かがみ・きよ/森林ライフプロデューサー、森林インストラクターほか。
長野県安曇野市出身。幼い頃から野山を好み、道草や散歩が大好き。それが高じて大学で林学を専攻する。卒業後は東京・原宿の造園会社に就職後、2002年からやまぼうしで勤務開始。2008年代表理事に就任。森林環境教育、指導者養成に力を入れて活動を展開中。常に自然・森・樹との関わりを持って今に至る。
かがみ・きよ/森林ライフプロデューサー、森林インストラクターほか。
長野県安曇野市出身。幼い頃から野山を好み、道草や散歩が大好き。それが高じて大学で林学を専攻する。卒業後は東京・原宿の造園会社に就職後、2002年からやまぼうしで勤務開始。2008年代表理事に就任。森林環境教育、指導者養成に力を入れて活動を展開中。常に自然・森・樹との関わりを持って今に至る。
かがみ・きよ/森林ライフプロデューサー、森林インストラクターほか。
長野県安曇野市出身。幼い頃から野山を好み、道草や散歩が大好き。それが高じて大学で林学を専攻する。卒業後は東京・原宿の造園会社に就職後、2002年からやまぼうしで勤務開始。2008年代表理事に就任。森林環境教育、指導者養成に力を入れて活動を展開中。常に自然・森・樹との関わりを持って今に至る。
季節を先取り…秋の花が咲き誇る菅平高原より〜高原便り 四季折々Vol.6〜
季節の森 ~絶滅危惧種の咲く草原〜 7月の新聞紙面で国際自然保護連合(IUCN)がレッドリスト最新版に「マツタケ」を絶滅危惧種として記載した、と報じられました。お盆が過ぎ、秋風を感じる頃になるとソワソワとキノコのことが気になりだします。キノコ狩りの楽しみから王者「マツタケ」が消えてしまうのは悲しいです。「マツタケ」の乱獲が原因ではなく、健全な松林が減ってしまっているのが一番の要因のようです。「マツタケ」の産地でもある上田市の松林も松材線虫により、深刻な松枯れ状態です。 絶滅に瀕しているのは伝統的な食材ばかりではなく、高原に咲く花々も同様です。冒頭の秋の七草ですが「オスキナフクハ・・お好きな服は?」こんな語呂合わせで覚えられます。オミナエシ(女郎花)、ススキ(薄)、キキョウ(桔梗)、ナデシコ(撫子)、フジバカマ(藤袴)、クズ(葛)、ハギ(萩)。これらは全て草原性の植物たちです。言い換えれば森では生きていくことができない植物たちなのです。周辺の河原や草地にあたりまえに自生していたので、盆花としてもこれらの花は昔から使われていました。ちなみにナデシコの正式名は「カワラナデシコ」です。 絶滅危惧種に指定されているのはキキョウとフジバカマの2種。日本は温暖多雨なため、草原に人の手が入らなくなり年月を経ると森林化し、生息していた草花が減少したり、消滅したりするのです。草原から森林への変遷。植物から植物へ渡されるバトンについて、次のトピックでご紹介しましょう。 森がもっと面白くなる ~遷移(せんい)~ 前回までは森の足もと「土壌の機能」についてお伝えしてきました。今回から土壌の上で繰り広げられる物語についてお伝えしていきます。「高校生物」分野で扱うのですが、日常では「遷移」は耳慣れない言葉ではないでしょうか。大学で林学を専攻した私は森を観るにはとても重要な現象と捉えています。「遷移」を理解できると森の見方が大きく変わってきます。 「遷移」とはある場所の植生が時間とともに次第に変化していく様をいいます。 噴火のあとなど土壌のない土地から始まる遷移を「一次遷移」、山火事や森林伐採のあとのように土壌がある状態から始まる遷移は「二次遷移」と定義されます。 火山の噴火後、溶岩で覆われた場所は植物や土壌が失われ裸地になります。やがて裸地にも時間の経過とともに土壌がつくられ、森林に姿を変えます。 裸地には土壌がなく、植物の生育に必要な水分や窒素化合物が非常に少ないため、厳しい環境にも耐えられる先駆種(※1)が侵入して、徐々に裸地を覆っていきます。先駆種が成長し落ち葉が蓄積したのち、そこに後続の植物も徐々に生えて裸地を覆います。 さらにそれらに含まれる有機物を利用する菌類や昆虫などの他の生物も入り始め、土壌が形成されていきます。植生が発達してくると草が多かった場所もだんだんと樹木に覆われるようになるというわけです。 このように自然環境は「遷移」により常に動いていて、たとえば草地などは一定の形に留めておくために人為的な操作が必要となります。草原性の植物も人が「草原」を維持してきたことで生き残っていましたが、現代生活においてはその必要性が薄れつつあり、絶滅危惧種として守る存在となってしまっているのです。 ※1先駆種:一次遷移などで最初にそこに侵入してきた植物のこと。代表的な樹種はヤナギ類、カンバ類、アカマツなどの他、ハンノキ科 Vol.1気になる樹「ハンノキ」も参照下さい。 自然学校つれづれ ~やまぼうしの日常~ 長野県が推進している「長野県SDGs推進企業登録制度」。やまぼうし自然学校は2020年4月に第4期の登録申請をしました。当校のSDGs達成経営方針は、「森林が利活用され、安心安全な食に囲まれて人々が役割とやりがいを持って活躍できる地域社会の実現を目指す」「便利さを最優先せず、環境に配慮した行動の選択を優先する」の2点。その観点に沿うよう各種イベントや研修、講座を企画実施しています。 そのひとつ「のうぎょうクラブ 〜ルバーブ・ビーツを収穫、美味しく食べよう!~」というイベント企画。主役は安心安全食材、提携農家さんと職員で丹精こめて育てている自家栽培・無農薬の野菜たちです。今回の試作はライ麦パン。自然学校らしくダッチオーブンで焼き上げました。 生地をこねて発酵させている間、無駄なく畑の除草にいそしみます。一次発酵を見計らって火おこし。ダッチオーブンに仕込んだら火の中へ。そして待つこと15分、こんがり美味しいパンが焼けました。 今月の気になる樹:オニグルミ 菅平高原のある信州東信地域はクルミの産地として知られ、その生産量は全国の80%にも及びます。産地として有名な東御市(とうみし)では、江戸時代に中国から伝来したテウチクルミ(=カシグルミ)と明治以降にアメリカから輸入されたペルシャグルミとの間生種とされる「シナノクルミ」が主に栽培されています。シナノクルミは可食部が大きく殻が柔らかいのが特徴です。 野生種(=在来種)のオニグルミは沢沿いの湿った場所に自生するので、マイカー通勤路の沢筋に見られます。お盆頃から鮮やかな黄色に色づく葉が目立ち始め、早い秋の訪れをオニグルミから感じます。