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花と香りを身に纏う~ロサ・ケンティフォリア

花と香りを身に纏う~ロサ・ケンティフォリア

ロココ時代に愛されたロサ・ケンティフォリア

フランスの18世紀、貴族社会が最盛期を迎えたロココ時代。その華やかな時代を象徴するのが「ロサ・ケンティフォリア」です。本物の花が、最先端のファッションスタイルの貴婦人たちの身を飾り、香らせました。香りを捕集する香水原料としての生産も始まっています。バラとヒトとの関わりは、ますます深まっていきます。

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やわらかく上品な香り

ダマスクローズとケンティフォリアローズの香りを嗅ぎ比べたことはあるでしょうか。甘さの強いダマスクローズに比べ、ケンティフォリアの香りは少しやわらかく、品よく感じられます。

ロサ ケンティフォリアは、ピンク色のカップ咲きの中輪。「ケンティフォリア」の「ケンティ」は語源が長さの単位の「センチ」(ラテン語で「百」を意味する centum に由来)と同じで、バラは「百の花弁(フォリア)」の意味。「ハンドレッド・ペタルド・ローズ」「キャベッジ・ローズ」の別名も。多弁・カップ咲きの咲き方は、近年バラの主流の「オールドファッションド」(オールドローズのような咲き方)の花のスタイルの原形ともいえ、いまもこの花が特別に好きという愛好家が多くいます。

多弁でカップ咲き、香り高いロサ・ケンティフォリア。

プロヴァンのバラ水からプロヴァンスの香料へ

ロサ・ケンティフォリアは16世紀ごろから200年もの長い間、オランダで栽培されていたとされ、フランスにも輸入されました。

一つは、香料の原料として。南仏プロヴァンス地方のグラースで香料原料として栽培され始めました。フランスでのバラの歴史は、13世紀以降のプロヴァンProvinsのロサ ガリカ オフィキナーリスのバラ水から、南仏プロヴァンスProvenceの香料原料へと次第に移り変わっていったのです。そのため、ロサ・ケンティフォリアには「プロヴァンス・ローズ」「ローズ・ドゥ・プロヴァンス」の別名もあります。

グラースは現在、全世界に知られる香料の街。バラの名前にも見られるフラゴナールやモリナール、そしてガリマールなどの香水メーカーがあります。ディオールも香料原料としてロサ・ケンティフォリアを生産しています。

グラースと香りは、当初は身近な用品から。12世紀ごろはなめし革の手袋が主要産業。1533年カトリーヌ・ドゥ・メディチがイタリア・フィレンツェからフランスのアンリ2世のもとに輿入れ。彼女はフォークを使っての食事、アイスクリームやマカロンなどの文化をフランスに持ち込んだといいます。カトリーヌは随伴の調香師に香料の製造をすすめました。選ばれた地はグラース。グラースにはラベンダー、ジャスミン、野生オレンジの花、ミモザなどが自生。そこで革製品のニオイをマスキングするため花の香りを利用することが考案され、「アンフルラージュ」(豚の脂や牛脂を使って、脂肪に香気成分を吸収させる)法によって革手袋に花の香りをつけたものです。この「香り付き革手袋」はパリの貴婦人たちに大ヒット。その後18世紀末には革手袋の生産はニースにうつり、グラースは香料原料の生産が中心になったとされます。

グラースはラベンダーでも著名。
ジャン・オノレ・フラゴナール(1732~1806)は、ロココ時代を代表する画家。グラースで皮手袋製造業を営む一家生まれ。ギリシャ神話を素材とした主題や『ブランコ』など貴族のたわむれなどの主題を描き、好評を博した。グラースの街には記念の像が建っている。

サロン文化の中で花開く

同時期、ロサ・ケンティフォリアの実際の花はその美しい花姿で、パリの宮廷で貴婦人たちの髪飾りやドレスの飾りなどで身を飾るように。香る花を魅力のアピールの方法として胸元に挿して。さまざまな装飾のモチーフにも。画家フランソワ・ブーシェが描いたルイ15世の公妾ポンパドゥール夫人の肖像画では、ローブ・ア・ラ・フランセーズ(これもバラの名前にありますね)のドレスがふんだにバラの模様で飾られ、足元には実際の花が2輪描かれています。それがカッコよければマネをするのは世の常。ポンパドゥール夫人はファッション・リーダーとなり、ロサ・ケンティフォリアの花はサロン文化の中で花開き、室内を香りで満たしたことでしょう。

その後ルイ16世の時代に。王妃マリー・アントワネットを女流宮廷画家エリザベス-ルイーズ・ヴィジェ・ル・ブランが描いた肖像画もよく知られます。贅沢な絹織物でできた青灰色の盛装に身を包んだ彼女が手に持つ1輪は、ロサ・ケンティフォリアとされています。肖像画のタイトルは「バラを持つ王妃 La Reine à la rose」。アントワネットは“ロココの薔薇”とも呼ばれたとか。ヒトがきれいなバラを持つのか、持っているヒトがバラのようにきれいなのか・・・。バラはやはり華やかさと美しさの象徴です。

ルイ14世(太陽王)が建造したヴェルサイユ宮殿のファサード。
ヴェルサイユ宮殿美術館の「バラを持つ王妃」。

さてこの盛装のアントワネットの肖像画、「モスリンのシュミーズドレス(ゴール・ドレス)を着た王妃マリー・アントワネット」(17843年)が急遽描き直されたもの。最初はイギリスからもたらされた当時流行の最先端の白いモスリンのドレスを身にまとった絵でした。このドレスが、当初は肌着として使用されたこともあって、サロンに出品されたところ「王妃の絵として不適切」と不評だったためです。絵はほぼ同じポーズで描かれています。1輪のケンティフォリアを持つ手も同じですが、こちらの絵の方が、表情がくつろいでみえます。ちなみにアントワネットは、宮殿内の離宮プチ・トリアノン(これもまたバラにあります)に、小集落アモー(ル・アモー・ドゥ・ラ・レーヌ、王妃の村里)に英国風の庭園をつくらせて自然な暮らしを楽しんだとか。そこにはナチュラルな風景が広がっています。ロサ・ケンティフォリアも植わっていたのでしょうか。

プチ・トリアノンの正面。
田園風景を模した「アモー」。

実用から装飾へ

さて、中世にはバラ水など医療に用いられたバラは、ロココ時代には、フォーマルな装いであれ流行のファッション姿であれ、装飾用として用いられるように。同時に香料としての生産も始まっています。バラはロサ・ガリカ・オフィキナーリスからより多弁のロサ・ケンティフォリアへと。1789年のフランス革命を経て、ナポレオン妃ジョゼフィーヌの時代にはさらにさまざまな種類が蒐集され、園芸植物のコレクションとしてや、絵に描くなどの楽しみ方もでてきます。香水としての本格的な発展はさらにその後です。

ロサ・ケンティフォリアの蕾の飾り萼を見ていると、その華やかな時代が思い浮かびます。

これからあでやかに開いていく花、立ち上ってくる香りも一瞬にイメージされ、何となくワクワクするのは、愛好者だけではないでしょう。

品の良い香り、感応をくすぐるようなハープの調べ、食器とカトラリーの触れ合う音、ウィットに富んだ会話、愛の囁き・・・。

Credit

文&写真/玉置一裕(『New Roses 』編集長)

『New Roses』 バラの専門誌。年に二回発行で春版はローズブランドコレクションとして最新品種・人気品種を中心にバラの美しさを表現し紹介。秋版はテーマを決めた特集。2017年秋版のテーマは「新しいバラの庭」。

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