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「春の季語」にまつわるお話と“森林インストラクター”〜高原便り 四季折々Vol.3〜

「春の季語」にまつわるお話と“森林インストラクター”〜高原便り 四季折々Vol.3〜

四季のみならず、二十四節気と七十二候のこまやかな季節の移ろいをとらえる日本人の感性。「木の芽」「春の山」「山笑う」「春林」…高原の春を眺めながら一句詠いたくなる季節の到来です。長野県で環境系第1号としてNPO法人に認証された「やまぼうし自然学校」代表理事の加々美貴代さんがお届けする『高原便り 四季折々』。今月は樹木や森にまつわる「春の季語」のお話から……。

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季節の森~山笑う~

次から次へと新たな色が加わる季節となりました。上田の住まいから事務所のある菅平高原まで、移動は車で30分ですが、その標高差は500m以上あり、同日にして異なる時間(季節)を体感できます。芽吹きの時期が終わる頃には、みなほぼ同じ緑一色になりますが、今は樹種ごとに異なる色合いを見せてくれます。産毛をまとって白っぽく見えたり、芽鱗(※1)で赤っぽく見えたり、花が先に咲いて黄色かったり。まさに「山笑う」です。

季節の森~山笑う~ 

「山笑う」の季語は「春山は淡冶(たんや)にして笑うがごとく」という郭熙(※2)の『臥遊録』(※3)の中の一節に由来するそうです。淡冶とは「うっすらと艶めくさま」を意味するとか。郭熙の言葉は観念的な例えですが、正岡子規の「故郷(ふるさと)やどちらを見ても山笑う」は、ちょうど今の真田の里の様子にぴったりきます。こことは植生の異なる子規のふるさと松山市の「山笑う」は、どのような景色が広がっていたのでしょうか?

松山市の「山笑う」はどのような景色が広がっていたのでしょうか

真田の里が「山笑う」ころ、菅平高原は芽吹き始めたばかりの森の明るい林床でスプリング・エフェメラル=春の妖精といわれる植物たちが、まず花をつけます。一帯に広がる森では、春の目覚めは下から上へと徐々に移動していくというわけです。

その理由が分かりますか? 植物や樹木にとって、光は無くてはならない存在だからです。私たちがフィールドとして活用している大明神ネイチャートレイルコースは、四阿山(あずまやさん)の裾野に広がる夏緑広葉樹林(※4)に分類される森です。ただし過去に人が利用した箇所もあるので、完全な自然の林ではありません。そこに生育する樹木を例にして考えてみましょう。

樹木1
樹木2
樹木3
樹木4
樹木5

森林の大きな特徴として階層構造が挙げられます。

・一番高い位置を占める高木層(ミズナラやシラカバ、シナノキ、ヤハズハンノキ、ヤマナラシ)

・続いて亜高木層(ナナカマド、アズキナシ、ミヤマザクラ、ハウチワカエデ、ウリハダカエデ、イタヤカエデ)

・低木層(オオカメノキ、ヤマウルシ、ツノハシバミ、レンゲツツジ、ノリウツギ)

・そして最下層に草本類などが存在します。

春早い時期に、いきなり上層階の樹々が一斉に葉を広げてしまったらどうなるでしょうか? 森の中はあっという間に暗くなり、花を咲かせる準備をしていた春の妖精たち(ヒメイチゲ、アズマイチゲ、ヤマエンゴサク、ヒトリシズカ、ヒゲネワチガイソウなど草本類)は開花できなくなってしまいます。どの階層にもうまく光が当たるように、最下層から順番に葉っぱを広げていくのです。自ら移動することができない環境の中で、植物には共生するためのこうした仕組みが作用しています。

森の階層構想1
森の階層構想2
森の階層構想3
森の階層構想4

ちなみにスプリング・エフェメラルとは、直訳すると「春のはかないもの」という意味です。林床で春を待ち、樹々が芽生える直前に開花し、春の訪れをまるで妖精のように伝えてくれます。葉っぱをつけると夏までに光合成で栄養を蓄え、その後は存在さえ忘れ去られてしまいます。

そんな森林内をじっくり観察する手がかりとして、森での「◯◯探し」をご提案。今回はハートという共通項を探しながらの自然散策です。

ハート探し

ゼンマイ
ゼンマイ
カツラ
カツラ
クリンユキフデ
クリンユキフデ
ウバユリ
ウバユリ

※1芽鱗:冬芽の外側を覆っている鱗状の小片
※2郭熙(かくき):中国北宋の画家
※3臥遊録(がゆうろく):郭熙の画論
※4夏緑広葉樹林:主に降水量と気温によって区分した植物群系のひとつ

森がもっと面白くなる~土壌 生産機能について~

土壌の機能として、大きく<生産機能><分解(浄化)機能><保持機能>の3つが挙げられるという前回からの続きです。今回は生産機能についてお話ししましょう。

中学校の理科の授業を思い起こしてみてください。植物が育つために必要なものは何でしょう? 光合成に必要な二酸化炭素、光、養分や水ですね。二酸化炭素や光以外は主に土壌から供給されます。土壌が植物を育てる働きを持っている、すなわち<生産機能>があるといえるのです。土壌は生産者として陸上植物の生育を支え、それを起点とする食物連鎖によってすべての陸生生物を養っています。ただし<生産機能>だけではうまく循環せず、<分解機能>とセットになって生物の遺体や廃棄物など有機物を処理し、元素の化学的循環サイクルが成立するのです。

森がもっと面白くなる~土壌 生産機能について~

畑を思い浮かべてみてください。あるいは花を育てるプランターでもいいでしょう。作物や花を育てるのに肥料や栄養を与えます。一方、木を育てるのに森に肥料を施している場面に遭遇したことはありますか? 毎年降り積もる落ち葉を、人が掃除して取り除いているでしょうか?