他の樹々はまだまだ緑鮮やかなのにオニグルミはなぜ早いのでしょうか。 黄葉は落葉準備のサインです。日差しが弱く、日照時間も短くなると葉で行われる光合成の働きが低下します。すると樹木は葉っぱを不要と判断し、離層を形成して葉への栄養供給をストップします。栄養や水分が行き届かなくなると緑色の色素(クロロフィル)が分解され、オニグルミの場合はクロロフィルに隠れていたカロチノイドが現れて黄色になる、というのが黄葉の仕組みなのです。 オニグルミを観察してみると既に冬芽が完成していました。しかも影になっている葉っぱから黄葉している様子。既に栄養を供給する葉っぱの役目を終えた、ということでしょうか。 オニグルミは樹高が高いのでなかなか花を観察する機会がありません。ある時、背の低いオニグルミが花をつけているのを見つけ、しばらく定点観測しました。南国を思わせる赤い鮮やかな花です。その様子をSNSで発信したところ、東御市長さんから「赤い花でびっくりしました。当方のクルミは黄色い花です。」とコメントが。市長さんはシナノクルミを栽培しています。早速調べてみると確かに黄色い花でした。 クルミは堅果(けんか、※2)に分類され、可食部分は固い殻の子葉部分です。実は緑色の果肉(外果皮)に包まれ9月〜10月に熟します。果肉は灰汁が強く真っ黒に変色することから一説には黒実(くろみ)が転じてクルミになったと言われています。草木染めの原料にもなり、脂肪に富み栄養価も高いため縄文時代から利用され、5500年前の遺跡からも出土しているそうです。 クルミは人間だけではなく、森の動物や昆虫にとってもご馳走で、ここにも種を運んでもらうためのしたたかな戦略がみられます。動物たちに大人気のクルミ。ニホンリスは冬に備えて大好きなオニグルミをせっせと貯食します。リスに忘れられた貯食が、動けないオニグルミにとって新たな生息地を広げる生存戦略となるのです。ここにも自然の素晴らしい仕組みを見ることができます。 [オニグルミ] クルミ科クルミ属/落葉高木 北海道、本州、四国、九州の山野の川沿いに自生する。 ※2堅果:果実の分類のひとつ。乾果で裂開しないもの。 乾果:熟したときに果皮が乾いているもののこと。
雨の季節の森を楽しむ〜高原便り 四季折々Vol.5〜
季節の森~雨の森~ 雨の森を訪れたことはありますか? レイチェル・カーソン(※1)の「センス・オブ・ワンダー」にはこんな一節があります。 「雨の日には外に出て雨に顔を打たせながら、海から空、そして地上へと姿をかえていくひとしずくの水の長い旅路に思いをめぐらせることもできるでしょう」 安全が確保できることを大前提に、雨の日にも森へ出かけてみませんか。 森へ入ると雨が余り当たらないことに気づくでしょう。森で雨宿りです。雨が少なく感じるのは「林内雨」「樹幹流(じゅかんりゅう)」「樹冠(じゅかん)遮断蒸発」のためです。森に降った雨水は樹冠(※2)を通過した後、地表に到達する「林内雨」と呼ばれるものと、樹冠に付着してそのまま蒸発する水分「樹冠遮断蒸発量」と樹幹(※3)を流れて地表に到達する「樹幹流」があります。そのため、林外に降った雨と比べると水量も水質も異なります。 樹種により流れる量や流れ方、質も異なりますが、特に「ブナ」にはかなりの量の雨水が樹幹から根元へと注がれます。「ブナ」の樹形は漏斗型をしています。雨水が葉から枝へ、そして幹へと伝うように出来ているのです。 葉も水をうまく受け止めるためなのか、葉脈が鋸歯(※4)の先端ではなく凹部につながることがブナの葉の最大の特徴といえます。確かに尖った葉先に葉脈がつながると水が葉先からこぼれてしまいそうですね。 梅雨時の雨水は冬芽の形成に欠かせないといわれています。どの樹木も8月のお盆頃までは水分を充分吸い上げ、光合成をしたり、活発に細胞分裂をしています。 以降は徐々に休眠の準備になるため、1年で日照時間も長く、十分な雨の恵みを受けられる6月〜7月が樹木にとって来年に向けた勝負の月のようです。 幹を流れ落ちる「樹幹流」は、樹皮から溶け出したさまざまな物質を含んでいおり、樹種によってph(水素イオン指数)はさまざまですが、酸性の雨水を緩和する中和機能を持っています。つまり、「樹幹流」は単に雨水が幹を流れ落ちるだけではなく、さまざまなミネラル分を土壌へ供給する役割を担い、森林生態系の自己施肥機能としてさまざまな物質が森林内で循環するのに役立っているのです。 また、都会においてコンクリートで固められた場所に育つ街路樹の場合、幹を伝わって根元周辺などの限られた場所に集中的に雨水が流れ込むために、より効率的に水分の補給がなされます。 ※1レイチェル・カーソン:アメリカの海洋生物学者で作家。著書に環境問題の古典「沈黙の春」 ※2樹冠(crown):樹木の枝が光を受けるために上部に集まり形成した、一定の厚さの葉層のこと ※3樹幹(stem):樹木の地上の部分のうち枝や葉を除いた部分のこと ※4鋸歯:葉のふちの形 自然学校つれづれ やまぼうしの日常 やまぼうし自然学校では、地場素材を積極的に活用し、その地域の伝統や文化を次世代に伝えられるようなプログラム開発に取り組んでいます。 数年前の「緑の少年団交流集会」の企画運営受託の際、シンボル的な存在感を放つ大きなホオノキ数本が目に留まりました。その素材を使って何か工夫したいと思いついた「朴葉だんご」は、郷土菓子「朴葉巻き」がヒントになりました。 長野県の木曽地方で古くから愛されている郷土菓子「朴葉巻き」。月遅れの端午の節句でも食べられてきました。餅が包めるしなやかな状態の朴の葉が採れるのは、5月下旬〜7月初旬で、この季節限定の和菓子です。 木曽地方では柏の葉が手に入りにくいため、殺菌力もある朴葉を使います。 今日のティータイム用に、当校のフィールド「自然体験の森」のホオノキの葉を使って「朴葉巻き」を作ってみました。味、香り、見た目ともに満足のいく出来! コンビニのお手頃なものから高級ブランドのお菓子まで世の中は美味しいもので溢れていますが、手間暇のかかる旬な味わいも大切にしていきたいものです。 森がもっと面白くなる~土壌 保持機能について~ 土壌の機能として大きく<生産機能><分解(浄化)機能><保持機能>の3つが挙げられるという話題。今回は「緑のダム」と呼ばれる森の<保持機能>についてお話します。 雨天時、生活道路やグラウンドなどでは、あちらこちらに水たまりができます。 一方、森の中はどうでしょう? 