都市に多様な生命の営みと癒やしをもたらす緑の空間 ドイツ・プファッフェンホーフェンの町から
季節ごとに花が咲き、緑あふれる町——。そんな町なら、昆虫や鳥をはじめとする生き物はもちろん、人ももっと気持ちよく過ごせるのではないでしょうか? しかも、宿根草を取り入れることで、よりローメンテナンスに美しい光景を維持することができるのです。ドイツで暮らすガーデナー、エルフリーデ・フジ=ツェルナーさんが、花々が咲く町づくりを推進する、ドイツの町の取り組みをレポートします。
目次
町の雰囲気を決める緑の力
7月半ば。ドイツにも夏が訪れ、アウトドアを散策するのが気持ちのよい季節になりました。
私の暮らす、南バイエルンの村の周りには、小さな緑の牧草地や広い森、トウモロコシや小麦といった作物が実るたくさんの畑があります。いま見頃を迎えているのは、7mものワイヤートレリスを伝う、この地域らしいホップの畑。Hallertauと呼ばれるこのホップ畑が、私の目にはいま一番美しい景色に映ります。
さて、ドイツでは夏休みが始まり、それに伴って近郊の町に行くチャンスも増えました。実際に訪れてみると、それぞれの町はもちろんのこと、そこに至る道にも特色があり、道を行くだけでも楽しいことに改めて気づかされます。一方で、あまり好きになれないところも。そのような道は自然に通らなくなりますし、町であれば仕事帰りに一息ついたりもせず、さっさと帰宅してしまいます。
私にとって、どんな町や道を好きになるかの基準には、そのエリアにどれだけの緑があるかが大きく関わってきます。建物の雰囲気や人々、そして植物が大切なのです。
以前、ミュンヘンの大きな公園、エングリッシャーガルテンの郊外を散策したことがあります。
この辺りは、古い建物と新しい建物が混在する洗練されたエリアで、素敵な古い並木道があり、車道と歩道の間には、グリーンの芝生が植えられています。芝生は短く刈り込まれ、手入れも行き届いているよう。緑も多く、きれいではありましたが、同時にとても退屈な景色でした。
通りを歩いている間、私が見た生き物といえば、木へと飛び上がったリス1匹だけ。芝生に虫もいなければ咲いている花もなく、ただ一面に緑が広がるばかりです。私有地に見えるガーデンも、芝生の庭が多く、ウィンドウボックスを飾ったバルコニーもほとんどありません。たまにアイビーゼラニウムやサフィニアといった夏の一年草の植えられた鉢が置かれているだけ。宿根草はほとんどなく、時に目に入る満開のアジサイが、単調な景色の中でとても魅力的に映りました。
このような“オールドファッション”スタイルの“並木道と芝生”に比べると、他の多様性のある緑化地域は、私にとってとても魅力的で、元気をくれるように感じられます。
町中で見つける都市緑化のアイデア
私が暮らすのは小さな村なので、たとえ食材の買い出しであっても、文明社会に触れようと思えば、最低でも5kmは車か自転車に乗って一番近い町まで行かなければなりません。この道中にも、町中ならではの緑化のアイデアが見られます。私のお気に入りの一つに、緑を使って、とても気持ちのよい町づくりをしている都市があるのですが、そこに行く道中にも、ちょっとした緑化のアイデアが見られます。
例えばラウンドアバウト。最近、ドイツではラウンドアバウトがよく作られ、お気に入りの町に行く途中の道でも、いくつか見ることができます。この円形になった道路内側の植栽が結構面白いのです。バラを植栽したものは、美しいのですが手がかかりそう。一方、オレガノやルドベキア、ヘメロカリス、アキレアといった乾燥に強い植物を使って、ローメンテナンスで自然に美しい光景を作っているところもあります。そのような訳で、このところラウンドアバウトの植栽研究にハマっているのですが、それはまたの機会にでもお話ししましょう。
さて、先に書いたお気に入りの町とは、プファッフェンホーフェン・アン・デア・イルム(PFAFFENHOFEN an der Ilm)のこと。イルムとはこの町を流れる小さな川の名前で、南ドイツ・バイエルン州のミュンヘンからほど近い場所にあります。
