列島各地で猛暑が続いていますが、高原では秋の花が咲き誇っています。真夏並みの暑さだった5月、長梅雨だった6月。植物たちは体内時計を少し早めてしまったかもしれません。季節の到来を勘違いし先急いでいるのでしょうか。キキョウ、フジバカマ、クズ…早くも秋の七草が咲く季節となりました。七草と聞いて花の姿は思い浮かびますか?
目次
季節の森 ~絶滅危惧種の咲く草原〜
7月の新聞紙面で国際自然保護連合(IUCN)がレッドリスト最新版に「マツタケ」を絶滅危惧種として記載した、と報じられました。お盆が過ぎ、秋風を感じる頃になるとソワソワとキノコのことが気になりだします。キノコ狩りの楽しみから王者「マツタケ」が消えてしまうのは悲しいです。「マツタケ」の乱獲が原因ではなく、健全な松林が減ってしまっているのが一番の要因のようです。「マツタケ」の産地でもある上田市の松林も松材線虫により、深刻な松枯れ状態です。
絶滅に瀕しているのは伝統的な食材ばかりではなく、高原に咲く花々も同様です。冒頭の秋の七草ですが「オスキナフクハ・・お好きな服は?」こんな語呂合わせで覚えられます。オミナエシ(女郎花)、ススキ(薄)、キキョウ(桔梗)、ナデシコ(撫子)、フジバカマ(藤袴)、クズ(葛)、ハギ(萩)。これらは全て草原性の植物たちです。言い換えれば森では生きていくことができない植物たちなのです。周辺の河原や草地にあたりまえに自生していたので、盆花としてもこれらの花は昔から使われていました。ちなみにナデシコの正式名は「カワラナデシコ」です。
絶滅危惧種に指定されているのはキキョウとフジバカマの2種。日本は温暖多雨なため、草原に人の手が入らなくなり年月を経ると森林化し、生息していた草花が減少したり、消滅したりするのです。草原から森林への変遷。植物から植物へ渡されるバトンについて、次のトピックでご紹介しましょう。
森がもっと面白くなる ~遷移(せんい)~
前回までは森の足もと「土壌の機能」についてお伝えしてきました。今回から土壌の上で繰り広げられる物語についてお伝えしていきます。「高校生物」分野で扱うのですが、日常では「遷移」は耳慣れない言葉ではないでしょうか。大学で林学を専攻した私は森を観るにはとても重要な現象と捉えています。「遷移」を理解できると森の見方が大きく変わってきます。
「遷移」とはある場所の植生が時間とともに次第に変化していく様をいいます。
噴火のあとなど土壌のない土地から始まる遷移を「一次遷移」、山火事や森林伐採のあとのように土壌がある状態から始まる遷移は「二次遷移」と定義されます。
火山の噴火後、溶岩で覆われた場所は植物や土壌が失われ裸地になります。やがて裸地にも時間の経過とともに土壌がつくられ、森林に姿を変えます。
裸地には土壌がなく、植物の生育に必要な水分や窒素化合物が非常に少ないため、厳しい環境にも耐えられる先駆種(※1)が侵入して、徐々に裸地を覆っていきます。先駆種が成長し落ち葉が蓄積したのち、そこに後続の植物も徐々に生えて裸地を覆います。
さらにそれらに含まれる有機物を利用する菌類や昆虫などの他の生物も入り始め、土壌が形成されていきます。植生が発達してくると草が多かった場所もだんだんと樹木に覆われるようになるというわけです。
このように自然環境は「遷移」により常に動いていて、たとえば草地などは一定の形に留めておくために人為的な操作が必要となります。草原性の植物も人が「草原」を維持してきたことで生き残っていましたが、現代生活においてはその必要性が薄れつつあり、絶滅危惧種として守る存在となってしまっているのです。
※1先駆種:一次遷移などで最初にそこに侵入してきた植物のこと。代表的な樹種はヤナギ類、カンバ類、アカマツなどの他、ハンノキ科
Vol.1気になる樹「ハンノキ」も参照下さい。
自然学校つれづれ ~やまぼうしの日常~