大雨の後、森へ入ると足元に水たまりが少ないことに気づきます。森林内はVol.2で触れているように、スポンジのような大小さまざまな孔(あな)や隙間がたくさんある土壌構造で構成されているためです。 土壌構造の中でも特に団粒構造が重要な役割を果たしています。森の土を少し採って軽く崩してみると大小さまざまな粒状になります。石を除きそれらの粒は簡単に指先でつぶすことができます。この粒ひとつひとつにも、孔や隙間が存在するのです。この構造のお陰で雨水や空気がよく通り、水分や養分を蓄えておくことが可能なのです。 その仕組みをもう少し詳しく解説していきましょう。万年筆にインクが吸い上げられるのを毛細管現象といいます。森の土のなかでもこの原理が働き、土壌中の細い管(毛根など根があった跡)に水分が吸い上げられます。細い管状の孔は水分保持に役立ちます。その水分は長い間保持されるため、雨がしばらく降っていない森でも土が完全に乾くことがないのです。 土壌は水や養分を蓄えると同時に、地下にもゆっくりと水を浸透させ、地下水を豊富にしています。これも団粒構造のお陰です。 足元の壮大な世界を意識しながら森を歩いてみませんか? 今月の気になる樹:ユクノキ ユクノキはいつも花のほうから存在を知らせてきます。忘れかけていたところでしたが、ふと山に目をやると今年も転々と白く花を咲かせていました。木の上に雪が積もったような様子なので「雪の木」から転じて「ユクノキ」となったとか。確かにそのような姿で咲いています。 存在を忘れてしまう理由として、自生地が少ないことと、毎年開花しないことが挙げられます。開花は4年周期と言われていますが、それもはっきりしないそうで、前回の、はっと目を引く開花は2015年だったように記憶しています。今回はそれにも勝る開花状況で、いろいろな場所に点在するユクノキを発見しました。 日本国内では自生地が少ないユクノキは、マメ科の樹木です。マメ科の植物は熱帯から寒帯まで地球上の多様な環境に良く適応して生育します。つる性や草本、木本、さらに落葉だったり常緑だったりと多種多様な姿をしています。 世界には15000種も存在しており、日本には52属約150種があります。長野県には32属77種が分布しているとのこと。ごく身近なところで目にすることのできるシロツメグサやフジ、この時期ピンクの花をつけているネムノキもマメ科です。 それほど多く存在するマメ科ですが、ユクノキのフジキ属はユクノキとフジキ2種のみです。どちらもよく似ていますが、ユクノキについては生育が稀で日本固有種です。私が長野県内で直接開花を確認して把握しているのは、松本市安曇沢渡地区、上田市真田横沢〜大日向地区、須坂市仁礼地区、上田市丸子三才山トンネル上田側のみです。 以前「菅平口の奥のほうにマメ科の白い花が咲いているのだけど何だか分かる?」と尋ねられたことがありました。その時は何なのか分からず、後でユクノキだと知りました。そんなことがあって毎年気にはしていたものの、その場所で長らくユクノキの花を見ることはありませんでした。 ところがこの7月。15年ぶりくらいになるでしょうか、菅平口のかつての場所に咲いているのです! あるとき降って湧いたように咲いてさっと散っていくユクノキ、その存在さえ気づかない密やかな樹木。自然界の生物は必ず意味があって存在する。存在が稀で、開花も数年に一度、どんな思いを秘めているのか次回の開花までに思いをめぐらせてみましょうか。 [ユクノキ] マメ科フジキ属/落葉高木/日本固有種 本州(群馬県以西および富山以西、ただし神奈川と伊豆半島を除く)・四国・九州の山地帯にまれにある。
「森と人をつなぐ」自然学校〜高原便り 四季折々Vol.4〜
季節の森~緑と白と~ 歌い継がれている唱歌「夏は来ぬ」の歌詞を思い浮かべてください。6月は、標高の高い菅平では卯の花の真っ盛り。諸説ありますが、新暦の4月下旬から6月上旬にあたる旧暦4月=卯月に花をつけることから「卯の花」、と私は素直に理解しています。「♪卯の花の匂う垣根に…」高原の花の盛りは、垣根のある下界より少し遅れて訪れます。卯の花のほかにも、森が緑になると次々に白い花々が咲き始めます。ミズキ、カンボク、トチノキの白い花が今、高原で咲き誇っています。 春先は黄色や赤系の花が目立っていましたが、なぜこの時期は白い花なのでしょうか? これは、受粉の仕組みの違いによるものです。 昆虫の少ない春先は、風の力を利用する<風媒花>(※1)が多く、葉っぱなどの邪魔者が少ないほうが受粉率も高くなることが想像できます。葉が茂るこの季節は<動物媒花>(※2)が増えてくるのです。受粉を取り持ってくれる虫たち、にここに咲いているよ! と目立たせるには「白色」が効果的なようです。色に加えて、さらに「香り」でも誘います。ウツギの花(卯の花)をはじめ白い花は、よい香りを放つものが多いです。 動くことのできない植物が子孫を残すためのさまざまな進化の結果として、受粉の仕組みには風媒、水媒(※3)、動物媒(昆虫や鳥など)や、自動同花受粉(※4)があります。送粉生態学なる専門的な学術分野もあり、花を眺めながら周りにやって来る昆虫や鳥などを一緒に観察すると、新しい発見があるかもしれません。生きものたちは蜜や花粉という「美味しい餌」に釣られ、知らず知らずのうちに受粉に一役かっているのですね。 ※1風媒花(ふうばいか)=風に花粉を運ばせて受粉する ※2動物媒花(どうぶつばいか)=動物や虫に花粉を運ばせて受粉する ※3水媒(すいばい)=花粉が水で流れて受粉する ※4自動同花受粉=葯(花粉をつくる器官)が柱頭(雌しべの先端部)にくっついて受粉する 自然学校つれづれ やまぼうしの日常 やまぼうし自然学校は、「食」と「自然体験活動」の提供が事業の中で多くを占めます。こと「食」に関しては、プログラムを提供するまでにスタッフ間であれやこれやと試行錯誤し、試食を繰り返すのが密かな楽しみ。そんな楽しみをお裾分けします。 季節の野の花を使った寒天デザート 散策をしながら、食べられる花々を籠に摘んでいきます。毒を持たない植物ならどんな花でも大丈夫。今回はアオナシ(白)、ハルザキヤマガラシ(黄)、ズミ(蕾)、タンポポ(黄)、タネツケバナ(白)、カキドオシ(紫)、オオヤマザクラ(桃)、オオタチツボスミレ(紫)を使いました。このラインナップ、高原でなくともお住まいの近くに生えているものもあるのでは? 摘んできた花は茎や葉を取り、やさしく水で洗って虫や汚れを取り除いておきます。