乙庭 Styleの建築と植栽のリノベーション「6つの小さな離れの家」【建築編】
分類の垣根を取り去った植物セレクトで話題のボタニカルショップのオーナーで、園芸家の太田敦雄さんがお届けする連載「ACID NATURE 乙庭 Style」。今回は、2018年に建築賞を受賞した建築&植栽のリノベーション作品「6つの小さな離れの家」を、建築家 武田清明さんが、設計者の視点から解説します。
目次
序文 建築家 武田清明さんをお迎えしての建築解説編!
今回の「ACID NATURE 乙庭 Style」は、2018年、若手建築家の登竜門ともいえる建築賞「SDレビュー2018」にて、最優秀作品賞となる鹿島賞に選ばれた、建築と植栽のリノベーションプロジェクト「6つの小さな離れの家」について、建築家 武田清明さんの寄稿により、建築的視点から作品を解説していただきます。
SDレビューは、実施を前提とした「設計中ないしは施工中の建築作品」を審査対象とする建築賞。実際に建設される進行中プロジェクトが対象なだけに、アイデアやデザインのみならず、プレゼンテーション力や実現力も総合的に問われる、栄えある賞です。
受賞作「6つの小さな離れの家」は、武田さんが隈研吾建築都市設計事務所から独立し、最初に手がけた独立デビュー作となります。
そのような記念碑的なプロジェクトに、「ACID NATURE 乙庭」も植栽計画・デザインで関わることができ、本当にうれしく思っています。
では、植栽を担当した太田敦雄による前回の植栽解説編(※リンク)に引き続き、建築家 武田清明さんによる、受賞作品「6つの小さな離れの家」の建築解説編をお楽しみください。
ACID NATURE 乙庭 太田敦雄
「大きすぎる家」から「小さな建築群」へ
「6つの小さな離れの家」は、高齢の夫婦2人暮らしにとって「大きすぎる家」を、「小さな建築群」に再編し、コンパクトな日常生活と伸びやかな週末生活をつくるべくスタートした改修計画です。
「6つの小さな離れの家」の舞台となった敷地は長野県にあります。この地域は、周囲の山々から下りてくる小川が住宅地に張り巡らされ、夏でも涼やかな気候となっています。
この小川にはしっかりとした水流があり、ボウフラが湧かないため、外に蚊があまりいません。そのため夏場でも気持ちよく庭で過ごす習慣が根付いていました。
敷地の中には、戦前から引き継がれてきた大きすぎる母屋のほか、防空壕や井戸、むろ(※野菜の保存などに使用していた貯蔵庫)などの地下空間が長年使われずに眠っていました。
むろなどの地下空間に入ると、まるで洞窟のような体感があり、年中一定温度を保つ地中熱が、内部に独特の温熱環境をもたらしていました。
ただ、長年換気や採光がされていなかったため白カビで覆われており、そのまま活用するわけにはいきませんでした。
敷地全体としても、敷地いっぱいに建つ建物、その隙間に密集する植栽によって、風通しや日当たりが悪く、せっかくの気持ちのよい気候条件にもかかわらず、このままではあまりいい住環境とはいえない状況でした。
「減築」と「移植」で明るく風通しのよい庭へ
そこで、まずは敷地の環境改善から始めることに。土地いっぱいに広がっていた母屋は日常生活に必要な居住空間だけを残して「減築」し、明るく風通しもよい、伸びやかな空地を取り戻しました。
植栽は乙庭の太田さんに計画を依頼。減築部分には、既存の植栽を一切減らすことなく適材適所に移植することで、一部で高密度に植わっていた植栽を敷地全体に散りばめ、回遊できる風通しのよい庭へと変えていきました。
施主さんの趣味が庭いじりだったため、その楽しみ・生きがいが全体に広がったともいえます。これまで一本一本大切にお手入れしてきたものが、移動され、新しい場づくりに生かされていく。施主さんにとって、これほどの喜びはなかったはずです。
遺跡のような地下空間を活用して「小さな離れ」に
今回の改修では、防空壕や井戸、むろなどの地下空間を積極的に活用することも考えました。掘ることで築かれたこれらの遺跡のランドスケープを立体的な「敷地」ととらえ、その上に週末生活の機能をバラバラと「増築」していきました。
その結果、日常生活の母屋とは別に、週末生活を過ごすための「6つの小さな離れ」が、それぞれ地下空間と結びつきながら出現しました。
それぞれの離れは年中一定の地中熱を活かした用途としました。かつて人の命を救ったかもしれない防空壕は、ワインセラーのような「葡萄酒庫の離れ」に。
また、生きるために築かれた井戸は、蛇口から井戸水が出る「キッチンの離れ」にし、かつて野菜が凍らないように築かれたむろは、寒さに弱い植物を暖かく守る「温室の離れ」として生かしました。
「かつての先代が築いてきた空間があったからこそ、新しい生活が存在している」。
暮らしながらそう思えるような建築を設計しました。離れのガラスパビリオンのような透明な外装は、採光が不可欠な地下を健康的に維持できる環境装置として機能しています。
高齢者の日常生活というのは、一般的に室内に引きこもりがちでこぢんまりとしているのですが、気軽に行き交える敷地内に、週末ちょっと使ってみたい離れや、過ごしてみたい庭があるだけで、生活は大きく変わり、伸びやかな散策型の暮らし、外と中を横断する野生的な暮らしができるのではないか。そんな考えのもとに生まれた、 この6つの離れの家は、敷地内に「住宅」と「別荘」が同居したような環境といえます。
今回、植栽家の太田さんとのコラボレーションによって、住環境が建物という枠を越えて伸びやかに外へと広がっていきました。室内では家具配置によって日常生活をつくっていくように、庭の植栽配置によって室外における週末生活の輪郭をつくっていくことで、内だけでなく外も生活空間として機能するようになりました。
生活の中で、光や風を感じ、小川、植物に触れるきっかけを増やしていくことによって、住み手があらためてこの地域の自然、気候の恵みを感じられるような家。この「6つの小さな離れの家」のプロジェクトでは、目指していたそんな空間をつくり上げることができたと考えています。
『「大きすぎる家」を「小さな建築群」へと砕き、閉じていた生活空間を外に解放する。
それによって、住宅は、どこまでも広がっていくような伸びやかな新しい住環境を獲得するかもしれない。』
(武田清明 建築家 1982 – )
併せて読みたい
・乙庭 Styleの建築と植栽のリノベーション1【植栽・前編】「6つの小さな離れの家」
・乙庭Styleの植物7「落葉期にハッと魅せられるおもしろ枝モノ樹木」その1〜サンゴミズキの仲間
・緑と暮らす家づくり・古民家をリノベーションする
Credit
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