「目に青葉 山ホトトギス 初鰹」は江戸中期、俳人山口素堂の句。
菅平高原にも生命感溢れる緑鮮やかな季節が到来しました。
♪トッキョキョカキョク(特許許可局)♪テッペンカケタカ・・・
野鳥の啼き声を人間の言葉にあてはめて覚えやすくすることを「聞きなし」といいますが、ホトトギスの愉快なさえずりも森の中に響いています。
目次
季節の森~緑と白と~
歌い継がれている唱歌「夏は来ぬ」の歌詞を思い浮かべてください。6月は、標高の高い菅平では卯の花の真っ盛り。諸説ありますが、新暦の4月下旬から6月上旬にあたる旧暦4月=卯月に花をつけることから「卯の花」、と私は素直に理解しています。「♪卯の花の匂う垣根に…」高原の花の盛りは、垣根のある下界より少し遅れて訪れます。卯の花のほかにも、森が緑になると次々に白い花々が咲き始めます。ミズキ、カンボク、トチノキの白い花が今、高原で咲き誇っています。
春先は黄色や赤系の花が目立っていましたが、なぜこの時期は白い花なのでしょうか? これは、受粉の仕組みの違いによるものです。
昆虫の少ない春先は、風の力を利用する<風媒花>(※1)が多く、葉っぱなどの邪魔者が少ないほうが受粉率も高くなることが想像できます。葉が茂るこの季節は<動物媒花>(※2)が増えてくるのです。受粉を取り持ってくれる虫たち、にここに咲いているよ! と目立たせるには「白色」が効果的なようです。色に加えて、さらに「香り」でも誘います。ウツギの花(卯の花)をはじめ白い花は、よい香りを放つものが多いです。
動くことのできない植物が子孫を残すためのさまざまな進化の結果として、受粉の仕組みには風媒、水媒(※3)、動物媒(昆虫や鳥など)や、自動同花受粉(※4)があります。送粉生態学なる専門的な学術分野もあり、花を眺めながら周りにやって来る昆虫や鳥などを一緒に観察すると、新しい発見があるかもしれません。生きものたちは蜜や花粉という「美味しい餌」に釣られ、知らず知らずのうちに受粉に一役かっているのですね。
※1風媒花(ふうばいか)=風に花粉を運ばせて受粉する
※2動物媒花(どうぶつばいか)=動物や虫に花粉を運ばせて受粉する
※3水媒(すいばい)=花粉が水で流れて受粉する
※4自動同花受粉=葯(花粉をつくる器官)が柱頭(雌しべの先端部)にくっついて受粉する
自然学校つれづれ やまぼうしの日常
やまぼうし自然学校は、「食」と「自然体験活動」の提供が事業の中で多くを占めます。こと「食」に関しては、プログラムを提供するまでにスタッフ間であれやこれやと試行錯誤し、試食を繰り返すのが密かな楽しみ。そんな楽しみをお裾分けします。
季節の野の花を使った寒天デザート
散策をしながら、食べられる花々を籠に摘んでいきます。毒を持たない植物ならどんな花でも大丈夫。今回はアオナシ(白)、ハルザキヤマガラシ(黄)、ズミ(蕾)、タンポポ(黄)、タネツケバナ(白)、カキドオシ(紫)、オオヤマザクラ(桃)、オオタチツボスミレ(紫)を使いました。このラインナップ、高原でなくともお住まいの近くに生えているものもあるのでは?
摘んできた花は茎や葉を取り、やさしく水で洗って虫や汚れを取り除いておきます。市販のリンゴジュースなど色の薄い果汁に、お好みで砂糖を加えた寒天液を1cmほど流し込み、一度冷やし固めます。固まった寒天液に摘んできた花々を見栄えよく散らし、花が浮かないように注意しながら、静かに寒天液を流します。完全に固まったら完成です。ゼラチンと異なり、固まった寒天は常温で溶けることがないので、子どもたちと花を集めたら、そのまま屋外で作って楽しむことができますよ。季節の花やハーブで、ぜひお試しください。
森がもっと面白くなる~土壌 分解(浄化)機能について~
さて、土壌の機能として、大きく<生産機能><分解(浄化)機能><保持機能>の3つが挙げられるという前回からの続きです。毎年降り積もる落ち葉や、動物の死骸を無機物(養分)に変える、つまり分解処理しているのは誰でしょうか? という2つ目の<分解(浄化)機能>についてのお話です。
実は、多様な土壌微生物(菌類、細菌類、藻類)と土壌動物が、その分解処理の役割を担っているのです。つまり「森の掃除屋」というわけです。彼らの存在無くしては、森はゴミの山と化してしまいます。土壌に含まれる菌類のカビやキノコの仲間、そして細菌類(バクテリア)が、まずは落ち葉を分解します。樹皮や落枝、落ち葉には動物が消化・分解できないセルロースやリグニンが含まれていて、それらをもろく壊れやすくします。
次に、もろく柔らかくなったものを粉々にするのが、土壌にいる小さな虫たちです。中でも、みなさんにおなじみのミミズが大活躍します。さまざまな虫や細菌の関与があって初めて動植物の死骸は無機物へと変換され、森の中での養分循環が成り立つのです。
また、土壌粒子は他の物質を溶かしたり、吸着したりする性質を持っています。湧水や井戸水が飲めるのも土壌の浄化機能のおかげです。分解の過程で土壌の中には大小さまざまな孔ができ、それが「緑のダム」と呼ばれる森の<保持機能>に関与します。続きは、また次回に。
今月の気になる樹①:トチノキ