市販のリンゴジュースなど色の薄い果汁に、お好みで砂糖を加えた寒天液を1cmほど流し込み、一度冷やし固めます。固まった寒天液に摘んできた花々を見栄えよく散らし、花が浮かないように注意しながら、静かに寒天液を流します。完全に固まったら完成です。ゼラチンと異なり、固まった寒天は常温で溶けることがないので、子どもたちと花を集めたら、そのまま屋外で作って楽しむことができますよ。季節の花やハーブで、ぜひお試しください。 森がもっと面白くなる~土壌 分解(浄化)機能について~ さて、土壌の機能として、大きく<生産機能><分解(浄化)機能><保持機能>の3つが挙げられるという前回からの続きです。毎年降り積もる落ち葉や、動物の死骸を無機物(養分)に変える、つまり分解処理しているのは誰でしょうか? という2つ目の<分解(浄化)機能>についてのお話です。 実は、多様な土壌微生物(菌類、細菌類、藻類)と土壌動物が、その分解処理の役割を担っているのです。つまり「森の掃除屋」というわけです。彼らの存在無くしては、森はゴミの山と化してしまいます。土壌に含まれる菌類のカビやキノコの仲間、そして細菌類(バクテリア)が、まずは落ち葉を分解します。樹皮や落枝、落ち葉には動物が消化・分解できないセルロースやリグニンが含まれていて、それらをもろく壊れやすくします。 次に、もろく柔らかくなったものを粉々にするのが、土壌にいる小さな虫たちです。中でも、みなさんにおなじみのミミズが大活躍します。さまざまな虫や細菌の関与があって初めて動植物の死骸は無機物へと変換され、森の中での養分循環が成り立つのです。 また、土壌粒子は他の物質を溶かしたり、吸着したりする性質を持っています。湧水や井戸水が飲めるのも土壌の浄化機能のおかげです。分解の過程で土壌の中には大小さまざまな孔ができ、それが「緑のダム」と呼ばれる森の<保持機能>に関与します。続きは、また次回に。 今月の気になる樹①:トチノキ 初夏の森は、緑が鮮やかです。白い花々が目立つ森で、ひときわ存在感があるトチノキ。森の中で樹の下から眺めても残念ながらよく見えませんが、運転中の窓から遠目に開花を知ることができます。天狗のうちわのような大きな葉っぱ(掌状複葉※5)と神楽鈴のような大ぶりな花が特徴的です。各地に巨木も多く存在し、林野庁「森の巨人たち百選」には7個体選出されています。うち1個体は長野県佐久穂町、茂来山のトチノキです。 トチノキの花は遠くから見ることはできても、大きな木の上部に花を咲かせるため、間近に観察する機会がなかなかありません。一見、クリーム色がかった白色の花なのですが、この花のつくりには面白い仕組みが隠されています。パーキングの満車表示のようなサインをトチノキの花も出すのです。どういうことかというと… 遠目に見るトチノキの大きな花の固まりは、実は100個近い小さな花の集合体となっています。さらに、その小さい花の一つひとつに寄ってみると、花序に両性花と雄花が混じって咲いていることが分かります。それら小花は、開花当初は黄色をしています。両性花は蜜を分泌し、雄花は花粉を生産するのですが、両性花のほうは受粉すると花色が黄色から赤色に変化します。赤色に変化した花は、もはや蜜も花粉も生産しません。この赤色は、受粉完了を、トチノキにとって大切な送粉者のマルハナバチ類に知らせるための、いわば「満車」サインです。マルハナバチはこの満車サインを識別し、黄色の花のほうだけにやってきます。こうしてトチノキは満車サインを示し、他の未受粉の花と区別させることでマルハナバチに確実な授粉を促します。蜜を求めてやってくるマルハナバチ類以外の昆虫には、このサイン(=蜜標※6)が識別できないと考えられています。 自然の生態系では、このトチノキのように「貴方だけ」という特別な利害関係で、確実に種を保存する仕組みがあるのです。みごと受粉に成功すると、秋には木目模様の素敵な「果実」を実らせます。 果実は栃餅や栃の実せんべいとしてお土産などで目にします。学生時代を過ごした山形県鶴岡市でも、栃餅が地域の名物として作られています。大学の演習林のあった朝日地域の行沢(なめりざわ)のトチノキの話が印象に残っています。 江戸時代から大切な食料とされたトチノキは、なった実がコロコロ転がって一カ所に集まるよう沢筋に植樹するのだそうです。昔の人の知恵ですね。それを年に数回、地域の方で集めて保存・活用するのですが、その人手が足りない。そこで助っ人を頼むけれど、場所が特定できないよう現地までは目隠しされて連れてこられたとか。今はどうでしょうか? 拾い集めた実で栃餅を作ったことがありますが、「ヒステリック栃餅」と呼ばれるほど、とにかく手間がかかって大変でした。丹精込めてでき上がった我が家のお餅は格別の味でした。 トチの実は、水溶性のタンニンとサポニンなどのいわゆる灰汁(あく)がかなり強く、この灰汁を取り除かないと食用には適さないのです。昔遊びの本に、サポニンをシャボン玉に使ったという記載があり、トチノキでも試してみましたがうまくいきませんでした。材も昔から活用されてきた樹木です。捏ね鉢や杓子などの日用品の材料として重宝されてきました。 [トチノキ] ムクロジ科トチノキ属/落葉高木 北海道・本州・四国・九州の山地帯で谷筋に多く分布。 ※5掌状複葉(しょうじょうふくよう)=複葉の一つ。葉柄の先端に数枚の小葉が放射状に付き、手のひら状になっているもの ※6蜜標(みつひょう)=ガイドマークともいい、昆虫に蜜の在処を知らせ、花の思惑どおりに花粉を運ぶようガイドする。 今月の気になる樹②:マタタビ 「猫にマタタビ」という言葉はよくご存じかと思いますが、マタタビの花は思い浮かびますか? ヤマボウシの花が山で白く目立ち始める頃、同じように、マタタビは蔓の先端部分の葉の色が白く変化します。その葉裏でひっそりと咲く小さな花は目立たないため、昆虫を誘うべく葉を白く変色させるのです。 蔓の先端部分の葉だけを白くするのですが、緑の成分である葉緑体を消失させるのではなく、細胞が変形し光の乱反射を起こすメカニズムで白く見えるのです。例えるなら、葉の表面がボコボコ泡立っていて白く見える…まるでビールの泡のように。消えた泡はビール色で、決して白くはありません。マタタビの変色した葉を手に取って引っ掻いてみると、空気がつぶれて緑の線が現れます。詳しくは、秋田県立秋田中央高校躍進探求部の研究結果を検索してみてください。非常に興味深いです。 漢方薬としても古くから活用されてきたマタタビ。我が家にも「マタタビ酒」が常備されています。通常の果実は、スリムで先端が尖った長い卵形をしています。漢方として重宝されるのは虫癭(ちゅうえい)※7のほうで、生薬「木天蓼(もくてんりょう)」といい、強壮や利尿などに利用されます。蕾にマタタビミタマバエが産卵したものは、丸形のボコボコした虫癭(マタタビミフクレフシ)を形成します。これも薬効があり、生薬として利用されます。 [マタタビ] マタタビ科マタタビ属/落葉蔓性木本 北海道・本州・四国・九州の丘陵帯上部から山地帯の谷筋に多く分布。 ※7虫癭(ちゅうえい):植物の葉や実、茎などに虫やダニ、菌類や細菌によって形成されるこぶ状突起物のこと。