長野県が推進している「長野県SDGs推進企業登録制度」。やまぼうし自然学校は2020年4月に第4期の登録申請をしました。当校のSDGs達成経営方針は、「森林が利活用され、安心安全な食に囲まれて人々が役割とやりがいを持って活躍できる地域社会の実現を目指す」「便利さを最優先せず、環境に配慮した行動の選択を優先する」の2点。その観点に沿うよう各種イベントや研修、講座を企画実施しています。
そのひとつ「のうぎょうクラブ 〜ルバーブ・ビーツを収穫、美味しく食べよう!~」というイベント企画。主役は安心安全食材、提携農家さんと職員で丹精こめて育てている自家栽培・無農薬の野菜たちです。今回の試作はライ麦パン。自然学校らしくダッチオーブンで焼き上げました。
生地をこねて発酵させている間、無駄なく畑の除草にいそしみます。一次発酵を見計らって火おこし。ダッチオーブンに仕込んだら火の中へ。そして待つこと15分、こんがり美味しいパンが焼けました。
今月の気になる樹:オニグルミ
菅平高原のある信州東信地域はクルミの産地として知られ、その生産量は全国の80%にも及びます。産地として有名な東御市(とうみし)では、江戸時代に中国から伝来したテウチクルミ(=カシグルミ)と明治以降にアメリカから輸入されたペルシャグルミとの間生種とされる「シナノクルミ」が主に栽培されています。シナノクルミは可食部が大きく殻が柔らかいのが特徴です。
野生種(=在来種)のオニグルミは沢沿いの湿った場所に自生するので、マイカー通勤路の沢筋に見られます。お盆頃から鮮やかな黄色に色づく葉が目立ち始め、早い秋の訪れをオニグルミから感じます。他の樹々はまだまだ緑鮮やかなのにオニグルミはなぜ早いのでしょうか。
黄葉は落葉準備のサインです。日差しが弱く、日照時間も短くなると葉で行われる光合成の働きが低下します。すると樹木は葉っぱを不要と判断し、離層を形成して葉への栄養供給をストップします。栄養や水分が行き届かなくなると緑色の色素(クロロフィル)が分解され、オニグルミの場合はクロロフィルに隠れていたカロチノイドが現れて黄色になる、というのが黄葉の仕組みなのです。
オニグルミを観察してみると既に冬芽が完成していました。しかも影になっている葉っぱから黄葉している様子。既に栄養を供給する葉っぱの役目を終えた、ということでしょうか。
オニグルミは樹高が高いのでなかなか花を観察する機会がありません。ある時、背の低いオニグルミが花をつけているのを見つけ、しばらく定点観測しました。南国を思わせる赤い鮮やかな花です。その様子をSNSで発信したところ、東御市長さんから「赤い花でびっくりしました。当方のクルミは黄色い花です。」とコメントが。市長さんはシナノクルミを栽培しています。早速調べてみると確かに黄色い花でした。
クルミは堅果(けんか、※2)に分類され、可食部分は固い殻の子葉部分です。実は緑色の果肉(外果皮)に包まれ9月〜10月に熟します。果肉は灰汁が強く真っ黒に変色することから一説には黒実(くろみ)が転じてクルミになったと言われています。草木染めの原料にもなり、脂肪に富み栄養価も高いため縄文時代から利用され、5500年前の遺跡からも出土しているそうです。
クルミは人間だけではなく、森の動物や昆虫にとってもご馳走で、ここにも種を運んでもらうためのしたたかな戦略がみられます。動物たちに大人気のクルミ。ニホンリスは冬に備えて大好きなオニグルミをせっせと貯食します。リスに忘れられた貯食が、動けないオニグルミにとって新たな生息地を広げる生存戦略となるのです。ここにも自然の素晴らしい仕組みを見ることができます。
[オニグルミ]
クルミ科クルミ属/落葉高木
北海道、本州、四国、九州の山野の川沿いに自生する。
※2堅果:果実の分類のひとつ。乾果で裂開しないもの。
乾果:熟したときに果皮が乾いているもののこと。
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