初夏の森は、緑が鮮やかです。白い花々が目立つ森で、ひときわ存在感があるトチノキ。森の中で樹の下から眺めても残念ながらよく見えませんが、運転中の窓から遠目に開花を知ることができます。天狗のうちわのような大きな葉っぱ(掌状複葉※5)と神楽鈴のような大ぶりな花が特徴的です。各地に巨木も多く存在し、林野庁「森の巨人たち百選」には7個体選出されています。うち1個体は長野県佐久穂町、茂来山のトチノキです。
トチノキの花は遠くから見ることはできても、大きな木の上部に花を咲かせるため、間近に観察する機会がなかなかありません。一見、クリーム色がかった白色の花なのですが、この花のつくりには面白い仕組みが隠されています。パーキングの満車表示のようなサインをトチノキの花も出すのです。どういうことかというと…
遠目に見るトチノキの大きな花の固まりは、実は100個近い小さな花の集合体となっています。さらに、その小さい花の一つひとつに寄ってみると、花序に両性花と雄花が混じって咲いていることが分かります。それら小花は、開花当初は黄色をしています。両性花は蜜を分泌し、雄花は花粉を生産するのですが、両性花のほうは受粉すると花色が黄色から赤色に変化します。赤色に変化した花は、もはや蜜も花粉も生産しません。この赤色は、受粉完了を、トチノキにとって大切な送粉者のマルハナバチ類に知らせるための、いわば「満車」サインです。マルハナバチはこの満車サインを識別し、黄色の花のほうだけにやってきます。こうしてトチノキは満車サインを示し、他の未受粉の花と区別させることでマルハナバチに確実な授粉を促します。蜜を求めてやってくるマルハナバチ類以外の昆虫には、このサイン(=蜜標※6)が識別できないと考えられています。
自然の生態系では、このトチノキのように「貴方だけ」という特別な利害関係で、確実に種を保存する仕組みがあるのです。みごと受粉に成功すると、秋には木目模様の素敵な「果実」を実らせます。
果実は栃餅や栃の実せんべいとしてお土産などで目にします。学生時代を過ごした山形県鶴岡市でも、栃餅が地域の名物として作られています。大学の演習林のあった朝日地域の行沢(なめりざわ)のトチノキの話が印象に残っています。
江戸時代から大切な食料とされたトチノキは、なった実がコロコロ転がって一カ所に集まるよう沢筋に植樹するのだそうです。昔の人の知恵ですね。それを年に数回、地域の方で集めて保存・活用するのですが、その人手が足りない。そこで助っ人を頼むけれど、場所が特定できないよう現地までは目隠しされて連れてこられたとか。今はどうでしょうか?
拾い集めた実で栃餅を作ったことがありますが、「ヒステリック栃餅」と呼ばれるほど、とにかく手間がかかって大変でした。丹精込めてでき上がった我が家のお餅は格別の味でした。
トチの実は、水溶性のタンニンとサポニンなどのいわゆる灰汁(あく)がかなり強く、この灰汁を取り除かないと食用には適さないのです。昔遊びの本に、サポニンをシャボン玉に使ったという記載があり、トチノキでも試してみましたがうまくいきませんでした。材も昔から活用されてきた樹木です。捏ね鉢や杓子などの日用品の材料として重宝されてきました。
[トチノキ]
ムクロジ科トチノキ属/落葉高木
北海道・本州・四国・九州の山地帯で谷筋に多く分布。
※5掌状複葉(しょうじょうふくよう)=複葉の一つ。葉柄の先端に数枚の小葉が放射状に付き、手のひら状になっているもの
※6蜜標(みつひょう)=ガイドマークともいい、昆虫に蜜の在処を知らせ、花の思惑どおりに花粉を運ぶようガイドする。
今月の気になる樹②:マタタビ
「猫にマタタビ」という言葉はよくご存じかと思いますが、マタタビの花は思い浮かびますか? ヤマボウシの花が山で白く目立ち始める頃、同じように、マタタビは蔓の先端部分の葉の色が白く変化します。その葉裏でひっそりと咲く小さな花は目立たないため、昆虫を誘うべく葉を白く変色させるのです。
蔓の先端部分の葉だけを白くするのですが、緑の成分である葉緑体を消失させるのではなく、細胞が変形し光の乱反射を起こすメカニズムで白く見えるのです。例えるなら、葉の表面がボコボコ泡立っていて白く見える…まるでビールの泡のように。消えた泡はビール色で、決して白くはありません。マタタビの変色した葉を手に取って引っ掻いてみると、空気がつぶれて緑の線が現れます。詳しくは、秋田県立秋田中央高校躍進探求部の研究結果を検索してみてください。非常に興味深いです。
漢方薬としても古くから活用されてきたマタタビ。我が家にも「マタタビ酒」が常備されています。通常の果実は、スリムで先端が尖った長い卵形をしています。漢方として重宝されるのは虫癭(ちゅうえい)※7のほうで、生薬「木天蓼(もくてんりょう)」といい、強壮や利尿などに利用されます。蕾にマタタビミタマバエが産卵したものは、丸形のボコボコした虫癭(マタタビミフクレフシ)を形成します。これも薬効があり、生薬として利用されます。
[マタタビ]
マタタビ科マタタビ属/落葉蔓性木本
北海道・本州・四国・九州の丘陵帯上部から山地帯の谷筋に多く分布。
※7虫癭(ちゅうえい):植物の葉や実、茎などに虫やダニ、菌類や細菌によって形成されるこぶ状突起物のこと。
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