「春の季語」にまつわるお話と“森林インストラクター”〜高原便り 四季折々Vol.3〜
季節の森~山笑う~ 次から次へと新たな色が加わる季節となりました。上田の住まいから事務所のある菅平高原まで、移動は車で30分ですが、その標高差は500m以上あり、同日にして異なる時間(季節)を体感できます。芽吹きの時期が終わる頃には、みなほぼ同じ緑一色になりますが、今は樹種ごとに異なる色合いを見せてくれます。産毛をまとって白っぽく見えたり、芽鱗(※1)で赤っぽく見えたり、花が先に咲いて黄色かったり。まさに「山笑う」です。 「山笑う」の季語は「春山は淡冶(たんや)にして笑うがごとく」という郭熙(※2)の『臥遊録』(※3)の中の一節に由来するそうです。淡冶とは「うっすらと艶めくさま」を意味するとか。郭熙の言葉は観念的な例えですが、正岡子規の「故郷(ふるさと)やどちらを見ても山笑う」は、ちょうど今の真田の里の様子にぴったりきます。こことは植生の異なる子規のふるさと松山市の「山笑う」は、どのような景色が広がっていたのでしょうか? 真田の里が「山笑う」ころ、菅平高原は芽吹き始めたばかりの森の明るい林床でスプリング・エフェメラル=春の妖精といわれる植物たちが、まず花をつけます。一帯に広がる森では、春の目覚めは下から上へと徐々に移動していくというわけです。 その理由が分かりますか? 植物や樹木にとって、光は無くてはならない存在だからです。私たちがフィールドとして活用している大明神ネイチャートレイルコースは、四阿山(あずまやさん)の裾野に広がる夏緑広葉樹林(※4)に分類される森です。ただし過去に人が利用した箇所もあるので、完全な自然の林ではありません。そこに生育する樹木を例にして考えてみましょう。 森林の大きな特徴として階層構造が挙げられます。 ・一番高い位置を占める高木層(ミズナラやシラカバ、シナノキ、ヤハズハンノキ、ヤマナラシ) ・続いて亜高木層(ナナカマド、アズキナシ、ミヤマザクラ、ハウチワカエデ、ウリハダカエデ、イタヤカエデ) ・低木層(オオカメノキ、ヤマウルシ、ツノハシバミ、レンゲツツジ、ノリウツギ) ・そして最下層に草本類などが存在します。 春早い時期に、いきなり上層階の樹々が一斉に葉を広げてしまったらどうなるでしょうか? 森の中はあっという間に暗くなり、花を咲かせる準備をしていた春の妖精たち(ヒメイチゲ、アズマイチゲ、ヤマエンゴサク、ヒトリシズカ、ヒゲネワチガイソウなど草本類)は開花できなくなってしまいます。どの階層にもうまく光が当たるように、最下層から順番に葉っぱを広げていくのです。自ら移動することができない環境の中で、植物には共生するためのこうした仕組みが作用しています。 ちなみにスプリング・エフェメラルとは、直訳すると「春のはかないもの」という意味です。林床で春を待ち、樹々が芽生える直前に開花し、春の訪れをまるで妖精のように伝えてくれます。葉っぱをつけると夏までに光合成で栄養を蓄え、その後は存在さえ忘れ去られてしまいます。 そんな森林内をじっくり観察する手がかりとして、森での「◯◯探し」をご提案。今回はハートという共通項を探しながらの自然散策です。 ハート探し ※1芽鱗:冬芽の外側を覆っている鱗状の小片 ※2郭熙(かくき):中国北宋の画家 ※3臥遊録(がゆうろく):郭熙の画論 ※4夏緑広葉樹林:主に降水量と気温によって区分した植物群系のひとつ 森がもっと面白くなる~土壌 生産機能について~ 土壌の機能として、大きく<生産機能><分解(浄化)機能><保持機能>の3つが挙げられるという前回からの続きです。今回は生産機能についてお話ししましょう。 中学校の理科の授業を思い起こしてみてください。植物が育つために必要なものは何でしょう? 光合成に必要な二酸化炭素、光、養分や水ですね。二酸化炭素や光以外は主に土壌から供給されます。土壌が植物を育てる働きを持っている、すなわち<生産機能>があるといえるのです。土壌は生産者として陸上植物の生育を支え、それを起点とする食物連鎖によってすべての陸生生物を養っています。ただし<生産機能>だけではうまく循環せず、<分解機能>とセットになって生物の遺体や廃棄物など有機物を処理し、元素の化学的循環サイクルが成立するのです。 畑を思い浮かべてみてください。あるいは花を育てるプランターでもいいでしょう。作物や花を育てるのに肥料や栄養を与えます。一方、木を育てるのに森に肥料を施している場面に遭遇したことはありますか? 毎年降り積もる落ち葉を、人が掃除して取り除いているでしょうか? 光合成によってできた有機物を主に葉に蓄え、秋に落葉し、時間をかけてそれが分解され、無機物(養分)に変わり、それを吸収してまた木が育つ。森にはそんな「自己施肥能力」が備わっているのです。自分で養分を作って自分に与える。なんて素晴らしい自己完結システムでしょう! その大きな役割を担っているのが、足元に広がる「土壌」なのです。 分解処理にはこれまた多くが関わっているので、そのお話は次回にしましょう。 森林についての専門資格「森林インストラクター」 この度の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で「おうちで過ごす」時間が多くなりましたね。こんな時だからこそ、大手を振って山や森に出かけられるようなった際に、もっと自然を楽しめるような学びの講座をご紹介します。 「森林インストラクター」とは、一般社団法人全国森林レクリエーション協会が実施する試験に合格し、任意登録すると付与される資格です。 「森林を利用する一般の人に対して、森林や林業に関する知識や技術を伝えるとともに、森の案内や森林内での野外活動を行うもの」として「環境の保全のための意欲の増進及び環境教育の推進に関する法律」(=環境教育推進法)の第11条に基づき、「森林インストラクター認定事業」として環境大臣並びに農林水産大臣の登録を受けて平成3年度からスタートしました。