光合成によってできた有機物を主に葉に蓄え、秋に落葉し、時間をかけてそれが分解され、無機物(養分)に変わり、それを吸収してまた木が育つ。森にはそんな「自己施肥能力」が備わっているのです。自分で養分を作って自分に与える。なんて素晴らしい自己完結システムでしょう! その大きな役割を担っているのが、足元に広がる「土壌」なのです。

分解処理にはこれまた多くが関わっているので、そのお話は次回にしましょう。

森の自己施肥能力

森林についての専門資格「森林インストラクター」

この度の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で「おうちで過ごす」時間が多くなりましたね。こんな時だからこそ、大手を振って山や森に出かけられるようなった際に、もっと自然を楽しめるような学びの講座をご紹介します。

森林インストラクター

「森林インストラクター」とは、一般社団法人全国森林レクリエーション協会が実施する試験に合格し、任意登録すると付与される資格です。

「森林を利用する一般の人に対して、森林や林業に関する知識や技術を伝えるとともに、森の案内や森林内での野外活動を行うもの」として「環境の保全のための意欲の増進及び環境教育の推進に関する法律」(=環境教育推進法)の第11条に基づき、「森林インストラクター認定事業」として環境大臣並びに農林水産大臣の登録を受けて平成3年度からスタートしました。平成17年度からは前述の「環境教育等による環境保全の取組の促進に関する法律」に基づき、「人材認定事業」としても実施されています。

筆記試験は「森林」「林業」「森林内の野外活動」「安全及び教育」の4科目で、合格率は15〜20%です。自然が好き、自然について体系的に学びを深めたい方にぴったりの資格です。若い頃はピークハント登山をしていたけれど、歳を重ねてもっとのんびり登山を楽しみたいとチャレンジされる方もいます。

やまぼうし自然学校では「森を楽しむ講座」のひとつに「森林インストラクター資格試験向けコース」を開設しています。知ることで世界が広がります。未知なる森の世界の扉を開いてみませんか?

森林インストラクター資格試験向けコース

今月の気になる樹:オオカメノキ

芽吹き始めたばかりの明るい森林内で、可憐な白い花が目を引く「オオカメノキ」をご紹介します。

5つに深裂した装飾花(※5)と両性花(※6)を多数つけた散房花序(※7)という造りをしています。虫に食べられ穴だらけになることから「虫食われ」、転じて「ムシカリ」という別名があり、地域によっては「ムシカリ」が通称となっているところもあります。檜原都民の森には「ムシカリ峠」が存在します。

オオカメノキ
オオカメノキ2
オオカメノキ3

特徴的な花の印象もさることながら、オオカメノキは、その生きざまが興味を引きます。冬芽の可愛らしさはダントツかもしれません。まるで「万歳!」をしているような姿を森で見つけると、思わずこちらも「万歳!」をしてしまいます。

そしてシェルマカロニのような芽吹きの可愛らしさ。その頃、花も姿を現し始めます。芽吹き始めた森では目立つ存在です。

シェルマカロニのような芽吹きの可愛らしさ
冬芽の可愛らしさ
冬芽の可愛らしさ2
芽吹き始めた森では目立った存在

オオカメノキの葉は名前の由来の通り、大きな亀の甲羅ような形をしています。樹高に対して随分と大きな葉を付けます。少しでも多くの光を受けるための生存戦略です。高くなることよりも、低いながらも大きな葉を広げるためにエネルギーを使うことを選択した進化の結果なのでしょう。

そんな風に森の樹々たちを眺めると、いろいろな事情が垣間見えるような気がします。スラッと伸びた樹、ずっしりと構えた樹、それぞれに思惑がありそうです。

大きな亀の甲羅のような葉
スラッと伸びた樹、ずっしりと構えた樹

[オオカメノキ]

レンプクソウ科ガマズミ属/落葉低木
北海道・本州・四国・九州の山地帯上部から亜高山帯下部に分布。

※5装飾花:通常花の周りを囲み、繁殖に関わらない、萼片が巨大化して花のように見える部分
※6両性花:ひとつの花に雄しべと雌しべの両方が備わっている花
※7散房花序:総穂花序(※8)のひとつ。花軸に少しずつ間をあけて花柄がつき、下部の花柄ほど長く、全ての花が①平面上、または半球面上に並ぶ
※8総穂花序(そうすいかじょ):花軸の先端(ほぼ同じ位置)から、ほぼ同長の花柄が放射状に伸びたもの

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