今回は、この町で人々に心地よい暮らしをもたらしている、緑の公共空間を作る取り組みについてお話ししたいと思います。
また、この原稿を書くにあたり、Stadtwerke Pfaffenhofen(プファッフェンホーフェン公益事業)社のStadtgrün(都市緑化課)の責任者であるMario Dietrich氏にたくさんのお話を伺うことができました。この場を借りて、彼とチームのご協力に感謝します。
プファッフェンホーフェンで行われた「Little State Garden Show」
2017年の春から秋にかけて、小規模なフラワーショーがプファッフェンホーフェンで行われました。ドイツでは、4~9月、遅ければ10月頃にかけて、いろいろな地域でガーデンショーが開催されます。
プファッフェンホーフェンでのフラワーショーは、州全体で行われるような大規模なものではありませんが、半年にもわたる長い催しでした。このイベントのため、町の多くの場所で、新たに植物を植栽したり、デザインしたりといったことが行われました。もちろん、その準備のための植栽は、数年前から始められたそうで、このフラワーショーが、現在の美しい緑の町づくりの大きなきっかけとなりました。フラワーショーで高い評価を受けた場所はそのまま維持し、新たな町の緑化へとつなげていったのです。
フラワーショーのメインとなった場所は、Bürgerparkという公園。町の入り口近くの広々とした一画で、イルム川の小さな流れが横切っています。この公園は、現在もフラワーショーの跡地が魅力的な形で活用されています。
例えば「ホップタワー」と呼ばれる見晴らしのよい場所は、およそ6mの高さ。この地域らしいホップ畑をイメージさせ、屋外の階段を使って上がることができます。タワーの上からは、カラフルな宿根草のボーダー花壇や芝生、子どもたちの遊び場、そして近くの東屋の屋根を覆うセンペルビウムとセダムのルーフガーデンなどを、一望のもとに見渡せます。これら以外にも、ブラックカラントやグーズベリーなどの低木が植えられているエリアでは、来園者は自由に摘んで食べてもOK。また、園内の果樹に実る果実も、通りすがりの人が好きに収穫していいことになっています。
プファッフェンホーフェンで行われたこの小さなフラワーショーは、大きな成功をおさめました。市民や訪れた人々は、緑のあるスペースが、装飾的にも、リラクゼーションにも、そして収穫にも(!)、どれだけ素晴らしいことかを実感できる体験となったようです。
さて、このイベントの際、道路の中央帯や道路脇、歩道などの公共空間の多くの場所が新たにデザインされました。以前には、これらの区画はほとんどが芝生でしたが、芝生は定期的に水やりが必要なうえ、芝刈り作業もメンテナンスする際の負担になり、管理コストもかさんでいました。
そのような状態が、フラワーショーの跡地を長期的に利用するという計画により、大きく変わることになりました。
まさに、2017年は、この町にとって新たなグリーンコンセプトの幕開けの年だったのです。
生物多様性を生む町中の緑
緑が多い町であっても、中には単調で魅力を感じにくい緑化地域もあります。せっかく緑の空間を作るなら、街中でも自然を感じられ、さまざまな種類の虫や鳥、ハリネズミなどといった動物たちが生活できる、より生き生きとして面白い形へと変化させたほうが、人にとっても生き物たちにとってもいいのではないでしょうか。
とはいっても、このような公共空間の緑化に対する考え方が出てきたのは最近のこと。以前は、1種類の植物を一面に植えたり、一年草ばかりを植えたりといった緑化地域も見られました。このような緑化は、一見簡単そうに見えますが、じつは管理の手間がかかります。病害虫にも弱くなり、一度病気や害虫が発生してしまうと、全体に大きなダメージを受けてしまいかねません。一方、宿根草を多く使い、生き物たちが生息できる環境を整えて生物多様性を保つ新しい緑化では、初期費用は以前よりも高くなりますが、メンテナンスの手間や費用を考えると、意外と早い段階で償却でき、コストも削減できるのです。プファッフェンホーフェンでは、以前の緑化と比べ、メンテナンス費が1/4にもなったのだとか!