平成17年度からは前述の「環境教育等による環境保全の取組の促進に関する法律」に基づき、「人材認定事業」としても実施されています。 筆記試験は「森林」「林業」「森林内の野外活動」「安全及び教育」の4科目で、合格率は15〜20%です。自然が好き、自然について体系的に学びを深めたい方にぴったりの資格です。若い頃はピークハント登山をしていたけれど、歳を重ねてもっとのんびり登山を楽しみたいとチャレンジされる方もいます。 やまぼうし自然学校では「森を楽しむ講座」のひとつに「森林インストラクター資格試験向けコース」を開設しています。知ることで世界が広がります。未知なる森の世界の扉を開いてみませんか? 今月の気になる樹:オオカメノキ 芽吹き始めたばかりの明るい森林内で、可憐な白い花が目を引く「オオカメノキ」をご紹介します。 5つに深裂した装飾花(※5)と両性花(※6)を多数つけた散房花序(※7)という造りをしています。虫に食べられ穴だらけになることから「虫食われ」、転じて「ムシカリ」という別名があり、地域によっては「ムシカリ」が通称となっているところもあります。檜原都民の森には「ムシカリ峠」が存在します。 特徴的な花の印象もさることながら、オオカメノキは、その生きざまが興味を引きます。冬芽の可愛らしさはダントツかもしれません。まるで「万歳!」をしているような姿を森で見つけると、思わずこちらも「万歳!」をしてしまいます。 そしてシェルマカロニのような芽吹きの可愛らしさ。その頃、花も姿を現し始めます。芽吹き始めた森では目立つ存在です。 オオカメノキの葉は名前の由来の通り、大きな亀の甲羅ような形をしています。樹高に対して随分と大きな葉を付けます。少しでも多くの光を受けるための生存戦略です。高くなることよりも、低いながらも大きな葉を広げるためにエネルギーを使うことを選択した進化の結果なのでしょう。 そんな風に森の樹々たちを眺めると、いろいろな事情が垣間見えるような気がします。スラッと伸びた樹、ずっしりと構えた樹、それぞれに思惑がありそうです。 [オオカメノキ] レンプクソウ科ガマズミ属/落葉低木 北海道・本州・四国・九州の山地帯上部から亜高山帯下部に分布。 ※5装飾花:通常花の周りを囲み、繁殖に関わらない、萼片が巨大化して花のように見える部分 ※6両性花:ひとつの花に雄しべと雌しべの両方が備わっている花 ※7散房花序:総穂花序(※8)のひとつ。花軸に少しずつ間をあけて花柄がつき、下部の花柄ほど長く、全ての花が①平面上、または半球面上に並ぶ ※8総穂花序(そうすいかじょ):花軸の先端(ほぼ同じ位置)から、ほぼ同長の花柄が放射状に伸びたもの
ゆっくり訪れる春の楽しみ方〜高原便り 四季折々Vol.2〜
季節の森~春の目覚め~ 冬から春にかけては、森がいちばん動く季節です。冬芽が開いて次々と葉を出し、まずは見た目に大きく変容します。樹木には冬の低温に耐えて越冬するための機能が備わっていて、落葉~冬芽の形成~休眠~耐凍性増加~休眠打破~耐凍性低下という一連の生理現象をコントロールしています。 休眠は日長と温度変化によりスイッチが入る仕組みになっていて、日照時間の伸びと気温の上昇により打破されます。休眠が打破されたかどうかは、冬芽の色の変化でも感じ取ることができます。葉を展開する前に、樹々は休眠から目覚めるための準備を着々としているというわけです。 この<目覚めの準備>を、ここ数年ウリハダカエデの樹液(メープルサップ)を採取する過程で実感しています。 まずは、カエデ類の冬芽の色が日々刻々と変化します。次に、冬芽が膨らんできます。同時にその頃、地下では葉を展開するために根から水を吸い上げ始めます。ウリハダカエデの場合は、おそらく2月下旬から3月上旬。そして水の吸い上げは、3月下旬から4月上旬頃まで続きます。樹幹に直径6mmほどの孔をあけ、20ℓのタンクをセットすると、1日でいっぱいなるほど! 溢れるほどの日もあります。目覚めのために、たっぷりと水を吸い上げる時期だからなのでしょう。 この時期にしかウリハダカエデの樹液を採取することはできません。カナダのサトウカエデの樹液も同様で、一年のうち2カ月程しか採取できないため、メイプルシロップが稀少で高価な理由が理解できます。 味をしめ、この時期にシラカバからも樹液を採取しようとしましたが、うまくいきませんでした。面白いことに、ウリハダカエデの樹液が滲出しなくなる頃から、シラカバの樹液が採取できるようになるのです。一年でいちばん水分を必要とする時期、奪い合うことで共倒れにならないように工夫しているのでしょうか。樹々が大量に水を吸い上げる仕組みは、詳しくは分かっていないようです。 森がもっと面白くなる~土壌 森はその一部だけを凝視するよりも、全体像をつかんでから細部に分け入るようにすると不思議さが増します。逆もまた然りで、細部を知ることで全体的な事象がよりくっきりと見えてくることもあります。 ということで、今回からは森の<構成要素>にも少しずつ触れていくことにします。 人によって「森」への足の踏み入れ方は、たぶん、いろいろ。佇んだり、見上げたり、触れてみたり、あるいは目を近づけてみたり…どの部分を切り取るかによって見え方は異なります。 まずは目につきにくく、しかし森の形成には重要な要素である、足元の「土壌」についてお伝えしましょう。「土壌」により生息する樹種が特定されたり、生息している樹木から「土壌」の土質が推測できたりします。一般には「土」と呼ばれているかもしれませんが、ここではこだわって「土壌」とします。 日本土壌肥料学会の見解では、「土」も「土壌」もほぼ同義としていますが、筑波大学土壌環境化学研究室では「土」は、岩石が風化作用によって細かくなったものだけからなるものも含みます。しかし「土壌」は、岩石の風化物に、生物由来の落葉・枯れ枝・動物の死がいなどの有機物が加わり、これらに働きかける生物的作用や、さらに空気や水などの関与も必要です。つまり、定義は「土は土壌を含む広い意味として使われ、土壌は生物が生息する豊かな土」となるのです。 「土壌」は母材(構成する物質のもととなるもの)、気候、生物、地形、時間の5つの因子でできています。諸条件で異なりますが、母材の岩石から表層土壌が1㎝ほど形成されるのに、百年から数百年という時間を要します。