダまたはフランスで生じたようですが、見いだした人物は不明です。このケンティフォリア・ムスコーサは、最初のモスローズとされています。つぼみを覆う苔のように密生した細い棘が大きな特徴です。

「多くのモス品種がこの品種の後育種されたけれども、一つとして、このコモン・モスの美しさを超えたものはなかった…」と著名なバラ研究家、グラハム・トーマスは著書『The Old Shrub Roses』の中で語っています。

アメリカのリチャード・トムストン(Richard Thomston)も著作『オールド・ローゼズ・フォー・モダン・ガーデンズ(Old Roses for Modern Gardens)』の中で、「この美しさを凌駕できるモスローズはない…」と記述しています。

最初のモスローズは、最高のモスローズであり続けています。今日でも、この評価はそのまま繰り返してよいのかもしれません。

コモン・モス/Common Moss、オールド・ピンク・モス/Old Pink Mossと呼ばれることもあります。

第二世代

ユニーク・ブランシェに斑模様が出た品種
ユニーク・パナッシェ(Unique Panachée)

Unique Panach
Photo/A. Barra [CC BY SA-3.0 via Wikimedia Commons]

花径9〜11cm、30弁ほどの少し開きぎみのカップ形となる花形。白い花弁にミディアム・ピンクの筋が入る2色咲きとなります。香りはそれほど強くありません。

樹高120〜150cmほどのシュラブ。枝にはトゲが密生します。

マダム・チャウッセー(Mme Chaussée)が、白花の‘ユニーク・ブランシェ’の枝変わりによる、ピンクと白の2色咲きを発見したものです。1821年頃のことです。

発見者の名前で呼ばれる小輪種
スポン(Spong)

バラ スポン
Photo/Rudolf [CC BY SA-3.0 via Rose-Biblio]

花径3cm前後、小輪、浅いカップ形、ロゼット咲きの花が株いっぱいに開花します。アプリコットを混ぜたような、明るいピンクの花色。香りはわずかです。

幅広、小葉の縁の鋸目は角を削ったように丸みを帯びていて、バラの小葉としては非常に珍しいものです。樹高60〜90cm、細い枝ぶりの小さなブッシュとなります。花壇の前列へ植え込んだり、また鉢植えで楽しんだりと用途の広い品種です。

フランスのスポン(Spong)が盛んに栽培していたため、彼の名前がそのまま品種名となりました。1805年頃、小輪、ピンクのケンティフォリア、‘ド・モー’の枝変わり種として生じたものだといわれていますが、交配親は不明だが‘ド・モー’とは由来が異なるものだという説もあります。

ポンポン・スポン/Pompon Spong、スポンズ/Spong’sと呼ばれることもあります。

白花のモスローズ
シェイラーズ・ホワイト・モス(Shailer’s White Moss)

シェイラーズ・ホワイト・モス
Photo/田中敏夫

花径7〜9cm、カップ形、ロゼット咲きの花形、花心に緑芽ができることも多い品種です。

花色はホワイト、わずかに刷いたようにピンクが入ることもあります。強く香ります。

幅広で明るい葉緑の小葉、細めながら硬い枝ぶり、樹高120〜180cmのシュラブ。花の大きさ、葉色、樹形など全体によく調和がとれた、庭植えバラとして完成度の高い品種です。

“バラの画家”ルドゥーテが、ケンティフォリア・ムスコーサ・アルバというタイトルで描いたバラだといわれています。その際の解説として、1788年頃、イングランドのH. シェイラ―(Henry Shailer)が、ケンティフォリア・ムスコーサ(コモン・モス)の枝変わりとして公表したと述べられています。

“ナポレオンの帽子”と呼ばれる名高い品種
シャポー・ド・ナポレオン(Chapeau de Napoleon)

シャポー・ド・ナポレオン
Photo/田中敏夫

花径11〜13cm、カップ形、ロゼット咲きとなる花形。明るい中にも、爽やかで落ち着いた雰囲気のあるミディアム・ピンクの花色です。非常に強く香ります。

幅広で大きめ、丸みのある縮れ気味の明るい色調のつや消し葉。細いけれど硬めの樹高120〜180cmの立ち性のシュラブとなります。枝は大きくたわむことが多いため、添え木などで支えてあげるのがよいでしょう。

つぼみを覆う萼片の部分に羽毛のような苔(モス)状の突起が生じる変異があり、そのため、つぼみ全体がナポレオンの愛用した帽子に似た形となることから、シャポー・ド・ナポレオン(ナポレオンの帽子)という名前で親しまれています。モスの1品種として紹介されることが多いのですが、つぼみ以外にはモスは生じませんので、ケンティフォリアとされるのが本来のクラス分けかと思われます。

1827年、スイス・フリブルク(Fribourg)の修道院で発見され、それ以来多くのバラ愛好家から親しまれています。コモン・モスの枝変わり種であるというのが大方の研究者の見解です。

クレステッド・モス(頂部モス)/Crested Moss、ロサ・ケンティフォリア・クリスタータ/R. centifolia ‘Cristata’(鶏冠ケンティフォリア)などの別名で呼ばれることも多い品種です。

第三世代

絞り模様の花色を持つ
ウィエ・パナシェ(Oeillet Panaché)

バラ ウィエ・パナシェ
Photo/Leonora (Ellie) Enking [CC BY-SA 2.0 via Flickr]

花径5〜7cm、中輪、35弁前後の丸弁咲きの花形となります。ピンクの濃淡が出る絞り模様の花色ですが、ストライプとならず全体に淡い濃淡となることも。軽く香ります。

楕円形の深い色合いの緑葉、樹高90〜120cm、こぢんまりとしたブッシュとなります。細めの枝ぶりですので、庭植えでは添え木などで倒れるのを防ぐようにしたほうがよいかもしれません。

フランスのC. F. ヴェルディエ(Charles Felix Verdier)が、‘シェイラーズ・ホワイト・モス’からの枝変わりによるピンク+白の2色咲き品種を見いだし、1888年に公表しました。

ウィエ・パナシェとは、”絞り咲きなでしこ”という意味です。ストライプ・モス/Striped Mossと呼ばれることもあります。

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