アジサイは地に植えるもの――そんな常識を、劇的に美しく覆す庭に出会いました。壁面にふんわりと浮かぶ淡いピンクのアジサイ、窓辺を彩るシックなアジサイ、そして、目を疑うような“アジサイのタワー”。雨の季節をも、彩りの季節に変えるこの庭は、まるで花のシンフォニー。それは、「好き」という気持ちを貫き、長い年月をかけて咲かせた小さな革命の結果でした。アジサイを巧みに庭に彩る武島由美子さんの庭を訪れます。
目次
アジサイを吊るす——かつては“非常識”だった挑戦
アジサイは重たい。そして日陰の植物。だから、ハンギングには向かない。かつてハンギングバスケットのコンテストで、アジサイを用いるのは非常識とされていました。それでも武島由美子さんは、アジサイのハンギングを作りました。もう10年以上前のことです。その作品は、コンテストには入賞しません。

「でも、好きだから作り続けてきたんです。だってすごく素敵だもの。それだけなんです」
軽やかに笑う武島さんは、全国で講師を務めるハンギングバスケットの達人です。好きだから作る。吊るす。愛でる。

今では小さなポット苗が市場に出回るようになり、アジサイをハンギングに使うのは珍しくなくなりました。時代の変化が、静かに彼女の感性と重なり始めたようです。
ガーデンストーリーでは、そんな“アジサイハンギング”の先駆者による、珠玉の庭を訪ねました。
半円の魔法——アジサイで描く、ふわりと浮かぶ丸

壁に浮かぶ淡いピンクのアジサイ。まるで空気に浮かんだ花の雲のようです。この美しい丸みは、じつは簡単にできるものではありません。小ぶりなアジサイ苗の中から形とボリュームのバランスを見極め、ひと鉢ずつ慎重に選び、さらにバスケットの中で崩れないよう差し込む角度や配置を吟味し、形作っていきます。
「まん丸」がきれいに決まった瞬間は、まさにガーデナーの腕の見せどころ。まるでアレンジメントの花のように見えますが、ハンギングバスケットのアジサイは水切れにさえ注意すれば、季節とともに色が変わり、秋まで長く楽しめます。
「色変わりする種類も多く、秋になると、春とはまた違ったシックな表情を見せてくれるんです」。それもまた、武島さんがアジサイを愛し続ける理由です。

そして、誰も見たことのない景色へ——“アジサイのタワー”

庭の小道の先を曲がると、そこには見たこともない景色がありました。まるで滝のように咲きこぼれる、アジサイのタワー。淡いブルーやライムグリーン、ピンクの花々が、幾重にも重なりながら、縦に連なって空間を彩る姿は、まさに“誰も見たことのない”景色です。

これは、園芸専門の吊り鉢「グリーンシャンデリア」を使い、複数のアジサイ苗をひとつの作品のように組み上げたもの。脚立に登って作業しながら、「うわぁ、ぜいたく~!」と笑顔がこぼれる武島さん。その表情はまるで少女のように生き生きとしていて、目の前の花をひとつずつ並べながら、未来の景色を想像しているようでした。
このタワーは、庭を訪れるお客様へのサプライズ。でも何よりまず、自分が思い切り楽しむための景色です。ガーデニングは、手を動かして“今”をつくる作業でありながら、植物と共に生きていく“未来”を仕込む時間でもあります。

「生きているものだから、思った通りにはならないこともあるけど、そこがいいんです。変化していくから、毎日ちょっとずつ違う楽しみがある。明日はどんなふうになってるかな」
このタワーには、 “今この瞬間”の美しさだけでなく、“これから”を楽しみにする心が宿っています。贅沢なのは、たくさんの花ではなくて、「楽しむ心」にこそあるのかもしれません。
品種の進化が、創作の翼を広げてくれる
「昔に比べて、アジサイでできることが格段に増えました」と武島さん。品種改良が進み、従来の大輪の西洋アジサイに加えて、色が繊細に変化する“色変わり種”や、枝がしなやかに枝垂れる“ラグランジア”のような新しい系統も登場。さらに、素朴で愛らしい表情のヤマアジサイも多彩なバリエーションがあります。

淡いブルーからグリーン、ピンク、ベージュへと移ろう花の色は、時間さえもデザインの一部にしてくれるアート素材です。しだれる枝ぶりを活かせば、ハンギングの中で自然な流れが生まれ、風が通るたび、庭に生きた動きが加わります。

「品種が進化したことで、“こうしたい”というイメージが、現実にできるようになってきたんです。だから、やりたいことがどんどん湧いてきます。アジサイって、可能性がある花だなって思います」
その言葉には、花と生きることを楽しむ人だけが持つ、静かな情熱が宿っていました。
咲き誇るバラと、アジサイが響きあう

この庭を訪れると、アジサイがただ吊るされているだけではないことに気づきます。ふと目を向ければ、アーチにはつるバラが甘やかな香りとともに咲き誇り、足元には宿根草や一年草が風にそよぎ、自然なリズムを刻んでいます。
「バラが咲き終わっても、庭が寂しくならないように。アジサイがそのあとの主役を担ってくれるんです」

そう話すとおり、アジサイは“バラの庭”の余韻をつなぎ、季節のバトンを渡すように、次の景色を演出してくれます。たとえば、白いアジサイに寄り添うアスチルベ。紫のアジサイの足元を彩るみずみずしいギボウシ。それぞれの色が呼応しながら、庭という空間に繊細なハーモニーを奏でています。
“植物で絵を描く”ということ

この庭は、技術や知識だけでは辿りつけない場所にあります。植物を「並べる」のではなく、「描く」。光と風と時間を読みながら、“庭というキャンバス”に立体的な絵を重ねていく――。アーティスティックな感性が息づく世界です。

「庭って、ひとつの空間でいろんな表情がつくれるんですよね。同じ植物でも、植え方や組み合わせでまったく違う印象になる。だから、ハンギングだったり、コンテナだったり、地植えだったり、いろんな“景色”を作るのが楽しいんです」と武島さん。
アジサイを吊るす、という発想の先に広がるのは、庭という表現のフィールドを自由に遊ぶ、大人の創作の時間です。
花のある人生の一歩を
かつては“非常識”と言われていたアジサイのハンギング。でもそれを、好きだから、作り続けた武島さん。その先に咲いたのが、誰も見たことのない、美しい風景です。

今では多くの品種が流通し、技術も広がり、アジサイは再び注目を集める花になりました。でも、この庭にあるのは流行ではなく、長い時間と情熱によって育まれた“信念の庭”。
この庭の景色を見ながら、「私も、花とともに生きる時間を楽しみたい」
そう思ったなら、それがもう、庭づくりの一歩目です。

Credit
写真&文 / 3and garden

スリー・アンド・ガーデン/ガーデニングに精通した女性編集者で構成する編集プロダクション。ガーデニング・植物そのものの魅力に加え、女性ならではの視点で花・緑に関連するあらゆる暮らしの楽しみを取材し紹介。「3and garden」の3は植物が健やかに育つために必要な「光」「水」「土」。
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