森に足を踏み入れたときのふんわりとした感触。これは土壌が層状になっているからです。ふわふわの状態になるにはなんと、数千年から数万年という気の遠くなるような年月が必要なのです。 土壌の機能としては、大きく<生産機能><分解(浄化)機能><保持機能>の3つが挙げられます。 森林内の植物が成長するために、必要な養分や水を与え育てるのが<生産機能>。 倒木や落葉が嵩高く堆積しないように、また動物が摂取し排泄したものをキノコやカビなどの菌類、細菌類が分解するのが<分解(浄化)機能>。土壌粒子は物質を吸い付けたり、溶かし出したりする性質もあるため、森林から滲み出した水が飲めるのも土壌の浄化機能のなせる業です。 スポンジのように大小様々な孔隙(こうげき)がたくさんあり、水や空気の通りを良くするのと同時に、養分や水を蓄えておくことができるのが<保持機能>。大雨の後でも森を流れる沢の水がきれいなこと、真夏に日照りが続いても、森林内の土を掘ると湿っていることなどからも、その機能が確認できます。森林が緑のダムといわれる所以です。 これに植物=生産者、動物=消費者を加えたものが、エコシステム=生態系です。土壌は生態系を根底から支える重要な基盤となるのです。 今月の気になる樹1:カラマツ 今回は「カラマツ」をご紹介します。一本で季節をまたいで3回楽しめる樹木だと思います。日本の国土は南北に長く複雑な地形で、水平方向、垂直方向にも多様な気候帯をもつため、国内の森林は多様です。信州は「カラマツ」の天然林と人工林が多く、菅平高原が位置する東信地域は、その顕著な例となっています。 「からまつの林を出でて からまつの林に入りぬ からまつの林に入りて また細く道はつづけり」…北原白秋が浅間山麓を訪れて綴った詩からもうかがい知れますね。私も通勤時のドライブでは「カラマツ」の変化を楽しんでいます。新緑で1回、開花で2回、黄葉で3回。四季を通じ、日々の楽しみはそれ以上かもしれません。 針葉樹は一般的には葉を落としませんが、「カラマツ」は針葉樹にもかかわらず葉を落とす落葉針葉樹です。日本国内に自生する針葉樹で唯一、落葉します。冬の間は葉を落とし、森全体は茶色く、春の訪れを静かに待っています。雪解けが始まり、ひと雨ごとに森の色が刻々と変化するのですが、この色の表現が難しい。 焦茶から茶色、土色から赤朽葉色になり、先端が徐々に刈安(かりやす)色、鶸(ひわ)色、白緑、薄緑、若緑、浅緑に変化していきます。和色=伝統色ならイメージしやすいでしょうか。自然の中から生まれたであろうこれらの色名がしっくりきます。2月から始まり、緑色に落ち着くのは6月頃です。 その頃になると、可愛らしい花が姿を現します。花期は標高により異なりますが、最初に雄花が葉を付けない短枝(※1)で咲きます。「カラマツ」には長枝(※2)と短枝があり、短枝には葉が20〜40本束生(※3)します。長枝では葉はらせん状に互生(※4)し、短枝の葉は短く長枝の葉は長いです。開葉の時期も異なり、短枝の葉は春に、長枝の葉は初夏に出てきます。初夏、「カラマツ」の先端に霜でも降りているのかと思う時がありますが、それが長枝の新芽が出たサインです。 「カラマツ」の雄花は、黄色くて丸いパフのような形状です。一方、雌花は、まるで苺のようです。個体差により色が微妙に異なりますが、これらが秋になると熟してタネを飛ばします。一般に雌雄同株の樹木は、自家受粉を避けるために雄花が先に開花、成熟し、その後雌花が咲きます。これも動くことのできない樹木の生存戦略でしょうか。 [カラマツ] マツ科カラマツ属/落葉高木 日本固有種、自生針葉樹の中で唯一落葉 本州の宮城県から静岡県北部の亜高山帯に分布。天然分布は中部地方の標高が高い地帯が中心。 ※1短枝:節と節が極端に短い枝のこと ※2長枝:節と節が長い枝のこと ※3束生:葉の付き方で、束状に葉をつけること ※4互生:葉の付き方で、互い違いに葉をつけること 今月の気になる樹2:ハルニレ 北海道大学のクラーク博士と植物園の『エルムの森』で知られる「ハルニレ」。 ♪赤い夕陽が 校舎をそめて ニレの木陰に はずむ声・・・ 懐かしの歌にも登場します。上高地でもしばしば見られる樹木で、比較的湿った肥えた土地を好むようです。上高地ガイドの際、この歌の話をすると喜ぶ世代の方が大勢いらっしゃいます。 「ハルニレ」が生育するのは湿地や渓流、川の堆積跡地など肥沃な場所が多く、地名に「楡」とある場合、そこがかつては湿地や川の氾濫原だったことを意味します。 「ハルニレ」の花は春早い時期にひっそりと咲きます。タネになる頃は葉が出る前の樹に彩りを添えて目立ちますが、花期は気がつかない方が多いようです。花は両性花(※5)で4本の雄しべと1本の雌しべとがワンセットでまとまって咲きます。とても地味で小さいため、気づいた時にはタネになっていることが多いです。 初夏には黄緑色の果実となり、目を引きます。果実は翼(よく)がある扁平な実で翼果(よくか ※6)といいます。アカマツやカエデ、ヤチダモのタネも翼果の仲間です。風にのって遠くまでタネを飛ばし、その頃には目立たない茶色に変わります。 葉も個性的です。試しに「ハルニレ・葉」で検索してみてください。葉っぱのイラストを描くときのような一般的な形なのですが、葉脚(※7)部分に注目してみると<倒卵形で葉脚は左右不対称>となっています。どうしてそんな形なのか? 夏に楡の木陰でゆっくりと思いを巡らせてみたいと思います。 [ハルニレ] ニレ科ニレ属/落葉高木 北海道、本州、四国、九州に分布 肥沃で湿潤な場所を好む ※5両性花:ひとつの花に雄しべ、雌しべがある花 ※6翼果:果実の形で、閉果(成熟しても割れないで、果皮が種子を包んだまま落ちるもの)の一つ ※7葉脚:葉を見分ける際のポイントとなる場所。いわゆる「葉っぱ」全体を「葉」とすると「葉身」と「葉柄」に分けられる。「葉身」と「葉柄」の連結部分を「葉脚」という。
「森と人をつなぐ」自然学校〜高原便り 四季折々Vol.1〜