ローメンテナンスで自然に近い植栽
プファッフェンホーフェンでは、緑の町づくりに宿根草のミックスボーダー花壇を積極的に取り入れています。
ローメンテナンスで、生物多様性を維持できる花壇を作るポイントは、乾燥に非常に強く、花粉や蜜を集める虫のために開花期が長い植物を選んで植栽すること。プファッフェンホーフェンの花壇には、基本的にストレス耐性が強い宿根草と、虫たちにとって有用で、管理が楽な植物が植栽されています。もちろん、球根も忘れてはいけません。いろいろな品種を見ることができますよ。
宿根草は植え替えせず、時に他の宿根草を追加するだけで済むので、植え込みの手間を大きく減らすことができます。芝生と違い頻繁な芝刈りも必要ありません。水やりも、必要なのは基本的に1年目のみ。2年目以降は、極端な乾燥が続くときのみ例外的に水やりを行います。
また、宿根草は一年草よりもローメンテナンスで育つものが多いので、日々の管理負担も減ります。一年草の場合は、基本的に定期的な水やりが必要で、病害虫の駆除、または薬剤散布も必要となりますが、宿根草を使った花壇では、どれもあまり必要ありません。
このようにほとんど手を掛けていない宿根草のミックスボーダーですが、かといって毎年同じ風景というわけでもありません。宿根草の中には、翌年にはいなくなってしまう植物があるかと思えば、移動していったり、他の場所からやってきて芽を出す植物があったりと、毎年自然に景色が変わっていきます。人がデザインし直さなくても、植物の間でダイナミックに変化が起きるのです。
ちなみに、この町の花壇は雑草対策のため、花壇の土の表面を10cmほどの小さな砂利で覆っています。砂利の部分には水がないため、雑草の種子が飛んできても発芽できません。仮に芽を出すものがあっても、簡単に抜くことができます。この10cmの砂利の下には、約20cm厚の堆肥が入れてあり、その下は水はけをよくする大きめの砂利が入っているので、もともと植栽した宿根草は元気に育つことができるようになっています。
生物多様性・ローメンテナンス・サステナビリティ
早春から晩秋まで、一年中緑で退屈だった場所が、宿根草のミックスボーダー花壇を取り入れることで、人にとっても虫たちにとってもカラフルで生き生きとした場所に変わりました。冬の間でさえ、背の高いオーナメンタルグラス類の造形が残り、道行く人の目を楽しませてくれます。冬の間はまとめて縛ってあるだけで、切り戻すのは春先。こうしたグラス類は、寒い冬を生き物たちが生き抜くための場所になり、また、冷え込んで霜が降りる頃には、凍り付いて氷の結晶を演出する一画にもなります。
サステナブルで、幅広い植物が植え込まれた花壇は、町中に豊かな生物多様性をもたらします。じつは、いかにも自然が豊富に見える田舎の町は、意外と生物多様性が少ないのだとか。畑の多くは同じ作物を栽培するモノカルチャーなのがその理由だそうです。狭い場所でもバリエーション豊かな植物を植栽すれば、幅広い種類の虫や動物たちにとって、より生きやすい環境になることでしょう。
また、さまざまな種類の植物を植えることで、なにか問題が起きてもすべてが枯れてしまうことなく、環境に合った植物が自然と生き延びていくことにもつながります。また、いまドイツでも気候変動が大きな問題になっていますが、この先大きく気候が変わることがあれば、いままでのドイツの気候に適応してきた植物とはまた違う、別の種類の植物が生き生きと茂るようになるかもしれませんね。
今回お話を伺ったDietrich氏によると、プファッフェンホーフェンの市民や周辺地域の住民からは、この新しいコンセプトの緑化に対し多くのポジティブな声が寄せられ、この仕事をした人々にとって大きな励みになったそう。最近では、Dietrich氏が働く都市緑化課に加え、市民のプライベートな庭のためのコンサルティングの部署も新たに作られたほど、プファッフェンホーフェンの市民にとって、緑は欠かせない存在になってきています。
緑の感情
Dietrich氏が、緑の町づくりに対して掲げたスローガンがあります。それが、「Pfaffenhofen should flower(プファッフェンホーフェンは花を咲かせるべきだ)」。
このスローガンは、プファッフェンホーフェン市民の緑化空間への関心の高さによって実現することができました。そして、人々が緑の町づくりに対して興味を持ったのは、2017年のフラワーショーにより、植物のもたらすポジティブな影響を実感したのがきっかけです。このような都市緑化のイベントは、そのイベント期間で終わりなのではなく、イベントがスタート地点なのです。
都市の緑化に限らず、自分の庭や職場の緑化でも、生物多様性、ローメンテナンス、サステナビリティを大切にしていきたいものですね。その際、「都市緑化の専門家」の手を借りれば、より実現しやすいかもしれません。
日ごとに緑が濃くなり、活気に満ちた緑の町。緑あふれる町は、そこでの暮らしをより楽しく、より幸せにしています。
Credit
ストーリー&写真(*)/Elfriede Fuji-Zellner
ガーデナー。南ドイツ、バイエルン出身。幼い頃から豊かな自然や動物に囲まれて育つ。プロのガーデナーを志してドイツで“Technician in Horticulture(園芸技術者)”の学位を取得。ベルギー、スイス、アメリカ、日本など、各国で経験を積む。日本原産の植物や日本庭園の魅力に惹かれて20年以上前に日本に移り住み、現在は神奈川県にて暮らしている。ガーデニングや植物、自然を通じたコミュニケーションが大好きで、子供向けにガーデニングワークショップやスクールガーデンサークルなどで活動中。
Photo(*以外)/Friedrich Strauss/Stockfood
取材/3and garden
A big thank you to Mr. Mario Dietrich, the Head of the “City Green Division (Stadtgrün)” of the Company Stadtwerke Pfaffenhofen and his team for time and efforts.
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