人と森をつなげる「やまぼうし自然学校」 ガーデンストーリー読者のみなさん、はじめまして。私たち「やまぼうし自然学校」は、長野県の菅平高原に本部をおき、人と森とをつなげる活動をしています。 かつて、森(里山)と人の暮らしはすぐそばにありました。森の枝葉は薪として燃料になり、山菜やきのこなどの恵みをもたらし、森は人の声も溢れるにぎやかな場所でした。そもそも私たち人間の生命をつなぐ空気や水は、森から生まれるのです。 森も人が手入れをすることで光が入り、多様な植物、生物の命を育み、豊かで健全な環境が保たれてきました。 けれども、世の中が便利になるにつれ、森は人の暮らしから遠い存在となりつつあります。それは森の危機であり、豊かさを失った森は、人の暮らしに少なからぬ影響を及ぼし、命をおびやかすことさえあります。 森が遠い存在となりつつある今、森の仕組みや魅力、自然との正しい関わり方を伝えるのが、私たち「やまぼうし自然学校」の活動です。 自然学校とは? 「自然学校」とは一体どのようなものなのか、まずはその歴史的な背景を少し紐解いてみましょう。 日本では青少年教育の一環として「野外=自然界」を活動のベースに、遡れば明治期からさまざまな組織的取り組みがされてきました。それらの活動は、高度経済成長期の公害教育に端を発し、環境を意識した野外活動教育は、自然保護運動につながっていきます。 その流れを汲んで、1980年代には「自然学校」という新しいコンセプトが誕生しました。2000年以降は、自然観察会や保護運動のみにとどまらず、古民家修復、里山や農地回復など地域活動としても拡がりを見せます。さらにCSR(企業の社会的責任)支援や国際協力、災害救援など多角的に発展し、社会的な課題解決への取り組みでも成果を上げるようになりました。 日本型自然学校は「環境教育」「自然保護・保全」「青少年教育」が大きな3つのテーマですが、近年は「地域振興」が、特に人口規模の小さい地域で主要なテーマとなっています。青年団や商工会といった既存の機能に代わり、新しい地域の担い手となっている自然学校が各地で存在感を増しています。 「やまぼうし自然学校」の軌跡 やまぼうし自然学校は、森林インストラクターという資格を持つ有志が、1996年に長野県須坂市の峰の原高原で活動を開始。コアメンバーが、里山再生と生活文化の継承を目指して2000年にNPO法人認証を取得し、長野県上田市の菅平高原で本格的な事業展開に着手しました。 キャッチフレーズは「子どもたちを自然の中へ」。首都圏の小学校・中学校をターゲットに学習旅行のプログラム提供を開始しました。命を育む森のしくみや、自然とともに生きるための知恵や工夫を伝え、森林というフィールドで体験して得られる感動を、子どもたちと共有したいと考えました。 同時期に、大人のための「森の講座」も開催。戦後の拡大造林が手入れの時期を迎えたまま、放置されているのが散見されたのもこの頃です。森林インストラクターを養成しながら、荒れた森林の整備活動も始めました。「森の講座」は、現在も私たちの活動に関心をもってもらうきっかけとなる大切な事業です。 里山は私たち日本人が自然の中でたくましく生きる知恵を駆使しながら育んできた、生態系豊かな自然です。その素晴らしさを後世に伝えるため、私たちは「森林」に特化した活動に軸足を定め、現在に至ります。 菅平高原はどんなところ? 標高1,400mの菅平高原は長野県の東部に位置し、夏場も冷涼な気候であるため、ラグビーやサッカーの合宿地としても知られています。本州の最低気温記録を更新するほど寒冷で、冬場はパウダースノーでも有名なスノーリゾート地です。 花の百名山「根子岳(ねこだけ)」、日本百名山「四阿山(あずまやさん)」のふもとには、菅平牧場、大明神沢ネイチャートレイルコース、森遊びが堪能できる豊富な自然資源があり、野外活動に適した「自然体験の森」や「野外炊飯場」など、ホテル所有の敷地や施設も活用できる恵まれた環境です。 グリーンシーズンは、サッカーやラグビー以外にも、小・中・高校の林間学校、首都圏在住の小学生を対象にしたキャンプの受け入れも盛んです。首都圏からのアクセスの良さが菅平の強みとなっています。 筆者と自然学校 私は大学の農学部で林学を専攻しました。一般的には馴染みが薄いかもしれません。学科改正等で、現在ではほとんどの大学から姿を消しました。林学は耳慣れないためか、何を学ぶのかとよく質問されます。そんなときは、山全体のことを広く、浅く学ぶと答えています。 山並みを想像してみてください。そこに含まれる要素の<全て>を学びます。学んだことが全て頭の中に残っているかと言われると、勿論、NOです。全部で24もの項目があります。土(森林土壌)や、水(水門)、道(森林土木)、空(森林内微気候)のこと。ここに挙げた項目はごく一部です。だから広く、浅くなのです。 必修の実習も多数ありました。炭焼きをしたり、缶詰を作ったり、測量をして林道を設計したり、ダムの貯水量を計算したり。私はその中でも森林経理学研究室で、ブナの世代交代=更新の研究をしました。理由はフィールドワークが一番多いと聞いたからです。巡り巡って、それらが今の仕事に大いに生かされているのです。森林については、次号から少しずつご紹介していきます。 今月の気になる樹:ハンノキ 冬から春は、森が劇的な変化を遂げる季節です。菅平高原は、落葉広葉樹と亜高山の針葉樹、植林されたカラマツやドイツトウヒの森で構成されています。この時期に目立つのは、湿原に多い「ハンノキ」です。 落葉した木の枝先に、濃紫色の雄花を咲かせています。遠くからも、その特徴的な色で開花を確認することができます。上高地のガイドで、ハンノキの紹介をしたところ、参加されていた耳鼻科のお医者様が「花粉症シーズンの最初に来院されるのがハンノキ花粉の患者さんです。実物を見たのは初めてです」と、しげしげと観察されていたことを思い出します。 ハンノキは、春先に極めて早く花を咲かせ、花粉を飛ばしています。また、湿地など水分が多く、栄養が乏しいところでも生育できるという、優れた環境適応力を備えています。空気中の窒素を固定する放線菌(※1)が寄生し、根粒(※2)を作って養分として蓄えたり、水分過多でも根腐れしないように不定根(※3)や萌芽(ひこばえ)で酸素の吸収を補っています。 動物と異なり、芽生えてしまったら、その場で一生を過ごすのが樹木の運命。植物の生存戦略は限りなく奥深く、解明されていない現象も数多いので、想像力がかき立てられます。それが私が樹木に惹かれる大きな理由のひとつかもしれません。 [ハンノキ] カバノキ科ハンノキ属/落葉高木 北海道・本州・四国・九州の丘陵帯から山地帯の水湿地・湿原に見られる ※1放線菌:木本植物の根に感染して根粒を形成し、そこで大気中の窒素を固定する ※2 根粒:細菌との共生により根に生じる瘤状組織 ※3 不定根:根以外(茎や芽の基部など)から出て来る根